第32話

 大会3日目、パーティー戦の準々決勝。


和也達の前には、その相手となる十六名の戦士達が居た。


魔術師を含めた全員が、魔法対策用の盾を構えている。


二人居る弓士の前には、頭以外のほぼ全域を護る巨大な盾が、まるで城壁のように地中に埋められている。


和也達のこれまでの戦いぶりを見て、それなりに対策を取ってきているようだ。


だからか、その言動には和也達を嘲笑し、更には彼らの前回の相手であった彼女達さえ侮辱するもので溢れていた。


女性も数人居たが、その誰もが彼らを戒めなかった。


「あいつらよ、今まで姑息な魔法とお情けだけで勝ってきたよな?」


「栄え有るこの大会に、たった二人だけで出て来るなんて、馬鹿にしてるとしか思えない」


つらだけは良いから、どうせ大会で貴族に顔を売って、あとで妾や愛人にでもなる積りなんじゃねえか?」


「ならその顔を優先的に潰してやるか。

前の試合の女達も、どうせ先にベッドで陥落してたんだろ」


下品な笑いと共に、和也達を貶める言動が絶えない。


本人達は相手に聞こえないと思っているが、和也の耳にははっきりと届いている。


彼が静かに閉じた後、再度見開かれた瞳。


その色は、片目だけが赤く、もう片方は普段の漆黒だった。


その事に気付いたミザリーが、緊張感を伴って彼に尋ねる。


「今回は叩くのね?」


「ああ。

自分だけでなく、彼女達をも馬鹿にしたからな。

・・それに、罰しなければならない者が複数居る。

只の殺し合いならともかく、試合であれば、絶対的強者である自分は、負かしてきた相手の払った努力と、失った名誉に対しての責任がある。

彼ら(彼女ら)が無闇に貶められないためにも、ああいう輩には妥協しない」


「いつもそういう顔をしてれば、昨夜ゆうべのお風呂のような事にはならないのにね」


「それでは彼女達が寛げまい」


試合開始の合図と共に、ゆっくりと歩き出す和也。


大勢の観客達は、どうせまたスリープを使うのだろうと馬鹿にして見ていたが、当てが外れて意外そうに彼を見る。


そしてそれは、相手も同じだった。


「何だよ、撃ってこないぞ?

せっかく睡眠耐性の訓練をやり直したのに、無駄になっちまった」


「こちらの装備を見て諦めたのか?

なら遠慮なくいたぶらせて貰うぜ」


武器を構えた男達が散開し、女性魔術師達が中級魔法を連発してくる。


弓士が和也の心臓目掛けて矢を放ち、それを見て、観客達がやっとまともな試合になったと喜ぶ。


数発の業火や落雷が、和也を燃やそうと襲い掛かるが、何れもその手前で消滅する。


風の魔法で速度と威力が何倍にも増した矢を、その指先だけで弾かれる。


片目を真紅に光らせた和也が、無言で、少しずつ敵に近付いて行く様は、放った魔法が悉く消滅させられる魔術師達の顔を、次第に恐怖で彩ってゆく。


「何してるの!

早く攻撃してよ!」


自身の前に、土魔法で壁を作りながら、女性魔術師が大声で戦士達に怒鳴る。


強烈な魔法が全てキャンセルされる様を初めての当たりにした男達は、暫し呆然としてそれを見ていたが、その声に反応して、一斉に和也に襲い掛かる。


「おらあ~っ!」


斧を構えた筋肉質の大男が、素手で防具も身に着けていない和也に斬りかかる。


だが、その直後に数m程吹き飛んだ。


口から血反吐を吐き、装備していた鋼の防具は、その胸元が大きく陥没している。


それきり動かなくなった男を無視して、どんどん魔術師達の下へと歩いて行く和也。


脇や後ろから迫りくる鋼の槍。


正面から振られる鋼鉄の刃。


隙を窺って放たれ続ける鋼の鏃を、悉く粉砕し、カウンターを繰り出しては、一人ずつ葬っていく和也。


その度に咲く血の花が、和也の障壁に遮られ、空中で淡く消え去る。


取り付かれたように魔法を放ち続ける彼女達の顔色は最早蒼白で、直ぐそこまで来ている和也の顔を見て、普段ならとても人には見せられないような顔つきになっている。


「何なのよ!

