第30話

 「ほうらほら、ご飯ですよ~。

喧嘩しないで食べてね」


和也が王都付近に創った第2屋敷、その池で泳ぐ数匹の錦鯉に餌をやるレミー。


蓮の花を避けながら近付いて来て、水中から口だけを出して貪欲に餌を食べる様子を見ながら、彼女の表情が緩む。


「こちらは呑気ですね~」


池に置かれた石の上では、1匹の亀が甲羅干しをしている。


レミーは最初、これらの鯉は食用に養殖しているのだとばかり思っていた。


この世界では、ペットという概念はあっても、観賞用に生き物を飼うという事は少ない。


それが食用になるなら尚更だ。


地球では一部を除き、鯉はあまり食べないし、錦鯉なら専ら観賞用だが、こちらにそのような区別はない。


『どのくらい育ったら調理します?』、そう聴かれて、和也は少し驚いていた。


「それにしても、広いお庭ですね~。

王都付近でこれだけの土地を持てるなんて、最早王族並みですね」


池に架かる橋の上から、ぐるっと周囲を見渡せば、(彼女から見れば)白い砂利と苔むした岩がある地味な場所や、桜や紅葉、梅の木なんかが点在するように植えられた箇所もあり、季節ごとの散歩すら楽しそうだ。


ご主人様曰く、『庭の手入れは必要ない』との事なので、自分はただ眺めるだけで済む。


「贅沢ですね~」


明日からここに滞在する皆を迎えるために、この屋敷を一足早く見に来た彼女は、この場の雰囲気に合うよう、食事はレシピ本の和食から選ぼうと決めていた。



 「まだここに居たのか。

明日までに立ち退かないと、子供と雖も牢にぶち込むからな。

いいか、必ず今日中に立ち退けよ?」


ギアスの町を散歩していた和也達は、市街地のとある路地付近で、その言葉を耳にした。


「でも他に空いてる場所がないんです。

もう2か月もここに居るのに、どうして今頃駄目だと言われるのですか?」


まだ13歳くらいの少女が、俯きながら、小さな声で役人達に反論している。


「もう直ぐ王国主催の闘技大会が始まる。

それをご覧になるために、各地から貴族のお偉方が多数この王都にお集まりになる。

ここはその方々が馬車で通る道沿いだ。

お前のように、汚い身なりをした者が居ては、かの方々がご不快になる」


「では後で必ず、川で水を浴びておきます。

服も洗っておきますから」


「そういう問題ではない。

第一、水では染み込んだ臭いまでは消せまい。

風呂に入る金さえないくらいだ。

こんな所で花なんか売っても、幾らにもならないのだろう?

・・大人しく失せろ。

どうせその内奴隷に落ちるのだから、今の内に少しでも自由を楽しんでおけ。

奴隷になっても、お前では暫く売れないぞ?」


暴力こそ振るわないが、その言葉には一切の温かみがない。


浴びせられた者が、一体どんな気持ちになるか、考える事なく口から出ている、そんな感じだ。


「本当だよ!

さっさと立ち退いておくれ!

あんたがそこに居るせいで、うちの売り上げにまで支障が出るんだ。

折角近くまで来てくれたお客さんが、あんたの身なりを見て、顔を顰めて帰って行くんだよ?」


隣で食べ物の屋台をしている中年の女性が、役人に同調するようにまくし立てる。


「あの時、食べ物なんて与えるんじゃなかった。

情けをかけたばかりに、居着かれてしまった」


それを聴いた少女は、役人の言葉よりも相当応えたらしく、静かに涙を流しながら、片付けを始める。


嗚咽も漏らさず、ただ黙って片付けを終えた少女は、ゆっくりと路地裏に消えて行く。


「協力に感謝する。

中々従わなくて困っていたんだ」


「いいえ、こっちこそ助かりました。

普段ならともかく、この時期は1番の稼ぎ時ですからね。

いい迷惑でしたよ」


役人達と女性の会話をそこまで聞くと、ミザリーが徐に、和也と組んでいた腕を解く。


まるで、次に和也がどう動くかが、全て分っているとでも言うように。


果たして彼は、少女が消えた路地裏に足を運んでいた。



 「少し良いかな?」


両手に大事そうに、花が植えられた幾つかの小鉢をぶら下げ、路地を奥深く入って行く少女。


その彼女に、和也はできるだけ穏やかな声をかける。


「・・私の事ですか?」


立ち止まり、振り向いた少女が、まだ涙の痕が残る顔を向けてくる。


「そうだ。

もし時間があれば、自分と話をしてみないか?」


「私、何かしましたでしょうか?

