第34話

 「初日を見に行けない代わりに、君に贈り物をしよう。

箔をつける意味でも、個人戦はこれを身に着けるが良い」


出かける前、部屋で彼はそう言って、ベッドの上に新たな装備を出してくれた。


漆黒の軽装備一式。


髪や耳の見える、口元までの兜、上半身をカバーする鎧、下半身は短いスカート状で、5本指の籠手と、ロングブーツが付く。


そのどれもが未知の特殊金属でできており、非常に軽い。


「今の装備と選べるよう、リングに登録しておいてやる」


私がそれらに手を翳すと、その全てがリングに吸い込まれる。


「そういえば、君は戦闘用の下着を持っているのか?」


「え?

・・いつもと同じじゃ駄目なの?」


「その装備から、穿き慣れた白パンツが覗いては、折角の雰囲気が台無しだ。

・・これを使うと良い」


何の生地かは知らないが、黒い下着が出される。


デザイン自体は悪くないので、とりあえずそれも終う。


「心配しなくても、リングに終った時点で完全に浄化されるので、毎回奇麗な状態で穿けるぞ?」


「そんな事気にしてないわよ!

・・物も良いけど、他に何かないの?」


「?

どういう意味だ?」


「これから戦いに行く相手に対して、ほら、あるでしょ?」


「ああ、・・頑張れよ」


「違うわよ!」


近付いて、首に両腕を巻き付けるようにしながら、やや強引に唇を塞ぐ。


「・・まだ勝ってもいないのに、随分気の早い事だ」


「雰囲気出て良いでしょ?」


「前払いしたのだから、負けたら許さんからな」


「分ってる」



 出場者の控室で、独り今朝の回想をしていた私は、扉をノックする音で我に返る。


「どうぞ?」


「・・お久し振りね」


肩までの茶色の髪をストレートに伸ばした、自分と同じくらいの歳の女性が、まるで見下すように微笑んでくる。


「げっ、・・レジーナ」


「相変わらず失礼ね。

まあ、育ちのせいでしょうけど。

まさか貴女が個人戦に出て来るなんて、思いもしなかったわ。

一体どんな手品を使ったのかしら。

・・そうそう、パーティー戦、優勝おめでとう。

最初から最後まで、貴女は全く何もしてないけれど、優勝は優勝だものね」


「どうも有難う」


「嫌味よ。

分りなさい。

・・あんな人、何処で見つけたの?

貴女の男?」


相変わらず、人のプライベートをずけずけ聴いてくる。


悪気はないみたいだけど、言わないと結構しつこいのよね。


「貴女の家の魔の手から隠れていた時、知人の家で、偶然ね」


「ああ、その事もあったわね。

私の差し金ではないけれど、身内の者が迷惑をかけた事は謝るわ。

御免なさい。

彼には重い罰を与えたし、うちもかなり痛い出費を強いられたから、それで許して頂戴」


頭も下げず、悪びれもしない所が実に彼女らしい。


「貴女の指図じゃなかったの?」


「私はあんな下衆な真似しないわ。

ただ貴女を、自分の下に連れて来いと言っただけ」


「私に何か用があったの?」


「そんな大した事じゃないわ。

それに貴女がここに居る以上、もう必要ないし・・」


「どういう意味?」


「・・あの時の貴女は、見ていてとてもイライラしたのよ。

剣の名門に生まれながら、まるで初めから全てを諦めているような感じだった。

お母様はお気の毒だったけれど、あの父親を持ちながら、『それはないでしょ!?』、『何故もっと努力しないの?』、『私はこんなに励んでいるのよ!』と、何度も言ってやりたかった。

・・いつも思っていたわ。

それだけ容姿に恵まれて、周りの男達は、皆貴女を見てた。

領主の娘の私がその隣に居るのに、彼らの視線は貴女だけに集まってた。

顔が綺麗なだけで、他に取り立てて取り柄のない貴女を、皆が褒めてた。

私が良いなと感じた男性ひとも、貴女に夢中だったのよ」


「え?

・・そうだったの?」


「そうよ!

なのに貴女ときたら、告白したその人をいとも簡単に振ってしまうし。

しかもその後、その人が私に言い寄ってきたものだから、お陰で男性不信にまでなったわ」


「それは私のせいじゃないし・・」


「貴女ね、それだけじゃないでしょ!?

初等学校での数々、忘れたとは言わさないからね?」


「・・何かしたかしら?」


「~ッ!

武芸の訓練で、毎日必死になって練習していた私は、当然貴女もそうしてるものと思って、手加減なしで向かって行った。

なのに貴女ときたら、素人に毛が生えた程度の腕しかなくて、掠り傷を負わせた私が、先生に怒られたじゃない」


「あれは結構酷い傷だったわよ?

暫く痣になってたし・・」


「その程度、武門の家に生まれた者なら日常茶飯事でしょうに。

まるで私が、弱い者いじめをしたように言われたし。

・・お金がないようだったから、簡単な仕事の代わりに、昼食をご馳走しようとしたのに、何だか周囲から冷めた目で見られたし・・」


「あれってそういう事だったの?

てっきり、私を使い走りにしようとしたのかと・・」


「『荷物を取って来て』とか、『ごみを捨てて来て』くらいしか言わなかったじゃない」


『それをパシリと言うのよ』


「・・まあ良いわ。

どういう風の吹き回しか知らないけれど、貴女はきちんと努力する事を覚え、今日この場所に来れた。

剣と槍、そのどちらが優れているか、ここで決着をつけましょう。

順当に勝ち上がれば、貴女と私は3回戦で当たる。

それまで負けるんじゃないわよ?」


「分った。

お互い頑張りましょう。

・・ところで、貴女、パーティー戦には出てたの?」


「~ッ!

私が気に食わないのは、貴女のそういう所よ。

まるで何の興味もないような言い方。

・・出てないわよ。

個人戦で万全を期したかったからね」


『私は別に、どちらが優れた武器でも良いのだけどね』


やっと満足して帰ってくれたし、後々面倒なので、そうは言わないでおいた。



 新しい装備で観客の前に姿を現した私に、様々な歓声と中傷が飛んでくる。


『素敵!』


『何だ、見掛け倒しか?』


『今度は何かしろよ?』


1回戦の相手は、大柄な戦士だった。


女性にしては背が高い私だが、まともに打ち合えば、恐らく剣ごと持っていかれる。


相手もそう感じたのか、ニヤニヤしながら挑発してきた。


「今晩酒に付き合ってくれたら、少し手加減してやるぜ?

怪我をしちゃ、あいつの夜の相手ができねえだろ?」


『煩いわね。

したくても、まださせてくれないのよ』


無視をしていたら、勝手に腹を立ててくる。


「殺しはしねえよ。

だが、暫くはベッドの上だな」


開始の合図と共に、向こうが身体強化の魔法を使ったのが分った。


酷く拙い。


無駄が多いし、効率が悪い。



『君は戦いが嫌だったのか?』


訓練を始めた時、見透かしたように、彼にそう言われた。


剣に覇気が無い。


父も私の剣筋を見て、ずっとそう言っていた。


ただ型をなぞっているだけだと。


幼い頃、始めた当初は自負こそあった。


剣の名門に生まれ、他に後継ぎがいない私の家は、自分が継ぐしかないんだと。


だけど次第に、疑問が増していった。


『何のために剣を振るうの?』


父は、母の薬代のため、生活のために頑張っていた。


けれど私は、闘技場で鬼気迫るような戦いを続けていた父の姿を見て、子供心に思ってしまったのだ。


『私はあんな風にはなれない・・』と。


愛する母の為、負ける訳にはいかない戦いで日々疲れ果てていた父に対して、愚かな私は、畏怖と諦観を抱いてしまった。


私が強くなって、父の背中を護るべきだったのに、自分には無理と、半ば諦めてしまった。


その気持ちが前面に出てしまっていたのか、暫くすると、父は私に無理に剣を勧めなくなった。


私が己の愚かさを真に悔いたのは、父が遺骨となって帰って来た後。


母はそれから、亡くなるその時まで、私に笑顔を見せなかった。


私が奴隷になる決意をしたのは、お金の事もあったけど、1番の理由は、贖罪のためだったのだ。


尤も、自暴自棄になって、身を売るような事まではしたくなかったのだが・・。


奴隷商の彼の屋敷での生活は、自分を見つめ直す良い機会となった。


両親の死に対する負い目は相変わらずあったが、お金の事を考えずに済んだし、何もできないのに何かしなくちゃという強迫観念に襲われる事もなくなり、父から受け継いだ剣の型だけはせめて忘れないように、素振りだけを繰り返しては、これからどう生きるかを考えていた。


奴隷の身だから、勿論自由に暮らせる訳ではない。


最悪、家政婦の真似事をしながら朽ち果てるか、良くても何処かの家で、家庭教師か子守をするくらい。


そう思って勉強もしたが、初めて購入希望者と引き合わされた時、心に何かが灯った。


想像していた世界が壊れ、新しい未来が開ける予感。


精一杯の虚勢を張って臨んだが、他者とはまるで異なる彼相手に、空回りしている事に気付き、直ぐに止めた。


『復讐したいか?』、そう聴かれた時も、まだ正直にはなり切れてなかった。


自分の愚かさ、心の弱さを棚に上げて、本来なら己に向けねばならない怒りをアンザス家へと向ける事で、自身を取り繕い、両親に対する負い目を逸らしていた。


闘技場への登録の道すがら、そうした自分を責めるかのように、過去が思い出され、心の痛みがぶり返す。


嘘を吐き、自分が誤りだと認める事から逃げ続ける事は、ちっぽけなプライドを護る代わりに、本来の己の姿を隠し、その成長を止めてしまう。


『私を鍛えてくれないかな?』


縋るように口にしたその言葉に、彼は頷いてくれる。


そこには剣技だけでなく、『心』も含まれている事に、まるで最初から気付いていたみたいに。


負傷こそ避けてくれたが、手加減自体は最初からそれ程なかった訓練。


両手両足に錘を付けながら、只でさえほとんど見えない攻撃に対処する日々。


それに耐えてこられたのは、彼が向けてくる眼差しのお陰。


全て私のせいなのだが、諦めたような目で見てきた父とは異なり、彼の瞳の中には、確固たる自信と信頼があった。


『君ならできるはずだ』


訓練中、ずっとそう励まされているような気がして、心がとても熱かった。


少し後になって気付くのだが、彼の攻撃は、ある時点から、私が父に教え込まれた幾つもの技に対応していた。


ただ私を強くするだけではない。


父の意思(意志ではない)を、私の悔いを、訓練を通して尊重し、晴らしてくれていた。



 緩慢な動作の大男が、もう直ぐ私の間合いに入って来る。


『一の型。

その極意は、踏み込みの力強さと、剣を抜くスピード、手首の柔軟な返しにある』


心中で、父の懐かしい声がする。


鯉口を切る。


次の瞬間、私は男の胴、その鎧の継ぎ目に剣を走らせる。


周りからは、私が瞬間移動したようにしか見えないだろう。


地に倒れ伏す男には以後一瞥もくれず、私は出口に向かって歩き出す。


先ずは1勝。


今日はもう1試合ある。



 2回戦。


観客からのやじが減った。


対戦相手は暗殺者タイプの男性。


その無表情な顔からは、何を考えているのかすら分らない。



 『別に普段は臆病でも良い。真の戦士ほど、実はそんなものだ』


以前、訓練中の小休止で、彼がポロッとそう口に出した。


私の迷いを感じたのかもしれない。


それまでの私は、戦士とは、父のように、常に凛々しく厳かな雰囲気を纏う人の事だと思っていた。


強者とは、自ずとそれが外部に漏れ出る者の事だと。


だから、強そうな相手を見ると直ぐに内心でビクビクしていた私は、どんなに訓練しても、所詮弱者でしかないんだと。


『蛮勇と勇気は全く異なる。身を護る力は勿論必要だが、大切なものを護るために出す勇気こそ、最も強く、そして尊い』


私の顔を見ながら、彼はそう付け足してくれた。


『何のために剣を振るうの?』


ずっと心の奥底で燻っていた疑問は、彼と出会い、大事にしたいものが増えていく度に、徐々に薄れていった。



 開始の合図と共に、相手が2種類の魔法を行使する。


身体強化と隠密魔法。


隠密魔法は上級の暗殺者しか使いこなせないと聞いた事があるが、成る程、一理ある。


気配、動き、その呼吸すら殺して、一切の無駄を省き、相手の視覚はおろか、その認識にすら影響を及ぼしてくる。


