第14話
「大きくな~れ、美味しくな~れ、萌え萌えキュン」
早朝、偶には郊外の屋敷でミレー達と朝食を取ろうと考えた和也は、転移した庭先で、レミーが芽が出たばかりのハーブにそう声をかけている場に出くわす。
それを見て呆然としていた和也に、彼女の方が気付いて声をかけてくる。
「あ、ご主人様、おはようございます。
・・どうされたんですか?」
「・・君はその呪文を、一体誰から聴いたのだ?」
「はい?」
「今君が、そこのハーブにかけていた言葉だ」
「ああ、私の思いつきですよ?
こう言えば、より早く、より美味しく育つと思って」
「・・驚いたぞ。
自分の知らない内に、誰かが異世界転移でもしてきているのかと、本気で考えてしまった」
「?」
「済まん、気にしないでくれ。
それより、ミレーももう起きているか?」
「はい。
今お風呂に入っています。
彼女は最近夜更かしですから、お風呂は夜ではなく朝に入っています」
「・・共に朝食でもと思ったのだが、出直した方が良いようだな」
「彼女は長風呂ですからね。
・・私で宜しければ、ご一緒しますよ?」
「いや、こちらもミザリーを置いてきているし、また今度にしよう」
「彼女と別行動なんて、珍しいですね」
「・・昨夜酒を飲み過ぎたらしくてな。
まだ寝ている」
「お酒ですか?」
「彼女の因縁の相手に『ざまあ攻撃』を成功させて、そのお祝いで、寝る前に共にワインを開けたのだ。
良い味だったから飲み過ぎたようだし、魔法の練習後でちょうど血の巡りが良い時だったから、かなり効いたようだ」
「『ざまあ攻撃』?」
何それと、彼女が首を傾げる。
「ふふ、やられた事の『倍返し』、あの時そうしなければの『後悔系』、見捨てられての『大器晩成』。
色々あって、説明が難しい。
要は、あまり他人に意地悪をしてはいけないという事だ」
楽しそうに和也がそう告げる。
「?」
全く分りません。
そんな顔をして、レミーが彼を見ている。
「これを朝食に食べると良い。
中々渡してあげられないが、味は絶品だ」
共に食べようとしていたパンの袋を彼女に手渡すと、和也は再度、何処かに転移して行った。
コンコン。
玄関の扉を控え目に叩く音に気付いたアンリが、作業の手を止めて、返事をする。
「はい」
そこに立っているのが和也だと分ると(以前、彼によって、来客が誰であるか内側から分るように、扉が改造されている)、大急ぎで手を洗い、扉を開ける。
「済みません、お待たせ致しました」
「忙しい所を申し訳ない」
和也はそう言うと、彼女の家の敷地外の時間を止める。
「・・あの、何か大切なお話でしょうか?」
わざわざ外の時間を止めてまでしようとする話の内容に、アンリが少し不安げな表情を見せる。
「・・誠に申し訳ないが」
「・・はい」
「・・パンを、できるだけ沢山作って欲しい」
「もう、嚇かさないで下さいよ!
そんな事なら幾らでもお聞きします」
アンリがほっとしたように、胸を撫で下ろす。
「・・でも、沢山なのだぞ?
今でさえ、かなり忙しいだろう?」
「仮令そうであっても、御剣様の為にする事なら、私には寧ろ喜びです。
幾つくらいご入り用ですか?」
「・・300くらい」
済まなそうに(彼の方がずっと背が高いから、実際の上目遣いはできない)彼女の顔を見る和也。
「分りました。
このまま外の時間を止めていていただけますか?
実際には、丸一日くらいかかると思います」
「有難う。
『御剣春のパン祭り』で、ついいつもより食べ過ぎてしまってな。
お礼は何が良い?
要らないと言うのは無しだ」
「ではお風呂をご一緒に・・」
「それは全部済んだら、お礼とは別にそうしよう」
「でも他にこれといったものは・・最近少し寝苦しいくらいで・・」
「分った。
ではそれをお礼にしよう」
和也はアンリのベッドまで案内して貰い、その上に、彼女の等身大の抱き枕を創る。
只の抱き枕ではない。
それを抱いて寝るだけで、全身の凝りが解れ、精神が安定して熟睡できる機能が付いている。
それを彼女に説明すると、もう1つ何かをして欲しそうな顔をする。
遠慮する必要はないと促すと、恥ずかしそうに口を開いた。
「それに、御剣様の絵柄を入れて欲しいです」
「・・・」
「駄目、ですか?」
和也が微妙な顔をしたので、アンリが残念そうに、そう呟く。
「・・服を着た状態のものなら」
「?