貴族の方にご迷惑をおかけしていたなら、心からお詫び致します。

どうかお許し下さい」


頭を下げ、感情のない、か細い声でそう告げてくる。


ぼさぼさで埃塗れの長い髪が、少女の小さな顔を覆い、所々解れて破けた衣服から、素肌が覗いている。


「いや、そうではない。

単に君と話がしたいのだ。

嫌でなかったらだが、少しだけでもどうかな?」


「貴方が私とですか?

・・もう許して下さい。

こんな私だって、傷つく心はあるんです。

人並に、夢を見る事だってあるんです。

可笑しいですか?

貴方のように、全てに恵まれた方には分らないかもしれませんが、汚くたって、貧しくたって、格好良い人に話しかけられれば舞い上がりもするし、もしかしたら何かが変わるかもなんて、浅ましい思いも抱くんです。

でももう、諦めましたから。

二度とそんな事を考えませんから、・・どうか許して下さい。

お願いです」


その小さく細い声には、少女のこれまでの経験が反映されている。


和也がたった今、ジャッジメントで垣間見た光景が、大きく影響している。


人という存在は、ゆとりを持てば優しさを備える反面、時に、より残酷な面も覗かせる。


暇を持て余し、傲慢になり、弱者をいたぶる事で楽しみを得ようとする者が出てくる。


この少女も、王都という場所で花を売る過程で、これまで何人かの男に、優しく声をかけられていた。


毎日花を買ってくれた男性。


時々顔を見せては、花を買いながら、今度何処かに遊びに行こうと誘ってくれた少年。


嬉しくて、男性の後をこっそり付いて行けば、ごみ箱に無残に捨てられる花々。


待ち遠しくて、1時間も早く待ち合わせ場所に行こうとして、そこで少年とその友人が、自分の事を笑っている姿を見てしまう。


『こんな花、家には持ち帰れない。

貴族としての慈善活動とやらは、全く以って馬鹿馬鹿しい。

人気取りも大変だ』


『・・それでその女がさ、俺の事を熱い眼差しで見てくる訳よ。

馬鹿だよな。

あんな貧乏で汚いの、俺が相手にする訳ねえのにさ。

芝居に飽きたら、皆で思い切り笑ってやろうぜ?』


和也は、青く輝く瞳を、気を静めるように一旦閉じる。


そして再度開くと同時に、断りもなく彼女の全身を浄化し、衣服や靴を修復する。


ぼさぼさで艶のなかった髪を整え、潤いを与え、肌の傷や内臓の傷みまでをも治す。


それからまた、口を開いた。


「自分を信じてくれとは言わない。

ただ、君を馬鹿にする積りなどない、それだけを分って欲しい。

自分は君を案内したい場所がある。

男性と二人きりだと不安だろうが、あそこに自分の連れが居る。

もう一度考えてみてくれないか?」


和也が視線を向けた先に、笑顔で手を振るミザリーが居る。


彼女はゆっくりと近付いて来ながら、少女に話しかける。


「彼に付き合ってあげれば、これから何かが変わるかもしれないよ?

チャンスは一度きり。

辛い記憶もあるだろうけど、可能な限り、前を向く気持ちは捨てないで。

神様は、案外近くに居るものなのよ?」


少女の眼の中に、逡巡の兆しが見える。


ミザリーが、再度少女に微笑んだ。


それを見てから、今度は和也をじっと見つめる少女。


「・・少しだけ、お付き合いします」


笑みを浮かべた和也が、援護射撃をしてくれたミザリーの頭をやや乱暴に撫で、少女に向けて、その手を差し出す。


「重いだろうから、付き合ってくれる間、その花を持とう。

・・彼女に摑まってくれ。

では、行くぞ」


「え?」


三人の姿が瞬時に掻き消える。


少女の視界に次に現れた光景は、見知らぬ花園であった。


ミザリーも、初めて目にするその美しさに見惚れている。


秘密の花園。


そこは異世界、エターナルラバーにある、アリアとオリビアのお気に入りの場所であった。


「ここ何処?

