第29話

 「この屋敷を買いたい」


王都ギアスの町にある不動産屋で、和也は金貨500枚の物件を示してそう告げた。


「有難うございます。

身分証を拝見できますでしょうか」


店員の丁寧な言葉に従い、こちらの世界に来た時に作成した、一般市民と明記されたそれを出す。


「・・申し訳ございません。

こちらの物件は貴族用でございまして、一般市民の方にはお売りできません」


和也の身なりを見て貴族と勘違いしていた店員が、済まなそうにそう話す。


「お金があるだけでは駄目なのだな?」


「左様でございます。

王都で新たに屋敷を構えたい新貴族の方々のためにも、空きが出ても、平民の方にはお売りできない決まりなのです」


仮令貴族でなくても、金貨500枚をポンと出せる和也が上得意客である事に変りはないので、店員は飽く迄も丁寧にそう説明してくる。


「ではこちらの物件だけを買う」


そう告げて、『ミカナ』の支店用に、150坪の物件を指差す。


「有難うございます。

金貨100枚でございます」


王都の市街でこの値段なのは、広さだけで建物が老朽化しているからだ。


だが、和也ならそんな事はどうとでもなる。


料金を支払い、手続きを終えて、その物件がある場所まで転移すると、その周囲に結界を張り、建物だけを取り壊して更地にする。


その後、『ミカナ所有地』と記した立札だけを立てると、王都の城壁の外へと転移した。


王都を背にし、ざっと周囲を見渡す。


1㎞程先の雑木林に目を付けた彼は、そこの木々を取り除き、地を均して、約1万坪の敷地を設け、そこに日本家屋の屋敷を建てる。


池を造り、枯山水の庭園を設け、桜と紅葉を植える。


どの季節でも庭を楽しめるよう、屋敷の間取りに合わせてそれらを配置し、周囲に結界を張る。


取り除いた木々を別の場所に植えて、その枝を剪定する。


この世界では、領土と領地、個人所有の土地には以下のような考え方が成り立つ。


領土は国の単位で国しか持てない。


領地はそこを治める貴族が、形式的に国から借りている。


王家の力が弱く、地方領主の力が強い国では、実質的には領主の所有地であり、課税もされない。


各領地の町や村に住む個人は、その場所に住んだ最初の人物が領主に地代を支払い、土地の個人所有を許されて、代々相続していく。


この権利は、仮令領主が他の家に変わっても主張できるので、住民は安心して住める。


では領地内の、町の城壁や村の囲いの外にある家はどうなるか。


これは、自己責任で身を護る事を条件に、個人宅なら自由に建設を許される。


仮令盗賊や魔物に襲われても、そこを治める国や領主に救出や護衛の義務はなく、市民税だけを取れる。


但し、市民税を取れるのは、その者が本拠地として登録(町名や村名だけ)している場所だけなので、今和也が造ったような、時々しか滞在しない別宅には課税できない。


そう聞くと、領主に地代を支払う事を惜しむ者達が、どんどん町や村の直ぐ側に家を建てようとするだろうとも思えるが、魔物が存在し、治安も決して良くはない世界で、個人の力だけで終始身を護る事ができる者は極限られる。


防災や警備の必要上、町なら500m、村なら100m以上は離れて建てなければならないし、買い物に行くにも一々城門で身分証を呈示する義務を負い、夜間の移動などにも危険が伴う。


それらを懸念して複数の者達が寄り集まれば、結局は村として認可され、領主は何の負担もなく彼らから地代を徴収できる。


そんな訳で、これまではそうあからさまに城壁の外に家を建てる者は居らず、居ても直ぐに何者かに襲われて、その命を落としていた。


和也が林の中に建てた屋敷は、領主並みの規模と豪華さを誇る。


人に見つかれば先ず間違いなく話題になるが(外から王都に来る者なら、比較的見つけ易い)、結界で覆われているため、敷地の外から眺める事しかできず、闘技大会中にその存在を知った第1王子ら数名が言いがかりをつけに来ても、喚く以外に何もできなかった(誰の所有かすら不明だから)。