何で魔法が効かないのよ!?

こんなの反則じゃない!」


無様に喚き散らす彼女達が作った土の壁は、和也がその前に来ると、ひとりでに崩れ落ち、道を開ける。


「ひっ、嫌っ、助けて」


「君は以前、何の罪もない者達を、その魔法に巻き込んで殺したよな。

撃つ前から、巻き込む事が分っていたのに」


「だから何よ。

あんな所に居た方が悪いんでしょ!」


「そうだな。

今の自分の前に居る、君が悪いな」


和也の右足が、目にも留まらぬ速さでその女性を捉える。


声すら上げられず、宙を舞い、地面を転げ回って動かなくなる女性。


その姿に一瞥もくれず、和也は他の魔術師の下へ歩いて行く。


「来るな!

‥来ないでよ」


半狂乱になって下級魔法を撃ちまくる相手に、和也の蹴りが飛ぶ。


「今の時代、女性だからといって差別してはいけないみたいなのでな。

痛いだろうが、勘弁してくれ」


その身体が変に折れ曲がった女性にそう詫びて、次の相手に向かう。


「や、やめろ、来るな。

降参する、降参するから・・」


最後に残った弓士達が、自身に向けられた歩みを見て、震えながら、何とかそう口にする。


「降参するならするで、それを伝える作法があるだろう?

お前は一体、どんな芸を見せてくれるんだ?」


一切の慈悲が感じられない、無表情な和也の顔を見て、弓士の二人が武器を放り投げ、地に這い蹲って許しを請う。


「降参します!

降参致します!」


泣き叫ぶその姿を見て、仕方なく歩みを止める和也。


前代未聞の彼の戦い方に、言葉も無かった審判達(主審を含めて三人)が、一斉に和也達の勝利を告げる。


最初こそ騒がしかった観客達は、この時も、しんと静まり返ったままであった。


試合が終わり、続く準決勝に向けて控室に入った和也達の下に、ハロルド家のサリーが顔を出す。


「何か用か?」


その視線を向けられた彼女は、別に睨まれている訳でもないのに、何時かの出来事を思い出し、随分控え目な態度で願い事をしてきた。


「貴方が先程戦った相手だけど、半数が死んだわ。

残りの半分も、降伏した二人以外は、高名な治癒師が何度治癒を施しても、完全には治らないの。

・・それでこれは、一応領主としてのお願いなのですが、貴方が彼らを治してやる事はできないでしょうか?

彼らは、第2王子側についてくれた領主の町の代表なの。

分るでしょう?」


「自分とは関係ないな。

君の依頼は、王子とその母親の身を護るというものだったはずだ」


「それを承知の上でお願いしています。

報酬は、できる限りお支払い致しますから」


「今の自分が、金銭を必要としているとでも?」


「・・・」


困り顔の彼女に、側で聴いていたミザリーが助け舟を出す。


「あの町の領主は、確か侯爵でしたよね。

ならお味方の中でも、かなり地位が上なんじゃないですか?」


「ええ、公爵様に次いで2番目なの。

だから無闇に機嫌を損ねる訳にはいかなくて・・」


「治すくらいなら良いんじゃない?

お礼には、免税特権でも貰いましょうよ」


今の『ミカナ』の経済規模からすれば、ウロスの町だけでも、相当な税金が課される。


年に金貨20枚くらいにはなるだろう。


それが将来に亘って全て免除されれば、和也は別として、カナ辺りは喜ぶはずだ。


「・・仕方ないな。

今回はそちらの顔を立てよう」


腰を浮かす和也に、サリーがほっとして礼を述べる。


「有難うございます。

・・ミザリーさんも有難う」


「いいえ。

この人、自分の事なら寛容だけど、他者が絡むと途端に厳しくなるので・・。

直ぐに行きましょう」


サリーの案内で、相手の控室に赴く二人。


そこにはまだ、死者達の遺体が安置されたままであった。


和也が入っていくと、場の雰囲気がガラリと変わる。


ある遺体の傍では、その家族なのか、まだ小さな男の子が泣いていた。


その子が和也を見るなり、拳を振り上げて、彼の腹を殴ろうとしてくる。


和也はそれを、軽く蹴飛ばす事で往なした。


「お父さんを返せ!」


転ばされ、尻餅をつきながらも、和也に向かって泣き叫ぶ少年。


「お前はそう言うが、逆に自分がやられていたら、お前はどう責任を取ってくれるのだ?

