第20話

 「お待たせ致しました。

済みませんが、食事をしながらお話を聴かせていただきます」


約束の時間に再度店を訪れると、少女は自分達を個室へと案内し、『何か召し上がりますか?』と尋ねた上で、一旦厨房へと入って行く。


僅かな時間で料理を運んで来ると、大きな丸いテーブルにそれを並べ、自身も席に着いてそう切り出した。


「忙しい中、時間を作って貰って感謝する。

きちんと名乗っていなかった気がするので、先ずは紹介から。

お互い食事中なので、椅子に座ったままで失礼する。

自分は御剣和也。

彼女はミザリー・レグノス。

そしてこちらがリマ。

この娘は、今回の話の流れによっては君と仕事をして貰う重要人物の一人なので、是非名を覚えて欲しい」


「初めまして。

私はカナ。

この店の一人娘で、今年で17になります」


店主の娘が食べるのを止め、口を拭いてから、涼し気な声でそう答える。


「宜しくお願いします」


自身の前に置かれた肉まんとあんまんを、不思議そうに見ていた彼女が、緊張気味に彼女に頭を下げる。


「早速だが本題に入る。

自分は君と商売がしたい。

とは言っても、何か新しい事をする積りはない。

この店の支店を出したいのだ。

そのための費用は全てこちらが負担する。

君は忙しいだろうから、時々経営状態を見に来て貰うだけでも良い。

支店では、メニューを絞り、肉まんとあんまん、後はせいぜい飲み物くらいで始める積りだ。

・・どうかな?」


「肉まんは冷めると味が少し落ちるから、食べていて良いぞ」


遠慮して手を付けないリマに、彼はそう言って微笑む。


和也の意外な提案に目を丸くしたカナは、食べていた茄子と挽肉のラザニアを呑み込んで、丁寧に口を拭く。


「私としては、貴方と更に接点が増えるのは嬉しい限りですし、費用も掛からずに店を増やせるなら、願っても無い事です。

ですが、それで貴方に一体何のメリットがあるのですか?

肉まんやあんまんは、貴方が教えてくれた物です。

貴方がご自身で商売をなされば、うちに利益を分ける事なく、かなりの儲けが出るのでは?」


「ミザリーが協力してくれたお陰で、自分はもう、この世界ではそうそうお金に困らない。

迷宮で故人が残した宝を見る度に思うのだ。

必要以上に金があっても、使い切れない量を残しても、最後は意に添わぬ誰かに奪われ、使われてしまう可能性がある。

もしそれを生前に人の為に役立てていたなら、その者には違う未来があったのではないかと。

・・自分は、真摯に生きる者達の暮らしが好きだ。

与えられた環境に不満はあるにしても、己のやるべき事から目を逸らさず、少しでも夢に近付こうとする者達の姿が好きだ。

貧富や立場の差で、今見る夢は其々違えども、彼ら(彼女ら)がそれを成し得た時に浮かべる笑みを、できる事ならいつまでも見ていたい。

・・この国にある奴隷制を、自分は完全には否定しない。

人の意思と自由を大幅に制限する制度だが、それがある事で救われる者もいる。

それを生業としつつも、人の気持ちを大切にしたいと奮闘する者だっている。

だから自分は更に、そこに一石を投じたい。

運悪くそれに身を落としても、資格ある者にはもう一度だけ、やり直す機会を与えたい。

そのためには、多くの者の手を借りる必要がある。

一時的なものではなく、長く続けていくためには、それに賛同する仲間が必要になる。

君に手伝って欲しい。

君は既に、何人かの奴隷出身者を雇ってくれただろう?

懇意にしている奴隷商とは既に話が纏まっている。

彼が厳選した者を自分が買い取り、その者を開放して、希望すればここの支店で雇う。

再び市民に戻り、職を得て力を蓄えたなら、その先は本人達の自由にさせる積りだ。

どうだろう、自分に手を貸してはくれないだろうか?」


食事をしながら聴いていたカナは、やはり口を拭いてから、和也に向けて言葉を紡ぐ。


「親を説得するためにも、幾つか質問させて下さい。

先ず、支店の場所は何処に作るお積りですか?

こことあまりに近い場合は、お客の取り合いにもなって、双方に不利益が生じます」


「今の所、サイアスの町を予定している。

あそこは人口も多い上、多様な職人が住み、買い付けに来る商人も多数やって来る。

片手間に食べられる肉まんは、きっと需要があるだろう」


「サイアスですか!?

それは逆に遠過ぎません?

