第4話

 「おはよう」


和也が目を覚ますと、テーブルで備え付けの水を飲んでいたミザリーが、笑顔で挨拶してくる。


「ねえ、昨日の、家をどうこうする話だけど、必要ないんじゃないかしら?

ここで十分でしょ?」


トイレや、風呂への扉は、周囲に結界を張っているから、ミザリーのために外に出したままにしてある。


彼女は既に、それで洗顔や歯磨き(昨日、彼女が風呂に入る前に教えたら、この世界にも似たような物はあるが、爽快さが全く違うと喜んでいた)等をして、さっぱりした顔で席に座っている。


「そのベッドも凄く寝心地が良いし、何時でも好きに移動できるから、寧ろこの生活の方が楽よ」


和也は徐にベッドから出て、彼女が着くテーブルの上に、珈琲やパン、ベーコンと果物などの朝食を出してやる。


「有難う」


「顔を洗ってくるから、食べていてくれ」


代謝が無いからほとんど必要ないのだが、気分の問題なので、風呂場へと向かう。


歯磨きをして戻ると、満たされた表情の彼女が微笑む。


「このパン、本当に美味しいわ。

病み付きになりそう」


「そう言って貰えると、彼女も喜ぶ」


「え、女性が作っているの!?

貴方の身内?」


家庭内の食事ならともかく、店で売る物を作る職人には、この世界では圧倒的に男性が多い。


「大切な、本当に大切な友人だ」


彼女と同じテーブルに着きながら、自分は珈琲だけを飲む。


「貴方って小食なの?

夕べもほとんど食べなかったでしょう?」


「食べる時は食べるぞ。

食事は、風呂と散歩に並ぶ、自分の最大の楽しみの1つだし(ゲーム等の事は、言っても分らないから言わない)」


「ふ~ん、お風呂が好きなんだ」


何かを考える素振りを見せたが、直ぐに話題を変えてくる。


「さっきの話の続きだけど、貴方の転移が魔力的に問題ないのなら、どうかしら?

お金の節約にもなるでしょ?」


「君がそれで良いなら自分は構わないが、将来的には何処かに1軒は家を買う必要がある」


「何で?」


「商売をするなら、本店なり本拠地がないと、人に信用されない。

もし商品に何か欠陥があっても、何処に苦情を言えば良いのか分らなければ、危なくて高額の商品や食べ物を買えないだろう?」


「確かにそうだけど、買った後に文句を言っても、食べ物は取り替えてくれないわよ?」


「・・そうだったな。

『地球の先進国と同一視していた』」


「じゃあそれまでで良いから、暫くこの形式を楽しみましょうよ?

自然の中で、魔物に怯える事なく暮らせるなんて、素敵じゃない?」


「分った」


「有難う!

もし家を買ったとしても、あのトイレとお風呂を超えるものは、絶対に付いてないからね」


朝食を終え、各設備を終う前に、ミザリーの服装に言及する。


「これから暫くは、日々何処かで戦闘があるだろう。

極力君には戦わせない積りだが、君の復讐を達成するためにも、参加だけはさせて、実戦の感を養って貰いたい。

今の君の服装は、迷宮や屋外などの、不衛生な場所での戦闘には向いてない。

何か他に、着る服を持っているか?」


「以前の服は背が伸びてもう着れないし、奴隷だった時は部屋着しか着なかったから、これだけしかないわ。

替えは数枚の下着だけ」


「好みの色はあるか?」


「服の?

・・戦闘で着るなら、黒か緑が良いかな」


「なら当面はこれを着ると良い」


和也は、さも収納スペースから出したかのように、彼女の装備を創り出す。


彼がやっているゲームでは、戦闘服なのにお腹が丸出しだったり、ほとんど胸が見えている装備を着ている女子が多いが、現実の世界では流石にそれは通じない。


アリアに創ってやったバトルスーツを参考に、タートルネックで上下一体型の、身体のラインが奇麗に出る深緑の戦闘服と、その上から羽織る黒革のジャンバー、黒革のロングブーツ、指先の出た、手首までの黒革の手袋を椅子の上に出す。


「これ、どうやって着るの?」


和也が出した戦闘服に、ボタンやファスナーが付いていない事に気付いた彼女が、服を広げながら、目を丸くして尋ねてくる。


「これをとりあえず、右手の薬指に嵌めてくれ」


渡された銀色のリングを、彼女が言われた通りに嵌めると、和也が説明を追加する。


「そのリングはマジックアイテムだから、自分(和也)の意思でしか外せない。

そしてそのリングには、幾つかの便利な機能が付いている。

1つ目はアイテムボックスの代わり。

君の魔力に関係なく、大体このテントと同じくらいの容量が入る」


「ええ!?

