第31話
「今年の代表はどうなの?
良い所までいきそう?」
王宮の自室で、妹にそう尋ねるコリー。
これまで、ウロスの町の代表は、個人戦で3回戦まで進んだ事が一度あり、それが最高成績なのである。
パーティー戦では、2回戦までしか進めた事がない。
「個人戦、パーティー戦の両方で、必ず優勝するでしょう」
「・・・」
サリーの言葉に、彼女は絶句する。
「当然です」
何時の間にか姿を現したルビーが、事も無げに言う。
「その代表というのはもしかして・・」
「私のご主人様です」
「・・確かに、それでは試合にならないわね」
自分の出身地から初めて優勝者が出る喜びを噛み締めながらも、何処か素直には喜べない(気が咎める)彼女であった。
「あのパーティー、たった二人しか居ないぞ?
あれで試合になるのか?」
「相手、八人も居るのにな。
もっと賭ければ良かった」
「でもさ、二人共凄く良いよね?
美しさだけなら文句なしの優勝よ」
到頭始まった、王国主催の闘技大会(パーティー戦が最初で、個人戦はその後)。
その1回戦に臨む和也達を見て、観客達は思い思いの感想を述べる。
第2屋敷での朝食の席で、カナを除く仲間内に対して、『自分達のパーティー戦は見てもつまらないぞ』と予め伝えてある和也(カナは店の準備があるので、試合前の賭けに参加するだけ)。
『自分達の賭けで美味しいのは3回戦くらいまでだから、それまでに稼いでおくと良い』
そうも言われていたので、彼女達は皆で相談し、3回戦まで其々金貨200枚ずつ賭ける事に決めて、エマとミサ以外は、後は王都の観光に出かける事にした。
ギアスの治安は良いが、念のため、彼女達はミレーと一緒の団体行動にするとも言っていた。
尤も、和也にリングを渡された面々は、何かあれば直ぐ和也にそれが伝わるので、その身に危険が及ぶという事はない。
和也が現場まで来なくても、遠隔地からの援護魔法で、敵の撃退や怪我の回復をして貰えるからだ(彼女達はその事を聞かされてはいないが)。
遠くの客席から、自分をうっとりと見つめるエマの視線に気付いた和也が、苦笑しながらミザリーと話す(この世界では、観戦用にオペラグラスのようなものが普及しているので、仮令席が遠く離れていても、ある程度まで見える)。
「君は最後まで何もしなくて良い。
パーティー戦ではその能力を見せる必要はない。
飛んできた矢を避けるくらいにしてくれ」
「お客さんから文句を言われそうね」
ミザリーが微妙な顔をする。
「こちらに賭けない者から何を言われても、聞き流していれば良い。
自分達は彼らを喜ばせるために戦っている訳ではないのだ。
君の晴れ舞台は、飽く迄も個人戦だからな」
「分ったわ。
一歩も動かず、偉そうに腕を組んで、貴方の戦いを見ていてあげる」
「それだと逆に、可笑しなファンが付きそうだ」
試合開始を前にして、いつものように、緊張感のない二人であった。
「あの二人、見た事がある」
一方の敵側。
二人しか居ない相手に対して、最初から楽勝ムードが漂う中で、その内の一人だけが、神妙な顔でそう告げる。
「うちの町でか?
・・あいつら、ウロスの代表なんだろ?
流石に勘違いだろう」
自分達の町とは馬車で3週間以上もかかるくらい離れた場所にある町なので、他の誰もが気のせいだと決めつける。
「いや、確かに見た。
覚えてないか?
うちの町の闘技場で、過去最高の賭け金と賞金が出た試合。
彼らは、その時の二人だ」
「本当か?」
その場の雰囲気が少し変わる。
「あの試合後、町有数の資産家だった商人が破産したよな?
いけ好かない奴だったから、『ざまあ見やがれ』とは思ったけどよ。
ただ、実際に戦った奴らは災難だった。
損した観客から、結構怒鳴られてたらしいからな」
「強いのか、奴ら?」
「それがな、最初に魔法で全員眠らされて、それで終わりだったんだと」
「何だそれ?
