第12話

 「では、ここでお別れだ。

これがこの土地と家の権利証。

君達二人の名義にしてある」


「・・有難うございます」


魔術師の女性が、恐縮して深く頭を下げる。


和也は不動産屋で、比較的市街に近い小さな中古物件を購入し、それをこの二人に与えた。


小さいと言えど、戸建てなので数人は住めるし、値段だって金貨30枚もした。


彼女達は、賃貸の部屋を貸し与えられるのだとばかり思っていたので、これには最初、言葉も出なかった。


和也曰く、『住む場所さえあれば、後は何とかなるだろう』との事である。


「それから、これは当面の生活費だ。

職を見つけて暮らしが軌道に乗るまで、大事に使うと良い」


そう告げて、彼女に金貨2枚を手渡す。


「こんなに?」


「この家もそうだが、これまでの退職金とでも考えてくれれば良い。

彼が払えない分、その原因を作った自分が払う」


これまで生きてきて、こんな人には初めて会った。


今まで、自分の身体を通り過ぎて行った男達は、皆自分の事しか考えていなかったのに・・。


魔術師の女性が泣きそうになって言葉が出ない代わりに、それまでほとんど話さなかった治癒師が口を開く。


「・・有難う。

あの時は言い過ぎました。

・・惨めな自分達に、勝者である貴方が上から目線で施しを与えているのだと、勘違いしてました。

御免なさい」


「そう見えても仕方がない。

君はこれからどうするのだ?」


「ここで治癒院でも開こうと思います。

もう戦場には出たくないので」


「ならもう1つ、君に贈り物をしよう。

この本を読むと良い。

様々な毒に対する解毒法が詳しく書いてある。

その中には、筆者が自分で試し、腹を壊したり熱を出したりしながら得た知識も入っていて、読み物としても面白い。

魔法で治し難いものも、薬でなら効果が高い場合があるからな」


そう言いながら、和也は収納スペースから出した1冊の本を彼女に手渡す。


「・・随分厚い本ですね。

それに何だか高そう。

どうしたんですか、これ?」


保存の魔法が掛けられた、数百年前のものと思われる装丁の本。


初等教育しか受けていないが、彼女の知らない魔術師の名が書かれている。


「とある迷宮で見つけたものだ。

日用的に使う薬の作成法なども記載されているから、上手く使えば人の暮らしに役立つだろう」


「・・貴方、実は良い人だったのですね」


「今まではどう思われていたのだ?」


苦笑しながらそう聴いてみる。


「黒い悪魔」


「・・そう言えば、自分をそう呼んでいた者が、もう一人あそこに居たな。

その彼も、今頃は街中を歩いているかもしれん」


「「!!!」」


「彼らの身体は治しておいた。

当座の生活費も与えてあるから、もしかしたら、何時かは会えるかもしれんな」


満足に動けない彼をあんな所に置いて来たままだった事に、仕方なかったとはいえ、ずっとその心を痛めていた二人。


治癒師の女性が初めて涙を見せる。


実は、彼女の和也に対する反発のほとんどは、弓士の彼を寝たきりにした事に由来している。


彼女は彼に、仄かな恋心を抱いていたのだ。


「それを早く言って下さい!

そうすれば、もっと素直に貴方にお礼が言えたのに・・」


去って行く和也達に、今度こそ心から頭を下げる二人。


余談だが、この本も、後の世に広まる。


上水道が完全に整備されるまでは、奇麗な水を飲めるのは、貴族や商人などの金持ちか、魔法で水を出せる者のみ。


貧しい国では食中りは国民病とも言えるほど日常的で、特に小さな子供の命を危険に晒していた。


この本の記述を基に作られた整腸剤は、それを理由に急速に世に伝わり、治癒師はそれで得たお金で、庶民のための学校を建設する。


その教材の1つとして使われた、この本の写本。


その著者の名は、多くの子供達の命を救った功労者として、長く市民の記憶に残ったのであった。



 「ここは何のための迷宮なの?」


和也に転移で連れて来られた、とある険しい山奥。


昼なお暗い鬱蒼とした森の中に、人目を憚るように、その小さな入り口が見える。


「どうやらドワーフの隠し金庫のようだ」


「ドワーフ?

