第3話

 「これからどうするの?」


久し振り(立場上、館の近辺以外は滅多に出歩けなかった)に出た街の様子に嬉しそうに目を細め、ミザリーがそう尋ねてくる。


「そうだな、先ずは住む場所を探さねばならない。

宿屋は手軽だが、色々な面で共同生活には向かない。

何処かで家を借りるか、若しくは購入しようと考えているが、どう思う?」


「そうね、借りるなら買った方が得かもね。

ここは王都に近い町だから、借りればどれもそれなりの賃料を取られる。

平均的な物件で、月に銀貨10枚から15枚くらいね。

中央に近くなる程値段が高くなるから、どちらにしても、郊外の家になるかしら。

予算はどれくらいなの?」


「今の手持ちは、先程換金した金貨12枚くらいしかない。

尤も、これからどんどん稼ぐ積りだから、買うなら金貨50枚くらいは出せるだろう」


「うーん、良い家を買うには少々心許ないわね。

どんどん稼ぐと言うけれど、何か当てがあるの?」


「この町には闘技場があるだろう。

それに、ギルド登録もしたから、その依頼も受けられる。

それでも駄目なら、仕方が無いから奥の手を使う」


「そんなに戦闘に自信があるの?

言っておくけど、私じゃ大して役に立てないわよ?

あそこでは、素振りくらいしかしてなかったし」


「自分には、君を戦いの矢面に立たせる積りなどない。

パーティー戦など人数制限がある時に、参加くらいはして貰うが。

・・そうだな、今日くらいは何もせず、お互いの意思疎通をした方が良いかもしれん。

これから町の外に出るが、今日ここで何かしていきたい事はあるか?」


「え?

それって野宿っていう事?

・・別に構わないけど、食べ物くらいは買っていかない?」


「それは大丈夫だ。

とっておきの物を出してやる」


自信ありげな和也に、『なら良いわ』と納得する彼女。


「時に、君は口が軽い方ではないよな?」


「そう見えるの?

予め言ってくれれば、その事についてはきちんと秘密を守るわ」


少し気分を害したような表情で、そう告げられる。


「済まない。

自分には秘密が多い。

慣れるまでは色々と驚くかもしれないが、自分が使う魔法と、道具に関しては、特に秘密を守ってくれ。

人に知られると、後々面倒だからな」


「・・貴方、魔法が使えるの?

何の魔法?」


「こっちに来てくれ」


薄暗い路地を見つけると、和也はそこに足を踏み入れる。


「何でこんな所を通る訳?」


訝しげに付いて来た彼女に振り向くと、距離を詰めて、その腰を抱く。


「どうしたの?」


疑問に思った彼女が、それ以上言葉を口にする前に、周囲の景色が変わる。


「え?」


腰から手を放し、お互いの間隔を空けた和也を見るミザリー。


「・・もしかして、転移?」


「そうだ」


「嘘、・・それって、本当に可能だったんだ?」


「この世界は、まだそれ程魔法が栄えていないからな。

あまり使える者はいないかもしれん」


「少なくとも、私は聞いた事ないわ。

部屋で読んでた、高等部の魔法学の教科書に、小さくその記述があったくらい」


「この事も含めて、今日は君と色々話しておきたい。

日が陰るまでにはまだ少し時間があるが、何か食べるか?」


「ええ。

でも、一体ここは何処なの?」


「あの町から約10㎞離れた森の中だ。

誰も居ないから、明日までのんびりできる」


よく知らぬ、薄暗い森の中で、呑気にそんな事を言う和也に、呆れるミザリー。


ちょっと不安になったが、彼の様子を見て、それも収まった。


「少し待ってくれ。

今準備するから」


そう言うと、和也は先ず10坪くらいの空き地を作る。


邪魔な樹を伐採し、薪に変える。


地面を均し、浄化した後、そこに大き目のテントとトイレ、テーブルに椅子を出す。


周囲に結界を張り、埃や虫を防ぐ。


それから、テーブルの上に食器を並べた。


ここまでの一連の行為を、全て魔法でこなす和也に、ただ呆然とした視線を送るだけのミザリー。


自分が今目にしている事が、信じられない。


一体どんな魔法を、どう用いたら、こんな事が可能になるというのか?


「お待たせ。

先にトイレを済ませたいのなら、それがそうだ」


底辺が150㎠で、高さが2mくらいある、金属製の建物を指さす。


「え、トイレ、・・これが?」


「そうだ。

入れば分る」


「・・有難う」


大体の使用法を教えられ、恐る恐る中に入った彼女は、出てきた時には飛び切りの笑顔だった。


「これ何処で売ってるの?

もしこれを転売できれば、それだけで一生遊んで暮らせるわよ?

中で手まで洗えるなんて、冒険者なら絶対に欲しがるわ」


「この世界では、それを量産する気は今の所ない」


「貴方が作ったの!?」


「そうだ」


「・・確かに、あの時貴方の下から逃げれば、一生後悔したかもね」


「食事にしよう。

嫌いな物はあるか?」


彼女に椅子を勧め、注文を聴く。


「臭いがきつい物と、ゲテモノは遠慮したいかな」


「安心しろ、自分も同じだ」


そう言うと、皿の上に熱々のオムレツと、香草入りソーセージ、マッシュポテトを盛り、その脇の小皿に、パンを2つ載せる。


「飲み物は珈琲で良いか?」


「?

よく分らないけど、それで良いわ」


和也のする事に、最早乾いた笑しか示さない彼女だが、パンを一口食べて、目を見開く。


「!!!」


「美味いだろう?」


「そんな言葉では語れないわ!

このパン、魔法で作った物なの?」


「いや、とある職人にお願いしている。

今出している料理は全て、他で作られたものを、その状態のまま保管していたものばかりだ。

言っておくが、このパンには世界中にファンがいるぞ」


「でしょうねぇ。

今まで食べてたパンとは、明らかに別物だもの。

これを口にしたら、もう他のは何食べても同じね」


珈琲も初めて飲んだらしく、そのコクと深い香りに、嬉しそうに目を細めていた。


食事を終え、彼女に風呂に入るかどうかを尋ねる。


「お風呂?

この辺りに温泉でもあるの?」


「いや。

トイレ同様に、携帯版がある」


「携帯?

お風呂を!?」


「そうだ」


和也が収納スペースから、アリア達に創ってやった、例の扉を出す。


『女湯』と書かれた赤い暖簾が垂れ下がる、1枚の扉。


裏には何も存在しないが、扉を開ければ、その向こうには、事前の選択によって浴場や露天風呂が広がっている。


「はははは」


最初だから、室内の浴場を模した方を選んでやり、脱衣所にある洗濯機の使い方を教える。


全部浄化で済ませても良いのだが、若い女性は特に、下着などは他者に管理されたくはないだろう。


約2時間後、シャンプーの良い香りをさせた、さっぱりした表情の彼女が出てくる。


現代人が用いるクリームなどの基本的なコスメや、櫛などの手入れ品が、脱衣所の洗面台に使用法が記載されて置いてあるので、肌の手入れもできたようだ。


「待たせて御免ね。

あんなお風呂に入ったの初めてだから、色々と試してみたくて」


「満足できたならそれで良い。

館から持って来た君の荷物(小さな鞄1つ)は、テントの中に置いてある。

眠る準備を整えたら、またここで話をしよう」


「話なら、テントの中ですれば良いじゃない。

随分大きい作りだし、二人で入っても余裕でしょ?」


「あれは君用のテントだ。

底板の上にベッドが置いてあるから、寝苦しくはないはずだ」


「貴方は何処で寝るの?」


「自分は何処ででも眠れる。

外で星を見ながら、眠くなれば眠るさ」


「私と同じテントで寝ないのは、私の元の制約のため?」


「それもある」


「もう奴隷ではないのだし、私の方から何かをされる危険はないでしょ?

私だって、貴方に何かをされるとは思ってない。

もしその気があれば、先程お風呂に入ってきたはずだし。

・・これからずっと、私は貴方の側に居る。

そうなれば、お互い恥ずかしい事でも共有していかないと、色々と窮屈になるでしょ?

