第4話「周りの思い」

頭が重い・・・。

体中が熱くて、だるくて・・・節々が痛い・・・。

呆然と部屋の天井を見ていると、珪の顔が見えた。

風邪でも引いたか・・・。

こいつにうつすわけにいかない・・・。

ゆっくりと起き上がって、入り口を指さした。

「風邪ひいたみたいだから、部屋から出ていけ。」

すると珪は顔を顰めて、俺の額に手を当てて、無理やり押し倒した。

布団に沈み込んだ瞬間、雑に布団をかぶせられた。

「そんなに気張らなくても、僕に任せておけば大丈夫だ。」

そう言って、珪は素早く着替えて部屋から出て行った。

あれ・・・あいつ・・・あんなに頼もしかったけ・・・。

そんなことを考えながら、夢の中に沈み込んだ。


「おはよう。」

部屋から出ると、劉さんがでかける支度をしていた。

机の上には朝ご飯が置かれていて、いい匂いがする。

「劉さん、おはよう。」

「あれ、珠玉はまだ寝てるのかい?」

奥の部屋に視線を向けて劉さんは言った。

「熱出して気だるそうにしていたので、出てこないように言っておきました。」

「あはは。ありがとう。珠玉は昔から、無理するところがあるから、それは助かるよ。」

微笑みながら劉さんは言った。

「酷い風邪だったら、医者を呼ばないといけないから、私が少し様子見てくるよ。珪君、先に朝ご飯食べてていいよ。」

そう言うと、劉さんは珠玉が居る部屋へと向かった。

並べられたご飯の前に座った。

いつもと変わらない食卓なのに・・・なぜか寂しく感じた。

口にご飯を運んだ時、僕は初めて一人でご飯を食べたことに気が付いた。


部屋の扉が開く音がした。

目を開けると、じいちゃんが心配そうな顔をしているのが見えた。

「吐き気はないかい?」

それに首を左右に振って答えた。

それでもじいちゃんの顔から不安は消えなかった。

「全く・・・まだ寒い時期なんだから、夜の散歩は控えないと駄目だよ。出るならちゃんと、厚着してからにしなさい。」

俺の額に手を当てながらじいちゃんは言った。

さすがじいちゃん・・・。

答える力が無くて、苦笑いをした。

じいちゃんは苦笑いをした。

「一応、今から先生呼びに行くから、大人しく寝てなさい。もし、何かあったら珪君にこれを渡しておくから、ちゃんと呼ぶんだよ。」

じいちゃんは懐からお守り袋を取り出して見せた。

頷いて答えると、じいちゃんは部屋を出た。


「珪君、お願いしても良いかな?」

ご飯を食べていると、劉さんがお守りを手渡してきた。

「これは?」

僕の両掌くらいの赤い袋をじっと見つめた。

「これは持ち主の体を守ってくれるお守りなんだ。ああ見えて珠玉、寂しがり屋なんだ。」

劉さんは顔に笑みを浮かべた。

「小さい頃もよく熱を出してね・・・。その時も一人になるのが嫌だってよく泣いて、私と一緒に居たいって言ってたけど・・・なかなか、仕事が休めなくてね。代わりに、張騫がべったり世話してたんだ。これは、その時に使ってたお守りだよ。」

あいつ・・・あんなに人のことを弱虫って言ってたくせに・・・。

人のこと言えないくらい、甘ったれじゃないか・・・。

笑いをこらえるのに必死だった。

「これさえあれば、風邪がうつることはないからね。もし、嫌じゃなければお願いできるかな?」

僕の両手を包み込むように、劉さんは握った。

「僕に任せてください。」

あいつが寂しがりやなら仕方がないことなんだ。

大きく手を振って、僕は劉さんを見送った。


人影がぼんやりと見えた。

目を凝らすと、床でご飯を食べている張騫の姿が見えた。

「じいちゃんは・・・。」

なんで風邪を引くといつもこいつなんだ・・・。

そんな不満を持ちつつ言うと、張騫はご飯を飲み込んだ。

「仕事に行ったよ。それよりも、紺!ちゃんと寝てないと駄目だろ。」

手に持っていた食器を床に置いてから、張騫は俺の布団を整えた。

「じゃあなんで、ここでご飯食べてるんだよ。匂いがきつくて、気分悪いんだけど・・・。」

ご飯を受け付けない胃から、何かが込み上げてくる・・・。

張騫は苦笑いをして、ベッドに膝をのせて、窓を開けた。

寒い・・・閉めろ。

「ちょうど良いだろ?そんな質の悪そうな菌を部屋にため込んどくより、少しは喚起した方が良いはずだ。」

そう言いながら、張騫は俺にもう一枚布団をかけた。

「張騫・・・。」

「なんだ?」

食べ終わった皿を重ねながら張騫は言った。

「馬鹿だから張騫は風邪引かないのか?」

すると口元をひきつらせた。

「そんなわけあるか!これがあるから、お前のがうつることは無いんだよ。」

首から下げている、赤くて小さなお守りを指でつまんで見せた。

そうじゃない。

「そんなツンツンしたことばっかり考えてないで、大人しくしてろ。それとも、添い寝して欲しいほど寂しいのか?」

意地悪な笑みを浮かべて言う張騫に腹が立った。

「夢見が悪くなる。」

布団の中に潜りこんで目を閉じた。

なのに、ご飯の匂いがまだ鼻孔をくすぐった。


「じいちゃん・・・?」

床に置いたご飯を食べていると、床に敷いた布団で眠っている珠玉の声が聞こえてきた。

珠玉の顔を見ると、顔が赤くて虚ろな目をしていた。

「劉さんは今医者を呼んでて、僕が代わりに留守番してる。」

持っていた箸をお盆の上にのせてから言うと、クスリと笑われた。

「お前が寂しくないように、傍に居るだけなんだから。」

一人でご飯を食べるのが味気なかっただけじゃない。

「お守りはちゃんと持ってるんだろうな?」

首から下げていたお守りをつまんで見せた。

「そっか・・・。」

それを見ると安心したように珠玉は目を閉じて、布団から手を出した。

その手を握ると暖かかった。

「寂しのか?」

すると珠玉はまた目を開けて、僕の顔を見た。

「懐かしい夢を見たんだ。お前みたいなことする奴の・・・。」

もう一度目を閉じた。

「今握ったって・・・過去は戻らないのにな・・・。」

「お前の兄貴みたいな人のことか?」

聞いてみたが、静かに寝息を立てたまま珠玉は寝てしまった。


「紺、風邪ひいたって聞いて看病しに来たよ!」

突然、茶髪で一つ結びの白衣を着た男が部屋に入ってきた。

大きな風呂敷を背負っているのが見えた。

なんだ、こいつ・・・。

じっと見ていると、男は微笑んだ。

「君も元気になって良かった。」

何故か男は僕を知っている様子だった。

「君とこうやって会うのは初めてだったね。僕の名前は朴牧。医者をしてるんだ。」

そう言いながら朴牧は僕を思いっきり抱きしめた。

「前に会ったっていうのは、紺が気絶してる君を僕の家に連れてきたことがあったからだよ。」

頬すりをされた瞬間、朴牧の言葉が理解できなくなった。

いきなり気持ち悪い・・・。

全身に鳥肌が立った。

「朴牧・・・やめろ。」

低い声で珠玉が朴牧を睨んでいる姿が見えた。

「もう、そんなに怒らなくても良いだろ?過ぎたことなんだし・・・。」

口を尖らせながら朴牧は言った。

「僕が悪かったよ。ちゃんと診察するから、見せて。」

ため息交じりに朴牧は言いつつ、僕を解放した。

珠玉の顔をじっと見つめたと思ったら、朴牧は視線を僕の方に移した。

さっきみたいなことをする気か?