随分昔に姿を消したと言われてるけど・・」


「ここに彼らの姿はないが、その暮らしの形跡が残っている。

・・入るぞ」


二人共背が高いので(ミザリーは現在169㎝)、岩で閉じられた子供の背丈くらいの入り口からは入れず、転移で最下層まで行く。


和也によると、浅い迷宮内に魔物の存在はなく、ただ巨石だけが他者の侵入を阻んでいるだけらしいが、1つ下の階に降りる度に巨石を横にどかさねばならず、そうすると今度はそれが帰りの道を塞ぐようにできていて、しかも、もしどかさずに破壊すれば、通路自体が土砂で埋まってしまうように設計されているらしい。


一度失敗すれば、二度と中に入れない迷宮。


その最下層には、彼らがぎりぎり立っていられるくらいの空間に、大きな宝箱が2つと、むき出しの長剣と短剣が1本、斧が1つ置かれていた。


宝箱を開けると、1つの箱には古い金貨が約1万枚、もう1つには、ダイヤやエメラルドなどの、純度の高い宝石がごっそりと入れられている。


「・・貴方といると、金銭感覚が麻痺しそう」


ミザリーがそう言って苦笑いしている。


「この金貨、古王国時代のものとも違うな」


和也が金貨を確かめていると、ミザリーが覗きに来る。


「・・これ、もしかして純金貨じゃない?」


「純金貨?」


「古王国の物よりもっと古い金貨で、純度が10割に近いものよ。

王国博物館には飾ってあるけど、滅多に表に出てこないわ。

ギルドでも買い取るし、商人にも喜ばれる。

通常の金貨の4割増しよ」


「今回も予想外に儲かったな」


そう言いながら、武器にも目を通す。


「ほう、これらはミスリル製のようだ」


「え、ミスリル!?」


ミザリーの食いつきが、先程の金貨よりも大きい。


「そんなに驚く程か?」


魔法が盛んな他の星では、確かに希少ではあるが、大国なら数本くらいは見かける事もある。


「当たり前でしょ。

ミスリル製の武器なんて、国王くらいしか持ってないわよ。

博物館にすら短剣が1つあるだけなのよ?」


和也が浄化をかけると、剣が新品の如く光り輝く。


「わあ」


和也の魔法に反応したその長剣を、彼女がうっとりと眺めている。


「気に入ったのなら、これは君が使え」


「え、良いわよ、そんな。

私じゃ勿体ないわ」


「何を弱気な事を言っている。

なら努力して、この剣に相応しい使い手になれ」


「・・良いの?」


「そう言っている」


「有難う」


和也から剣を受け取ると、少し眺めて、それを大事そうにリングに終う。


「鞘に差さないのか?」


「流石に今の私では剣が泣くわ。

だから今はこれで良い」


ポンポンと鋼の剣を叩く。


「短剣も要るか?」


「要らない。

使わないし。

その金貨も宝石も、全部貴方が取って良いわ」


「相変わらず欲がないのだな」


「もう使い切れない程のお金を持ってるし、さっきの剣だけでも、金貨数万枚にはなるから。

お金じゃ買えないけどね」


和也は、宝箱2つと残りの武器に浄化をかけ、それを収納スペースへと入れる。


そして部屋の片隅にあった、小さめの人骨に目を遣る。


ミザリーは敢えて見ないようにしていたが、それはきっと、この部屋で最後の仕掛けを施した人物のものに違いない。


和也の眼には、転移で省略した階層全てに、そこの仕掛けを施した者達の遺骨が見えている。


自らの種族が亡びに瀕し、それを避けられないと悟った老人達が、最後の気力を振り絞って造り上げた、墓場とも言うべき迷宮。


和也はそれらの遺骨を一堂に集め、其々に、魔法で小さな墓を建てる。


十字架に見立てた木の墓標に、生前彼らが好きだった花で編んだ花飾りを提げると、二人で外へと転移し、最下層の空気を抜いて密閉した。


「・・何で死に急いじゃったのかな?

