第二部 第4話「本当に怖いのはおばけでなくて現実だ」

「そんなに真剣な顔してどうしたんだ?」

珪の背後から覗くように顔を出しながら言った。

「ああ、張騫・・・。こういうのって、お前と会ってから行ったことがないなと思ってさ・・・。」

苦い笑みを浮かべながら紙を見せてきた。

その紙にはお化けの絵が描かれていた。

お化けのイラストに息を飲んだ。

「こ、こんなのがこの近くでやってるんだな・・・。」

絶対に行きたくないと思いながら、無理に笑みを浮かべた。

そんな心境を察したのか、珪は苦笑した。

「張騫、大丈夫だ。僕はこれを見るだけでも満足してるぞ。」

今、お金ないし・・・無理に言っても困らせるだけだしな・・・。

その思いが俺の心をえぐった。

そうじゃない・・・。

そう言い返したかったが、俺はこの数日間、まともに稼げていない。

今までだって・・・。

珪にこんな苦労させてたなんて・・・俺、ダメ人間じゃないか・・・。

ショックを受けすぎて、開いた口が閉まらない。

「さてと、今日も仕事頑張るか。」

持っていた紙をコンパクトに畳んで、珪は仕事の準備を始めた。

珪を・・・安心させないと・・・。

そう思い、珪の両肩を掴んで顔をじっと見つめた。

「珪・・・お前がそんなことで心配する必要はない。」

驚いた様子を珪は俺の顔をじっと見る。

「俺だって、一人前の男だ。そのくらい、全然大丈夫だ!」

自分の胸を軽く叩いて言った。

すると、珪は嬉しそうな顔をして俺の顔を見てきた。

「本当か!とっても嬉しいぞ!」


「張騫、暗い所とお化けとかが苦手じゃなかったっけ?」

机に突っ伏して唸っている張騫に言った。

「だ、だから・・・珪に内緒で允明の所に相談しに来てるんだろう?」

張騫は顔を少し上げた。

「確かに・・・僕も我慢させるのは嫌だけど・・・。代わりに僕が一緒に入ってこようか?」

激しく首を振られた。

「これは珪との約束なんだ。いつも、寂しい思いをさせてきたし・・・あいつのやりたいことは、なるべく叶えていきたいんだ。俺が入らないことで、気を遣わせかねないだろ?」

悲しそうな顔をして張騫は言った。

確かに・・・。

「それなら・・・まだ時間もあることだし・・・お化けになれる練習でもする?」

張騫は一瞬だけ笑顔を見せたが、すぐに顔を曇らせた。

「い、いや・・・允明に怪我をさせちゃいけないから・・・。やめとく・・・。」

疑問に思ったが、すぐにあの日のことを思い出してため息を吐いた。

「そうだった・・・。」

よく、夜中に起こされて厠に付いて行ったり・・・その途中で・・・。

「どうしたんだ?」

「いや・・・珪は覚えてないの?昔確か、珪がお化けで張騫を脅かし過ぎて、僕が理性のない張騫から守って逃げた時のこと・・・。」

いつも朝に驚かされるからその仕返しにと・・・。

張騫は眉をひそめた。

「言われ見れば・・・。」

胸元を掴んで、張騫は顔を下に向けた。

「なんで行きたいと思ったんだろう・・・。あの時の張騫、けっこう怖かったのに・・・。」

トラウマになってもおかしくないレベルだった。

「理由は分からないけど・・・允明、練習に付き合ってくれないか?」

必死な顔をして頼み込んできた。

「それは良いけど・・・今回は僕だけじゃ、張騫を抑えられる自信はないよ。けど、適任なら紹介できるよ。」


「遊信が式神を使わないで来るなんて珍しいね。」

いつもと変わらない優しい笑みを見せながら允明は言った。

「まあな。」

苦笑しながら答えた。

「まあ、その方が体に負担がかからないから良いんだよね。これからもそうやって来たら?」

クスリと笑って見せた。

「赤じゃったら、ここまで飛んで来れるけん、楽なんよ。」

城からここまでは結構な距離がある。

「見たところ、いつもと変わらずだよ。遊信、何か悩みがあるなら聞くよ?」

その言葉を聞いた瞬間、顔が少し歪んだのを自覚した。

「な、なんなん。」

「体に異常がないなら・・・・残るはここかと思ってさ。」

允明は胸を指さした。

「ここが不安定だから、力が使えなくなる人はいるよ。」

急に話を吹っ掛けられるとは思わなかった・・・。

大きくため息を吐いて、允明の顔を見た。

「また最近、手が冷たく感じるようになったんじゃ。」

手を握ったり開いたりしながら言った。

「触ってもいつもと変わらないよ。」

俺の手を包み込むように允明は触った。

じっとそれを見ていると、允明は大きく息を吐いた。

「もう、ガラでもなく思いつめすぎだよ。」

「え、そうなん?」

「そうだよ。遊信、しばらく僕の家に泊まりなよ。休みの申請は僕が出しとくからさ。」

その言葉に耳を疑った。

「な、何を勝手に決めと・・・。」

言いかけた口を本で塞がれた。

「僕はお医者様だよ。お医者様のいうことは、絶対順守!」

楽しそうに笑みを浮かべながら允明に押し切られた。

允明を助けられなかった時のことが脳裏に浮かんだ。

「まあ・・・良いけど。」

ため息交じりに言うと、何故か驚かれた顔をされた。

「素直に聞いてもらえると思ってなかったから・・・意外だよ・・・。」

それに苦笑した。

「それと、僕の家でじっとしてるのも暇だろうから、ちょっと手伝って欲しいことがあるんだ。」

允明が珍しいな・・・。

「なんなん?」

「お化けが苦手な人が居てさ、その人の苦手を克服するために手伝って欲しいんだ。」

「俺がお化け役すればいいん?」

允明は首を横に振った。

「僕がお化け役をするから、遊信が全力でその人を止めて欲しいんだ。」

「知っとるやつと一緒に居る方が、向こうは安心なんじゃないん?」

「暴れると僕にも手が付けられないんだ。仕事柄よくやってるでしょ?だから、お願いするね。」

允明でも手が付けられんって・・・どんな危ないやつなん・・・。


真夜中、珪に気づかれないように家から出た。

暗い道の先に目を移すと、こっちに向かって手を伸ばす允明の姿が見えた。

「允明!別にこんな所まで来なくても大丈夫なのに・・・。」

「張騫のことが心配だったから、迎えに来たんだ。」

苦笑しながら允明は言った。

不思議に思ったが、その意味を理解したらこの暗い道さえも歩けなくなってしまうと思い、気づかないように気を付けた。

「允明、ありがとうな。」

允明は朗らかに笑った。

「こんなの当然だよ。」

他愛もない話を続けていると、いつの間にか允明の家の前に着いていた。

「張騫に紹介したい人はもう来てるんだ。」

そう言って、允明は扉を開けた。

その扉の向こうで立っていた人物は驚いた顔をしていた。

袖口にいつも隠し持っていた護身用のナイフに手をかけたときのことだった。

遊信の色んな感情が俺の中に入ってきた。

ナイフから手を離して、遊信を見た。

「初めまして。俺は張騫って言うんだ。」


「それじゃあ、10分経ったらこの道を二人で来てね。」

張りきった様子で允明は大きな荷物を抱えて、暗い道へと走っていった。

俺の隣で子文は真っ青な顔をしながら、じっとくらい道を見つめている。

「今更、なんでこんなんが怖いん?」

昔の子文はこんなので動じなかった。

力の影響で、人より心の成長が早かった。

だから、心を閉ざすのが誰よりも早かった。

子文は口を開きかけて閉じた。

「分からない。けど、お化けを見た瞬間に、体中が逆毛立つ気分になるんだ。」

自分を抱き込むように両手を組んだ。

「それと、俺は子文じゃない。張騫だから、間違えるな。」

子供の様に両頬を膨らませながら俺を睨んできた。

「そろそろ、時間だな。俺をしっかり止めてくれるんだろ?」

苦笑しながら子文は言った。

それにため息を吐いた。

「お前を押さえられる奴なんか、一人しか知らんで・・・・。まあ、頑張ってみるわ。」

子文の手を掴んで一緒に道を進んだ。

あの時・・・殺されかけていたこいつの手を握れていれば・・・。

その思いに苦笑した。

あの時ガキだった俺に何ができたって言うん?


「苦しい・・・。」

何故か身動きが取れない。

目を開けて、顔を横に向けた。

すると、難しい顔をして僕を抱きしめている張騫の姿が見えた。

「く、来るな~。」

唸りながら苦しそうに張騫は言った。

「張騫!痛くて苦しいから、起きろ!」

頬を何度も叩きながら声をかけると、張騫は勢いよく目を開けた。

「こ、ここは・・・。」

飛び起きて、自分の服を見回しながら言った。

「ここは僕の部屋だ。一体、そんな外着で何してるんだ?」

張騫は苦笑いをした。

「け、珪・・・。な、何にもないからな。ただ、胸がギュッとなって怖いなんて思って・・・。」

自分から理由を喋ったことに気が付き、激しく落ち込んだ様子を見せた。

「怖い夢でも見たのか?」

背中をさすりながら言った。

「怖いというか・・・ショックというか・・・。」

視線を逸らしながら言った。

「どうしたんだ?」

「自分で決めたけど、気持ちに折り合いをつけるのが難しくてさ・・・。」

そう言ってベッドに突っ伏し、左右に転がり始めた。

「折り合いか・・・つかないなら、自分の気持ちに素直になってみたらどうだ?」

その瞬間、張騫が動きを止めた。

「それなら、気持ちが楽になるよな・・・。」

じっと遠くを見つめながら、元気なさそうに張騫はベッドから降りた。

このまま行かせちゃいけない気がした。

「ちょ、張騫!それも一理あるけど、僕だったらそいつと話し合いもするぞ。」

部屋から出て行こうとする張騫を呼び止めるように言った。

「言われてみれば・・・そうだな。それ、やってみるよ。」

張騫は歯を見せて笑って見せた。

部屋から出て行った張騫を見送った後、ベッドの上が泥だらけなのに気が付いた。

「なんで?」

床を見てみると、張騫が歩いた後に続く泥が見えた。

「ちょ、張騫!!」


「允明・・・これ、どのぐらい続ける気なん?」

ぐったりした様子で机に突っ伏しながら遊信は言った。

「昨日は初日から大変だったね・・・。」

苦笑いをしながら答えた。

木の葉を僕が揺らす所まで、張騫は大丈夫だった。

だから、もう少しハードルを上げようと思い、白い布を視界にチラつかせた。

すると、張騫が悲鳴を上げながらそれに向かって、遊信を投げ飛ばしたのだった。

「まあ・・・あと・・・数日くらいかな?」

遊信の顔を見て、なんとかしなければと思った。

「数日か・・・。」

指で机を軽く叩きながら、考え込む様子が見えた。

「怪我したら、全力で治すから安心しなよ。」

できる限りの笑みを浮かべて言うと、ため息を吐かれた。

変なことでも言ったかな?

「なあ、し・・・じゃなくて、張騫とはどうやって出会ったん?」

もしかして・・・遊信は張騫の幼馴染かな?

「僕の家、医者を昔からやってるんだ。だから、初めて会ったのは患者としてなんだ。」

今でもあの日のことが昨日のことのように思い出す。

ボロボロの姿で劉さんに抱え込まれて来た。

「最初は全然仲良くしてくれなかったけど・・・少しずつ今の関係になったんだ。」

「その張騫拾った人は?」

僕の顔が自然に曇った。

「今は死んじゃって居ないんだ。劉さんの能力の形は、歳をとりやすいものだったからね。」

「まあ、俺らのもあんまり変わらんと思うけどな。」

苦笑しながら遊信は机に置かれている薬を指さした。

僕らの場合は、見た目は若いままだけど体が弱い。

だから、薬に頼って生きている。

「うちの薬はすごいでしょ。」

そう言うと苦笑いをされた。


真夜中、張騫は静かに家を出る支度をした。

朝は大変立ったな・・・。

珪に怒られながら部屋を掃除する羽目になった・・・。

允明たちと特訓した直後、あんまり記憶がない・・・。

気が付いたら珪のベッドの中で眠っていた。

そこまで考えると、ため息が出てきた。

「こんなので大丈夫なのかな・・・。」

そう呟きながら扉を開けると、昨日と同じように允明が立っていた。

顔に笑みを浮かべながらガッツポーズをしていた。

俺も気持ちを入れ替えるように同じポーズをした。

「允明、今日も同じ感じにするのか?」

允明は首を振った。

「いや、同じのだったらダメだと思ってさ、今日はちょっと変えてみるつもりだよ。」

なるべく遊信の怪我が増えないようにしないとな・・・。

「き、昨日のは・・・その・・・怖くて・・・。」

「張騫、これは特訓なんだから気にしないの。初日だったんだから、ああなるのは当たり前だよ。」

苦笑しながら允明は言った。


「允明・・怖いの種類が違うと思うんじゃけど・・・。」

暗い道のいたる所に、人相の悪い人がメンチ切っている等身大の看板が立っていた。

何故か子文は本気で怖がっている様子で俺の後ろに隠れている。

なにが怖いん?

「怖いに決まってるだろ!あの顔にあの恰好・・・。」

それを聞いて、噴き出して笑いそうになった。

「お前・・・こんなん見慣れ取るじゃんか・・・。」

子文は視線を逸らした。

「そんなの・・・忘れた。」

こいつにとってはトラウマだった・・・。

「これ、駄目なの?張騫はちゃんと怖がってるし、大丈夫だと思ったんだけど・・・。」

「全然ダメじゃって・・・。」

ため息交じりに允明に言った。

「結構力作だったんだけどな・・・。沢山仕掛けちゃったし、片づけ手伝ってよ。」

その言葉を聞いた瞬間、顔が自然にひきつった。

「みんなで片付けるのが早いし、暗いから張騫の特訓にもなると思うんだよね。」

満面の笑みを顔に浮かべながら允明は俺の肩を軽く叩いた。

そして、逃げるように走って行った。

「允明の奴・・・。」


10

「これで最後か?」

額に浮かんだ汗を袖口で拭いながら、張騫は集めた看板を傍にあった木に立てかけた。

「そうなんじゃないん?あーしんどい。」

少し離れた場所で遊信は腰に手を当てて、体を伸ばした。

ちゃんと話し合うか・・。

唾を飲み込んで、遊信を見た。

「なあ、遊信・・・。」

遊信はこっちを向いた。

「な、なんなん・・・そんな真面目な顔して・・・。」

緊張した様子で口元に無理やり笑みを浮かべながら言った。

「お、お前はなんで・・・あの場所に来たんだ?」

お前は俺と違って捨て子じゃなかったはずだ・・・。

遊信はため息を吐いた。

「何を今更・・・。俺もお前も表に居場所がなかったけん、あんな場所できな臭いことしとったんじゃろ?」

確かに俺はそうだ。

「けど、お前には他に居場所があっただろ?」

遊信は眉間に皺を寄せた。

「お前、俺の心を下手に読んどったら、死ぬで?」

遊信に睨まれた。

「そう勘繰らなくても、他に喋る気はない。俺は・・・お前のことを知らない。」

心が読めるくせに・・。

「そう言われればそうだが・・・それでも分からないことは沢山あるんだ。張勲を殺した原因を作ったお前が許せない。けど、俺が一方的にお前を恨むのは違う気がするんだ。」

遊信は俺をじっと見つめている。

疲れてぼろ雑巾の様に廊下で寝ていたあの日・・・遊信に抱きしめられ、全身を砕かれるような痛みを感じながら俺は・・・。

「お前・・・あの時泣いてただろ。」

一瞬だけ大熊猫の顔が遊信の頭の中でよぎったことに驚いた。

あの時から・・・・遊信と大熊猫はつながってのか?

遊信は息を吐いた。

「ガキだったんじゃけ、当たり前じゃんか。」

初めてあの人に出会って、優しくされて・・・俺は自分の気持ちに気が付けたけん、俺はあの人に一生付いてこうって思ったんじゃ。

一緒に演舞を見に行った大熊猫の無邪気な顔が思い浮かんだ。

あの頃の俺たちは子供で弱かった。

だから、全部を良くしようなんてことは無理だったんだ。

「そうだな。あの時、俺たちは確かに子供だったから・・・あれ以上、どうしようもなかったんだ・・・。」

苦笑いをしながら遊信は俺が立てかけた看板を担いだ。

そんな遊信の頭を思いっきり力を入れて撫でた。

張勲は最後に俺にこう言ったんだ。

生まれて初めて生きて欲しいって思えたんだ。

奥歯を強く噛んだ。

「それでも、初めて・・・こんな俺に生きて良いって言ってくれた張勲が死んで・・・俺は悲しかったんだよ。」

「ああ。」

遊信はそう返事をすると、うつむく俺の頭を撫でた。


11

目が覚めると、昨日と同じように張騫が僕の隣に寝ていた。

「張騫、起き・・・。」

珪は手を張騫に向かって伸ばしたときだった。

「張騫?」

目元に泣いた跡があった。

僕が寝てる間に、何があったって言うんだよ・・・。

複雑な気持ちを抱えながら、僕は張騫を起こさないように部屋から出て行った。


12

「張騫・・・・ここ最近、何をコソコソしてるんだ。」

いつものように家から出た瞬間、扉がまた開いて珪のそんな声が聞こえた。

迎えにきた允明が苦笑いをしている。

ゆっくり振り向くと、怒った顔をした珪の姿が見えた。

「け、珪・・・これは・・・。」

どうしよう・・・。

お化けが怖いから特訓してたなんて・・・楽しみにしてた珪に言えない・・・。

「張騫、もう限界だよ。」

允明はそう言いながら珪の顔を見るように促してきた。

不安に満ちた様子で泣きそうな目で俺を見ている。

心が苦しい・・・。

「珪・・・ごめん・・・。お化けが怖いから、こうやって特訓してたんだ・・・。」

「怖いなら初めから言ってくれれば良かっただろ?」

「言ったら、せっかく楽しみにしてたのに・・・行きたくないって言うかと思って・・・。」

俺はお前と一緒に行きたかったんだ。

「そんなわけがないだろ?怖いなら、僕だって協力したのに・・・こんなことされて、心配したんだからな。」

珪からここ最近の不安な気持ちが読み取れた。

「珪・・・。心配かけて悪かったな。」

じっと、珪の赤い目を見る。

「一緒に手伝ってくれないか?」

珪は笑みを浮かべた。


13

なんで・・・珪がここに居るん・・・。

子文の隣で楽しそうに話す珪を横目で見た。

俺の思いに気が付いたのか、子文が俺の方に近寄ってきた。

「遊信、俺は関わるつもりは無いけど・・・珪に何かしたのか?」

え?

珪に聞かれないように、子文の耳元に口を寄せた。

「お前・・・俺が世話頼んだの忘れたん?あん時、怒ってたじゃんか。」

会わんようにお前も調整しとったじゃん・・。

子文は訝しそうな顔をした。

「頼んだって・・・そんなわけがないだろ?珪は・・・。」

言いかけて、子文は何かを考え込んだ。

「どうしたん?」

「そんな覚えはない・・・というより、珪と俺はどうやって会ったのか分からない。」

子文は俺を睨んだ。

「お前、俺に何かしたのか?」

「珪とはなるべく会わんようにしとったんじゃけん、そんなんするメリットはないで。それに、お前と俺は久しぶりに会ったばっかりなんで?記憶の改ざんなんかできんわ。」

あれ?

自分でも矛盾したことを言っとる・・・。

「何を二人でコソコソ話してるんだ?」

珪が首を傾げながら割って入った。

「珪、俺と会った時のことを覚えてるか?」

子文は言った。

「僕が国から離れて、夜中に街中で変な奴らに絡まれたときに助けてくれただろ?まさか、忘れたのか?」

子文は困惑した表情を浮かべた。

「張騫、それはあんまりじゃないのか?確かに、あの時は悪態ばっかり付いて、困らせてたけど・・・。」

しょぼくれた様子を見せた。

助けを求めるように子文は俺の顔を見てきた。

当事者じゃないけん、無理じゃって・・・。

じゃけど・・・ここまで世話してくれたし・・・。

「俺から言えるとしたら、その変な記憶の時、別の誰かが居ったんじゃない?」

二人は首を傾げた。

「俺と珪の出会った時の記憶は一致しとる。じゃけど、お前はそんなん知らんって言うじゃろ?」

子文を指さした。

「子文が嘘を吐いとるかって言うと、俺はその時こいつに何度か会った記憶が確かにある。なのに、子文と最近会ったのは子供の時以来じゃ。」

珪は納得のいかない様子を見せた。

「お前が理解できんのも無理ないけん、安心しぃ。まあ、なんの目的があってそんなことしとるかわからんけど、大きくなんかが動いたんじゃろ?こんな力のある世界じゃし、こんなん不思議でも何でもないで?」

「俺たちに関わった誰かが・・・。例えば、存在を消したとか?」

子文は言った。

「覚えてないけん、そうとも言えるな。それより、そろそろ行かんと允明が泣くで?今日も朝から張りきっとったし・・・。」

憶測で話し合っても意味がない。


14

「張騫の怖がりって・・・ここまでだったんだな・・・。」

開始5分で蒟蒻が張騫の顔に当たり、悲鳴を上げた。

ここまでなら良かったのに・・。

チープなお化けの描かれた看板が僕たちの前を通りすぎた時、後ろにいた遊信に当たり、お化けと勘違いして吹っ飛ばした。

「珪のために、が、頑張らないと・・・。」

自分に言い聞かせるように、張騫は僕の服をしっかり掴んで震えている。

遊信は蹴られた所を抑えながら、地面にうずくまっている。

なんか・・・お化けより、張騫の方が怖い・・・。

「だ、大丈夫だ。絶対に・・・克服するから・・・。」

辺りを忙しなく見回しながら張騫は言った。

その瞬間、近くの草陰でもの音が聞こえた。

今度は僕が遊信みたいになるのか?

そう思った時、張騫が僕の前へ出た。

その足は震えていた。

「守らないと・・・。」

張騫・・・。

その背中をじっと僕は見つめた。

「あーやっと、知ってる道に出られた!」

允明に良く似た男が出てきた。

「先生!帰って来てたのか?」

先生?

「張騫、久しぶり!元気にしてた?」

そう言って、男は張騫に抱き付いた。

この感じ・・・確か・・・。

男は張騫をひとしきり撫で繰り回すと、僕の方を見た。

「君は・・・・珪君!ずいぶん見ない間に大きくなったね!」

思い出した!

こいつは朴牧だ・・。

逃げようと後ろを振り向こうとしたが、その前に捕まった。

「元気にしてた?怪我とかなかった?寂しくしてなかった?」

激しく頬ずりをされた所で、張騫が止めに入った。

「もう、張騫のいけず!久しぶりの再会で嬉しかったんだよ?これぐらい良いでしょ?」

「先生、珪が嫌がってるから・・・。」

大人なのに・・・両頬を膨らませて不機嫌そうにしてる・・・。

「張騫たちはこんな所でなにしてたの?」

その言葉に張騫は今までのことを説明し始めた。

始めは嬉しそうに話しを聞いていたが、話が進むにつれて朴牧の顔が真剣な表情へと変わった。

「先生?どうしたんだ?」

心配した様子で張騫が言った。

「張騫・・・何言ってるの?允明は死んでるんだよ?」


15

「朴牧・・・冗談は・・・。」

朴牧の感情が心に流れ込んでくる。

冗談なんかで・・・こんなことを思えるわけがない。

張騫の額から冷汗が流れ落ちた。

けど・・・。

「さっきまで、一緒に話してたんだ。きっと・・何かの間違いのはずだろ・・・。珪だってそうだよな。」

珪に視線を向けると、俺と同じ反応を示していた。

遊信の方を見ると、驚いた様子で朴牧を見ていた。

「遊信?」

呼び掛けると、遊信は険しい顔をしていた。

「わけわからん・・・。」

「なにか知ってるのか?」

遊信はゆっくり立ち上がった。

「朴牧の言う通り、もうとっくの昔に允明は死んどる。一体、何が起きとるん?」


16

蝉の鳴き声が聞こえる。

まだ、蝉の鳴くような時間じゃなかったはずだ・・。

目を開くと、綺麗な雲と青空が見えた。

允明はゆっくり起き上がり、辺りを見回した。

すると、辺りに見慣れない建物と木々が見えた。

「ここは・・・。」

森の中で張騫と特訓してて、ゴール地点で来るのを待っていたはずなのに・・・。

元の場所へ戻ろうとしたが、何故か赤い門から外に出られなかった。

「閉じ込められた?」

後ろを振り返り、建物の方に向かって歩いた。

その建物は木で出来ていて、階段を少し登らなければ中に入ることができなかった。

人気のないその建物に足を踏み入れた。

湿った木のこすれあう音がする。

「誰かいませんか?」

返事はない。

建物の中を全て見て回ったが誰も居なかった。

建物を出て他の場所を探そうと、外に出られる引き戸を開けたとき、黄色い着物を着た男が眠っているのを見つけた。

「起きてください。」

そう呼び掛けながら揺すったが、男が起きる気配はない。

今度は少し強く揺すった。

その時、男の背中にナイフが刺さっているのが見えた。

もしかして・・・死んでる?

驚きながら手首を触ると、心臓が動いているのが分かった。

ナイフが刺さっている部分を見ると、不自然なほど血も出ていない。

まるでこの人だけ時が止まっているようだ。

「何・・これ・・・。」

固唾を飲んで、もう一回男を見た。

整った顔立ちに、体中の小さな切り傷・・・。

僕はその人に既視感を覚えた。

もしかして・・・。

その人の目に向かって手を伸ばして、指で瞼を開けると黒い瞳が見えた。

男に反応はない。

僕は・・・知ってる。

全部思い出した。

「紺・・・なんでこんなことになってるんだよ・・・。」

紺の頬の上に僕の涙が落ちた。


17

早く帰らないと。

燃え盛る建物の中を僕は歩いた。

歩くたびに、体中に受けた傷が痛む。

視界もだんだん悪くなっていく。

このままじゃあ・・・ダメだ。

そんなので誰も救えるわけなんか無いんだよ。

この仕事に何度も反対してきた紺の言葉が脳裏に浮かぶ。

確かにそうかもしれない。

けど、じっとして傷つく君の姿を見て居られるほど強くは無かったんだ。

「死んじゃ・・・ダメだ。」

手を誰かに掴まれた。

目を開けると、泣きそうな顔をした父さんと泣いてる張騫の顔が見えた。

「どうしたの・・・そんな顔して・・・。」

そう言った瞬間、二人にきつく抱きしめられた。

「また会えるなんて思わなかった・・・。」

父さんの声には涙が混じっていた。

「允明!良かった!」

張騫は泣きじゃくりながら言った。

そんな二人の間から、うろのある大きな木が見えた。

「紺・・・。」

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