第1章 ハルヒとハルヒ
「・・ん。」
少し肌寒い風を感じて目を覚ますと、そこは私が寝た自分の部屋ではなく、何故か私が通っていた中学の裏だった。
「・・ちょっと頭痛いけど、時間移動は成功したのかしら?」
夢、と言っては少しリアル。やはり先ほどまでの出来事は本当だったのだろう。手の中にはジョンに渡されたタイムマシンがあった。
「・・有希ちゃんの家に行かないと。と、その前に。」
私は近くにあったコンビニで今の日付を確認する。やはり、三年前の七夕の日だ。
「ということは、この世界には今家に帰ってる途中の私がいるってことね。それに、ジョンも。」
ジョンに会いたい。しかし、今はそれよりも優先すべきことがある。それに、いまジョンに会ってしまっては、タイムパラドックスが起きる可能性がある。
「・・いきましょ。」
やはり夏に入りかけの時期でもあり、制服だと少し寒い。中学の頃はこの中を半袖短パンで駆け回っていたと思うと少し大人になったことを実感した。
有希ちゃんのマンション自体はそこまで遠くはなく、ものの数十分ほどでたどり着いた。
ジョンに教えられた番号を入力すると、あちらが応答してきた。とは言ってもあちらはなにも喋らず、少し気まずい雰囲気が漂い始める。
「あの、私涼宮ハルヒという者なんですが、長門有希さんのお宅でお間違えなかったでしょうか?」
この世界では有希ちゃんとも初対面となるはずだ。一応私も人並みには礼儀作法を知っているので、出来るだけ相手を刺激しない言葉を選んだつもりだ。
「・・どうしてあなたがここにいるの。」
ちょっとジョン、話が違うわ。有希ちゃんならわかるんじゃなかったの。
「えっと、どうしてと言われても・・ジョンにここにこいって。」
「それはあり得ない。そもそもあなたはこの世界の者ではない。私が世界改変した際に生まれた涼宮ハルヒのはず。しかし、その改変された世界は彼によって改変され直した。その際にあなたも消滅したはず。」
「・・いろいろ初耳なんだけど。とりあえず中に入れてくれないかしら?」
「わかった。」
こんなに怪しい人物を簡単に部屋に上げて大丈夫なのかと自分でも思うが、入れてもらえないとゲームオーバーなのでここは素直になにも言わずに入れてもらう。
部屋自体はまさにシンプルという言葉が1番似合いそうで、悪くいうと地味な部屋だった。有希ちゃんらしいといえばらしいとも言えるが。
「座って。」
「ああうん。それにしても、同じ有希ちゃんでもこんな違うのねー。やっぱりこっちの方が宇宙人っぽいかしら。」
「・・そう。」
座って待っていると、私の目の前にお茶が置かれた。
「飲んで。」
「え、いや今はいいわ。喉が乾いたら頂くか」
「飲んで。」
「だから」
「飲んで。」
「・・いただきます。」
有無を言わせない有希ちゃんに私は圧倒され、大人しくお茶を啜る。あ、美味しい。
「あなたはなぜここにいるの。」
有希ちゃんから話題を振ってきたのに少し驚きつつ、私はお茶を机に置き、口を開いた。
「詳しいことはわからないけど、ジョンにここに来るように言われたわ。それで・・」
それから数分間、私は最近体験したことについて有希ちゃんに話した。その間、有希ちゃんは相槌どころか表情一つ変えず、私の目をずっと見てきたのだから堪らない。話しているこちらが恥ずかしくなってくるほどだった。
「理解した。空間がお互いを攻撃しあっているのは恐らく世界が一つに戻ろうとしているのが原因だと思われる。お互いが自分主軸に戻ろうとしているため、やがて世界はどちらも消える。」
「な、なるほど・・」
よくわからないが、そういうことなのだろう。
「それで、なんで私たちの世界は改変後も消えずに残ったの?」
「その原因はわからない。」
「そう・・それは残念ね。」
「そう。」
なんとも気まずいものだ。ジョンはどのようにしてこの有希ちゃんと会話していたのだろうか。
「じゃあ、どうやったら二つの世界の消滅を防げるの?」
「二つの世界がどちらも残るのは不可能。どちらかが消える。」
「え・・じゃあ必ずどっちかが消えちゃうってこと?」
「そう。」
その言葉は簡潔かつ具体的に私たちの世界の未来を示していた。
「そしてあなたたちの世界が残る手段はない。」
さて、どうしたものか。いや待て、これはどうしようもないのではないか。なんてジョンなら思いそうだ。いや、多分思うだろう。ああ、困ったな。
「私の世界が消えるとどうなるの?」
「その世界のすべてが消える。」
「本当に残る手段はないの?」
「無い。」
これは本当に詰みではなかろうか。一体ここからどうしろというのだ。ジョン、一体どうすればいいの?
「ただ、あなたの世界ともう一つの世界を同化させることは可能。」
「・・それって?」
「つまりは二つの世界の波長を合わせ、同化させる。そうすることによって、二つの世界の同一人物は一つとなり、1人の人物となる。」
「・・それは危険じゃないの?」
「かなり危険。失敗すればあなたの世界だけが消える。また、同化して引き起こされる影響は現時点ではわかりかねる。」
つまりは世界を一つかけた壮大なギャンブルだ。しかも成功してももしかしたら悪い方向へと進むかもしれない。正直これが普通のギャンブルだったら誰もやらないだろう。
しかし、なにもやらないのであれば、最悪の結末しか産まない。
「それをやるにはどうすればいいの?」
「あなたの世界ともう一つの世界で起きることを全く同じにすればいい。」
「そんなの途方もないじゃない・・」
「問題無い。大きく分けて主に三つの要素が世界を分ける出来事になっている。そこを同じにすれば、必然と他も同じになる。」
「その三つって?」
「一つ、あなたの入学先の違い。二つ、あなたと彼の出会い。三つ、彼の事故での死。」
ちょっと待って。今とんでもないものがあったのだけれど。
「彼って・・ジョンのことよね?ジョンが事故で死ぬ?」
「そう。しかし正確に言うと、彼とはあなたの世界の彼。」
「でも夢で私、ジョンにあって・・」
「それはあなたの世界の彼では無い。もう一つの世界の彼。」
我ながら馬鹿なことを聞いたものだ。少し考えればわかることであろうに。それほどジョンの死というのはショッキングだった。「でもその事故は防ぐことができるんでしょ?」
「できる。」
「なら何も問題ないわ!なんてったってこの私が防ぐんだもの!万に一つも失敗は無いわ!」
「そう。」
「・・ここまで淡々と答えられると、少しくるわね・・」
「??」
「いえ、なんでも無いわ。それじゃまずは私の入学先の上書きね。どうすればいいの?」
「これを。」
そう言って渡されたものを見る。そこには祭りの屋台で売っているような仮面があった。
「・・これをどうすればいいの?」
「着けて。」
「い、嫌よ!どうして私がこんな子供騙しなものを着けなきゃいけないのよ!」
「過去に行く際、顔がバレては困る。なのでこれをつけるべき。」
「他に色々あるでしょーが!」
「この場にはこれしかない。また、他のものを用意している時間もない。あなたの持っているタイムマシンは試作品。一つの時間軸に少ししか存在できない。」
「・・ジョンはそんなこと言ってなかったけど?」
「彼はこの機械について深くは知らない。よって彼からは教えられなかった。」
「・・あーもうつければ良いんでしょ着ければ!!わかったわよまったく・・それで、これでどうすればいいの?」
「今から3年後、あなたが進学先を決める時間に行って欲しい。そしてどうにかその時間のあなたを北高へ進ませることが必要。」
「わかったわ。どうすればいいかわからないけど、とりあえず行ってみなくちゃわからないしね!」
そうして私は、進学先に悩んでいた時期を思い浮かべ、タイムマシンを使った。
「有希ちゃん、いろいろありがとね。」
「・・そう。」
少し頭がくらっとすると、私の意識は次第に薄れていった。
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「とは言ったものの、どうすればいいのかまったくわからないわね。」
私は今絶賛、どうすればいいのか悩んでいた。先程有希ちゃんから言われた一つの時間軸に少ししか存在できないと言うものを信じれば、悩んでいる時間などないような気もするが、なにをすればいいのかわからないのだから仕方ない。
時間移動をしてから少し歩き回っては見たものの、よくよく考えるとどうやって私はこの時間軸の私を北高に入学させればいいのだ。直接会って北高へ進めといえばいいのか?ダメに決まっているだろう。
まず、今わかっていることを整理する。一つ、この時間軸は私の世界の時間軸である。何故ならこの時間軸の私は北高に入学しないから。あちらの世界の私なら北高に入学するはずである。そして二つ、今は朝である。理由は明るいから。そして三つ、私が今いる場所は北高である。理由はここは北高だから。
まぁつまり言いたいことはなんだと言うと、なにもわかっていない。日付すらわからないのだ。ならコンビニに行けと言うかもしれないが、それが困ったことにいけないのだ。なにを言ってるのかわからないって?私にもわからない。でも、不思議なことにいけないのだ。そう、私は今、北高の敷地内である。そして私がこの敷地内から出ようとするとなぜか変な壁のようなものが私の進路を遮るのだ。まったくもって邪魔な壁である。怠け者め。そこを動け。
まぁそんな愚痴ばかり言ってるのかというとそうでもない。しっかりと出られる場所を探したりしている。しかし、私は薄々感じ始めていた。
「これは・・出れる場所ないわね。」
一体これでどうしろと言うのだ。これじゃあ私に会うどころかなにもできないではないか。
だから、私は今絶賛、どうすればいいのか悩んでいた。
「結局、どこも出れそうではなかったわね・・時間移動失敗したのかしら。ならもう一度あの時間軸に・・ってあれ?あれは誰かしら?」
私が丁度タイムマシンで時間遡行しようとしたタイミング。私が不意に校門の方に視線を向けると、そこには丁度今の私より少し小さいくらいの女の子がいた。
「北高の生徒?・・ではなさそうね。少し後ろから近づいてみましょ。」
こんなストーカーっぽいことをするのは少し気が引けるが、やむを得まい。なんせこの時間軸に来てから初めての人である。これを逃す手はない。
そしてその女の子に近づいていくにつれ、私はその女の子の正体を知ることとなった。
「これ、中学の頃の私じゃないの。」
そう、この偉そうに腕を組みながら校門の前で仁王立ちをしている人物の正体は、紛れもない私自身であった。私も成長したものだ。体的にも精神的にも。そうでしょ?
「なんかぶつぶつ言ってるわね・・聞いてみましょう。」
私は私がぶつぶつ呟いている言葉を聞くためにさらに近づき耳を澄ます。
「・・おかしいわね。どうして今日はこんなに人がいないのかしら。土曜日なら部活で来ている生徒も多いかと思ったのに・・そもそもジョンって部活入ってるのかしら?」
「・・ああ、ジョンを待ち伏せているのね。」
まったくもって原始的である。こんなことを真面目にしていた昔の私が可愛いわ。
「・・やっぱり先生の言う通り、あの高校に行くしかないのかな・・ジョンもいないならここに来る意味ないし。」
なるほど。私の高校進学のターニングポイントはここだったか。有希ちゃんもなかなか気が効くわね。しかし、そうとは言っても一体どうしたものか。ここでひょっこり私が現れて、
「あなた!北高へ進みなさい!」
なんて言っては馬鹿丸出しである。何か方法を考えないと・・
「あんた、誰よ。」
「え?」
気づくと私は近くの茂みから飛び出てしまっていた。つまりは先程の心の声がそのまま声に出てしまっていたのだ。そこ、私は馬鹿じゃない。
「ちょっと答えなさいよ。あんた誰よ。というかなにその仮面?それになんとなく私に似てる気もするけど・・もしかして、私のクローンとか?」
「そんなわけないでしょ。馬鹿なの?」
「・・なんとなくあんたにだけは言われたくない気がするわ。」
まったく失礼な子供ね。親の顔が見てみたいわ。親父もそう思わない?
とまぁ不幸中の幸いというべきか、この仮面のおかげで私自身とはバレていないようである。有希様々ね。
「まぁいいわ。良くないけど。あんたここの生徒じゃないでしょ。どうしてこんなとこにいるのよ。ここは北高よ。それにさっきの北高へ行けってどういう意味?」
「え?あー、さっきのは忘れて頂戴!あとは私がここにいる理由だっけ?まぁ簡単に言うと、未来を変えに来た、的な?」
「・・今から病院行く?」
「いかないわよ!それよりあんたもなんでこんなとこいんのよ。」
「別に。あんたには関係ないわ。」
そういうと、私じゃない私は私から目を逸らした。話をそらそうとする時に目を逸らすのは私の癖だ。わかりやすくて結構なことである。
「人待ち、かしら?」
「!!どうしてわかったの!?」
「なんとなくよなんとなく。大体校門で仁王立ちしてる理由なんてそれくらいしかないでしょ?」
「・・あんたなかなか鋭いわね。見直したわ。」
それはありがたいわね。自分に見直されるなんて全宇宙でも私くらいじゃないかしら?
「・・一応聞くけど、なんで今この学校に人がいないか知らない?」
「さぁ、全くもってさっぱり。」
「そう・・じゃあ、そのなんていうか、冴えない感じのなんとなくだらしなそうな男の人知ってる?」
「そうね・・生憎似てる人は居なそうだわ。アホヅラの男なら1人知ってるけど。」
「・・あいつ、ではないか。」
多分、私の知ってる人とそいつは同一人物よ。
「・・ねぇあんた。」
「ん?なに?」
「もしもあんたがこれから高校受験するとして、ある二つの高校のどちらかに入ろうか迷っているとする。片方は至って普通の学校、もう一つは地方では有名な進学校。でもあんたはどうしても前者に入りたい理由がある。しかしその理由はもしかしたら意味がないかもしれない。あんただったらどっちを選ぶ?」
「・・そうね。」
私、だったら。私はどうしてこちらを選んだのだろう。私は恐れたのだ。北高に入ったが、それでも何も起こらなかったら。ならば将来のことを考えたらこっちの方が良いと。だが、それが今、私は間違いだったと確信している。ならばここで答えるのは一つしかないだろう。
「あんたが選びなさい。だけど、一つだけ言っておくわ。」
「・・なによ。」
「後のことくよくよ考えて選ぶより、入って自分が後悔しない方を選びなさい。じゃないと、必ず後悔することになるわよ。」
「・・なによそれ。そんなのどちらにしろ後悔することにならない?」
「あんたが考えてる理由があっているのならば、後悔はしないんじゃない?」
「・・ぷっ、あはは!なによそれ!なんにも理由になってないじゃない!しかもあんた最初の方に北高に進めとか言ってたくせに、カッコつけんじゃないわよ!」
「な、なによ!悪い!?」
「あはは!・・はぁ、なんか吹っ切れたわ。ありがとね、何故かあんたの馬鹿みたいな答えを聞いたら元気が出たわ。」
「・・私が馬鹿ならあんたも馬鹿よ。」
「ん?何か言った?」
「いえ、なんでもないわ。」
「そう?ならいいわ!私は帰る!じゃあね!」
「え?ああうん。」
そう言い残すと、過去の私は坂を勢いよく駆け下りて行った。嵐のような女である。
「・・でも、今の私よりは楽しそうね。」
これで過去の私は北高へと進むのだろうか。いや、きっと進むだろう。もう彼女の後ろ姿から悩みは感じられない。
「これで一つ目は終わりか。ささ、さっさと次行きましょ!」
私は次の事象を解決するため、もう一度有希ちゃんのいる時間軸へと飛んだ。
第1章 終
ジョン・スミスの消失 マルイチ @Maruiti17
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