#129 クラスの風景

「ところでさ、プレゼントと言えば結はどんなプレゼントが貰って嬉しい?」

「貰って嬉しいプレゼント? んー、その人が一生懸命考えてくれた物なら何でも嬉しいかな」

「うわっ」

「うわってなに!? うわって!」

「似合わないこと言い出すから。ほら、結ならお金とか時間とかもっと現実的な……」

「言うわけないでしょ! 人をなんだと思ってるの!?」

「現実主義者のリアリスト」


:草

:今日の黒猫さんは中々言うねぇ~

:でも結ちゃんって結構現実的なこと言いがち

:オンオフ激しい女の子が実は乙女思考とか最高だろ!


「あーたしかに。普段は澄まし顔でアピールとか全然しないのに記念日とかしっかり覚えてたりね。しかもどんな形でも気持ちが大事って言ってくれたり。そういうの、めっちゃ良いッ!」


:わかるマン

:お金なくても一緒にいられるだけで幸せって言ってくれるんだよな

:料理下手なんだけど毎日めっちゃ早起きして作ってるからそれを感じさせないとか

:他の女の子と仲良くしてるの気にしてませんよって顔してるのに実は人一倍気にしてるから我慢の限界超えたら無言で怒るやつよ

:外では素っ気ないけど家だと甘えてくる。それも何も言わずに


「良いね!」

「良くないから! 私そんなことしないし!」

「え、別に結のこと言ってないけど」

「んなっ!?」

「あれ、もしかして自分のことだと思ってた? 私が結のことそういう風に見てるとか思ってた?」

「………ぅう」

「まあ? 結にそういう可愛げがあったら良いと思うけど? でも結ってば他人に厳しく自分にも厳しいリアリストだからなぁ~。もうちょっと理想のヒロインっぽさがあれば──」

「もういい。寝る!」

「は、え、ちょ、まだコラボは終わってな、あ! ホントに通話切られた……」


:草

:今のは100%黒猫が悪い

:調子に乗りすぎたな。そして乗らせすぎた。反省

:黒猫さんがシラフで結ちゃん攻め倒すとか昔からは考えられないな

:幾度の炎上を経て黒猫も成長してるんやなって

:デビューして一年半以上経つからな。俺らの知ってる黒猫さんも変わってくよ

:逆転要素ありとか聞いてないんですけど。ちゃんと表紙に書いといてください

:どうせ後で痛い目見る

リース=エル=リスリット ✓:こういうところが可愛いんですよね


 ・

 ・

 ・


「何見てるんですか今宵さん?」

「どぅぇえええ!?」

「ぅえええ!?」


 コラボ配信を終えた翌日の学校、その昼休み。

 一発目のコラボ特訓回ということもあって昨日の配信の反応がどうしても知りたくなったわたしは、自席で手早く昼食を済ませるとプライベート用のスマホで切り抜き動画を見漁っていた。

 反応を見るだけなら別に自分の配信アーカイブでも良いのだが、ここに寄せられるコメントはアンチと信者が大半で、そういう人たちは黒猫燦に読まれることを前提に書いてるせいでどうしても中立で忌憚きたんのない意見というものが少なくなってしまう。

 だからこういう、本人が見ていることを想定していない切り抜き動画のコメント欄は純粋な感想を求めているときに便利なのだが……、つい自分の配信だというのに視聴に熱中してしまって真横まで近づいてきていた黒井縫子の存在に気づくことができなかった。


「び、びっくりした……。口から心臓飛び出て死ぬかと思った……」

「わ、私もまさかそんなに驚かれると思わなくて驚きました……」


 未だにバクバクと跳ねる心臓を落ち着けるように自分の胸に手を当てる。

 幸い、昼休みの喧騒に掻き消されてわたしたちの叫び声が注目を浴びることはなかった。

 これで奇異なモノを見る視線を四方八方から浴びせられていたら今すぐ教室から飛び出してチャイムが鳴るまでトイレに籠もることになっていただろう。


「ぇと、急に話しかけてごめんなさい……。じゃあ、そういうことで……」

「ちょいちょいちょい! 別に怒ってないから! ほら、そんな泣きそうな顔で離れないで!」

「よ、よかったぁ~。今宵さんに嫌われたらもう二度と目の前に姿を見せないことでお詫びするしかないかと」

「重い!」


 わたしもぬいも仲良くなってからもう一年と少しは経つ。

 今ではお互いを下の名前で呼び合う程度には打ち解けたし、彼女がどういった性格をしていて何を考えているかもだいたい分かるようになったつもりだ。

 だから彼女が一年前に比べればわたしと同じように、精神的に成長しているのも分かっているのだが……、うーん、でもぬいは相変わらずだなぁと子犬を見るような微笑ましい気持ちになる。


「それで? なんだっけ?」


 イヤホンをしていたし、急に声を掛けられたせいでぬいが何を言っていたかまでは把握していない。


「あ、別にそこまで改まった話じゃないんですけど、熱心にスマホを見ていたので何を見てるのかなーって。ぜ、全然詮索とかではないので無理に答えなくても大丈夫ですよ!」

「大丈夫だから、気にせずいつでも聞いてくれて大丈夫だから」


 えーっと、それでわたしがスマホで何を見てたかだっけ?

 それは、


「……お、教えられない」

「えぇ!? さっきは大丈夫って言ってたのに!?」

「こ、心変わりした。エンドフェイズまで教えられない」


 だって、わたしはついさっきまで黒猫燦の切り抜き動画、つまりは自分自身を見ていたわけだ。

 他所のVTuberなら兎も角、どこの世界に自分がVTuberをしている姿を、たとえ公表しないとしてもリア友に嬉々として見せるバカが居るのか。

 そんなの恥ずかしすぎて死ねる。


 何より、黒井縫子という少女は重度の黒猫燦オタクだ。信者と言っても過言ではない。

 以前、今回とは逆の立場でわたしがぬいに何を見ているのか聞いたことがあったのだが、そのときは丁度黒猫燦の配信アーカイブを見ていたようで昼休みが終わるまで延々と黒猫トークに付き合わされた。

 あの他人に自分の意見を押し付けることと無縁の黒井縫子が、少しの間とはいえ我を忘れてしまったのだ。

 そんなぬいに自分から黒猫燦の切り抜き動画見てたよーなんて言った日にはもう同好の士を見つけたりと日が暮れるまで、もしかしたら朝日が昇るまでわたしへの愛を赤裸々に聞かされるかもしれない。


 だから、ぬい。

 拒絶されて瞼に涙を溜め、今にも泣き出しそうな顔をしてもこればっかりは心を鬼にさせてもらう。


「今宵さんは……、私が嫌いになったんですか?」

「あ、黒猫燦の切り抜き動画見てました」


 友達泣かせるぐらいなら自分が傷つくほうがいいよなぁ!


「え、黒猫さんの切り抜き動画!?」


 さっきまでとは一転。

 ぱっと花が咲いたような笑顔になって、


「今宵さんもついに黒猫さんの良さに気づかれたんですね! 実は前に黒猫さんの話をしたときに微妙そうな顔をされたから言わないようにしてたんですけど、いつか今宵さんと好きなものトークで黒猫さんの話をしたいと思っていて」


 ごめん、自分のこと聞かされても微妙な反応しかできないんだ。


「あ、黒猫さんの切り抜きと言えば昨日の配信のやつですか? やっぱり配信を追うのもいいですけど切り抜きもまた味があっていいですよね。特にチャットが横にスクロールする切り抜きは見逃していた面白いチャットが見られて好きなんですよ!」


 あぁ、ニコニコ動画みたいにリアルタイムのチャットが画面上に流れるやつね。

 わたしもさっき見てた切り抜き動画は丁度そのタイプで、配信中に見逃していたチャットを読んでいたからぬいの存在に気づくことができなかった。


「それで今宵さんは──」


「昨日の黒猫燦の配信見た?」

「見てねンだわ。ほら、前にお気持ちで炎上したっしょ。あれで切ったンだわ」

「わかるマーン。企業案件で炎上するVとかあり得ないんだよなぁ。っぱこれからの時代はオルタナティブなんだよ」

「は? ぶいすたなンだが?」

「マイオナ乙」


「今宵さん、今すぐ静かにしてきますからね……」

「まてまてまて落ち着け!」


 いつも教室の後ろの方でガヤガヤとオタクトークを繰り広げている連中の声が、今日に限ってはしっかりとわたしたちの耳に届いてしまった。

 周りに配慮せずに騒ぐのは陽キャの専売特許と思われがちだが、意外と陰キャも仲間で群れるときは本人が気づかないだけで大声で騒いでいる。

 それでもいつもなら気にならない聞き流す程度のものだったが、黒猫燦というわたしとぬいにとってはどうしても聞き流せない単語のせいでふたり揃って耳を傾けることになってしまった。


「っぱ今のVTuber戦国時代じゃあるてまは落ち目なんだよなぁ。一年前俺が言った通りだろ?」

「2chの受け売りな」

「は~2ch~? 今はもう5chなんだが? そんなんだから流行に乗り遅れるんだよなぁ」


「今宵さん、離してください! 私なら存在感を消してやれますから!」

「殺るな!?」


 どうせ近づいたら怖くなってそのまま素通りするくせに!