屋敷内の各施設を自分好みに作り、直ぐにでも皆が使えるようにすると、玄関内に転移紋を作成し、城門を通らずとも、自由に王都の中に入れるようにする。


そこまでの作業を終えると、彼はさっさとウロスに転移した。



 『ミカナ』での昼食時、和也は、彼に話があるというカナとリマに請われて、食事を共にする。


いつものお気に入りを食する彼に、リマが口を開く。


「お話というのは、支店の2号店と3号店を何処にするかという事です。

2号店はサイアスで問題ないと思います。

お許し頂ければ、直ぐにでも開店準備に入ります。

ただ、3号店は、できればより反響の大きな町にしたいと考えております。

幸い、ミレノスに出した1号店の売り上げは上々で、メニューを絞った事もあり、毎日1000個ずつ販売する肉まん(銅貨7枚)とあんまん(銅貨5枚)が、その日に売り切れる状態が続いております。

なので、ここで一気に『ミカナ』の知名度を上げて、その名を全国的なものにしたいと考えております。

御剣様はどのようにお考えでしょうか?」


「カナも同意見か?」


きしめん擬を静かに食べている彼女に、確認を取る和也。


「ええ。

貴方のお陰で、人口の多いサイアスで2号店を開けても、まだ十分な人員が残る。

どうせなら、研修を終えた彼らをどんどん実戦投入して、その意欲を維持しながら売り上げを狙った方が良いと思う。

3号店には、王都ギアスを考えてるわ」


和也から用地買収の報告を受けた彼女が、彼の眼を見てそう言ってくる。


「メニューは絞るのだな?」


「ええ。

ミレノスでの売れ方を見る限り、もう全支店で、肉まんとあんまん、一品料理を1つか2つ、あとは飲み物だけの営業で良いと思うわ。

他店との差別化を図り、提供時間や回転率を速め、ロスをなくす意味でも、その方が断然良い」


「自分もその考えに賛成する。

町の規模が小さい支店での営業なら、肉まんとあんまんの単品のみでも良い。

その店でしか味わえない物だけで勝負した方が、長い目で見れば、きっと上手くいくだろう」


現在更地になっている場所に、明日にでも建物を建てる事を二人に伝え、食事を続ける。


「王都での大会、貴方とミザリーに賭けるわよ?

たっぷり稼がせてね」


「私も金貨200枚賭けます。

宜しくお願い致します」


二人からそう頼まれ、苦笑する和也。


「そのくらいなら良いが、オッズが下がるから、あまり派手に賭け過ぎるなよ?

それから、向こうでの滞在用に屋敷を買おうとしたのだが、生憎広めの物件がなくてな、城壁の外に自分で建てた。

リングに転移先を加えておくから、好きに使って構わない。

外に在っても、結界が張ってあるから、自分の許可がなければ誰も入れないから安心してくれ」


「・・お屋敷をご自分でお建てになったのですか?

無から全て?」


リマが驚いている。


「そこは突っ込んでは駄目な所よ?

うちの研修所は、どれも彼が一晩で一から造ったものなの。

この人を、人間の枠に入れて考えても無意味だわ」


「・・御剣様がいらっしゃれば、不動産屋など要りませんね」


己が仕える主の力を再認識し、溜息を吐く彼女。


普段は穏やかで、時折冗談さえ言ってくる彼だけに、気を抜くと、ついその容姿だけに目がいってしまう。


自分の恩人であり上司、そこに更なる肩書を加えるためにも、もっと彼を理解していかねばと、気を引き締めるリマであった。



 年に一度の王国主催の闘技大会、その予選が各町で始まった。


事前にウロスの町の参加者達に伝えられていた通り、和也が参加を表明した時点で代表入りが確定するので、パーティー戦の1枠は、既に『可笑しな二人』に決まっている。


なので、パーティー戦の残り1枠と、個人戦の2枠(和也は不参加)を摑み取るために、数日間の日程が組まれた。


和也達のお陰で、今年度、過去最高の手数料収入を得た闘技場の運営は、パーティー戦の優勝チームを最初から『可笑しな二人』に決定し、優勝賞金の金貨200枚を彼らに与えたが、それには何処からも文句が出なかった。