物に魔法をかけただけで、そんな事できるの?

・・って今更か。

あのお風呂だもんね。

御免なさい、続けて」


「2つ目は、変身機能。

別に、『○○○フラッシュ』と叫ぶ必要はないぞ。

リングに手を添えて、念じるだけで良い。

そうすれば、下着姿か、これらの装備を全て身に着けた状態になる」


「?

・・因みに、何で一方は下着姿なの?」


「トイレで用を足す時、風呂に入る時、眠る時など、その方が色々と便利だろう?」


「はは、確かに」


「最後の機能は緊急避難だ。

君一人で行動していて、何らかの危機に陥った時、それを受ける直前で、自分の直ぐ傍に転移してくる。

万が一、もし『暫くお待ち下さい』と書かれた壁に阻まれたら、少しその場で待っていてくれ。

・・言っておくが、トイレ中ではないからな(ミザリーは、まだ和也を辛うじて人間として考えている)」


「・・・」


何かに気が付いたのか、彼女の機嫌が少し悪くなる。


「どうも有難う。

このリングも国宝級ね。

貴方の言ってた、奥の手というやつかしら?

お金で買えるとは思えないけど」


「君の荷物をそのリングに入れて着替えたら、そろそろ出発しよう。

それから、念のためにその剣を見せて貰っても良いか?」


「これ?

・・どうぞ?」


鞘から抜いた長剣を、刃先を己に向けて、差し出してくる。


「この剣は、父親の形見とかなのか?」


剣を一目見た和也が、彼女にそう尋ねてくる。


「いいえ、極普通の鋼の剣よ」


「なら、自分が少し弄っても良いだろうか?」


「・・ええ」


了承を得た和也が、その剣に魔力を通す。


「一応、刃こぼれや折れないようにはしておいた。

これを売る際は、今の魔法を解除するから、自分に一言言ってくれ」


「折れない?

・・どんな魔物や魔獣相手でも?」


「この世界に生息する魔物達なら大丈夫だ」


「・・貴方、本当に何者なの?」


「肩書が沢山あり過ぎて分らん。

『和くん』でいいぞ」


「だからそれは嫌。

同じくらいの歳だし、『和也』と呼んでも良い?」


「好きにしろ」


「じゃあそうする」



 支度を終えた彼らは、この国と、ミザリーの運命を大きく変える一歩を歩み出す。


妻達だけに許された、特別な遠視で、ここ2日の和也の行動を見ていたエリカは、『やっぱりまたやり過ぎてますね』と苦笑いする。


奇麗好きの和也が、あの時代の公衆衛生に満足するとは思っていなかったから、トイレやお風呂のオーパーツを持ち出す事には想像がついたが、前回よりセーブしたとはいえ、相変わらずリングに色々と機能を付けては、現地の者に貸し与えている。


『あなた、その時代の人々は、そんな物を思い付きもしませんよ?だから直ぐに素性を疑われるのです』


そう教えてやりたくなる。


本来なら、それは長く人を観察してきた彼にも分るはずなのに、乱読しているライトノベルの悪影響か、ファンタジーと現実を、ごちゃまぜにしている節がある。


でも、和也がそれを楽しんでいる以上、エリカはただ黙って見ている。


彼が笑い、のんびりと過ごす様を見るだけで、彼女の心は温かくなる。


凍えそうに凍てついた心を、からからに乾いていた気持ちを、その身で必死に温め続けたあの頃。


自分を愛す度に、その瞳から悲しみの色が薄れていく彼を、本当に愛おしく包んできた。


妻の数が増え、その分だけ世界に光が灯る今を、エリカはとても喜んでいる。


今回もまた、和也にとって素敵な旅になる事を願って、彼女は暫く、その観察を止めた。



 「さて、先ずはここから稼ごう」


和也達は今、とある迷宮に来ている。


早朝なので誰も居ない入り口から、さっさと中に入って行く。


「ここには何しに?

