#128 極・アルティメットサンシャイン雑談 季節外れの夏を添えて【黒猫燦/夏波結】

「よし、ミュートになってる。……配信開始ボタン押したよ」

「んー」

「じゃあ待機画面中に最終確認だけど、今日は近況報告を交えた雑談がメインね」

「んー」

「……ネタが無くなったらいつも通りチャットから適当に拾って、最後はさっき募集したマシュマロをいくつか読んで締めるって感じで行こうと思うんだけど」

「おっふぇー」

「なんかやる気無さすぎじゃない!? ずっと投げやりな返事だしなんか食べてるし!」

「?」

「いやいや、とぼけても無駄! さっきからモゴモゴしてる音聞こえてるし! 待機画面で音乗ってなくても今配信中だよ!? いつも真面目にやれって言ってる夏波結がだらけ過ぎでしょ!」

「はぁ……、何度も嫌だって言ってるのに強引に誘ってきたのはそっちでしょ? 気分が乗らなくても仕方ないと思わない?」

「え、これってわたしが悪いの? ………悪いのわたしか」

「そーいうこと。ムード×ってやつね。じゃ、後は勝手にやっといて」

「んぇー、配信前にそんなこと言うなよー。ほら、チャット見て。みんなも夏波結を待ってる、か…ら……」

「冗談よ冗談。ほら、ちゃんとやってあげるから。そろそろはじめましょ?」

「ご、ごめん」

「え、何が?」

「結の声、ミュート忘れてた」

「は?」


:やっと気づいた

:結ちゃんの声だけダダ漏れで草

:待機画面で独り言を喋り続ける夏波結、切り抜き確定

:なんかえっちぃですね

:ふたりってオフだとそういうこと言ってるんですね(幻聴)

:続けてどーぞ

:壁です気にしないでください


「ちょ、はぁッ!? アンタ、燦、何して、あぁ~、もうっ!」

「ご、ごめん」


:あ、黒猫さんの声入った

:自分の声はミュートのくせにコラボ相手はミュート忘れ、素直に草です

:※彼女は昨日謹慎が明けたところです

:被告は嫌がる同僚に何度も強引に迫ったと見られ云々

:嫌よ嫌よと言いながらも最後はちゃんとヤッてあげる夏波結、なるほど…


「……次はないから」

「ひぇえ……」


 ◆


「はい、というわけでこんゆいー!」

「こ、こんばんにゃー……」


 開始早々ハプニングに見舞われたものの、何事もなかったかのように配信が始まった。


:こんばんにゃー

:こんゆいー

:裏のゆいくろ見れてよかったぞ

:結婚しろ


 特にを空けずに開始したこともあってチャット欄は相変わらずわたしたちを冷やかす内容で溢れかえっている。

 まあ、事故とはいえ本名を呼んだわけでも愚痴を零していたわけでもないから、こういうチャットで賑わっているのはある意味不幸中の幸いというやつだろうか。

 当の本人である夏波結もどこ吹く風といった様子だし。


「あれ、燦ってばなんだか元気ないね? なにかあった?」


 ほら、完全にオフモードの自分を配信に晒したっていうのに凄い切り替えの早さだ。


「なにかあったと言えばあったけど──」


 オープニングトークがてらさっきの出来事を振り返ろうとする。

 が、しかし。


「なにもなかったよね?」

「………」


 先ほどからずっと明るくニコニコしている結の声に、何故かその時は妙な圧を感じてしまった。

 うっ、返事が出来ない……。


「なにもなかったよね?」

「は、はい」

「ね、みんなも何もなかったよね?」


:あ、はい

:なにもなかった、いいね?

:俺のログには何もないな

:我々は何も見てない、だが切り抜き師はどうかな!


 唐突に眼の前で最後のチャットが勝手に消えた。


「ひぇっ」


 わたしはマウスすら握っていなかったので、おそらく結がモデレーター権限を使って勝手に消したんだろう。

 それを見た視聴者たちも結の本気度合いを理解してしまったのか、何も命じられていないにも関わらずまるで長年訓練されていたかのように全員が揃って「何もなかったです」と書き込み始めた。

 ここまで全員が同じ内容を書き込むなんて、最初と最後の挨拶以外じゃ中々お目にかかれないぞ……。あと「うんうん」とか。


「ほら、燦はもっとテンションあげよ?」

「はい!!!! こんばんにゃー!!!!!」


 ヤケクソ気味に叫ぶ。


:うっさ!!!!