いつでも逃げられる体制をとったその時だった。

「大丈夫、あのことはもう話してる。」

珠玉が両目のコンタクトを取りながら言った。

朴牧は大きく目を見開き、嬉しそうに笑みを浮かべた。

「僕としては、隠さない方が魅力的だと思うけどね。」

すると珠玉は苦笑した。

「無茶なことを言うな・・・。」


「先生、珠玉はどうでしたか?」

机の上にお茶を用意しながら劉さんは言った。

「ここ最近、なれないことばっかりしてたから、その疲れが今来たんだろうね。薬飲んで寝てれば良くなるよ。」

椅子に座って、お茶を一口飲んだ。

劉さんは苦笑した。

「良かった・・・。」

安心した表情を見て、胸をなでおろした。

「あの子のおかげで、紺もだいぶ変わったね。」

劉さんは頷いた。

「本当によく笑うようになったんですよ。毎日、あの子と居るのが楽しいみたいで、安心しましたよ。」

お茶を一口飲んだ。

「僕も最近会った時の紺は、危なすぎるって思ってたんだ。いつ、消えても良いみたいに思えてたからさ・・・。」

珪を連れてきて紺を抱きしめた時、あの心の脆さに驚いた。

何かのきっかけがあれば、簡単に崩れてしまいそうな心を感じた。

「これでも一児の親だったからね・・・。子供が居なくなるのは、とても辛いことだから・・・せめて、紺には元気に居て欲しいんだ。だから、あの子の面倒任せちゃった。」

子供を縛るのは、コントロールをするみたいで好きじゃない。

けど、嫌な道には入って欲しくない。

その境界線はあいまいで、指南役はとても難しく・・・僕はいつもそれに悩んでいる。

「先生・・・何が正しいかなんて誰にも分からないんですよ。けど、珠玉が今楽しそうにしているので、私はありがとうって思います。」

劉さんと話をすると、いつも心が軽くなる・・・。

「お礼を言うのは僕の方だよ。劉さん、ありがとう。」


さっきまで苦しそうにしていたのに・・・普通に寝てるみたいだ・・・。

静かに寝息を立てている珠玉の顔をじっと見つめた。

僕の手を握っていた手は、今は床の上に力なく置かれている。

その手の平を人差し指で触った。

反応はない。

顔に視線を向けると、消えかけの傷跡が無数に見えた。

こんな傷、見たことがない。

「お前・・・今まで何やってきたんだよ・・・。」

珠玉の唸る声が聞こえた。

いつの間にか珠玉の手を強く握っていることに気が付き、急いで手を離した。

「わ、悪い・・・。起こすつもりはなかったんだ・・・。」

そう言うと珠玉は、夕日の差し込む窓に視線を向けた。

「だいぶ寝てたみたいだな・・・。」

そう言うと、起き上がって背伸びをした。

「何してたって、今まで寝てただけだ。」

伸び終わると、僕の方を見て言った。

「そ、そんなの見てれば分かる!それより、体調はどうなんだ?」

いつもと変わらない表情をして、珠玉はため息を吐いた。

「まだ、本調子とは言えないけど、おかげさまでだいぶ良くなった。」

それを聞いて安心した。

「寂しかったのか?」

意地悪そうな笑みを浮かべて珠玉は言った。

「そんなわけあるか!寂しかったのは、むしろお前じゃないのか?僕の手を握って寝てたくらいだし・・・。」

噛みつくように言うと、珠玉は僕が握っていた手を見つめた。

「寂しかったんだな・・・。」

そう言って握りこぶしを胸の前に作って見つめ始めた。

言い返されると思っていたから、その行動が予想外だった。

「何がそんなに寂しいんだ?」

すると珠玉は布団の上に横になった。

「お前には関係ない。」

そして布団を深くかぶって、出てこなくなった。

もしかしてこれは照れ隠しなのか?

「お前・・・ずっと一緒に居てやるって言ってたけど、僕が居てやった方が良いんじゃないのか?」

布団をつつきながら言った。

「うるさい・・・。」

その返答に笑いが込み上げてきた。

「お前がそんなのだったら、僕が傍に居てやるんだからな。これで寂しくないだろ?」

布団の上に被さるようにのしかかって言った。

そして僕は簀巻きにされ、珠玉は僕の使っていた布団を被って隣で寝た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る