第3話 買い物客の叫び

 本社のシステム部が、セキュリティ強化にあたることになり、一旦ネットをシャットダウンした。本社からリモートで設定するのは面倒だろう。恐らくマニュアルを作って、各自VPNで設定するようになるはずだ。


 ネットが使えないなら、仕事にならない。続きは夜にやれば良いだけだから、とりあえず一階のリビングに下りて、テレビでも観よう。


 ワイドショーでは、マスクに続き、紙製品入手困難の様子を報じていた。


 首都圏は大変だな。こんな東北の地方都市なら大丈夫だろう。


 僕は、一応家の在庫を確認した。三人家族。ストック:箱ティッシュ二箱・トイレットペーパー五巻。そろそろ買っておいても良い時期だ。



 僕は普段通りに、自転車で近所のショッピングモールへ行った。食料品などをカートに入れる。


 感染者ゼロの東北の地方都市。マスク着用したショップ店員。マスクを諦めた買い物客。新型ウイルス対策について聞こえる館内放送。いつもと変わらない食料品の品揃え。もっとも、にわかテレワーカーの増加で、カップ麺はいつもより少ない。


 まぁ、そうだよな。僕も娘が休校じゃなければ、それなりにカップ麺を消費していただろう。


 日用品ゾーンへ移動する。いつもは何種類も積み上げられているティッシュ類が忽然と姿を消していた。PB品も。高級品も。この一角だけがまるで、九年前の震災後の様だった。



 消えているのは、ティッシュ・トイレットペーパーだけではない。キッチンペーパー・生理用品・紙おむつ……。つまり、紙製品だ。


 赤ちゃんの叫ぶ様な泣声が聞こえ、振り向いた。対照的に消え入りそうな若いママの涙声。

「ごめんね。ここにもなかったね……」


 この親子は、おむつを求めて、何店舗も廻って来たんだろう。何とも言えない気持ちになっていると、LINEの地域情報のプッシュ通知。


『新型ウイルス、宮城県内で初の感染者――』


 店内に無責任な誰かの声が響いた。


「次は、米や主食がなくなるぞ!」



 地鳴りにも似た、売り場に殺到する足音。インスタント麺やパスタなどがどんどん消えて行った。


 おいおい、嘘だろ? 震災後じゃないんだから!


「一人でそんなに買い占めないでよ!」


 ヒステリックな非難の叫び声が耳に届き、殺伐とした空気がスーパーに広がる。大人の感情に敏感なのだろう、あの赤ちゃんが一層泣き出した。


 根拠のないデマや嘘。だが、皆が鵜呑みにすれば、それはに変わってしまうのだ。目の前の紙製品やパスタの様に。

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