第4話「周りの思い」
1
頭が重い・・・。
体中が熱くて、だるくて・・・節々が痛い・・・。
呆然と部屋の天井を見ていると、珪の顔が見えた。
風邪でも引いたか・・・。
こいつにうつすわけにいかない・・・。
ゆっくりと起き上がって、入り口を指さした。
「風邪ひいたみたいだから、部屋から出ていけ。」
すると珪は顔を顰めて、俺の額に手を当てて、無理やり押し倒した。
布団に沈み込んだ瞬間、雑に布団をかぶせられた。
「そんなに気張らなくても、僕に任せておけば大丈夫だ。」
そう言って、珪は素早く着替えて部屋から出て行った。
あれ・・・あいつ・・・あんなに頼もしかったけ・・・。
そんなことを考えながら、夢の中に沈み込んだ。
2
「おはよう。」
部屋から出ると、劉さんがでかける支度をしていた。
机の上には朝ご飯が置かれていて、いい匂いがする。
「劉さん、おはよう。」
「あれ、珠玉はまだ寝てるのかい?」
奥の部屋に視線を向けて劉さんは言った。
「熱出して気だるそうにしていたので、出てこないように言っておきました。」
「あはは。ありがとう。珠玉は昔から、無理するところがあるから、それは助かるよ。」
微笑みながら劉さんは言った。
「酷い風邪だったら、医者を呼ばないといけないから、私が少し様子見てくるよ。珪君、先に朝ご飯食べてていいよ。」
そう言うと、劉さんは珠玉が居る部屋へと向かった。
並べられたご飯の前に座った。
いつもと変わらない食卓なのに・・・なぜか寂しく感じた。
口にご飯を運んだ時、僕は初めて一人でご飯を食べたことに気が付いた。
3
部屋の扉が開く音がした。
目を開けると、じいちゃんが心配そうな顔をしているのが見えた。
「吐き気はないかい?」
それに首を左右に振って答えた。
それでもじいちゃんの顔から不安は消えなかった。
「全く・・・まだ寒い時期なんだから、夜の散歩は控えないと駄目だよ。出るならちゃんと、厚着してからにしなさい。」
俺の額に手を当てながらじいちゃんは言った。
さすがじいちゃん・・・。
答える力が無くて、苦笑いをした。
じいちゃんは苦笑いをした。
「一応、今から先生呼びに行くから、大人しく寝てなさい。もし、何かあったら珪君にこれを渡しておくから、ちゃんと呼ぶんだよ。」
じいちゃんは懐からお守り袋を取り出して見せた。
頷いて答えると、じいちゃんは部屋を出た。
4
「珪君、お願いしても良いかな?」
ご飯を食べていると、劉さんがお守りを手渡してきた。
「これは?」
僕の両掌くらいの赤い袋をじっと見つめた。
「これは持ち主の体を守ってくれるお守りなんだ。ああ見えて珠玉、寂しがり屋なんだ。」
劉さんは顔に笑みを浮かべた。
「小さい頃もよく熱を出してね・・・。その時も一人になるのが嫌だってよく泣いて、私と一緒に居たいって言ってたけど・・・なかなか、仕事が休めなくてね。代わりに、張騫がべったり世話してたんだ。これは、その時に使ってたお守りだよ。」
あいつ・・・あんなに人のことを弱虫って言ってたくせに・・・。
人のこと言えないくらい、甘ったれじゃないか・・・。
笑いをこらえるのに必死だった。
「これさえあれば、風邪がうつることはないからね。もし、嫌じゃなければお願いできるかな?」
僕の両手を包み込むように、劉さんは握った。
「僕に任せてください。」
あいつが寂しがりやなら仕方がないことなんだ。
大きく手を振って、僕は劉さんを見送った。
5
人影がぼんやりと見えた。
目を凝らすと、床でご飯を食べている張騫の姿が見えた。
「じいちゃんは・・・。」
なんで風邪を引くといつもこいつなんだ・・・。
そんな不満を持ちつつ言うと、張騫はご飯を飲み込んだ。
「仕事に行ったよ。それよりも、紺!ちゃんと寝てないと駄目だろ。」
手に持っていた食器を床に置いてから、張騫は俺の布団を整えた。
「じゃあなんで、ここでご飯食べてるんだよ。匂いがきつくて、気分悪いんだけど・・・。」
ご飯を受け付けない胃から、何かが込み上げてくる・・・。
張騫は苦笑いをして、ベッドに膝をのせて、窓を開けた。
寒い・・・閉めろ。
「ちょうど良いだろ?そんな質の悪そうな菌を部屋にため込んどくより、少しは喚起した方が良いはずだ。」
そう言いながら、張騫は俺にもう一枚布団をかけた。
「張騫・・・。」
「なんだ?」
食べ終わった皿を重ねながら張騫は言った。
「馬鹿だから張騫は風邪引かないのか?」
すると口元をひきつらせた。
「そんなわけあるか!これがあるから、お前のがうつることは無いんだよ。」
首から下げている、赤くて小さなお守りを指でつまんで見せた。
そうじゃない。
「そんなツンツンしたことばっかり考えてないで、大人しくしてろ。それとも、添い寝して欲しいほど寂しいのか?」
意地悪な笑みを浮かべて言う張騫に腹が立った。
「夢見が悪くなる。」
布団の中に潜りこんで目を閉じた。
なのに、ご飯の匂いがまだ鼻孔をくすぐった。
6
「じいちゃん・・・?」
床に置いたご飯を食べていると、床に敷いた布団で眠っている珠玉の声が聞こえてきた。
珠玉の顔を見ると、顔が赤くて虚ろな目をしていた。
「劉さんは今医者を呼んでて、僕が代わりに留守番してる。」
持っていた箸をお盆の上にのせてから言うと、クスリと笑われた。
「お前が寂しくないように、傍に居るだけなんだから。」
一人でご飯を食べるのが味気なかっただけじゃない。
「お守りはちゃんと持ってるんだろうな?」
首から下げていたお守りをつまんで見せた。
「そっか・・・。」
それを見ると安心したように珠玉は目を閉じて、布団から手を出した。
その手を握ると暖かかった。
「寂しのか?」
すると珠玉はまた目を開けて、僕の顔を見た。
「懐かしい夢を見たんだ。お前みたいなことする奴の・・・。」
もう一度目を閉じた。
「今握ったって・・・過去は戻らないのにな・・・。」
「お前の兄貴みたいな人のことか?」
聞いてみたが、静かに寝息を立てたまま珠玉は寝てしまった。
7
「紺、風邪ひいたって聞いて看病しに来たよ!」
突然、茶髪で一つ結びの白衣を着た男が部屋に入ってきた。
大きな風呂敷を背負っているのが見えた。
なんだ、こいつ・・・。
じっと見ていると、男は微笑んだ。
「君も元気になって良かった。」
何故か男は僕を知っている様子だった。
「君とこうやって会うのは初めてだったね。僕の名前は朴牧。医者をしてるんだ。」
そう言いながら朴牧は僕を思いっきり抱きしめた。
「前に会ったっていうのは、紺が気絶してる君を僕の家に連れてきたことがあったからだよ。」
頬すりをされた瞬間、朴牧の言葉が理解できなくなった。
いきなり気持ち悪い・・・。
全身に鳥肌が立った。
「朴牧・・・やめろ。」
低い声で珠玉が朴牧を睨んでいる姿が見えた。
「もう、そんなに怒らなくても良いだろ?過ぎたことなんだし・・・。」
口を尖らせながら朴牧は言った。
「僕が悪かったよ。ちゃんと診察するから、見せて。」
ため息交じりに朴牧は言いつつ、僕を解放した。
珠玉の顔をじっと見つめたと思ったら、朴牧は視線を僕の方に移した。
さっきみたいなことをする気か?
いつでも逃げられる体制をとったその時だった。
「大丈夫、あのことはもう話してる。」
珠玉が両目のコンタクトを取りながら言った。
朴牧は大きく目を見開き、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「僕としては、隠さない方が魅力的だと思うけどね。」
すると珠玉は苦笑した。
「無茶なことを言うな・・・。」
8
「先生、珠玉はどうでしたか?」
机の上にお茶を用意しながら劉さんは言った。
「ここ最近、なれないことばっかりしてたから、その疲れが今来たんだろうね。薬飲んで寝てれば良くなるよ。」
椅子に座って、お茶を一口飲んだ。
劉さんは苦笑した。
「良かった・・・。」
安心した表情を見て、胸をなでおろした。
「あの子のおかげで、紺もだいぶ変わったね。」
劉さんは頷いた。
「本当によく笑うようになったんですよ。毎日、あの子と居るのが楽しいみたいで、安心しましたよ。」
お茶を一口飲んだ。
「僕も最近会った時の紺は、危なすぎるって思ってたんだ。いつ、消えても良いみたいに思えてたからさ・・・。」
珪を連れてきて紺を抱きしめた時、あの心の脆さに驚いた。
何かのきっかけがあれば、簡単に崩れてしまいそうな心を感じた。
「これでも一児の親だったからね・・・。子供が居なくなるのは、とても辛いことだから・・・せめて、紺には元気に居て欲しいんだ。だから、あの子の面倒任せちゃった。」
子供を縛るのは、コントロールをするみたいで好きじゃない。
けど、嫌な道には入って欲しくない。
その境界線はあいまいで、指南役はとても難しく・・・僕はいつもそれに悩んでいる。
「先生・・・何が正しいかなんて誰にも分からないんですよ。けど、珠玉が今楽しそうにしているので、私はありがとうって思います。」
劉さんと話をすると、いつも心が軽くなる・・・。
「お礼を言うのは僕の方だよ。劉さん、ありがとう。」
9
さっきまで苦しそうにしていたのに・・・普通に寝てるみたいだ・・・。
静かに寝息を立てている珠玉の顔をじっと見つめた。
僕の手を握っていた手は、今は床の上に力なく置かれている。
その手の平を人差し指で触った。
反応はない。
顔に視線を向けると、消えかけの傷跡が無数に見えた。
こんな傷、見たことがない。
「お前・・・今まで何やってきたんだよ・・・。」
珠玉の唸る声が聞こえた。
いつの間にか珠玉の手を強く握っていることに気が付き、急いで手を離した。
「わ、悪い・・・。起こすつもりはなかったんだ・・・。」
そう言うと珠玉は、夕日の差し込む窓に視線を向けた。
「だいぶ寝てたみたいだな・・・。」
そう言うと、起き上がって背伸びをした。
「何してたって、今まで寝てただけだ。」
伸び終わると、僕の方を見て言った。
「そ、そんなの見てれば分かる!それより、体調はどうなんだ?」
いつもと変わらない表情をして、珠玉はため息を吐いた。
「まだ、本調子とは言えないけど、おかげさまでだいぶ良くなった。」
それを聞いて安心した。
「寂しかったのか?」
意地悪そうな笑みを浮かべて珠玉は言った。
「そんなわけあるか!寂しかったのは、むしろお前じゃないのか?僕の手を握って寝てたくらいだし・・・。」
噛みつくように言うと、珠玉は僕が握っていた手を見つめた。
「寂しかったんだな・・・。」
そう言って握りこぶしを胸の前に作って見つめ始めた。
言い返されると思っていたから、その行動が予想外だった。
「何がそんなに寂しいんだ?」
すると珠玉は布団の上に横になった。
「お前には関係ない。」
そして布団を深くかぶって、出てこなくなった。
もしかしてこれは照れ隠しなのか?
「お前・・・ずっと一緒に居てやるって言ってたけど、僕が居てやった方が良いんじゃないのか?」
布団をつつきながら言った。
「うるさい・・・。」
その返答に笑いが込み上げてきた。
「お前がそんなのだったら、僕が傍に居てやるんだからな。これで寂しくないだろ?」
布団の上に被さるようにのしかかって言った。
そして僕は簀巻きにされ、珠玉は僕の使っていた布団を被って隣で寝た。
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