第二部 第5話「詐欺にあって、殴り屋になって、幽霊に会う」
1
「遊信・・・おはよう・・・。」
顔を洗っていると、疲れ切った顔をした允明が現れた。
その手には大きな水がめを持っている。
「おはよう。昨日は眠れんかったん?」
手ぬぐいで顔を拭きながら聞いた。
允明は大きく欠伸をした。
「昨日はやけに皆引っ付いて寝てくるから、あんまり寝れなかったよ・・・。」
苦笑しながら井戸から水をくみ上げた。
狭い部屋の中、大人4人で雑魚寝。
「モテ期到来じゃん。」
微笑しながら言うと、允明は大きくため息を吐いた。
「こんなのはいらないよ・・・。」
投げやり気味に水を水がめに入れた。
「まあ、昨日あんなことがあったけん、不安じゃったんじゃろ。」
子文なんか泣きながら允明から離れんかったし・・・。
「僕が死んでるなんて・・・。嘘だったら、ホラーですむのに・・・。」
水がめを掴む手は微かに震えている。
本人も信じられないんだろう。
「あいつらの記憶もあやふやじゃし、そうじゃないかもしれんじゃん。」
不安を少しでも和らげようと思って言うと、允明は俺の顔をじっと見つめた。
「遊信、ありがとう。あの時の記憶ははっきりしてるんだ。」
あの日允明を、自分の采配ミスで死なせてしまった時のことが脳裏に浮かんだ。
部下一人も守れないくせに・・。
あれは允升に言われたことだったが・・・・奥歯に自然と力が入った。
「遊信が気に病む必要はないよ。遊信の部下になった時点で、僕の覚悟は決まってたからね。」
そんでも、死んで良いはずがない。
「ほんま・・・わけわからんけど・・・。」
改めて、允明の顔を見た。
「また会えて良かった。」
2
「張騫・・・今日は家でじっとしておきなよ。」
允明は俺の額に手を当てた。
「で、でも・・・今日のご飯が・・・珪に心配させてるし・・・。」
お金が無くてただでさえ、珪の負担になってるし・・・ここで頑張って立派な大人に・・・。
起き上がろうとしたが、すぐに布団の中に沈められた。
「ダメだよ。そんな風邪ひいた状態の方が、余計に心配するから。ご飯なら、ここで食べて行けば良いよ。」
「允明の言う通りだ。僕だってもう十分大人だから、一人でも大丈夫だ。」
やる気に満ち溢れた顔をして、珪は商売道具の箱を軽く叩いた。
「それでも、変なのに絡まれたらどうするんだ?俺が居た方が・・・」
待てよ。
珪が行くから心配なんだったら・・・。
「俺と珪が入れ替われば、問題ないだろ?」
名案と思って言ったが、二人が同時に顔を顰めて首を横に振った。
「お金もないのに、どうやってそれをするんだよ。それに、張騫は僕に寝込んでて欲しいのか?」
そんなつもりで言ったんじゃないけど、考えてみればそうだ・・・。
「それなら、俺を背負って・・・。」
「余計に客が近寄ってこないだろ。」
珪にここまで言われると・・・もう、何も言えない・・・。
「なら、せめてこれ持って行け・・・。なんかあったら、俺の名前を絶対に呼ぶんだぞ。」
珪の手首に無理やり小さな袋を巻き付けた。
「張騫、これはなんだ?」
「お守り!持ってかないなら、付いて行くからな!」
勢いよく言うと、珪はため息を吐いた。
これ持って行くだけで寝てくれるなら・・・良いか。
「分かったから、ちゃんと休んでろ。」
その様子を見て、胸を撫でおろした。
「もう、張騫そんなに心配なら、僕が付いて行ってあげようか?専門家だし、結構稼いでくるよ?」
部屋の入口で親指を人差し指で丸を作って、朴牧は言った。
「父さん・・・それなら僕が行ってくるから、張騫の面倒見ててよ。」
允明はため息交じりに言うと、朴牧は縋りついた。
「允明、酷い!父さんだって、久しぶりにウインドウショッピング楽しみたいの!最近まで、ずっと木々見て、森の動物としか戯れられなかったんだから!」
「一体、旅に出てる間に何してたの?」
朴牧は誇らしげな顔をした。
「僕は医者だからね!日々、進歩する医学の研究のために修行してたんだよ。すごいことしてたから、僕を褒めてくれても良いんだよ!」
「それなら、ここで腕を振るっててよ。街に出ても・・・」
允明の肩を掴んで、朴牧は泣きそうな顔をした。
それを見て、允明は少し考えたあとでため息を吐いた。
「わ、分かったよ・・・。けど、珪に迷惑かけたら許さないからね。」
冷たい顔をして允明は言った。
久しぶりに允明のあんな顔を見た気がする・・・。
「やったー!善は急げって言うし、珪君、街へ行こうか!」
両手を挙げて喜びを表現した後、朴牧は珪の手を掴んで部屋から出て行った。
3
綺麗とは言えない壁に凭れながら、敷物の上に置いた薬を眺めて、珪はため息を吐いた。
商売を始めて数十分も経たないうちに、ふくよかな女性にクレームをつけられた。
「麗しいお嬢さん・・・どうされましたか?」
朴牧は女性の手を取り、手の甲に口づけをした。
あ、危ない!
