第7話
「貴方のお陰で随分儲かったわ」
試合後、急に煩くなった周囲を避け、早々にテントまで戻って来た二人。
湯に浸かるという和也に便乗して、ミザリーも一緒に入り、お互い向かい合うように座っている。
「しかし、12倍とは驚いたな。
自分達だけで金貨400枚(和也300、ミザリー100)賭けたから、もっとずっと低くなると考えていたが」
「あの町は豊かだし、皆がそれだけ私達を馬鹿にしていたんでしょ。
いい気味だわ」
「そう考えると、初戦の賞金は何だったのだろうな」
「私、銀貨10枚なんて、あの時初めて聞いたわよ?
命懸けで戦うには、あんまりな額よね」
「確かに。
今回はあの商人のお陰もあって大分稼げたが、一体これを何に使おうか。
・・君が居た奴隷商の館には、まだ有望な人材が残っていただろうか?」
「また誰かを買うの?
・・何のために?」
ミザリーの視線が、不安げに揺れる。
「別に君の代わりを探そうとしている訳ではない。
あの者には君が大層世話になったようだし、その利益に少しばかり貢献してやろうと思っただけだ。
それに、商売を始めるなら、そのための人材が要る。
少なくともあと二人か三人は、今後購入する屋敷に欲しい」
「私達と一緒に行動させる訳ではないの?」
「あちこち動くなら身軽な方が良い。
自分の側には君だけを置いて、後は屋敷を管理して貰う積りでいる」
「何だ、私だけじゃ物足りないのかと、少し心配しちゃった。
・・私、貴方なら、もう何をされても良いわよ?
だからずっと側に居させてね?
剣の訓練も魔法の練習も、それから女を磨く事だって頑張るから。
貴方の目的の、『ざまあ系』?
それにもちゃんと役に立つわ」
今度はとても嬉しそうな顔をする。
「期待しよう。
それには先ず、もう少し強くならなければな」
入浴後、軽い食事をした彼らは、それから寝るまでの数時間、彼女の訓練や練習に励むのであった。
翌日、先ずはギルドに依頼を覗きに行く。
掲示板に貼られた依頼書をざっと眺め、『私を王都に連れてって』という依頼に目を留める。
よく読むと、長く患っている病気の治療のため、意を決して高名な治癒師に治療を頼みたいそうだ。
移動中の護衛も兼ねるため、報酬は銀貨70枚と書いてあるが、容体が悪化した際の応急手当のため、最低でもヒールが使える者が同行して欲しいと書かれてある。
治癒師は貴重なのか、この条件のため、未だ他に取られずにいたようである。
和也はその依頼書を剝がし、受付に持参する。
「おはようございます。
今日も精が出ますね。
今、少しお時間ありますか?」
馴染みの受付嬢が、和也の顔を見るなりそう告げてくる。
「大丈夫だ」
「昨日はお忙しそうでしたのでお伝えしませんでしたが、貴方のランクが1つ上がりました。
銀貨2枚でCランクの会員証とお取替えできますが、如何致しますか?」
「随分早くはないか?
自分はまだ、2つしか依頼をこなしていないが・・」
「先日の下水清掃が大きかったですね。
あれ1つで金貨4枚ですから、それだけでDからCに上がります」
「?」
「ギルドランクは依頼をこなした数だけで上がるものではありません。
これまでに行った依頼の、報酬総額も考慮されます。
その者がギルドにどれだけ貢献したのかも、評価の対象に入るのです」
「自分はこれまで、ランクは主にその者の強さを表していると思っていた。
数をこなして力をつけた、その証なのだと・・」
「それは間違ってはおりませんが、その方の強さというものを、こちらが正確に測る事はかなり難しいです。
五人でドラゴンを倒しても、二十人で倒しても、倒したという結果は同じで、しかも、同じパーティーにいるというだけで、皆同様の評価をされる。
中には荷物持ちしかしていない者がいても、やはりそのパーティーの一員として、ドラゴンを倒したと評価するしかないのです。
ですから、こちらとしては、せめて依頼報酬をその人数で割り、一人当たりの獲得金額での評価も取り入れないと、より正確な資料にならないのです。
少なくとも、ドラゴンを二人で倒した場合、二十人でそれを成した場合の10倍の評価にはなりますからね。
まあ、相手にした個々の個体の強さまでは、計りようがありませんけど」
「成る程。
・・仮に、このままのランクで良いと言った場合、何か不利益はあるのだろうか?」
「・・そういう方は今まで居りませんでしたが、ギルド側では、せいぜい受けられる依頼が限定されるくらいです。
依頼主が仕事を頼んでくる時、より高い成功率の相手を選ぶのは当たり前ですから、討伐系では倒す魔物でランクの制限があります。
対外的には、依頼主にそのランクを聴かれて、良い顔をされないか、最悪断られる場合があります」
和也がミザリーの顔を見る(彼女も自分のパーティーに居る以上、そのランクは自分と同じになるから)。
彼女が笑って頷く。
「・・このままで良い」
「・・分りました。
何時でも変更可能なので、気が変わったら仰って下さいね」
残念そうな表情をされたが、直ぐに表情を笑みに変えて、小声で伝えてくる。
「昨日は有難うございました。
貴方に賭けたお陰で、金貨が11枚も増えたんですよ。
お強いのですね」
「それは良かった。
貴女には世話になっている。
喜んで貰えて何より」
受理された依頼書を持って、窓口から離れる。
彼女は微笑みながら、小さく手まで振ってくれた。
依頼遂行を受理された際に手渡された情報を基に、今回の依頼人の家に赴く。
小奇麗な家が立ち並ぶ一角の、割と大きな家。
ドアを叩くと、少ししてから30代くらいの、窶れた女性が出てくる。
「何か用?」
「ギルドの依頼を受けて来た」
「会員証を見せて」
和也が提示すると、少し眉を顰められる。
「Dなの?
ヒールはちゃんと使えるのよね?」
「使える」
「・・とりあえず中に入って」
玄関から居間へと移動し、椅子に案内される。
「何時から行けるの?」
「何時からでも」
「メンバーは今の二人だけかしら?」
「そうだ」
「これまでに護衛の経験は?」
「(他の世界で)一度ある」
「・・ゴホッ、ゴホッ。
・・御免なさい」
彼女が席を離れ、薬を取りに行く。
寝室から持って来たらしい、その薬の袋を見て、ミザリーが言葉を発する。
「それ、もしかして快胸丹ですか?
胸の薬の・・」
「そうよ。
よく知っているわね。
ミレノスの町で見つけたものだけど、値段が高いだけあって、暫く痛みが和らぐから」
備え付けの水でそれを飲んだ女性が、一息吐く。
「1つ尋ねるが、君はそれを胸の病のために飲んでいるのだよな?」
「ええ、そうよ。
薬効にもそう書いてあるし」
「その薬には、そんな効果はないぞ。
単なる鎮痛作用しかないし、中毒性があるから、使い続けるとそれから抜け出せなくなる」
「え!?
何言ってるの?」
「君の病には、その薬は効果が無いと言っている」
「何で貴方にそんな事が分るのよ?
実際、これを飲むと、少し気分が落ち着くし・・」
「それは自己暗示のようなものだ。
・・飲み始めてから、段々飲む間隔が短くなってきてないか?
少しでも薬が切れると、かなり苦しい気分に陥らないか?
幻覚や幻聴のような症状が出た事は?」
「・・・」
女性の顔が青ざめる。
実際、今もこの薬の補充のために、母親がミレノスまで出向いている。
「・・でも他に薬が無いし、王都へ行って治癒師に見て貰うまでは、これだけが頼りだから・・」
自分の隣に座るミザリーは、少し前からまるで何かに耐えるかのように、両の拳をきつく握りしめている。
「君さえ良ければ、自分がここで治癒を施しても良いが」
「只のヒールじゃ治らないわよ?」
「分っている」
「因みにお幾ら?」
「効果が自覚できた際の後払いで、銀貨70枚。
つまり、今回の依頼料と同じだな。
治れば、もう王都まで行く必要はあるまい?
その代わり、以後はその薬を飲まないこと。
支払いは、依頼の期限が切れるまでに、ギルドに払ってくれれば良い」
「本当に効果が出た時だけで良いの?
