第16話

 「少し寄り道をする」


ハロルドの屋敷を後にした和也は、ミザリーにそう告げると、奴隷商の館へと転移する。


部屋に通され、笑顔で挨拶してきた店主に、早速用件を切り出す。


「今回もまた奴隷を購入したいのだが、その人員は、貴方にお任せする。

予算は金貨300枚。

それで、言葉は悪いが、ずっと売れ残っている者達を解放してやってくれ。

ミザリーのように、訳ありで売らない者ではなく、純粋に買い手が付かない者が良い。

性別は問わないから、予算内でできるだけ解放して欲しい。

購入の最低金額に満たない残金は、貴方の手数料として納めて良い」


「・・それはまた、夢のような好条件ですな。

顔もご覧にならなくて良いのですか?」


「構わない。

ただ解放して貰うだけだから。

その際、当座の生活費として、その者達に金貨1枚ずつ渡してやって欲しい」


「畏まりました。

御剣様のお名前もお出ししないで宜しいのでしょうか?」


「内緒で頼む。

恩を売る訳ではない。

臨時収入が入ったから、それを用いて彼(彼女)らに、やり直す機会を与えてやるだけなのだ」


「・・御剣様とご縁ができてから、この商売の常識が覆されてばかりです。

有難うございます」


「世話になった貴方の負担を、少しでも軽くできれば良いが。

・・貴方は他の奴隷商と違って、商品である彼ら(彼女ら)にも、きちんと人としての扱いをしている。

何年も購入されなければ、その維持費も馬鹿にならないだろう。

自分はそれを僅かでも応援したいだけだ」


ミザリーが、嬉しそうに和也の膝に手を添えてくる。


「済まないが、1時間程、彼女をここに居させて貰えないか?

自分はこれから行かねばならない場所がある。

そこに彼女を連れて行くのは、少々不味いのでな」


「御易いご用です」


「ミザリー、君はここで待っていてくれ」


「分った。

彼と世間話でもしてるね」


和也には色々と秘密がある事は理解しているので、一々その理由を尋ねはしない。


それに満足した彼は、サリーに貰った金貨の袋をそのまま店主に渡し、その足で館を出て行った。



 ウロスとミレノスのちょうど中間くらいにある、険しい山。


その奥深い森の中に、瘴気に塗れた洞窟があった。


和也はそこまで転移すると、躊躇わずに中まで入って行く。


暫く進んだ所で、大きく開けた広場に出ると、そこに一匹の竜が横たわっていた。


もうほとんど生命力がなく、腐りかけたその身体からは、所々骨が見えている。


まだ成竜になる前で、身体も比較的小さい。


和也が入って来た事には気付いても、最早起き上がる事さえ困難なのか、目だけを向けてくる。


「・・その身体で、よく他者を思い遣る心を捨てずにいた。

必要以上に殺さず、たった一人で苦痛と孤独に耐えていた君に、自分から贈り物をしよう」


和也の瞳が蒼く光る。


その優しい光に当てられたかのように、猛毒と膿に塗れた身体が癒され、奇麗な体表に修復されていく。


毒に侵された内臓からその毒素が抜かれ、傷んで穴の開いた臓器が完全に修復される。


それが済むと、空間全体が浄化された。


体力が回復され、魔力が正常に戻った事に、驚いて身を起こす竜。


「まだ子供だった頃に食べた魔物の強い毒が、完全には消化されずに君の身体を長年蝕んでいた。

もう大丈夫だ。

・・辛かったな」


人の言葉が直に頭に響き、そしてそれを理解できる事に目を見開いた竜(性別は女性)に、彼が問いかける。


「こことは異なる世界で、穏やかに暮らす気は無いか?