私はもう、着替えや裸くらいなら、貴方に見られても良いと思っているし、一緒の部屋や同じベッドで眠るくらい、何でもないわ」


「随分思い切りが良いのだな。

初めは優しくても、後になって本性を現す者だっている。

こういう事は、慎重になり過ぎるくらいでちょうど良いと思うぞ?」


「私だって馬鹿じゃない。

これまではそうしてきたし、運命を共にすると決めた貴方だから、こう言っているだけ。

大事な話があるのでしょう?

早く中に入りましょ」


そう言うと、さっさとテントに入って行くミザリー。


苦笑しながら、それに続く和也。


「まだ父が生きていた頃、何度か野宿した事があるけど、貴方とのそれは、常識を覆してばかりね。

普通なら、外で毛布にくるまって、火の側で寝るだけよ?」


地球の遊牧民が用いるような大型のテント内に、底板が張られ、大きなベッドが1つと、テーブルに椅子、鏡台がある。


椅子は1つしかなかったので、和也がもう1つ、余計に出した。


「さて、どんなお話を聴かせてくれるのかしら?」


ミザリーが、興味深そうな表情でそう言ってくる。


「先ずは確認からだ。

君は、アンザス家に復讐をしたいと思っているか?」


彼女の顔が瞬時に険しくなる。


「思っているわ。

当然でしょ?

父を陥れ、死ぬ原因を作った。

母の為に高額な薬代が必要な父に、高い金利を取ってお金を貸し続け、それが返せない額になると、直ぐに屋敷を要求してきた。

だから父は、お金を稼ぐため、無理して闘技場で連戦しなければならなくなり、疲れた身体で討伐依頼まで引き受けて、結局、魔物の毒で命を落とした。

母もそれが原因で、生きる気力さえ失って、その後直ぐに病死したし、独りになった私には、多額の借金だけが残された。

父が生前、あの人に手紙をしたためてなかったら、アンザス家が強引に私を連れて行こうとした時に、間に合わなかったしね」


「幾つか尋ねるが、お金を借りたのは、君の父親の判断だろう?」


「そうよ」


「なら、返せない方も悪いのではないかな?」


「困っている人の弱みに付け込んで、法外な利息を取るのはいけない事でしょ!?」


「借りる事が強制でもないし、国の明確な決まりがない以上、私人間の約束事であって、一概に悪いとは言えない。

返せないと分っていて借りるのは論外だし、借りたものを返さない者が増えれば、貸し手が警戒し、貸す際に幾重もの対策を取って、きちんと返済している者にも迷惑をかける」


「・・・」


「それに、そんなに困っていたのなら、君は何らかの方法で、お金を稼ぐ手伝いをしたのだよな?」


「私はまだ16になる前だったし、世間体を気にする父からも、働くなと言われていたから・・。

母の看病もあったし」


「自分が知る子供の中には、家が貧しくて、10歳の時には既に働きに出た者もいる。

仮令貧しくても、何かをしたいと夢見る事は自由であり、そのためにする努力を、人は否定されない。

その時の君と父親は、自分から見れば、少しばかり甘かったのではないかな?

お金が無いなら無いなりに、より安価な薬を探すなどの工夫をするか、事情を説明して、金利を負けて貰うなどの努力をするべきだったのではないか?」


「・・・」


「君を拉致しようとした点は悪い。

奴隷商の彼が借金の残りを立て替えた後、アンザス家は何かしてきたのか?」


「私の行方を探していたらしいけど、まさか奴隷に落ちてるとまでは考えていなかったみたいで、暫くして諦めたみたい」


「なら、彼らの罪は、それ程重くはない。

君は彼らに、どの程度の復讐を考えている?」


「殺してやりたい。

そう考えていたわ。

母の死に顔は悲惨だった。

病気の苦痛と心の痛み、その両方で歪んで見えた。

父の最後には、駆けつける事さえできなかった。

剣の修行には厳しかったけど、それ以外では優しい父だったのに・・」


過去を語る彼女の瞳が、若干潤む。


「・・今はそこまで考えていないと?」


「あれから2年以上経って、少し気持ちが落ち着いたからね。

奴隷に身を窶した私を、世間が笑いものにしていれば、憎しみが続いたのかもしれないけれど、あの人のお陰で、ほとんど人前に晒される事もなかったし」


「では、どのような復讐を望むのだ?」


「貴方のお陰で自由になれたし、剣を磨いて、王国が主催する大会で、彼らを打ち負かしたい」


「アンザス家とは、そもそもどういう家柄なのだ?」


「槍で有名な一族よ。

子爵家で、その縁者には商人もいるわ。

私の父が、以前の大会で彼らに勝ったから、面白くなかったのかもね」


「君の家の爵位は男爵だったよな?」


「そうよ。

領地も持たない、準男爵家。

父の死と私の失踪で、取り潰しになったけど」


「彼らの住まいは何処だ?」


「あの町、ウロスから馬車で4日程の、ミレノスの町。

私の家も、そこに在ったわ」


「・・・」


何かを考えている和也の顔をじっと見て、ミザリーが尋ねてくる。


「今度は私が聴いても良い?」


「答えられる事であれば」


「貴方、人間なの?」


「そう見えないか?」


「人にしては、魔力が大き過ぎると思う。

アイテムボックスの魔法は、収納量がその人の魔力量に比例すると本に書いてあった。

さっきから何度も強力な魔法を連発しながら、随分沢山の物を、その中に終えてる。

私も浄化と火の初級だけは使えるけど、人の身体にそんな魔力が宿るものなの?」


「可能だ。

アイテムボックスの容量で言えば、小さな家1軒分くらいなら、何人か見た事がある。

攻撃魔法や回復魔法でも、上級のもの(その世界や開発した術者によって、同じ魔法でも、その呼び名が異なる)を何発か連続で打てる者がいる」


「転移は?

本には、使う魔力量で、その飛距離が決まると書いてあったわよ?」


「歴史的に見ても、馬車で3、4日の距離なら、跳べる者がいたはずだ」


「家族はいるの?」


「親はいないが、他にいる。

だが、詳しい事に関しては、ノーコメントだ」


「私にさせたい事は何?」


「今の段階では、自分の補助的な仕事をして貰いたい。

闘技場における、チーム戦でのメンバーとか、迷宮探索の助手や、ギルドの仕事の手伝い、お金が貯まってくれば、商売を任せたい考えもある。

因みに給料だが、暫くの間は、基本給が月に銀貨50枚、成功報酬で利益の2割、衣食住の提供でどうだろう?」


「給料をくれるの?」


ミザリーが目を丸くする。


「当然だろう。

働いて貰うのだから」


「奴隷から解放してくれた時、沢山お金を使ったでしょう?

・・いいの?」


「逆に聴くが、収入がなくて、この先どうする積りだったのだ?

下着や細々こまごまとした物を買う度に、自分に一々それを告げて、請求する積りだったのか?」


何も考えていなかったらしく、顔を少し赤らめる彼女。


「自分のした事が癇に障って、その日は独りで寝たいと思う時にも、宿代くらいは出せないと困るだろう?」


「そういう経験でもあるの?

随分具体的ね」


今度は可笑しそうに笑う。


「・・まあ、お金は有るに越した事は無い。

何かあった時のためにも、自分のお金は持っていろ」


「分った。

有難う」


「他に聴きたい事がなければ、今日はもう休もう。

明日は早朝から活動したい」


「そうね。

・・明日を楽しみにできるなんて、久し振りだわ」


ミザリーが椅子から立ち上がり、衣服を脱いでいく。


下着だけの姿になると、ベッドに入り、和也が寝るためのスペースを空ける。


「自分は床でも良いぞ?」


「気にしないと言ったでしょ?

それとも、私を意識して、眠れないとか?」


その小馬鹿にするような響きに、和也もやり返す。


「フッ、君程度の色香なら、100年経っても大丈夫」


「その頃にはもう死んでるわよ!」


流石に異世界ネタは通じないか。


苦笑しながらスーツを脱ぐ和也に、眩しいものでも見るかのように、暗闇で目を細めるミザリーであった。

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