仮令偶にでも、私が行くには無理があります」


「その点は大丈夫だ。

契約を結んでくれたら教えるが、一瞬で行き帰りができる」


「あそこまで一瞬ですか!?

・・では次に、何人くらいの雇用をご希望なのですか?

流石に、何の知識も経験もない人を、お客に出す食べ物の調理に参加させる事はできません。

この店で、ある程度の訓練を積ませる必要がありますが、ご覧の通り、そう大きな店ではないので、雇うにしても限りがあります」


「・・ここの2軒隣は民家だったよな。

商売を始めるならそこを買い取って新人の研修所に作り変える。

そうすれば、更に二十人くらいは雇えるだろう?

勿論、研修生の給与は自分が払う。

必要なら彼らの住む寮も用意しよう」


「・・一体幾ら財産をお持ちなのですか?

平民の考える事ではありませんよ?

・・最後に、こちらの取り分は、利益の何割でしょう?

私は別に、こちらの費用が全く掛からないのなら、貴方の為でもあるし、只でも良いのです。

ですがそれですと、親に貴方を婚約者として紹介しないといけません。

そうしても宜しいですか?」


ミザリーが、『ほら来た』とばかりの顔をする。


「光栄な申し出ではあるが、それは遠慮しておく。

君のように可愛くて働き者の女性なら、自分でなくとも引く手数多だろう。

だから利益の半分、5割で手を打っては貰えないだろうか?」


「あら残念。

で・も、私は諦めませんよ?

平民ですから流石に妻の地位までは望みませんが、数多い妾の一人くらいにはして欲しいですから、頑張ります。

この服、エプロンしてますから目立ちませんが、私、脱ぐとかなり大きいですよ?」


今までは可憐なだけの少女だと思っていたのに、その細めた目には、明らかに、大人になりかけの色気がある。


「・・この国の女性は、『妾』という言葉を安易に使い過ぎる気がするが・・。

自分にはかなり己を卑下した言葉として聞こえるが、抵抗はないのだろうか?」


「雌が少しでもより優秀な雄を求めるのは、何も動物や昆虫だけの話ではありません。

この国の歴史は戦いと侵略の歴史。

より強く、より賢い者が、全てを勝ち取ってきたのです。

闘技場で見せていただいた、惚れ惚れする強さ。

奴隷にさえ慈悲を与え、それを有効に活かそうとする優しさと賢さ。

その上で、私を一目惚れさせる容姿と、莫大な資産。

こんな超優良物件、仮令貴族にもいませんよ、きっと。

なら何としても欲しがるのは女の常。

受け入れてさえいただければ、体裁なんてどうでも良いのです」


「・・・」


和也は味方を探して、他の二人の顔を見る。


なのにミザリーは何故か視線を逸らし、リマはあろうことか頷いている。


「・・恋愛とは、もっと甘くて切なく、楽しくて美しいものだと自分は思うぞ?

相手と思いがけず指先が触れ合った時の、その戸惑いと嬉しさ、恥ずかしさ。

遠くから、じっと自分を見つめる視線に不意に気付いた時の、その反応の多少のわざとらしさと、口元に浮かべる、微かな笑み。

勉強の合間に、入浴の最中に、鉛筆を揺らしながら、両手でぶくぶく泡を生じさせながら、好きな相手の事を考える。

十代の少女達には、そんな時間こそが、恋愛と呼ぶべきものではないのだろうか?」


和也は、未だ地上に降りる前、観察と称して地球の様々な書物に目を通していた。


その中には当然雑誌も含まれ、主に10代の女性が読むような、所謂少女漫画も混ざっている。


『花と○め』、『り○ん』などは、和也が当時抱いていた人間の女性観に程良くマッチしていて、教材としてもよく読んでいた。


それをこの場で口にしてしまう和也も和也だが、返事を返す彼女達も彼女達である。


「言ってる意味が全然分らない。

一体何処の世界の話?」


ミザリーがそう言えば、カナも即座に答える。


「そんなものより明日のご飯です。

目の前の獲物・・いえ、欲求です。

空想でお腹は満たされませんよ?」


「御剣様は、おとぎの国から来た王子様なのですね」


リマにまでそう言われる。


「済まない、その辺で勘弁してくれ。

自分はまだ、女性に対して夢を持っていたい。

・・6割、それでどうだろう?」


カナが細い溜息を漏らす。


「4割で結構です。

でも、まだ貴方を諦めていませんから」


『到頭はっきりと口に出すようになったわね。

結構可愛いんだから、他で探せば幾らでも相手が見つかるのに・・。

まあ、超優良物件なのは確かだしね』


ミザリーが、あんまんを頬張りながらカナを見つめる。


和也を挟んで反対側に座るリマも、あんまんの甘さに頬を緩めている。


「有難う。

これでやっと事業が進められる。

物件は直ぐにでも交渉に入る。

研修所を設けたら、奴隷商の下で保護している四人(新たに解放した、リマを除く六名の内の希望者)をそこに入れるから、宜しく頼む。

それから、リマをこの店で少し学ばせてやって欲しい。

彼女は自分の部下だが、まだ経験が足りない。

経理や資材、食材の仕入れなどを学んだら、支店を任せる積りでいる」


「それは助かります。

できれば人材管理もお願いしたいですね」


「分った。

そう教育してくれ。

後は店名だが、ここは何という店なのだ?

看板がないが・・」


「親が面倒臭がって、まだ付けていないんですよ、名前」


「支店を出すなら、店名はあった方が良いな」


「・・『ミカナ』にしましょう。

御剣様の『ミ』と、私の『カナ』で『ミカナ』。

商売繁盛間違いなしですね」


「・・ではそれで。

看板の色は何色が良い?」


「はい?」


「明日までにこちらで用意しておく」


「貴方の色である黒と、私の制服の赤でお願い致します」


「了解。

最後に、これを君達に渡しておく。

嫌でなければ右手の薬指に嵌めると良い」


カナとリマの前に、其々リングを生じさせる。


「もしかして婚約・・」


「残念ながら違う」


カナに皆まで言わせずに、和也は説明を加える。


「それは魔法アイテムだ。

今はアイテムボックスの機能しかないが、支店を出せば、そことウロスの町までの、相互転移も付けておく。

支店の数が増えれば、転移で飛べる町や場所がどんどん増える。

君達の頑張り次第だな。

アイテムボックスとしての収容量は約家1軒分。

防犯上、そのリングは本人以外には扱えないし、自分との契約を終えるか、君達が亡くなった時に消滅する。

もし君達に何かあれば、リングの中身は自分が責任を持って遺族に届けよう。

尤も、老衰以外では、それもないだろう。

君達の身は、きっとそのリングが守ってくれる」


二人が呆然とリングを見る。


「・・そんな物、お借りして良いのですか?