戦闘訓練?

それとも素材集め?」


ミザリーが頭に疑問符を浮かべながら、初めて入る迷宮に、その足を踏み入れる。


「資金を稼ぐのが第1だ。

別に魔物がお金を落とすとは考えてないぞ。

こういう場所は何のために在るか、考えた事あるか?」


「え?

・・魔物を倒して自身の腕を磨くか、魔物や魔獣の貴重な素材を集めるためじゃないの?」


「それは使用者の目的だろう?

神の悪戯でもなければ、これを造った者達は、ここが人に見つかって欲しいとは考えていない。

だからわざわざ入り口を偽装した上、人里から離れた辺鄙な場所に造るのだ。

そしてもし見つけられた場合に、自分達が取られたくない物を守るために、彼らは数々の罠を仕掛け、行く手を阻む、魔物達をおびき寄せる。

君達は単に、それを都合良く利用しているに過ぎない」


「取られたくない物?」


「君だって、人生をかけて集めた大事な物があれば、仮令その死後にでも、他人に盗まれるのは嫌だろう?」


「それはそうだけど・・」


話をしている内に、自分達を見つけた巨大なオークが数体、近付いて来る。


「あのくらいなら、君でも大丈夫か?」


「・・2体なら何とかなると思う」


「分った」


和也は掌に、青い球体を創り出す。


そしてそれを魔物に向けると、2体を残してそこに吸い込まれていく。


「え!?

魔物を吸い込んだ?」


「ほら、もう来るぞ」


驚くミザリーに注意を促す。


「はっ」


鞘から抜いた彼女の剣が、1体のオークの胴を切り裂く。


久し振りの戦闘だからか、少し深く入り過ぎた刃がオークの腹の途中で止まり、身動きができない。


もう1体が槌を彼女に振り下ろす前に、和也がそれも球体に吸い込む。


「・・有難う」


「大分感が鈍っているようだな」


「流石に2年も素振りだけじゃ、駄目だったわね」


「徐々に慣れるしかないようだな」


倒されたオークに魔法をかけて蘇生させると、それも球体に吸い込む。


「・・何で魔物を蘇生させる訳?」


ミザリーが訝しげに尋ねてくる。


「今回の目的は魔物を殺す事ではない。

だから、自分達の用が済んだら、またここに戻すのだ」


「・・そんな事言う人、貴方くらいだと思うわ」


少し呆れながら、剣に浄化をかけて、鞘に納める彼女。


「無闇に数を減らせば、それ目当ての者が困るではないか。

時間が惜しいから、どんどん先に行くぞ」


まるで内部を知っているかのように歩いて行く和也に、時折魔物と戦いながら、付いて行くミザリー。


和也は彼女が怪我をしないように、必要以上は全て球体に吸い込み、彼女が倒した魔物も、蘇生してから吸い込んでいく。


2時間くらいそれを続けて、まだ体力が以前に戻っていない彼女のために小休止を入れると、更にまた歩き出す。


下に降りて行くに従って、より強い魔物が出始める。


彼女の手に負えないと判断した時は、和也が丸ごと球体に吸い込んだ。


「どうしたの?」


迷宮に入って5時間が経過した頃、和也がある壁の前で立ち止まる。


「ここに仕掛けがある」


和也が壁に手をかざすと、そこに魔法陣が浮かび上がる。


そしてそれが一瞬輝いて、その後、内扉のように静かに開かれた。


「ほう、意外にあったな」


隠し部屋の中には、大きな袋一杯の金貨と、書棚に並んだ数十冊の本、それに、幾つかの家具や生活道具と、誰かの棺が置いてあった。


「えっ、こんな所に!?」


驚くミザリーに、和也は告げる。


「この先のボス部屋は、どうやらダミーのようだ。

強い魔物が1体いるが、そこにある宝箱は、開けると毒が湧き出るようになっている」


何処かを見ているような目でそう告げる和也に、彼女は最早言葉もない。


「それより、この金貨を見てくれ。

今の物より大分古い気がするが、まだ使えるか?」


大きな麻袋の中の、溢れんばかりの金貨を指さし、和也がミザリーに尋ねてくる。


「・・今から400年以上前の、古王国時代の物ね。

現在は流通していないけど、王都の博物館には飾ってあるわ。

ギルドで換金もできる。

この時代の物は、今の物より金の純度が高いから、2割増しで買い取ってくれるわ」


「成る程。

中々の成果だな」


「何言ってるの。

5000枚くらいあるじゃない。

贅沢しなければ、一生遊んで暮らせるわよ?」


和也は、浄化した金貨を全部収納スペースに入れると、書棚の本を調べ始める。


そして、3冊だけを抜き出し、それもまた終った。


「他のは?」


彼女にはどの本も貴重な書物のような気がして、和也にそう尋ねる。


「残りは、そこの棺の主の日記や、研究成果を書いた物のようだな。

棺の中同様、それは持ち去らずに、そのままここに置いていく」


和也は、部屋全体に浄化をかけると、棺の上に、創り出したバラの花束を置く。


生前は、お金しか信用できず、人を避けて暮らしていたらしい彼女に、その所持金を貰う事を詫び、せめてもの花を手向ける。


二人で部屋を出ると、壁を元通りにして、その内部の空気を完全に抜いた。


「用も済んだし、ここを出よう」


「・・ここにお金がある事、最初から知ってたの?」


「いや。

まだあまり荒らされていない迷宮を探しただけだ。

この大陸には、あと6つくらい、そういったものが在る」


「・・・」


「何だ?」


「いえ、別に」


何かを探るような眼差しを向けられ、その真意を尋ねるが、上手くかわされる。


球体に収めた魔物を、全て元の場所に戻すと、和也はミザリーの腰に腕を回し、他の場所へと転移した。



 ウロスの町に一旦戻り、遅い昼食を共に食べる。


ミザリーにお勧めを聴いたが、この町では食べ歩いた事がないと言うので、目に付いた新しい店に入る。


席に着くと、まだ少女のような店員が注文を取りに来たので、この店の人気メニューを二人分頼んだ。


暫くして、きしめんのような麺に、挽肉と、何かの野菜を数種類炒めた具をかけた、パスタのような物が出てくる。


食感が良く(和也は比較的柔らかいものを好む)、味も悪くないし、値段も良心的(銅貨18枚)だ。


『美味しかった』と礼を述べて出ると、少女が嬉しそうな顔で、『また是非来て下さい』と言ってくれた。


その足で、この町のギルドに向かう。


前回世話になった受付嬢の窓口に並んでいると、男達が露骨にミザリーの顔と身体を見て、通り過ぎる。


時には口笛まで鳴らす者もいた。


「済まない。

少し身体のラインが出過ぎだったかな」


和也が隣のミザリーに、そう詫びると、彼女は何でもないような顔をして言った。


「(男達の視線は)前からそうだったし、この装備は軽くて動き易い上、通気性が良いから蒸れない。

服の上から見るだけなら自由だし、気にしてないわ」


「元貴族だった割には、意外と理解があるのだな」


「準男爵なんて名ばかりの貴族だし、女性だって男性の身体を見てるわよ?」


「そうなのか?」


「当たり前でしょ?

性欲は、男性だけのものではないのだから」


順番が来たのでそこで会話を止め、受付嬢に用件を告げる。


「ここで古王国の金貨を換金できると聞いたのだが、可能だろうか?」


「あら、昨日の・・。

ええ、できますよ。

何枚ですか?」


「100枚だが・・」


「・・お金持ちなんですね。

少しお時間がかかりますが、宜しいですか?」


「ああ、構わない」


「では、現物をお預かりして、預かり証を発行致します。

鑑定の結果、本物と認められれば、金貨120枚をお支払い致しますので、この場でお待ち下さい」


枚数を数え、預かり証を和也に渡すと、トレイの上に積まれた金貨を持って、彼女は奥に下がって行く。


「どうして100枚だけなの?」


後ろに誰も居ないのを確認したミザリーが、小声で尋ねてくる。


「あまり多過ぎると、出所を聴かれると思ったのだが、要らぬ心配だったか?」


「ああ、それもそうね。

でも、この町は豊かだし、ギルドもお金を持ってるから、1000枚くらいなら大丈夫だったかも」


「何か欲しい物でもあるのか?」


「え?」


「今回の探索における君の取り分が、5000枚の2割、つまり、ちょうど1000枚だから(正確には、金貨は4926枚あった)。

何回かに分けて換金してから渡そうと考えていたが、必要なら、今直ぐに渡すぞ?」


「ええ!?

