第二部 番外編 「逃げ場所」

夜の街を影から暗闇へと伝い歩く私。

私は人の醜い欲望を高い所で、楽しく見物することを娯楽とする生き物。

「そう、まるで可愛い子猫の様に・・・。」

店の明かりに向かって、祈りを捧げるように両手を組んで店長は言った。

その瞬間、カウンターに座って居た客が一斉に笑い始めた。

「子猫って、妖怪の間違いじゃないのか?」

妖怪?

そう言った酔っ払い一号を睨んだ。

「誰が妖怪よ!あんたから先に食ってやろうか!」

一号を威嚇しながら言った。

「図体でかいから、見られた方も気づいて、場所移ろうかって言うんじゃないのか?」

酔っ払い2号が酒の入ったコップを手に持ちながら言った。

1号を頭から噛みながら、2号の首を引っ掴んだ。

「あーら。図体でかいとこんなこともできるのよ?」

そう言いながら、2号の顔に向かってキスをしまくった。

周りからはもっとやれ!などの歓声と笑いが聞こえてくる。

その雰囲気に乗る客に私。

私の一日はこんな風にして始まる。


「店長、また来るからね!」

フラフラした足取りで酔っ払いたちは真夜中の三時には解散していく。

「いつでもいらっしゃい。待ってるわ。」

そんな客たちを投げキッスをして見送りながら、空っぽになった店の中に戻る。

そして散らかった店内の掃除を始めるのが日課だった。

「あら、まだ居たのね。」

カウンターの椅子に腰を乗せて、仰向けに伸びきって寝ている赤毛の男の姿が見えた。

「頭を逆さまにして平気なのかしら?」

男の下へと近づいた。

「ちょっとあなた!もう、閉店なんだけど。」

お腹を揺すった瞬間、バランスを崩して男は床に勢いよく落ちた。

さすがに起きるだろうと思ったが、男は気持ちよさそうに寝ている。

「全く・・・。飲み過ぎよ。」

男の両脇を掴んで、奥の部屋で寝かせようと引きずった。

「重いわね。」

引っ張りながらそう呟いたとき、急に引きずるのが少し軽くなった。

「あら、軽くなったわ。お客さん、飲み過ぎもたいがいに・・・」

男の方へ振り向くと、知らない少年が足を持ち上げて運ぶのを手伝っているのが見えた。

「偉いわね僕!本当に助かるわ!」

少年は無表情で、黙ったまま男を運ぶ。

「うまい!うまい!その調子よ!」

二人で男を投げ込むように部屋へと突っ込んだ。

「手伝ってくれてありがとう!何か飲みたい物でもない?」

少年は相変わらずの様子で、男の居る部屋を見つめている。

そんな少年の両脇を掴んで持ち上げ、無理やりカウンター席に座らせた。

「はい、店長特製愛のこもったジュース!おいしく召し上がれ!」

勢いよく出したが、少年はそれを手に取る様子がない。

「もう!遠慮なんかしなくても良いのよ・・・ってなんでここに居るの?」

ため息を吐くと、少年は男の部屋を見つめた。

「あんたたち、全然似てないけど・・・家族なの?」

「違う。」

じゃあ・・・・。

「どういう関係なのよ?」

少年は私をじっと見た。

「どう見える?」

「ちょっと、質問してるのは私よ?分からないから聞いてるんじゃない。」

少年は落胆した様子を見せて、男の寝ている方を指さした。

「兄貴が迷惑かけて悪かった。俺が後できつく言い聞かせておく。」

子供らしくないこの少年に、不気味な雰囲気を感じた。

「あんた、面倒がってんじゃないわよ。そんなのだと、立派な大人になれないわよ?」

眉間に皺を寄せる少年を睨んだ。

「こちとら長年客商売してるんだから、そんな見え透いた嘘ぐらい分かるわよ。」

少年はため息を吐いた。

「利害関係。」

「あんた、好き好んでそうしてるってこと?」

頷く少年を見て、横目で男の居る部屋を見た。

子供をこんな所に連れてくる輩に碌な奴は居ない。

叱りつければ、この子はここに来なくなるかもしれない・・・。

「分かったわよ・・・。とりあえず、せっかく出したんだから、ジュース飲みなさい。」

少年はジュースを飲んだ。

「あんた、名前は?」

聞いた瞬間、少年は少し悩む素振りをして私を見た。

「珠玉。」

それが、あまっちゃん、珠玉ちゃんとの初めての出会いだった。


「店長!来ちゃった!」

顔を真っ赤にしながら、珠玉に体を支えられてあまっちゃんは店の扉を開けた。

「あまっちゃん、もう出来上がってるの?」

珠玉が促すようにあまっちゃんをカウンター席座らせた。

「店長の顔を見たくて。」

両手を握りながら熱いまなざしで私の手を握ってきた。

「まあ、嬉しい!今日はどんどん酔い潰してあげるわ!」

そう言いながらコップにお酒を注ぎまくった。

珠玉にも飲み物を出そうと提案したが、断られた。

「えーノリ悪いなー。はい、これでも飲んで雰囲気にまじれれー。」

あまっちゃんはそう言いながら、私が注いだお酒を珠玉に差し出した。

「寝言は寝てから言え。」

そう言いながら珠玉は、あまっちゃんの口に渡されたお酒を突っ込んだ。

そのお酒を飲み干すと、あまっちゃんは机に突っ伏して寝始めた。

「あら、とどめになっちゃったわね。」

倒れこんだあまっちゃんの横で、珠玉は水を勝手に用意して飲んだ。

その時、珠玉の後ろからこの店の客じゃないのが話しかけてきた。

聞こえないように小声で話し合うと、珠玉は席を立って店を出て行った。

「あまっちゃん、良いの?」

気持ちよさそうに眠っていたあまっちゃんの頭に水をかけながら言った。

すると、あまっちゃんは飛び起きた。

「え?何?」

扉の方を指さすと、あまっちゃんは楽しそうにクスリと笑った。

「珠玉のことが気になるの?」

そう言って、あまっちゃんはお酒を飲んだ。

「まあね。小さい頃からここに来るから・・・親心ってものかしら?」

「親か・・・それなら俺は珠玉のお父さんかな?」

その様子を鼻で笑った。

「私には困った友達って感じに見えるけど?」

「友達?お兄さんの方が、響きが良くて好きだけどなー。」

あまっちゃんは体を伸ばした。

「あまっちゃんは、珠玉ちゃんとはどうやって会ったの?」

「この国観光してたら、突然、猛アタックされて付き合うことにしたんだ。びっくりしたよ~。」

楽しそうに言った。

「なら、余計に心配じゃないの?」

だいぶ酔っているあまっちゃんの傍に水を置いた。

「珠玉のこと信じてるからね~。心配にはならないよ。」

楽しそうに笑いながらあまっちゃんは水を飲み干した。


それから数年が経ったある日のことだ。

「あら、珠玉ちゃんじゃない。珍しいわね、一人で来るなんて。」

珠玉が店の中に入ってきた。

その顔には少し疲れが見える。

「店長、部屋貸して。」

「良いわよ。」

そう言って、店裏の部屋に案内した。

普段は雑魚寝のできる休憩室として使っている為、シンプルな部屋の作りになっている。

珠玉は部屋に入るなり、仰向けになって床に寝転んだ。

「今日はどうしたの?」

そんな珠玉の隣に水を置いた。

「別に。」

天井を見つめながら、眠そうに珠玉は答えた。

「それ、あんたの悪い癖よ。」

珠玉の顔を包むように両頬を触り、動けないように固定した。

「早く白状しないと、熱い愛情を注いじゃうわよ。」

口を尖らせて顔を近づけた。

「わ、わかったから、やめろ!」

顔を真っ青にして珠玉はもがいた。

解放すると、肩で息を切らせながら珠玉は床に座りなおした。

「それで、今日は一段と元気なさそうだけど?」

珠玉は不満に満ちた顔をして私を見てくるが、そんなの知ったこっちゃない。

「疲れただけだ。」

それで終わらそうとする珠玉に対して、両肩を掴んで顔を近づけると嫌な顔をされた。

「ちゃんと話すから・・・本当にやめてくれ・・。」