不意打ちではなく、予めそこに居ると分っている戦いでは、嗅覚を阻害するため、特殊な香を焚いてくる者さえいるという。


でも残念ながら、魔力の流れまでは殺せない。


無拍子で死角から近付いて来る敵に対して、私は鯉口を切る。


『二の型。

その極意は、相手の急所を瞬時に見抜く洞察力と、一撃必殺の捨て身にある』


気のせいか、心中でそう語る父の声は、少し嬉しそうだった。


鞘から解き放たれた私の剣が、振り向きざま、その腕が伸び切る前に、一直線に相手の喉に吸い込まれる。


刃先も潰してある訓練用の剣だから、刺さりもしないし、当てる前に手加減したから死にはしない。


まるで居合のような真似をするのは、以前彼に、『君の剣は素直過ぎる』と言われたから。


少しでも剣筋を悟らせないように自分なりに工夫したのだが、人には過ぎたスピードを得た今では、あまり必要ないかもしれない。


苦悶の表情を浮かべた相手が痙攣する様から目を逸らし、出口に向かう。


今日はこれで終わり。


明日は3回戦。


とりあえず、レジーナとの約束は果たした。



 まるで別人のようだった。


あの頃の、内心の不安を取り繕って、上辺だけの笑顔を浮かべていた彼女とは、明らかに違う。


戦場で纏う彼女のオーラ、あれは歴戦の戦士にしか出せないものだ。


彼女が使う武器は、鋼とはいえなまくら。


それでいてあの威力、あのスピード。


多くの出場者が拘るような、属性付きや、補助魔法が付与された代物ではない。


私の槍のように、その能力を高めてくれる物ではないのだ。


ああ、やっと、・・やっと彼女と戦える。


技を磨き、精神を鍛え、誇りを纏った彼女と戦える。


父の代の無念を晴らすため、私はずっと必死だった。


領主である以上、武力においても町の模範であるべき。


仮令領主自身が最強でなくても、町で最も強い者は、その身内、その家臣から出さねばならない。


なのにずっと彼女の父親には敵わなかった。


剣ではなく、槍こそがこの町を守る武器だと、胸を張って言えなかった。


その父親があんな事になり、後継ぎであるはずの彼女が何処かに雲隠れして、譲られたような形で、我がアンザス家がこの大会に出続けて3年目。


まだ準決勝には進めた事が無い。


明日勝てば準々決勝。


必ず勝って、そして彼女に言うのだ。


『お友達になってあげても良いわよ?』


自分の憧れは、欲しいものは、自らの手で、己の力で摑み取る。


念願の当主となった今、後は彼女と伴侶のみ。


夫はまだ要らない。


あと10年は私自身が領地を飛び回って、色々変えねばならない事がある。


だから先ずは彼女を。


初等時代、何時か見返してやろうと思っていた。


初恋の彼、クラスでの人気、私の欲しいものを悉く奪っておきながら、それに気付かず、いつも自分の殻に閉じ籠るようにして下を向いてた。


私が貴女をどんな目で見ていたかも知らずに。


私だって本当は、・・貴女が好きだったのよ(友人として)。



 朝食の席に、彼の姿はなかった。


確か昼頃帰ると言っていたから、ある意味当然なのだが、少し面白くない。


私の裸身に全く反応しないのに、妻の方々やその眷族には反応するなんて、女としての沽券にかかわる。


尤も、そういう事をしているとは限らないけど。


気分を切り替えるため、今日の試合の事を考える。


パーティー戦と違って、個人戦は1日に2試合ずつある。


双方で数十人にもなるパーティー戦は、初日は1回戦をこなすだけで時間的に精一杯だが、2日目は2試合、3日目は3試合と徐々に増えていく。


個人の力というより、団体のチームワークや連携が鍵になるので(今年は例外中の例外)、観客も、その戦略性を楽しんで見る。