良くならなかったら、全く払わないわよ?」
「それで良い」
「・・ならやってみて」
女性が椅子に深く腰掛け、その背筋を伸ばす。
和也の片目が一瞬蒼く光ると、女性の身体から病の素となる細菌が消滅し、序でに中毒症状や肉体疲労が抜け落ちて、肺の傷みが修復される。
「・・嘘」
今までの疲労や倦怠感、胸や喉の違和感が完全に消えた事に驚く女性。
「では自分達はこれで失礼する。
納得できた際は、後日支払いを頼む」
「・・分ったわ。
有難う」
玄関まで見送られ、家を後にする。
「あの薬だったのか・・。
まんまと騙されていたんだな」
あれから一言も喋らず、今もまだ険しい表情を残しているミザリーに、和也は穏やかな声でそう告げる。
「・・父が一体、どんな思いで、あの薬を買うためのお金を作っていたと思うの?
・・許せない。
騙された自分も、騙していたあの薬売りも。
人の命よりお金の方が大事なんて、決して思いたくはないのに」
和也が俯く彼女の頭を、ぐしゃぐしゃと撫でる。
「今回の自分の目的は、『ざまあ系』の実践と観察。
なら当然、その中に報復する事も含まれている。
・・この件は、自分に任せて貰えるか?」
頷く彼女。
「相手の命まで取ろうと思うか?」
今度は首を横に振る。
「なら徹底的に懲らしめてやろう」
再度頷く彼女。
「・・お願いね」
「分った」
それから暫く、お互い無言で街を歩いた。
因みに先程の女性は、3日後に満面の笑顔で、約束の代金を支払いに来たそうだ。
昼食後、ミレノスの町に来ている。
ミザリーの屋敷があった町だ。
試しにそれを見に行ったが、今は他の誰かが住んでいた。
件の薬売りを探す。
ミザリーの記憶を頼りに見つけたその者の店は中々に大きく、結構繁盛している事が分る。
和也は物陰から『ジャッジメント』を用い、店主の過去と、薬に対する認識を調べる。
案の定、薬に対しては完全な黒で、過去にも幾つかの詐欺を働いていた。
和也の両目が薄い赤色に染まる。
「瞳が赤いわよ?」
傍に居たミザリーが驚いている。
「彼の行いに腹を立てているだけだから、あまり気にしないでくれ」
和也は先ず、店主の財産を粗方没収する。
固定資産を除き、商人ギルドに預けてある金貨まで、その約2000枚を自分の収納スペースに一旦転移させ、それを過去に遡って、あの店の被害に遭った者達に、一定割合で返還する。
既に当人がこの世に居ない時は、その家族の下に被害額を転送した。
次いで、その薬の入った全ての袋に、店主にだけは見えない赤文字で、『この薬には胸の病に対する効能はありません。中毒性もあるので、飲み過ぎるとあなたの身体を壊します』という表示を入れる。
この表示は、以後彼が作る全ての同じ薬に、仮令その袋を新調しようとも、入るよう設定される。
更に、店主に、『自分はこの薬を作り続けねばならない』という、強烈な強迫観念を植え付ける。
薬が全く売れなくなり、膨大な在庫を抱えても、借金してまで作り続けるように仕向ける。
そしてそれは、その借金で彼が奴隷に落ちるまで効果を持たせた。
「・・終わったぞ。
これは君の家が、彼に支払った薬代の全額だ」
その頭上に疑問符を浮かべるも、和也から金貨90枚入りの布袋を受け取り、後は何も聞かずに信じてくれるミザリー。
共同墓地の片隅にあった、彼女の両親の墓に花を添えると、その日はそれで引き上げた。
因みに、商人ギルドに預けた薬売りのお金は、彼が引き出そうとした際には、職員から彼直筆の引き出し証を見せられて、全く下ろせなかったという。
その夜、和也との、いつもの訓練と練習を終え、共にベッドに入ったミザリーは、普段とは異なり、静かに彼に抱き付いてきた。
何も言わず、ただそうするだけで目を閉じる彼女。
和也の方も、それに黙って応え、お互い朝までゆっくりと眠りに就いた。
唇に温かな湿りを感じ、和也が緩慢に目を開く。
「おはよう」
何と無くはにかんだように見えるミザリーに挨拶を返すと、和也は徐に起き上がり、彼女の為に朝食を出してやる。
自分は風呂場で洗顔と歯磨きをすると、彼女と共に珈琲を飲みながら、本日の予定を話し合う。
「家を探しに行こう」
「お金は沢山あるけど、もう買うの?」
「商売のために奴隷を購入するなら、その者を住まわせる場所が要る。
自分達はここで生活するにしても、使用人の為の住居は必要だ」
「何処に買うの?