寧ろ、和也が個人戦に出場しなかった事を、参加者全員に喜ばれた(個人戦の優勝賞金は金貨100枚)。


個人戦の出場者名にミザリーの名前があったが、この時はまだ、彼女はウロスの町の皆に、和也の御負けとしか認識されていなかった。


1回戦を終え、力を出すまでもなく勝利したミザリーと、『ミカナ』で夕食を取る。


勝って当たり前なので、お祝いではない。


「意外とつかなかったな」


ミザリー戦に金貨1000枚を賭けた和也は、配当として戻って来た額を見て、苦笑いしていた。


4倍の金貨4000枚。


一般的には、それ程弱そうには見えない相手であったが、思っていた程のオッズが出なかった。


「そうね。

貴方の仲間だから、(以前損した)皆に警戒されたのかも」


「単に容姿の好みで支持されたのかもしれん。

実力差が分らないなら、後は好き嫌いの問題でしかないからな」


「そう聞くと身も蓋も無いわね」


「人気があって良いではないか。

それで実力が伴わなければ虚しいだけだが、君にはそれもある」


「誰かさんのお陰でね。

毎日魔力を流し合うだけで、あんなに効果が出るなんて、黙ってないと、それ目当てで貴方に女性が殺到しそう。

只でさえ(同盟の娘以外で)色目を使ってくる女性が多いのに、これ以上増えたら大変よ」


「幾ら自分が魔力を融通しても、本人がそれを活用すべく努力しなければ、宝の持ち腐れでしかない。

君が強くなったのは、飽く迄も自身の鍛錬の成果だ」


子種の代わりに女性に渡す彼の精液には、努力すら不要の凄まじい効果があるが、その事は彼女にも教えていない。


スープパスタを頬張っていると、休憩時間のエマと、それに付いて来たらしいミサが顔を出す。


屋敷で暮らす皆とリマは、和也から、常に同席の許可を貰っている。


彼が、第三者に話を聴かれたくない誰かと接していない限り、自由に同席できる。


ミザリーに、1回戦勝利のお祝いを述べて嬉しそうに席に着く二人に、彼女が口を開く。


「そういえば、貴女達も魔法が学びたいのよね?」


ミサは初級の基礎から、エマは風の魔法を中級以上まで習得したいと、以前彼女らが言っていたのを思い出すミザリー。


「ええ。

やはり戦士には、風の身体強化は必須みたいですから。

それに、単独で戦うなら、治癒の初級くらいはあった方が良いかなと・・」


ミサがそう言って笑う。


「私からすれば、今までそれすらなしに前衛をこなしていた方が凄いと思うけど」


「ミサの剣は一撃が重いですからね。

重装備の男性でもない限り、面と向かって受け切るのは骨が折れます。

短剣の私では、躱す事しかできません」


練習相手のエマが、そう言って苦笑する。


「私には、エマのスピードの方が脅威だわ。

懐に入られないよう注意するので精一杯」


「屋敷に居る時、偶には彼女達も見てあげたら?」


ミザリーが和也にそう言ってくる。


「彼に魔力を通して貰うだけでも、大分違うわよ?」


今度は二人の顔を見てそう告げる。


「・・魔力通しですか?

それは一体どんな?」


ミサが興味深そうな顔をする。


「彼と両手を繋いで、1時間くらい、その魔力をお互いの体内で循環させるの。

それだけで次第に魔力量が増えていくし、高レベルの魔力に慣れるから、今まで習得できなかった魔法も使えるようになるわ。

私の場合、動体視力まで数倍になった」


「!!!」


「他の人には絶対教えたくないけど、彼女達なら良いわよね?

大事な仲間だし・・」


勝手に話した事を詫びるように、視線で和也に謝罪してくる彼女。


先程とは矛盾するかのような言動をしながら、仲間を大切にする気持ちが強く伝わって来る。


既に両親がいない彼女には、和也を巡る同盟のメンバーこそが、家族の代わりなのだろう。


「何かと忙しいから、月に一度くらいなら良いぞ」


「「本当ですか!?