:鼓膜ないなった

:何も聞こえないこれがミュートってやつか

:え、なんか言った?

:ミュートなってんぞ


「燦は特訓の前に叫ぶクセ直した方がいいね」

「ぐっ、仰る通りです……」

「あと感情に任せて行動するところも」

「ぐうの音も出ない」

「それから──」

「あーあー聞こえない聞こえない! ミュートになってるから聞こえなーい!」


 Discordの音声をミュートにする。

 これでわたしの声が相手に伝わらない代わりに結の声もわたしには聞こえなくなった。


「ふぅ……、せっかくのコラボ初っ端からあんなにガミガミ言われたくないよね。こっちだって分かってるんだからさ~」


:やってることやば

:ひどい

:お前…それは最低だぞ


「私が悪いの!?」


:お前が悪い

:まあ開始早々何個も指摘されたら萎える気持ちは分かる

:ミュート忘れとか叫んだりとか結ちゃんにストレスを与え続けた結果じゃ…

:そもそも黒猫さんから特訓に誘ったのでは?ボブは訝しんだ


 相も変わらずわたしに厳しいリスナーたちだ。

 とはいえ彼らが言うように悪いのは完全にわたしだと理解しているので、これ以上結が怒らない内にミュートを解除する。


「ごめんなさい」


:あやまれてえらい!

:謝罪は大事

:なかなか出来ることじゃないよ


「謝ったぐらいで甘やかさないの」


:ごめん…

:ひんっ

:謝るのは当然のことだろ!

:ふつーのことできてなにがえらいだばかやろーこのやろー

:なんでもえらいって言うと思ったら大間違いだ!

:悪さしておきながら謝ったら偉いってマッチポンプではとマジレス


「すぐ手のひら返すじゃん」


:結ちゃんには逆らえないんだ

:しゃーない

:強い方に付くよ俺たちは

:出直してこい


 あれー、おかしいな。

 ここって黒猫燦のチャンネルだったと思うんだけど。


「はいはい、それで? 今日は燦が考えてきた流れがあるんだよね?」

「あ、そうだった」


 色々あって今日の進行を完全に忘れていた。

 なんなら既に放送事故の連発でお腹いっぱい、もう終わってもいいかなって気分にすらなっている。


「……日を改めてコラボするってことで」

「ダメでしょ」

「ダメかぁ……」


:流石にな

:どこぞのファンガと違って結ちゃんは騙されません


「とりあえず、配信の基礎力的なものを鍛えたいんだよね? だったらいつもみたいに私がメインで喋るんじゃなくて、燦が会話回してよ」

「会話を回すぅ~?」


 えーっと、会話の回し方といえば……。


「こうかな」


 OBSを操作して配信画面に『会話』というテキストを表示させる。

 そして回転を加えた。

 わー、『会話』がぐるんぐるん回ってる。


「物理的!?」


:草

:その発想はなかった

:いつもより余計に回しております


「まあ冗談は置いといて」


:冗談だったのか…

:てっきり黒猫さんのことだから本気でやったかと思った

:この子ネタとガチの見分けがつかない


「お前ら私のこと会話を回すが文字通り回転させることだと思ってるおバカだと思ってる? ん?」


:ざっつらい

:ワンチャン

:信用しかない


「よし、コラボ特訓の目標にみんなの黒猫燦の間違った認識を改めさせる、を追加しよう」

「間違った認識?」

「そう! 黒猫燦は可愛くてキュートで天才で最強なのであって、決して可愛くてキュートで馬鹿で最強ではないってことを!」


:可愛くて?

:キュートで?

:最強?

:自己認識がそもそも間違っているのでは…?

:自画自賛もここまで極めれば一つの芸だな


「コイツらアンチだ!」

「はいはい、リスナーとコントするのもその辺で」

「してないしっ!」

「コラボでしょ? 相手を無視してリスナーと絡みすぎるのはどうかと思うよ?」


 うっ、たしかに。

 リスナーとプロレスをするのが黒猫燦の強みだとしても、コラボで相手を放置してそれをしてしまうと向こうのリスナーも置いてけぼりになってしまう。

 いくら結と付き合いが長いからリスナーも共有しているとはいえ、黒猫燦の配信力を鍛えるという名目のコラボなんだから身内意識に甘えすぎていたら意味がない。

 前回の配信で身内ノリは程々にと自分で言っていたにも関わらずこれとは、やはり課題は多そうだ。


「結が最初の相手で良かったよ」


 これが他の人だったらわたしがリスナーと戯れているのを温かく見守っているか、或いはイジる側に回っていたかもしれない。

 でもそういう空気に流されず、ちゃんと遠慮なくビシバシと指摘してくれるのは、やはり夏波結の良いところだ。


「ま、まあ、頼まれた以上はちゃんとやらないとね」


:配信前はあんなにゴネてたのにね

:なんだかんだ協力してあげるの優しい

:色々口酸っぱくなるのも黒猫さんのことを思ってなんだよね

:愛だよ愛

:ちゅーしろ

:はじめての相手ってこと!?


「するわけないでしょ! ……って、ああもう。燦の配信に来ると相変わらず調子が狂うなぁ」


 普段の結はJKという設定を守って明るく元気に活動をしているけど、わたしとコラボをするときはどうしても所々に素が混じってしまう。

 リスナー的には大人な雰囲気がギャップがあって良いのだが、何かと完璧を求める結からすればRPロールプレイが崩れるのはあんまりよろしくないんだろう。


「てことでね、今日の配信は最近どうですかーのお話をします」

「唐突に来たね」


:話の振り方下手すぎでは

:とんでもねぇ話題の急カーブ。球団入りでも目指してる?

:きっかけ作り下手なのは話し下手あるあるなんだ許してやってくれ…

:一生ふたりがだらだら喋ってイジられてるだけでも満足


「だいたい話し始めに『てことでね』って言っとけば解決すると思ってるよ」


 閑話休題とか話題転換に使える便利ワードだ。


「で、お互いに近況報告しようと思うんだけどー、……私は謹慎でずっと勉強してました。おわり」

「早くない!?」

「えー、人間そんなもんだって。いつも通り学校行って勉強して帰って寝る。ほら、話題になるようなことないじゃん」


:分かるマーン

:人生って日常の繰り返しなんだよな…

:学校とか会社の往復してるだけじゃ会話のネタなんて早々出来ないわ

:黒猫の配信で初めて共感した


「いやいや、もっとほら、友達と遊んでたらこういうことあったとか通学中にこういうことがあったとか、何かあるでしょ?」


:友達おりゃん

:通勤中はずっとスマホ見てるから別に

:ガリガリ君が当たったけどそんな話しされて嬉しい?

:非リアなめんな

:家でないから何も起きない


「う、うそ……」

「結、普通の人はね。そもそも話題なんて気にして生きてないからそんな簡単に出てこないんだよ」

「アンタは配信者でしょ」

「そうでした」


 でも、常日頃から「これ配信で使えるな!」とか考えながら生きてないんだよなぁ。

 そもそも他人に話せるほどネタに事欠かない人生なら、VTuberになって今を変えようとか思わなかっただろうし。


「じゃあほら、ネットニュースで気になった話とか新しく発売するゲームのことでもいいと思うよ。話題は些細な興味から広げていかないと」

「テーマは近況報告だから別にただの雑談ネタはいらないよ?」

「たしかに気がついたら話の趣旨が変わってた!? というか燦がすぐに終わるからでしょ!」

「わはは」

「適当な笑い方で誤魔化さない!」


:わはは笑

:でもこれも雑談配信で話題を作るいいアドバイスよな

:俺は味気ない毎日送ってるから近況報告縛りされると輪ゴムみたいな味しかしない


「輪ゴムなら何度も噛めるじゃん。醤油に付けて味変するといいらしいよ」

「噛むな付けるな味わうな」

「結は元気だなぁ」


 配信前はあんなにやる気がなかったのに。


「はぁ……、そもそも自分が提供できないもので雑談したらダメでしょ」

「ふふん、心配無用。元から結に提供してもらうつもりだったし!」

「た、他力本願……」

「失礼な。ちゃんと目的があるのに」

「目的?」


:まさか…

:おい、やめとけ

:ざわざわ

:なに?