「大丈夫です。勇気は黒猫さんに貰いました。あとは行動するだけです」

「たぶん黒猫さんは望んでないんじゃないかなぁ!? ほら、リスナーが勢い余って暴走することに心痛めてたしさ!」

「やっぱりアンチは消さないと……」

「ちがぁああう!」


 まさかリア友を見て黒猫リスナーの凶暴性を再確認させられるとは。

 それからぬいを椅子に座らせ、その膝の上にわたしが座るという強引で物理的な方法によって彼女の暴走をなんとか止めることに成功した。

 でも話題が話題なだけに聞き耳は嫌でも立ててしまうので、スマホに接続したままのイヤホンをぬいの片耳に挿してもう片方をわたしの片耳に挿した。


「ほら、一緒に黒猫さんの切り抜きでも見よ。ポケモン剣盾でポケモンが鳴くたびに真似をする黒猫さんだってさ。え、なにしてんのコイツ」

「これ無意識で言ってるみたいで可愛いですよね」


 みんなからコラボを断られ続けてヤケクソで実況した復帰二回目の配信だ。

 ほとんど記憶がなくてしょっぱい思い出しかなかったんだけど、こんなことしてたんだな……。


 それはそうと、ぬいが黒猫燦の切り抜き動画に集中してくれたおかげでこれで落ち着いて後ろのオタクトークに耳を傾けることが出来る。

 いや、別にわざわざ聞く必要はないんだけど、こうやって生の声を聴けるのは貴重な機会だからね。

 今のわたしに必要なのは黒猫燦を全肯定する声ではなく、こういう黒猫燦から離れた第三者の声なんだと思う。


「っぱさぁ、VTuber見るならお気持ちとか男とかそういうのと無縁な娘を見たいわけ。現実忘れて趣味に没頭するって言うか? そういうときに余計なノイズって入れたくないじゃん?」

「ぶいすたは女しかいねンだが」

「でもチャンネル登録も同接もイマイチじゃん? 数字は実力、嘘吐かないんだよなぁ。5chでも言ってたわ」

「それならあるてまは落ち目じゃなくなるが? つまり数字が全てじゃない、はい論破」

「でもまとめサイトが落ち目って言ってるんだよなぁ」


 ま、まとめサイトキッズが他人の言葉でイキりやがってよぉ~。

 だが、アクセス数のために捏造や偏向報道を平気で行うまとめサイトの言葉が真実と思いこんでいる人間は、悲しいことに一定数存在する。

 そのたびにわたしたちVTuberは謂れのない誹謗中傷を色んなところから浴びせられるのだが……、他人を下げないと推しを上げれないとかオタクとして恥ずかしくないのか、オイ!

 勝手なイメージや偏見だけで人を決めつけるのは良くないってそのお気持ち案件中に言ったでしょ! それで推し活とかされても本人は何も嬉しくないぞ!


 でも、彼らの言うことも一理あるのは事実だった。

 わたしの活動スタイルは感情で突っ走るお気持ちが多いけど、VTuberファンの中にはそういうものを求めていない人もいるのだ。

 娯楽として楽しんでいたテレビの中の人が、急に自分に向かって説教を始めたり愚痴を零すのなんて、そんなの聞きたくないに決まっている。

 あくまで彼らは現実ではない、仮想で理想の世界を求めてVTuberを見ているのだから。


 それにしてもネットで文字として見る情報とこうやって生の声を聞くのではやっぱり理解度が大きく変わるな。

 どうしても文字だと純粋に受け取ることが出来ない意見も、こうやって距離があるとはいえ直接聴くと素直になれるというか……、


「あと黒猫燦は貧乳だから駄目だわ。中の人も絶対ブスで高卒のニートだぞ。ネットで顔見たし」


「はぁああああああああああああああ!?!?!?!?!?」

「こ、今宵さん!?」


 はっ、つい感情に任せて叫び声を上げてしまった。

 ぬいが声を掛けてくれなかったらそのまま「ぶっ殺すぞ」まで言っていたかもしれない。

 周囲を見れば教室に残っているクラスメイトたちがなんだなんだとわたしたちの方に視線を向けていた。


「くっ……」

「ぅぅ……」


 ここで何か気の利いたことを言えたら陽キャの仲間入りなんだろうけど、相変わらずわたしとぬいは陰キャを極めし者なので穴に入るように顔を伏せてみんなの興味が失せるのを待つしかなかった。

 クソぉ、あのオタクども絶対に許さねぇ……!

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