それ以外に何が?」
和也は日本の通販サイトでよく見かける、18禁アニメキャラの半裸がプリントされたものを念頭に置いていたが、アンリは単に、パンの包装紙にプリントされたような、可愛らしいものを思い浮かべている。
「これで良いだろうか?」
和也は、抱き枕のサイズを自身の背丈に合わせ、その表面に、今の格好と同じ、黒のスーツ姿の自分をプリントする。
「!!!」
それを見たアンリは、身を震わせながら、こう呟いた。
「これはミューズ達には見せられない」
そう言いながらも、凄く嬉しそうにそれをリングに終い、眠る時だけ取り出して使うと言う。
「有難うございます。
300と言わず、500個くらいはお作りしますね」
この後、全身にやる気を漲らせた彼女に付き合い、和也も丸2日(敷地外の時間経過無し)、疲労回復や覚醒などの魔法をかけてやりながら、彼女の食事の用意までこなして、その傍で共に過ごした。
テントに戻り、(毎朝の日課を逃して)残念そうな顔をして待っていたミザリーを連れ、開けしなのギルドに顔を出す。
まだ人が疎らな室内で、掲示板を覗きに行こうとした和也達に、受付のエマから声がかかった。
「大事なお話があるので、別室にお越し下さい」
今回は『お一人で』とは言われなかったので、当然ミザリーも付いてくる。
前回とは異なる部屋に案内されると、彼女は『使用中』と書かれた札をドアノブに吊るし、しっかりと戸を閉めた。
「あなた方に、この町の領主であるサリー様からお呼び出しがかかっております」
勧められた椅子に腰を下ろすと、エマは徐にそう切り出した。
「領主?」
「はい。
サリー・ハロルド伯爵様です」
「どんな用件か聴かされているか?」
「あなた方に一度お会いしたいそうです。
先日の闘技場での戦いの噂がお耳に入ったらしく、どんな人物かお知りになりたいそうです」
「その呼び出しは断れるのだろうか?」
「・・従わない場合、次は役人による強制連行になるかと」
「今回の自分の目的上、断った方が面白いのだが、それでは取次者としての君の立場まで悪くなる可能性があるな。
・・分った。
呼び出しに応じよう」
「有難うございます。
『お優しいのですね』
こちらが先方のご住所になります」
「領主について、君が何か知っている事があれば、教えて欲しいのだが」
「30代後半の女性の方で、中々のやり手でございます。
彼女の姉が王室に嫁ぎ、第4夫人として王位継承権第3位の男子を出産しましたので、王家との太いパイプもお持ちです」
「彼女自身は独身なのか?」
「・・現在は未亡人で、亡き夫との間に、息子が一人いたはずです」
「有難う。
・・良い機会なので、こちらの用も済ませておきたい。
先日の君の情報のお陰で、彼女の『ざまあ攻撃』も見事に成功し、多くの利益まで生じた。
これはその内の極一部だが、君に情報料として進呈する」
そう言って、和也は彼女の前に、布袋を1つ差し出す。
「金貨150枚入っている。
少ないが、是非受け取って欲しい」
「え!?
・・いえ、そんな。
私が好きでした事ですから」
「情報というものは、ものに因っては莫大な利益を生む。
危ない橋も渡った事だろうし、君には受け取る権利がある」
「・・有難うございます」
感謝の程を示すように、深く頭を下げるエマ。
「その格好では皆に隠す場所も無いか。
アイテムボックスは使えるか?」
「いえ」
「・・嫌でなければ、これを右手の薬指に嵌めると良い」
「指輪ですか?」
不思議そうに、和也が布袋の隣に置いた、小さな銀色のリングを見つめる彼女。
「それは魔法アイテムで、アイテムボックスの機能が備わっている。
意思を込めて対象に手を
君の魔力と無関係で使えるから、何かと便利だぞ」
「!!!」
心底驚くエマ。
そんな物があれば、もう家でのお金の隠し場所にも悩まないで済む。
その内もっと良い場所に引っ越す予定だが、賭けで得た金貨400枚近くを流石に持ち歩けはせず、かといってギルドに預けると色々と詮索されそうで、最近の悩みの種でもあった。
それに、急な戦闘の際にも、手ぶらで直ぐに必要な武器を出せれば、相手の油断も誘え、かなり便利だ。
・・ただ、これはお金では買えない代物だろう。
誰でも欲しがるし、幾らでも値が付きそうである。
自分がこんなものをお借りして良いのか、凄く悩む。
「それはもう、君にしか使えない。
もし君に何かあれば、その中身を取り出せぬまま、只のリングになり果てる。
だから、それは君に進呈する」
「!!!