それに対して、個人戦は正に人物そのものが見られる。


その者自体の強さ、戦い方の美醜、それこそ、当人の容姿に至るまで。


だからこそ毎回の如くスターが生まれ、優勝者を出した町の住民は浮かれ、負けた町も次こそはと燃え上がる。


大会は、賭け事として国の財政に寄与する一方で、各町の団結力を高める働きもしているのだ。


仮令優勝しても、何度でも大会には出られるが、未だ嘗て連覇を成し遂げた者はいない。


真剣での戦いは、勝者にもダメージを与える事が多く、しかも1日に2戦ずつあるため、余程上手く戦わないと、最後まで持たない。


運も当然ある。


何時だったか、彼が言っていたっけ。



 『もう少し見せ場を作れ?』


『大会なんだし、観客にも少しくらいサービスした方が、人気が出ると思うわよ?』


『そんなものに興味はない。

自分の知る書物には、題名に『最強の』と修飾の付いた作品が実に多かったが、いざ実際に読んでみると、初めこそ無双するが、その後どんどん相手に苦戦していく(若しくは同レベルの存在が現れる)物がやたらに多かった。

話を面白くするため、簡単には勝てないような描写が必要になるのかもしれないが、世界で最も強いなら(本来、『最強』な存在はたった一人のはずで、もしそうでないなら、その手前に『○○で』と限定を入れるべきだろう)、仮令誰であっても苦戦などせん(増してや、未熟者が集う学園や学校でなど)。

時間の無駄だし、相手にも失礼だろう』


『でも彼らだって、折角の表舞台で、自分が磨いてきた技や技術を披露したいんじゃないの?』


『だからそれに付き合えと?

自分(和也)だからそう言えるが、もし他人がそうすれば、不慮のダメージを受ける事だってゼロではないぞ?

1日に何度も戦う必要があるなら、余計なダメージは極力受けないに限る。

お互いの必殺技を受け合って、『フッ、お前も中々やるな』なんて言いながら、身体からダラダラと血を流して戦う精神論的戦闘は、『フ~ン、これだけ傷つけても、人って死なないんだね』と、良い子に要らぬ誤解を与えかねない。

それにもし、全力で放った奥義や必殺技をいとも簡単に受けられたら、その者にとっては、そちらの方が遥かに心理的ダメージが大きいのではないか?

下手をすれば、訓練自体を止めかねない』


色々と反論したい気もしたけど、彼の言っている事自体は正論だ。


どんなに強くなっても、油断や慢心は、己の輝きを鈍らせる。


仲間の声援を受け、屋敷を出る。


レジーナと戦う前までには、気持ちを落ち着けよう。



 3回戦。


目の前に彼女が居る。


「分らないかもしれないけれど、これでも喜んでいるのよ?」


「何を?」


「貴女とこうして戦える事」


「・・そんなに私が嫌い?」


「違うわよ!

・・今はお互い武人として、正々堂々戦いましょう」


「そうね」


到頭試合が始まった。



 『隙が全く無い。

あの気の抜けたような立ち姿の、何処に打ち込んでも弾かれる気がする。

僅か3年足らずの間に、一体彼女に何があったというの?』


急いで身体強化を唱えた私は、探りを入れる事すら躊躇い、一気に方を付ける選択をする。


アンザス流槍術奥義、『幻影刃』


土魔法による複数の礫刃と、光の魔法を応用し、刃に見立てた幾つもの光弾を同時に放ちながら、本命の槍による二撃を打ち込む大技。


魔力の大きさ、その応用力、加えて身体能力の高さが試されるこの技は、完全に習得できれば当主になれると言われる程、その難易度が高い。


事実、それを成し得た者は、これまでにたった三人しかいない。


外周に展開させる礫刃は、8つの攻撃を僅かな時間差を持たせて放たねばならないし、その内側にある4つの光弾も、礫刃が襲う位置と其々離れた場所のものから撃たねばならない。


精神にかかる多大な負荷に耐えながら、限界の威力と速さを出すため、その肉体も酷使される。


この技を使った後は、文字通り、肩で息をしながら、槍を杖の代わりにして立っているのがやっとになる。


集団戦では使えない、戦場においては一騎討ちにしか用いる事のできない、門外不出の技なのである。


『いくわよ』



 それまで何かを迷っているようだったレジーナの、身に纏う魔力の質が変わり始めた。


『隙だらけだぞ』


訓練ではいつも彼にそう言われているから、何処を攻めるか悩んでいたのかもしれない。


土と光、身体強化の風魔法が、同時展開されたのが分る。


相変わらず才能豊かだ。


魔術師でもないのに、3つ同時に、それも正確に行使できる人なんて、そうはいないだろう。


『これでも喜んでいるのよ?』


あの彼女にそう言わせた自分に驚く。


確かに私は強くなった。


ウロスの予選でも、本気を出すまでもなく勝ち上がって来た。


でもそれは、わたしの力というより彼のお陰。


この身に宿る、彼の魔力の残滓。


それが私の魔力と能力を、何倍にも高めている。


勿論、この1年弱は私も精一杯の努力をしたが、それだけではここまで来れない。


ズルをしているのは理解している。


けれど彼と約束した以上、負けてあげる事もできない。


前方に、奇麗な魔法の二重円が浮かび上がる。


外周の礫刃と内円の光刃が、僅かな時間差を伴い、其々距離を保って襲ってくる。


そしてその中心から繰り出される、本命の槍の二撃。


一撃目はフェイントで、こちらの剣がそれに反応しようものなら戻され、魔法が当たるタイミングで再度、次は倍速で繰り出される。


以前、父が話すのを聞いた事がある。


それこそが、アンザス家の奥義、『幻影刃』だと。


刹那の狭間で、私は鯉口を切る。


狙うは本命、槍の一撃のみ。


『三の型。

その極意は、線を切り裂く集中に在り』


複数の魔法の刃が障壁により順次無効化されていく中、レジーナの繰り出す槍、その刃に合わせるように、剣を縦に振り抜く。


剣道にいう切り落としの如く、相手の刃を逸らしつつ、こちらの剣を彼女の胸元に突き入れる。


双方が猛烈な速度で接近した故、手首にかかる負担が尋常ではないが、通常の数倍を誇る身体強化魔法と、彼から得た特殊な籠手がそれをカバーする。


鎧に亀裂を走らせ、後方に吹っ飛んで動かなくなるレジーナ。


審判の宣言後、近寄って治癒を施すと、私は出口に向かって歩き出した。



 「大丈夫?」


控室に顔を見せに行った私に、まだ横になっていたレジーナが意外な顔をする。


「貴女の方から来るなんて、珍しい事もあるわね」


「酷い怪我をさせたみたいだったし・・。

肋骨が数本折れたでしょ?」


「貴女が直ぐ治癒をかけてくれたようだし、専属の治癒師にも見て貰ったから問題ないわ。

・・負けてしまったわね」


「気休めにしかならないだろうけど、今の私のこの力は、半分以上彼のお陰だし・・」


気不味そうに下を向いてそう告げたミザリーに、レジーナは言う。


「そんな事気にしてるの?

戦士なら、強さに貪欲になるのは当たり前でしょ。

武器も防具も、魔法だって最高のものを求め、備えて、強い相手を倒したい。

そういう気概があってこそ、日々の鍛錬や冒険に、より力が入るのではなくて?

仲間や支援者だって、その人の力の内よ。

だってその人にそれだけの魅力があるから、手を貸してくれるのだもの」


「・・私、貴女に謝らないといけないの。

自身の腑甲斐無さ、心の弱さを、全て貴女の家のせいにして、自分をごまかしてた。

私がこんな立場になったのは、両親が死んだのは、私のせいじゃない、皆貴女の家が悪いんだって。

・・御免なさい。

彼に出会って、本気で努力してみて、貴女の凄さが骨身に染みた。

きっと貴女は、ずっとずっと、こんな努力を続けてきたんだなって。

歯を食いしばって、この辛さに耐えてきたんだなって。

・・私、必ず優勝するから。

私に負けた事、皆に恥ずかしいと思われないように、頑張るから」


言いながら涙を流すミザリーに、レジーナが微笑む。


「今度屋敷に遊びに来なさい。

友達になりましょう、私達」


「うん!」



 「どうしたの、何か嬉しい事でもあった?」


有紗の家で珈琲を飲みながら、こことは違う何処かを見ていたらしい和也の顔を見て、彼女がそう尋ねてくる。


少し離れた場所では、眷族になったばかりの弥生が、皐月と楽しそうに未来を語っている。


「そうだな。

人が放つ心の輝きは、何時見ても、何度見せられても良いものだ」


そう言って目元を緩めた彼を見て、有紗もまた、微笑むのであった。

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