第27話
「呼んでるわよ」
今日もまた、新しい町の闘技場で一儲けしてきた和也。
その後、数日振りにギルドに顔を出した彼を、受付のエマが直ぐに見つけ、小さく手招きしてくる。
幸いにもまだ誰も並んでいないので、そのまま足を向ける。
「どうした?」
「少しご相談がありまして。
今日、仕事が終わったら、『ミカナ』でお会いできませんか?」
「良いぞ、何時が良い?」
「では18時で。
宜しくお願い致します」
ミザリーの手引きで、和也と共に入浴までした彼女は、仕事場と屋敷とでは、まるで別人のように違う。
ギルド内でも勿論他人より愛想は良いのだが、屋敷で会うと、終始恋する乙女の眼で和也を見てくる。
それは彼女に限らず、あの時風呂場に居た全員がそうなので、浴室には妙な緊張感が充満していて、和也自身は全然寛げなかった(彼は抗議の意味を込めて、水着を脱がなかった)。
『身の危険を感じながら風呂に入ったのは初めてだ』
テントに帰った後、気不味そうに視線を逸らすミザリー(和也と入る事に慣れている彼女は、まさか他の皆があんな風になるとは考えていなかった)にそう告げて、彼は彼女の頭をわしゃわしゃと撫でた。
意識的にきりりとした顔立ちを作っているエマの、その表情が緩む前に、ギルドを後にする。
時間が空いたので、今日は訓練を先にする事にして、一旦テントに帰る和也達であった。
「お待たせして済みません」
ほぼ時間通りに来たエマが、少し早めに着ていた和也達にそう詫びる。
ただ、彼女は人を一人連れていた。
「勝手にここまでお連れした事は、幾重にもお詫び致します。
ですが、どうか彼女の話だけでも聴いていただけませんか?
彼女は今日初めてこの町に来て、その足で直ぐ当ギルドを訪れました。
本来なら、単なる依頼人とはここまで関わったりしないのですが、彼女の話を聴いて、どうしても助けてあげたくて・・。
私一人では無理ですが、御剣様なら・・。
厚かましいお願いであるのは百も承知しています。
でもどうか話だけでも聴いてあげて下さい」
そう言って、個室の入り口で深々と頭を下げる。
「先ずは中に入って座れ。
仕事帰りで疲れているだろう?
そちらの君も遠慮なく。
先程からカナが後ろで出番を待っている。
勿論、きちんと話も聴くから」
「有難うございます!」
笑顔を浮かべたエマと、その連れである女性が怖ず怖ずと入室してくる。
失礼だとは思ったが、旅先からそのままの格好のようなので、彼女に浄化をかけてやる。
「・・済みません」
顔を赤らめた女性が席に着くと、カナが透かさずメニューを広げる。
「何でも好きな物を、好きなだけ頼むと良い。
ここは自分の奢りだ」
二人に向けてそう言う和也。
「え、・・でも」
遠慮する女性に、ミザリーが笑顔で話しかける。
「気にしないで。
この人、国王よりもお金持ちだから」
「・・ではお言葉に甘えて」
ミザリーの言葉に誰も異を唱えないのをどう解釈したのか分らないが、メニューを熱心に見ていた彼女が、肉まん、あんまんを2個ずつと、肉料理を注文する。
和也はいつもの、ミザリーやエマも、其々この店でのお気に入りを頼んだ。
注文を聴き終えたカナが下がると、エマが口を開く。
「改めてご紹介致します。
こちらの女性はミサさん。
サイアスの町に住む、ギルドランクAの戦士です」
「ミサと申します。
お忙しいエマさんに無理を言って、あなた方に取り次いでいただきました。
同席のお許しを頂き、有難うございます」
そう言って、彼女が深々と頭を下げてくる。
「御剣和也だ」
「私はミザリー・レグノス。
彼と同じ、Dランクパーティーの剣士です」
Dと聴いても眉を顰めないあたり、和也達の事を多少は知っているのだろう。
エマと顔を見合わせ、どうやら彼女に話を進めて貰う事にしたようだ。
「詳しいお話は私から。
・・彼女はつい最近まで、あの町で五人パーティーを組んでいて、そのリーダーでした。
そして先日、ある依頼を受けた途端、それまでの仲間全員から、パーティー離脱を告げられました。
理由は、彼らの働きと、その報酬額が見合わないから。
彼女のパーティーは、依頼で得た報酬を全員が均等に分ける決まりでしたが、魔法が陸に使えず、剣だけで戦う彼女と、魔法を駆使し、攻撃や回復を担う他のメンバーが同じ額なのは可笑しい、どうもそういう理屈のようです。
冒険者ギルドの依頼は、最終的にはそのリーダーに責任が及びます。
失敗して違約金を払う際にも、リーダーだけはその責任から逃れられません。
他のメンバーは、実際にその依頼に着手する前なら、パーティーを抜ける事で、その義務を負わずに済みます。
尤も、これだけだと愉快犯が増えるだけなので、依頼受諾後にパーティーを抜けた者は、半年は再度パーティーを組めません。
解散なら直ぐ組めますが、自己都合の離脱だと、この罰則が適用されます」
「・・つまり、彼女はリーダーだから違約金から逃れられず、依頼を遂行しようにも、他にメンバーがいなくて難しいと。
疑問その1。
ならどうして、新たにその町で募集しない?
疑問その2。
最悪、違約金を支払えば良いのでは?」
「彼女のパーティーは、あの町ではかなり有名でした。
それが1日にして他に誰もいなくなり、抜けた元メンバー達も、自己を正当化するために、他の者に色々と吹き込んでいるようでして・・。
しかも受けた依頼が高度で、生半可な実力では無理がある上、どうしても高位の魔術師の力が要るのです。
・・募集はしたのですが、誰も集まらなかったそうです。
違約金は、・・今の彼女にそこまでの資力がないのです。
彼女はその報酬から、毎月借金の返済をしています。
彼女の前のリーダー、既に亡くなったその方が残した負債を、肩代わりしているのです。
受けた依頼の遂行期限があと11日。
移動時間を考えればぎりぎりです。
藁にも縋る思いの彼女は、以前闘技場で見たあなた方を思い出し、ミレノスでその情報を得て、ここまで急いでやって来たそうです」
それまで静かにエマの話を聴いていたミサが、そこで口を挟んでくる。
「私は田舎の出身で、町に出て来た時には、ギルドの事は何も分りませんでした。
初めて入ったパーティーでは、私はまだ新人だからと皆の半分しか報酬を貰えず、それでいて常に最前線に立たされて、いつも生傷が絶えませんでした。
3か月経っても扱いは変わらず、耐えられなくなって別のパーティーに移りましたが、そこでは報酬を全員が均等に分け、初心者は周りが皆で助けていました。
とても居心地が良かった。
そこのリーダーは女性で、男女の分け隔てなく皆を平等に扱い、力量の劣る者でも、辛抱強くその成長を見守る方でした。
ですが、とある依頼で仲間を庇って重傷を負ってしまい、それが治せない傷だと分ると、それまで世話になっていた者達が、私以外、挙ってパーティーを抜けていきました。
彼女は、多額の違約金を負い、怪我で仕事もできなくなって、私が依頼で留守にしている間に、自ら命を絶ちました。
・・パーティーのリーダーがいなくなれば、解散か、他の誰かをリーダーに立てて、継続するかを迫られます。
継続を選べば、そのパーティーの負債まで引き継ぐ事になる。
でも私は、今のパーティーの名を残したかった。
私を温かく迎え入れ、育ててくれた、リーダーの形見だと思えたから。
金貨20枚の違約金を、毎月少しずつ返しながら、新たにメンバーを迎え入れ、育ててきた積りでした。
私が一人で最前線に立ち、持ち堪えている間に、彼らに魔法を撃たせ、回復させながら、経験を積ませてきた積りでした。
それがまさか、あんな風に考えていたなんて・・」
気付けなかった自分が情けないのか、彼女が下を向く。
「受けた依頼の内容は、どんなものなのだ?」
「悪霊退治です。
とある墓地に、夜ごとに死体がうろつくようになり、それを恐れた付近の住民が、領主に助けを求めたのです。
ですが、領主側は何もしようとせず、あの町のギルドに対処しろと言ってきました。
逆らえば更に無理難題を言ってくるので、ギルドが金貨30枚の懸賞金をかけ、冒険者を募ったようです」
再度エマが説明する。
「違約金は金貨15枚。
彼女にはまだ金貨14枚の負債が残っており、他にメンバーもいない今は、あまり稼ぐ事すらできません。
このままでは、何れ奴隷に落ちるでしょう。
・・(ミザリーから毎回沢山の金貨を貰ってる)私が全部清算しても良かったのですが、それだと何だか負けを認めたみたいで、悔しかったのです。
真面目に働き、仲間を大事にしてきた人が受ける仕打ちにしては、あまりに酷過ぎます。
私の我が儘ですが、御剣様ならきっと何とかしていただける。
そう思ってここへお連れしました」
料理が運ばれ、一旦話が中断する。
温かな湯気を放つ肉まんを、ミサが珍しそうに眺めている。
「熱い内に食べてくれ。
それはこの店の名物だから」
和也が彼女にそう勧め、自らも食べ始める。
腰のないスープパスタを頬張り、何かを考えていた和也。
一頻り食事の光景が続き、カナが食後のお茶を運んで来た頃、再び彼が口を開く。
「今晩でも大丈夫か?」
「御剣様!」
破顔するエマの隣で、ミサも嬉しそうに答える。
「勿論です!
宜しくお願い致します」
20時の閉店間際に店を出た和也達は、同行を希望したエマも連れて、サイアスの町外れにある共同墓地へと転移した。
四人を一瞬にしてここまで転移させた和也に、開いた口が塞がらないミサ。
彼女はてっきり、今夜町に向けて徒歩で出発するものだとばかり思っていた。
悪霊が姿を現すと言われる時間までまだ間があるので、皆で少し話をする。
「経験の割に若く見えるけど、貴女今いくつなの?」
ミザリーがミサに尋ねる。
「今年で20です。
15から冒険者を始めて、あっという間に5年が経ちました」
「それでもうAランクかあ。
随分頑張ったのね」
「前のリーダーのお陰です。
3年半の間、剣も、パーティーの運営も、本当に沢山の事を学ばせていただいたんです。
私の憧れでした」
「じゃあ貴女が引き継いでから、まだ1年ちょっとなのね?」
「はい。
その間に新人の四人を受け入れ、何とか彼らをBランクまで押し上げたのですが・・」
「ギルドランクは、それまでの総報酬額で決まるのよね?
新人をBまで持っていくのに、一体幾らくらい稼がないといけないの?」
今度はエマに尋ねる。
「最初のDからCまでが金貨2枚、Bまでは10枚、Aになるには30枚稼がないといけません」
「・・思った程ではないのね」
「御剣様のお陰で、ミザリーさんは今、金銭感覚が少し可笑しいですから。
普通の人が金貨10枚稼ぐには、2年近くかかりますよ?」
「そうだった。
気を付けないと。
・・でもさ、稼ぎと実力って、そんなに比例するものなの?」
「・・大きな声では言えませんが、戦力という意味では、ランクはあまり当てになりません。
それだけの経験を積んできた、そういう意味では評価できますが、仮に、毎日『薬草を摘む』という依頼が発生していたとして、それを毎日達成していれば、10年もかからずにSランクまでいくでしょうから」
「・・Sランクは金貨何枚?」
「50枚です」
「それだと、Sランクの人、かなり多そうね」
「そうでもありません。
ランクが上がっていくと、それまで堅実だった人も、意外とリスクを取り始めるので、命を落とす人も多いのです。
それに、戦いに慣れてくると、ギルドの依頼を受けずに、闘技場で稼ぐ方を優先する人も、かなりの数出てきます。
実入りは、あちらの方が断然良いですからね」
「自分が君に、闘技場で戦う前に教えていた相手のランクは、飽く迄もその強さを基準にしている」
和也が口を挿む。
「そうよね。
皆それなりに強かったもの」
「ところで、君が育ててきたというメンバーは、どの程度の魔法が使えたのだ?」
和也がミサに尋ねる。
「四人の内二人は、火の中級魔法を1つだけ使えます。
残りの二人は、初級の治癒師と、風の中級です」
「え!?」
「・・・」
エマが驚き、和也が何とも言えない顔をしている。
「悪霊退治ですよ!?
光の魔法と風の上級は必須じゃないですか!」
「え?」
エマの剣幕に、今度はミサが驚いている。
「悪霊は、近くに死体があれば、それに乗り移れます。
生身の人間でも、その人の意思が悪霊より弱ければ、乗っ取られてしまう。
仮令炎で燃やしても、墓地のような場所では、次々に依り代を変えられるので、風の上級である『結界』は欠かせません。
先ず結界で閉じ込めた上で、光の魔法である『昇華』を使って成仏させる。
これが最も確実な対処方法なのです。
初級の治癒師では、『昇華』を使えませんよ?
ギルドで依頼を受けた時、受付の人に確認されませんでした?」
「・・いえ、何も」
「・・全く、この町のギルドは一体どういう教育してるの!?
人の命に係わる事なのよ?」
エマの怒りが収まらない。
「この依頼を受けようとしたのは君か?」
「いえ、他のメンバー達です。
私は陸に魔法が使えないので、魔法が必要な依頼では、必ず彼らの意見を尊重しましたから」
「ならその者達は確信犯なのだな。
新人の身で、1年半程度で金貨10枚以上ずつ稼がせて貰いながら、その恩を仇で返した訳か」
「何でそんな奴らをパーティーに入れたの?」
ミザリーが顔を顰める。
「最初は皆、とても良い人物に見えました。
ただ、その内の二人が私に交際を申し込んできて、それを断った辺りから、雰囲気が可笑しくなり始めたのです。
残りの二人は女性でしたが、彼女らも彼らに好意を抱いていたらしく、次第に彼らの肩を持つようになって・・」
「・・何処も同じ様なものなのね。
好きな相手に振られたからって、その相手に嫌がらせをするなんて・・。
器が知れるわ。
そんな奴、好かれるだけで迷惑よ」
ミザリーが、本当に嫌そうな顔をする。
「ある程度は仕方ないですよ。
私も職業柄、受付では皆に良い顔をする必要がありますが、田舎から出て来た純真な人にはよく誤解されます。
流石に嫌がらせをされる事はないですけど・・」
エマが苦笑している。
「美しく生まれついたものは、それで利益を受ける反面、税とも言うべき不利益をも被る恐れがある。
それは人に限らず、生物や植物などにも言える事だ。
憧れ、嫉妬、独占欲。
美に対して生まれる人の感情は様々だが、それが高じて他者の正当な権利を脅かすようなら、何らかの手を打たねばならない。
生まれつきは固より、努力や修練を重ねて得た美であっても、それは他者からとやかく言われる類のものではないのだから。
・・ミサ、君は、もし彼らに復讐できるとしたら、それを実行したいと思うか?」
「・・いいえ」
「理由を聴いても良いか?」
「彼らを受け入れたのは私ですし、苦手な魔法関係だからと言って、受ける依頼をきちんと確認しなかった非は、リーダーの私にあるからです。
最初に入ったパーティーで、この世界は良い人ばかりではないという事を学んだはずなのに、自分が育てたメンバーだからと、甘えていたのだと思います。
彼らの仕打ちを許すとは言いませんが、こちらから何かをしようとも思いません」
「・・そうか」
和也が口元に笑みを浮かべる。
「・・ねえ、何か可笑しくない?」
和也のお陰で、魔力に対してかなり敏感になったミザリーが、恐る恐る皆に声をかける。
「時間だな。
あそこを見ろ」
和也が示す方向、そのとある墓石の上に、一人の女性らしき霊が立っている。
「!!!
あの位置・・」
ミサが大きく目を見開き、側に駆け寄ろうとする。
「駄目よ、落ち着いて」
エマに肩を取られ、何とか踏み止まる彼女。
「・・リーダーかもしれないんです。
あの辺りに、彼女のお墓があるんです。
もしかしたら、何か心残りがあるのかも・・」
「分った。
ゆっくり近付こう」
狼狽える彼女を宥め、和也が霊の周囲に結界を張る。
それから、皆で静かに近寄って行った。
一般に、悪霊と呼ばれる存在には2種類ある。
1つは、人を見るといきなり襲い掛かって来るもの。
そしてもう1つは、ただ黙ってそこに居るもの。
どちらも最初は穏やかなので、結界を張れない時や、判別が付かない間は、無闇に刺激しない方が良いとされる。
近付くにつれ、ミサの判断が確信に変わる。
「リーダー」
無表情で墓石の上に佇む霊。
その姿は、埋められた際のものを反映するので、胸の辺りに血が乾いたどす黒い染みがある(この国は、腐敗が激しくない限り、土葬が主流で、その服装も、ほぼ死んだ時のままである)。
「・・どうして、何故ですか?
何か思い残した事があるのですか?
誰かが憎いのですか?」
ミサが、涙を流しながら霊に尋ねている。
だが、その霊は一向に反応しない。
「人を襲う悪霊ではないようね」
彼女の傷を見て、ミザリーが痛ましげに声を発する。
「・・彼女と話がしたいか?」
昇華させる前に、和也がミサに確認してくる。
「できるんですか!?
なら是非!」
彼女の願いを受けて、彼の瞳が蒼く光る。
それと同時に、霊の全身が薄く光り、胸の傷も消えて、衣服も奇麗になる。
「・・ミサ」
こちらを向いた霊が、嬉しそうにそう彼女に呼びかける。
「リーダー!」
まるで抱き締めんばかりに、その溢れそうな想いを乗せて、そう答えるミサ。
「元気でやってる?」
「はい。
貴女から沢山の事を学んだお陰で、こんな私でも、貴女のパーティーを引き継いでこれました」
「無理しなくて良いのよ?
貴女には、貴女の人生がある。
私が作ったパーティーだからって、負債を抱えてまで続ける必要はないの」
「でもそうしたら、貴女との思い出を皆失ってしまうような気がしたから・・。
楽しかったんです。
嬉しかったんです。
貴女の優しさ、その強さに触れながら、仲間と一緒になって過ごす時間が。
・・何で自ら命を絶ったのですか?
恩知らずのメンバーが、皆去って行ったからですか?
私だけでは頼りないと考えたからですか?
・・生きていて欲しかった。
仮令一生寝たきりでも、生きていて欲しかった。
貴女が居てくれるだけで、私は頑張れたのに・・」
抱えていた想いをぶつけ、瞳から更に涙を溢れさせる彼女。
「・・御免ね。
あの時の私は、唯々情け無かったの。
大怪我をして、満足に出歩く事さえできない。
もう剣を振るえない。
そんな私の姿を見て、貴女以外のメンバー全員が、黙って去って行った。
皆に信頼されていると思っていたのに、実際は、酷く呆気なかった。
皆には其々の生活がある。
だから勿論怨んではいないし、仕方ないとも思う。
けれどあの時の私は、己の惨めな姿しか、頭に浮かんでこなかった。
貴女に、私の残した違約金を払わせるのも嫌だったしね」
「こうして霊になってまで現れたのは、何が理由なのですか?
本当に、恨みや憎しみではないのですか?」
「違うわよ。
・・多分、貴女のせいね」
「私?」
「貴女、毎週のように、私の墓に来てくれたでしょう?
ぼんやりとしか感じられなかったけど、貴女よね?
