第3話 「隠しごと」

「あれはなんだ?」

露店に出ている白い液体を指さした。

「あれは前に使ってた札の材料だ。力を込める前に触ると、半日寝込むことになる。」

あれはそんなに怖いものだったのか・・・・。

そう思うと、伸ばした手が自然に引っ込んだ。

「あれは?」

男が線香を持って、手招きしている姿があった。

「物好きが時間を浪費する場所。お前は絶対に近寄るなよ。」

意味は分からなかったが、珠玉がそう言うなら、ろくでもない物だろう・・・。

朝ご飯を食べた後、珠玉に促されるままについていくと、こんな怪しげな通りに連れてこられた。

「なあ、お前は何がしたいんだ?」

ため息交じりに、薄暗い路地を曲がる珠玉の背中に問いかけた。

「見てれば分かる。」

この状況に理解できてないのに、何を言ってるんだ?

珠玉は路地の真ん中で立ち止まった。

そして、両目を両手で覆った。

「允升・・・。」

珠玉が呟いた瞬間、男のすすり泣く声が辺りに響いた。

な、なんだ・・・・この怖いの・・・。

幽霊か?

辺りを見回すが、人の姿は何処にもない。

「もう・・・会えないかと思った・・・。」

路地の奥の暗い場所から、こちらに向かって歩いてくる人影が見えた。

「まだ、ここに居て良かった。」

両手を目から離して、珠玉は白い服を着た茶髪の男に言った。


言いたい言葉が・・・奥歯を強く噛みしめているせいで、なかなか出てこない。

久しぶりに見る允升は、最後に会ったときと変わらない表情をしている。

うすうすだが、允升は俺のしたいことに気がついてるはずだ・・・。

覚悟を決めてきたはずなのに、現実はどうも口が重い。

「どんな理由でも、会いに来てくれて嬉しいよ。」

その言葉を聞いて縋りたくなったが、あいつのためにそれはできない。

「だから・・・もう一度会いたいと思えたんだな。」

深呼吸をしてから、もう一度允升の顔を見た。

「頭の良いお前なら俺がなんでここに来たか、見当がついてるだろ?」

允升はゆっくりと辺りを見渡して、ため息を吐いた。

「遊信を殴りに行けば良いのか?それとも、クーデターでも起こしに行けば良いのか?」

不安そうな珪に視線を少しだけ向けて、允升の顔を見た。

「遊信は俺が殴るし、クーデターはリスクが高すぎる。噂を流すだけで良い。」

允升は不満な顔をした。

「内容は・・・アレで十分だけど・・・・珠玉、二つ条件がある。」

真剣に俺の顔を見る允升の姿に固唾を飲み込んだ。

「一つ目は、結婚してください。」

け、結婚・・・。

「気持ちはありがたいが・・・・そんなこと・・・お前と、なんて考えたことがない・・。」

突然のことに、全身の体温が急上昇し、頭の中が真っ白になった。

「それに、なんで俺なんだ?お前を利用して、自分勝手に捨てて・・・。」

「珠玉のそういう所も含めて、好きなんだ。」

緑色の瞳を見ていられなくなって、視線を逸らした。

「お前を幸せにすることなんて・・・俺にはできない・・・。お前・・・俺の目のこと、知ってるだろ?」

あれ・・・呼吸ってどうするんだったけ・・・・。

「ああ。何年お前と一緒に組んできたと思ってるんだ。それもひっくるめて、一緒に居たいんだ。」

い、允升・・・。

「急にそんなことを言われても・・・簡単には切り替えられない。お前をそういう風に見てなかったから・・・。」

允升の顔がまともに見れない。

「分かった。ゆっくり、距離を縮めていこう。それで、二つ目は俺の子供を産んでください。」

さっきまでの気持ちが急になくなった。

「允升・・・俺は男でお前もそうだろ。生物学上無理だ。」

すると、懐から一枚の札を取り出してきた。

「俺、珠玉と会うまでずっと一人だったから、家族が欲しかったんだ。これさえあれば、子供くらい何とかなる。」

女と書かれた札を取り出して言った。

「允升!子供が居なくても幸せな家庭はあるだろ?俺は、二人の時間を大切にする方が好きだ。」

押し倒そうとしてくる允升の両腕を掴んで叫んだ。

「分かった。それなら。少しの間、抱きしめさせてくれ。」

泣きそうな顔で允升は言った。

全身の力を抜いて、允升ごとゆっくり地面に座り込んだ。

允升は体を震わせながら、強く俺を抱きしめて泣いた。

あの日からずっと我慢していたのだろう・・・。

俺はこういうのに・・・本当に弱いな・・・。


允升と別れてから、珠玉の百面相が激しい。

呆然としているかと思えば、急に顔を赤くしたり、悲しそうな顔をしたりと忙しそうだ。

そんな様子を隣で見ていると、この気持ちのままじゃ家に帰れないと珠玉は言った。

それで今僕たちは二人きりで、森の中に流れている川をじっと眺めている。

僕も複雑な気分だ。

目の前で、今まで知らなかった世界を見せつけられたんだから・・・。

「お前・・・男が好きだったのか?」

すると、珠玉は首を横に振った。

「そうじゃない。告白されたのが初めてだったから・・・気が動転してるだけだ。」

頬を赤く染めながら言った。

でも、あれはどう見てもその気があるとしか思えなかった。

すると珠玉は唇を尖らせて、僕の方に顔を向けた。

「俺だって、結婚するなら異性の方が良い。けど、真剣な気持ちに対して、それを理由に断るのは、踏みにじるような気がして嫌なんだ。相手をちゃんと見てから、判断するのが誠意だと俺は思うんだ。」

