第2話 テレワーカーの叫び

 働き方改革が声高に叫ばれて数年。プレミアムフライデーよりは、浸透しただろうけど、中々テレワークが普及しなかった。我が社では採算の悪い支社を幾つか閉鎖し、支社所属の社員はテレワークと言う名で隔離された。


 つまり、オフィスに出社しないで、自宅やコワーキングスペースなどで仕事をしろってこと。以前、ノマドが流行った頃は、手頃なカフェでは、マックブックやタブレットを開くビジネスマンが、ノートを開いて勉強する学生よりも多かった。


 僕も前職では、閃きが得られることからカフェをよく利用した。だが、今は会社の機密に相当する業務もこなしているので、人目に触れる場所は自粛している。


 テレワークをするにあたり、想定される問題点。僕は当時、本社の『テレワーク推進準備室』に五十以上の疑問点・改善案を提言していた。しかし、娘とのLINE並みの既読スルーの如く、全く回答がないまま、テレワークが始まった。



 あれから二年。気付けば、閉鎖された支社メンバーは転職したり、寿退社したり。社長の鳴り物入りでスタートしたテレワークをしているのは、、僕ただ一人だ。このロイヤリティの高さ、もっと評価してくれて良いのではないか?


 当初は、光熱費がかかるとか、通勤手当がなくなったとか、文句ばかりの妻だったが、掃除洗濯を仕事の合間に出来る(させられる)点や、中学校から、体の弱い娘の早退依頼がある時に、すぐに迎えに行ける点などが勝り、不満は聞かれなくなった。


 僕自身は、一日二時間を費やしていた通勤時間がなくなったお陰で、有意義に過ごしている。国内の同僚七十名は、何故テレワークをしないんだろうと疑問にさえ想う。


 我が社は海外――ベトナム――にも拠点を構えている。元々はホーチミンに支社があったが、都市の魅力からダナンへ支社を移転した。実はベトナムは日本と違い、地震がなく、洪水にだけ注意すれば、大変安全なロケーションだ。そしてダナンはIT先進都市で治安も良く、住み易い。BCP(事業継続計画)の観点からも、優秀なスタッフに日本企業のBPO(業務のアウトソーシング)をさせるビジネス視点でもメリットが大きい。ダナンスタッフは五十名を超え、来年度には日本国内よりも多い人員になる見込みだ。ホーチミンスタッフは僕同様、テレワークしている。


 テレワーク従事者は、日本一名(僕)に対して、ホーチミン十名。通常業務もそうだが、働き方改革の点でも、日本よりベトナムの方が先端を行くだろう。案外、僕達の仕事を奪うのは、AIではなく、ベトナム人かも知れない。



 そんなある日、新型ウイルスの国内感染者の増加により、テレワークが加速していった。



 政府主導で、強く業界団体に働きかけ、テレワークやフレックスタイムを積極的に取り入れた。テレワークにより、休校になった子供達の親は自宅で面倒を見ることが出来る。フレックスタイムによって、満員通勤電車を回避することが出来る。


 僕は二年間もテレワークをしてきたので、いつもの日常のままだったが、早い段階でマスク不足があり、娘の『小さい顔用マスク』の在庫も60枚を切っていた。供給までもつか心配だったが、休校になり、外出機会が減り、その問題は解決した。


 その代わり、昼食問題が浮上した。僕一人の時は、前日の残り物やカップ麺、レトルト、最悪食べないという生活だったが、娘の健康を考えるとそうもいかない。


 極端な話、娘を連れてダナンへ行った方が、僕は気が楽だった。仕事もはかどるし、外食文化で食事にも一切困らないからだ。だが、中国からの入国禁止が決定し、韓国・日本からの入国禁止も時間の問題であることから、難しい。



 テレワークで、いつも以上に会社のLINEWORKSが活発になる。


 全社メンバー宛のトーク画面。管理部長からの新規メッセージだ。


『大変です。ウイルス被害です』


 マジか! 遂に我が社にも感染者が!


 よく読むと、新型ウイルスの話ではなかった。本社(info@)からの偽装メールを開き、コンピュータウイルスに感染した話だった。にわかテレワーカーが増えたことで、それをターゲットにした悪質メール。


「リアルもネットもウイルスだらけかよ!」


 想わず、僕は自宅二階の書斎で机を叩いた。

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