第6話

 「私達の相手はどんな人達?」


「『モブA』と書いてある」


「?

どういう意味だろう?」


「恐らくだが、『やられ役の1つ』くらいの意味しかない」


「自分達をそんな風に呼ぶなんて、何か意図があるのかな?」


「自分が読んだ書物では、2つの役割を担っていたと思う。

1つは、対戦相手の能力を引き立たせる役目。

もう1つは、己の力を隠して、道化を演じる役目。

彼らがそのどちらなのか分らない以上、油断はできないぞ」


「そうね。

頑張りましょ」


闘技場の開場とともに貼り出された対戦表を見て、和也とミザリーがそう会話している。


出番までに会場に来なければ不戦敗なので、この時間には大勢の参加者が集まっている。


そんな中の彼らに、とある商人が声をかけてきた。


「君達のパーティーは二人だけなのかい?」


見るからにお金を持ってそうな身なりをした、恰幅の良い中年男性。


その眼がミザリーを凝視しながら、声だけは穏やかに、そう告げてくる。


「そうだが」


「・・見た事のない顔だが、これまでの戦績をお尋ねしても?」


「闘技場での戦いは、今日が初めてになる」


「・・失礼だが、ギルドには登録を?」


「お金を稼ぐ必要ができたので、つい先日、登録したばかりだ」


「そうですか。

・・実は私も自分のチームを所有しているのですが、中々良い対戦相手がいなくてね。

そこで相談なんだが、どうだろう、うちのチームと指定戦をして貰えないかな?」


「お互いが戦う相手を選べるというやつか?」


「そう。

それだ」


「あまり詳しくはないが、それには互いが予め受付に賭け金を預けねばならないのだよな?

こちらには、貴方を満足させるような額は用意できないと思うが」


「別にお金でなくても良いんだよ。

チームのメンバーなんかを、賭け金の代わりにしても良い」


「・・それは負けた方が、買った方に仲間を取られるという意味だと思うが、その場合、その者の身分はどうなるのだ?」


「賭け金の代わりなんだし、チームの所有者のものになるのだから、勿論奴隷と同じさ。

試合後直ぐに、奴隷商に手続きをさせる決まりなんだ」


「話の流れからして、貴方は彼女を欲しているのだと思うが、こちらには、貴方のメンバーも、その人数も分らない以上、現時点では答えようがない」


「それは事によっては応じても良いという意味かな?

それなら、私のパーティーも今日試合があるから、それを見て判断してくれても良いよ。

欲しい人材がいなければ、代わりに金貨200枚出そう」


和也がミザリーの顔を見る。


彼女は直ぐに頷いた。


「分った。

試合には応じよう。

こちらが何を希望するかは、今日の試合を見てから判断する」


「おお、そうか!

有難う。

うちのチームは『商人A』という名前なんだ。

今日の試合後、午後3時に、またここで会おう。

その時に、受付にも手続きする」


「了解した」


「ではまた」


非常に機嫌良く、商人の男性が去って行く。


後に残った和也達は、何故か周囲から憐れむような視線を浴びていた。



 試合までまだかなりの時間があるので、前回と同じ店で食事を取る。


和也の中ではこの店の定番となりつつある、例の人気メニューを注文した。


「・・でも良かったのか?

もし負ければ、君はまた奴隷に落ちてしまうのだぞ?」


先程の商人との遣り取りを思い出し、頼んだ料理がくるまでの間、即答したミザリーに尋ねてみる。


「今更ね。

勿論、あんな人の奴隷になるのなんて嫌よ。

冗談じゃないわ!

・・でも、こちらが負けるなんて考えられないし」


「随分な自信だな」


「パーティー戦のルールは、そのパーティーの誰か一人でも勝ち残っていれば良いの。

お互いのチームで潰し合って、最後に残った者のチームが勝ちになる。

だから、少なくとも私達が負ける事はない。

私はともかく、こちらには、貴方が居るからね」


当たり前のようにそう言って、彼女が微笑む。


「何故自分をそこまで信じられる?

自分は君に、まともに戦った所を見せてもいないが」


「だからでしょ。

気付かないの?

貴方が下水に放った水魔法だけでも、恐らく誰にも負けないわよ?

それにね、私は父が闘技場で戦う姿を何度も見てきた。

私に実力はなくても、相手の力を量るくらいはできるの。

その私から見ても、貴方は異常よ」


「ん、闘技場で魔法が使えるのか?」


「使えなかったら、魔術師は出られないでしょ。

・・知らなかったの?」


「そういう場所(世界)もあるのは知っていたが、あそこの障壁は、かなり貧弱なものだったし・・」


「まあ、貴方から見ればそうなんでしょうね。

言っておくけど、わざと負けたりしたら、私、死ぬからね」


じっと和也の眼を見て、そこだけは真剣に、そう告げてくる。


「そんな事をする理由がないではないか。

自分はな、一度保護した相手を、性癖や面白半分で汚すような行為が大嫌いだ。

それだけは、仮令何があってもやらない。

・・安心しろ。

君はもう、自分の保護下にいる」


「・・有難う。

貴方を最後まで信じてるから」


嬉しそうに微笑むミザリー。


料理がきたので、そこで話を止める。


きしめん擬の麺は、今日も柔らかくて美味しかった。



 「最初にルールを説明します。

どちらか一方が全滅した時点で、勝敗が確定します。

降参した相手には、それ以降の攻撃をしないこと。

殺しは極力避けて下さい。

もし故意に殺したと審判が判断した場合には、高額の罰金が科されます。

・・何か質問はありますか?」


「使う魔法に制限はあるのか?」


「大魔法に分類されるものは駄目です。

それ以外なら大丈夫ですよ」


「それが大魔法かどうかは、誰が判断するのだ?」


「この町の魔法協会の職員ですね」


「・・分った。

有難う」


闘技場の控室で、係の者から詳しい説明を受ける和也達。


もう直ぐ順番が回って来る。



 一方、和也達の相手となる『モブA』の控室では、そのメンバー達が首を傾げていた。


「ねえ兄貴、俺達のチーム名、最初からこんなでしたっけ?」


「俺も何か可笑しい気がするんだけどよ、かと言って、他の名前が思い出せる訳でもねえんだよな」


「可笑しいと言えば、今回の相手も、何か変な名前でしたね」


「ああ。

可笑しいのは、どうやら俺達だけじゃないらしい」


「出番ですよ」


控室に、係の者が伝えに来る。


「じゃあ行くか」


「ええ。

勝てると良いっすね」


「負けたらもうこことはおさらばだ。

田舎に帰って、畑でも耕すか」


「それも良いっすね。

いい加減、かみさん欲しいです」


「ちげえねえ」


げらげら笑いながら、控室を出て行く二人。


闘技場にアナウンスが流れ、試合が始まる。



 「ねえ、私はどうしたら良い?」


反対側の通路から出てきた相手を見て、ミザリーが和也に尋ねる。


「そこでじっとしていろ」


「分った」


男二人が突っ込んで来る中、和也は歩きながら一人に気弾を発して気絶させた後、もう一人の攻撃を、そのまま避ける。


「攻撃が単調だぞ」


「何だと!」


「もっと頭を使え」


「くそう!」


「足を止めるな」


「何で当たらないんだよ!」


何度攻撃しても掠りもしない和也に、男が焦れる。


「折角だから、暫く練習させてやる。

どんどん攻撃してこい」


「余裕こきやがって。

うりゃあ~」


男は必死に剣を振るうが、いつまで経っても全く掠りもしない。


「・・気は済んだか?」


疲労で動きが鈍くなった男に、和也は声をかける。


「・・ああ。

どうやら潮時のようだな。

今日で引退するよ。

冒険者でも、上手くはいかなかったしな」


心なしかさっぱりしたような顔をして、和也にそう告げると、武器を放り投げ、審判に合図をする男。


和也達の勝利が告げられ、お互いが通路に消えるまで、観客はその欠伸を嚙み殺していた。



 「これが今回の賞金、銀貨10枚になります」


試合後に、出口側の受付で、布袋に入った銀貨を受け取る。


「有難う」


「今回は相手が悪かったですね。

彼らは滅多に勝てませんから、賭け金も集まりません。

あなた方は今日1勝目を挙げたので、次からはもう少し強い相手と戦えます。

彼らみたいに、その後負け続けなければですが・・」


「1つ尋ねるが、試合では真剣を用いても良いんだよな?」


「勿論です。

所持する武器の良し悪しも、その者の強さの内ですから」


「因みに試合で怪我をした場合、その治療はどうなるのだ?」


「自己責任です。

相応の料金を支払えば、待機している治癒師が治療に当たりますが」


「・・有難う」


それだけ聴くと、和也はミザリーを連れて、『商人A』チームの対戦時間を確認する。


あと30分程なので、仕方なく、そのまま闘技場に居続けた。



 その夜、鍛錬を終えたミザリーが風呂に入っている間に、和也は一人で何処かに転移する。


その場所では、湖の側で、二人の男が野宿をしていた。


「もうこれも要らねえな」


その内の一人が、刃の潰れた剣を湖に投げ捨てる。


「結局あれから一度も勝てませんでしたね」


「仕方ねえさ。

急所を狙わねえよう気を付けながら戦ってちゃ、勝てるもんも勝てやしねえよ」


「ですよねえ。

・・まあ、お互い向いてなかったって事っすね」


「・・そうだな」


「貴方が落としたのは、この真剣ですか?