そう言って、珠玉は川に指先をつけた。

相手をちゃんと見て判断する・・・。

珠玉の顔をじっと見つめると、それに気づかれて苦笑いをされた。

「急になんだ?」

照れくさいのか、頬を少し赤く染めている。

「珠玉・・・。男で身長高くて、一つ結びでいつも蜂みたいな恰好してる。」

珠玉は首を傾げた。

「少し抜けてて、何考えてるか分からない奴・・・。」

「何が言いたいんだ?」

急に珠玉の表情が、今まで見たことのない冷たいものに変わった。

微かに威圧感を覚えた。

「あの会話の時、そんなことを思うお前は、なんで允升を遠ざけようとしてたんだ?拒絶してるなら分かるが、お前も少なからず好意はあったんだろ?」

触れてはいけないことは分かる。

けど、これから一緒に行動していく中で、これを見過ごしてはいけない気がした。

「急だったから、気持ちの整理ができなかっただけだ。あんなの、すぐに答えを出せるわけがないだろ。」

こんな質問じゃあ、煙に巻かれてしまう。

僕が知りたいのはそういう事じゃない。

その威圧感の正体だ。

「違う。もっと別の気持ちがあったように見えた。それが何なのか、知りたい。」

珠玉はじっと僕の顔を見つめた。

「それは本能なのか?」

さっきまでの雰囲気が嘘のように、珠玉は苦笑した。

言っている意味が分からず、首を傾げた。

「まあ、いずれ分かることだし・・・隠しても仕方がないよな・・・。」

そう言うと、懐から隔離と書かれた札を取り出して、上に向かって投げた。

札から薄暗いガラスのような幕が出て、僕たちを取り囲んだ。

「な、なにをする気だ?」

「何って・・・知りたかったんだろ・・・。」

口元に笑みを浮かべる珠玉に薄気味悪さを感じた。


天津の言葉が脳裏に浮かぶ。

これを見越して、あいつは楽しそうにしていたのだろうか・・・。

まあ、あいつが望む展開には絶対にさせないが・・・。

「お前も知ってるだろ。この世界の力の基準を・・・。」

自分の目を指さしながら言った。

「ああ。僕みたいな赤い目は、月が出てる時だけ力が使えない。お前みたいな緑はいつでも使える・・・・そのくらいには・・。」

それに頷いた。

「目の色は他にもあるんだ。黄色は緑よりも力が強い。青は式神の印。それで・・・。」

そう言いながら俺はコンタクトを取った。

珪は大きく目を見開いて驚いた。

「俺みたいな黒い目には、なんの力もない。」

「何も力が無いにしても・・・それはそこまでして隠すものなのか?」

その顔に苦い笑みを浮かべた。

「ああ。この国の決まりで、俺みたいなのは死なないといけない。もちろん、俺にかかわった奴も全部・・・。」

「な、なんで・・・。」

「さあ。俺が生まれる前に決まってたことだから、分からない。下手に動けば、じいちゃんもただでは済まないだろうな・・・。」

あいつが俺の前から消えたように。

コンタクトをつけなおして、珪の方を見た。

「これが允升と一緒に居たくない理由。」

それと同時に結界を解いた。

「お前は・・・・辛くないのか?」

何故か泣きそうな顔をして珪は言った。

「お前が泣く必要はないだろ。知られなければ、何もなかったのと同じだ。」

じっと珪が見つめてくる。

それにため息を吐いた。

「辛くないと言えば、嘘になる。けど、お前と会ってから楽しいと思えたのは事実だ。」

珪の頭を軽く撫でた。

「そろそろ帰ろう。」


木の上で、夜風を心地よく感じながら、雲一つない空を見つめていると、何かが反対の枝に止まった。

「珍しいな。お前が来るのって・・・」

ゆっくりと起き上がり、後ろを振り向いて、その姿を見た途端、心臓が止まるかと思った。

「簡単に人を見捨てるあなたが、国を守るなんてできませんよ。」

あの日と同じように、頭から血を流してボロボロな姿をした允明がそこに立っていた。

允明は死んでいる。

頭で理解できていても、これは堪える。

允明がゆっくりと近寄ってくる。

「部下の僕でさえ、救えないんですから。」