守ろうと腕を伸ばしたが、その心配はなかった。
「い、いつもは・・・おつりを渡すときは優しく両手で包んでくださったのに・・・昨日はそれが無かったのよ・・・。」
頬を赤く染めながら女性は朴牧をじっと見つめる。
あれ、さっきまで空瓶見せつけながら効果がないとか叫んでなかったっけ・・・。
「それはすみません。」
女性の手を取り、両手で朴牧は握った。
まるで恋する少女の様に女性は朴牧の目をじっと見つめている。
「私も・・・たかがあんな小さなことで言い過ぎてしまいましたわ・・・。ごめんあそばせ。」
満面の笑みを浮かべて女性は嬉しそうに去って行った。
「大丈夫だった?珪君・・・・どうしたの?」
不思議そうな顔をして朴牧は僕の方を見た。
「なんで、僕の時と態度があんなに違うんだ?イケメンの方が皆良いって言うのか?」
朴牧は苦笑した。
「もう、僕は全人類の恋人だから嫉妬しないの!あれ?この財布・・・さっきの人の物かな・・・。」
敷物の端に花柄の財布があった。
「まだそんなに離れていないと思うから、ちょっと届けてくるね。」
朴牧は小走りであの女性のあとを追いかけて行った。
4
珪のやつ・・・大丈夫かな・・・。
心配過ぎて眠れず、張騫は何度も布団の中で寝返りを打った。
一人で行かせたことなんか一回もなかったし・・・でも、先生が付いてるから大丈夫・・・。
いや、先生のことだから、珪を置いてナンパに行ってるかもしれない。
そう思うと、居てもたってもいられず、勢いよく起き上った所で部屋の扉が開いた。
「張騫・・・どこに行こうとしてるのかな?」
ため息交じりの允明の声が聞こえた。
「えっと・・・喉乾いて・・・水飲もうかと・・・。」
ゆっくり允明の方を見て、無理やり笑みを浮かべた。
允明は怖い笑みを顔に浮かべて、俺の枕元に持ってきた水を置いた。
「ちょうど良かった。」
唇をきつく噛みしめて、両手でその水を飲んだ。
「ありがとう・・・。」
「どういたしまして。」
そう言うと、允明は俺の胸元を見つめた。
「ど、どうしたんだ?」
もしかして・・・体調が悪化してるのか?
そう思い、診察しやすいように胸を張ってみた。
「ちょっと、疲れが出たみたい・・・。だから、そんなに心配しなくても良いよ。」
苦笑しながら允明は俺の胸元を整えた。
「さてと、まだまだ患者さんが来るから、もう行くね。」
気が付くと、驚いた顔をして允明は俺を見つめていた。
それを不思議に思ったが、すぐに自分が服を掴んで引き留めていたことに気づいた。
「張騫?」
允明は眉をひそめた。
奥歯を噛みしめて、じっと顔を見た。
大切だからないがしろにしちゃいけない。
「允明・・・何を隠してるんだ?」
難しい顔をして允明も同じように俺を見た。
「やっぱり・・・こんなの、張騫を不安にさせるだけだね。」
そう言うと、允明は俺の額に額を付けた。
その瞬間、今までの気だるさが嘘のように消えた。
「僕でもどうしてこうなったか、分からないんだ。だから、張騫・・・僕の記憶を読んで、思い出して・・・教えてよ。」
胸元を見ると移すと血で書かれた札が貼られていた。
俺の風邪を引き受けたせいで、允明は辛そうに息を切らせている。
こうまでして読んで欲しいものって一体・・・。
「分かったから・・・。」
ぐったりとした允明をゆっくりと横にさせてから、俺も横になってその手を握った。
大きく息を吸い込み、目を閉じた。
5
遅すぎる・・・・。
珪はため息を吐きながら、敷物の上の商品を見つめる。
朴牧が忘れ物を届けに行って、軽く二時間は経った。
「お兄さん!いい話があるんだけど、聞いてくれない?」
突然、女がかわいらしく長い髪を耳に掛けながら、僕に話しかけてきた。
「僕で良いのか?」
そろった前髪の隙間から大きな瞳が見え、僕に笑いかけた。
「そう、お兄さんに聞いて欲しいの。」
女は襟元を緩めて、胸元から真っ白い長方形の紙を取り出した。
「それって・・・便利なやつ・・・。」
女はクスリと笑った。
「お兄さん、頭が良いね。この紙には願いごとを何でも一つだけかなえられる力が込められてるの。」
女は柔らかそうな唇で、紙に軽くキスをした。
可愛い。
「本当だったら、ものすごく高いんだけど・・・私、お兄さんに幸せになって欲しいから、半分私が奢るわ。」
僕の手を両手で包み込むように握った。
柔らかくていい匂いがする・・・。
「ほ、本当か?」
「もちろん。」
6
「こんなものかな・・・。」
聖諭が書いた買い物リストと買ったものを確認し、鴉は両手で買い物袋を持ち上げた。
そのとき、後ろから肩を掴まれた。
誰だ?
