第19話

 「ミレノスの皆様今日は。

本日の収支は如何でしょうか?

大きく儲けた旦那様も、少し損をされてる奥様も、一気に稼ぐ最大の機会がやって参りました。

因縁の好対決、『可笑しな二人』対『商人C』の指定戦は、もう間も無くの開始です」


運営のアナウンスを背景に、和也はミザリーの顔を見る。



 昨日、サイアスの町から戻った和也達は、ミレノスの闘技場で運営の受付から返事を聴かされた。


「向こうと連絡が取れました。

そちらの条件である、金貨5000枚を受け入れるそうです。

あちら側の要求は、ミザリーさんの身柄と、金貨3500枚。

貴方がそれを了承すれば、明日の昼頃には、指定戦が実現します」


「・・彼女を要求するなら少し足りないが、まあ、今回はそれで良い。

了承したと向こうに伝えてくれ」


「分りました。

・・今回はかなりの額の賭け金が集まりそうですよ?

アンザス家は、これで負ければもうほとんど資金がないそうです。

なので何が何でも勝ちにきてますし、この町の有力商人や貴族達にも声をかけて、盛んに賭け金を募ってます。

勝者報酬だけでも、金貨5000枚を超えるかもしれません」


それはつまり、運営側にも金貨1万枚以上の手数料が入る事を意味する。


彼らも笑いが止まらないのだろう。


「ただ、この町ではもうこんな事は二度と起きないでしょうね。

そもそも一度の指定戦で、金貨5000枚を賭ける事なんて有り得ません。

今までは、多くてもせいぜい金貨700枚でした。

こう言っては何ですが、貴方がやっている事は異常です。

まるで、自分は絶対に負けない、そう知っているかのようです」


「只の世間知らずかもしれんぞ。

ミザリーを賭ける以上、必ず勝たねばならないから、いつも以上に力が出るのかもな」


受付にそう返すと、仮手続きをして、その日は帰る。


テントの中で珈琲を淹れ、暫し考え事をしていると、ミザリーが話しかけてきた。


「今日もまた金貨が異常に増えたし、今後私に給料を支払う必要はないわ。

仕事の成功報酬も一切要らない。

多分もう、一生かかっても使い切れない」


「長い人生、何があるか分らんぞ?

もうお金で苦労したくはないだろう?」


「貴方を放さないから大丈夫」


「・・・。

明日勝てば、後は王国主催の闘技場での大会で、アンザス家の代表を打ち負かせば君の復讐は一段落する。

そうしたら、君は以後、何を目標に生きる?

更に剣を磨いて、この国で名を轟かし、父親の無念を晴らすか?

家を再興して、爵位を取り戻すのか?」


「家の再興は考えてないわ。

爵位なんて、もうどうでも良い。

今の私には、貴方さえいればそれで良い。

貴方に認められるためなら、どんな努力も厭わないけど、それ以外の人の評価なんて、最早私には無意味だから」


「・・まだ時間はある。

ゆっくり考えれば良いさ」


『何その言い方。

まるで何時か、私から離れてしまうような言い方じゃない?

そんな事、絶対に許さないからね』


「早く今日の訓練しましょ。

以前よりは大分強くなった気がするけど、まだまだ足りないわ」


残りの珈琲を一気に飲み干し、テントを出て行く彼女。


彼女の力がまだ足りないというのは和也も同意見なので、黙ってその後を付いて行く。


2時間に亘る熱心な訓練の後、共に入った風呂で、彼女がいつも以上に和也の傍に来る。


髪や身体を洗ってやると言っては、彼の真正面でその手を動かす。


湯上りのマッサージでは上半身に何も身に着けなくなったし、眠る時は必ず彼に抱き付いて目を閉じる。


そんな彼女を、和也は『随分懐かれたものだ』と微笑ましく見ている。


以前彼は地球で、有紗の頼みで女子高の寮母の代わりをしたが、その時の目線がまだ抜けていない。


ミザリーにとって不運な事に、彼女がどんなにアピールしても、残念ながら今の和也は、彼女をそういう目で見ていない。


何と無くそれが分るのか、彼女も決して急ごうとはせず、長期戦を覚悟していた。



 「人数だけはいるみたいだが、中身はそう大した事はないな。

ギルドのランクで言えば、AかBクラスだろう。

今回は、魔術師はこちらで対処するから無視して良い。

君には弓士二人を任せる」


「分った。

頑張るね」


「矢に魔法を乗せてくると思うが、訓練での自分の攻撃より遅いから、錘を外した今の君なら当たる事はないだろう。

そのボディスーツは防刃でもあるから、もし当たっても、せいぜい痛いくらいだしな」


「向こうも必死なのは本当みたいね。

子爵家所縁の者が、たった二人に十五人も用意するなんて、負けたら良い笑い者よ」


「アンザス家というのは、中々面白い家だな。

前回もそうだったが、主人はともかく、パーティーのメンバーはまともだ。

男性陣も誰一人として、君を見て『ああして、こうして、あれしたい』などという、不届きな考えを抱いてはいない」


「ちょっと、何それ。

本人を前にして言う台詞じゃないわよ。

そういう言葉は、二人きりの時、私の目を見ながら貴方が自分の言葉で言って頂戴」


「早く彼らを倒して、さっさと賞金貰って、いつもの店であれ食べたい」


「・・・」


周囲に障壁を張り、二人きりを演出した上で、自分を見ながら口にした和也の言葉に、ミザリーは内心で思う。


『今に見てなさい。

何時かきっと、この私が欲しいと言わせてあげる。

・・とりあえず、朝の日課は3割増しね』


「さて、そろそろだな。

彼らの名誉のためにも、サクッとカリッと速やかに終わそう」


「・・それでは試合開始です」


二人の会話中も、ひたすら客を煽っていたアナウンスが、やっと試合の始まりを告げる。


敵の魔術師が詠唱を始め、戦士達が一斉に散ろうとする中、和也はその戦士全員にスリープを掛ける。


もし彼らが和也と戦い、簡単にあしらわれれば、『騎士が十五人も居てその様かよ!』と、賭けに負けた観客から罵られたかもしれない。


だが、魔法で運悪く眠らされたとなれば、決して武勇で負けた訳ではないと、一応の面目は保てる。


弓士と魔術師を除く全員が一斉に眠らされた事で、和也の魔法が強力であったという裏付けも得られる。


バタバタと倒れていく戦士達を尻目に、ミザリーは、和也に向けて矢を放つ弓士達に突撃する。


一矢目を放ったばかりの所へ、主人から保護対象に指定されている相手が突っ込んで来て、彼らの対応が若干遅れる。


風の魔法で身体能力を倍以上にした彼女が、練習用の剣で一人目の脇腹に鋭い一撃を入れる。


骨が折れる感触に満足した彼女は、直ぐに二人目に向かう。


その相手は今将に自分の身体目掛けて矢を放ったばかりだが、日々和也と魔力を循環し合っている彼女は、既に常人の数倍の動体視力を持っている。


加えて、至近距離から2本で攻撃してくる和也の槍は、一流の弓士の、魔法を乗せた矢よりも速い。


剣で飛んでくる矢を軽く逸らして、相手が驚いて次の動作に入る前に、その横を駆け抜け様に、胴に剣を走らせる。


呻き声を漏らして地に膝を着いた相手に、二撃目となる剣を振り上げる。


そこで和也の方を見れば、彼は三人居た魔術師を、全員魔力切れで地に昏倒させていた。


「どうします?」


ミザリーが、剣を向けている弓士に問う。


「・・降参する」


周囲を見回し、自分以外誰も起きていない事を確認した彼が、無念そうにそう告げる。


武器を捨てた弓士を見た審判が、和也達の勝利を高らかに宣言する。


闘技場の観客達の、ポカンとした表情の中、ミレノス最大の賭け金で話題になった指定戦は、実に呆気なくその終わりを告げるのであった。


試合後、出場者専用の受付で、相手の商人が呆然としている中、彼らの賭け金と、自分達が賭けた配当、金貨1万7000枚ずつ(17倍)、勝者報酬金貨5500枚を受け取る。


「・・貴様、一体何者なんだ?

うちの戦士達をああも容易く眠らせるなんて、尋常じゃない。

彼らはきちんと魔法攻撃に備えた訓練も積んでいる。

生半可な魔法で支配される事などないはずなのだ」


今日初めて会った相手の商人が、まだ信じられないような顔で話しかけてくる。


「先日の金貸しは礼儀を弁えていなかったが、お前は意外にまともなんだな」


「・・あいつと一緒にしないで貰いたい。

私はあそこまで性根が腐ってはいない。

貴様に挑んだのも、本家からの指示があったからだ」


「1つ聴いて良いか?」


「何だ?」


「今日戦いに参加した彼らは、お前の私兵か?

それとも、本家の部下達なのか?」


「・・半分は私の護衛を兼ねた私兵だ」


「今日、指定戦の賭け金以外に、お前自身は幾ら損した?」


「・・金貨1500枚だ。

貴様のせいで今は本家も苦しくて、借り受けている兵の給与も支払わねばならなかったしな」


「今のお前に、それが出せるのか?」


「・・・」


「受け取れ。

金貨2000枚だ」


和也はそう言って、男に金貨1000枚入りの布袋を2つ差し出す。


「・・何故だ?

何故そんな事をする?」


意外さと訝しさが混じったような顔で、和也を見る商人。


「別にお前だけを助ける積りはない。

ただ、お前が金に窮すれば、その影響は今日戦った彼らや、店の従業員にも及ぶだろう。

だからこれは、その彼らに支払う給与も兼ねている。

物言えぬ部下や奴隷達にも、其々の暮らしがあり、感情がある。

主の不幸は、それに従う者達にとっても、決して他人事ひとごとではない。

お前は比較的まともそうだから、今回だけは少し助けてやる」


「・・変わった奴だ。

だが有難く受け取ろう。

正直、非常に助かる」


「それはミザリーからでもある。

・・そういえば、何故お前達は彼女を欲しがる?

まさか未だに何処かに売り飛ばそうなんて、考えてはおるまい?」


「私もそれは正確には分らない。

本家の誰かが、彼女に執着しているとしか教えられていないのだ」


「・・そうか。

時間を取らせたな。

では自分達はこれで失礼する」


怪我をした弓士達の治療が既に済んでいる事を確認し、その場から去る和也達。


商人は、周囲の誰も自分を見ていない事を確かめると、彼らにそっと頭を下げるのだった。



 「君に少し相談があるのだが、後で時間を取れないだろうか?」


いつもの店の個室で昼食を取りながら、忙しい合間を縫って自分達にサービスしに来る少女に、そう告げる和也。


「嬉しいです。

デートのお誘いですか?

なら喜んで」


ミザリーがジト目で和也を見る。


「・・いや、済まないが仕事の話だ」


「残念です。

・・15時に一旦休みを取りますので、その時間でしたら大丈夫ですよ?」


「分った。

ではその時間に、またここに来る」


「はい。

お待ちしてます」


そう言って、戦場と化した店内に、また元気よく戻って行く彼女。


「一体何の話をする積り?」


ミザリーが、和也と同じきしめん擬を食べながら、そう尋ねてくる。


「だから仕事の話だ。

詳しい事は、奴隷商の彼に聴いてからでないと話せない。

君も付いて来れば分る」


それから早々に食事を終え、奴隷商の館に赴く二人。


応接室に通されると、直ぐに店主がやって来る。


「御剣様、ようこそお越し下さいました」


「今日は相談があってやって来た。

早速だが、今ここにどれくらいの奴隷が居る?」


「・・そうですね、御剣様のお陰でどんどん解放されましたので、現在は七名です」


「それを全て購入すると、幾らになる?」


「全員でございますか!?

・・少々お待ち下さい」


店主が別室に計算に行く。


彼は直ぐに資料を持って戻って来て、和也に告げる。


「一人だけ、若干値の張る娘が居りますので、全部で金貨360枚になります」


「その娘はどんな娘なのだ?」


「元は小規模な商人の娘でしたが、親が商いに失敗し、借金を負いましたので、その返済のため、自ら奴隷に志願した娘です。

歳は16で、初等教育を受け、制約の守りに『命の保証』を選びました。

今は街で下働きをしている両親の為にも、仮令身体を差し出してでも、良い主人に巡り合える可能性に賭けているようです。

・・御剣様のお陰で、今の私には十分な余裕がございます。

ですから、その娘が嫌がりそうな相手には紹介しない積りでしたし、買い取り時の価格も、親の借金が清算できるように、かなり上乗せして金貨80枚で購入しました」


「全員購入するが、その娘だけ一度会わせて貰えるか?」


「有難うございます。

少々お待ち下さい」


その娘を呼びに行く店主を見送り、ミザリーが和也に尋ねる。


「ただ解放するだけではないのね?」


「そうだ。

後ろ盾がない、職の当ての無い奴隷をいきなり自由にしても、暫くすれば暮らしに困る者も出る。

だからこそ、彼らにはセーフティーネット、安全弁が必要になる。

仕事が中々見つからない者でも、最悪そこに行けば何とかなると思える場所作り。

自分はそれをやりたい。

あの店の少女に話す内容も、実はそれに関係している」


「貴方がもし王様になれば、きっとその国は素敵な場所になるでしょうね」


「どうかな。

自分は怠け者だから、そのためには沢山の有能な部下が必要になる。

こんな自分を、そうそう支持してくれる者がいるとは思えないが」


「貴方って、戦いの時にはふてぶてしいくらいに傲慢になるのに、時々変に卑屈になるわよね?