良いわよそんな。

私ほとんど何もしてないし、そんなに沢山貰えないわ」


「だが、自分は君にそう約束した」


「あの時は、まさかこんなに稼げるなんて考えてなかったのよ。

だから、成功報酬は、2割じゃなくて2で良いわ。

それだって多過ぎるくらい」


「いつもこんなに稼げるとは限らないぞ?」


「分ってるわ。

でもそれで十分」


「お金で苦労した割には、欲が無いのだな」


「お金で苦労したからこそ、その価値が肌身に染みているのよ」


「お待たせ致しました。

鑑定の結果、全て本物と分りました。

お約束通り、2割増しの、金貨120枚で買い取ります」


「有難う」


トレイに積まれた120枚を終い、彼女に礼を言う。


「随分保存状態が良いものでしたが、もし迷宮で見つけられた物でしたら、その情報も買う事ができますよ?」


「いや、あれは親の遺産なのだ。

今まで大事に持ってきたが、必要になったので、売る事にした」


「・・ああ、成る程。

お幸せに」


ミザリーの顔を見た受付嬢が、何を思ったのか、笑顔でそう言ってくる。


訳が分らぬまま、後ろに誰かが並ぶ気配がしたので、早々に立ち去る。


「・・何か誤解されたわね」


少し顔を赤らめたミザリーが、幾分嬉しそうに話しかけてくる。


「女性に貢いで身代を潰す男だとでも思われたかな?」


「そんな訳ないでしょ」


途端に不機嫌になった彼女を連れて、闘技場への道を歩く。


「闘技場の試合には、誰でも出られるのか?」


「15歳以上なら、銀貨3枚の登録料さえ払えば出られるわ。

奴隷は主人の許可が要るし、パーティー戦は最低二人以上いないと駄目だけど、それ以外の要件はない。

試合に勝てば、個々の賭け金の総額から運営の利益を差し引いた、その1割が賞金として手に入る。

だから、強い者同士の戦いなら儲かるけど、相手が弱かったりすると、あまり賭け金が集まらなくて疲れるだけよ」


「戦う相手は自分達で選べるのか?」


「王国主催の大会は選べないわ。

各町の予選を勝ち抜いて、2位までに入った者達だけが、王都での本戦に出る資格を得られる。

それ以外の戦いは、お互いが賭け金を持参して、運営に預けた場合にのみ、その相手同士で戦える。

遺恨のある相手とか、どちらかのパーティーから誰かを引き抜きたい時などに使われる」


「君は出た事があるのか?

父親は参加していたと聴いたが」


「ないわ。

・・言ったでしょ。

あまり才能が無かったのよ」


「・・闘技場の開催時間は何時から何時までだ?」


「朝10時から、夕方4時までよ」


「なら今日はもう出られないな。

テントに戻ろう」


町の中央付近にある時計塔の針を遠視して、それが3時を疾うに過ぎている事を確認した和也が、そう告げる(町の人々は、決まった時間に鳴る鐘の音で、その時刻を知る)。


路地を探して入り込むと、彼女の腰を抱いて、さっさと転移した。



 「忘れずに渡しておく。

今日の君の取り分の、金貨120枚だ」


「・・有難う。

役に立ってないのに、何だが申し訳ないわ」


昨日と同じ場所にテントを張り、その中で、テーブルの上に、ギルドで換金した金貨を積む和也。


「・・自分に何か言いたい事があれば、遠慮する必要はないぞ?」


その言葉を聞いたミザリーが、俯いていた顔を上げた。


「じゃあお願いするけど・・私を鍛えてくれないかな?」


「自分で良いのか?」


「勿論。

貴方が良い。

せめて足手纏いと呼ばれないように、しっかりと鍛えて」


彼女はその理由を語らないが、過去に色々とあったのかもしれない。


その夜から、二人の日課に鍛錬が加わった。

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