まだ生きられたはずでしょう?」


ミザリーが切なそうに、そう口にする。


「彼らの種族は女性が産まれ難い上、その特徴的な容姿から、人間の女性にも中々受け入れては貰えなかった。

必要とされるのはその高い技術力のみで、それも当時は専ら軍事用だ。

常に争いの道具にされ、それを癒してくれる相手にも巡り合えなかった。

・・寂しかったのだろうな」


遠い目をして何かを思い出している和也を、彼女はそっと抱き締めた。



 2日後、久し振りにギルドに顔を出した和也達に、馴染みの受付嬢がこっそり手招きしてくる。


彼女とは、あの熱いお礼の時以来で、それを思い出したのか、その顔が若干赤くなっている。


隣のミザリーが訝しげに彼女を見る中、和也は静かに受付へと歩いて行く。


「自分に何か用事か?」


「・・これを」


彼女が1枚のメモを忍ばせてくる。


「後で読んで下さい」


和也達の後ろに誰かが並ぶ姿が見えたらしく、小声でそう言うと、いつもの仕事上の表情に戻る。


和也は礼を述べると直ぐに外に出て、馴染みの店へと向かう。


店内に入ると店主の娘が直ぐに飛んで来て、嬉しそうに二人を個室に案内してくれた。


注文を終えた和也は、ギルドで渡されたメモに目を通す。


そこには小さな文字で、ある金貸しの情報と、ミレノスの町での、闘技場の試合内容が書かれていた。


最後まで読んだ和也は、ミザリーの顔を見る。


「君の因縁の相手に関する情報が書かれている。

アンザス家所縁の金貸しについてだ」


「!!!」


「彼は今、あの町の闘技場で自分のチームを持ち、結構な額の稼ぎがあるらしい。

それに味を占めて、より稼げる相手を探しているようだ。

どうする、行ってみるか?」


「勿論」


即座に彼女が答える。


「・・貴方が私に言ったように、父も私も、当時は確かに視野が狭く、考えも足りてなかったかもしれない。

でも人の弱みに付け込んで、年に借りたお金の3倍もの金利を取るなんて、やっぱりどうしても許せない。

・・力を貸してくれる?」


そう言って上目遣いに自分を見てくる。


「あの時は、飽く迄一般論を言ったに過ぎない。

今の自分は君の味方であり、『ざまあ系』の実践者としても、実に興味深い事例だ」


「有難う」


彼女が嬉しそうに微笑んでくる。


「何時行く?

こちらの情報が、向こうに届く前が望ましいが」


「なら今行きましょ。

これを食べたら直ぐね」


料理が運んで来られ、会話を中断してお互い無言で食べ始める。


流石に馬車で何日もかかる隣町までは行けない少女は、心做しか、とても残念そうに見えた。



 「誰か良い相手はいないものか」


ミレノスの町の闘技場に転移した和也達は、その受付の辺りで、わざとらしくそう呟く。


御負けに、これ見よがしに金貨の入った布袋をジャラジャラさせてみる。


案の定、直ぐに誰かから声がかかった。


「俺達が相手をしてやっても良いぜ?」


数人の男達が、ニヤニヤしながらそう言ってくる。


和也は彼らを一瞥すると、興味なさげに断る。


「済まないが、自分達は金のない相手には興味がない」


「何だと!」


腹を立てる彼らに、和也は更に告げる。


「なら金貨3000枚賭けられるか?

それなら相手をしても良いぞ?」


「はあ?

そんな金、ある訳ねえだろ」


「では用はない」


「てめえ!」


怒り出した男達の陰から、一人の中年男性が現れる。


「話を聴いていたが、それは君達も金貨3000枚を賭けられるという意味かな?」


この辺りの実力者なのか、その男が現れた途端、騒いでいた男達が大人しくなる。


「勿論だ。

4000枚までなら賭けられるぞ」


「・・お前、もしかしてミザリーか?」


男が、鋭い目をして隣の彼女を凝視している。


「お久し振りね。

まだ生きてたんだ?

結構しぶといのね」


「・・今まで何処に隠れてた?」


「さあ、何処でしょうね?

今は素敵な彼に巡り合えたから、とっても幸せに暮らしてるわ」


敢えて男を挑発するように、小馬鹿にしたように笑う彼女。


「おいお前、私が相手をしてやろう。

指定戦で、こちらはその女の身柄と、金貨3000枚を要求する。

試合日は今日だ。

私の方は、金貨4000枚出そう」


今度は和也を見て、偉そうにそう告げてくる。


「足りないな」


「何?」


「全然足りないと言っている。

彼女まで要求するなら、そんな額では足りん。

金貨5000枚、これ以上は負けられない」


「・・図に乗るなよ小僧。

私が誰か知らんのか?」


「知らんな。

仮令以前に会っていても、田舎の中年オヤジなど、自分の記憶には残らない」


「良いだろう。

その条件で相手をしてやる。

どのくらいでメンバーが揃う?」


物凄い目で和也を睨みながら、そう言ってくる。


「?

もうここに居るではないか。

こちらは彼女との二人だけだ。

そんな事より、前日の予約なしで、今日直ぐ試合ができるのか?」


「アッハッハッハ!

お前とこの女の二人だと!?

