第23話
「御剣様、ご報告致したい事がございます」
ある程度定期的に訪れるようにしている奴隷商の館で、椅子に座るなりそう切り出してきた店主。
用件を促す和也に、彼は言った。
「実は、以前お売りしたレミー、その元雇い主が今何処にいるのかが判明致しまして、念のためお耳に入れておこうかと・・」
「彼女の厚意を無にして夜逃げしたとかいう、元貴族の事だな?」
「はい」
「何故分ったのだ?」
「・・借金の形に、娘が一人、奴隷に落ちていたのです」
「?
その借金を踏み倒すために夜逃げしたのだろう?
債権者に捕まりでもしたのか?」
「それが、手っ取り早く資金を稼ごうとしたらしく、闘技場で、レミーが作ったお金の大半を賭けて負けたそうです」
「・・・」
「家族四人が暮らす日々の生活費にも事欠く有様で、見兼ねた娘の一人が、自分から買われたそうです」
「何処に居たのだ?」
「サイアスです。
その町の奴隷商に買われたばかりのところに、運良く私が例の人材を探しに行きまして、それで見つけました」
「購入したのか?」
「はい。
あのままあそこに置いておけば、恐らく直ぐに買い手がついたでしょう。
元貴族の娘で、17歳、しかも処女。
中々器量も良く、裕福な商人なんかが好んで妾にするようなタイプです。
それだけに値段も高く、その奴隷商は金貨100枚で買ったそうですが、私は150枚取られました」
「・・その口ぶりだと、制約の守りは『貞操』ではないのだな?」
「はい。
それですと買値ががくんと落ちますので・・・」
「今回の仕入れはその彼女だけか?」
「はい。
他はあまり・・」
「分った。
約束通り、一人に付き金貨30枚を上乗せして、180枚で良いな?」
「いえ、今回は私の情も働いた結果ですので、私の手数料は10枚で結構です。
その娘は、何も高いお金をかけてまで仕入れずとも、直ぐに誰かに売れました。
ですが、売られた相手が良い主人だとは限りません。
徒に玩具にされる可能性もありました。
その点、御剣様なら何の心配もなくお渡しできる。
そう考えて、高値でも購入してしまったのです」
「貴方の考えは間違っていない。
そういった事は自分が1番嫌な類のものだ。
だからその手数料を減らす原因にはならないし、誰をどう購入するかは貴方の判断に任せてある。
自分はきちんと180枚払いたい。
・・ただ、今回の娘は直ぐには解放しない。
それでその娘が親元に帰ってしまえば、彼らは何の反省もなく、また同様な事を繰り返す恐れがある。
レミーの感じた痛みを考慮せず、その大切な資金を賭け事で擦るような者達には、少しばかり自省を促す。
親だけが悪いのかもしれないが、どちらにしても2、3年は奴隷のままで働かせて様子を見る。
解放するのはその後だな」
「畏まりました。
それから、お心遣い有難うございます」
和也が料金を払うと、一旦退室した店主が、その娘を連れて戻って来る。
今日はミザリーを伴っていないので、その娘の変化を気にした者はいなかったが、やはり大分嬉しそうに微笑んでいた。
「ミーナと申します。
どうぞ宜しくお願い致します」
奴隷に落ちる際、その身分は仮令貴族であったとしても、登録の段階で剝奪されてしまう。
なので彼女は苗字を名乗らない。
ミザリーが未だに名乗るのは、店主が彼女の手前、紋は施しても、奴隷登録自体をしなかったせいなのだ。
奴隷落ちの際の強制剥奪と、後継ぎがいないなどの国による没収とでは、その後の意味合に差が出る。
尤も、家名はあっても肝心の爵位がないのでは、ほとんど無意味なのだが(再興の可能性があるというだけ)。
「御剣和也だ。
君は既に自分の所有物なので、今後はその指示に従って貰う。
制約の守りは『命の保証』、それで間違いはないな?」
「はい」
「では手続きを済ませて移動する」
奴隷紋の上書きを済ませ、店主に礼を告げると、ミーナを『ミカナ』の個室に連れて行く。
カナがまた新しい女性を連れて来たとばかりに和也を見るが、今では両親公認の仲(和也の意思とは無関係に)なので、特に何も言わない。
ミザリー同様、彼女も長期戦を覚悟している。
注文を聴き、直ぐに離れて行った。
「さて、ここなら人目を気にせずに話せる。
先ずは君の考えを聴こう」
ジャッジメントで彼女の半生を垣間見た和也は、瞳の色に変化は見せず、ミーナにそう話しかける。
「何故自分から奴隷に志願を?
生活費さえ事欠く有様だったと聴いたが、皆で働こうとは考えなかったのか?
親もまだそれ程高齢ではないはずだろう?」
「・・事業に失敗してから、両親は気力さえ失ってしまったかのように、何もしなくなりました。
妹はまだ15歳。
私ほどしっかりしてはおりませんし、奴隷に売られれば恐らく生きてはいけないでしょう。
なので、あんな状態の親をあのまま放置するのは忍びなかったのですが、私が売られてでも大金を得て、それを基に静かに暮らすよう、妹に申し伝えてきたのです」
「こう言っては何だが、愚策だな。
君達は一度、取り返しがつかないミスをした。
事業の失敗の事ではないぞ?
レミーが自らを犠牲にしてまで作ったお金で賭け事をして、その大半を失ってしまったよな?
もし彼女がそれを聞いたら、どう思うか考えた事あるか?
しかも、それ以前にも無責任に夜逃げして、債権者達にも迷惑をかけている。
君がその決断をした訳ではないが、だからこそ、そんな愚かな親を残してくるべきではなかった。
大金なんか作らなくても、君や妹が働けば、生活する分くらいは何とかなっただろう。
寧ろ生活に困っていた事の方が不思議だ。
元貴族だか知らんが、落ちぶれてまで仕事を選んでいたのではないのか?
こうして君が奴隷となり、親元を離れるくらいなら、初めから親とは距離を取り、姉妹だけで暮らす事だってできただろう。
何もしなくなった?
それは君がその分を働いて補っていたからであって、彼らだけになれば、生きるための努力くらいはするだろう。
それすらしないなら、自己責任でこの世界からご退場願うだけだな。
別に病気でも何でもないのだから」
「・・レミーをご存知なのですね。
もしかして、彼女も?」
和也の辛辣な言葉に下を向いていたミーナは、そこだけはほっとしたように、そう尋ねてくる。
「ああ、自分の下に居る。
自分に買われた時に話をしたが、彼女は君達を恨んではいなかった。
母娘二代で大事にされたと感謝していたよ。
初等教育まで受けられたとな」
「・・彼女は賢い娘でした。
妹と一緒に学んでいた時も、理解の速さは段違いで、いつも一人だけ先の内容を読んでいました。
確かに他より優遇はしていましたが、大事にしていたというのは、少し語弊が有るかもしれません。
払っていた給与の額は、他の家のメイド達より少ないくらいでしたから」
『銀貨30枚くらいだと言っていたものな。
仮令住み込みにしても安過ぎる』
「彼女は最早奴隷ではない。
自分の部下として、屋敷で働いて貰っている」
「!!!
・・解放なさったのですか?
もしかしてお手を?」
あの奴隷商の彼は、自分の許可なくば何も伝えないらしい。
「自分は購入した奴隷にそういった事はしないし、今後する積りも無い。
・・自分の周りにいる女性の多くは、自分の容姿を褒めてくれる。
自分に抱かれるなら、相手の女性だってそう嫌な思いはしないはず。
皆が勝手にそう理解する。
・・だがな、万人に好まれる容姿など存在しないだろうし、買われた相手は他に選択肢など無いのだ。
制約の守りに『貞操』を選ぼうと、その主人が結婚する積りなら抗えない。
他に好きな者がいたとしても、仮令好みに合わなくても、奴隷である以上、主人を尊重し、受け入れなければならない。
そんな、心で泣いているかもしれない相手に、自分は手を出そうなんて考えもしない。
自分の知る世界では、『一度抱いてしまえば向こうから惚れてくる』とか、『やってしまえば自分から離れられなくなる』などという、誇大妄想も甚だしい思考を持つ者もいる。
自分が思うに、そういう女性は別にその相手でなくても良いのだ。
同じ様な条件を持つ者なら、誰でもな。
・・話が逸れたが、自分は本来なら、君も購入と同時に解放したのだが、あの親が現状のままでは意味がないと判断した。
君が直ぐに親元に戻ってしまえば、多分また同じ事の繰り返しだからな。
だから、辛いだろうが君は暫く奴隷のままだ。
数年経って、彼らが心を入れ替えるか、君が親とは決別する意思表示をした時に、改めて解放しよう」
「!!!」
「カナ、料理が冷めるから、もう運んで来てくれ。
今までは黙っていたが、立ち聞きは、淑女が持つ趣味としてはお勧めしないぞ。
別に君になら聞かれても良い。
堂々と入って来い」
「・・気付いていたのね」
戸を開けて、彼女が注文の品をテーブルに並べる。
「君はまるで気配を隠せていない。
悪い事はできないな」
「貴方の側だからよ。
心臓がどきどきするから」
「前言撤回。
嘘つきは泥棒の始まり」
「嘘じゃないわ。
何なら触って確かめてみる?」
「食事前の濃厚接触はお断りする」
「・・そうやって焦らしてばかりだと、何時か襲われるわよ?
今日、ミザリーは?」
「先日保護した娘の、初等教育学校への入学手続きに行っている。
来年から通わせたいそうだ。
自分が払うと言ったのに、彼女が学費を出すと言って聞かなかった」
「あの娘、素直で頭も良さそうだものね。
母親の方も、1週間くらいで店に出せそうよ?」
「裏方ではなく、店員として給仕に使うのか?」
「若い女性は貴重なの。
彼女もその方が良いみたいだし。
1日中仕込みだけだと退屈だろうから、半々くらいにするわ」
「そうか。
・・用心棒とか必要か?」
「プッ」
「何故笑う?」
「うちに来て馬鹿な事をする人は、少なくともこの町には居ないわ。
入り口の、小さな貼り紙を見なかった?」
「いや・・」
「『黒い悪魔』の店、そう書いておいたの」
「・・・」
「だって貴方と私の店になるのだし。
両親も、もうそれで良いって」
「ミーナ、冷めるから食べよう」
実際少し冷めていたが、和也が魔法で温め直す。
「現実逃避したって、もう逃がさないからね」
カナが仕事場に戻って行く。
「・・行儀良くはないが、食べながら話そう。
君は何かやりたい事があるか?」
「はい?
私のやりたい事ですか?
ご主人様のお世話をするのではないのですか?」
「自分は子供ではない。
身の回りの事くらい自分でできるし、先程も言った通り、夜の相手もさせない。
だから何か1つ、君の好きな事をさせてやる。
何が良い?」
きしめん擬と裏メニューの両方(和也一行だけ、何時でも食べられるようになった)を頼んだ和也は、極太のスープパスタを頬張りながら、そう尋ねる。
「・・でしたら学問をさせて下さい」
魚のムニエルを食べるミーナが、遠慮がちに答える。
「高等教育をか?
・・学校に通っても大丈夫なのか?」
夜逃げした元貴族である彼女には、色々と風当たりが強いのでは?
和也は暗にそう言っている。
「流石に学校へは通えないですね。
ですから、空き時間にご主人様のお屋敷で、自主的に学びたいです」
「学ばせる事は問題ない。
ただ、君を屋敷に住まわせるかどうかは、まだ判断できない。
レミーに全て話した上で、彼女の意見を聞くまではな。
だから、今日は別の所で寝て貰う」
「・・分りました。
有難うございます」
「それから、毎月の給与だが、奴隷の間は奨学金名目で銀貨50枚払う。
特別手当は出さないが、希望する書籍や道具は全て買い揃えてやる。
君が晴れて奴隷から解放され、自分と労働契約を結ぶ際には、再度条件を決め直す。
それで良いかな?」
「奴隷なのに、お給料が出るのですか!?