「僕に何かようかな?」
後ろを振り返ると、わかめみたいな頭をした男の姿が見えた。
なんか・・・めんどうくさそうなのに目を付けられたな・・・。
「なあ、俺に殴られてみないか?」
目を輝かせながらおかしなことを言うな・・・。
「君、殴られ屋じゃないの?」
すると、首を左右に振られた。
「違う。殴り屋だ。」
こいつ・・・正気か?
「なんで、頼んでまで痛い思いしないといけないの?普通、僕がこの人殴って欲しいってお願いするものじゃないの?」
「お前こそ何言ってるんだ?殴られると、嬉しいだろ?」
男はシャドーボクシングをやり始めた。
理解できない・・。
「ちょ、ちょっと君!こんな人の多い所でそんなことしたら、危ないだろ?」
辞めさせようと手を伸ばしたとき、男の拳が勢いよく人に当たった。
やったな・・・。
「君、立てる?」
顔を顰めながら、地面に倒れこんだ人に向かって手を伸ばした。
「痛たたた。な、何するんだ・・・て、鴉?」
知り合いか?
じっとその人の顔を見た。
「君は・・・允明の所に居た、珪・・・。」
殴られた鼻を片手で押さえて、珪は立ち上がった。
「そいつは鴉の知り合いなのか?」
涙目で珪は言った。
「違う。今、変な輩に絡まれてる最中だよ。」
こんなのと一緒にされたくない。
「変なのじゃない!俺は褒似って立派な名前があるんだ!」
親指を自分の胸に突き立て、胸を張って褒似は言った。
「なんで僕は殴られたんだ?」
褒似は鼻の穴を大きく広げた。
「俺は殴り屋だからだ。俺が殴ると皆喜ぶんだ。」
殴られた珪が喜んでいるようには見えない・・・。
そのとき、珪の足元に数枚の札が散らばっているのが見えた。
「ねえ、これって珪の?」
全て拾い上げて、珪に見せた。
「そう、そう。さっき、持ってたら幸せになれるって言われたから買ったんだ。」
うさんくさい・・・。
苦笑しながら珪は札を受け取ろうと手を伸ばした。
「ちょっと、見せてもらうよ。場合によっては、危ないからね。」
珪に取られないように、札を高く持ち上げ、太陽にかざした。
国の認め印もないし、血の跡もない・・・。
「どういうことだ?」
首を傾げる珪にただの紙を返した。
「これって便利だから、悪用しやすいんだよ。危ないから、国が認めた所でしか販売できないように規制されてるんだ。もちろん、勝手に作るのも持つのも犯罪なんだ。でも、これは偽物だったから、良かったね。」
眉間に皺を寄せて珪は僕を見た。
「これ、偽物なのか?」
顔を真っ青にして珪は札と僕を交互に見る。
頷いてそれを肯定した。
すると、珪は泣きそうな顔をした。
ご愁傷様・・・。
「遅くなってごめんね!」
落胆した様子の珪の後ろから、茶髪の男が抱き付いてきた。
「さっきの人にお茶誘われちゃって、遅くなっちゃったよ。」
陽気に笑いながら男は言った。
「あれ?珪、元気ないけどどうしたの?」
しょんぼりとした様子の珪の顔を覗き込み、今度は僕の方を向いた。
「今、詐欺にあってお金をだまし取られた所で、落ち込んでるんだよ。」
ため息交じりに珪の代わりに伝えると、男は珪を抱きしめた。
「珪は悪くないよ。可愛い女の子にそんなことを言われたら、僕だって騙されるよ。というか、そんな可愛い子になら騙されたい。」
今日は厄日かな・・・・変なのにしか会わない・・・。
ため息を吐き、この場から逃げようと足を一歩出したとき、男に呼び止められた。
なんだろう。
「君・・・鴉だよね。僕の名前は朴牧。允明がいつもお世話になってます。」
え?
「允明は僕の息子なんだ。」
こんな変質者が允明の父親って・・・。
そもそも、若すぎるし・・・いつの時の子なんだ?