・・本当に宜しいのですか?」
「初めて会った時、君は無下に自分を追い返さず、会員証を得る機会を与えてくれた。
そのお礼も兼ねている」
「そんな事・・。
嬉しいです。
有難うございます」
目を潤ませ、気持ちが落ち着く時間が必要な彼女に改めて礼を述べて、和也達は領主の下に出向く。
個室に入ってから一言も話さなかったミザリーに、ギルドを出てから、何故か脇腹を抓られた。
「呼び出しを受けて御剣が参上したと、ご領主に取り次いで貰いたい」
町のほぼ中央に位置する、一際大きな屋敷の前で、門番にそう告げる和也。
暫くその場で待たされて、やっと部屋に通されたが、一向に相手がやって来ない。
茶も出さずに1時間を過ぎた所で、和也が帰ろうとして腰を浮かした途端、ドアが開いた。
「何処へ行こうというのだ?」
上品な服に身を包んだ中年女性が、供を二人連れて入って来る。
「帰るのだ」
「私はそれを許した覚えはないぞ」
和也の隣に座るミザリーは、その言葉で彼の魔力が若干高まった事に気が付く。
このところ毎日、彼と魔力を流し合っているせいで、それをある程度敏感に感じ取れるのだ。
「お前は馬鹿か?
自分はお前の奴隷でもなければ部下でもない。
何かをするのに、一々お前の許可など必要ない」
彼女の顔を見据え、努めて穏やかにそう告げる和也に、従者二人が剣を抜いて反応する。
「それを一体どう使う積りだ?
言っておくが、自分は今、少し機嫌が悪いぞ?」
「・・止めなさい」
彼らが剣を抜いても、そう言うだけでソファーにふんぞり返って動かない和也に、妙な危険を感じ取り、従者の行動を諫める女性。
「・・お前がミザリーか。
父親も陸に使えなかったが、娘も娘だ。
男に媚を売るのだけは得意と見え・・」
その瞬間、部屋に大爆発が起きた。
女性の周囲と和也達が座るソファーを残して、1階にある、屋敷の大半の部屋が吹き飛ぶ。
奇跡的に、中に居た者達と屋敷の柱部分には傷1つなく、何が起きたか分らない皆が呆然と、壁がなくなり、丸見えになった外を見ている。
「事情をよく知りもせず、人が命懸けで払った努力を、高みから見ているだけの者が笑うな」
凍える刃のような鋭い瞳をした和也の、心臓を鷲摑みにするような、どす黒い声。
それを直に当てられた三人は、身近に迫った死の恐怖にものも言えず、ただ小刻みに身を震わせている。
「何の積りか知らないが、こちらに係わりたいのなら、今後は自分達に対する言動には気を付けろ。
自分にだけなら、大抵の発言には目を瞑ってやるが、彼女やその家族に対する理不尽な侮辱は許さん。
もしそれを犯すなら、殺しはしないが、相応の覚悟はしておけ」
それだけを告げると、指をパチンと鳴らして立ち上がる和也。
まるで何事もなかったかのように、完全に元通りになる屋敷。
釣られて立ち上がったミザリーと共に、静かに部屋を出て行こうとする。
「ま、・・待って下さい!!
お願いします!
待って下さい!」
先程までの、まるで機械のような無機質な声ではなく、人の血の通った、必死な叫び。
その泣きそうなまでの響きに、和也の足が止まる。
「お願いします。
どうか話だけでも聞いて下さい。
貴方を試すような真似をした事には、幾重にもお詫び致しますから」
和也が歩みを止めた事を理解すると、一転して、今度は語り掛けるように、静かな口調でそう伝えてくる。
「・・どうする?」
和也が傍らのミザリーに、そう問いかける。
「話を聴いてあげて。
さっきの言葉は、きっと彼女の本心ではないのよ」
「・・君がそう言うなら、今回だけはそうしよう」
踵を返し、和也が再びソファーに腰を下ろす。
「お前が今この場で彼女にきちんと詫びる事。
それが話を聴く条件だ。
できるか?」
その視線を向けられた領主が、姿勢を正し、ミザリーに深々と頭を下げる。
「申し訳ありませんでした。
決して本心ではありませんでしたが、貴女の心を傷つけた事、心からお詫び致します」
「・・謝罪は確かに受け取りました。
失礼ですが、父の亡くなる原因となった、あの魔物討伐で、貴女も夫を亡くされてますよね?」
「・・ご存知でしたか。
その通りです。
あの依頼をギルドに出したのは私の夫。
息子の病を治す僅かな可能性を求めて、貴女の父上などと共に、かの魔物を倒しに行ったのです」
それから語られた話は、和也が感じた怒りを静め、彼に聞く耳を持たせるに十分な内容のものであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます