#新章
#141 惚気オーラ
──自分らしくある、というのは一見簡単に見えて実は勇気のいる行動だ。
◆
「うーん……」
お昼休みにふらっとやって来た
「どうかした? 今宵ちゃん」
うんうんと頭を揺らしながら考え込んでいたらトモちゃんが声を掛けてきた。
ついでにガッチリと頭を固定される。ぐぇ。
「いや、なんか教室の空気が変じゃない?」
「変?」
「うん。朝からなんか変」
ひとしきり三つ編みにして満足したのか、ようやくトモちゃんから解放される。
そして彼女は教室をぐるっと見渡して、
「アレじゃない? クリスマスが近づいてるからみんなソワソワしてるんだよ」
「あー」
言われて合点がいった。
たしかにいつもは仲良しグループで集まっていたクラスメイトたちが、今日はやけに個人同士で集まっている。
クラスカースト上位に位置する野球部の彼は教室の隅にいる図書委員の地味な女の子と一緒にいるし、いつもは派手派手なギャルの彼女は目立たないオタクの男の子と一緒にいる。
他にも男女二人で集まっている姿は教室にいくつか見受けられるけど、相変わらずいつも通りグループの体を成しているのは小林晴人くんの周囲ぐらいか。
今日も元気にキャッキャとやかましい女どもが彼の周囲を……あ、いつもならイケイケ男子も数人いるのに今日はいないな。代わりに女どもの目がやたらとギラついている。なんていうか肉食獣だ。
「もしかしてこれ恋人同士イチャイチャしてる?」
「そうだと思うよー。高校生活最後のクリスマスだからね。12月に入ってからみーんな仲良しグループより恋人優先してるみたい」
「なるほど……」
ってことはあそこの彼も彼女も恋人であっちも恋人、そっちも恋人。
よく見ればさり気なく手を握ったり膝の上に座ったりと明らかにピンクの惚気オーラが充満している。
え、ていうかうちのクラスやけにリア充──恋人持ちなのでリア充の中でも更に最強格──多くない?
同類かちょっと下ぐらいに思ってたオタクの彼ですら恋人いるじゃん。ショック。
「うちの学校って三年間同じクラスでしょ? だから他の学校と比べてもクラス内のカップル率高いみたいだよ」
あー、クラス替えがあれば男女の仲も強制的にリセットされるけど、クラスが一緒ならちょっとずつ恋愛感情が育まれるとかそういうやつか。
このわたしですら三年間一緒のクラスだからトモちゃんやぬいと仲良くなれたんだし、恋に多感な一般高校生なら恋人の一人や二人作ってもおかしくないか。……別れたらその後が悲惨なことになるし、同じクラスで新しい恋人を作ろうものなら気まずいなんてものじゃないけど。
「でも逆にずーっと同じクラスだから外に出会いを求める人も多いみたいで、クラス外のカップルも多いらしいよ」
「はぇー」
なんだろう、地元で買い物するのが恥ずかしいからって隣町まで買い物に行ったら同じく別の町から遠征してきた人と仲良くなるとかそういうノリだろうか。リア充のノリはよくわからん。
でもうちの学校は他所と比べて箱庭感が強いせいで恋愛に青春を捧げる人間が多い、というのはなんとなく理解した。
しかし一度この空気の正体に気づいてしまうと、なんというか見ているだけで周囲の惚気オーラに胃もたれを起こしそうだ。
うっ、他人のイチャイチャほど見ていてつらいものはない……。
「あれ、でもトモちゃんは彼氏いないの?」
「え、私彼氏いないよ?」
何かとわたしに良くしてくれるこの子も陽のオーラを放つ者だ。
薄く塗られた化粧は嫌味がなく整っていて大きな瞳は常にキラキラ輝いている。
つやつやの茶髪は腰のあたりまで綺麗に伸びていて、たまに髪の毛を掻き上げたときに覗く形の良い耳はわたしの目から見ても色気があってドキッとさせられる。
これで彼氏がいないのは嘘だろ。あのイケメン晴人くんにも充分釣り合うぞ。
「ってことはクリスマスぼっち?」
「あはは、私にはスズがいるからぼっちじゃないよー」
大学生と付き合っていたスズちゃんはなんか違うという理由で一週間もせずに別れたらしい。だからクリスマスもフリーなんだろう。
「あれ、マイちゃんは? 仲間はずれ?」
トモちゃんマイちゃんスズちゃんの三人組は常に一緒に行動している女子グループのイメージだったんだけど。
もしかしていつの間にか解散してた?
「マイは彼氏クンがいるから毎年クリスマスは欠席だよ」
「え、彼氏いるの!?」
いつもオロオロしてるから男の人とか怖いって言うタイプだと思ってた。
「ほら、マイって幼馴染が好きって言ってたでしょ? 今年うちに入学したから付き合い始めたらしいよ」
「しかも年下!?」
そういえば初めて遊びに行ったときに幼馴染が好きとか聞いたな……。毎年欠席って付き合う前からクリスマス一緒に過ごしてたのか。
というかいつも昼休みに見かけない気がしてたけど、もしかしてその年下の彼氏のところへ通っているんだろうか。……なんかショックだ。文字通り衝撃って意味で。
「今宵ちゃん可愛いからもしかしたらクリスマス前に告白とかされるかもよっ! ほら、高校生活最後のクリスマスだから後悔しないために恋人作りたいって人多いから」
晴人くんの周囲にいる女どもが良い例だろう。
でも、
「それ、わたしと付き合いたいんじゃなくて女なら誰でも良いんじゃ……」
わたしは晴人くんと違って仲の良い異性なんていないから、仮に男子から告白をされたところでそれは恋愛的な告白ではなく恋人が作りたい目的の告白だろう。
流石のわたしでも女なら誰でも良いって理由で告白されるのは嫌だぞ。
まあ、好きだから告白をされても、恋人が欲しいから告白をされても、どっちにしろ断ることに変わりはないんだけど。
「んー、でも今宵ちゃん可愛いし狙ってる男子結構いる気がするけどなー。あ、誰かに取られる前に私が今宵ちゃんの彼女になろっかなっ!」
「ひぇっ」
身の危険を感じて思わず椅子に座ったまま距離を取る。
いつの間にか三つ編みの先にリボンを巻いていたトモちゃんは「あー」と言いながら中空を手で虚しく掻いた。
と、そこで、
「と~も?」
「あいたっ」
ポコン、と丸めたノートでトモちゃんの頭を叩くスズちゃん。
今まで少し離れた自分の席でわたしたちをクスクスと見守っていたスズちゃんだったが、さっきまでとは違う冷たい笑みを浮かべている。
そして底冷えする声で、
「浮気は許さないわよ?」
「ごめんスズ~出来心なの~ゆるして~」
うわ、ここにも惚気オーラが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます