第二部 第2話「あまっちゃん!あまっちゃん!天津!!!」

頭痛い・・・。

允明はそれに顔を顰めながら起き上がると、見慣れた自分の部屋が見えた。

昨日は出かけていて、そこから帰った記憶がない。

なんで、ここに居るんだろう・・・。

しかもなんだか寒い・・・。

布団から出ようとしたとき、自分が何も身に着けていないことに気が付いた。

「なんで・・・。」

服の残骸を探すように見回すと、赤毛の男が隣に寝ているのが見えた。

飛びのくように布団を掴みながらベッドから落ちた。

その時、嫌な液体の感触と匂いが鼻を突いた。

ゆっくりと視線をその液体に向けた瞬間、全身に鳥肌が立った。

「うわぁぁぁぁ!!」

そう叫んだと同時に、男が眠そうに目をこすりながら裸で起き上がった。

「どうかしたの?」


「珪、どうしたんだ?」

朝ご飯を食べながら張騫は、不思議そうな顔をして僕を見た。

「昨日の雨で泥だらけになったから、洗おうと思って。」

泥だらけの洗濯物を見せながら言った。

「それなら、これから持ってくからしなくても大丈夫だ。」

持ってく?

人にご飯をおごらせるくらいに、家の経済が傾いてるのに?

「そんなに心配しなくても、允明ならタダでやってくれるよ。その代わり、時々手伝いに行ってるだろ?」

苦笑いをしながら張騫は言った。

「そういえば、家で洗濯してる姿見たことないと思ったよ。」

張騫はお茶を飲んだ。

「允明って風使えるから、早くて便利なんだ。というか、洗濯できたのか?」

驚いた様子で言った。

「お前昔からやってたじゃないか。」

張騫が唸った。

「そうだったか?俺、洗濯は全部允明に任せてたから、やり方知らないし。じいちゃんかな~。」

なにを言ってるんだ?

「確かにじいちゃんもやってたけど・・・。」

言いかけて、違和感を覚えた。

言葉には出てきたのに、そんな記憶がない。

「珪?」

心配そうに張騫が覗き込んできた。

「確かに・・・張騫の言う通りなのに・・・。というか、張騫にもできないことがあるんだな。」

ため息交じりに言った。

「できないじゃなくて、知らないだよ。まあ、強いてできないことと言えば・・・走れないぐらいかな。」

苦笑しながら右足が見えるように、裾をまくった。

「昔怪我した影響で、走れないんだ。」

大きな切り傷のような跡が見えた。

「だから、今回はその荷物を珪に持ってもらおうかな?」

いたずらな笑みを浮かべて張騫は洗濯物を指さした。

はめられた・・・。


冷水を頭からかぶって、体についた吐しゃ物を落とした。

濡れた髪の毛をかき上げてから、允明は赤毛の男を見た。

「あなたは一体なんですか?」

男は驚いた顔をした。

「昨日のこと覚えてないの?俺、君を一生懸命看病したのに・・・。」

看病?

「そうなんですか?」

水の入った桶を床に置いた。

「昨日の夜、居酒屋で喧嘩に巻き込まれてたのを俺が見つけて助けたんだよ。」

男は殴るポーズをして見せた。

「そんなことが・・・。それでも、どうして僕の家が分かったんですか?」

「ここまで案内してくれたから、てっきり覚えてるかと思ってたんだよ。」

そんなにハッキリしててこの状態はおかしい。

でも、この体に付いたアレを見る限り・・・僕はよっぽどお酒を飲んでいたのだろう。

「そうですね・・・。介抱してくれてありがとうございます。これからは、お酒は控えます。」

苦笑しながら言うと、男も同じように笑った。

「そんなに反省しなくても大丈夫だよ。その吐いたやつ、俺のだし。」

え?

「ここに着いたら急に気分悪くなってさ、お互いの服に付いちゃうし。君は慌てて転んで気絶しちゃうし、大変だったんだよ。」

それで・・・。

「色々面倒だったし、俺も気分悪かったから、さっさと寝ちゃった。窓くらい開けて置けば良かったね。」

「そ、そうですね・・・。」

ため息しかでない・・・。

風呂場から出ると、張騫の呼ぶ声が聞こえてきた。


「允明・・朝から水浴びなんて、珍しいな。」

声に促されるままに、珪と二人で椅子に座りながら待った。

しばらくすると、二人分の足音が聞こえてきた。

「待たせてごめんね。」

まだ乾ききっていない髪の毛を緩く束ねた程度で、簡易な着物を身に着けた允明が現れた。

傍にあったもう一つの椅子を引き寄せて、允明を手招きした。

允明は首を振ったが、椅子を指さした。

観念したようにため息を吐いて、椅子に座った。

「なにかあったのか?」

手ぬぐいで允明の頭をワシワシと拭きながら言った。

「張騫?」

允明が答える前にあまっちゃんの声が聞こえてきた。

「こんな所で会うなんて、奇遇だね。」

同じように濡れた頭をしていた。

允明から昨日のできごとと今までが読めた。

なるほど・・・。

「あまっちゃん・・・允明を介抱してくれてありがとう。」

あまっちゃんは一瞬驚いた様子をみせたが、すぐに納得した様子を見せた。

「張騫、知り合いだったの?」

允明が言った。

「最近知り合ったんだ。」

「そうそう。張騫、今度はすごい所に連れて行ってあげるよ。」

満面な笑みを浮かべながらあまっちゃんは言った。

すごい所・・。

あの本だけでも刺激が強いのに・・・もしかして本物の・・・。

そこまで考えると、顔が熱くなった。

「張騫、大丈夫か?熱でもあるんじゃないのか?」

心配な顔をして俺の顔を見る珪に、首を振った。

「大丈夫だ・・・。あまっちゃん、その誘いは嬉しいけど・・・俺は誠実なのが好きなんだ。遊びでなんか・・・」

「張騫、本当に二人でなんの話をしてるの?」

眉を顰めながら允明が手ぬぐいの間から顔を出した。

「珪と允明にはまだ早い!だから、知らなくても良いって!」

ごまかすように允明の頭を激しく乾かした。

「ちょ、張騫、痛いって!」

「もう、本当に張騫は面白いな。」

お腹を抱えてあまっちゃんは笑った。


「洗濯ってこうやってたのか・・・。」

桶の中を高速回転する水を珪は目を輝かせながら見つめた。

「最初はうまくできなかったけど、今だったらだいぶ細かいこともできるよ。」

水をまるで飴を伸ばすように、手を動かして・・・。

「はい、水柱。」

桶から長い柱が出てきた。

「允明、すごいけど・・・せめて、僕たちが持ってきた洗濯物でやって欲しかった・・・。」

綺麗な水柱の中に、あんまり見たくないあまっちゃんのおみやげまで見える・・・。

「ご、ごめんね・・・。」

苦笑いしながら、急いであまっちゃんのお土産と衣類を分離した。

「なあ、允明・・・。」

洗濯物を宙に浮かべていると、珪がすねた様子で言った。

「張騫ってずるいと思う。」

乾かしていた衣類を物干し竿にかけて、珪の隣に座った。

「どうしたの?」

「心を読んで、話を何でもはしょっちゃうから、僕は置いてかれた気分になるんだ。」

思い返すと、張騫は僕の心を読んだだけで、肝心な部分は喋ってない。

「珪はもっと張騫のことが知りたいんだね。」

そう言うと、複雑な顔をした。

「今できる限りのことを知って、理解しなかったら・・・また、僕の前から勝手に消えるんじゃないのかって・・・思えるんだ。」

地面を険しい表情で見つめながら珪は言った。

「消えて欲しくない。それは僕も同じだよ。今度さ、張騫から一緒に思い出話でも聞いてみない?」

「なんでそうなるんだ?」

「張騫のこと、僕もあんまり知らないんだ。この機会に、一緒に知ろうよ。」

「その前に允明、風呂に入った方が良いて・・・。すごい臭いよ・・・。」

その声は・・・。

「鴉・・・、もうそんな時間?」

「今日はたまたま早く来ただけなんだ。」

「そうなんだ・・・。風呂ならさっき入ったけど・・・そんなに臭う?」

腕を鼻に近づけたがそんなに臭うと思わなかった。

「うん、すごく。だからさ、しっかり洗うからお風呂に行くよ。」

鴉に首根っこを掴まれて立たされた。

その時、珪の存在に気が付いたらしく、鴉は笑みを見せた。

「初めまして。僕の名前は鴉。普段は国家守護兵やってるんだ。君は?」

「珪って言うんだ。時々、こうして允明の手伝いをしてる。」

「そうなんだね。まあ、裸の付き合いって言葉もあるし、君も来なよ。」

そう言うと鴉は珪に手招きをした。

「ちょっと鴉!そろそろ仕事しないといけないんだけど!」

「そんなの、骨休みって出しとけばいいよ。臭いままで出るよりマシだよ。」


「張騫・・・この商売長いの?」

敷物の上に並べられている薬を眺めながらあまっちゃんは言った。

「まあな。これでずいぶんご飯を食べさせてもらったよ。」

するとあまっちゃんに苦笑いをされた。

「あれは・・・たまたまで・・・本当にダメになったら、允明に食べさせてもらってるから大丈夫だ。」

胸を張って言ったが、これじゃあ俺はだらしないやつじゃないか・・・。

恥ずかしい・・・。

「允明と張騫って仲が良いね。まるで家族みたいだよ。」

そう言われて嬉しかった。

「允明、真面目で突っ走るところがあって面白いし、優しいけど厳しさもあってさ・・・尊敬してるんだ。」

そう言うと、あまっちゃんは眩しそうに目を細めた。

「どうしたんだ?」

「張騫たちが眩しいと思ってさ・・・。まあ、羨ましくて近づけないみたいな感じだよ。」

それがおかしく思えた。

「そう思われると・・・気恥ずかしいんだけど。」

頬を掻きながら言うと、あまっちゃんは笑った。

「そういうあまっちゃんこそ、家族は居るのか?」

あまっちゃんは首を振った。

「まあ、今は旅ができるくらいには仲間が居るけどね。みんな、冷たいんだよ。全然俺の相手してくれないし・・・だからこの国に来たら、いつもの店の店長に遊んでもらってるよ。」