それともこちらのなまくらですか?」


「うおっ!

一体何だ!?」


いきなり湖の中から姿を現した和也に、酷く驚く二人。


「物をやたらに投げ捨てるのは良くないぞ」


「・・お前、今日の試合の・・」


「忘れ物を届けに来た。

今日の試合の参加賞だ」


そう言いながら、男達の側まで飛んできて、二人に布袋を手渡す。


「参加賞?

・・そんな物あったか?」


「いえ、聞いた事ないっす」


「自分からお前達二人への餞別だ。

達者で暮らすと良い」


そう告げると、直ぐにその場から転移する。


「消えた!?

・・一体何だったんだ?」


「さあ。

・・え!?」


何気なく袋を開けた方の男が、その中身に驚く。


「どうした?」


「・・金貨が2枚も入ってます」


「何!?」


急いで自分の中身も確かめる男。


「・・本当だ」


「何でなんでしょうね?」


「分らん。

分らんが、・・最後に神様が恵んでくれたとでも思おうや。

これで田舎に畑くらい買えるだろ」


「そうっすね」



 「何処へ行ってたの?」


テントに戻ると、ちょうどミザリーが風呂から出てきた所だった。


「昼間の彼らに会いに行っていた」


「そう。

・・彼ら、対人戦には向いてないものね」


男の剣筋をずっと見ていた彼女は、和也がした事に何となく気付き、それだけを言うと、上半身の下着を脱ぐ。


「そうだな。

・・始めるか?」


「ええ、お願い」


ベッドにうつ伏せになった彼女に、マッサージを施しながら、明日の指定戦の話をする。


「明日の戦いだが、君は身を護るだけで良い。

障壁の魔法はまだ使えないよな?」


「ええ」


「なら君のリングにその機能を加えておく。

緊急避難は集団戦の中では意味がないからな。

中級魔法までなら耐えられるようにしておくから、相手の魔法は気にせず、武器による攻撃だけに神経を集中してくれ。

本来なら、自分の障壁魔法はあらゆる類の攻撃を弾くのだが、流石にそれをしてしまうと、見ている客が白ける」


「有難う。

相手だけど、五人いた内、魔術師だった二人は、何だか手加減していたわよね?

剣士と弓士も本気じゃなかった気がするし。

私達に手の内を見せたくはなかったのかな?」


「大方、そんな所だろう。

治癒師が居たのには少し驚いたがな。

・・闘技場という場所には、戦う者だけが出るものだと考えていた」


「指定戦では、相手のメンバーから引き抜く意味もあるからね。

大怪我でもさせて、その相手が使いものにならなくなったら大変でしょ」


「成る程。

・・闘技場の賭け事では、自分達にお金を賭ける事もできるのか?」


「できるわよ。

八百長防止のために、対戦相手に賭ける事だけはできないの。

・・そうよね。

その手があったわね!」


「明日、対戦前に、ギルドで換金してくる。

300枚くらいで良いかな」


「私も賭ける。

今日の雰囲気だと、皆私達が負けると思っているものね。

・・何倍になるか、楽しみね?」


ミザリーの楽しそうな声が、夜のテント内に響いた。



 明くる日、ギルドで換金し終えた和也達は、さっさと闘技場に移動する。


更に300枚もの古王国金貨を持参した和也に、『一体何処の貴族だったんですか?』と受付嬢が呆れたが、何気なくその使い道を尋ねられたので、『闘技場の賭け金として、自分達に賭ける』と教えたら、急に真面目な表情になって、対戦時間を尋ねられた。


