第4話

 つきました。

「……ここが鬼ヶ島なんすか?」

 犬が呆けるのも無理はありません。

 島へ上陸すると、四人をキラキラ光る門が出迎えました。

 門には大きな看板が取り付けられており『ようこそ鬼ヶ島へ』と書かれています。

 看板の端にはちょっぴりセクシーなお姉さんが片目をつぶって誘っています。

「犬。おめぇ、間違えたろ?」

 雉衛門が呆れて言いますが、犬は首を振ります。

「こう見えても俺は操船だけは一人前なんだ。聞いていた鬼ヶ島の場所はここで間違いない、はずなんだがなぁ」

 絶対鬼ヶ島じゃないだろ。

 四人の心は一つになっていました。

「……戻らないか?」

 猿彦の意見ももっともですが、桃太郎は首を振りました。

 ここ以外に鬼ヶ島の情報は手に入らなかったからです。

 少なくとも次の場所を、どこへ向かえばいいのかがわからなければ戻る気にはなれませんでした。

 四人は意を決して島へ上陸しました。すると。

「いらっしゃーい」

 とてもセクシーなおねえさんたちが出迎えてくれました。

 胸元が大きく開いた着物や、大事なところだけを帯布で隠しただけのような、服とは言えない服を着て愛想を振りまいています。

「俺、用事を思い出しましたんで帰ります」

 桃太郎は全力で帰ろうとする犬の首をひっつかみました。

 桃太郎にはこの助平がなんで逃げ出すのか、不思議でなりません。

「みんな知らないんですか! 俺、思い出したんですけど! ここは目を合わせたが最後、死ぬまでいろんなものを搾り取られる桃源郷っすよ!」

 三人は聞いたことがありませんでした。。

「今すぐ逃げましょう。助平も命あっての物種です。こんなところにいちゃ——」

 犬が言い終わる前に、遠くの浜辺から爆発音が聞こえました。

 ちょうど桃太郎たちが乗ってきた小舟がある場所です。

「お兄さんたち、寄ってかないの?」

 女の人たちが桃太郎を囲みました。

 犬は目を覆い、雉衛門はキョロキョロと視線をさまよわせ、猿彦は念仏を唱えていました。

 桃太郎はというと、女の人に『村を襲ったのはお前か』と質問していました。

「なぁに? 私たちが村を襲うわけないじゃない。ここでの暮らしに満足してるのに」

 ならば誰が。桃太郎が頭を悩ませていると、女の人が腕を取ってきました。

「そんなことより、あっちで遊びましょう?」

 見ると目がチカチカするほどまばゆい看板のついた小屋がありました。

 女の人がぐいぐいと小屋まで引っ張ろうとしますが、桃太郎は動きません。

「もー、いじわるしないでよ!」

 女の人がぎゅっと抱きついてきました。桃太郎は一切表情を変えていませんが、小屋まで引きずられていきました。

 女の人に抱き着かれるのに慣れていなかったので、力が抜けてしまったようです。

 桃太郎が小屋に入ると。

「おや、今日は活きのいい男が釣れたねぇ」

 身の丈200センチはあろうかという大きな鬼が居ました。

 桃太郎はとっさに種子島を抜こうと背中に手をまわしましたが、感触がありません。

 見ると、女の人たちの手にわたっていました。

「さしもの侍でも、女の魅力にゃ勝てないってわけだな」

 鬼が笑うと大きな胸が揺れました。

 鬼は女だったのです。

 大事なところを帯布で巻いただけというセクシーな格好で笑っていました。

 鬼が笑うたびに上下する胸に、桃太郎は膝をつきました。

「おや? そうかい、女は初めてかい」

 鬼はそういうと桃太郎をそっとやさしく抱きしめました。

「やさしく、してやるよ」

 桃太郎は叫びました。腹の底から叫びました。

 驚いた鬼が離れた隙に小屋を飛び出すと、三人が別々の小屋に引きずられているところでした。

 飛び出した勢いで三人を助け出した桃太郎は、海岸まで逃げ切ると、洞窟を見つけて避難しました。

「お、恐ろしかった」

 犬が震えています。

「あ、あぁ」

「そ、そうだな」

 雉衛門と猿彦はまだ動揺しているようです。視線が定まっていませんでした。

 桃太郎は途方に暮れてしまいました。

 武器は取り上げられてしまいましたし、小舟は爆破されてしまいました。

 逃げようと見に行ったら木っ端みじんになっているのを見つけました。

 これからどうしようか。桃太郎が膝を抱えて途方に暮れていた時でした。

「ここにいたのか」

 鬼が現れました。

 今度は何人もの鬼が洞窟の外にいました。桃太郎を捕まえる気満々です。

「飯だってまだだろう。さぁ、うちにおいで」

 優しく微笑みながら差し出された手を、犬が思わずつかんでいました。

 雉衛門は別の鬼に抱きしめられ抵抗できず、猿彦は観念して出ていきました。

 二人とも顔を赤くしていて、桃太郎には屈辱に耐えているのだろうと見えていました。

「さ、あんたもおいで」

 鬼の差し出された手を、桃太郎はつかみませんでした。

 武器はなくとも戦う。鬼に屈したりはしないと、手を払いのけました。

「まったく、元気な坊主だな」

 しかし、鬼はいともたやすく桃太郎の動きを封じると、そっと抱きしめました。

「不安でしかたなかったんだな、よしよし」

 そういって鬼が桃太郎の頭を撫でました。

 桃太郎は鬼の柔らかな感触に包まれ、なにやら初めての感情を覚えました。

 そして、緊張の糸が切れたと同時にスヤァと寝息を立てていました。

「おやすみ」

 最後に聞いたのは鬼の優しい言葉でした。


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