魔力に関係なく転移できるなんて、家1軒分のアイテムボックスなんて、聞いた事ありませんよ?」


リマが震える声でそう尋ねる。


元商人の娘だけあって、このリングの計り知れない可能性に気付いたのだろう。


「他人には決して言えないわね。

でもこれで夢が広がるわ。

もしかしたら、国中に支店を持てるかも」


この世界では、飲食店は単店が当たり前で、複数あってもそれは同一の町にしか存在しない。


当初の予想を大幅に超える利益を見込め、カナの瞳が輝く。


「使い方は、リングに手を添える(転移)か、対象に向けて念じるだけ。

君のリングには、協力金及び研修費として、既に金貨100枚が入っている。

練習がてら出してみると良い」


大事そうにリングを嵌めた(左には嵌められない)彼女に、そう口に出す和也。


果たして、手を向けた先に、金貨の詰まった布袋が現れる。


「大丈夫なようだな。

・・忙しくなってきたようなので、自分達はこれで失礼する。

会計を頼む」


室外の喧騒が音を増してきたので、カナにそう申し出る。


「要らないわ。

これで十分。

もう貴方達からお金は取らない」


リングを見ながら彼女がそう言う。


本来ならここで持論を述べる和也も、カナが浮かべる表情を見て、礼を述べ、静かに立ち去る。


忙しいのに店先まで見送ってくれた彼女の眼は、最早たった1つの色しか帯びていなかった。


急ぐ必要もあり、その足で2軒隣を訪れ、交渉の末、彼らが入手した際の倍の金額(金貨100枚)を支払って、その日の内に手続きと引っ越しを済ませる。


彼らの家財道具は、全て和也が新居まで運んでやった。


不動産屋で彼らが新居を購入する際、和也も物件を見て、新たに2軒の家を購入する。


ミザリー達が疑問に思う中、さっさと料金を支払った。


それらが済むと、今度は皆で、リマの親が住む借家に転移する。


自分達のせいで奴隷に落ちた娘が、いきなり見知らぬ誰かとやって来て、戸惑いを隠せない二人。


娘の主人だと見当をつけて、丁寧に応対する彼らに、和也は言った。


『差し支えなければ、ここから引っ越そう』


驚くリマとその両親に、彼は説明する。


彼女は自分の部下となり、既に奴隷からも解放されている。


その彼女との約束で、家族が住む家の家賃補助をする事にもなっている。


今の仕事に影響がなければ、直ぐにでも新居に移ろうと。


下働きは日雇いなので問題は無いらしく、半信半疑で彼に従う二人。


初めて経験する転移に口もきけない彼らに、先程買った内の1軒、約100坪の家を与える。


「これくらいの広さがあれば、三人が住んでなお、部屋に余裕が生じるはずだ。

今は必要ないかもしれないが、その内使う事になるかもしれん」


持ち出した家財道具を出してやりながら、彼らにそう告げる和也。


「・・御剣様、家賃補助を頂きはしましたが、ここの月々のお家賃は、一体お幾らでしょうか?」


和也が浄化と補修の魔法をかけたせいで、家全体が新築のように奇麗になったその家は、普通に借りれば月に銀貨40枚はする。


銀貨10枚の補助が出ても、毎月銀貨30枚以上が家賃で消える計算になる。


恐る恐る尋ねてきたリマに、和也は答える。


「家賃補助を出したのだから、君の給与からは払う必要はないぞ?

ここを買うのに金貨60枚使ったから、君が自分の下で50年働いてくれれば、この家は自動的に君の物になる」


「・・・」


「それって言葉の定義が可笑しくない?」


ミザリーのツッコミに、和也は知らん顔をしてごまかす。


「もう遅い時間だし、自分達はこれで失礼する。

君は明日、また『ミカナ』に行ってくれ。

そこでカナと話を詰め、なるべく早く、支店が出せるように頑張って欲しい」


「私、そこまで御剣様をお送りしてきます」


立ち去ろうとする和也達を見て、リマが慌てて親に声をかけ、共に家の外まで出て来る。


「・・好きにして良いぞ」


「え?」


「支店が増え、各地に転移できるようになれば、そこで得た情報を基に、商売ができる。

向こうで安い物を買い、それが高く売られているこちらで売れば、その差額が利益になる。

当然、その逆も可能だ。

転移という、時間差がほぼない移動手段さえあれば、商品を傷める事も、盗賊に襲われる危険性もなく、商いができる。

君の仕事は飽く迄『ミカナ』の支店管理だが、休日や休憩時間に何かをするのは自由だ。

きちんと休んで体調管理さえしっかりできるなら、文句は言わん」


「・・本当に、何でもお見通しなのですね。

有難うございます」


「君の親とてまだ若い。

一度失敗し、大切な娘まで手放した。

その時の後悔と苦しみを忘れなければ、またやり直す事だって可能だろう。

君を見ていれば、良い親なのは想像がつく。

親孝行は、親がいる間にしかできない。

当座の費用も無いだろうから、君の1年分の給与を、前払いしてリングに入れておく」


それだけ言うと、『親孝行は・・』の所で微笑んだミザリーを連れて、転移して行く和也。


消えた彼らに暫く頭を下げ続け、家に入ってリングの中身を確認すると、明細と共に、金貨の入った布袋が出て来る。


『1年分の給与、金貨10枚と銀貨40枚。支度金、金貨50枚』


「・・・」


この時彼女が何を思ったのかは定かでないが、『ミカナ』の支店は、その後10年で、王国の主要な町全部に誕生する事になる。



 「こうやって見ると、中々貫禄あるわね」


買い取った家を魔法で造り替え、一夜の内に、80坪の敷地に2階建ての研修所を造る。


1階部分で忙しい本店の仕込みができるよう、敢えて2階建てにした。


そしてその建物に、黒地に赤文字で『ミカナ研修所』と記した看板を掲げる。


本店用の看板は、掲げて良いか判断がつかなかったので、とりあえず店内のテーブルの上に置いておいた。


「自分はこれを見たら、ねじり鉢巻きをして腕を組んだ、いかつい店主を連想する」


「何それ?

貴方の感性って、時々訳が分らないわ」


ミザリーがクスクス笑っている。


「今日はもう帰ろう。

風呂に入って寝たい」


「その前に訓練と練習ね」


「君は真面目だな。

将来はきっと強くなるぞ」


「貴方の隣に立てるくらいに?」


「フッ」


「鼻で笑ったわね?」


その後、テントで眠りに就くまで、彼女はずっとご機嫌斜めであった。


『明日の朝は5割増しよ』

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