#44 【マシュマロ】久々になんか喋るだけ【黒猫燦/夏波結】

「か、かわいい……!」

「え、メイドってこんなに可愛いもんなの」

「金取れるレベルだよこれ」

「いやお金取るんだよ!?」

 

 身長とスリーサイズを口頭で伝えてから数日。

 作ったのか注文したのかは分からないけど、見るからに特注であると分かるメイド服を渡されて早速試着することになった。

 まあ、自分で言うのも何だけど、わたしのサイズに合うメイド服なんて多分普通に売ってないと思う。 本来ならクラスメイトの前で試着なんて絶対に嫌なんだけど、これを用意した奴らの文化祭へ掛ける本気具合にちょっとだけ絆されて協力してやろう、と思ったのは事実だった。

 

「あの、これ、丈が短いんですけど……」

 

 ただひとつ文句があるとするならば、このメイド服はスカートの丈が凄い短かった。いかがわしいお店と勘違いされる短さだった。

 ちゃんとしたメイドさんならロングスカートでお淑やかで、えっちなイメージとは程遠いのがいいのにさぁ!

 

「あーそれはね、黒音さんのサイズに合うのそれしか無くて……」

「私たちも一生懸命似合いそうなの探したんだけどね?」

「それも充分似合ってるから大丈夫!」

 

 どこか気まずそうに視線を外す彼女たちを見ていると、この服がどういった用途の商品かなんとなく察してしまった。

 そうだよね! わたしに合うサイズってそういうのしかないよね! 知ってたよちくしょう!!

 

「けど本当に可愛いから!」

「似合ってるよ!」

「優勝間違いなし!」

 

「お、おだてたって……」

 

「男子の視線を釘付け!」

「女子のハートも鷲掴み!」

「今宵ちゃん可愛い!」

 

「ま、まあ? この服でもわたしは別に良いですけど?」

 

 そこまで皆が言うなら仕方ない。

 わたしが居ないとダメだって言うなら、まあ協力してあげなくも? ないっていうか? むしろこういう服嫌いじゃないし?

 

 ねえ、黒井さんなんで後方からそんな微笑ましそうな顔してるの。ねえ、ねえ、お前もメイド服着るんだよ!

 

 ◆

 


【マシュマロ】久々になんか喋るだけ【黒猫燦/夏波結】

 26,309 人が視聴中・黒猫 燦 チャンネル登録者数 10.8万人 

 #黒猫さんの時間  #ユイ友ライブ 


「こんゆいー」

「にゃー……」

 

:¥10,000 今月のゆいくろ代

:こんゆいー

:こんばんにゃー

:ちゃんとしたコラボおひさだ

 

「そだねー。カラオケ大会終わってから色んな人と絡むようになってたから久々かも」

 

:ゆいちゃんは元々色んな人とコラボしてたけどね

:黒猫が絡み薄い所にも出張るようになったからな

:ゆいくろコラボが久々……?

:あれは事故だからぁ!

 

「燦とコラボ久々だよ? ね? ね?」

 

:あ、はい

:せやな

:¥200 久々のコラボ助かる

 

「はい。で、肝心の燦だけどー、なんだか元気ないね?」

「にゃぁ」

 

 結の呼びかけに気怠げな返事を返す。

 配信開始前の通話でもわたしが時間ギリギリに来たせいでロクに会話すらしていない。

 というのも、

 

「実は文化祭の準備で遅くまで残らされてね、帰ってきたのもさっきなんだ……」

 

 コラボ開始は21時から。

 帰宅したのは20時50分。

 そこからカバンをベッドに放り投げて、慌ててパソコンを起動させたからまだ制服のままだったりする。

 

:文化祭の準備…?

:あっ

:まずいですよ!

 

「へ?」

 

 チャットを見れば、なぜかいつもより流れる速度が早い。

 一体何だ……? と思っていると、そこには「特定しました」の文字が。

 

「あ」

 

 行事関連は特定されるから気をつけるように言われたのに!?

 

「まあまあまあ、燦も私も女子高生だからね! 今の時期はどこの学校も文化祭で大忙し! 私も実行委員してるから大変だよ!」

 

:せ、せやな

:まあ秋は文化祭の時期だもんね

:うちも文化祭の準備で忙しいわ

 

 あ、危なかった。

 結が咄嗟にフォローしてくれなかったら本当に黒猫燦が特定されるところだった。

 最近は配信前の通話でリアルの愚痴とか零して、そこで発散させて配信では失言しないようにしている。

 それが今日はドタバタしてて完全に油断してた!

 

 Discordを見ればチャットで結から「ゴメン」の文字が。

 うぅ、謝るのはわたしの方だ……。

 

:ふたりは同じ学校なの?

:そういえばその辺り聞いたことない

:¥460 他のJK組ってざよいときりんさんだっけ

 

「私と燦は学校別だね。十六夜さんときりん先輩も別々で、みんな学校は違うよ」

「ちなみに祭先輩はきりん先輩のOG」

 

:そうなの!?

:てか祭先輩ってJKじゃないのか…

:どっかで大学生って零してたと思う

:最初期のまだ人も少ないときだね。再生回数も少ないから古参しか知らない

 

 そうそう、あれは3、4回目の配信の時で、祭先輩は大学生って言ったんだよ。

 そこで後輩にきりん先輩がいるって零して、当時はイマイチ伸びなかったふたりが交流をはじめるきっかけになった。

 あの頃はまだまだ人も少なかったし、切り抜きも上がってないから意外と知ってる人は少ないんだよね。

 

 Vオタクは切り抜き見ただけで全部知ったつもりになるから良くないよなぁ!

 推しは初配信からつぶやいたーの発言から動画まで把握しろよ!!

 

「まあ、この時期はどこの学校も忙しいよ。文化祭、スポーツ大会、修学旅行、学校によって時期は変わるけど秋は行事ごとが沢山! もしかしたら私も燦も配信がいきなり延期になったりするかもだけど許してね?」

 

:ぜんぜん大丈夫だよー

:学校大事だからな!

:僕もちょっと忙しいから助かる

:¥319 むしろ黒猫さんがちゃんと学校行事に参加できてることに涙が出そう

:黒猫、ちゃんと学校馴染めてるんだな……

 

「流石に私も学校行事は参加してるが!? どこまでボッチだと思ってんの!?」

 

:てっきりそういうのはサボるかと

:当日は仮病でしょ

 

「がるる」

「はいはい燦は落ち着いてねー」

 

 納得いかなーい!

 

「さて、じゃあ今日もマシュマロ消化してこっか」

「……ところで着替えていい? 帰ってからそのままなんだけど」

「配信中なんですけど!?」

 

:ガタッ

:¥200 生着替え!?

:¥200 く、黒猫で興奮とかできねーし

:制服姿で配信……なるほど!

 

「適当に着替えてるから、ちょっとひとりでマシュマロ片しといて」

「えぇ……」

 

:草

:自由がすぎる

:これも結ちゃんだから心を許してるということで一つ

 

「まあ、もう声届いてなさそうだし止めようがないけど、はぁ……。取り敢えず1通目いくよー」

 

 ──しゅる、しゅる

 

「ん?」

 

:お?

:なんか聞こえるけど

:あっ察し

 

「ちょ、これ、燦? さーん!? マイクミュートした!?」

 

 ──しゅる、ぱさ

 

「うー、ほんと疲れた。アイツらなかなか帰してくれないし……。まあ、楽しかったけど、さ」

 

:く、黒猫…

:ガチ本音だ!

:これは戻ってきた時赤面不可避

 

「それより、まだ暑いし蒸れる……。シャワー浴びたいけど流石にだめだよね」

 

:¥12,000 ドキドキしてきた

:いけないもの聞かされてる気分

:なるほど、なるほど……

 

「燦! ちょっと気づいて!? 色々やばいから!?」

 

:歌うしかないね

:楽器鳴らそう

 

「下着も変えとこ」

 

 ──ぱさ、ぱさ

 

:アカン

:¥250 運営さーん! 電話してー!

:いま全裸

 

「はい! 1通目! 『ママしてる結ちゃんも面白いし、普段の結ちゃんも好きだよ!』 ありがとう! ママじゃないけど!! ありがとう!!! いぇーい!!!!」

 

:耳キーンする

:鼓膜ないなった

:エコー助かる

:コンプレッサーOFF!ゲインMAX!

:¥400 ゴリ押し助かる

 

「ふぅ、ただいまー。お? 盛り上がってる?」

「燦! Discord見て!」

「え、えぇ……?」

 

 爆速で流れるチャットとやけに大きい音で話しかけてくる結に嫌な予感を覚えながら、Discordを開く。

 そこには結にきりん先輩にアスカちゃんに、色んな人からチャットが届いていて……。

 

「ミュート忘れてた!?」

「ガッツリ入ってたよ音」

 

:生着替え助かった

:新しい下着はどうだ?

:楽しい一日で良かったな

:¥320 ムレムレサンちゃん助かる

 

「う、う、うぁ……」

「配信切っちゃダメだから」

「ぐぅ」

 

 完全にわたしの行動が読まれてる!?

 いやいやけどさ、うら若き乙女が生着替えを何万という人間に聞かれたわけですよ。

 これは穴があったら入りたいと思うのが普通じゃないですかね!?

 

「取り敢えず燦は後でマネージャーさん交えてお説教ね」

「やだーお説教もうやだぁ」

「最近ちょっと気が緩んでるからまた気合い入れ直さないと」

 

:しっかり絞られてこい

:俺たちもいつ黒猫が身バレしないか不安で仕方ねぇわ…

:あるてまに迷惑かかるからちゃんと反省しようね

:¥4,000 マネージャーさんいつもお疲れさまです

 

「うぅ、味方がいない……」

「悪いのは燦だからね」

 

 くぅ、甘んじてお説教を受けるしかない、のか。

 

「まあ、気を取り直してマシュマロ読んでいくよ。さっき私1個読んだし、燦の方から出してよ」

「んぇーじゃあ適当に……」


【マシュマロ】

 もしかして、この前クラスメイトの○○君にカラオケ誘われてたのに吃りながら断ってた☆☆さんかな????

  

「どうしてそこ選んだの!?」

「や、ちが、適当にホイールべーってしたやつがこれで」

 

:草

:特定しました

:タイムリーすぎるわ!

 

 これ結構古いやつだし!

 なんでこういう時に限って変なやつ引くかな!?

 

「つ、次こそは」

 

 べーっとして、ほいっ。


【マシュマロ】

 クラスの人気者とか絶対嘘だゾ

 陽キャに絡まれると咄嗟に声が出ずに相手の気遣いで事なきを得て

 視線を逸らした時に上から差し込む光に振り返り見上げ

 飛べないハードルを負けない気持ちでクリアしようとして失敗して落ち込んでいるんだゾ

  

「だからなんでぇ!?」

 

:わざとやってない???

:これは刺さる

:いたい、いたいよ燦ちゃん

:¥250 自分の身を犠牲に笑顔を届ける猫

:¥299 100万回自爆した猫

 

「もう任せられないから私の方で選ぶ。画像送るから表示してね」

「うぅ、ごめん……」

 

 ぽんっと送られてきたマシュマロを配信画面に取り込む。

 あぁ、さすが結だ。

 凄い無難な奴選んできた。

 わたしもちゃんと確認してからマシュマロ出したほうがいいのかな……。

 

【マシュマロ】

 お二人は、デートするとしたらどんな服を着ますか?参考までに聞きたいです!』

 

「私はあんまりフリフリした女の子っぽいの着ないんだよねー」

「スカートもたまにしか履いてないよね」

「燦と会わない時は結構履いたりしてるけどね。会う時は、ほら、ね?」

「うん?」

 

 一瞬何を言っているんだろう、と頭を捻る。

 しかし結が明言を避けていることから、リスナーに言えない理由……あぁ、運転するためかと思い至った。

 なるほど……普段言葉にしないだけで色々気を遣ってくれているんだなぁ。

 

「逆に燦は女の子って感じの服が多いよね。ネットで話題になった服持ってたりするし、ワンピースもよく着てるし」

「色々着るのは、楽しい」

「見せるのは?」

「は、はずかしい」

 

:俺たち着替えまで見せた仲だろ?