凄く奇麗だけど、何か変な感じ。

陽射しがいつもと違うし」


太陽の位置はまだ高いのに、まるで夕方のような光の弱さと赤さ。


「ここは異世界。

君達が居る世界とは、全く別の世界だ」


「異世界?」


「別に可笑しくはないだろう?

この世には色んな世界がある。

唯それだけだ。

陽射しが変に感じるのは、ここが地中で、太陽が人工だからだな」


「ええ!?」


少女は固より、ミザリーまでが驚いて辺りを見回す。


「・・ここが地中ね」


乾いた笑いを漏らすミザリーの側で、少女は目の前の花園に興味があるようだ。


「花園の上には、透明な通路がある。

自由に見て良いぞ。

こちらはもう直ぐ夜。

花たちが、君を歓迎してくれる」


「?

有難う」


恐る恐る、通路の上に足を踏み出していく少女。


やがて人工の陽が落ちる(消える)と、来訪者を喜ぶように、所々で花々の開花が始まる。


「・・奇麗。

まるで天国の光景みたい」


その心には、一体何が浮かんでいるのか?


細く緩やかな涙を流す少女を見て、和也はミザリーに声をかける。


「少し出かけてくる。

彼女を見ていてくれ。

周囲には結界が張ってあるから、魔物が居ても気にしなくて良い」


「分った」


ミザリーが頷くのを確認すると、和也は魔獣界へと転移する。


人魚の歌姫との約束通り、時々その歌を聴きに、ここを訪れる和也。


今回はアウレイアに用があった。


魔獣界を遠視で見渡し、彼女が今作っている花畑まで飛ぶ。


「邪魔するぞ」


「御剣様!

いらして下さって嬉しいです」


笑顔で近寄って来る彼女が、和也が両手にぶら下げる花に視線を向ける。


「可愛いお花。

新しい品種を持って来ていただけたのですか?」


「これは預かり物だが、売り物でもあるようだから、君が気に入れば自分が購入してプレゼントしよう」


「では是非。

フフフッ。

大切に育てて貰ったのね」


鉢から土ごと出され、植えられた際に消える魔法の容器に移された花々を和也から手渡された彼女が、嬉しそうに、そう花たちに話しかけている。


「ここの環境でも大丈夫だろうが、もし何か要望があれば聴くぞ?」


「そうですね、この花に限らず、少し陽当たりが欲しいです」


魔獣界には昼夜の区別がない。


闇の精霊王である、エメワールに管理させているため、太陽を創れないからだ。


この世界は魔素が特殊であるため、陽を浴びずとも、そこに棲む生物や植物に問題はないが、気分的にもあった方が良いのだろう。


「分った。

ではこれから、この世界に昼夜の区別をつけよう。

太陽の代わりに、青い月を出す形でな。

それ程強い光ではないが、その陽射しを、太陽と同じ成分にしておくから、浴びるだけで同様の効果が出る」


「有難うございます。

とても嬉しいです。

・・今回は、私に会いに来てくれただけですか?」


何か用があるのではと、彼女が気を利かせてくれる。


「実は君に相談があってな。

育成に然程手間が掛からず、枯れ難い、そんな花があるだろうか?」


「ありますよ。

ただ、地味な花ですから、観賞用としては人気が出ないでしょう」


そう言って、自身の掌からその花を出し、自分に見せてくれる。


茎は太く長いが、白い花びら自体は確かに華がない。


15㎝くらいの花を見ながら、和也は更に尋ねる。


「この花は実を付けるのか?」


「いいえ、年に一度、7日程咲き、その後散ってはまた翌年に咲くの繰り返しです」


「この花を貰っても良いか?

