第18話

 「随分と奇麗な建物ですね。

これ、貴族用の屋敷ですよね?」


その日の夕方、仕事を終えたエマを迎えに行き、現在の彼女の家に寄って家財道具を全て持ち出してから、ミザリーと三人でここまで転移してくる。


最初、彼女の家に転移した時、エマは相当驚いて、『これだったら、ギルドの護衛依頼を独占できますね』と半ば呆然としていた。


「訳ありらしくてかなり安かったのだ。

その原因も取り除いたから、今は快適に住めるぞ」


玄関先まで話しながら来ると、その声を耳にしたのか、レミーが出てくる。


「お帰りなさい、ご主人様。

・・お客様ですか?」


エマを見て、そう尋ねてくる。


「彼女も今日からここに住む事になった。

申し訳ないが、宜しく頼む」


「まあ、それは良いですね!

この屋敷に二人だけなのは寂し過ぎます。

さ、中へどうぞ。

ミレーさんはまだお仕事中ですが、お茶をお淹れしますね」


彼女にそう言われ、厨房まで案内される。


「・・中もまるで新築のようですが、これだけのお屋敷をお一人で管理されているのですか?

・・あ、済みません、申し遅れました。

私、エマと言います。

この町の冒険者ギルドで、受付の仕事をしています。

宜しくお願いします」


「私はレミー。

ご主人様に奴隷から解放していただき、もう一人のミレーさんと一緒に、ここで暮らしています。

家事全般と、お庭の菜園管理が、現在の私の仕事になります。

尤も、手が届かない場所は、ミレーさんが浄化をかけて下さるから、随分楽してます。

トイレ掃除も全く必要ないので・・。

宜しくお願いしますね」


珈琲を淹れながら、愛嬌のある顔をエマに向け、にこっと笑う。


「凄く良い香り。

何のお茶ですか?」


出された珈琲を、珍しそうに見るエマ。


「これは珈琲と言って、ご主人様が特別にお分けして下さる飲み物です。

まだこの大陸には存在しないそうです。

因みに今日の豆は、コロンビアスプレモです」


『豆?

葉ではなく?』


よく分らないまま、高そうなティーカップを傾ける彼女。


「・・美味しい。

何だか心が落ち着く味。

私、これ好きです」


喜んで再び口にするエマを、嬉しそうに見るレミー。


「レミー、これを飲んだら彼女を2階に案内して、空いている部屋を好きに選ばせてやってくれ。

彼女の家財道具は大体持って来ている。

それから、人数が一人増えるので、君の給与を月に銀貨90枚に上げ、生活費を毎月銀貨80枚に増やしておく」


「え?

良いですよ、そんな。

生活費はともかく、お給料はそのままで大丈夫です。

ここにいると、ほとんどお金を使わないで済むし、欲しい物もそうありませんから」


「自分は、厚意と仕事はなるべく分けて考えたい。

その者が寄せてくれる厚意は有難く受け入れた上で、仕事に対する報酬はきちんと払いたい。

そうでもしないと、自分は、ただ皆の厚意に甘えるだけの存在になってしまう。

それに、今はお金を蓄えておいた方が良い。

君に何時か大事な人ができた時、その者と歩むための力にもなるから」


「うるうる。

有難うございます・・と、言いたい所ですが、ご主人様、マイナス1点です」


「何故だ?」


和也が意外そうな表情をする。


「最後に余計な事を言いました」


「・・・」


「・・レミーさん、凄いですね。

普通、メイドが主人にそんな事言えませんよ?」


エマが驚いている。


「私のご主人様は、形式には拘りません。

そこに本音とまともな理由、何より愛情があっての言葉であれば、笑って受け入れて下さいます。

ここに案内されたという事は、貴女も多分、それをご存知のはず」


「・・そうですね。

失言でした」


エマが穏やかな表情で、頷いている。


「・・まあ、そういう事なので、レミー、彼女を宜しく頼むな。

君の給料を上げる件は譲れない。

それから、今日は臨時収入が入ったので、皆に少し還元しておく。

ミレーに宜しく伝えてくれ」


照れ隠しなのか、各自の前に、古王国金貨を3枚づつ積み上げ(レミーの所には、ミレーの分も)、エマのリングに各病気への耐性、屋敷と市街までの双方転移の機能を付与し、その場を去ろうとする和也。


「え、ちょっと待って下さい!」


慌てたレミーが和也を呼び止める。


「どうした?」


「ミレーさんにもちゃんと会ってあげて下さい。

前回、お風呂に入っているからとそのまま貴方をお帰ししたら、後でべそをかかれました。

彼女曰く、仮令裸を見られても、貴方と会いたかったそうです」


ミザリーが、何か言いたげに和也を見る。


「あ、それで思い出しました。

あのパン、物凄く美味しかったです!

間違いなく、今まで食べた物の中で1番です!

・・その内また、食べられると良いなあ。

チラッ」


「分った。

月に一度くらいなら、届けてやろう。

王室でも入手困難な代物だから、それで我慢してくれ」


レミーの可愛いおねだりに、苦笑してそう答える和也。


結局、その日はミレーの仕事が終わり、彼女達と夕食を共にするまで、屋敷に滞在する事になった。



 「自分達を探している者がいると聞いたが?」


翌日、ミレノスの闘技場、その受付で、和也はそれとなく尋ねてみる。


「あ、・・はい、居りますよ」


係の男も、どうやら和也達を覚えていたようだ。


「アンザス家所縁の商人から、貴方を見かけたら連絡をくれと頼まれています。

先日、身内である金貸しのパーティーを破ったあなた方に、指定戦を申し込みたいそうです。

どうしますか?」


「向こうが何を望んでいるのか知らんが、こちらは賭け金を金貨5000枚以上出すなら受けると伝えてくれ」


「・・相変わらず、太っ腹ですね。

負けるとは考えていないんですか?

恐らく、負けたらそちらの綺麗なお嬢さんも取られてしまいますよ?」


「ここで戦う者に、初めから負けると考えてる者がいるとは思えないが?」


「確かに。

ではその条件で、先方にお伝え致します。

今日の夕方以降に、またこちらまでお越し願えますか?

払い戻し業務のため、受付だけは、午後6時までやっておりますので」


「分った」


また出直す事にした和也達は、時間潰しも兼ねて、更に違う町へと足を運ぶ。


サイアスの町。


ミレノスから更に馬車で5日程の、人口50万人を超える大きな町。


鍛冶や農業が盛んで、その生産物を買い付けに来る商人の休憩地として、宿屋も多い。


闘技場も大きく、商いで儲けた商人達が時に大金を賭ける事でも知られていた。


「誰か相手をしてくれないものか。

まだ初心者だから、今の内にもっと経験を積んでおきたい。

・・金貨3000枚なら出せるのだがな」


闘技場の受付付近で、わざとらしくそう口にする和也。


隣にいるミザリーが、必死に平静を装っている。


これ見よがしにジャラジャラ金貨を鳴らす彼に、また一人商人が寄って来る。


「君達は何人のパーティーなんだい?」


「見ての通り、彼女との二人だ」


「・・私の所有するチームとで良ければ、相手をしてあげるよ?」


ミザリーを凝視しながら、その男が言う。


「自分は金貨3000枚以下の賭け金ではやらないぞ?」


「分っている。

ただ、こちらはお金の他に、この彼女が欲しい。

その分金貨500枚を上乗せするが、どうだい?」


「お前も人を見る目がないのだな。

彼女の価値が金貨500とは笑わせる。

2000枚、合わせて金貨5000枚なら彼女も付ける。

尤も、そこまでの金はないか?」


「・・この町で私を怒らせない方が良いぞ?

見たところ、何処かの貴族らしいが、私が知らない以上、そう高い位ではあるまい?」


「自分は平民だ。

それに、それはこちらの台詞だ。

あまり自分を怒らせると、手加減してやらんぞ?」


「・・運良く小銭を得た平民が、図に乗っているだけのようだな。

こちらは金貨7000枚出す。

その代わり、お前の賭け金は金貨5000枚だ。

逆に聴こう。

・・出せるか?」


男が馬鹿にしたように笑う。


「何だ、それだけで良いのか。

もっと賭け金を釣り上げても良いんだぞ?

何なら1万枚にしとくか?」


「な、・・いや、5000枚で良い。

何時までに用意できる?

こちらは、4時間あればどうにかなる」


「今直ぐ出せるぞ。

お前と違って、自分はアイテムボックスが使えるからな」


「・・確認するぞ?

お前のパーティーは、この二人だけなんだよな?」


「そうだ」


「なら今直ぐ申し込む」


男が、近くで話を聴いていた受付の男性を見る。


「最短で、どれくらいでやれる?」


「・・急げば3時間程で。

今の時期はまだ空いてますから」


この闘技場始まって以来の賭け金額に、興行収入が期待できる運営が、かなり無理をしてくれる。


商人の男が、和也の顔を見る。


「では今から4時間後に勝負だ。

そこまで言った以上、決して逃げるなよ?」


「分っている。

小遣いが入るのだ。

逃げる必要がなかろう」


その後、仮手続きをした二人は、商人の資金の到着を待って、4時間後に試合をする事になる。


当然の如く、その遣り取りを聴いていた者達は、仲間に知らせ、自らも蓄えを取りに行くために、家へと戻る。


その結果、一般の賭け金だけでも総額で金貨4万枚以上になり(和也達も、自分達に其々1000枚ずつ賭けた)、この所売り上げが低迷していた運営は、正にほくほく顔で、その開始を宣言するのであった。



 「皆様、大変お待たせ致しました。

本日の最大のお目当てでありましょう、『可笑しな二人』対『商人B』の、指定戦のお時間がやって参りました。

・・・・・・。

・・・・」


これまでより更に饒舌なアナウンスに苦笑しながら、和也はその相手側を見やる。


全部で九人。


闘技場で戦わせる人員全ての集まりをパーティーと呼び、個々の試合に出る単位をチームと呼ぶ事もあるが、和也のこれまでの相手は、ほぼパーティーイコールチームであった。


その点、あの商人はかなりの資産家なのか、運営から聴いた話によると、各試合ごとに人員を入れ替え、全員では戦わせないそうだ。


何れも名のある戦士らしく、徒に人数を増やして、万一無駄に怪我でもされては勿体ないと、そう考えているらしい。


闘技場では中級魔法までなら使えるから、集団戦では味方の放った魔法に当たる可能性もある(ゲームのように、敵にしか当たらない訳ではない。和也や眷族達は、大魔法を放つ際、ターゲット以外には当たらないよう障壁を張るだけの余力があるのだ)。


武器を持った戦士が六人、その中には女性の姿もある。


残りの三人は、魔術師二人と弓士が一人。


「いつも通りでいくぞ。

魔術師は君に任せる」


「・・あの女戦士も、私に任せてくれないかな」


「・・そうだな。

今の君なら大丈夫だな。

では自分が他を倒したら、その後で君に任せる」


「有難う」


微笑む彼女を尻目に、試合開始の合図で和也が歩き出す。


「何トロトロ歩いてんだよ」


剣士の男が和也に突っ込んで来る。


加速をつけて、居合のように振り抜いて来るその刃を、和也の左手が叩き落とし、反動で腰を落とした男の顎に、今度は右のアッパーを食らわす。


骨が砕ける嫌な音がして、血と泡を吹いた男が倒れる。


「!!!」


透かさず魔法と弓が飛んでくるが、その矢だけを抓み、相手に投げ返す。


敵の目前で魔法が消滅する光景に目を見開いた二人の魔術師に、ミザリーが走り寄り、練習用の、刃の潰れた剣を閃かせる。


和也のカウンターを浴びた弓士は、その矢を腹に受けて、穴が開いた己の腹部に呆然としながら、倒れ伏す。


「何だお前、化け物か!?」


残された五人の内、槍と斧が左右から、そして残りの三人は一列になって攻撃してくる。


槍を摑んで相手を軽く蹴飛ばし、自分から離す。


その女性にはミザリーが向かい、挑発する。


斧を避けながら、相手の腹にストレートを放つ和也の拳は、防具を拳状にへこませて、その男を2m以上吹っ飛ばす。


内臓が破裂し、血反吐を吐くその男を無視し、和也は残る三人に向かう。


「この化け物め!」


一直線に並んだ先頭の男の突き技を交わすと、直ぐ後ろの男がそれを待ち構えていたかのように剣を薙ぎ、それを肘で叩き割って相手を蹴り払うと、二人目の後ろに隠れるようにしていた三人目が、透かさずまた突きを入れてくる。


和也は蹴りの反動を活かしてそのまま回転し、相手の刃を左腕で逸らして、勢いづいた相手の頬に右ストレートを叩き込む。


顔の形が変形した三人目が崩れ落ち、蹴りを食らった二人目は地面の上で痙攣を繰り返すだけ。


唯一残った一人目が、信じられないような顔をする。


「まだ誰にも破られた事ないのに・・」


「似たような攻撃を、何処かのアニメで見た。

尤も、その程度の練度では、上級者には通じないぞ」


ミザリーの方を見ると、それまで練習でもするかのように避けていた相手の攻撃を弾き、そのまま胸元に突きを入れて倒した所だった。


「どうやら後はお前だけのようだ。

・・まだやるか?」


「・・降参したいが、それでは主に罰を受ける」


「どんな罰かは知らんが、それは仲間の命より大事か?

あまり時間をかけると、その辺でヒクヒクしている者達が、手遅れで死ぬぞ?」


「!!

・・降参する」


武器を投げ捨てた男が、審判にそう告げる。


「勝者、『可笑しな二人』」


審判の宣言に沸き立つ場内で、和也は倒れた一人一人に治癒を施し、身体を完全に癒してやる。


「お前達は自分と戦う際、下品な妄想をしていなかった。

これはその褒美だ」


そう告げて去る和也を、元気になった男達が、呆気に取られて見送っていた。



 戦いが終わり、その明暗が分かれる受付広場。


和也達は、出場者向けの窓口で、相手側の賭け金である金貨7000枚と、自らが賭けた配当金、金貨1万2000枚ずつ(12倍)、更に、運営から勝者報酬として金貨3200枚を受け取る。


逆に負けた商人は、7000枚の他に、自らが賭けた金貨1000枚も失い、もうほとんど手持ちの資金がなかった。


ミザリーを得るために呼んでおいたこの町の奴隷商人に、当座の営業資金確保のため、何人かのメンバーを売り払う羽目になり、その相談をしている所に、和也は足を運ぶ。


「やあ君、景気はどうだい?」


「貴様・・よくもぬけぬけと・・。

お陰でこちらは破産寸前だ。

馬鹿にしたいだけならとっとと失せろ」


怒りで顔を赤くする男に、和也は言う。


「一人欲しい奴隷がいるのだが、自分に売る気は無いか?」


「何?

・・どいつだ?」


「降参宣言した彼だ」


「・・ああ、あいつか。

後で罰を与えようと思ったが、幾らで買う?」


「彼の評価額はどれくらいだ?」


和也が、商人の隣にいる奴隷商に尋ねる。


「私なら、せいぜい金貨15枚ですな。

女でもなければ、そう若くもない。

戦える点を評価しても、そんな所でしょう」


「なら自分は金貨20枚払う。

売ってくれるか?」


「・・良いだろう。

お前は気に食わないが、今は少しでも金が欲しい」


「契約成立だな」


商人が、少し後ろで待機していたメンバーの中から、その彼を呼び寄せる。


和也が商人に代金を支払い、奴隷商に手数料の銀貨10枚を渡すと、その二人によって、男の奴隷紋が解除状態になる。


「有難う。

ではこれで彼を連れて行く」


「貴方の方の手続きが、まだ済んではおりませんよ?」


奴隷商がそう言ってくるが、和也はそれを軽く往なす。


「後はこちらでやるから」


手に入れた彼に指先で付いてくるように指示して、その場を去る三人。


闘技場の出口付近で、和也が男に言う。


「もう後1、2分で、お前は自由だ。

これからは好きに生きろ」


「まさか、このまま解放してくれる積りか?」


「そうだ」


「・・何故?」


「あの時素直に降参したからだ」


「俺は別に、仲間の命を秤にかけた訳ではない。

あんたと戦っても、痛い思いをするだけで、どうせ勝てない。

なら主人に罰を食らった方が増しだと考えただけだ」


「人間であれば、打算や自己保身が働いて当然だ。

自分はお前の考えよりも、あの時そう行動した点を評価する。

普段の自分なら、そうそう結果無価値は採らないが、今回は特別だ」


「?

・・本当に良いのか?」


「ああ。

既に紋も消えた頃だろう。

これを持って行け。

当座の生活費だ」


和也が渡した金貨2枚を、男は、信じられないような顔で見つめる。


「ではな」


微笑むミザリーを促し、その場から去る和也。


男は暫くその場に立って、静かに涙を流し続けていた。

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