:どしたん


 にわかに騒がしくなるチャット欄を横目に、わたしは充分な溜めを作り今回の真の目的を伝える。


「ズバリ、結とリースのデートについて! 聞かせてもらおう!」

「はぁ!?」


:キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

:近況報告だぁあああああああ

:本当に言いやがった

:近況報告にかこつけてデートの話聞くやつがどこにいる!ここだ!

:最近って言っても一月ぐらい前だけどな


「私が謹慎してる間にリースとデートしたって聞きました! しかもリースから匂わせがあっただけで詳細は不明だとか! ほら、近況報告だからキリキリ吐け!」

「謹慎中じゃないから! アンタが炎上した日だから!」

「あー! やっぱりデートしてたんだ! 人が色々大変だったときに! サイテー!」


 しかもあのとき、夜は迎えに来れないって言ってたから一日中遅くまで一緒にいたに違いない。

 こっちは他所の箱推しリスナーとかVTuber見てすらないオタクに5chとかまとめサイトとかTwitterで叩かれて炎上してたのに!

 自分は神代姫穣とホテルのベッドで燃え上がってたとかやってらんねぇ~~~。


「大変だったのは自業自得! デートって言ってもただドライブしてショッピングしたあとに食事しただけ!」

「完全にデートじゃん! 世間ではそれをデートって呼ぶんだよ!」


:公開痴話喧嘩

:JKがドライブ…? あ、乗せてもらう側か!

:在学中に免許取ったんやろなぁ……

:時空の歪みが

:脳が壊れる


「別に誕生日に付き合うぐらい良いでしょ」

「つ、付き合う!? どっちから告白したの!? 結婚を前提に!?」

「耳がおかしいの? それとも頭?」


:うーん両方

:修羅場ってやつか

:黒猫じゃなくて結ちゃんを取り合う図は珍しい

:黒猫さん関わりないだけで結タソは友好関係広いし、あっちはあっちで黒猫さん以上に仲良し(意味深)多いんだよな…

:黒猫陣営と結陣営でカードバトルできそう


 言われてみれば結は個人VTuberや企業VTuber問わず、知り合いが多い。

 その殆どは彼女のコネ作りによって出来上がった関係性ではあるが、生来の面倒見の良い性格と大手企業という憧れから彼女を慕うVTuberは後を絶たない。

 なんなら結と仲良くしたいからってまずはわたしにコンタクトを取ろうとする人だって存在するぐらいだ。

 別にわたしと仲良くなったからって結と仲良く出来るわけじゃないのに、そんなにホイホイ紹介するぐらいチョロそうに見えてるのかな……。


「いいもん、夏波結は女をとっかえひっかえしてるって5chに書き込むし」

「やめて!?」

「女の数だけ携帯持ってるんだよ。今7台ある」


:妙にリアルな数字

:結ちゃん…

:偏向報道がひどい

:5chカミングアウトすな

:まあモテる女感はあるよね


「あーあー、燦が変なこと言うからみんなもノリノリになってる! 言っておくけどリースはただの幼馴染だからね! 昔から自分が楽しむためなら周りのこと平気で巻き込む人だし、匂わせしたのも絶対にわざとだよ! 今も配信見ながらニヤニヤしてるに違いないから!」


:幼馴染って初出じゃね?

:ラノベだと幼馴染は負けヒロイン。でも最近は逆張りも増えてるからな…

:そうだろうなって感じはしてたけど本人の口から幼馴染って明言されるのは初かも

:エルフとJKが幼馴染…?

:エルフの国と家が隣やったんやろなぁ


 なんだか今日一日だけで結のイメージがリスナーの中で結構ぐちゃぐちゃになっている気がする。

 流石にこれ以上RPを崩すと本人にも申し訳ないので自重しないと。


「まあ、幼馴染なら肉体関係あっても普通だよね。エロゲで見たし」


:エロゲで見るな

:お前は何歳だよ

:幼馴染とか小学校卒業したら疎遠になるもんだろ

:やっぱり耳より頭がおかしいと思う


「燦、誕生日はどっか連れてってあげるからこの話終わりにしない?」

「プレゼント期待してる」

「はいはい」


:ゆいくろ公式デート!?

:クリスマスイブってガチなやつじゃん

:配信でやれ

:ゆいくろはガチって本当だったんですね

:当日リースが乱入するまでがオチ

:ちゅーしろ


 今年の誕生日はメンタル死んでないと良いなぁ。

 ところで結局いつも通り配信しちゃったけど、特訓どこいった?

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