自分が少し品種改良して、ある特定の実を付けるようにしたい」


「勿論です。

どうぞ」


差し出された花を、魔法を用いて持参していた鉢に植え、大事そうに手から下げる。


「済まないな。

君のお陰で、ここも大分花が増えた。

あちらの世界の花園でも、今一人の少女に、至福の時間を与えている事だろう。

・・自分は花が好きだ。

どの花も、どんな花でも、其々に何らかの役割があり、自然の中で、何かにとって、誰かに対して、仮令細やかでもその役に立っている。

外見上の美しさだけが、花の魅力ではない。

何にでも言える事だが、それを目にする者の心の有様ありよう、送ってきた生の違いで、その対象は様々な顔を相手に見せてくれるから。

これからも、君が育てる花を楽しみにしている」


微笑むアウレイアにそう告げると、和也は空に向けて莫大な魔力を発し、青い満月を出現させる。


いきなり月が顔を出し、薄闇の世界を照らし出した事で、ここに棲む皆が驚いている。


その分、夜となる時間帯の闇をより濃くしてバランスを取ると、和也は彼女に改めて礼を言い、ミザリー達の下へと転移する。


余談だが、エメワールに事後報告した際は、彼女の機体に赴いて、共にお茶を飲む事を要求された。



 あれから約40分。


少女は未だ花園でのショーに見惚れ、忙しなくあちこち移動している。


休憩スペースで椅子に座り、その彼女を見守っていたミザリーが、和也に尋ねてくる。


「何してきたの?」


「別の世界で花を貰ってきた。

花園の所有者との約束で、ここの花には手を出せないからな」


「少し地味に見えるけど、わざわざ行くくらいだから、何か特徴があるのよね?」


「この花は、年に一度、小さな実を1つだけ付けるように自分が品種改良した。

その実には、育てた過去1年分の様々な思い出を、鮮明に収穫者の心に映し出す効果がある。

幸せだった年の物は取って置き、そうでない年の物は土に蒔いて、その数を増やせる。

所有者が主観的に育成を放棄しない限り、この花は枯れる事がないから」


「何でそんな効果にしたの?

数を増やすには、不幸な方が良いのでしょう?」


「土に蒔いた場合には、その花が咲くまでに、その年の嫌な事を完全に忘れられる。

己の成長を促すためには、忘れずに、苦しみ続ける必要がある痛みも存在するが、思い出す必要のない、対峙する価値もない出来事もまた、数多くある。

誰もが皆、心が強靭な訳ではない。

時に頭に浮かんではその者を追い詰める、そうしたものは、犯した罪に向き合うためでないのなら、忘れて楽になるなら、その方が良い」


少女を見遣りながら、和也はそう答える。


「あの娘の生い立ち、そんなに酷いの?」


ミザリーが、再度少女に目を向け、悲しそうな表情をする。


「・・父親は、誰だか分らない。

彼女の母は娼館に通う娼婦で、仕事でのストレスからか、あまり彼女に優しくはなかった。

ただ、心の癒しを求めていたのだろう、花がとても好きだったようだ。

彼女は、母親に好かれたい一心で、野に咲く奇麗な花を採って来ては、家の中で育てていた。

学校にも通えず、同じような年齢の友達もいない。

その話し相手は、専ら花たちだった」


「・・・」


「母親が娼婦特有の病で死ぬと、一人になった彼女に、手を差し伸べる者はいなかった。

母親の勤め先も、まだ小さかった彼女に客がつくとは思えず、近所付き合いもなかったせいで、誰からも忘れ去られた存在だった。

空腹に耐え兼ね、育てていた花を売り始めたが、野草ではそう高くは売れない。

銭湯へ行くためのお金など作れるはずもなく、1日1食でさえ、やっとだったみたいだな」


「孤児院とかには入れなかったのかな?」


ミザリーが痛ましげな顔をする。


「王都の孤児院は、生まれか外見が良くないと、入るのは難しい。

15になると市民税が生じるので、孤児たちはそれまでに独り立ちするか、他の受け入れ先を探さねばならない。

女性の場合は、なるべく早く何処かの家の養女になれるよう、見目麗しい娘が優先的に受け入れられ、男性なら、丈夫で頭の良い者が好まれる。

特に女の子は、引き取った家から孤児院に謝礼が支払われるので、どうしても容姿を重要視される。

きちんと身だしなみすら整えられなかった彼女には、きっと辛かったはずだ」


今は和也によって、その汚れは完全に浄化され、衣服も新品同様である少女。


艶のある髪が奇麗に整えられ、その外見は、町の少女達と何ら変わらない。


「中々花が売れず、空腹が極限まで高まっていた時、当時売り上げが良くて上機嫌だった屋台の女性から、1本の串焼きを施された。

その味が、彼女には忘れられなかったのだ。

食べ物としての味は然る事ながら、初めて他人から受けた、善意という調味料がな。

・・だからこそ、役人達ではなく、あの女性の言葉が彼女には致命的だった」


「・・あの娘をどうするの?」


「彼女が望むなら、『ミカナ』の研修所に受け入れる。

支店先として購入してある家屋の中には、庭がある物件も多数ある。

仮令働きながらでも、自分が苗を用意すれば、そこで花を育てる事は可能だろう」


「私が学校に通わせても良い?