食べる物には困らない。

他者と争う必要もない。

君と同種ではないが、竜もそこに棲んでいる」


竜は何も答えず、静かに和也に近付いて来て、その身を彼の身体に何度も優しく擦り付ける。


言葉ではなく態度で意思表示をした彼女に、和也が穏やかに微笑む。


「そうか。

行きたいか。

今では沢山の仲間が居るから、もう君も、寂しい想いはしないだろう。

・・達者で暮らせ」


掌に浮かべた黒い球体に、彼女を吸い込む和也。


その玉の中で、彼女が皆から出迎えられる姿を見ながら、自身もまた洞窟を出る。


傷みが激しかったせいで、その場で焼却され、彼らの骨だけが後日持ち帰られた場所に目を向ける。


ミザリーの父親が灰と化した場所に花を手向けると、和也はまた何処かへと転移した。



 「寝ている所を悪いな」


ダンジョン内にある居住区の、ルビーの館。


その寝室に直接転移した和也は、彼の気配を感じて眠りから覚め、ベッドから身を起こした彼女にそう声をかける。


「ご主人様、お待ち致しておりましたわ」


上半身には何も身に着けてはおらず、豊かな胸を露にした彼女が、妖艶に微笑む。


「お前に頼みがあってやって来た。

だがその前に、精力を分け与えておこう」


起き上がって嬉しそうに和也に纏わりつく彼女に、口移しで精力を流し込む。


ぬめりを帯びた彼女の舌が、和也の口内に侵入し、ゆっくりとその内部を嘗め上げる。


「・・今回はどのようなご用件で?」


和也の首に両腕を回したまま、唇だけを離して、囁くようにそう尋ねてくる。


「とある世界で、王族の息子の護衛をして貰いたい。

普段は姿を消して秘密裏に護衛し、その少年に殺意を抱く侵入者が来た時には、それを排除して貰う。

食事の際も傍に居て、もしその中に毒物の混入が見られた時には、何らかの方法で、彼らにその事を教えてやってくれ」


「異世界でのお仕事なんて、何だか楽しそうですわね。

・・どれくらいの間ですか?」


「最長で1年だろう。

少年か相手のどちらかが王位に確定すれば、そこでこの仕事は終わりになる」


「私がここを離れている間、ダンジョンAの代わりには誰を?」


「一時的にエメラルドを戻そうと考えている」


「ここのメンバーをもっと増やすお考えはございませんの?」


「流石に誰でも良いという訳にはいかないからな。

ただ、案は持っている。

立ち行かなくなれば、眷族や妻の中から、その時手が空いている者に交代で頼んでも良い。

その方が、戦える相手もバラエティーに富んで、客が喜ぶかもしれん」


「眷族はともかく、奥様方もですか?」


「エリカだけは参加させないが、いや、仕事が忙しい有紗もだな、その他の者達には、偶になら良い気晴らしにもなるだろう。

あそこなら、人を傷つける事なく思い切り魔法が撃てる」


「それよりも、夜のご予約を増やして差し上げた方が、ずっとお喜びになるのでは?」


「・・いや、それをすると、自分はほぼ毎日、誰かの相手をしなければならなくなる恐れがある。

非常に心満たされる、何物にも代えがたい行為ではあるのだが、そうそう現実の時間を止めてばかりはいられないのでな」


「フフフッ。

分ります。

ご主人様との時間で感じる喜びは、本当に他では得られませんわ」


そう微笑んで、彼女はもう一度、今度は只の口づけをしてくる。


「・・ご褒美を期待しても宜しいですか?」


「何が良い?」


「・・5日分で」


「・・7日分与えよう。

予約表(妻達及び和也と関係を持った眷族の脳内には、意識する事で浮かび上がる夜の予約表があり、そこで各自が自由に予約を入れる手筈になっている)を確認しながら、好きに使うと良い」


「嬉しいですわ。

・・今日はどなたもいらっしゃいませんね。

早速1日使わせていただいても?」


ミザリーを待たせているので、部屋の外の時間を止めて、求めに応じる和也。


(室内時間での)丸1日後、全身から色気と魔力を振り撒くルビーが、ひっそりと王都へ転移して行った。



 店主に礼を言い、待たせていたミザリーを連れて、行きつけの店に遅い昼食を食べに行く。


個室に通され、既にランチは終了していたので、裏メニューのスープパスタを注文する。


それまでかなり忙しかったのか、まだ賄いを食べていなさそうな少女に、直ぐ食べられる、嘗て日本の中華街で購入しておいた、肉まんとあんまんを渡してやる。


物珍しそうに受け取り、礼を述べて奥に食べに行った少女は、暫くしてから凄く興奮して戻って来た。


「あれ何処で買ったものですか?

できればうちでも販売したいです」


この世界ではまだ存在しない物なので、自分が考案した物だと伝えると、『作り方を教えてくれませんか?』と、控えめにお願いしてきた。


買った店のレシピと作り方を過去に遡ってトレースし、この世界で揃わない物がない(代用が利く)事を確かめて、それを紙に書いて帰り際に渡してやると、大喜びして大事そうに服のポケットに終う。


「利益が出るようになったら、少しずつでも還元しますね」


そう言ってくる少女に、和也は少し考えて、あるお願いをする。


「自分には一切還元しなくて良い。

ただその代わり、売り上げが伸びて店が忙しくなってきたら、臨時でも良いから、人を何人か雇って欲しい。

その者達は、ある事情で暫く職から離れていたが、やる気だけはあるはずだ。

もしそういった者が職を求めて応募して来たら、優先的に雇ってみてくれ」


和也ははっきりとは口にしなかったが、この少女は彼が何を言いたいのか、薄々気が付いていた。


最近新たに顔を見せるようになったお客の中に、嘗て奴隷であって、彼との試合に敗れた、見覚えのある人物がいたのである。


その女性客達は、街で偶然出会った以前の仲間とここへ来たようで、食べながらも、話が大いに弾んでいた。


最初は陸に気にしなかったが、『黒い悪魔』という単語が聞こえてきてから、それとなく耳を澄ませていると、どうやら彼ら全員が、あの人のお陰で奴隷から解放された事が分った。


それを今は凄く感謝していて、席に着く全員が、皆楽しそうに笑っていた。


少女は内心で、己の男を見る目を誇ると共に、個室のテーブルに磨きをかけて、それからも和也を待ち続けた。


何時の間にかこの個室は、少女の中で和也専用の部屋へとその認識が変わり、娘に甘い親のせいもあって、事実上、そうなってしまう。


余談だが、昼限定で肉まんとあんまんを売りに出したところ、値段が手頃で片手でも食べ易く、しかも腹持ちが良いこの食べ物は、あっという間に冒険者達に広まり、その後数倍になった店の収益の、半分近くを売り上げる事になる。


そして、和也が言う通り、暫くして仕事に応募してきた数人の者達は、皆同じような境遇の者達であったが、この少女によってその全員が採用され、昼間は戦場のように忙しくなった店を支える、貴重な戦力となるのだった。


その日はそれでテントに戻った和也達。


僅かな休憩後、ミザリーの訓練を始める。


今は2本の槍を持ち、絶え間なく攻撃を仕掛ける和也に、彼女は風の魔法を両手両足に重ね掛けして、必死に受け流す。


顔以外の、至る所に繰り出される攻撃は、避け損なえば寸止めされはするが、相変わらず気弾が放たれるため、その衝撃でバランスを崩す。


一度そうなると、手足に付けた錘のせいもあって、更に数発は攻撃を食らう。


肩より長い奇麗な髪を靡かせ、時折汗の雫が宙に舞う中、その眼だけはじっと和也を見つめ、剣はひたすら槍を弾く。


1時間通してそれをこなし、和也から回復魔法を掛けて貰ったら、水分補給をしてまた1時間、同じ事を繰り返す。


その後、共に風呂に浸かり、和也から入念なマッサージを受けたら、今度は魔法の練習。


絡め合った指先、隙間なく合わせた掌から、少しずつ流し込まれる彼の魔力。


それに軽く身悶えし、時折熱い吐息を吐きながら、体内を流れる和也の魔力を意識する。


それが終わると、休む間もなく魔法の放射練習。


合わせた和也の右の掌に、様々な下級魔法をランダムで撃ち続け、その分の魔力を、左の掌から戻される。


全てが終わるのは、獣や虫たちが、もう自分達の時間だとばかりにその鳴き声を夜の帳に響かせる頃。


疲れ切った彼女が、肌を桜色に上気させたまま、和也にしがみ付いて、夢も見ずに深い眠りに落ちる。


そして翌朝、晴れやかな顔で目覚める彼女は、身だしなみを整えた後、相変わらず秘密の日課に励むのであった。


そんな彼女達の暮らしを、遥か彼方のアトリエから、疑念を持って見つめる眼差しがあった。


アリアである。


ある時から大量に入った和也の肖像画の注文をこなすべく、暇さえあれば日夜絵筆を走らせる傍ら、精神的に疲れて筆が鈍ってくると、最近になって覚えたばかりの、和也ウオッチングを始める。


初めてプロテクトを経験した時は、少しむっとして夜の予約表に己の名前を書き入れたりもしたが、自分の時も他者にはそう見える事に気が付いて、以後はプロテクトの表示が出ると、顔を赤らめながらそっと閉じる事にしていた。


そんな彼女が、和也とミザリーのここ最近の暮らし振りを見て、『これは不味いんじゃないかな』と、苦笑いしている。


幾ら何でも、妻や眷族でもないのに、(ミザリーが)ラブラブ過ぎる。


自分はまだ余裕があるが(各方面に和也の肖像画を描き送るに当たり、彼から相応の『予約権』を貰っているから)、月に一度しか支給されない権利を大事に遣り繰りしている他の妻の方々は、内心でどう感じているか分らない。


何れも人格者であり、仲間である他の妻や、彼と関係を持った眷族達には優しいが、それ以外の女性をどう思っているのかは、定かではない。


嵐の予感を感じて、彼女は暫く二人を覗き見ない事にする。


そしてそのまま、また絵筆を走らせ始めた。

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