嬉しかったし、悲しくもあった。
貴女だけは私を覚えていてくれる。
未だに慕ってくれる。
でもそのせいで、今の貴女を縛ってもいる。
いつまでも私に拘っていては、貴女の幸せを逃してしまう。
貴女の邪魔をしてしまう。
そう考えていたからだと思うわ。
・・きっと、誰かに私を昇華させて欲しかったのね」
そう告げて微笑む彼女は、今度は和也の顔を見る。
「有難う。
貴方、とても不思議な感じがする。
人というより、もっと大きな存在のように思える。
貴方を見てると、何だか安心して眠れそう。
今度こそ、安らかに眠りに就けるわ」
「・・もし生まれ変われたなら、次は何になりたい?」
「そうね、今度もまた、人を育てる仕事がしたいかな。
戦いとは無縁の、平和な場所で、穏やかに人に何かを伝えたい。
どんな目に遭っても、なんだ彼んだ言っても、やはり私は、そうする事が好きみたい」
「分った」
「?
じゃあ、そろそろ送ってくれる?
ミサも有難うね。
これからは、もっと自由に生きてよ?
私にとっては、それが一番の供養だから」
「リーダー、・・有難うございました。
忘れません、決して忘れませんから・・」
和也の瞳が蒼く輝き、目を閉じた彼女の霊体が、光の粒となって空へと昇って行く。
幻想的な光景を目にして、その場の皆が、ただ黙って夜空を見上げる。
いつもより大きく感じる、とても奇麗な満月の夜。
「彼女にした最後の質問、あれ、一体何だったの?」
ミザリーが聴いてくる。
「・・さあな。
帰るぞ。
君も今夜は屋敷に泊まると良い」
ミサにもそう声をかける。
「宜しいのですか?」
「ああ。
部屋は沢山あるし、風呂も温泉だ。
明日の朝、またここのギルドに連れて来てやる。
報告はその時で良いだろう?」
「なら私も行きます。
私が同行して、依頼が確実に果たされた事を証明してきます」
エマがそう言ってくる。
「では君の休憩時間に合わせよう。
これで朝寝坊ができる」
「私は貴方と同じ部屋で寝るわよ?
魔法の練習があるし」
ミザリーの言葉に、和也が微妙な顔をする。
「今日はもう、風呂に入って寝たいが」
「駄目。
少しでも強くなりたいんだから」
真の理由を隠して、そんな事を言ってくる彼女。
翌朝、和也が目を覚ますと、直ぐ目の前で、真っ赤な顔をした彼女が彼を見つめていた。
サイアスのギルドに同行したエマは、ミサが抱えていた前リーダーの違約金を、全て自費で清算した。
和也が払うと言ったのだが、それだけは頑として受け入れなかった。
依頼の報酬を一人で得たミサが、自分の借金だからと言っても決して譲らなかった。
今回の件では、彼女には色々と思うところがあったらしい。
サイアスのギルドでの説明も、仕事上は愛想の良い彼女にしては、かなり冷ややかであった。
ミサは、生活の拠点をウロスに移した。
依頼の報告に行った際、抜けた元メンバーの二人と顔を合わせたが、向こうが気不味げに顔を背ける中、彼女は平然とその前を通り過ぎた。
拘っていたパーティーを解散し、和也の勧めで、屋敷に移り住んだ。
エマと非常に仲良くなり、その方が良いと、レミーやミレー達も賛成したからだ。
遠くなってしまう元リーダーの墓参りには、和也が一役買った。
リングを渡し、アイテムボックスと共に、ウロスとサイアス、ミレノスへの、転移を授けたのだ。
彼女との約束で、その回数こそ減らしはしたが、相変わらず2、3か月に一度は、墓参りへと出かけるミサ。
だがそこに、以前のような悲しみはない。
明るい日差しを浴びながら、その時の喜びを、静かに語っている。
余談だが、遠い未来、何処かの星の、とある学校で、生徒達に学問を教える、一人の女性の姿が確認された。
幸せな家庭を築いた彼女は、その娘に、美佐と名付けたという。
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