:今更恥ずかしがる間柄でもあるまい

:見てねーけどなー

 

「う、うっさい!」

 

 あーもう、これしばらく絶対いじられるネタじゃん。

 そういうのはわたしのキャラじゃないんですけど!

 

「てことで、私はあんまりフリフリしないやつで、燦は女の子っぽい可愛らしい服!」

「まあデートしたことないけど……」

「うっ、そうだね……」

 

:かなしいなぁ

:ゆいくろデートしろ!

:¥200 休日よく出掛けてるならそれはデートでは?

:たしかに

 

「はい、次!」

 

【マシュマロ】

 燦さん!こんにゃゆいー!!

 この早口言葉言ってください

 燦さん3人さっさと参加三時にSAN値ピンチ!!』

 

「言える?」

「よゆう」

 

:オチ読めた

:どこかで見た光景

:懐かしさすら感じるよ俺は

 

「さんさんさんにんさっさとさんじさんにんさんちぴんち! どやっ!」

「間違ってるね」

「えぇ!?」

 

:知 っ て た

:まあ惜しかったよ

:もっかいいこ?

 

「うー、じゃあもう一回だけ」

「がんばれー」

「さんさんさんさんにんささっとさんかさんにんさんじがさんさんちぴんち! いけた!!」

「ひどくなってない?」

 

:さんさんゲシュタルト崩壊

:正しい言葉がわからなくなってきたぜ

:どうしてこれでドヤ顔できるんだこの子は

 

 いやいやいやイケてるでしょ、え、イケてないの……?

 

「……早口言葉終わり! 次行く!」

「あ、うん」

 

【マシュマロ】

 最近ゆいくろてぇてぇが足りない...

 恵んでください。(建前)

 もっと百合百合しろ❤(本音)

 あ、お二方新衣装おめでとうございます。(遅い) 

 

「……次!」

「おめでとうありがとー」

 

:最近コラボ少なかったからな

:今日は色んな意味で濃いけど

:どうして結ちゃんは彼シャツじゃないんですか

 

「コラボで彼シャツは流石にやばいでしょ。あれは一人で雑談配信とか寝起き配信とか、リラックスしてるとき用だよ」

 

:はぇーなるほどな

:黒猫さんとコラボで彼シャツなら色々想像しちゃうからね

:色々察してしまう

:黒猫さんが彼氏……?

 

「燦が彼氏はないよね」

「はぁー!?」

「だって、ねぇ?」

 

:ほんまそれ

:わかりみしかない

:結ちゃん彼氏なら…合うな

:じゃあ彼シャツじゃなくてかのシャツだね

 

「いや、いやいやいや、私だって格好いいところあるし、ある、あるよね?」

「可愛いより格好いいほうがいいの?」

「……かわいいほうがいい」

 

:やっぱ女の子じゃん

:彼女決定

:次はデート配信頼む

:¥3,000 もっとてぇてぇしろ!

 

「でもてぇてぇしろって言われててぇてぇすると営業みたいじゃん……それはやだ」

「んんっ」


:¥9,628 ここすき♡

:何気にとんでもないこと言ったよね

:つまり営業じゃないです、と

:黒猫「ガチです」

:てぇてぇってなんなんだ…

 

 へ?

 わたしまた何か言った!?

 

「まあ、まあまあまあ、それは置いといて」

 

:置くな

:もっと掘り下げろ

:いけ、ここが攻めどころだ夏波結!

 

「はい! 告知! あるてま3期生が来週デビューするからよろしくね! バイバーイ!」

「んぇ!? まだ終わらないけど!? え、通話切れてるし!」

 

:草

:逃げたぞ追え!

:通話連打しろ

:ゆいくろの前にサラリと流される3期生

:¥2,000 デビュー前から先輩カップルに振り回される3期生の未来は如何に

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