王都?」
「まだ行った事はないが、そんなに良い所か?」
「商売をするなら、1番適していると思うわ。
生活だけなら、物価が高いから向かない。
嫌な貴族も沢山住んでいるしね」
「虐められた経験でもあるのか?」
「嫌味を言われたくらいで、直接的な行動はなかったけど・・。
・・それに、私を妾や第2夫人にしようとする中年貴族も結構いたから」
「持てる女性は辛いな」
「貴方に言われたくないわ!
あちこちで色目を使われているくせに」
「心外だな。
そんな記憶はないぞ」
「貴方が鈍感なだけよ。
『行きつけのお店のあの娘も、貴方を見る目は他と違う気がするし』」
「・・なら王都で買うのは止めよう。
他に候補地はあるか?」
「ウロスで買えば良いんじゃない?
郊外には、結構空きも多いわよ?」
「分った。
では見に行こう」
テントや風呂などを終い、彼女と町まで転移する。
ウロスの町に、不動産を扱う商人の店は5軒ほど。
人口約四十万の町にしては、些か少ない気もするが、貴族と市民は住み分けているので、管理し易い分、数はそう必要ないのかもしれない。
和也が最初に訪れた店は、市民用の住宅を扱う最大手であったが、彼の希望する広さの住宅が今はなく、駄目もとで、次に貴族用の店に足を運ぶ。
入り口で店員に事情を説明したら、物によってはお金さえ有れば売ってくれるというので、2、3の物件の説明を受ける。
何れも下級貴族用の物件で、過度な装飾もなく、庭もそう広くはない。
屋敷自体の大きさもそれ程ではないので、管理もし易そうだ。
和也が目を付けたのは、その内の1つ、大きな地下室がある物件だった。
それが何に使われていたのかは教えて貰えなかったが、陸な事でないのは、その物件が、他より格段に安い事からも分る。
「この屋敷を買いたい」
「有難うございます!」
何年も売れ残っていたのか、店員は凄く喜んで、直ぐに契約書を作成し、その場で売買手続きを完了させる。
金貨80枚で手に入れた屋敷は、約600坪の土地に立つ、普通の洋館。
店から出て、ミザリーと共に実物を見に行くと、多少古いが、外観はそう悪くはない。
郊外にあり、周囲には田畑もある。
徒歩で行けば、ギルドや闘技場がある市街まで、1時間以上はかかるだろう。
「先ずは修復と掃除だな」
人目が無いのを良い事に、外観の傷みを魔法で修復し、その汚れを浄化で完全に落とす。
門を開け、ミザリーを玄関前で待たせると、和也は一人で建物内に入り、家中を浄化する。
魔法で全ての窓を開け、風を通し、地下室へと降りて行く。
思った通り、そこには陰鬱な空気が漂っていたが、居残っていた魂達を、光の魔法で輪廻の環へと送り出す。
その天井に、魔力で点く特殊な照明を幾つか備え付け、通気口を設け、空気が循環する装置を新設する。
再び1階に上がると、ミザリーを呼び、奇麗になった内部を見せる。
「・・外観もそうだけど、中もまるで新築のようね。
貴方の魔法って、制限とかないの?」
「ノーコメント」
「本当に人間?」
「ノーコメント」
「そこは答えないと、却って怪しまれるわよ?」
笑いながら、そんな事を言ってくる。
彼女にとって、和也がどのような人種なのかは、最早気にならない。
大切なのは、ずっと側に居られる、ただそれだけなのだから。
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