「まあ、会ったのは鴉が小さい頃の一度きりだったしね。覚えてないのも無理はないよ。鴉の話はよく允明から聞いてたよ。この国にはだいぶ慣れたかな?」
「ま、まあ・・・。」
状況が予想外過ぎて、理解できない・・・。
「良かった。允明、鴉のことだいぶ心配してたからね。」
允明が・・・。
「朴牧・・・今日の売り上げが・・・。」
やっと、少しだけ落ち着いた珪が泣きそうな声で、朴牧の白い着物を掴んで言った。
「あ、そうだった。ねえ鴉、一瞬で稼げる方法知らないかな?このままだと、允明に怒られちゃう。」
苦笑いをしながら朴牧は言った。
允明があんなに真面目なのは、この人が影響しているからなんだろうな・・・。
「そんなのあったら、僕がやってるよ。」
ため息を吐いた瞬間、褒似に肩を掴まれた。
その顔を見ると、目を輝かせている。
何を名案みたいな顔をしてるんだ・・・。
「君、何かいい方法を知ってるの?」
珪と朴牧は目を輝かせて褒似を見た。
すると、褒似は誇らしげに胸を張った。
7
張騫は大きく深呼吸をした。
允明の記憶に飲み込まれないようにしないと・・・。
覚悟を決めて、目を開けると扉の前に立つ先生の姿が見えた。
「允明、あとは頼んだよ。すぐに帰るけど、困ったら僕か劉さんのどっちかをすぐに呼ぶんだよ。」
額に薄っすらと汗を浮かべながら、父さんは荷物を背負った。
「分かった。」
できるか分からないけど、僕たちがなんとかしないと・・・。
自然と奥歯に力が入る。
「允明なら大丈夫。」
僕を落ち着かせるため、父さんは無理に笑みを作って頭を撫でた。
そして、行ってきますと言って、真夜中に父さんは出て行った。
「さあ、頑張らないと・・・。」
自分の気持ちを引き締めるように、両頬を叩いて張騫の居る部屋へ行った。
「張騫、大丈夫?」
扉を開けると泣きそうな顔をしながら張騫が上着を捲っていた。
「允明、どんなに頑張ってもおっぱいが出ない・・・。」
泣き続ける赤ん坊を抱きかかえながら張騫は言った。
大丈夫じゃないみたい・・・。
「張騫、僕たちは男だから無理だよ。」
赤ん坊を預かり、張騫は服を整えた。
「だって、赤ちゃんが泣くし・・・お腹空いてると思うと居てもたってもいられなくて・・・。皆付いてるし、俺でも頑張れば出せると思ったんだ・・・。」
な、なに言ってんだ・・・俺。
見たくないけどここで辞めると、しばらくは力の使い過ぎで、記憶を読むことができなくなる。
「言われてみれば・・・なんで出ないんだろう・・・。」
同じ人間なんだから、出ても良い気はする・・・。
允明は自分の胸元を見つめると同時に、泣く赤ん坊の顔が視界に入った。
まあ、出ないのは事実だし・・・今は、ご飯の代わりを探してる父さんが帰ってくるまでの間、見守らないといけない。
「赤ちゃんのご飯は父さんたちに任せてあるから、そんなに不安がらないでよ。僕たちがそうだと、赤ちゃんだって泣き止まないよ?」
張騫は袖口で涙を拭って、赤ん坊を見た。
「そうだな。」
落ち着いたみたいで良かった。
その姿にホッと胸を撫でおろした。
「ねえ、この子をどこで拾ってきたの?」
僕たちにできるのはあやしながら、この状況を整理するくらいしかない・・・。
張騫の表情が曇った。
「森の中。親は近くに居なかったんだ。」
捨て子か・・・。
少しだけ、思い出した。
この後、先生が赤ん坊のご飯を調達できたんだ。
少し落ち着いてから、俺と允明は一緒に、赤ん坊が捨てられていた場所を見に行ったんだ。
その赤ん坊の傍には、文字の書かれた汚い布が落ちていた。
この子の名前だろう。
けど、親が捨てるのをためらった痕跡がまるでなくて・・・それが許せなかったんだ。
親に捨てられた子供の末路なんて・・・嫌というほど知ってる。
だから、その親が赤ん坊につけた名前を呼びたくなかった。
俺は・・・その赤ん坊に・・・。
「紺。」
8
僕が生まれてからたぶん、27年は経つだろう・・・。
鴉は目の前で嬉しそうな顔で、褒似に殴られている人たちを見て、自分の目を疑った。
僕は・・・自分が思っているよりも大人じゃなかったことに気が付いた。
「すごいな!もう、こんなにお金が溜まったぞ!」
目を輝かせながら珪は褒似とハイタッチをした。
「だろ!」
嬉しそうに大粒の汗をかく褒似。
「治療は僕に任せてね!」
その隣で思いっきり殴られて、余韻に浸っている客の手当をしている朴牧。
ちゃっかり、治療料金まで取ってる。
こんなの・・・。
「こんなの、間違ってるよ!なんでこんなのが嬉しいの?」
殴られた客を一人捕まえて、問いただした。
「痛いと生きてるって、実感が湧くんだ。」
こんなので・・・僕には全く理解できない・・・。
客から手を離し、呆然とこの光景を見つめた。
「この世の中、おかしいよ。」
「色んな考えの奴が居るんだから、こうなるのも不思議じゃないだろ?」
誰だ?
横目でそう言った男を見た。
「なかなかにいい場所で、いい商売してるな。」
感心した様子でその男、允升は言った。
「君は・・・引っ付き虫の・・・。」
そう言えば、ここはあんまり治安の良くない場所だった。
この国に来たばかりのころに会って、勝手に仲間だと勘違いして大変な目に合ったんだ・・・。
あの後、軽い人間不信になったな・・・。
「引っ付き虫って、お前に言われたくない。こんな所に居るなんて、とうとう追い出されたのか?」
「僕は君たちと違って、正義のヒーローだから、追い出される理由なんてないよ。」
ため息交じりに言うと、允升は不思議な顔をした。
「たちって・・・何か知ってるのか?」
なにを言ってるんだ?