何かトラウマでもあるの?」


「・・・」


「お待たせ致しました。

こちらが件の娘、リマでございます」


店主が一人の可愛い少女を連れて戻って来る。


「リマと申します。

宜しくお願い致します」


部屋に入って来た時、明らかに不安そうだった娘は、主人となる和也の顔を見た瞬間、蕾が綻ぶように微笑んだのを、ミザリーは見逃さなかった。


「これから君に幾つか尋ねたい。

既に購入する事は決まっているので、その返答が、君の不利益になる事はないから忌憚なく答えて欲しい」


「はい」


「君はもし奴隷から解放されたら、何処かに行く予定があるか?」


「・・いえ、特には。

せいぜい親元に帰るくらいです」


「もし自分が君に、特定の職業に就いて欲しいと頼んだ場合、どうしても嫌な仕事はあるか?」


「・・娼館だけは、お許し願いたいです」


「最後に、もし君に仕事を頼んだ場合、月々の給料はどれくらい欲しい?」


「頂けるのなら、お幾らでも。

私には、それを決める資格がありません」


「済まない。

質問は全て、君が奴隷から解放された後のものだ。

この後直ぐ、自分は君を解放するから」


「!!!

・・本当ですか?」


「御剣、嘘吐かない」


「フフフッ。

何ですか、それ?

・・でしたら、仕事の内容にも因りますが、月に銀貨50枚ほど頂きたいです。

親に少し援助したいので・・」


「自分が君にやって欲しい仕事は、店の経理と、店で使う食材や資材を扱う業者との交渉だ。

慣れない内は本店で少し経験を積み、慣れたら支店の管理を任せたい。

給料は、最初は月に銀貨70枚、半年ごとに特別手当として金貨1枚支払う。

親と住みたいなら、その他に住宅手当として月に銀貨10枚出そう」


「・・そんなに?

奴隷を買って、直ぐに解放するなんて聞いた事も無いのに、その上でそれ程の条件を?

何故奴隷のまま働かせないのですか?

そうすれば、お給料なんて払う必要ないのに・・」


「人に何かを強いて、その限られた時間を使わせる以上、身分や地位に関係なく、対価は必要ではないかな?

意に添わぬ仕事をさせて、しかも見返りがない行為に、一体どれだけの者が真摯に対応するだろう?

その者に働く喜びなくして、果たしてその仕事で他者を満足させられるだろうか?

今の君の発言は、飽く迄使用者側の思考だろう?

働かされる立場の、君の本心ではないよな?

本当ならもう少し払ってやれるのだが、自分は、お金も人生と同じだと考える。

限られた時間の中で、人がどう生きて行くかを模索するように、有限の予算内で、己が買える物、使えるものを、あれこれ考えながら楽しんでいく。

得てしてそういう苦労や楽しみは、蓄えの少ない若い内ほど大きなものだ。

歳を経て、身の回りに買えない物などなくなった時、一抹の寂しさを感じた者を自分は知っている。

・・奴隷とは、自由に使える時間も資金もないような存在だろう?

仮令表情には出さなくとも、心で泣いている者と共に仕事をして、自分は真の満足感を得られはしない」


「・・以前学んだ沢山の書物、その何れにも、今貴方の言った言葉は見つからなかった。

君主論とも経営学とも違う、とても不思議だけれど、でも確かに心に何かを残す言葉。

私は、仮令解放されても、貴方と、いえ、貴方の為に仕事がしたい。

いつまでも、この先何が起きても。

どうか宜しくお願い致します」


それまで黙って聴いていた店主が嬉しそうに頷き、ミザリーも、『またかな』と思いつつも、満足げに溜息を吐く。


和也が料金を支払い、店主に改めて相談があると伝えると、一旦リマを部屋に戻した彼は、身を乗り出すようにして、和也の提案に耳を傾けるのであった。



【後書き】

和也は意識さえすれば相手の内心の思考まで読み取れますが、重要な交渉や敵でもない限り、普段はそれをしていません。

なので、ミザリーなどが彼に向けてしている内心の呟き、罵倒には気付いておりません。

また、文章での表現上、作者の語彙不足もあって、その世界では存在しないような単語が時に出てきます。

でもそれは、あたかも翻訳の如く、その世界で違う言葉で話されているものを、こちら側の単語に変換して書いてあるとご理解いただければ幸いです。

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