素晴らしい!!

金は直ぐに持ってこさせる。

お前の気が変わらない内に、今この場で受付を済ませてしまおう」


打って変わって目を丸くした男は、受付に問い合わせの視線を向ける。


彼らが頷くのを見て、自分の方から真っ先に手続きをしている。


お互い、自分達に金貨1000枚ずつ賭けもしたので、相当の手数料が期待できる受付が、張り切って作業を進めた結果、本日は空いていたせいもあり、この1時間後に異例の速さで試合が行われる運びとなった。



 「皆様お待たせ致しました。

本日最大の目玉は、何と飛び入りの指定戦、『可笑しな二人』と『金貸しA』の戦いです。

この闘技場初の戦いとなる『可笑しな二人』が、連戦連勝の『金貸しA』に対して、一体どんな戦いをするのか?

固唾を飲んで見守りたい所です。

・・・・・・。

・・・・・・」


アナウンスしている当の本人も、この戦いは『金貸しA』の楽勝だと思っているだろうに、職業柄観衆を煽るのが上手い。


和也達二人は、相手チームの八人を見ながら、軽い打ち合わせをする。


「戦い方はいつもと同じだ。

君は隙を見て、魔術師だけを倒してくれ」


「分った」


今回は向こうに治癒師がいない。


誰かがヒールを使えるのかもしれないが、瞬殺してしまえば終わりだ。


リングから練習用の剣を取り出した彼女を見て、和也も前を向く。



 一方の相手側。


「彼女、あのレグノス家の娘だってさ」


「ああ、数年前に取り潰しに遭ったあの・・」


「随分綺麗な人ですね」


「旦那様に目を付けられたのが運の尽きだな。

できれば手荒な事はしたくないが・・」


「あんた、彼女の父親に憧れてたんだろ?」


唯一の女性魔術師が、からかうようにそう笑う。


「ああ。

彼の剣技は素晴らしかったよ。

あんな事になって、本当に残念だ」


貴族所縁のチームだけあって、その主人はともかく、メンバー自体は今までの相手より格段に品が良い。


試合開始を前に、其々が持ち場に着いた。



 「それでは試合開始です」


その合図と共に、槍を携えた男達が一斉に動き出そうとする。


だが、最初の一歩を踏み出した途端、見えない攻撃に鳩尾を強打され、七人の男達が全員意識を刈り取られる。


「!!!」


驚いた女性魔術師が、自分に向かって駆けてくるミザリーに、慌ててスリープ(これを使える彼女は、中々の高レベル)を放つが、一向に効いていない。


「嘘でしょ?」


高い魔力や相当な精神力の持ち主でないと、この魔法を防ぐのは難しい。


使い手の魔力にも因るが、これを扱える者が仲間に居れば、戦闘がかなり有利に働くのは事実だ。


目前まで迫ったミザリーに、彼女は次に火球を放つが、それも当たる手前で消滅する。


ミザリーが足を止め、剣を大きく振りかぶる。


「・・どうします?」


項垂れた女性が杖を捨て、審判に合図を送った瞬間に、この町の闘技場史上、最高額の個人賭け金で話題になった試合が、呆気なく幕を閉じるのだった。



 試合後の受付。


和也達が、相手側の賭け金である金貨5000枚と、自分達が賭けた額の配当、金貨4500枚ずつを受け取る中、敗れた金貸しの男は、その事業資金の9割近くを失い、呆然とした顔で和也を見ていた。


そのあまりの出来事に、試合後直ぐに回復したメンバーの男達を叱責する事も忘れ、本家にどう言い訳するかを必死に考えていた。


「先ずは一人と言った所かな」


相手に聞こえないように、ミザリーにだけそっと呟くと、和也は彼女を連れて、さっさと町を出る。


「有難うね。

お陰で大分気が晴れたわ」


「相手の男達の中に、君の父親を褒めている者が居たぞ?

・・素晴らしい剣技だったとな」


「・・そう。

だから今回は、あんなに手加減してくれたのね」


自分達のテントの中で、和也が淹れた、珈琲の優雅な香りを楽しむ二人。


「この後の訓練もしっかりやって、その後貴方とお風呂に入りたいわ。

今日のお礼に、全身隈なく洗ってあげる。

頭もね」


「下半身は遠慮しておく」


「ケチ」


穏やかに笑い合う二人の姿を、遥か彼方からじっと見つめていたマリーは、その表情は笑顔であるにも拘らず、知らず知らずの内に、手にしたカップにひびを入れていた。

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