なら是非お願い致します!」」


エマとミサ、その二人の声がハモる。


「分った。

他に希望者がいればその娘にもするから、残りの三人にも聴いておいてくれ」


「はい。

有難うございます!」


「御免ね。

できるだけ、彼女達にも貴方の恩恵を分け与えてあげたいの。

日々の暮らしにも、身を護るためにも、その方が良いと思うから」


喜ぶ二人を見て、ミザリーが、和也の耳元でそう囁く。


「気にしていない」


カナが運んできたお茶を飲みながら、そう言って目元を緩める和也であった。



 個人戦の2回戦、3回戦まではそのオッズが4、5倍台だったミザリーは、その後は2倍台になり、最終日の準決勝、決勝では、到頭1倍台になった。


相変わらず、刃を潰した練習用の剣を用い、攻撃魔法も使わない彼女は、相手の攻撃を難なく躱し、一撃か二撃で倒していく。


その美しい戦い方は、彼女の容姿と相俟って、どんどんファンを増やしていく。


どちらかと言うと血生臭いイメージがある闘技場で、汗一つかく事なく、血を見る事もなく、ほんの数分で終わる試合。


この後、パーティー戦での出番があるかもしれない相手の為に、極力怪我をさせないように戦う彼女に、荒っぽい試合が好みの観客も、拍手を惜しまなかった。


個人戦で優勝したミザリーは、『お祝いしましょう』と喜ぶ仲間の言葉に従い、屋敷での祝勝会に参加した。


レミーがふんだんに用意したご馳走と、和也が提供した数種類のデザートとワインを前に、カナやリマも呼んで、大いに盛り上がったようだ。


推測なのは、和也は途中から抜けていて、ルビーやユイ、ユエ達の、報告を聴きに行っていたからである。


ロダンを狙う敵は、侯爵の死後、大分大人しくなったようで、その後は暗殺を仕掛けてくるような荒事はなくなったらしい。


ルビーが町の盗賊まで掃除したせいで、彼らの駒として使える者が減った事も原因の1つだろう。


それとなく情報を渡したという現国王は、まだ動かないようだ。


生存競争に生き残るのも資格の1つ、そう考えているのかもしれない。


念話で済む報告のために、和也がわざわざ向こうに出向いたのは、ルビーに精気を与えるためでもある。


彼の眷族である以上、食事や栄養を摂らなくても生命維持に支障はないのだが、やはり嗜好品としての欲求は消えない。


殊にルビーは、もう和也以外から精気を得る気がないらしく、敵を殺す際に魔力で抜いた精気は、取り込む事なく捨てているそうである。


ミレーの田舎で、例の二人に剣と魔法を教え出したユイとユエ。


ユエが担当する治癒師の女性はともかく、ユイが教える剣士の彼は、それでよく剣士を名乗れるというくらいに酷かったらしい。


『もしマリーさんが教えていたら、きっと1時間も持たない』、そう言って苦笑いしていた。


やる気はあるのだが、如何せん基礎が全くできていない。


直ぐにへばるし、陸に型すら知らずに剣を振り回している。


なので、今は専ら体力作りに精を出しているそうだ。


週に3、4回、1日1、2時間という約束であったが、それではとても足りず、毎日4時間程を訓練に費やしていると言っていた。


『今のままでは、賊に襲われたら一たまりもありません』、渋い顔でユイにそう言われた。


そんな二人に、和也が報酬である予約権を数日分追加したのは言うまでもない。


和也が屋敷に帰って来た時には、程良く酔いの回った皆が、其々の部屋に戻ろうかというところだった。


カナやリマも、お酒を飲んだ夜は、屋敷の客室に泊まっていく。


レミーもあまり酒に強くないので、飲んだ夜は、後片付けを翌日に回している。


和也は改めて皆に途中で抜け出した事を詫びると、全員が部屋に寝に入った後、魔法で食器を洗い、後片付けを全て済ます。


それから独り、屋敷の湯船に浸かりながら、静かに目を閉じて考え事をしていた。


暫くして、浴室の扉を開く音で目を開ける。


何と無くだが、彼女が来そうな気はしていた。


ミザリーは、日々その身体に残る僅かな和也の魔力のお陰で、毒やアルコール等に対して、常人の何倍もの耐性がある。


付き合いで飲む酒の量くらいでは、直ぐに酔いが醒めてしまう。


部屋に入った時にはほんのり紅に染まっていた肌も、今は元に戻っていた。


「色々手間をかけさせて御免ね。

皆で騒ぐ時間も、大勢で飲食する機会も、貴方に出会う前にはなかった事だから、楽しいし、できる限り大事にしたいの。

自分が何のために強くなるか、これからどう生きていくかを教えてくれる仲間であり友人、そんな彼女達は、今の私の原動力の1つでもあるから。

貴方に認められ、受け入れて貰う事が最優先ではあるけれど、彼女達も捨て切れない。

幸せになって欲しいし、長生きして欲しいし、いつまでも皆で笑い合える事を願ってもいる。

今はそれを全て貴方に委ねる形になっているけど、貴方なら、きっと期待に応えてくれると信じているわ」


隣に浸かって来た彼女は、そう言って、自身の頭を和也の肩に凭せ掛けてくる。


「もし自分が、君を含め、彼女達の内からたった一人しか選ばないと言ったらどうする?

今の君達の関係が崩れない自信があるか?

それに、君を選ばなかったら、以前言っていたように、やはり復讐のために何処までも追いかけて来るのだろうか?」


『ざまあ系』の観察を兼ねて、敢えてかなり意地悪な質問をぶつけてみる。


「自分が選ばれなかったからと言って、選ばれた、大切な仲間だと思っている娘を恨んだり妬んだりする。

それって、その娘を本当に仲間だと思っている人のする事なの?

仮に心から祝うまではできなくても、負の感情をぶつけるなんて、それは単にその集団に居て、お互いを都合よく利用し合っている人でしかないでしょ。

・・私を見捨てて貴方が逃げたら、私は何処までも、いつまでも貴方を追いかける。

でもそれは、復讐のためなんかじゃない。

貴方に認めて貰うため。

何時かきっと振り向かせて、想いを遂げるためよ」


視線も向けず、平淡な声でそう言ってくる彼女の言葉には、それが真実だと告げる、ある種の凄味がある。


「この世界に来て、君達と出会って、自分はとても喜び、そして安心している。

とある世界の、ある系統の書物を読みながら、自分はいつも疑問に思っていた。

何故こういう発想をするのか?

その考え方は一体何処から来ているのか?

どうしてそう感じるのか?

どれも自分には縁のない、とても不思議な思考であり、言葉であった。

・・長きに亘り、人を観てきた積りであった。

人とはどんなものなのか、ほぼ理解していた積りであった。

だが時に、どうしても理解できないものに出くわす事がある。

だからこそ面白く、観察を止める気も起きないのだが、心に溜まり続ける違和感、異物感を、偶にはすっきりと掃除したい。

それを手伝ってくれる君達を、仮令どのような形になろうとも、自分は見捨てたりなんかしない。

誰一人な。

それだけは約束しよう」


ミザリーが湯の中で、和也の手を握ってくる。


その指を絡めてくる。


「本戦の前に、王都を二人で歩いてみない?

行く場所さえ間違わなければ、結構良い所よ?」


「そうだな、偶には良いかもしれん」


「腕を組んで歩いても良い?」


「何故そんな歩き難い事を?

・・冗談だ。

別に構わない」


手をぎゅっと握り締められたので、苦笑しながら付け足す。


「こうしてると、まるで恋人同士よね」


「君の脳内ではな」


「・・私に混乱耐性でも付与しようとしてるの?

いつも虐められてるから、その程度では効かないわ」


彼女の小さな笑い声と、湯船から流れ落ちる湯の音が、浴室に和やかな空気を醸し出す。


「大会が終わったらどうするの?」


「さあな。

第1王子にでも聴いてくれ」


「ああ、そうよね。

そうなるわよね」


その後また暫く、室内には湯の音だけが響いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る