第13話

 私の名前はエマ。


ウロスの町で、冒険者ギルドの受付を担当して2年になる。


田舎の小さな村で生まれ、幼い頃から生活のために親に狩りを仕込まれた私は、他に大して楽しみもなかったせいで、戦闘技術だけが取り柄の、お転婆な娘に育っていた。


何年も、暇さえあれば弓と短剣の訓練に励んでいたお陰で、12歳の時には一人でも熊や大猪くらいなら倒せるまでに成長し、家の食事に大きく貢献していた。


そんな私に転機が訪れたのは4年前。


その日も狩りに励んでいた私は、森の中で盗賊達に襲われていた商人の一団を見つけ、劣勢なので助けてやった。


護衛も四人いたのだが、盗賊達の数が多くて既に二人がやられ、残る二人も手傷を負っていた。


木陰から、何度も弓を放って確実に一人ずつ仕留め、数を減らしていく。


十人居た盗賊達は、何処から飛んでくるか分らない矢に怯え、それまでの勢いがなくなって、最後には全滅した。


終わってから矢を回収しに行った私に、彼らは凄く感謝してくれ、銀貨50枚もの報酬をくれた。


そしてもし良かったら、このままウロスの町まで護衛をしてくれないかとも。


町まではゆっくり歩いても2日ほどだったし、15歳になって大人の仲間入りをしても、村には相変わらず何の楽しみも無い。


都会の暮らしを覗いてみたかった事もあり、護衛の報酬も別に銀貨30枚くれるというので、引き受けた。


親に心配されないように、目立つ樹に、彼らだけが分る印を刻む。


獲物を追って2、3日家に帰らない事もあり、そういう時は、生存を知らせる合図を残す決まりだった。


親切な商人達は、その道中で私に色んな事を教えてくれ、視野を広げてくれた。


『学問は大事だよ』との彼らの言葉が、後の私の役に立つ。


町に着いてからも、家を借りる方法や、買い物の仕方、お勧めの店なんかを教えてくれたのは、私が暫くここで暮らそうとしている事に、薄々気付いていたからかもしれない。


私の村でも、何処かに出かけて突然帰らなくなる人はそう珍しくもなかったので、私がそうしても、親もあまり気にしなかったはずだ(そういう時や、何処かで野垂れ死んだ時のために、人々は常に身分証を携帯している)。


私が逞しく育っていたのは、よく知っていたしね(何と言っても、村1番の狩人だったから)。


市街から少し外れた場所に月額銀貨8枚の安い家を借り、冒険者ギルドにも登録して、簡単な依頼をこなしながら生活を始めた。


15歳だったから闘技場にも入れ、闘士としての登録はしなかったが、後に賭ける時のために、暇な時はなるべく多くの試合を見てきた。


様々な戦士達の戦闘様式を直接目にし、そこで魔法の有用性にも気が付いて、少ない稼ぎの中から1回銀貨1枚の入館料を支払って、図書館で文字から勉強した。


2年が経ち、17歳になった頃、ギルドが受付の職員を募集しているのを目にし、思い切って応募してみた。


ずっと独りで仕事をこなしていた私は、無理をせず、簡単な討伐や護衛、労働系のものにしか手を出さなかったから、それまで実入りはせいぜい月に銀貨60枚くらいだったが、受付の仕事は、座っているだけで(そう見えた)月に銀貨70枚くれる。


しかも、その仕事上、遣りようによってはかなりの人脈を作れるのだ。


当然、採用選考は激戦で、半ば諦めていたのだが、運良く合格してしまった。


後で聞かされたのだが、私の容姿は良いらしい。


仕事の後にはケチらず銭湯(銅貨12枚)に通ったし、女として最低限の身だしなみは整えていたが、それ以外はあまり気にしていなかったので、少し意外だった。


今にして思えば、共同の護衛や労働系の仕事先で、よく胸や腰に視線を浴びせられたし、『可愛いね』なんて軽口を叩かれた。


そういう人達は、女なら誰でも良いのだろうと思っていたが、実はそうでもなかったようだ。


勿論、それだけでは受からない。


私の場合、ギルドランクがCで、図書館での独学のお陰で、読み書きと、初級の魔法(基礎、水)が使えた。


仕事を受けた依頼人からの評判も良かったらしく、それら全てが私を採用へと導いてくれた。


職員になってから2年。


私は努力を怠らなかった。


中には受付に合格した途端、これでもう安泰とばかりに呑気に過ごし、窓口に来る客に媚を売るだけの人も居たが、私は相変わらず独学を続け、闘技場にも通って、時折賭けては少しずつ儲けながら、蓄えを作っていった。


この職は、老いて高齢になってまで、できるような仕事ではない。


その事は、窓口に並ぶ受付嬢が皆若く(ある程度)綺麗な事からも分る。


目敏い女性は、客の冒険者達に有望株がいれば仲良くし、将来の保険として備える。


店には内緒で、そういった者と肉体関係を持つ人さえいる。


でも私は、そんな事には全く興味がなかった。


まだ2年しか働いていないが、窓口に来る客には、あまり良い印象がない。


商人には一人を除いてやたら偉そうな人が多いし(この町に来るきっかけになった人も、偶にここを訪れる)、冒険者達も、学のある人が少ないせいか、粗暴で粗野な人物が大勢たいせいをを占める。


希に貴族や役人の人も依頼を持ち込んで来るけれど、そういう人も、全員がそうだとは言わないが、やたらに気障であったり、変に下手に出て、実はその裏で人を馬鹿にしている感がありありの、つまらない人物だったりする。


田舎から出てきたばかりの頃は初々しい冒険者も、世間の荒波に揉まれ、円らだった瞳が次第に濁ってくる。


良い人だと感じる者も何人かいたが、そういう人ほど長生きしなかった。


・・そんな時、彼が現れた。


その人は、全身真っ黒な身なりで、着ている服はかなり上質のものだった。


最初は貴族かと思ったが、身分証を見る限りは一般市民だった。


ギルドに登録に来たのに、僅か銀貨1枚が出せない。


その代わりにと言ってサファイアの粒を出したので、流石にそれは受け取れず、期限切れが近い仕事と引き換えに、私が立て替えてあげた。


普段なら、勿論そんな事はしない。


お金を作って、後日また来て貰うだけだ。


なのに、彼の顔を見た途端、私は彼に必要以上の好感を持ち、要らぬ世話を焼いてしまった。


平たく言うと、一目惚れである。


端正で男らしい顔つき。


黒髪で、黒目なのも私の好み。


身体だって、決して貧弱ではないのに、むさ苦しい冒険者のように、筋肉を誇示してむき出しの服装なんかしていない。


貴族なんかに多いが、自分の容姿を自覚して、それを鼻に掛ける事もせず、かといって、妙に遜って、『実は自分は重要人物なんですよ』なんて態度も見せない。


お金がない事を恥ずかしいと思わず(勿論開き直っている訳ではない)、私が提示した依頼である、『犬を探して』なんて、子供がやるような依頼にも不満を漏らすどころか迅速に対応してきた(誰も、何かの序でにしかやろうとはしなかったし、捕らえた犬に、きちんと浄化をかけてから渡してきた点も、評価が高い)。


次に会った時、彼はとても綺麗な人を連れていた。


古王国金貨を100枚も換金したから、『やっぱり貴族だったのね』と、諦めと多少の嫌味も兼ねて、『お幸せに』なんて心にも無い事を口走ってしまった。


驚いたのは、下水処理の依頼を彼が持って来た時だ。


そんな綺麗な人を連れて、貴方がこれをするんですか!?


それまでに、金額に釣られてこの無茶な依頼を受け、結局直ぐに諦めて、高い違約金を払った冒険者が数人いたから、思わず内緒の事まで教えてしまったが、それでも彼はケロッとして、あっという間にこなしてしまった。


2日後に来た依頼者が、渋々ながらも文句の言えない顔で払ってきた様子を、私は呆気に取られて見ていた。


更に、今度は古王国金貨300枚という、(貴方だったら)お嫁に行きたいと思うような額を、換金していった。


再度の高額換金に、それとなく使い道を尋ねたら、何と闘技場で自分達に賭けるという。


下水処理の件で、依頼者から詳しい達成状況を聴いていた私は、彼らが高度な魔法を使えると知っていたので、自分の休憩時間に重なると知ると、走ってでも闘技場に賭けに行った。


・・そこで私が見たもの。


あの、こちらの予想を完全に覆す戦い振りは、衝撃と呼ぶほかない。


てっきり魔法で片付けるのだとばかり思っていたのに、何と肉弾戦。


しかも、幼い頃から獣を追ってた私の目にも見えない速さの移動、攻撃。


あっという間に終わってしまった戦いの後、受付で配当の金貨12枚(儲けは11枚)を手にした私が思った事、それは、『やった!こんなに儲かった』ではなく、『何でもっと賭けなかったのか!?』、その一言に尽きる。


2年間、ここの賭け事とギルドの給与でこつこつ貯めてきた金額に近い額を、この1戦だけでいとも簡単に得てしまった。


今まで堅実に、少額で賭けてきた癖で、勝てると分っていたのについ、『金貨1枚で』と受付に言ってしまった私。


もし次があれば、その時こそ全財産に近い額を彼に賭けようと、私は決めていた。


後日、彼が護衛の依頼書を持って来た時に、そのランクが上がった旨を伝えた。


そう言われた全員が、喜んで新しいカードに切り替える中、更新料がない訳でもないのに、彼はそれを断った。


相棒の女性も笑ってそれを許してるし、この人達の真の目的は、ギルドの仕事ではないと悟る。


良い機会だったので、先日稼がせて貰ったお礼も伝えた。


『貴女には世話になっている。喜んで貰えて何より』なんて言われて、舞い上がる私。


今までした事も無い、小さくながらも手まで振って、彼を見送った。


彼に全財産を賭ける機会は、意外と早くやって来た。


愚かな商人が、懲りもせずに再戦を望んだのだ。


あの彼に、人数さえ揃えれば勝てるなんて、馬鹿としか言いようがない。


仮令自分が戦わなくても、その試合くらいはしっかり見ろと本気で言いたい。


あの彼の動き、力、何よりも魔法を無力化する異能、そんなものに普通の人間が対応できるとはとても思えない。


運良く試合の情報を得られた私は、休暇届けを初めて書いて、全財産を持って観戦に行った。


金貨26枚、それはこの町の市街地でさえ、小さな家なら買える額。


それを全て賭ける事に、私は何の躊躇いもなかった。


闘技場で見ている大多数の人が彼の負けだと考える中、私はその熱い視線をただ彼だけに向け、じっと試合を観戦した。


美しい。


刹那に命の花が散り、一人、また一人と人が死んでいく。


本来なら目を背けたくなる残酷な光景にも、何故かうっとりと見入ってしまう。


返り血を浴びる事もなく、雄たけびを上げる訳でもなく、ただ静かに、確実に、相手に止めを刺していく彼。


それは究極の狩りであり、私の理想とする戦い方でもある。


やがて相手が泣き叫んで土下座し、私の甘美な時間は終わりを告げる。


下半身に熱いほてりを感じ、口内が異様に乾く。


ミザリーさんの出現で、半ば諦めていた想いが、私の身体を血潮と共に駆け巡る。


彼が欲しい。


その初めての感情に、戸惑う私。


でも結局、それを我慢できずに、次に会った時、適当な理由をでっちあげて彼をギルドの空き部屋に誘い、無理やりキスをしてしまう。


初めての経験で、しかも急いでいたから、前歯が当たって目がチカチカした。


痛みと情けなさで涙ぐむ私を、彼は笑う事も、叱る事もせず、ただ静かに理由を尋ねてきた。


『好きです』、そうはまだ言えずに、『貴方のお陰で沢山稼げて、もう将来に不安がなくなったから』、そんなありきたりでつまらない言葉を吐いてしまう。


彼は、私の少し切れて血が出た唇に治癒をかけて治すと、あろうことか、『ならもう一度、きちんとそのお礼を受けよう』とさえ言ってくれる。


私に恥をかかせないように、本来なら相手の同意をきちんと得なければならない行為を無断でした私に、そう言って、微笑んでくれる。


今度はゆっくりと、落ち着いて、彼に深く唇を合わせたのは言うまでもない。


彼の為に何かをしてやれないか。


初めて恋を経験して、あの時の素敵な唇の感触を忘れられない私は、必死になって考えを巡らせた。


そしてある事を思い出す。


私がギルドに採用されて間も無い頃、隣町のミレノスから、1件の問い合わせがあった事を。


『ミザリー・レグノスが、そちらのギルドに登録していないか』


確かそんな文面だった。


彼があの綺麗な女性の登録手続きをした際、何処かで見たような名前だと思ったが、多分それだ。


私は急いでギルドの資料室へ入り、過去の書類を漁る。


案の定、2年前の書類を収めた箱の中から、それが出てきた。


よく読むと、子爵家所縁の金貸しが、彼女の行方を探していた。


犯罪者の手配ではないし、正式な依頼でもないので、ギルドでも重くは考えず、直ぐに放置されたようである。


私は内緒でその人物の名前と住所を書き写し、極秘扱いの貴族台帳を調べた。


その仕事上、国や貴族個人の機密を扱う事もあり、表に出しては不味いもので、忘れてはならない情報等が、ここに記載される。


アンザス家には結構な分量の記述があり、その中から必要と思われるものだけを書き写していく。


自己のパーティーを所有し、闘技場にも頻繁に姿を現す事を知ると、昼休みに闘技場へと赴き、ミレノスの闘技場に詳しい人物を捜し歩いて、その彼に銀貨を握らせながら、情報を集めた。


そうして苦労しながら作った文書を、次に彼に会った時に渡す。


他人に知られたら不味いから、飽く迄もそっとだ。


後で読んで貰えて、少しでも彼が喜んでくれたら嬉しい。


最近の私は、以前よりずっと身だしなみに時間をかけている。


そうして少しでも自分をよく見て貰おうと努力しながら、私は今日も、いつもの窓口で、彼が来るのを待っている。

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