初等教育くらいは、今後必要になるでしょ?」


「そうだな。

研修所の寮から通わせれば良い。

ウロスの町の学校なら、ハロルド家を通せば、いじめに遭う事もないはずだ」


「『ミカナ』の関係者だと知れば、誰も手を出せないわよ。

カナが言ってたわよ?

あれ以来、店内の雰囲気が凄く良くなったって」


恐らく、あの貼り紙の事を言っているのだろう。


「自分はそんなに怖いか?」


苦笑しながらの問いに、ミザリーは笑顔で答える。


「貴方には2つの顔がある。

いえ、3つかな。

悪人からすれば、それはもう、悪魔のように怖いでしょう。

貴方の前ではきっと、借りてきた猫のように大人しくなる。

でも善人が見れば、こんなに頼もしい人は他にいないと感じるはずよ。

私には、意地悪で枯れた人にしか見えないけどね」


「済みません、随分時間が経ってしまって」


花々のショーを見終えた少女が、申し訳なさそうにそう述べて戻って来る。


「楽しんで貰えただろうか?」


「はい、とても。

どうも有難うございます。

・・身体まで奇麗にしていただけたのですね。

服も新品のようですし・・」


透明な通路に映る己の姿に気付いた彼女が、頬を赤らめてそう言ってくる。


役人達との会話や、過去の出来事から、自身の身なりには心を痛めていたが、如何せん先立つものがなく、目を瞑っていたようだ。


因みに、普通の浄化では、髪の長さまで整える事はできないが、彼女にはそこまで分らない。


「外見的なものなど、気を付ければ直ぐに奇麗になる。

だが心はそうはいかない。

君の心は、環境に染まらずとても奇麗だった」


穏やかに微笑む和也の顔を、眩しそうに見る少女。


「君に謝る事がある。

預かっていた花々を、欲しいと言う者に全て売ってしまったのだ。

これがその代金だが、足りないだろうか?」


和也が少女の掌に、金貨2枚を載せる。


「え?

・・これ、もしかして金貨ですか!?」


初めて見る金貨に、かなり驚いている。


「こんなにしません!

1つ銅貨15枚なので・・」


「買った者には、それだけの価値があったのだ。

花々を通して、きっと君の心が見えたのだろうな」


褒められる事に慣れていない少女が、顔を赤くして下を向く。


「君さえ良ければ、ウロスの町に住まないか?

住む場所と、仕事を紹介できる。

家賃は掛からないし、食費も只だ。

研修は受けて貰うが、その間も給与として、月に銀貨40枚を支払う。

庭があるから、そこで花を育てて良いぞ?」


「銀貨40枚!?

どうして私にそこまで・・」


これまで月に銀貨2枚すら難しかった少女は、驚きで再度顔を上げる。


「君だからではない。

人は本来、真面目に働けばそれくらいの額を貰って当然なのだ。

尤も、あまり高過ぎても、物価を上げるだけなので、所得の低い者を苦しめる事に繋がるのだが・・」


「ねえ、学校に通ってみたくはない?

貴女にその気があるなら、私が学費を出すわ。

少し年が離れているけど、きっと良いお友達もできるわよ?」


「学校ですか!?

でもあそこは、お金持ちの人が行く所だから・・」


「そんな事ない。

学びたい人、学ぼうとする人なら、誰でも行ける場所よ。

少なくとも、初等学校はね」


「・・良いんですか?」


なお遠慮する少女に、ミザリーは嬉しそうに答えた。


「勿論!」


この後、二人に連れられた少女はカナに預けられ、研修所の寮で暮らしながら、学校へも通う事になる。


清潔な部屋と十分な食事、毎日の入浴は、少女を別人のように明るくさせ、親切な大勢の同僚に囲まれて、その顔にも笑顔が絶えなかった。


学校では、和也の関係者だと知った領主の息子に便宜を図られ、もう一人の少女とも、仲の良い友人となる。


和也から渡された鉢に咲く花は、大切に育てた少女に応えるように、毎年奇麗な実を付ける。


その実は、彼女の生涯において、たった一度の例外を除き、土に蒔かれる事はなかったという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る