第11話

 「あの商人、今頃大変でしょうね」


風呂の中で、ミザリーが呟く。


自分達が賞金等を受け取るその少し前、似たような格好をした大勢の男達から、激しい非難を浴びていた。


何でも、絶対勝つから賭け金を増やせと煽っていたらしい。


その言葉に乗せられて、中には金貨1000枚以上損した者も居たらしく、かなり大声で怒鳴られていた。


更に、雇い入れた傭兵から沢山の死者が出て、生き残った者からその補償金を含めた報酬を要求されていたし、自身もまた性懲りも無く、金貨1000枚の手持ち財産を全部賭けていたようだから、今頃は先ず間違いなく、首が回らなくなっているはずだ。


「同情しているのか?」


「いえ、そうじゃないけど・・。

賭け事である以上、勝てば天国だけど、負ければ地獄。

今の私には貴方がいて、何の心配もなく大金を稼げたけど、父が母の為に戦っていた際は、彼には戦場で誰も頼る人がいなかった。

決して負けられない戦いを、何度も何度も繰り返していた父は、本当に凄かったんだなって。

その父から見れば、私なんて確かに才能が無く見えただろうし、疲れた背中を預ける事もできなくて、可哀想で、申し訳なかったなと・・」


話の途中から、涙が滲んできたその顔を、湯で洗い流している。


和也はそれを見て、敢えて何も言わない。


その時その場に居なかった自分が、今更彼女に何を言ったところで、気休め程度にしかならない。


その事は彼女にもちゃんと分っていて、自分で自分の心に整理をつけるべく、そう言っているのだ。


その後暫くは、浴槽に湯の流れ落ちる音だけが聞こえ、露天風呂の先では、時折風に揺れる木々の間から、星々が僅かに顔を覗かせていた。


習慣化している入浴後のマッサージを終えると、二人で手を繋ぎ、指を絡めて魔力の循環を行う。


和也が流す少量の魔力がミザリーの体内を巡り、その魔力に慣れ、馴染む事で、彼女自身の器をより大きくしていく。


肉体を構成する素材の一部としての各魔素が、彼女の体内で整理され、その本来の働きを活発にし、美容にも役立つと共に、パソコンの最適化の如く、使いたい魔法をタイムロスなく繰り出せるようになる。


様々な神経組織も刺激されるため、痛みはないが、非常に心地良く、その身を桜色に上気させ、時折艶のある声を漏らす。


終わった後は暫くぐったりするが、その後に身を起こして魔法の実践に励む。


再度和也と手を繋ぎ、その掌から様々な魔法を撃ち出す。


それは合わせている和也の掌に全て吸収され、もう片方の掌から、その分の魔力が戻される。


それを延々と1時間くらい繰り返した後、やっと二人でベッドに入り、深い眠りに就く。


和也による、適格かつ最良の指導を受けながら、日々確実に力を付けている事を実感し、その日を終える。


彼女の不安や後悔、過去の自分に対する自己嫌悪は、そうして少しずつ、取り除かれていく。



 「今日はまた迷宮に出かけるが、その前に少しやる事がある」


「あの人の所に行くのでしょう?」


「そうだ」


「また買ってあげるの?」


「購入はするが、仲間に加える訳ではない」


「どちら?」


「両方だ」


「そう。

良かったわ」


朝食を終え、珈琲(モカシダモG4)を飲みながら、そんな話をする。


支度を終えて、館まで転移すると、前回と同じ店員が丁重に出迎えてくれ、応接室に通してくれる。


程無くして現れた店主は、満面の笑みで挨拶をしてきた。


「いらっしゃいませ。

ようこそお越し下さいました。

昨日は凄かったですな。

随分お強い」


「見ていたのか?」


「はい。

仕事上も必要になるので、大きな戦いの噂が流れれば、大体は顔を出します」


「では前回も?」


「いえ、前回は見逃してしまいました。

まだ御剣様が有名になる前でしたので・・」


「あの後、そんなに名が売れていたのか?」


「それはもう。

あの商人が、町中の仕事仲間に触れ回っておりましたから。

自分達が絶対勝つから、大金を賭けて儲けろと。

・・結果は彼らにとって最悪でしたが」


「貴方は賭けたのか?」


「勿論。

御剣様に金貨50枚賭けさせていただきました。

お陰様で、金貨700枚も利益が出て、もう20年は遊んで暮らせる程です」


「それは良かった」


「・・今回もまた、試合で敗れた者をお探しですか?」


「そうだ。

よく分かったな」


「前回のあの女性魔術師と、同じような事例ですからね。

試合後に、資金が尽きた商人から叩き売られましたが、陸に回復もできなかった治癒師と、その商人の手が付いた下級魔術師では大した値段にもならず、私が少し上乗せしただけで直ぐに手に入りました」


「二人共買うと幾らになる?」


「今回は少しお値引きさせていただき、金貨45枚でお渡しできます」


「・・それで貴方の利益が出るのか?」


「はい。

それ程までに安かったという事でございます。

昨日の今日で、維持費も全くかかっておりませんし・・」


「有難う。

ではそれでお願いする」


お互いが見知った相手なので、本人達に会う前に契約を済ませ、料金を支払う。


「・・今回も解放なさるので?」


「ああ」


「・・貴方に買われる奴隷は幸せですな」


「それはお互い様だろう」


和也の言葉に嬉しそうに頭を下げ、別室へと向かう店主。


直ぐに連れて来られた二人は、椅子に座る和也を見て目を見開く。


顔に覇気が無く、死んだ魚のような目をしていた二人は、直ぐには目の前の出来事が信じられないようである。


「今回貴女方をお買いになられた御剣様です。

壁に向かって立ち、上着をたくし上げて下さい」


思考が覚束無いまま、のろのろと身体を動かす二人。


店主が奴隷紋に魔力を通すと、直ぐに服を降ろすように告げる。


「?」


「御剣様は、購入した奴隷を直ぐに解放なさいます。

あと10分もせずに、貴女方は自由の身になれます」


「「!!!」」


二人が驚いて和也の方を振り向く。


「そのまま聴いてくれ。

自分は君達を使役する積りはないし、束縛もしない。

奴隷紋が消えれば、何処へ行こうと勝手だが、もし行く当てがないのなら、住居くらいは世話をする。

・・どうする?」


「・・何で助けてくれるの?」


魔術師の方が、恐る恐る尋ねてくる。


「大した理由はない。

試合では敵対したが、君達も被害者である点では変りがない。

だから一度だけ、やり直す機会を与えてやろうと考えただけだ」


「・・私の治癒を邪魔していたのは貴方なんですか?」


「そうだ」


「何故ですか?」


「試合なのだから当たり前だろう?

何度倒しても、回復されてまた来られたら、相手を殺さなければならないではないか。

君を何度も殴って気絶させるのは気が引けたし、(ゲームでは)先ず治癒師をどうにかするのは戦いの基本だろう」


「・・それだけ、なんですか?」


「ああ。

だからもう、君は普通に治癒を使えるぞ?」


「・・あんなに強いのに、何で彼らを殺したのですか?

怪我で動けなくするくらい、貴方には訳無いはずでしょう?」


その言葉を聞いたミザリーが、反射的に彼女に何かを言おうとするが、それを和也が押し止める。


「君は随分勝手なのだな。

自分を殺す気で来た者に、何故こちらは同じ事をしてはならんのだ?

(無敵の)自分だからそう言えるが、仮令強い者でも、手加減している内に、偶然やられる事だってあるのだぞ?

その時、その者の命と、その者が命懸けで守ろうとしているものを、一体誰が代わりに守るというのだ?

君か?

人の命は大事だが、それは他の存在と比べてそんなに大事か?

君がそう思っているだけで、星にとっては、その自然に貢献する虫たちの方が、余程大切かもしれん。

人が畑に種を蒔き、それを食い荒らすからと言って殺す害虫も、特定の実を立派に育てるために間引く植物も、日々の食事のために殺す家畜でさえ、その行為は、全ては片方の主観から見てのみ許される。

自分もまた同じように、自己や善なる他者にとって有害でしかないと判断すれば、それを処分する事だって悪いとは思わない。

相手が何もしてこないなら放って置きもするが、ひとたび行動に移せば、それに対処して自分の大事なものを守る。

口先ばかりで行動で示さない、無責任な輩の言葉など、自分の守りたいものの前では、塵芥に等しい」


「!!」


「奴隷に身を落として、ただ己の不運を嘆くばかりの君は、主人に言われた事を機械的にこなす操り人形としての役割の他に、何か有意義な事でもしたのか?

欲望のままに、他人の大事な相手を奪う事しか考えなかったあの男のご機嫌を取る以外に、人に説教できるほどの何かをしたのか?

君がやっていた事は、仕方なくとはいえ、自分から見れば他者の夢を壊す愚行に過ぎない」


「・・・」


何も言い返せない治癒師は、和也の言葉にただ下を向いて黙っている。


「あの、申し訳ありません。

彼女には私の方から、後でよく話をしておきます。

ですから、先程のお話をお受けしても良いですか?

私達は今、銀貨すら持っておりません。

このまま放り出されても、既に親との縁も切れておりますし、暫くはまともに生活できません。

・・お願いします。

助けていただけませんか?」


魔術師の女性が、随分と態度を改めて、そう頼んでくる。


「君は自分に思う所はないのか?」


「・・これでも色々経験してきましたから。

世の中が奇麗事だけで成り立っているなんて、もう考えていませんよ。

赤の他人に、金貨何十枚も無償で払ってくれるだけでも有難いのに、住居まで世話してくれるなんて、そんな人に文句を言ったら罰が当たります」


「・・言い忘れたが、君の魔力を元に戻しておいたぞ?

もう以前のように魔法を使える」


「!!

・・有難うございます」


深々とお辞儀をする彼女。


「住居の件も了承した。

ここを出たら、共に見に行こう」


彼女が更に深くお辞儀する。


「・・ほら、ちゃんとお礼を言いな。

今はまだ納得できなくても、ちゃんと守るべき所は守りな。

そうじゃなければ、仮令あんたが何を言ったって、人には虚しく聞こえるだけだよ?」


魔術師の女性に促されて、治癒師の女性も渋々頭を下げる。


「・・有難う」


「ミザリー、彼女達を連れて、先に外に出ていてくれ。

自分は彼と、少し話がある」


「分ったわ」


三人が出て行くのを見計らい、和也は店主に話しかける。


「あの商人の下には、あと二人、奴隷が居たはずだ。

彼らがどうなったか知っているか?」


「はい。

二人共怪我をしておりまして、内一人は今も寝たきりの状態です。

なので売りに出されても買い手が居らず、依然として彼の所有になってはおりますが、捨てられるのは時間の問題でしょう」


「・・因みに彼らの売値は幾らだったのだ?」


「足が悪い剣士は金貨1枚、寝たきりの弓士は・・銅貨1枚にもなりませんでした。

邪魔だから、引き取ってくれるだけで良いと・・」


「貴方に仕事を頼みたい」


「何でしょう?」


わざわざ聴かなくても、その先は既に分っている。


そんな顔をして尋ねられる。


「その彼らを買い受けてくれ。

買い取り金額は、先程貴方が述べた額。

それとは別に、手数料として貴方に金貨10枚払う。

買ったら直ぐに解放してくれ。

・・寝たきりの彼は、多分その頃には起き上がれる」


「畏まりました」


「彼らを解放する際は、これも渡してやってくれ」


店主に買い取り金額、手数料、そして布袋を2つ預ける。


「至れり尽くせりですな」


布袋の中を想像できた店主が苦笑いする。


「自己の過ちを真摯に反省でき、それを次に活かせるなら、そのくらいの事はしてやる。

では、頼んだぞ」


ミザリー達の下へ向かう和也に頭を下げ、店主も出かける準備に入る。


何だか最近、彼のお陰で人助けばかりしている気がする。


親の跡を継いで奴隷商になった時には、暗いイメージが付き纏う、もっと陰惨な仕事だとばかり思っていた。


だが、自分なりに、その信念に基づいてやっている内に、何時しか良いお客にも恵まれ、この町では1番の店へと上り詰めた。


今は亡き友の忘れ形見である彼女も、御剣様という素晴らしい相手に恵まれ、その美しさと笑顔が、これまで以上に輝いている。


彼のお陰で、また救われる者が出る。


その嬉しさを噛みしめ、店主は馬車に乗り込むのであった。



 また誰かが、奴から金を取ろうとやって来た。


馬車の音、奴が無様に隠れる音がする。


これまで散々好き勝手にやってきた奴だが、到頭、年貢の納め時が来たらしい。


自分達が完膚なきまでにやられたあの試合、あの黒い悪魔に係わったせいで、どうやら奴の悪運も尽きたようだ。


尤も、それは自分達にも言える。


五人居れば常勝。


そんなアホみたいな幻想に取り付かれ、奴隷に落ちた時の不安や悲しみも忘れ、狩られた者が、何時しか狩る側になった途端、人の気持ちを考える事が少なくなった。


自分達がこれまで倒した相手には、恋仲だった者達もいた。


奴はそれを面白半分に引き裂き、その相手を奪って、飽きたら直ぐに売りに出した。


自分のように、まともに戦える者は男でも残したが、そうでなければ女は直ぐに手を出して、只で奪った娘を、飽きたら高い金で売って儲けていた。


田舎から出てきたばかりの娘は、制約の守りに、大体は『命の保証』を選択してしまう。


奴隷と言えど、若い女性なら後で高く売れるから、そうそう命の危険には晒されないのに、闘技場で敗れて身を落としたせいか、危険な戦いに何度も駆り出されるかもしれないという恐怖で、『貞操』や『性的奉仕の拒絶』なんかを選ばずに、あいつに良いように玩具にされてしまう。


仲間には一人賢い女性が居て、かなりの上玉だったのに、制約の守りに『貞操』を選ばれて、奴は相当悔しがっていたっけ。


その条件となる婚姻をするには、どちらも奴隷のままでは許されない。


双方が一般市民以上の身分でないとできないし、そうなると、手元に残しておくためには、手を出した相手を奴隷から解放しなければならない。


その結果、その女性には相続権が生まれるし、別れる時にもかなりの財産を法的に取られる。


解放を前提に、一度きりの楽しみの積りで手を出そうとしても、まだ婚姻していない相手には抵抗権があるから、その相手が強ければ、逆に自分が殺される羽目になりかねない。


根は小心者の奴に、そんな度胸はないと一目で見抜いた彼女は流石だし、その1番の戦力を、負けた腹癒せに真っ先に売り払うなど、やはり奴は馬鹿だと言わざるを得ない。


・・また背骨が痛む。


あの悪魔の拳は、自分の肋骨を何本かへし折り、背骨に重大な損傷を与えた。


臓器にもかなりの傷が残り、治癒師の仲間が何度魔法を掛けても、完全には治らなかった。


今の自分は、トイレすら陸に行けずに、無様な姿でベッドに横になっているだけ。


仲間の女性がまだ二人残っていた時は、その手助けで何とか過ごしていられたが、これならもう死んだ方が増しかもしれない。


不自由になって、初めて己の身体の大切さが理解できた。


自分が何も考えずに、これまで無造作に傷つけてきた相手は、今頃どうしているのだろう?


自分と同じ様に寝たきりで、そうした自分を恨んでいるだろうか?


済みません。


御免なさい。


何度謝っても足りない。


奴隷で主の命には逆らえないから、仕方なく・・なんて嘘はもう吐けない。


小さな頃は良かったなあ。


まだ幾重にも希望があり、選べる選択肢が残ってた。


今度生まれてきた時は、その環境を言い訳にせず、もっとまともな道を歩こう。


溢れる涙で視界が霞み、頬が生を実感させるように濡れる。


男がまだ自由に動かす事のできる、その歯で自身の舌をかみ切ろうとした時、突然周囲に光が溢れ、汚れていたその身体と、部屋全体が完全に浄化される。


驚いて咄嗟に勢いよく起き上がり、少し経ってから、それができる自分の身体に気が付く。


「・・何で?」


そこでいきなり開く、部屋の扉。


「お迎えに参りました」


見知らぬ男が、自分にそう声をかけてくる。


「・・俺は死んだのか?」


「中々面白い冗談ですな。

生きてますよ。

そして、・・貴方はもう自由です」

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