第26話

 「残り4つね」


「海沿いの町は金持ちだな。

他国との貿易で、商人が中央の町の倍くらい金を持っている」


今回も、例によって和也の演技とミザリーの容姿に釣られた商人が、僅か2分の戦闘で、金貨1万枚を失った。


一方の和也達は、自分達が賭けた金額を合わせれば、金貨5万枚以上の儲けになる。


中央の領主並みの館に住む商人が複数いて、和也達を軽く見た彼らから、たんまりと巻き上げた。


極僅かな例外を除いて、和也は闘技場での殺しはしない。


和也の瞳が赤く光るような者が、彼の命を狙った攻撃をしてこない限り、仮令相手に大怪我させても、試合後には直ぐに回復してやる。


ミザリーには真剣すら使わせない。


大抵の試合は、今回みたいに、開始と同時にほとんどを魔法で眠らせて、残った一人か二人を、ミザリーの練習相手にする事で済んでしまう。


なので、毎回その賭け金総額で話題になるのに、実際に戦った相手も、観客達も、和也達の真の実力を量れないでいる。


時には賭けで大損をして、納得がいかない別の商人が、今度は自分達とも戦えと試合後に迫って来て、和也を更に喜ばせる結果に繋がる。


訪れた町の総数が30を超えた頃、和也は、新たな町の闘技場へ赴く際、奴隷商の彼を伴うようになった。


儲けた資金で、その町に『ミカナ』の支店用の土地と建物を買う序でに、そこの奴隷商にも立ち寄り、彼に解放用の奴隷を選んで貰う。


奴隷商の彼も、和也のお陰で己の店に販売用の奴隷がいなくなったので、他の顧客用にも、数人は確保しておかねばならない。


和也の転移で移動して来られるので、以前はそれにかけた時間や費用を取り戻す意味も兼ねて、訪れた先で必ず一人は購入していたが、今では、良い人材が居なければ、敢えて買わなくても済んだ。


新たな町で和也に買われ、その都度解放される、数人の奴隷達。


『ミカナ』の支店を支える人材としても購入している訳だが、実際にそうする者は、その半分にも満たない。


多くは、やり残した事や、途中で投げ出した夢を再び追って、町へと出て行く。


それでも、老いた者や、手に職の無い女性が残ってくれるので、和也は彼らを研修所に連れて行き、そこで励んで貰う。


1か所では足りず、既にもう2か所、研修用の家屋を購入した。


住む場所の無い、彼らの寮も兼ねているので、今後更に増やす必要があるだろう。


その彼ら(彼女ら)を支店で働かせる際には、勤務地にも気を遣う。


本人が奴隷として売られていた町の支店では、誰かに顔を覚えられている可能性もあるため、働かせない。


そうした事情もあり、急激に支店を増やす事はできないが、それでも、研修所に居る皆が、和也とカナには最大限の敬意を払って働いてくれる。


人生を半ば諦めていた者、このまま奴隷として死んでいく、そう思っていた者が、今では人並以上の暮らしができている。


清潔な部屋に住め、毎日洗濯される衣服を身に着け(そのために、別に人を雇っている)、美味しい食事をお腹一杯食べられる幸せ。


風呂にさえ毎日入れる。


それでいて、未だ研修生で人前に出ない自分達に、十分な額の給料(銀貨40枚)まで払って貰えるのだ。


戦力として支店で働く頃(給料は月額銀貨50枚)には、彼らの意欲が軒並み高いのも頷ける。


そうした諸々の事が、和也の予想に反して、彼らの生活が安定した後でも、離職せずにずっと働いて貰える結果へと繋がっていた。


「ねえ、これから何か予定ある?」


「今日中でないと駄目な事はもうないが、何故そんな事を聞く?」


「ここの海、泳げるのよ?

とても奇麗なんだって」


「だから?」


「・・相変わらず意地悪ね。

泳ぎたいの、貴方と」


「自分が指定する水着を着るなら良いぞ」


「・・分った。

それを着るから」


「では一旦戻って、彼らを町に送り届けよう。

その後で、またここに来れば良い」


少し離れた場所に居た、奴隷商の彼と、購入し、残って貰えた元奴隷の二人を連れて、ウロスへと戻る。


研修所に二人を入れて、顔を出していたリマに頼むと、再度海沿いの町へと転移する。


この世界では、一般市民はあまり海では泳がない。


浅瀬とはいえ、時には魔物も出るし、専用の水着すら持っていない(平民用は売っていない)。


貴族の中には水遊びをする者もいるが、それは専ら船上でだ。


ミザリーが敢えて泳ぎたいと口にしたのは、他ならぬ、和也が相手だからだ。


彼が居れば、大抵の事は可能になる。


「こうして見ると、本当に奇麗」


地元の者が、流れつく海藻や貝殻目当てに訪れる砂浜ではなく、市街から大分離れた、入江のような場所に来る。


そこで和也が携帯浴場を出し、二人でその中に入って、脱衣所で水着に着替える。


「何これ、下着?」


手渡された水着を見て、ミザリーが不思議そうに尋ねる。


この世界の水着と言えば、貴族用に作られているせいもあり、未だワンピースが当たり前なのだ。


「その水着は、この世で女性を最も美しく見せると個人的には思っている、ビキニという代物だ。

それを身に着ければ、仮令最早見慣れた君の肌でさえ、神々しいくらいに素敵に見える事だろう」


「・・後で覚えてなさい」


お互い、いつものように、その場で躊躇なく着替える。


「おお!」


白のビキニを身に着けた彼女を見て、和也が感嘆の声を漏らす。


「正に、馬子にも衣裳だな」


「意味は分らなくても、馬鹿にしてるのだけは、ちゃんと伝わるのね」


ミザリーが徐に和也を抱き締め、耳元で囁く。


「私泳げないから、貴方が支えてね」


「それでよく自分に泳ごうなんて言えたものだな」


「・・駄目?」


「その水着に免じて、特別に相手をしてやろう。

浮き輪も出せるが、どちらが良い?」


「貴方に摑まっていたい」


その後、水中眼鏡(水中の酸素を取り込む機能付き)を付けた彼女を脇に抱え、海中深くを自在に進む和也。


泳ぐというより潜っているのだが、普段は決して見る事ができない景色を眺めて、尚且つ、小さな魚の群れと並行して泳いだり、巨大なタコやイカを目にし、時には魔物の姿を垣間見たりして、海という、彼女達には未だ未知の世界を堪能する。


2時間くらいそうして、その後は、二人で寝そべる事が可能な大きな浮き輪の上で、共に横になって陽を浴びる。


「贅沢な時間ね」


瞳を閉じているミザリーが、穏やかな声でそう言ってくる。


「君はよく頑張っている。

それだけは素直に称賛できる。

だから、偶にはこういう時間があって良い」


やはり目を閉じた和也が、同じような口調でそう返す。


「そう思ってくれてるんだ?」


彼女の言葉に、嬉しさが混じる。


「そうでなければ、ここまで面倒を見ない。

偶にからかいもするが、自分は君を、きちんと評価している」


「偶にかしらね」


口元に笑みを浮かべたミザリーが、右手を和也の左手に添えてくる。


その掌は、相変わらずしなやかで柔らかく、瑞々しい。


女性とて、鍛え上げれば男性に似た体つきになる。


手には肉刺ができ、皮膚が少し硬くなる。


乳房も丸みがなくなり、腹筋も割れてくる。


漫画やアニメで描かれるような、男性顔負けの戦士でいながら、バストは激しく揺れるほどの巨乳で、お腹もすべすべの柔らかさ、・・そんな女性は、現実では妄想の産物であり、恐らく二次元の中にしか存在しない(魔法で能力を強化している場合でも、元の身体が貧弱なら、それに比例した力しか出せないのだから)。


だが、和也は女性の身体を芸術として愛でている。


折角生まれ持ったその美しさを、仮令訓練のためとはいえ、犠牲になどさせない。


どんなに訓練しようと、どれだけ鍛え上げようと、その美しい胸のラインや、芸術的な腰の括れ、なだらかですらりと張り詰めた腹の状態を、変化などさせない。


外見は飽く迄も美しく、その肌触りはどこまでも滑らか、だがその身体を構成する細胞の1つ1つが、有り得ない程に強化された肉体。


それが、和也が作り上げる女性の身体であり、彼が訓練する女性に施す魔法でもある。


和也の眷族となった女性の身体は皆そうなり、人であった際のアリアや、ユイやユエなども、和也からその恩恵を被っていたからこそ、どんなに激しい訓練をしていても、女性本来の美しいラインを保てていたのだ。


勿論、だからといって、彼は筋骨隆々の女性を否定してなどいない。


単に、顔は美少女なのに、身体はボディビルダーのそれ、・・そういう女性は、彼の美意識から外れているだけである。


それまで穏やかに流れていた雲に、僅かな赤みが差し始めると、二人は携帯浴場で軽く湯を浴びて、帰路に着く。


海で捕獲して置いた大魚を皆にご馳走しようと、屋敷を訪れる和也。


この世界では生で魚を食べる習慣がないので、マグロに似た味のその魚を、しゃぶしゃぶにして出してやる。


大皿に大量に盛られた切り身を、箸の使えない彼女達の代わりに、和也が自ら湯に潜らせて1枚1枚其々の皿に載せてやる。


別の鍋では、やはりこの世界では見かけないネギと豆腐に、椎茸を入れて茹でている。


『手伝います』と言ってきたレミーも席に着かせ、皆と同じ時を過ごさせる。


料理に添えて出した『菊○』(石川)の大吟醸を飲む彼女達。


初めて飲む日本酒に、皆の顔がほんのり紅に染まる。


和やかな時を過ごし、静かに帰ろうとしたところで、ミザリーがぽろっと口に出してしまう。


『今日ね、海で泳いだのよ』


それを聴いたエマとレミーが、何故か和也の腕を摑んでくる。


ミレーが後ろから和也の肩に手を載せてくる。


ミーナが正面から上目遣いで覗き込んでくる。


「・・分った。

今度連れて行こう」


結局、彼女達からその話を聴いたカナやリマまで伴って、再度海を訪れる事になる。


結界を張り、異物を除去した海辺で、和也が提供したビキニ姿で戯れる彼女達。


携帯浴場や浮き輪など、其々が関心を示した物は違えども、普段の仕事を忘れ、皆楽しそうに遊んでいた。


ホストに徹した和也は、そんな彼女達の姿を視界に収め、僅かに口元を緩めるのであった。



 「お前が欲しい」


「は?

・・今、何と?」


「賭け金の代わりに、お前が欲しいと言った」


「・・正気か?」


「失礼な奴だ。

制約の守りに『命の保証』を選ぶ事を条件に、金貨1万枚賭けよう」


「・・・」


身の震えが止まらない和也。


そういった趣味の方々には、自分の知らない所で幸せになって欲しいと思っていただけに、顔が少し引き攣る。


「どうする?」


「・・受けよう」


「よし、では直ぐに手続きに入ろう」


対戦相手となる商人の男が、嬉々として指定戦の受付へと向かう。


未だ精神的ダメージの抜けない和也に、ミザリーが遠慮がちに声をかける。


「大丈夫?」


「・・ああ、何とか。

自分は君に謝らねばならない。

今まで本当に申し訳なかった。

仮令勝つ事が分っていても、受ける苦痛は尋常ではないな」


「私は気にしてないわ。

負けないとさえ分っていれば、厭らしい目で見てくるその辺の男と大して変わらないもの。

これが済んだら後3つだし、さっさと終わらせて帰りましょ」


「そうしよう」


笑顔でそう言ってくれる彼女を見ながら、『これからはもっと気を配ってやろう』、そう思う和也であった。


女性だけで構成された相手側の十人パーティーを瞬殺(問答無用で全員直ぐ眠らせた)し、賞金と配当を受け取る。


全部で金貨4万8000枚の儲けを得て、さっさとその場を去ろうとした和也達に、負けた商人が再戦を申し込んで来る。


「もう1戦やろう。

今度は賭け金を金貨2万枚にする。

その代わり、そちらは魔法の使用はなしだ」


「・・随分羽振りが良いのだな。

そんなに儲かるのか?」


「この町は広大な港のお陰で、3つの国との交易が可能だ。

お陰で私は、年に金貨3000枚は稼げる。

祖父の代からの蓄えは、既に金貨10万枚を超えたよ」


「お前のパーティーは全部で何人なのだ?

先程の十名だけか?」


「・・二十人いる。

全員が女だがな」


「・・何故と聴くのは野暮か?」


和也の表情が引き攣っている。


「折角手に入れた男を戦わせて、もし怪我でもされたら嫌だからな。

女なら幾らでも買えるが、若くて良い男は、中々奴隷商でも手に入らないのだ。

買う側に男が多い以上、その仕入れはどうしても女中心になるからな。

・・お前は、私がこれまで見てきた中で最高の素材だ。

どうしても欲しい」


「・・そちらの賭け金は金貨3万枚。

その代わり、こちらは魔法も使わず、自分に限っては武器も使用しない。

相棒も、刃を潰した剣で戦う。

更に、そちらは二十人全員を参戦させて構わない。

ただ、特殊な服を着ているから(真実は言えないからそうごまかしている)、そちらの魔法も恐らく自分達には効かないぞ」


和也の提案に、流石に商人が考える素振りを見せる。


前回の負け分と今回の賭け金を合わせれば、その額何と金貨4万枚。


伯爵クラスの貴族でもなければ、現金で持っている者は少ないだろう。


「お前は、武器を持つ二十人を相手に素手で戦う、そう言っているのか?」


「そうだ」


「・・良かろう。

その条件を飲む」


商人が受付に話をしに行く。


前代未聞の個人賭け金と、その商人が町の有力者である事から、同じ相手同士で1日2戦という、異例のカードが組まれる。


その日の最終戦に組まれた試合内容(どんな兵種が何人、どういう条件で戦うか等)を見た観客達の中には、いそいそと自宅に金を取りに行く者も出る。


ほとんどの闘技場は、オッズに影響する事もあり、実際に戦うまで対戦相手の情報を伏せておくが(参加人数と、その闘技場での戦歴は表示される所もある)、既に一度戦い、その勝敗がついている者同士の再戦を煽るため、今回は詳細に明記された。



 「随分ふっかけたわね」


対戦時間までまだ数時間あるので、一度ウロスに戻り、あの町で購入相手を選んでいた奴隷商の彼を、自身の館に帰す。


今回の『ミカナ』用には、五名購入した中から四名が残ってくれ、奴隷商の彼も、己の店用に二人購入していた。


その彼は、既に和也から手数料を取っていない。


経費が全く掛からない上、行く先々の闘技場で、彼も毎回金貨数百枚を和也達に賭けているらしく、『お陰様で、もう何世代分もの額を稼がせていただきました』と笑っていた。


テントに戻った二人は、気分的にすっきりしたいと話す和也の言葉で、今は湯に浸かっている。


「もう二度とあの町の闘技場には行きたくないからな。

次の試合で取れるだけ取る」


「私の家なんて、準男爵とはいえ金貨30枚得るのにも苦労していたのに、ある所にはあるのね。

・・そっちに行って良い?」


「ああ」


対面に座っていたミザリーが、和也の横にぴたりとくっ付いて来る。


「次の試合は君も魔法が使えない。

身体能力だけで戦う事になるが、今の君なら五人くらいは任せても大丈夫だろう。

向こうの戦士達は、ギルドで言えばAランクしかいないがな」


「最初の頃とは雲泥の差ね。

私、そんなに強くなってるんだ?」


「そうだな。

一対一で戦えば、この世界ではほぼ負けないだろう」


「・・貴方のお陰ね。

あの日、貴方に出会った時から、私の人生は何もかもが変わった。

今のこの幸せが怖くて、時々無性に不安になるくらい。

大丈夫だよね?

私から離れて行かないわよね?」


「何度も言っているではないか。

自分は、一度保護した者を無責任に放り出したりはしない」


「信じてるけど、貴方の周りには、素敵な人が沢山いるから・・」


「君もその内の一人ではないか」


「・・どういう意味で言ってるの?」


「さあな」


「王国主催の大会が終わったら、私、貴方に言いたい事があるの。

聴いてくれる?」


「聴くだけで良いならな」


「約束よ」


和也の肩に、そっと頭を凭せ掛けてきたミザリー。


露天風呂の先では、鹿威しの音に驚いたのか、紅葉もみじが数枚の葉を散らせていた。



 「魔法だけならともかく、武器も使わないなんて、随分嘗められたものね」


「御負けに、20対2だからね」


「でもさー、彼、凄く良い男だよね。

旦那様が真剣を使わせないのも分るな~」


「向こうだってそうだし、どうせ私達には回って来ないから、どうでも良いよ。

手に入れたら、旦那様が傍から離さないでしょ」


「そうだよね~。

そういうご趣味のお陰で、私達は無事でいられるんだし」


「ほら、そろそろ始まるよ。

良い、今回だけは絶対に勝つよ?

勝ったらこの中から三人解放されるんだからね!?」


「分ってるよ。

こんなチャンス二度とないだろうからね。

何が何でも勝つ!」


若い女性だけで二十人も集まると、それだけでも華やかに映る。


しかもこの闘技場では、今日初めて負けたというくらいに実力がある。


午前の第1戦で和也達がたんまりと儲けたのには、そういった理由があった。


 

 「何か凄い目でこちらを見てるわよ?」


「前回はあっという間だったからな。

汚名返上の機会だとばかりに、意気込んでいるのだろう」


「そうかな~。

あの目は、もっと違う何かを含んでいそうだけど・・」


「それより、ざっと見たが、どうやら前回以上の戦士はいないようだ。

だから君は自由に戦ってくれ」


「分った。

・・戦士が十四人、弓士が二人、魔術師四人か。

魔術師は全部任せるね」


「了解」


試合開始のアナウンスが場内に響き渡り、一歩も動かない和也達に、相手の魔術師四人が中級魔法を連発してくる。


炎が爆ぜ、落雷が地を揺るがす様を期待して、闘技場に張られた障壁を通して、観客が大興奮してそれを眺めている。


しかしその何れも、彼らの手前で完全に消滅してしまう。


「何で!?

魔法が全然効かない!」


「落ち着いて。

旦那様からその可能性がある事を聞いていたでしょう?」


「でも中級魔法だよ!?

それも複数。

防具だけでそれを全部防げるものなの?」


「文句言っても仕方ないでしょ。

今度駄目だったら、次は私達の出番よ」


味方の魔術師達が、再度中級魔法を放つ。


もし直撃すれば、かなりの確率で命を落とすが、前回受けた向こうの魔法からして、それでも大丈夫だと考えているようだ。


「やはり駄目か。

一体どういう性能してんのさ?

あの防具、国宝クラスなんじゃないの?」


「なら金貨3万枚でも安い買い物ね(指定戦で負けた相手が奴隷に落ちる際、アイテムボックスに入れられていた物以外、その戦いで装備していた武器や防具も、新たな主人の物となる)。

・・行くよ?」


魔術師達がお手上げという素振りを見せる中、リーダー格の女性がそう言って歩き出す。


それに続くようにして、残り十三人の戦士が武器を抜き、その身体に身体強化の魔法を重ね掛けする。


弓士の二人は、和也達との距離を詰めながら、何時でも矢を放てるように、その隙を窺う。


「来るわよ?」


「では自分達も仕掛けよう」


歩き出す和也と距離を取り、練習用の剣を抜くミザリー。


彼女の方には、三人が向かってくる。


「まあそうよね」


誰がどう見ても、和也の方を危険視するだろう。


魔法が使えないのに、武器さえ持っていないのに、その顔は余裕に満ちている。


先手は向こうが取った。


左右から槍が、前方からは剣が、彼目掛けて襲ってくる。


和也は先ず大きく一歩踏み出し、前方の剣を左手で摑み、それを握り潰しながら、右の拳で剣士の腹に一発突き入れる。


血を吐いて吹っ飛ぶ相手を見る間もなく、角度を変えて突き入れて来た左右の槍の刃を、両手で摑み取り、同じく握り潰す。


唖然とした二人をそのままに、今度は自分目掛けて矢を放った弓士に瞬時に駆け寄り、その腕ごと弓を蹴り砕いた。


遠方に居たもう一人の弓士が矢を放つと同時に、それを避けながら急接近し、利き腕の肩を拳で砕く。


斧と槌を持った重装備の女性達に肉薄すると、彼女らがそれを振り下ろすのを待って、その武器を殴り砕いた。


ミザリーの方も、相手の剣士の刃を受ける事すらせず、擦れ違いざまに一発入れて、一撃で倒していた。


「何なの貴方?

一体どうしたら、素手で斧を砕けるというの?」


先のなくなった武器を呆然と眺める仲間達を見て、残った剣士が呟く。


「負けられない。

負けちゃいけないんだから」


何とか平静を保った他の剣士と、二人同時に斬りかかって来る。


和也はその剣を、両手の二本の指先で抓み、手首を返して折りながら、彼女達を纏めて蹴り飛ばした。


この時既に、闘技場で立っている敵は、武器を持たない五人と、魔術師四人のみ。


剣士と弓士は全員倒れ、和也に攻撃された相手は、肩や肋骨を砕かれて、激痛に苛まれている。


「済まんが、決して負ける訳にはいかんのだ。

悪く思わないでくれ」


和也が、無傷の魔術師達の方に向かって歩いて行くと、恐怖に震えた彼女達が、一斉に土下座して許しを請う。


立ち止まり、他の立っている五人に目を遣る和也。


槍士や斧使い、槌兵が、やはり同様に地に頭を付けて降伏の意を表す。


審判が『可笑しな二人』の勝利を宣言し、観客が大騒ぎする中で、和也は怪我をさせた者達に歩み寄り、其々の身体を癒す。


彼が砕かれた武器を手に持つと、それが完全に修復された。


未だ騒ぎの収まらない闘技場から去り、その受付で、賭け金と賞金、配当を手にする。


一度の戦いでの、一人金貨6万枚を超える儲け(3万枚を足した和也のみ)は、後にこの闘技場の伝説として語り継がれる事になる。


流石にその受け渡しと確認に時間を取られる中、相手の商人が近寄って来る。


「お前は本当に人間なのか?

随分と酷い結果となったが、これで諦めもつく。

私はもう、闘技場から手を引く。

代々蓄えてきた財の、半分近くを失ったからな」


「それが良い。

賭け事とは本来、少額で夢を買うものだと思う。

自分でしておいて何だが、人生を狂わすような賭け方は、愚か者のする事だ」


「・・時に、私の奴隷達を買う気はないか?

彼女達全員が、どうせ売られるなら、お前に買われたいと言っている。

怪我も治してくれたようだし、特別に、二十人で金貨400枚にしてやるが」


「買い取ろう」


「そうか。

彼女達も喜ぶ」


「でも良いのか?

闘技場では使わなくとも、護衛には必要だろう?」


「私の側に置く護衛は皆、男しかなれないから問題ない」


「・・そうか。

ではこれがその料金だ」


和也が商人に金貨400枚を渡し、二十人全員をその場で譲り受ける。


そしてその彼女達を、直ぐに解放した。


信じられない顔をする彼女達。


苦痛や恐怖を与えた詫びだと告げたら、その内の何人かに泣かれた。


リーダー格の女性に、当座の生活費だと告げて、一人当たり金貨2枚となる、金貨40枚を渡して去る。


余談だが、去り際に名前を聴かれたので、正直に答えたところ、数年後のこの町で、『和也』と名付けられた男の子が数人増えたという。


「帰ったら直ぐ風呂に入りたい」


「なら屋敷のお風呂に入りましょうよ。

エマ達が、一度貴方と入ってみたいって」


「そんな訳にいくか」


「どうして?

私とは一緒に入っているでしょう?」


「それは君が、何度注意しても、図々しく入って来るからだ」


「『むかっ』

なら海みたいに、水着を着れば良いわよね?」


「・・風呂で水着を着けるなんて邪道だが(ゲームでその場面を目にする度、彼はそう思っている)、一度だけなら付き合っても良い」


自分を可笑しな目で見てくるあの商人に、心をすり減らされていた和也は、ついそう答えてしまう。


「決まりね」


その後、屋敷でかなり待たされた挙句、いざ入ってみると、そこには何故か、カナやリマまで居た。


決して狭くはないのに、人数が多いせいで、手狭に感じる浴場。


その中で、和也の小言が響く。


「話が違うではないか」


風呂に居た彼女達が、果たして水着をちゃんと身に着けていたかどうかは、彼のこの言葉から判断して欲しい。

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