私のお仕事は一体何なのですか?」
「だから、学問を修めたいのだろ?」
「もしかして、お仕事って、それの事・・?」
「そうだ」
ミーナが下を向く。
「・・不安でした。
家族のためとはいえ、それまでは多少なりとも恵まれていた私が、見知らぬ誰かに買われ、その欲求を全て受け入れなくてはならない事が。
恋はした事がなくても、恋に憧れた事はあります。
何時か私にも素敵な人が・・。
そんな空想を抱いた事もありました。
でも、奴隷に落ちた瞬間、残ったのは絶望と、ほんの僅かな希望だけ。
夢見る事も、我が儘を言う機会も、自由に生きていく事さえ諦めました。
貴方に買われた時、私はその希望を使い切ったと思っていました。
もうこれ以上の幸運はないと。
なのに、まだこんなにも残されていた。
奴隷から解放されるかもしれないなんて、考えもしなかった。
考えられなかった。
勉強だけがその仕事だなんて、お給料まで下さるなんて、貴方は私を、一体どれだけ大切にして下さるのですか?」
本来は口を拭くためのナプキンで、溢れ出る涙を拭いている彼女。
「・・女の子を泣かせてる。
私の場合はベッドの上だけでお願いね」
お茶を運んできたカナが、そう言って和也を見る。
「良い子に分らない冗談はやめて欲しい。
まるで経験豊富に聞こえるぞ?」
「私が自分を安売りする訳ないでしょ。
貴方の為に、ちゃんと取ってあるわ。
ここの客は冒険者が多いから、自然と耳年増になるの」
「新しいナプキンを持ってきてあげる。
貴女も良い人みたいだがら、(和也を狙う)先輩の私から1つだけ忠告。
・・差し伸べられた手を、決して離したら駄目よ」
カナがミーナにそう告げて、奥に引っ込む。
その後、泣き止むまで今暫くの時間を要したミーナを、お茶を飲みつつ見つめながら、今日は彼女を何処に泊めようかと、考えを巡らす和也であった。
結局、自分達のテントがある敷地を更に10坪ほど拡大し、そこにもう1つテントを張って、それを彼女の寝床とする。
テント自体の大きさは同じなので、シングルベッドに小さなテーブルと椅子、クローゼットと鏡台を置いても、まだ少し余裕がある。
板張りの上に絨毯を敷いてやったので、靴を脱いで入れると教えたら、目を丸くして驚いていた。
ここまで転移で飛んできたので、もう多少の事には動じなくなったが、部屋の中で靴を脱ぐという習慣はないらしい。
一人で留守番をさせる彼女の暇潰しに、高等教育用の教材を数冊出してやった。
「ミザリーが戻って来たら、夜遅くはなるが、帰ると伝えてくれ」
説明用のメモは残したが、ミーナにそう伝えると、和也は屋敷へと転移する(ミザリーのリングには、ここと、行った事のある各町とを、自由に双方転移できる機能が既に加えられている)。
エマはまだ仕事で、ミレーは珍しく町に買い物に出ていた。
洗濯物を取り込んでいたレミーに一声かけ、食堂で珈琲を飲んでいると、暫くしてから彼女がやって来た(女性達の下着類が混ざっていたので、敢えて手伝いはしなかった)。
「今日はどうされたんですか?」
「君と二人だけで話がしたかった」
「・・お風呂に入ってきた方が良いですか?」
「何故そんな事を聞く?」
「そういうお誘いではないのでしょうか」
「違う」
「残念です。
他の二人に隠れて、こっそりメイドと楽しみに来られたのかと思いました」
「少し大事な話があってな、できれば二人きりで話したいのだ」
「ならお外を散歩しながら話しませんか?
今は風が気持ち良いですから」
「そうだな。
君も何か飲むか?」
「いえ、私は」
「では行こう」
屋敷の周囲は、田畑とちょっとした花畑があるだけだ。
元の住人が人目を憚るような暮らしを欲したせいで、貴族の館なのに、こんな辺鄙な場所にある。
もう直ぐ夕方になる空は、日差しの大半を雲に隠し、その細い光の束が、そよ風が舞う花畑を照らしている。
「お話って何ですか?」
メイド服を着たレミーが、両手を後ろで組んで、前を見ながら尋ねてくる。
「君の元の雇い主だった者達、その彼らの居場所が分った」
「・・そうですか。
皆さんお元気でしたか?」
さして驚いた風もなく、穏やかに尋ねてくる。
「少なくとも、身体的には健康なようだ。
・・ただ、姉が奴隷に落ちた」
「!!!」
「君が身を売ってまで作ったお金、そのほとんどを、闘技場で擦ったらしい。
両親はまるで脱け殻のように、ほとんど何もしなくなったそうだ。
なので、妹とその両親の今後の生活のために、隠れていたサイアスの町で、金貨100枚と引き換えに身を売ったそうだ。
因みに、制約の守りは『命の保証』だ」
「それだけの情報をお持ちだという事は、彼女はあの奴隷商の方に買われたのですね?」
「そうだ。
運良く直ぐに見つけ、金貨150枚で購入したと言っていた」
「・・ご主人様、私、貴方の為に何だってします。
どんなプレイも、子を生す事だって喜んで受け入れます。
ですから、お給料を前借させていただけませんか?」
飽く迄前を向いたまま、彼女がそう頼んでくる。
「レミー君マイナス2点。
何故君は、いつもそっち方面にばかり走るのだ?
世の大多数の男は喜ぶかもしれないが、自分はそうではない。
心を伴わない女性を抱いたところで、虚しさしか感じないだろう」
「ご主人様マイナス3点。
愛情だって、溢れるくらいに有りますから」
「・・実はな、既に自分が購入してある」
「!!!
・・意地悪です」
「ただ、奴隷からはまだ解放していない。
今解放すれば、また元の親のところに戻って、同じような事を繰り返す恐れがある。
そう思っていたのだが・・」
「彼女に懐かれたんでしょう?」
「・・・」
「そろそろご主人様も、女性の心の機微に対して造詣を深めるべき時です。
貴方のような方から、只でさえ奴隷に身を窶して不安で仕方がない時に、他では有り得ない程の善意を受けたなら、それはころりと参ってしまいますよ。
一ころですよ、私みたいに。
・・でも、それなら何が問題なのですか?
解放して屋敷に住まわせれば良いではありませんか」
彼女がこちらを向いて、不思議そうにそう尋ねてくる。
「・・君には思うところはないのか?」
「え、私ですか?」
「君を長年に亘って安く使い、
その当人ではなくとも、家族をまた迎え入れる事に、君は納得できるのか?」
「・・ご主人様は、凄くお強いですよね。
ミレーさんやエマさんからお聞きしました。
もし敵として戦場で見かけたら、直ぐに脱兎の勢いで逃げるって。
力だけではなく、魔法なんかの能力も異常なくらいに高くて、更に若さとお金まである」
「風が出てきましたね」
徒に揺らされる髪を押さえて、遠く、西日が差す田畑に目を遣る彼女。
「でもね、皆が皆、そんな人ばかりではないんです。
今日を生きるのに精一杯、明日の事など考える余裕すらない、・・寧ろ、そんな人達の方が多いんです。
そんな中で、少なくともあの時までは、私は幸せでしたよ?
お給料はそれなりでも、娘さんと一緒に学ばせて貰い、一度たりとも酷い扱いを受けませんでした。
事業に失敗した旦那様は、奥様と娘さん達を護るのに精一杯で、あの時は他の事にまで手が回らなかった、そう思います。
私が自ら奴隷に落ちようとした時、本当は、制約の守りを『命の保証』にする積りだったんですよ。
そうすれば、低レベルの浄化しか魔法が使えない私でも、金貨60枚で売れたのです。
なのに、旦那様は『貞操』にしろと仰ってくれた。
あんな中でも、私の身を案じてくれたのです」
「夜逃げはともかく、君が作った折角のお金を、賭け事でほぼ擦ってしまったのは許せないだろう?」
「それも何か引っかかるんですよね。
旦那様は結構慎重な方でしたから、そんな危ない橋を渡るようには思えないんですが・・。
余程勝てる自信があったのでしょうね」
『待てよ?
サイアスの町・・もしかしてあの指定戦か?』
「ご主人様、心当たりありませんか?
各町の闘技場を荒らしまくっているとお聴きしてますよ?」
「・・確かに良い風だ」
両手をズボンのポケットに突っ込み、遠くを見やる和也。
「・・ご主人様?」
「でも賭け事で擦ったのは間違いないし。
・・御剣、悪くない」
「リマさんの親御さん、彼らにも機会を与えてあげたんですよね?」
「君は誰からその情報を得ているのだ?」
「ミザリーさんですよ?
いつも嬉しそうに話して下さいます」
「・・・」
「一度失敗しても、もう一度くらいは夢を見ても良いではありませんか。
今彼らが無気力なのは、その事を心から悔いているから、・・私はそう思います」
相変わらず遠くを眺める和也に、レミーが横から静かに腕を回してくる。
「こうして貴方に出会えたのも、彼らがその引き金を引いてくれたから。
私はそれで十分です」
「・・自分で言っておいて何だが、いざこうして求めた答えの一端を示されると、釈然としない場合もあるのだな。
やはり『ざまあ系』は奥が深い」
「?」
「良いだろう。
ミーナも直ぐに奴隷から解放する。
但し、まだ親元には帰さん。
屋敷に預けるから、君が世話してやってくれ。
彼女の仕事は勉強だ」
「有難うございます!
でも、お仕事が勉強って?」
「好きな事をさせると言ったからな。
高等教育を受けたいそうだ。
もし君が望むなら、君の分も用意するぞ?」
「・・では、お願いしても良いですか?
お仕事がそんなにないので、毎日結構暇なんですよ」
「それと、君にはこれから付き合って貰う。
自分にあそこまで言ったのだから、きちんと彼らにも伝えろよ?
その想いをな」
そう告げると、和也はいきなりサイアスの町に転移する。
予め探しておいた家の前まで飛ぶと、ドアを叩く。
「ミーナの主人だ。
中で話がしたい」
少し躊躇うような間があったが、彼女の妹と思しき少女がドアを開けてくれる。
「どんな御用でしょうか?」
「こんにちは。
久し振りですね」
レミーが少女に挨拶すると、びっくりしたように大声を出す。
「レミー!
・・お父様、お母様、レミーが来てくれました!」
戸が開いたままなので、急ぐ和也はそのまま中に入って行く。
「失礼するぞ。
あまり時間がないから、用件だけを言う。
よく聴けよ?」
少女が向かった先に、生気の無い顔をした二人の男女が居る。
その彼らの顔が、レミーを見た瞬間、大きく、悲しそうに歪む。
「お前達の娘、ミーナも自分が購入した。
ここに居るレミーは最早奴隷ではない。
勿論、手を出したからではないぞ?
ミーナも時機に解放し、彼女の好きに学ばせるが、暫くはお前達の下には帰さん。
理由はどうあれ、お前達は二度、大きなミスを犯した。
今のその脱け殻のような状態からも、帰しても陸な結果にならないからな。
・・だがな、この慈悲深きレミーが、お前達を許してやれと言ってきた。
自分は気にしていないとな。
彼女に免じて、特別にチャンスをやる。
再び仕事に励めとは言わない。
だがせめて、普通に暮らせ。
お前達にはまだこの少女がいるではないか。
彼女だって、親のそんな姿を見るのは辛いのだぞ?」
聴いていた二人が涙を流す。
「お前達が払わずに逃げた借金は、自分がその債権者全員に、多少の色を付けて返済しておいてやる。
剥奪された爵位は戻らないが、失われた信用だけは何とかしてやる。
だから、レミーに済まないと思う気持ちがあるのなら、もう一度、ちゃんと自分達の足で立て。
それができたらミーナとも会わせてやる」
「レミー、自分は外で待っている。
長くかかっても良い。
話し終えたら出て来てくれ」
それだけ言うと、徐に外へと出て行く和也。
それから約30分後、すっきりした表情の彼女が出て来る。
そしてそれを見送るように、戸口まで親子三人が足を運んでいた。
「有難うございます、ご主人様。
私の我が儘を聞いてくれただけでなく、彼らに救いの手まで差し伸べてくれて。
来て良かった。
本当に・・」
和也の腕を、両手でそっと抱え込む彼女。
照れ隠しにさっさと屋敷に転移したせいで、庭で待っていた他の二人と目が合う。
「私達をほったらかして、お二人でデートですか?」
ミレーが笑顔で尋ねてくる。
「ご飯も食べずに待っていたのに、・・狡いです」
エマが悲しそうにそう言ってくる。
「済みません、ご主人様と二人で、大事な人達に挨拶に行っていたので。
直ぐにご飯の用意をしますね」
レミーが自分だけ中に入って行く。
「フフフフ」
「アハハハ」
その後暫く、和也は屋敷に入れずに、付近を三人で散歩する羽目になった。
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