#140 我王先生の放課後相談室
「それで、貴様は何を悩んでいるのだ?」
「へ?」
配信が終了してからしばらく。
天猫にゃんのように反省会があるわけでもなければ、お互いの近況報告があるわけでもなく何処となく気まずい無言の時間が続いて、そろそろ何か理由を付けて通話を終わらせようと思った矢先に我王が口を開いた。
「配信でも言った通り、我はあるてまの配信をほぼ網羅している男だ。つまり個人が抱える情報は全て掴んでいると言っても過言ではない。何が言いたいか分かるか?」
「す、ストーカーってことですか」
我王の急なカミングアウトに思わず及び腰になる。
そういうのは十六夜だけで充分なんだけどなぁ……。
「違うわ! 貴様が抱える問題も我はある程度把握していると言っているだけだ!」
「あぁ、なるほど」
絶賛急降下していた我王の株がギリギリのところでストップした。
こんな時でも怪しい物言いの我王だが、どうやら彼なりにわたしのことを心配してくれているようだ。
「折角だ、このまま我王先生による相談教室放課後編を開催してやっても良いぞ」
「放課後編とか絶対エッチなやつじゃん……魂の救済どこ行ったんだよ……」
「貴様に合わせて名称を変更しただけだ!」
これも彼なりの歩み寄りというやつだろうか。
どうやら配信で我王が何を言っているのか意味不明と言ったことを、多少なりとも気にしているようだった。
まあ、こっちに合わせたとか言っても相変わらず遠回しで不器用な言葉のチョイスは意味不明だったが。
「それで? 相談者の黒猫燦は何に悩んでいる? 我に心の内を明けてみよ」
「えぇと……」
正直、なんで我王に相談するんだとか、もっと親しい相手が良いだろとか、色々な考えが頭の中を過ぎったが言葉は抵抗なく出てきた。
それは我王が男性だから遠慮なく言えたからかもしれないし、あるいはそこまで親しい相手じゃないからこそ打ち明けられたのかもしれない。
「正直、このままコラボを続けて良いのかなって思いがある。いくらコラボをしたところでそれで自分が成長した実感なんてないし、克服しなきゃいけない箇所もそんな簡単に直ったら苦労しないし。迷走してるかな」
「ふん、言語化する程度には思考の整理がついているようだな」
「まあ前回のコラボで散々反省会させられたので……」
あと陰キャって頭の中でぐるぐる考えがちだから、口にするより色んなことを考えてるんだよね。考えるだけで何も役に立たないけど。
「だってさぁ~、アドリブ鍛えろとかメンタル鍛えろとか言われても無理だよ! 意識したぐらいでどうにかなるなら活動半年ぐらいで炎上しなくなってるよ! もう一年半やってるけどどうしようもないんだから無理ですムリムリムリムリー!」
「で、あろうな。貴様が言う配信力、実力というものは一朝一夕鍛えてどうにかなるものではなく、長き時間の積み重ねで身につくものだ。少しコラボしたぐらいでどうにかなるのなら今頃VTuber界隈は幽遊白書の終盤並みに実力のインフレが起きているだろう」
「ぐぬぬ……」
対応力、精神力、それはわたしが生まれて今まで歩んできた人生の中で培われたものだ。
つまり陰キャが日陰でジメジメと育んできたものを、一ヶ月かそこら日に晒したところで成長なんて見込めるわけがない。むしろ環境に適応できずに枯れるのがオチだろう。
でも向上心や成長を諦めるのはそれこそ配信者、いや、人としてどうかと思う……。
「当たり障りのないことを言うのであれば貴様は良く頑張っている。自分では実感が薄いかもしれないがデビューした頃に比べれば格段に成長しているだろうし、炎上するたびに学びを得ていると我は思うぞ」
「そりゃ自分でも昔に比べればって自覚はあるけどさぁ……、でもやっぱりこのままじゃいけないって焦りもあるんだよね……」
「貴様のような性格には飽いた言葉だろうな。自覚があるからこそ、自己分析が出来るからこそこのような当たり障りのない言葉は意味がない。貴様が真に欲しているのは目に見えた
言葉だけじゃルビの詳細までは伝わらないけど、多分そのシンギュラリティの使い方は間違っていると思う。
「だが我から言わせれば何を持って成長と判断する? その成果とは? 結末はどこだ? いったい貴様は何に成れば満足する? それが全く以て不明瞭だな」
「ぐはっ」
い、言ってはならないことを言ったねこの我王は……。
あまりに忌憚のない言葉が図星のど真ん中を貫いて吐血するかと思った。
いや、でも実際にその通りだから何も言い返せない。
