第9話 叫べ! 青春

 高校受験も終わり、合格発表を二日後に控えていた。推薦で合格した同級生が羨ましかった。


 インターホンが鳴った。モニターに映っているのは、同級生の女子だ。


「はい」

「まもさん、ちょっと良い?」

「うん、今行く」


 まもさんか、懐かしいな。幼稚園と小学校はそんな呼び名だったっけ。



 玄関を開ける。1か月振りに見る、少し大人びた顔の幼馴染。こいつは病気がちで白い肌なんだ。熱でもあるのか、少し赤いな。


「どうした香里かおり?」

「受験、どうだった?」

「正直、微妙。明後日の発表が怖いんだけど」

「私も」

「……」

「……」

「どうした? 用もないのに出歩くと感染するぞ」

「用はあるの……遅くなったけど、これ、誕生日プレゼント」

「俺、誕生日、一月なんだけど」

「もうバカ、察してよね!」


 香里と付き合っている噂が流れたことがある。それはデマだったが、変に意識して、以前の様に話せなくなっていた。


「ごめん。ちょっと意外だったから」

「卒業しても、私のこと忘れないでね」

「こっちの台詞。お前ベトナム行っても、忘れるんじゃねえぞ」

「何それ?」

「父ちゃんとベトナムで暮らすんだろ?」

「こっちの高校ですけど? パパはテレワークで行ったり来たりだけど」

「何だ、あれ、デマかよ」


 デマの引鉄ひきがねなんて、その辺に転がっているんだな。


「実は、俺も渡したい物あってさ」


 俺は、香里に包装されたお菓子を渡した。


「バレンタイン、義理チョコくれただろ? 義理クッキーな」

「そっか、今日はホワイトデーか」

「ウイルスのせいで、卒業式もホワイトデーもないけどな」

「まもさん、学校行ってみない?」

「おう」



 俺は、部活のウインドブレーカーを羽織り、サンダルからスニーカーに履き替えた。


「それ寒くないの?」

「意外とあったかい。寒いのか?」

「平気。そういえば、震災の日って雪も降って寒かったよね?」

「うん。あれから九年か」

「震災の時、園庭でずっと手を握ってくれてたよね?」

「そうだっけ?」


 覚えていない訳がない。ずっと香里が好きだから。


「まもさん家ってさ。目の前が貯水池じゃん」

「うん」

「私、まもさん家にも、津波が来るんじゃないかって、本気で心配してた」

「バカじゃん」

「だって、まだ幼稚園だったからね。卒園できなかったし」

「お前は、今幼稚園十二年生だな。今年も卒業できないけど」

「何それ、ひどい。……なんか、久々に笑った気がする」


 休校中でも、先生達は学校に来ている様だ。俺達は見つからない様に三年二組の教室へ入った。


「なぁ、サプライズしようぜ」


 卒業式があるのかも分からないし、再びこの教室に来れるのかも分からない。もう二度と来ないかも知れない。でも、俺達は幼稚園の頃から過ごした時間に敬意を表し、チョークを握った。育った街、いや、育ててもらったこの街が好きだから。


 二人で、黒板アートを描いた。クラスでもブームになった人気アニメのキャラ。担任の似顔絵。学校の近くの駄菓子屋。クラスメイト達の迷言。部活の様子。黒板のキャンバスは、たくさんの想い出達に埋め尽くされていく。


 そして、最後の仕上げに、大きく三行を連ねた。俺達の青春の叫びだ。

『祝! 卒業』

『みんな ありがとう!』

『がんばろう 東北魂』


 チョークまみれの手。

 俺と香里は、自然に手を繋いでいた。あの震災の日の様に――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

デマゴーグの引鉄(ひきがね) 味志ユウジロウ @ajishi-yujiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