剣すら交えなかったのか?」
「ああ。
だからあの二人の実力は未知数だ」
八人が混乱する中で開始された試合は、やはり和也のスリープのみで決着が付いた。
7倍の配当を貰い、さっさと会場を引き上げる和也達(通常の試合ではないので、最終的な上位者にしか賞金は出ない)。
ミザリーと二人で、毎試合金貨1000枚ずつを自分達に賭けて、その利益の中から、王都を去る際に奴隷商に立ち寄って、纏めて何十人かを解放しようと決めてある。
屋敷での夕食の際、和也達の試合を見ていたエマとミサの二人から、苦笑いされる。
初日は1回戦だけで、前回の優勝チームを除き、約50戦が行われるが、強豪はまだ手を抜いているらしく、然程面白い試合はなかったようだ。
それでも、彼女達には和也の試合だけで金貨1200枚の儲けが出たから、特にカナとリマの二人は大喜びだった。
王都に出したばかりの支店も、人が集まる時期もあり、その売り上げは上々だったらしい。
勝負をかけて、其々2000個ずつ用意した肉まんとあんまんが、1日で完売した。
この世界にはなかった特別なアルコール飲料を出した事もあり、1日の売り上げは、ここだけで金貨5枚を超える。
「ねえ、相談なんだけど、店の従業員に何かで報いる事はできないかな?
私達はもう給料が要らないし(各支店の売り上げは、人件費など全ての経費を抜いた後、1か月分の利益の6割を、カナが毎月和也に渡している)、忙しい中頑張ってくれてる彼ら(彼女ら)に、もう少しくらい還元しようと思うんだけど・・」
和也の対面で食事をするカナが、赤ワインのグラスを揺らす彼に、自身もほんのり頬を染めて、そう尋ねてくる。
「なら『大入り袋』はどうだろう?
1日の売り上げが一定ラインを超えた時、その店の従業員全員に、銀貨1枚を入れた小袋でも配れば良い」
「それ良いわね。
そういう励みがあると、大分違うと思うわ」
「うちの店は只でさえ従業員の待遇が凄く良いですからね。
寮費や食費も取らずに、月に銀貨50枚も支払う所は、国中探しても恐らく他にないでしょう。
そして更にそんな制度ができれば、従業員の離職率は今後完全にゼロになるはずです」
そう言って、彼女の隣に座るリマも、嬉しそうな笑顔を見せる。
「観光はどうだった?」
王都には初めて来たらしいミレーとレミーに、ミザリーが尋ねる。
「人が沢山居ました。
あとは物価が結構高かったですね~。
ウロスの倍近い物もありました」
レミーの回答は、何だかピントがずれてる感じがする。
「・・人込みを歩くだけで疲れました。
それにやたらと馬車が通るので、道幅が広い割に歩き難いですね」
ミレーも似たような調子である。
この二人と行動を共にしていたミーナの顔を見ると、案の定、苦笑いしていた。
「色々見て回りましたが、正直に言うと、わざわざ出向く価値はありませんね。
ここを含めて、御剣様のお屋敷の方が、全てにおいて洗練されています。
食べ物だって、屋敷や『ミカナ』を上回るような物は皆無です。
せいぜい、衣服くらいでしょうか。
でもそれだって、欲しいと思える程ではありませんから」
ミレーが駄目押しのように口にする。
「セヒロス有数の大国であるレベッカの王都を、そんな風に言えるなんて・・。
やっぱりこの環境は異常なのね」
カナが溜息を吐く。
「着飾った貴族の方とも数多く擦れ違いましたが、皆さん香水がきつかったですしね。
うちのお風呂を超える場所なんて、恐らく王宮にもないのでしょう」
「そうですねー。
何だか男性の方からじろじろ見られていた気がするので、メイドのくせに、身奇麗過ぎるとでも思われていたんでしょうねー」
ミーナとレミーの会話を聴きながら、其々が、己の過去を振り返る。
和也と出会い、受け入れて貰うまでの、自分達の暮らし振り。
それは決して王都の貴族以上であった訳ではない。
もっとずっと粗末で、簡素なものだった。
今こうして、彼らの生活に同情すら感じるのは、飽く迄も、和也の庇護下に置いて貰えた幸運の賜物。
この人を手放してはいけない。
愛想を尽かされてはならない。
そのために、日々できるだけの事をする。
彼女達は折に触れ、この誓いを再認識する。
それこそが、和也の傍に居られる、とても大切な資格であるとも知らずに。
パーティー戦の2回戦。
2日目の今日は、この後3回戦まで行われる。
和也達の相手は、何処かの町の予選を2位で通過した十六名のチームであったが(和也は対戦相手の情報を見もしないので、相手の事を陸に把握していない)、やはり開始早々のスリープでその全員が倒れ、2分もしないで決着が付く。
観客は面白くなかったようだが、試合が押している運営には、大層喜ばれた。
配当倍率は15倍で、この試合でも金貨2800枚を得たエマ達、和也同盟は、既に其々が町の有力者並みの資産を有していた。
和也は、この世界で回収した金貨のほとんどを世に出さず、必要な物以外は分解して純金のインゴットとして保管しているため、国全体で1割以上の金貨を回収されたその
受付で換金するエマ達は、必ず毎回皆でそれを行い、金貨をリングに入れた後は、寄り道もせず、さっさと屋敷に転移していた。
それまで平穏だったパーティー戦は、和也達の3回戦で大荒れになる。
その相手は、以前海沿いの町で戦った、女性に興味を示さない商人の、元所有パーティーである。
試合後に、和也が二十人全員を買い取り、奴隷から解放したが、その彼女達が再び全員でパーティーを組み、出場してきていた。
そう言えば、彼女達はそれまで、あの町では負け知らずだった。
苦笑いする和也に、ミザリーが話しかける。
「ここまで来れるなんて、やっぱり強いのね。
どうするの?