「ほんま・・・胸糞悪いな!」

勢いよく、お腹を蹴り飛ばすと、允明は木の幹に勢いよく体を打ち付けた。

「珠玉かと思ったら、お前か・・・。允升。」

「バレるの・・早いな・・・。」

激しくむせながら允升は、允明の姿のまま言った。

「お前、珠玉がおらんとなんもできんはずじゃ・・・。」

そこまで言って、ありえないと思っていたことが起きていることを確信した。

「珠玉の奴も変わったんじゃな・・・。絶対にお前なんか頼らんと思っとったんじゃけど・・・。」

息を整えながら、允升を睨んだ。

「遊信・・・お前が珠玉を勝手に巻き込んだのが許せないから来た。でも、珠玉が俺を頼ってくれたから、この姿で殴るだけで済ましてやる。」

本当にこいつ・・・頭おかしいな・・・。

「その前に、お前は珠玉と何の話をしたんだ?」

そう言いながら、袖口からナイフを出してきた。

「子守を頼んだだけじゃけど?あいつ、天津から離れたから暇じゃろうし、なんかあっても今みたいに対処できるけん、安全じゃろ?」

「天津から離れた?なんで・・・。」

不思議そうな顔をして、胸蔵を掴まれた。

「もしかして・・・・手がかりでも見つけて、いらなくなったから?あの子供の面倒見てるのは・・・こいつのせいで・・・。」

何かを考え込む様子を見せた。

「なあ、手がかりって・・・珠玉は何を見つけたと思う。」

急に突拍子もないことを・・・。

「そんなん、一番近くに居ったお前が知っとるんじゃないんか?第一、俺はお前らがなんのために天津の所に居ったのか・・・。」

「張騫を探すためだ。それなら、人数が多い方が有利だ。けど、今はあえて一人になってる。これってさ・・・。」

その先の言葉を確信にしたくて、俺に答えを求めるように、視線を向けてきた。

「子文が見つからんのが分かったから、その後を追うためとか?」

仲良くないから、単純に思ったことを口にした。

「死ぬにしても・・・何か目的があってするんじゃないのか?」

「ありそうじゃけど、お前はなんで敵の俺とこんな話をしとるん?」

嫌な予感がする。

「確実に死ぬためならお前らを利用するだろ・・・。ということは、その目的を潰せば、珠玉は死なない。」

やっぱり・・・。

ため息を吐いた。

「あいつ・・・意外に猪突猛進なところがあるしな・・・。国の中をひっかき回されるのはごめんじゃけん、手伝ってやるわ。」

「リミットは、お前が押し付けたことが終わるまでだ。」

そう言い終わったと同時に、勢いよく允明の姿の允升に殴られた。

こいつ・・・。


珪が眠ったのを見計らって、家の外に出た。

ここ最近、あいつの傍にばかりいて、一人になる機会がなかった・・。

満月の光を全身に浴びながら、久しぶりに夜道を歩く。

懐かしく感じる夜風に前髪を揺らしながら、靴の底越しに感じる地面の感触を心地よく思った。

少し前まではこんなのしょっちゅうだったのに・・・。

そう思うと、笑いが込み上げた。

「あーあ。こんな感情・・・覚えたくなかったのに・・・。朴牧のせいだ・・・。」

大きな木の前にたどり着き、空を見上げた。

晴れ晴れとした夜空が見えた。

あの時、珪を引き取ってくれていたら・・・。

そもそも、天津の見送りさえしなければ・・・。

「こんなにも・・・死にたくないなんて思わなかったのに・・・。最後の俺のわがままくらい・・・聞いてくれたって良いだろ?」

珪と会って、楽しいって思わなかったら・・・。

木の幹に横になって、目を閉じた。

張騫は・・・何を思って、あの日この場所に居たんだろうか・・・・。

深呼吸をして、ゆっくりと目を開けた。

「弱音くらい吐いても良いだろ?考えこみ過ぎて、疲れたんだから・・・。」

不自然に木の葉が重なる音が聞こえる。

「気は変わらない。俺はそんなに強くないんだ・・・。」

無理に笑みを浮かべて呟いた。

それに答えるように、見えない指先が額に触れた。

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