その者だって、これまでに何人かを殺している。

その遺族に対して、お前達は一体何をしてきた?」


子供だからといって、和也は要らぬ情けはかけない。


その眼光に圧され、口を噤んだ少年を無視して、まだ息のある、六名の身体を癒す和也。


側に寄られて、怯えるように身を竦ませる彼ら(彼女ら)だったが、その癒しの心地良さに、強張っていた表情が緩む。


「・・有難う」


生存者の中で、1番容体が悪かった剣士の女性が、涙を流しながらそう言ってくる。


和也に治療されなければ、きっと一生寝たきりだったであろうから。


次々に起き上がり、異常がないかを確かめるかのように、その腕や足腰を伸ばす彼ら(彼女ら)。


八体の遺体を見ぬようにして進み出てきた初老の男性が、和也の前で立ち止まり、頭を下げて礼を述べてくる。


「この恩は、決して忘れない。

親馬鹿かもしれないが、娘が元気になって、私はとても喜んでいる。

・・ハロルド卿(女性であっても、彼女は当主であるため、敢えてそう呼んでいる)も有難う」


忍んで来ているからか、貴族のなりではなかったために気付かなかったが、どうやら彼がその侯爵らしい。


この状況で娘と言うからには、恐らく隠し子か妾腹なのだろう。


和也に対して礼儀正しいのは、その力を見せつけられたからか、或いはサリーから事前に何かを言われていたからか。


もしかしたら、その両方かもしれない。


長居は無用と控室を出る際に、まるで何かを忘れていたかのように、和也が振り向きもせずに呟く。


「・・今回だけだ。

言っておくが、身体に浮かんだ紋が消える前にまた重い罪を犯せば、その時は今度こそ死ぬからな」


呟きが終わると同時にパチンと指を鳴らし、部屋を後にした和也。


その後に付いて行くミザリーは、控室からの大歓声に、思わず背中をビクッとさせる。


「お父さん!」


背後から聞こえる、少年の嬉しそうな大声は、遺体となって横たわっていた者達が、息を吹き返した証であった。



 迎えた準決勝。


和也達の相手は、ここで初めて戦いに参加した、前大会の優勝パーティー、総勢十八名の猛者達だった。


その全員が、何らかの魔法が掛かった騎士のような鎧に身を包み、分厚い盾と、高そうな武器を携えている。


そして更に、皆がその装備に見合うだけの人格を兼ね備えており、実に品が良かった。


和也達を取り巻く観客は、誰一人として、もう以前のように彼らを馬鹿になどしなかったが、前回で見せられた和也の戦い方があまりに衝撃的で、一部を除き、好感を得たというよりも、畏怖の対象として彼らを認識してしまった。


純粋な外見だけなら和也達に軍配が上がるだろうが、実績や、その佇まいの凛々しさ(兜まで装備している)から、人気の面では相手にかなり分があるようだ。


「『黒い悪魔』、誰かがそう言ってるみたい。

ここでもまた、そう呼ばれてしまったわね」


視覚だけでなく、聴覚まで常人の域を超えてしまったミザリーが、観客達の声を拾って苦笑いしている。


「何とでも好きに呼ぶが良い。

勝てば官軍だ」


「それって悪役の台詞じゃない?」


「自分はこの道のプロではない。

客の人気取りなど、するだけ無駄だ。

もっと大切な事は山ほどあるのだ」


「例えば?」


「妻や娘を大事にする事、眷族を労る事などだ」


異界から自分をじっと見つめる、紫桜やマリー、ファリーフラやメルメールなどの視線を感じた和也は、咄嗟にそう述べて、長く留守にして、寂しい思いをさせているであろう彼女達のご機嫌取りをする。


本心ではあるので、そこに疚しさはない。


「娘!?

・・貴方、子供がいるの!?」


ミザリーが驚きの声を上げる。


「その辺りは少し複雑でな。

もし話せる時が来れば、その時に話してやる」


「・・約束よ?