「僕の国の言葉で話しかけてきたじゃないか。」
理解できない様子で僕を見る。
允升の顔をよく見てみたが・・・なんだか違うような気がする。
『僕が何を言ってるか分かる?』
試しに喋ってみたが、允升は首を傾げた。
なんだろう・・・この感覚・・・。
「気持ち悪い。」
口元を手で隠しながら鴉は呟いた。
「気持ち悪いって・・・急に失礼だな・・・。」
不機嫌にそう言う允升の顔を勢いよく、両手で掴んでじっと見つめた。
「なんで、君は僕を仲間と勘違いしたの?僕は他の国から連れてこられたとはいえ、容姿は君たちに似てるのに・・・。」
「そんなの、いちいち覚えてるわけがないだろ。お前みたいな奴なんか、数えきれないほど見てきたんだから。」
「それって、僕みたいに誘拐された人のこと?」
「大丈夫?様子がおかしいけど。」
允升が答える前に、朴牧が間に入ってきた。
今まで見たいな子供のような態度ではなく、真剣な顔をしていた。
允明に似てる・・・。
「ちょっと、この状況が新鮮過ぎて、疲れてるみたい。」
僕らしくない。
ため息を吐きながら一歩後ろに下がった。
「珪・・・。」
允升がそう言う声が聞こえた。
知り合い?
もう一度、允升の顔を見ると、驚いた様子で珪を見つめているのが分かった。
珪の方を見ると、允升とは顔見知りの素振りを見せた。
なんだか・・・この光景を見たことがある気がする。
珪の赤い瞳がどうも引っかかる。
珪が誰かに・・・というか、隊長に似てるんだ。
なんで、忘れてたんだろう。
「思い出した。」
僕はこの国に連れてこられた時、力を封印されてたんだ。
だから、瞳の色が黒くて・・・珠玉がそれを自分と同じだと勘違いしたんだ。
あの日だって、隊長と珠玉が何かを話していて・・・。
「珪、こいつから逃げろ!」
僕よりも少しだけ早く珠玉のことを思い出したのか、允升が大きく叫んだ。
9
俺が突然居なくなってから、紺の様子がおかしい。
允明の記憶を読みながら、張騫は眉をひそめる。
胸が・・チリチリする。
城に書庫荒らしが現れた次の日のことだった。
一緒に見張りをしていたはずなのに、気が付くと僕だけが医務室のベッドに居た。
「遊信、どこに行ったんだろう・・・。」
城中、彼の姿を探すために歩き回ってみたが、見つからない。
もしかして・・・もう、家に帰ってるとかかな・・・。
ため息を吐きながら、もう日課になりつつある、鴉のお気に入りの場所に向かった。
最近、ちょっとずつ元気が出てきたのは嬉しいな。
その途中で聞き覚えのある苦しそうな声が聞こえてきた。
なんだろう・・・嫌な予感がする・・・。
声のする方へと足を進め、深い草を掻き分けて、息を飲んだ。
「なんで、ここに・・・。」
体中傷だらけで力なく地面に横になっている紺の姿が見えた。
急いで紺を抱きかかえた瞬間、遊信が上から顔を出した。
「うわ!」
僕は紺を抱えたまま後ろへ尻もちをついた。
「なんなん・・・。自分から呼んどいてその態度は・・・。」
苦笑しながら遊信は地面に着地した。
探しはしてたけど・・・。
「よ、呼んでないよ。」
少なくとも今は・・・というか、帰って。
「そうなん。」
少し考える素振りを見せて、遊信は背中を向けた。
それにホッと胸を撫でおろした瞬間、青と赤が僕の目の前で不適な笑みを浮かべていた。
「何焦っとるん?」
「な、何も焦ってないよ!僕、急いでるから!」
立ち上ろうとしたが、遊信の式神の青と赤に邪魔された。
「允明、隠しごとしない方が身のためだよ。」
赤はそう言って、僕を取り押さえた。
お、終わった・・・。
固く目を閉じて、紺を守れなかったことを悔やんだ。
守るって誓ったのに・・・。
「允明、とりあえず俺の部屋来い。ここじゃあ、不都合じゃろ?」
予想外の言葉を聞いた瞬間、体が自由になった。
不思議に思いながら、遊信のあとを付いて歩いた。
殺されても仕方が無いのに・・・なんで、こんなことをするんだろう・・・。
色々考えているうちに、遊信の部屋に着いた。