「大方、今年だけで二度目の大炎上から漠然とした焦りと不安を抱えたのだろう。とりあえず行動しようとした貴様は何よりも大事な特訓の終着点を定めないままにコラボをして、意外と配信が好評なせいでこれからの先行きに迷っている。といったところか」
「き、気持ち悪いぐらい心を見透かしてくるね……。これ以上暴かれたら気持ち悪いどころかキショいって言いそう」
「ふははは、当然我ほどの使い手になれば読心術も極めている!」
そこまで人のことを観察出来るくせに、どうしてこんなに意思疎通が困難なぐらい癖が強くてコラボも少ないんだろう。
我王だからか、我王だからだろうなぁ……。
「だが勘違いするなよ黒猫。配信が好評なのは貴様が配信をしているからだ。リスナーにとって何をしているかではなく、貴様が配信をしているから評価しているに過ぎない。たとえ貴様の進行が多少下手であろうと上手かろうと、リスナーにとってそれは些細なことに過ぎん。これは先程の配信で貴様自身が言っていたことでもある」
推しの言っていることが分からなくても、推しの声を聞いているだけでサイコー。
それはわたしのリスナーにとっても同じことが当てはまる。
もちろん分かっているからこそ、こうして延々と悩み続けているのだ。
「だからこそ言わせてもらおう! 貴様は特訓する必要など無い! とな」
「えぇ……」
いや、ここまでの前提全てをぶっ壊すようなこと言わないでもらえるかな。
たしかに成長ってなんだ、どうすればいいんだ、とは言ったけど、だからと言って特訓しなくていいは違うだろ。
「アドリブ? メンタル? それは頭の回る策略家が小難しい理屈を並べて利用するものであって、貴様のような阿呆には土台無理な話だ」
「え、真面目な話の途中ですごいディスられてる? アホって聞こえたけど?」
「ステータスもスキルも違えば育て方も変わるということだ。貴様の短所は直すものではなく、伸ばすものだ。恐らく天猫も同じようなことを言ったのではないか?」
「………」
思えば、天猫にゃんもメンタリティをコントロール出来るようになれとは言っていたが鍛えろとは言っていなかった。
短所に関しても魅力であると同時に弱点でもあると。
「つまりこのまま配信を続けても無駄ってこと?」
「努力の方向性が違えば無駄にもなろう。貴様の短所と長所は表裏一体に存在する稀有な天性のものだ。それを我や天猫、それから夏波のように後付で下手に弄ろうとすれば輝きを損なうだけだ。止めておけ」
「………」
たしかに、我王も天猫にゃんも、そして結も頭で考えてキャラクターを自分に付与することで活動しているVTuberだ。
こういうタイプは自分の欠点を逐一見直してはアップデートを繰り返しながら、常に最高の自分をリスナーに披露している。
わたしのような天然で活動しているタイプとは対極に位置しているのだから、参考にしたところで上手くいくはずがない。
「正直、俺はお前が羨ましい。俺たちが努力で補っているものを、お前は最初から持っているんだから」
「我王……」
我王は一瞬、通話越しでも分かる寂しさのようなものを感じさせた。
「ふっ、だがそれは貴様が持って生まれた才能だ! これからもその短所を磨き続けるが良い! その果てに貴様は比類なきVTuberとなろう!」
「比類なきは言いすぎじゃないかなぁ……」
でも我王が言いたいことはなんとなく分かった。
結局、コラボで特訓しても得られるものは付け焼き刃の技術だけで、それは黒猫燦にとって必要なものではない。
黒猫燦には長所にも勝る短所があるのだから、配信者として成長したいんだったら下手に小細工なんかせずに今まで通りの活動をしろ、ということなんだろう。
当然、企業VTuberとしてのスキルアップは今後も続けていくことに変わりはないけど、最近ずっと感じていた強迫観念というか、心に抱えていた漠然とした不安のようなものは解消された気がする。
自分のことは自分が一番分からないとはよく言うけど、やっぱり自分だけじゃ思考のドツボに嵌るから他人の言葉による気付きって大事だな……。
「ありがと。なんか気が楽になったよ」
天猫にゃん相手には気恥ずかしかったお礼もすんなりと口から出た。
やはり相手が男だと遠慮がなくなるというか、気恥ずかしさを感じなくなるんだろうか。
「ふっ、礼には及ばん。貴様は自分の歩む道を自分で決めたに過ぎないのだからな。我はその背中を押したに過ぎん」
我王は相変わらず自信に満ちた声で言う。
しかし最後に少し考え込むような仕草を見せ、そして、
「貴様、四期生とコラボしてみるか?」
そう言った。
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