『今の話、他の皆にはまだ内緒にしないと駄目ね』」


「時間だな」


和也が前方に視線を戻すと同時に、試合開始のアナウンスが入り、相手が陣を組んで魔法の詠唱に入る。


戦士達が風魔法で身体強化を、魔法戦士が複数の攻撃魔法を唱えようとするが、何故か一向に魔法が使えていない。


その事に戸惑い、衝撃を隠せず動揺する相手に対し、和也は笑みを浮かべて、6つの下級魔法を自身の前で展開する。


火球、水葉、風刃、飛礫、光弾、重力波。


水葉と重力波は、魔法の盛んな異世界では下級に分類されるが、まだこの世界では知られていない。


水葉は、水の膜が相手の顔に張り付き、窒息を促す攻撃魔法。


重力波は、元々闇魔法自体が難しい事もあり、その術者自体が極少数なせいで、単純であるのに珍しい。


当てられた相手は、自身の重さの何倍もの重力を受けて、地面に圧し潰される。


和也がその1つ1つを指先で弾くように撃ち出すと、それが通常の数倍の威力を伴って、狙った相手に飛んでゆく。


魔法耐性がある鎧を着ながら、炎に包まれ転げ回る男性。


兜ごと水に包まれ、呼吸ができずに悶え苦しむ女性。


風の刃は、耐性付きの盾をいとも簡単に切り裂き、そのまま鎧まで貫通する。


ドリル状になって飛来する土の塊は、本来なら当たれば砕けるはずの分厚い鋼の盾を凌駕し、それを構える者さえ傷付ける。


光速で敵を攻撃するレーザー光線。


鎧ごと大地に敵を張り付け、圧し潰そうとする重力波。


魔法を全く使えない相手に、六精の王達の指示を受け、通常の何倍もの働きで応える精霊達が織りなす、和也の下級魔法が炸裂する。


あっという間に3分の1が動かなくなり、それを見た他のメンバーが、和也に向けて決死の覚悟で突撃するが、身体強化の魔法を使えないままでは、如何せん、纏う鎧や手に持つ盾の重さのせいで、その速度が亀のように鈍い。


「済まんな」


一言詫びて、今度は中級魔法の業火を生み出す和也。


初めは通常のサイズだったその炎が、空中で待機させられている間に、見る見る大きくなる。


直径が10mを超えた頃、まるで太陽のように燃え盛る炎を見た敵が、到頭戦意を消失して、一人、また一人と地面に膝を着いていく。


最後の一人が崩れ落ちた時、審判の判定が下り、場内がまたしても無言と化す。


和也は炎を消すと、意識を失い、瀕死の状態であった六名に治癒を施し、序でにその装備も修復してやる。


死んだと思える程の火傷や裂傷が完全に治り、黒く焦げた鎧や、真っ二つになったはずの盾が、元通りの美しい状態で、午後の陽射しを反射している。


それを見て、やっと観客達は自身の思い違いに気付くのである。


昨日までの彼は、決して相手を馬鹿にして遊んでいたのではない。


直ぐに眠らせる事、それこそが、彼なりの優しさであったのだと。


和也は、今回の試合で自分に無断で加勢してきた娘達に、念話で礼を述べると共に、釘も刺しておく。


自分の言動が引き起こした事でもあるので、飽く迄も優しく、諭すように。


ディムニーサ辺りが臍を曲げないように、『ミカナ』の肉まんとあんまんを、セットで贈る事も忘れなかった。



 「到頭決勝戦か。

1年前の自分なら、こんな所に立てるなんて、夢にも思わなかったでしょうね」


1回戦では7倍、2回戦以降では常に15倍以上あった自分達の倍率は、準決勝では3倍になり、この決勝では1倍から動かない。


王国史上、闘技場の賭け試合において、配当金がゼロ(元金返し)だった事は一度もない。


この試合で和也達が勝てば、それが現実の事として、その歴史に刻まれる。


和也達の試合を見た上位貴族が、大会後に彼を取り込もうと躍起になるのは明白であったため、コリーを通して、国王からそれを禁じる旨の文書を事前に出して貰っている。


『自分は誰にも仕えないし、その娘達とも、見合いなどしない』


和也がはっきりとコリーにそう伝えた事で、要らぬ騒ぎは今の所起きていない。


「人生なんて、どう転ぶか分らないからこそ面白いのだ。

例えば君が、何度も人生をやり直せるとしたら、熱を入れて生きるのは最初の失敗や後悔を解消しようとする2週目だけで、それ以降は完全な作業と化すだろう。

自分の知ってる遊びのように、わざわざ最後までやらなくても、途中からそこだけを何度もやり直せるのなら、それこそ要所要所の岐路だけを、複数の選択肢を順に選んで生きるという、単なる確認作業と同じになってしまう。

先が見えないから、人は行う前によく考える癖が付き、将来の不安を少しでも和らげるため、事前に備える努力に耐えられ、意に添わぬ結果であれば、そこで生じた後悔を、次に活かそうと反省できるのだ。

だが、これだけだと実に味気ないと感じる者が出始めるし、天賦の才の違いで報われない者達のためにも、そこに運という要素が与えられる。

それまで天賦の才(美しさ)と運だけで生きてきた君が、ある時から自己と真摯に向き合い、以後の努力を惜しまなかったからこそ、今、君はこの場に立っている。

最初から君が全てに励んでいれば、奴隷に落ちる事もなく、恐らく自分とは会わなかっただろう。

その時、君がここに立てているかは分らんがな」


「貴方と出会わない人生なんて、考えたくもないわ」


「そう思えるなら、過去で経験した負の要素も、何時か肯定できる日がくるだろう」


「・・そうね。

・・ねえ、何だか相手がさっきからずっとこちらを見てるけど?」


「ああ。

既に試合が始まっているから、こちらの出方を伺っているのだろう」


「え?

気付かなかった」


「君も大概酷いな」


笑みと共に視線を相手に向けた和也は、こちらを警戒し過ぎて何もできない彼らを纏めて眠らせる。


前回、前々回の試合を見ていれば、肉弾戦、魔法戦のどちらにしても、彼らに勝ち目がない事は観客も分っている。


眠りに落ちる前、彼らの表情がほっとしたように見えたのは、恐らく気のせいではないだろう。


この年のパーティー戦は、大会史を塗り替える出来事に数多く見舞われたが、その中に、死者、負傷者の数が断トツに少なかったという事実も含まれる。


故意の殺しは禁止と雖も、接戦であれば、手加減できない事も多々ある。


複数での戦いなので、寸止めで終わりにできる訳でもない。


例年通りなら、重傷者の中には治癒魔法が効かなくて、以後寝たきりになったり、リタイアする者が少なからず出ていた。


それが、準々決勝と準決勝で和也が見せた治癒能力により、劇的に減少したのだ。


具体的に言えば、彼なら救えると知った各領主やメンバー達が、自分の所の治療不可能な選手や仲間を治して貰うため、コリーやサリーに泣きついたのだ(和也に直に頼んでも、上を通せと断られたため)。


この大会に出られるくらいの戦士達は、其々の町では、防衛の要であったり、難易度の高い依頼を受けて貰える重要な人材であり、駒でもある。


領主達にとっても、決して無駄にできる存在ではない。


和也の下にしおらしくお願いに来る度、代償として細やかな見返りを求められる彼女達だが、内心では笑みが止まらない。


以前は日和見だった領主達が、挙って自分達の側に就いたからだ。


今や第2王子側は、第1王子以上の勢力を形成している。


大会が始まってから、ずっと和也達に賭けていた彼女達は、資金の面でも他を圧倒していたのである。


因みに、和也が王国主催の大会に出たのはこの一度きりだが、その影響は、以後もずっと残り続けた。


これまでは、戦い抜く事で勝ちを得る姿勢が評価されてきたが、その反面、人的損失はかなり大きかった。


楽に勝てればそれに越した事は無い。


市場に出回る金貨の減少で、貴族に限らず、商人の間でも、高価な奴隷や有能な戦士を無駄に使い捨てにはしたくないという思いが強まり、数年後には、闘技場における真剣の武器の使用自体が禁止され、魔法も、精神異常系以外は、下級魔法のみに限定された(和也が扱った、6種の下級魔法の影響が大きい)。


活躍の機会が狭められた魔術師のために、彼ら(彼女ら)専用の試合が設けられたのは言うまでもない。


そしてそれは、少ない選択肢で如何に上手く戦うかという彼ら(彼女ら)の思考をより深め、ショーとしての側面が非常に高められた結果、その人気に陰りが出る事はなくなったのである。

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