部屋の中には生活に必要最低限の物と、難しそうな本が沢山入った本棚があった。
意外に本好きなんだ。
「お前・・・昨日はよくもやってくれたな。」
扉を閉めるなり、遊信はそう言った。
「ど、どういうこと?」
遊信は苦笑した。
「そいつが昨日の書庫荒らしの犯人。気づかんかったん?」
「え?」
遊信が紺を指した。
「なんで・・・あいつは殺さないんだ?」
紺が突然口を開いた。
「あいつって・・・鴉のことか?お前のは生まれつきで、鴉は違うからじゃけど?」
「何が違うんだ。あいつも俺と同じ色じゃないか!」
怒りの混じった声で紺はそう言うと、僕の腕の中から離れた。
紺を捕まえようと手を伸ばしたが、間に合わなかった。
いつの間にか、紺は遊信の胸元を掴みあげていた。
「じゃけん、違うって言っとるじゃろ。人の話はちゃんと聞け。」
遊信は紺の手首を掴んだ。
「聞けるか!お前らが張騫を殺したくせに!」
唸る紺の言葉を聞いた瞬間、遊信は大きく目を開けた。
「あいつ・・・死んだん?」
「だから、今居ないんだろ!」
その瞬間、遊信は紺を投げ飛ばした。
僕は投げ飛ばされた紺を受け止めた。
気が付くと、遊信は紺の目と鼻の先まで顔を近づけていた。
「お前が弱いけん、皆お前の周りが傷ついて消えるんじゃって。子文に昨日のお前の友達も・・・。今のままじゃあ、允明も消えるで。」
遊信は僕を指さした。
紺は悲しそうな顔をして、何かを喋ったが、小さくて聞き取れなかった。
「お前・・・最悪じゃな。」
紺は泣きそうな顔をした。
「遊信・・・それ以上言うと、僕が許さないよ。僕は絶対に消えたりなんかしない。」
手のひらを遊信に向かってかざしたとき、紺に手首を掴まれた。
「俺もそう思う・・・。だから、もう何も奪わせる気はない。」
遊信のみぞおちに向かって紺は蹴りを入れた。
そして、懐から札を取り出して紺は姿を消した。
「紺!」
手を伸ばしたけど、当然何も掴めなかった。
床にうずくまる遊信を睨んだ。
「ほんまに可愛くないガキじゃな・・・。少しは否定しろよ。」
遊信?
10
どうしてこうなったんだっけ・・・。
珪は息を切らせながら走った。
久しぶりに允升に会って・・・鴉がなんだか分からないけど、僕を睨んでたんだ。
允升が叫びながら鴉を羽交い絞めにして・・・。
朴牧に急かされるように背中を押されたんだ。
キツイ・・・。
息を激しく切らせながら、僕は森の中で立ち止まった。
鴉が追いかけてくる気配はない。
允升と鴉は・・・何を話してたんだ?
なんで・・・鴉は僕を追いかけまわすんだ・・・。
思い当たる節がまるでない・・・。
顔を上に向けると、空はいつの間にか紺色になっていた。
張騫が・・・心配する・・・。
視線を下に向けると、手首に巻いていたお守りが見えた。
何かあったら呼べって言っても・・・。
顔を真っ赤にして辛そうな表情をしていた張騫なんか、呼べるわけがない。
お守りを強く握りしめた。
「ねえ、逃げないでよ。」
鴉の声が後ろから聞こえた。
逃げようとしたが、足に何かが当たって転んでしまった。
起き上ると、鴉が冷たい表情をして僕を見下ろしていた。
「君・・・蕭紅のこと、知ってるかな?」
その言葉に驚いた。
「兄貴を知ってるのか?」
「蕭紅は珠玉と何しようとしてたか、知ってる?」
首を横に振って答えた。
「兄弟でこの国に逃げてきたはずなのに、何も知らないの?」
「知らない。僕はここには一人で来たんだ。」
すると、鴉は顔を顰めた。
「誰かに引率してもらわないと、この国に入れないはずだよ。どうして、生きてこの国に入れたの?」
それは・・・。
「あの時は必至だったから・・・あんまり覚えてないんだ。」
「覚えてないって・・・蕭紅にやってもらったんじゃないの?」
僕は首を必死に横に振った。
兄貴とは、崖から落ちて別れてから会っていない。
すると、鴉は何か閃いたような顔をした。
「蕭紅じゃないとすると・・・珠玉の方かな。」
珠玉?
「ねえ、珠玉から何か聞いてないかな?蕭紅のこと・・・。」
「珠玉って・・・・誰だ?」
鴉は息を吐いた。
「情報屋だよ。あいつぐらいしか、国境超える方法知らないからさ。」
「情報屋?鴉・・・何言ってるんだ?」
鴉は僕をじっと見た。
「珠玉と関わってそうだし・・・。」
そう言って鴉は袖口から武器を出して、振り上げた。
「恨むなら、珠玉を恨みなよ。」
その刃先にはすでに血が付いていた。
まさか・・・。
朴牧と允升の姿が脳裏に浮かんだ。
「か、鴉・・・まさか・・。」
僕の質問に答えず、鴉は僕に向かって武器を振り下ろした。
11
目を開けると、相変わらずぐったりした允明が横に居た。
「張騫・・・思い出せた?」
息を切らせながら允明は言う。
「允明・・死んだのは俺じゃなくて、紺なんだ・・・。」
「どういうこと?」
口が重い。
けど・・・允明がこんなに頑張ってくれたから・・・。
「俺が居なくなった日、紺と一緒に国の兵から逃げてたんだ。」
あの日、紺をいつまでも家の中に閉じ込めてちゃダメだと思っただけなんだ。
俺はただ窮屈な思いをしていた紺を喜ばせたかっただけだった。
允明は目を細めた。
「全員なんとかできたけど・・・紺を守れなかったんだ。」
「僕が会ってた紺は・・・幽霊だったの?」
違う。
「俺は紺の中にずっと居たんだ。だから、紺は生きてられたんだ。ちょうど、大きなうろのある木に願ったらそうなったんだ。」
允明の脳裏に不思議な建物が見えた。
「張騫も・・・あそこに行ったことがあるの?」
「允明・・・行ったのか?あそこに・・・。」
静かに允明は頷いた。
「そうか・・・そういう事だったんだね。」
悲しそうな顔をして、允明は一人で納得すると、また札を使った。
「張騫、ありがとう。そろそろ戻らないと遊信が心配するから、行くね。ちゃんと、しっかり寝るんだよ。」
「い、允明!ま、待って・・・。」
戻ってきただるさのせいで、今度は允明を引き留めることができなかった。
12
「お前、いい加減にしろ!」
そんな声が聞こえてきたと同時に、鴉が横に吹っ飛んだ。
その光景に驚いていると、手を掴まれて引っ張られた。
「ボサッとしてないで、早く走れ!」
「允升!」
その体には無数の傷がついていた。
「な、なんで僕なんかを助けるんだ?僕とお前はそんなに関わってないだろ?」
命をかけてまで助ける関係じゃなかったはずだ。
「珠玉に頼まれたから。それだけだ。」
また・・・珠玉・・・。
一体・・・なんなんだ?
「珠玉は・・なんで、そんなことを頼むんだ?」
すると允升は口元を緩めて、笑みを見せた。
「さあ、分からないけど・・・そこが珠玉の良いところだよな。」
前にも・・・・こんな会話をしたことがある気がする・・・。
僕は突然一人にされて、誰も信じられなくなっていた。
「自分たちさえ良ければ、何でも許されるって言うの?」
鴉の武器が允升の肩をかすった。
「当たり前だ!お前みたいな奴の言う通りにするわけがないだろ!」
痛みに顔を歪めながら允升は僕の背中を押した。
「走って逃げろ!」
あんなにボロボロな允升を放っておいて?
僕は息を飲んで踵を返した。
「嫌だ!お前も一緒に来るんだ!」
ここで言う通りにしていたら・・・僕は後悔するかもしれない。
その時、允升に服を掴まれて勢いよく後ろに投げられた。
その瞬間、僕の目の前で允升の血が辺りに飛び散った。
「逃げろって言ったのに・・・。」
苦しそうな声で允升は言った。
僕が変な気をまわしたせいで・・・。
大丈夫。
そんな声が聞こえた。
顔を上げて後ろを振り向いた。
当然、誰も居ない。
それを酷く寂しく感じた。
「なんで・・・居ないんだよ。」
後ろから抱きしめてくれた、ぬくもりが今は感じられない。
不安にさせないって・・・言ったくせに・・・。
「珠玉!約束守るんじゃなかったのか!出て来いよ!」
力いっぱい、僕は感情に任せて叫んだ。
「うるさい。」
懐かしい声が聞こえた。
黄色い着物が視界に入ったと思った瞬間、金属の重なり合う音が辺りに響いた。
鴉の方を向けると、足を怪我したのか地面にうずくまっているのが見えた。
「そんなに叫ばなくても、ちゃんと聞こえた。」
不機嫌そうな顔をして、珠玉は言った。
13
規則的な物音が聞こえる。
荷馬車か何かに乗っているのか、ガタン、ゴトンと振動が全身に伝わる。
「もう、いい加減に起きてよ。」
その声に反応して、目を開けると夕日に顔を照らされた允明の姿が見えた。
最後に会った日と同じ鼠色のコートを着て、俺の真正面に座って居る。
「紺、寝すぎ。そんなのだと、乗り過ごしちゃうよ。」
クスクスと笑いながら允明は言った。
横に見える大きな窓に視線を向けると、景色が後ろへと流れていくのが見えた。
「まだ・・・生きたかったのに・・・。」
死んだはずの允明がここに居るってことは・・・。
そう思うと、悲しかった。
膝の上に乗っていた手をじっと見つめていると、允明が握ってきた。
「紺の手は、僕と違って・・・まだあったかいよ。」
悲しそうな笑みを浮かべて允明は言った。
「允明・・・。」
呼び掛けた。
「何?」
「俺のせいで傷つく姿を見たくなかったから、俺は周りと距離を取ってたんだ。」
允明は静かに頷く。
「でも、それが一番人を傷つけることだって・・・今になって気づいたんだ。」
頬を伝って、允明の手の甲に涙が落ちた。
「紺・・・そろそろ、降りないと・・・。みんなが待ってるよ。」
允明の目から涙が流れていた。
「允明・・・俺のことを大切に思ってくれて、ありがとう。」
昔・・・店長に言われた言葉を思い出した。
そういう時は泣くものよ。
好きだったからそんなに心が痛いんでしょ?