また解放すると、珠玉は乱れた衣類を整えて私を見た。

「この前、おせっかいな奴が死んだんだ。」

まさか・・・。

「あまっちゃん?」

珠玉は首を横に振った。

「それだったら、どんなに良いか・・・まあ、なるようにしかならないか・・・。」

力なく珠玉は言った。

彼の中で何かに、仕方なく納得したのだろう。

「珠玉ちゃん・・・そういう時は泣くものよ。そしたら・・・・」

「ずっと前から、覚悟してきたことだ。なんで、泣く必要があるんだ?」

そう言う割には、酷く傷ついたような顔をしている。

「その人が好きだったからでしょ?」

珠玉の胸を突くと、渋い顔をされた。

「そうだな・・・。もう、誰も死んで欲しくない。」

全く・・・。

「もう、あんた私の店で働きなさいよ!私、こう見えてもかなり強いのよ?だから、私は死なないわよ!」

力拳を見せると、珠玉は悲しそうな顔をした。

「店長の店で働いたら、俺の身が持たないから嫌だ。」

その時、珠玉の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

「仕事か・・・。」

珠玉は立ち上がった。

正直言って、珠玉が何を考えて、何をしているか何も分からない。

けど、彼を一人にしてはダメだ。

「珠玉ちゃん!また、ここに来なさいよ!」

その呼びかけに対して、珠玉は一回振り向いただけだった。

それ以降・・・彼はこの店に来なくなった。

しばらくして、あまっちゃんがこの国を離れることになったから・・・彼もそうしたのだろう。


それから十数年経ったある日のことだ。

私は・・・だから、心の底から笑った顔をして歩く珠玉の姿を見た時、すごく嬉しかった。

結局、人間違いだったけど・・・。

私ったら、デート中なのに。

彼氏の腕を強く握りしめながら、念願だった舞を見に行く・・・。

これ以上嬉しいことは無いんだから!

「大丈夫?」

彼が心配した様子で私の顔を覗き込んだ。

「もう!誰だって人間違いするわよ!恥ずかしい・・・。」

「そうじゃなくて・・・泣いてるから。」

その言葉を聞いて、頬に手を当てると確かに泣いていた。

「あら・・・やだ。」

なんで、泣いてるのか分からない。

けど・・・あの女性の隣にいた男性が私を引き留めようと、手を伸ばしてきた姿だけが・・・頭から離れなかった。

あの女性は珠玉に似ていた。

だから、女性に興味を持つはずなのに・・・あの男性のあの顔に雰囲気が・・似ていた気がする。


夜の街を影から暗闇へと伝い歩く私。

人の醜さと欲望に興味を引き、その中にあるほんのわずかな切なさに身を焦がす生き物。

「皆、あたしの艶やかさに魅入られ過ぎて居なくなるのよね。」

ため息を吐きながら店長は言った。

「魅力的すぎるって言うのも問題なんだね。」

しゃっくりをしながらあまっちゃんは顔を赤くして言った。

この店に来てもう瓶を3本も空けてる。

このくらいのあまっちゃんに理性や常識なんか通用しない。

「そうなのよ。今度こそ大丈夫って思ったんだけど彼、海外に出張があるって言うの!こうやって、世の中の理が私たちの仲を簡単に裂いていくのね。」

机に突っ伏して泣くと、あまっちゃんが背中を軽く叩いた。

「まあまあ、店長。こういう時は飲もうよ。俺、奢るよ?」

「あまっちゃん・・・。ありがとう。それじゃあ、遠慮なくこの秘蔵のお酒出しちゃう。」

ものすごく高くて、滅多に店に出さない酒瓶を机の上に置いた。

あまっちゃんの顔が一瞬引きつったような気がしたが、無視して開けた。

「この名酒・・・本当においしいわ。」

コップに並々と注いだのを一気に飲み干した。

「それは良かった。」

苦笑しながらあまっちゃんは言った。

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