『・・その時間なら、私の休憩時間と重なりますね』


和也が教えた時間を聴いた彼女が、小声でそんな事を呟いていた。



 「次の戦いは本日の目玉の指定戦、『可笑しな二人』対『商人A』。

『可笑しな二人』はまだこれが2戦目、その実力も何もかもが未知数です。

一方の『商人A』は、これまで8戦全勝で負け知らず。

それを見越してか、『可笑しな二人』がもし勝てば、その配当は何と12倍。

意外に少ないですが、何処かから大口の賭け金が彼らに流れ込んだ模様。

一体どんな戦いを見せてくれるのか、興味津々です」


戦いを煽るアナウンスの中、和也達選手が入場してくる。


相変わらず二人しかいない和也の側を見て、観客の中には、『もっと『商人A』に賭けとけば良かった』と、後悔する者さえいる。


己のチームの勝利を確信している商人も、自己のチームに金貨400枚を賭けていた。


和也が対戦の条件に、相手のメンバーではなく、金貨200枚を選択したので、もし負ければ金貨600枚の損失になるが、彼は自分達が負けるなんて微塵も思っていない。


「準備は良いか?」


『商人A』のリーダーである剣士が、そのメンバー達に声をかける。


「ええ。

でもそんなに構えなくても、あれなら楽勝でしょう?」


魔術師の女性がそう言って笑う。


「そうだよ。

寧ろどれだけ持つかだろう?

見た所、遠距離攻撃さえ陸に持っていないんじゃないか?」


弓士の男も、小馬鹿にしたような顔をする。


「でもそれにしては落ち着いているわ。

私達の戦いを、一度は見ているのでしょう?」


もう一人の魔術師の女性が、少しだけ警戒した素振りを見せる。


「かなり手抜きしたやつな。

向こうの試合も見たが、女の方は何もしなかったし、男もただ避けていただけだ。

疲れた相手の降参で勝っただけだし、その相手も、あの『モブA』じゃないか」


「・・何れにしても、負ける訳にはいかない。

旦那様からも絶対に勝てと言われている。

勝ったら今回は特別に、一人金貨1枚のご褒美を頂けるそうだ。

ただし、女の方はなるべく怪我をさせるなとの事だから、もし加減し損ねたら頼むな?」


剣士が治癒師の顔を見る。


頷く彼女を見て、全員が配置に着いた時、試合開始の合図が鳴った。



 突っ込んで来る剣士に合わせて、左右から飛んでくる魔法。


更に違う角度からも、矢が連続で飛んでくる。


ミザリーは開始位置から動かず、矢だけに意識を集中している。


そんな中で、和也は一人すたすた歩きながら、動作だけで矢を避け、剣士の攻撃にカウンターを繰り出す。


ドゴッ。


武器も使わず、只の蹴りを一発。


口から血を吐いた剣士が、数m吹っ飛んで動かなくなる。


それを見て慌てた治癒師が急いで魔法を放つ瞬間、和也の鋭い気弾が彼女の意識を刈り取る。


「何だあいつ!?」


驚愕に目を見開いた弓士が、更に連続で矢を放つが、その矢が彼を捉える前に、和也は既に弓士の真横に居た。


その和也には、先程から必死になって魔法を放つ二人の魔術師による攻撃が、どんどん浴びせられようとするのだが、何れも彼に届く前に消滅してしまう。


「何なのよ一体!?」


先程の余裕が消え失せ、引きつった顔をする女性達の前で、和也の拳が唸り、それを腹に受けた弓士の足が、地面から浮かび上がる。


「グハッ」


やはり吐血して、ピクピク痙攣を繰り返す弓士には以後一瞥もくれず、和也はゆっくりと、二人の魔術師の下へと向かう。


『商人A』の楽勝だと思い込んでいた観客は、そのあまりの光景に言葉も無く、ただ黙って見ている。


「来ないで!」


錯乱したように小魔法を連発する女性と、まだ落ち着いて対処しようとするもう一人の女性。


和也が錯乱した方に腕を向けた瞬間、もう一人が中級魔法を放ってくるが、やはりそれも消滅する。


「いや、止めて!」


恐怖で叫び声を上げる女性から、その魔力を全て抜き取る和也。


ふらふらと揺れ、やがて口から泡を吹いたその女性は、ゆっくりと地面に倒れ伏す。


「・・まだやるか?」


最後に残った一人に向け、和也は静かに尋ねる。


「・・いえ、降参します」


杖を手放し、審判に合図を送る女性。


「勝者、『可笑しな二人』」


主審の声が、無言の闘技場に響き渡る。


それに遅れること暫し、観客の悲鳴にも似た大声が、幾重にも闘技場に沸き起こるのだった。

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