痛いのは嫌いだけど・・・この痛みは逃げちゃいけないものだったんだ。
とても・・・苦しい。
「僕も生きたかったな・・・。紺、元気でね。」
背もたれに深く凭れこんで、允明は気持ちよさそうに目を閉じた。
笛の音が辺りに響き渡る。
瞬きをすると、鴉に刺された痛みが蘇った。
さっきまで見た景色は何処にもなく、代わりに成長した珪の姿が見えた。
それが嬉しかった。
14
「とりあえず・・・しばらくは大丈夫だろう・・・。」
横腹を抑えながら珠玉は傍にあった木に寄り掛かり、ズルズルとしゃがみ込んだ。
「お前・・・大丈夫なのか?顔色が悪いぞ・・・。」
意識のない允升を横にさせて、額から汗を流している珠玉を見た。
「顔色が悪いのは当たり前だ。鴉に刺されたんだから・・・。」
そう言って、珠玉は抑えていた手の平を僕に見せた。
その手には血が付いていた。
どうしよう・・・。
「そうだ!お前、札とか沢山持ってたよな?それで何とかすれば・・・・。」
珠玉の服を探った。
「そんなに都合よく持ってるわけがないだろ・・。痛いから触るな。」
息を切らせながら僕の手を掴んだ。
それでも・・このまま放置すれば・・・。
「そんなに心配するような怪我じゃないから、大丈夫だ。」
大きく息を吸って、ゆっくりと息を吐いて、目を閉じた。
それが怖いと思った。
こんなとき・・・どうすればいい。
固く目を閉じた時だった。
「こんな所に隠れてたんだね。」
珠玉の背後から鴉の声がした。
「珠玉!」
服を掴もうと手を伸ばしたが、抱きかかえられた。
「思ったより早かったな・・・。なあ、鴉・・・俺を本当に殺しても良いのか?」
鴉は眉間に皺を寄せた。
「どういうこと?」
「俺一人を殺しても、俺に関わった事実は消せない。間違えると、全部なくすけど、良いのか?」
鴉は顔を顰めた。
「そういうことか・・・。」
何かに納得したのか、鴉は刃を地面に向けた。
「本当に・・・君って迷惑だよね。」
「そんなに褒められると照れるだろ。」
鴉は舌打ちをして、その場から去った。
それを見届けてから珠玉は地面に倒れこんだ。
「珠玉!」
軽く揺すると怪訝な顔をされた。
「痛い。」
「わ、悪かった・・・。」
手を引っ込めようとしたとき、手首につけてたお守りを掴まれた。
「これは・・・張騫が心配だから持って行けって・・・聞かなくて・・・。仕方なく・・。」
珠玉は一瞬だけ、大きく目を開けると、嬉しそうな顔をした。
「これ・・知ってるのか?」
珠玉は頷いた。
「だから・・・戻ってこれたんだな・・。なあ、張騫は?」
「風邪ひいて寝込んでる。」
噴き出すように笑って、お守りから手を離した。
「それじゃあ、渡す意味がないじゃないか。でも・・・本当にあいつらしいな。」
ひとしきり笑うと、珠玉はゆっくりと立ち上がって、允升のもとへと行った。
「允升、この傷は俺のものだから、返してもらうぞ。」
允升の傍でしゃがみ込み、懐から2枚の札を出した。
「せっかく奪ったんだから・・・この怪我は渡さない。」
自分を抱きしめるように、允升は拒絶した。
一瞬顔を顰めたが、珠玉はすぐに口元を綻ばせた。
「この欲張り。珪、允升運ぶのを手伝ってくれ。」
15
怪我の手当を受けるため、朴牧の所に行くと、死んでるはずの允明が血相を変えて出迎えた。
元気でね。
そんな言葉が思い浮かんだ。
ぐったりとした允升を允明に押し付けて、傍にあった椅子に腰を下ろした。
「紺、そこから動いちゃダメだからね。」
允明はそう言いながら、允升を担いで奥の部屋に行った。
それと入れ替わるように、珪が大量の包帯と救急セットを持ってきた。
「応急処置は僕に任せろ!」
真剣な表情で珪は包帯を勢いよく伸ばした。
「持ってきてくれてありがとう。」
変な処置をされないように、早々に全てを取り上げた。
「お前!怪我人なんだから、僕に任せておけば大丈夫だ。」
「じゃあ、上着切ってくれないか・・・・。自分じゃあ、脱ぎにくいんだ。」
ハサミを珪に渡した。
改めて傷口をみると、出血がひどかった。
道理でフラフラするわけだ。
手当をしようと消毒液に手を伸ばしたとき、朴牧が現れた。
「よく頑張ったね。あとは、僕に任せて。」
その言葉を聞いて安心して、俺は目を閉じた。
「頼む。」
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