そう言うと、あまっちゃんは店長と言う人のマネをして見せた。

ひとしきり笑ってから、少し疑問を覚えた。

「あれ?あまっちゃん、この国初めてじゃないのか?」

「勘違いさせちゃったみたいだね。この国は資源が豊かだからよく来てるんだ。」

そう言ってあまっちゃんは頭の後ろで手を組んで見せた。

「そうなのか・・・今回もそれが理由できてるのか?」

「違うよ。この国で誰かと約束してた気がして来たんだ。」

「約束?」

あまっちゃんは頷いた。

「けど、思い出せなくてさ~フラフラしてれば思い出すかもって思ってたけど、全然ダメだね。張騫知ってる?」

俺に聞かれても・・・。

「分からないな~。」

また胸の奥底がチリチリとした。

「忘れるくらいに、たいしたことない約束かもしれないし・・・思い出すまでは、観光を楽しんだ方が良いと思うぞ?なんだったら、家計が苦しくならない程度に案内するし!」

あまっちゃんは楽しそうに笑った。


「允明!珪がまだ帰って来てないんだ!」

張騫の心配そうな声とともに、扉が勢いよく開く音が聞こえてきた。

目を開けて起き上がると、僕と同じようにぐったりした様子でベッドの上に居る珪の姿が見えた。

「い、允明!どこに居るんだ?」

そんな声とともに、診察室の扉が開いた。

「だ、大丈夫なのか?!」

この状況に混乱した様子で張騫は言った。

「そんなに気にすることじゃないよ。湯冷めしちゃって、二人で休んでたんだ。」

窓を見ると、もう外は真っ暗だった。

辺りを見回すと、鴉の姿もなかった。

もう帰っちゃったのか・・・。

「湯冷めって・・・なんでまた・・・。」

珪に向かって手ぬぐいで仰ぎながら張騫は言った。

「あはは。医者なのにそんな臭いはダメだって言われてさ・・・。それで、お風呂に入ったんだ。」

「允明・・・大丈夫なのか?」

複雑な面持ちで張騫が聞いてきた。

「張騫、心配し過ぎ。僕はこう見えて、昔従軍してたからね・・・。これは、その時の名残かな。」

鴉の姿が脳裏に浮かんだ。

窓の外を見ると、もう暗かった。

「もう今日は暗いし、泊っていきなよ。珪が不安がってたし、沢山話をしようよ。」


「今日は久しぶりにみんなで食べれるから嬉しいよ。」

満面の笑みを浮かべながら允明はご飯の並べられた机に座った。

「先生、まだ帰って来ないし・・・。一体、何してるんだか・・・。」

苦笑しながら言った。

突然旅に行ってくると言って、そのままもう一年は帰って来てない。

「あはは。確かにねー。僕としては、知らない兄弟が増えてないか心配だよ。」

そう言う允明の目は笑っていなかった。

「そこは大丈夫な気がするぞ!風邪ひいた時だって、真剣だったし・・・・。」

「うん。仕事だけには誠実なんだ。」

允明は大きくため息を吐いた。

「まあ、珪が知らないのも無理ないけど、昔は酷かったんだよ。允明と朴牧って似てるだろ?」

珪は允明の顔をじっと見つめた。

「言われてみたらって程度だろ。」

「そうだけど・・・允明と街中一緒に歩いてたら、よく朴牧に間違えられて、知らない女性に殴られそうになったり、水かけられたり、目の前で女同士の戦いが始まったりで大変だったんだよ。」

頬を指さしてみせた。

確か、允明をかばって何回か殴られた。

「それで髪型変えた方が良いんじゃないかって、二人で考えたんだけど・・・。なかなかうまくいかなくてさ。」

苦笑しながら言うと允明が不機嫌そうな顔をした。

「最初、スキンヘッド提案されたときはびっくりしたよ。色々試行錯誤して、今の団子頭になったんだ。前髪はうまく入らなくて、いつも中途半端になるのがネックなんだけどね。」

允明は前髪を指さした。

「張騫の案が採用されなくて心底良かったと思うよ。」

微笑しながら珪は言った。

「本当にね。」


朝を知らせるように鳴く鳥の声を聞きながら外に出た。

すると、干しっぱなしの洗濯物に、まだ洗っていない張騫たちの洗濯物を見つけた。

「すっかり忘れてた・・・。」

朝ご飯は張騫が作るし・・・洗濯の続きでもしようかな・・・。

僕とあまっちゃんの服からは、まだあの匂いがした。

「これも、もう一回洗ったら匂い取れるかな・・・。」

冷たい水を桶の中に入れながら呟いた。

「おはよう!!」

洗濯物を中に入れた時、あまっちゃんの声が後ろから聞こえてきた。

「おはようございます。早いですね・・。」

苦笑しながら言うと、あまっちゃんは笑った。

「昨日は介抱したといえ、いろんな後始末させちゃったしね。今日は、お礼も兼ねて手伝いに来たんだよ。」

僕の隣にしゃがみ込んだ。

「気持ちだけ受け取っておきますよ。それよりも、朝ご飯食べていきません?大人数で食べるご飯は格別においしいですからね。」

するとあまっちゃんは嬉しそうな顔をした。

「朝ご飯か・・・楽しみだな!」


10

あの干してあった服・・・嫌な予感がする・・・。

昨日の夕方にでも允明の家にもう一回行けばよかったけど・・・仕事があったし・・・。

今日行こうにも、聖諭の薬をそんなにもらいに行ってもおかしいし・・・。

「鴉、こんな道の真ん中でなに悩んどん?」

能天気な顔をして遊信が話しかけてきた。

「副隊長、気分悪いでしょ。」

「なんなん、藪から棒に・・・。どこも悪くないし。」

遊信の両肩を強く掴んで、じっと顔を睨んだ。

「無理しないでください。部下として、副隊長のことがすごく心配なんです。」

「いや・・・なんともない」

「いーや、熱で変なこと口走ってる時点で、もう駄目ですよ。安静にしておかないと!」

遊信の言葉を遮るように言うと、近くを通りかかった兵士を呼び止めた。

「君、この人が死にそうだから、僕が連れて行くよ。上にはこの人のせいで休むって伝えておいて。」

「ちょ、ちょっとお前!何・・。」

喋るな。

遊信の口を塞いだ。

兵士は驚いた様子で僕たちを見ている。

「返事は?」

「わかりました。」

そう言ったのを確認してから、遊信を無理やり抱きかかえてその場から走り去った。


11

遊信の部屋に押し込んで、扉を閉めたときだった。

「お前・・・人に全部責任押し付けて、なに考えとん?」

口元をひきつらせながら、不機嫌そうに遊信は言った。

「普段サボってばっかりなんだから、こんな時ぐらい僕の役に立ってくださいよ。」

全く・・・この上司は・・・。

「それが人に物を頼む態度か?」

呆れ交じりに遊信は言った。

「副隊長、允明の所に薬もらいに行ってますよね?それ、僕がもらいに行きます。」

遊信をベッドの上に押し込み、動けないように布団で縛った。

「それは別に良いんじゃけど・・・こうする必要あるか?」

ジタバタともがく遊信にため息を吐いた。

「元気にそこら辺を歩かれたら、嘘がバレるじゃないですか。今日一日は、そこに居てください。全て片付けてきます。」

僕は允明の所へ向かった。

「鴉!せめてこれ解いてくれん?!」


12

嫌な予感が当たっていなければいい・・・そう思いながら、允明の家の扉を開けると、赤毛の男が出てきた。

男は笑みを浮かべた。

この男・・・あの服もやっぱり・・・。

「今日取りに来ることになってた遊信だよね。允明から聞いてるよ。」

そう言って紙袋を渡してきた。

「はい、これであってるかな?」

「允明をどこにやった。」

天津の首を右腕で掴んだ。

「な、なんのことかな・・・。」

苦しそうに天津は僕の手を必死に掴んで言った。

「しらばくれても無駄だ。允明に何かしたら、お前を許さない。」

「別に許してもらわなくても良いよ。」

背後から天津の声が聞こえたと思った瞬間、勢いよく背中を蹴り飛ばされた。

確かに天津は僕の手の中に居る。

けど、後ろにも天津が居た。

「允明は急患が出たからそっちに出かけてるだけで、俺はその留守番してるだけだよ。」

手の汚れを取るように、天津は手を鳴らした。

「もう、そんなにすぐカッカしてたら、仕事なんか務まらないよ?」

「これが落ち着いてなんかいられるか!お前の噂は知ってるんだ!」

踏みつけられながら腕に力を入れて、無理やり起き上がった。

天津のお腹を蹴ったが感触がない。

「君には無理だって。」

気がつくと沢山の天津に囲まれていた。

全身に激しい痛みが走ったと同時に、視界が暗くなった。


13

気絶した守護兵を見て、ため息を吐いていると背後に気配を感じた。

「ねえ、俺が言うのもなんだけど、君の部下なんだから・・・観戦してないで助けたりしなよ。」

後ろを振り返ると、蕭紅が立っていた。

「なんで?」

無邪気な笑みを浮かべて蕭紅は床に倒れている鴉の傍に歩み寄った。

「鴉を殴りたいなら、好きなだけどうぞ。俺はこの国に害がないと思えば、寛容だからね。」

清々しいくらいにハッキリした性格だ・・・。

「この愛国主義者・・・・。俺にはそういうの無理だな。」

蕭紅はしゃがみ込んで鴉の頬を突っついている。

「そういうことで、下手な動きはしないでね。」

赤い瞳で不気味な笑みを浮かべながら蕭紅は言った。

「そんなに警戒しなくても、今回は観光で来きてるだけだよ。そうそう、面倒だから鴉にはちゃんと説明しといてね。毎回こんなことされたら、安心できないし。」

鴉を指さしながら言った。

「君がこのままで居てくれるなら。」


14

「あまっちゃん、急に居なくなってごめんな。俺が居ない間大丈夫だったか?」

彼らが居なくなってから数十分後、張騫が帰ってきた。

「何もなかったから大丈夫だよ。それよりも、ここに迷い込んできたおばあちゃんは大丈夫だった?」

張騫は苦笑いをし始めた。

「な、なんとか・・・。家族にも会えたし、もう大丈夫だ。」

「本当に?」

そう聞くと、張騫はため息を吐いた。

「まあ、軽く痴呆があったからな・・・強いて言うなら、家になかなかたどり着かなかったくらいかな。」

疲れ切った様子を見せて、張騫は椅子に座った。

「お疲れさま。」

「あまっちゃんもなんか疲れた顔してるぞ?お茶でも飲むか?」

そう言って張騫は湯呑を取ってきて、お茶を入れた。

「ありがとう。」

お茶を一口飲んだ。

「あ~。五臓六腑に染み渡るよ。」

そう言うと、張騫はクスクスと笑った。

「あまっちゃん、それは言い過ぎだ。まあ、そう言われると入れがいがあるな。」

そろそろ・・・ここもお暇しないといけないな・・・。

「あまっちゃん、何かあったのか?」

心配そうな顔をして張騫が言った。

「なにもないよ?なんで?」

「なんか・・・このまま会えなくなる気がして・・・。」

そういうことか。

