#146 亜彩紫空

「はぁ……、ダルいけど旭のバカと一緒にされたくないから真面目にやりますか」


 気怠げな雰囲気を隠そうともせずに亜彩さんが言った。

 紹介ページには胸元まで伸ばした黒のウルフカットに赤、青、緑のメッシュをそれぞれ一房ずつ入れた少女が表示されている。

 ヴィジュアルのコンセプトはパンクやロックをイメージしているんだろうか。

 これで歌唱力が抜群だったり楽器でも担いでいれば、ダウナーな雰囲気もあって祭さんの隣に並んでいても違和感はない。


「亜彩紫空。特に面白いことが出来るわけでも言えるわけでもないんで期待しないでください、以上」


 え、終わり?

 思わずツッコミを入れようと口を開きかけ、それよりも早く横槍が入る。


「浅っ、お前の自己紹介驚くほど浅いな。それじゃ人のことバカに出来ないね亜彩クーン」

「コミュ雑魚が横から茶々入れないでよ……。ってか浅い言うな」

「ざっ、雑魚ぉ!? おまっ、言って良いことと悪いことがあってだなぁ」

「はいはい、旭くんは私と一緒にお口チャックだよ」


 もががー、とまるで口を塞がれたような叫び声を上げて旭くんがフェードアウトしていった。

 いや、通話越しなんだから誰にも塞がれてないだろ。


「うちのバカ同期がすみません」

「あ、大丈夫。同期に一人はいるよね、ああいうタイプ」


 一期生ならシャネルカ。二期生なら我王。三期生なら九天。

 それぞれデビュー組のバランスを取るために意図しているのかは分からないけど、場を引っ掻き回すガヤ担当みたいなのはVTuberの同期の中にほぼ必ずと言って良いほど存在する。

 わたし? わたしはほら、貴重で絶対に欠かせない美少女枠。


「とりあえず、これ以上バカにバカにされないためにもうちょっとだけ自己紹介続けます」


 亜彩さんはそう言って、少しだけ考えるような素振りを見せた。

 さっきのはネタでもなんでもなく、本気で自己紹介を終わらせたつもりだったらしい。たぶん今必死に内容とか纏めてるな。


「ぇーっと、配信傾向は……、まあゲーム全般? FPSは結構やるしRPGとか格ゲーも配信でやったかな。協力ゲーとか対戦ゲーとか一人でコツコツやるゲームとか、インドアなんで身体動かさなかったら後はなんでもやります。苦手ジャンルないんで」


 どうやらわたしと同じインドア族らしい。

 見た目はちょっと近寄りがたい雰囲気だけど、これは意外と趣味が合うかも?


「あ、あと恋愛ゲームも今度配信でやりたいなって思ってます。なんか許諾取るの結構難しいっぽいですけど」

「れ、恋愛ゲーム!?」


 それはいわゆるノベルゲームというやつだろう。

 他のジャンルと違ってノベルゲームは基本的にテキストを読んで選択肢を選ぶだけだから、配信でプレイするとネタバレになって売上に繋がらないとかで中々許可してくれるメーカーがいないんだよね。

 いや、それよりも大事なのは、


「えっと、つかぬことをお伺いするとそれはどっち向けの……」


 男性向けと女性向け、ここの確認は大事だ。

 もしも確認を怠って肩を組んだ後に、ジャンル違いが発覚した日には目も当てられない。


「どっち……? あー、男性向けか女性向けかってやつですか? 裏でやるときはパケ買いしてるんでどっちでもイケますね。うちって雑食なんで」

「ほう、ほうほうほう」


 どうやらジャンル違いは杞憂だったらしい。

 しかもわたしも話題作やイラストで購入を決めているから、インドア趣味が合いそうとは思っていたけど今の回答で一気に親近感が増した。

 ほら、オタクって相手が自分と同じ趣味持ってたら急に味方認定するでしょ、あれだよ。

 というか、こんな子でもエロゲするんだな。……ちょっとドキドキする。


「趣味は配信内容から分かると思うけどゲーム。あと読書とか? 漫画、ラノベ、雑誌、文学、こっちも基本なんでも読むかな」

「見事なまでのインドア趣味……」

「学生の頃はオシャレとか友達と遊びに出掛けたりとかよくしてたけど、疎遠になってからはめんどくて家で出来ることしかしてないっすねぇ……」


 なんか、自分を見ているかのような感覚だ。

 ここ一年ぐらいで急速に他人との交流を持つようになったけど、元々は全く同じ生活してたんだよなぁ。

 高校卒業して今の友人関係が終了したらまた前の生活に逆戻りする自信しかないから、彼女の生活を他人事とは笑えなかった。


「あとは……、ふたりとも言ってた志望動機? とか?」


 ここまで亜彩紫空という人間の自己紹介を聞くと、なんとなく彼女がVTuberになった理由を察してしまった。


「働きたくないから?」

「うわぁ」


 予想は見事に的中。

 ちやほやされたいわたしが言えたことではないけど、亜彩さんも大概自分に正直な子だった。


「ある日ふと思ったんですよね。家から出たくねぇな……って」

「わかる」


 家から出る機会が少なくなると、次は二度と家から出たくないという欲求が芽生え始める。

 一生このまま家の中で過ごしたい……、と考えたところで人間は生きていくためにはお金が必要なので大体の人はそうは思っても渋々外に出て、社会の荒波に揉まれながら理想を胸につらい現実と向き合って生きていることだろう。

 しかし、一般的にはVTuberは年がら年中家に引き籠もって配信をするだけの生活を送っているイメージがある。

 当然、生きていくための収益を稼ぐのは並大抵ではない努力が必要なのだが、界隈の前線を走る企業の所属VTuberにもなればその辺りの問題は解決される。


 おそらく亜彩さんもそういう魂胆を胸にあるてまへ応募して見事デビューを勝ち取ったんだろうけど……、悲しいかなVTuberが家に引き籠もって配信するだけというのは世間一般のイメージであって、本当は企業所属ともなればボイスや動画をスタジオで収録したり、案件配信のためにスタジオで配信したり、時にはライブのためにスタジオでレッスンしたり。

 外出回数は兎も角、外出理由で見れば普通のサラリーマンよりよっぽど多岐に渡るんだよね……。

 新人だとその辺、最初のうちは配信に集中するために最低限に抑えてくれてるけど、多分年明けにでも亜彩さんは収録案件レッスンその他諸々のために頻繁に事務所通いすることになるんだろうなぁ……。


 まあ、可哀想だから今は言わないでおいてあげるか。


「はい、これくらい喋ればもう充分でしょ、自己紹介って」


 これ以上は何が何でも引き伸ばさないという意志を言外に醸し出しながら、亜彩さんは自己紹介を打ち切った。

 ましろさんのような熱烈な自己アピールや旭くんのような自己紹介外トークなどは無かったものの、三人の中では亜彩さんが一番人となりを理解出来たし波長が合いそうだと感じた。

 もしコラボが終わっても印象が変わらなかったら、改めて個人的に趣味全開のソロコラボをするのもありかもしれない。


「とりあえずこれで三人の自己紹介は終わりだね。いちおう言っておくとわたしは黒猫燦です」

「知ってます」

「知ってるけど」

「知ってた」

「うーんこの後輩ども」


 みんなが自己紹介してくれてるのに、自分だけが先輩だからって名乗らないのはなんか気持ち悪いなーと思って名乗ったんだけど、こうも後輩から生意気三連コンボを食らうぐらいなら名乗らなければよかった。

 ま、まあ、これくらい活きが良いほうが将来に期待できるってもんだよね。

 気を取り直して話の続きを始めようと思ったら、今度はピンポーンとインターホンのような音を誰かのマイクが拾った。


「あ、ウーバー来たんでちょい離脱しま」

「じゃあうちトイレ」

「あ、私も」


 コイツら本当に自由だな!?

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