眠らせる?」
「そうだな。
わざわざまた怪我をさせる必要はあるまい」
「そうね」
そんな話をしながら臨んだ試合だが、開始直後に彼女達全員がその場で地に片膝を着き、降参の意を表明する。
これには和也達二人も驚き、それを見た観客達は、『八百長だ!』と大声で彼女達に怒りをぶつける。
直ぐに試合は終了し、其々が退散した後、和也は一人で闘技場の出口付近で彼女らを待った。
「先程の件だが、一体どうしたのだ?」
団体で出て来た彼女らに、和也は穏やかに話しかける。
彼女達は皆が頭を上げ、前を向いて歩いて来た。
何らかの失敗をして、それを恥じている時のように、下を向いてはいなかった。
「またお会いできて嬉しいです。
あれに関しては、事前に皆で話し合い、全員が賛成して実行した事ですから、どうかお気になさらずに。
私達は、大恩ある貴方と、二度と戦う積りはありません。
今回の件では、後で領主から何か言われるかもしれませんが、これを限りに皆で闘技から退く積りなので、多分大丈夫だと思います」
リーダー格の女性がそう言うと、他の皆が笑顔で頷いた。
「個人戦に出る者は居るのか?」
「いいえ、残念ながらそこまでは・・」
「ならこの後は、王都の観光でもして帰るのか?」
「そうしたいところですが、今回は直ぐに帰途に就いた方が良いかもしれません。
観客からも、かなりやじられましたからね。
戦ったとしても、結果が変わる訳ではないのに・・」
「ここは人目に付く。
少し移動しよう」
先程から、通りすがりの者達が、こちらをじろじろ眺めていく。
闘技場を出て少しの場所にある、誰もいない木陰に来ると、和也は口を開く。
「良ければ町まで送るが?」
「え?
でもあなたは、明日も試合があるでしょう?」
馬車でも片道2週間近くかかる町なのだ。
船なら2日だが、この時期、この人数では、生憎直ぐには予約が取れない。
「転移で送ってやる」
「!!!
・・これだけの人数で、あの距離を?」
彼女の声が震えている。
「試しに、王都で買いたい物があるなら、そこまで飛んでみせよう。
何かあるか?」
「・・宿に荷物を取りに行かねばなりません。
それから、今話題になっている、『ミカナ』という店のあんまんを、できれば食べてみたいです」
「お安い御用だ。
宿の場所を頭に思い浮かべてくれ」
笑顔になった和也が、先ずは皆と宿まで転移し、驚きで動きが少し鈍くなった彼女達が荷物を纏めている間に、『ミカナ』の支店の裏口で、肉まんとあんまんを、其々人数分購入して戻る。
全員揃ったところで物陰に移動し、今度は彼女達の町まで飛ぶ。
「これが『ミカナ』自慢の肉まんとあんまんだ。
其々人数分ある。
なるべく温かい内に食べると良い」
そう言って、側に居た女性二人に、下げていた袋を手渡す。
見覚えのある景色と、嗅ぎ慣れた潮の匂い。
本当に自分達の町まで帰れた事に、改めて驚く彼女達。
その内の何人かが互いに目配せして、和也の方に進み出る。
「あの、私達にお礼をさせてくれませんか?
貴方さえ良ければ、皆で一日中ご奉仕します。
勿論、この身体を使って・・」
それを聞いた他の数人が、頬を赤らめて下を向く。
「非常に魅力的な提案ではあるが、それは自分の信条に反するのでな。
気持ちだけ貰っておこう。
それから1つ尋ねるが、あの大会のパーティー戦で優勝すると、褒美に何が貰えるのだ?」
「ご存知なかったのですか?