「何言ってんの!まだ約束も思い出してないのに、どこにも行かないよ。」

懐から一枚の紙を取り出した。

「まあ、寂しい時はここに来なよ。この国に居る間はここによく居るからさ。」

渡した紙を張騫は眉間に皺寄せながら凝視した。

「どうしたの?」

そんな変なことでも書いてたかな?

「あまっちゃん・・・俺、文字読めないんだ。」

「あーなるほどね。」

口で店長の店を説明した。

「ごめんけど、急に用事思い出しちゃったから、俺はもう行くね。允明が帰ってきたら、その薬渡せなかったから、絶対に届けてって伝えて。」

ごちそうさまと言って、俺はこの家を出た。


15

聖諭が仕事で忙しい時、空がきれいに見えるお気に入りの場所で過ごしている。

一人で手足を伸ばしきって横になるのが好きだった。

なのに・・・。

允明は毎日似のように現れた。

この国の言葉が分からなかった僕のためなのか、身振り手振りで色々話しかけてきた。

初めはうっとうしくて、無視していた。

そうとしか思ってなかったけど、彼が突然来なくなってそうじゃなかったんだって、気づかされた。

数日、数週間経っても、允明が来ない。

「なんで来ないんだ・・・。」

呟いたとき、允明の声が聞こえてきた。

後ろを振り返ると、服の袖から包帯や体のあちこちに怪我が見えた。

何を喋っていたか、その時は分からなかった。

けど、僕を見て嬉しそうな顔をしながら允明が抱きしめ返したのは覚えている。

「鴉!」

なんで允明の声が・・・。

「允明・・・なんで?」

目を開けると、心配そうな允明の顔が見えた。

「良かった・・。」

胸を撫でおろすように安心した顔で允明は言った。

「遊信に薬届けたら、鴉がここで倒れてるって聞いて来たんだよ。」

副隊長が・・・。

あの人がなにも言わないなら・・・大丈夫なのか?

「僕は大丈夫だよ。それよりも允明・・・心配ばっかりかけさせないでよ・・・。」

そう言いながら、うろたえている允明を強く抱きしめた。

「か、鴉?なんのこと?」

「允明は知らなくても良いよ。」

さらに強く抱きしめた。

「そう言われると、余計に気になるよ・・・。」


16

「あまっちゃん、飲み過ぎよ!」

店長は酒瓶を抱きかかえながら言った。

「今日ぐらい許してよ~。」

空になった酒瓶を抱きしめると、ヒンヤリとして気持ちよかった。

「なにかあったの?」

しゃっくりが出てきた。

「いじめっこにいじめられて、しょ気てるんだよ~。店長、慰めてよ~。」

「あら、そうなの?じゃあ、もうこの国から出ちゃうの?良い金ヅルだったのに~。」

店長は大きくため息を吐きながら言った。

「酷い言いようだな!この店も、面白い人も居るから、まだまだここに居るよ!」

店長はクスリと笑った。

「あら、それは良かったわ。これ、この店で一番高いやつよ。」

そう言って、空になったコップにお酒を注いだ。

「これ、店長の奢り?」

「まさか!」

満面の笑みを浮かべて店長は言った。

「もう、そんな強引な所も好きだよ!」

お酒で乾いた喉を潤した。

「そう言えば店長、今日は化粧に気合が入ってるけどどうしたの?」

すると、店長は頬を赤く染めながら笑みを浮かべた。

「これからデートよ。デート。」

「デート!これはめでたいね!」

激しく手を叩いて店長を祝福した。

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