個人戦の優勝とは異なり、金貨500枚です」
「成る程。
では君達にこれを」
和也は徐に、収納スペースから金貨1000枚入りの袋を2つ取り出し、リーダー格の女性と、その隣に居る女性に手渡す。
「金貨2000枚。
これは今回、本来なら優勝できたかもしれない君達への、細やかな贈り物だ。
一人当たりだと金貨100枚にしかならないが、何かを始める元手にはなるだろう。
自分のせいで、要らぬ非難を浴びせられた事、本当に申し訳なかった。
ではな」
彼女達が金額を聴いて呆然としている間に、和也は王都に転移する。
後に、和也があの町に『ミカナ』の支店を出した時、彼女らの内から数名が、その従業員として応募してきたという。
3回戦での和也達の配当は、何と20倍。
それ程までに、彼女達の前評判は高かったらしい。
若い女性だけで構成された二十人のパーティーは、和也が知らなかっただけで、前回の大会ではベスト4まで進んでいたらしい。
尤も、その時はまだ彼女達は奴隷の身分であり、パーティー名も当時とは異なっていた。
そんな彼女らを、幾ら闘技場から手を引くとはいえ、金貨400枚で売り払ったあの商人は、豪気と言うほかは無い。
第2屋敷での夕食時には、一人当たり金貨3800枚も稼いでしまったエマ達が、微妙な顔で座っていた。
大会で賭けるのはこれで最後の彼女達だが、既に一生遊んで暮らせるだけの金額になっている。
大商人並みの資産を手に入れた彼女達ではあるが、その顔色は冴えない。
受付での換金時、少し離れた場所では、大損をした者達が呆然として座り込んでいた。
市街にも、下を向いて歩いている者が大勢居た。
和也達に賭けて、大喜びして酒場で飲んでいる者も居たが、そういう者達は、元々半信半疑で賭けているので、彼女らと違い、賭け金はせいぜい銀貨数十枚なのだ。
貴族の中にも大損した者が多く、初日に比べると、明らかにその人出が少なかった(因みに、ハロルド家はかなり儲けたらしい)。
カナだけは相変わらず、そういった事は然程気にしていない。
商売をしていれば、儲かる時もあれば損する事もある。
それと同じで、自己の意思で賭け事を行う以上、その結果にも責任を持つべき。
幼い頃から屋台での両親の仕事を手伝い、やっとあの場所に自分達の店を持てた彼女は、考え方もある意味ドライなのである。
「王都に来てから、君達もそれなりに稼いだと思うので、念のために聴いておく。
皆はまだ、自分の所で仕事をしてくれるだろうか?
自分はもう、君達を縛る術を持たない。
今は給料さえ支払っていないし、大金を得て、やりたい事ができた者もいるだろう。
もしそうなら、遠慮なく申し出て欲しい。
自分は決して、それを咎めたりはしない」
和也としては気を遣った積りなのだが、彼はまたしても選択肢を間違えた。
ミザリーとカナ、ミサ以外の皆の顔に、怒りを含んだような不満が現れる。
「ご主人様~、もう二度とそんな事を聞いたら駄目ですよ~?
幾ら私でも、
レミーが頬をピクピクさせながらそう口にする。
「冗談として受け止めておきます。
ご主人様が、私をそんな目で見ていたとは思いたくありませんから」
そう告げるミレーも、その眼は鋭い刃物のようだ。
「私の決意は、貴方に身請けされた時に述べた通りです。
それはこれからも、決して変わる事はありません」
リマが真剣な顔で言ってくる。
「貴方との関係は、最早お金には代えられないのです。
どうかそれを分って下さい」
ミーナも悲しげに言葉を紡ぐ。
「私は元から、自分の気持ちだけで貴方の側に居ます。
そこに金銭が入り込む余地などありません」
エマが無表情で言ってくる。
「・・いや、流石に自分も、君達が利益だけで傍に居てくれるとは考えていない。
ただ本当に念のため、確認したに過ぎないのだ」
彼女達の怒りや悲しみを肌で感じた和也は、申し訳なさそうに弁解を試みる。
「これはもう、お風呂しかないわね。
皆で一緒に入って、何もかも洗い流しましょう」
『ミカナ』の共同経営者であるカナは、和也の言葉は己に向けられたものではないと理解している。
なので、どちらかと言えば和也サイドで、皆を宥める立場に居る。
風呂を提案したのは、若干、己の願望も含まれていたようだが。
「私も、是非皆さんと入ってみたいです。
御剣様なら、嫌じゃありませんから。
『寧ろ嬉しいです』」
それまで冷静に周囲の空気を読んでいたミサも、援護射撃のようにそう言ってくる。
和也と一緒のお風呂という、彼女達には切り札ともなり得る条件を示されて、やっと皆の表情が落ち着く。
当然だが、和也には反論の余地はない。
ミザリーの、『やれやれ』という呟きを最後に、今度はいつも通りの食事が再開されるのであった。
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