第2話

 レベッカ王国。


この星に幾つか存在する、人の住む大陸の中で、最大のセヒロスにある強国。


数十の国々の中で、1、2を争う領土と人口を持ち、肥沃な土地と豊富な天然資源のお陰で、経済も栄えている。


交通の要所でもあり、貿易が盛んな事から、貴族や商人の中には、莫大な富を得る者も出てくる。


迷宮と呼ばれる魔物の巣窟には、比較的小型の魔獣や魔物が生息し、竜などの大型生物は、険しい山脈や奥深い森に棲んでいる。


魔法は存在するが、誰もが自由に使える訳ではなく、ある程度の素質と、地道な訓練が物を言う。


機械文明は未発達で、馬車や小型の飛行船は存在するが、車や飛行機の類はない。


大型船も木造で、都市の家々も、ほぼ木造か石造りである。


鉄などの金属は、それを巨大化する技術を持たないせいで、せいぜい剣や武具、日用品に使われるのみであった。


貴族制と奴隷制を併せ持ち、敗戦国の捕虜や、税を何年も払えない住民、重犯罪者等は奴隷に落ちて、売買の対象とされた。


学問はそれなりで、初等と高等の学校が主要都市には在るが、貴族制が存在するため、頭の良し悪しより地位や生まれが重視され、形骸化している。


暇な貴族が成人になるまで過ごすか、貴族との顔繋ぎを望む商人の子供達が主に通い、学費が高いため、平民が在籍する事は希である。


国の娯楽として闘技場があり、有力諸侯や商人が、自らが所有する奴隷を戦わせたり、賞金や名声を求めて、冒険者等が自主参加している。


日常的に開催される賭け試合の他に、王国が主催する大会が年に一度あり、そこで優勝すれば、かなりの額の賞金と共に、希望すれば仕官の道も開けた。


国が安定するまでに、多くの戦争や内乱を経てきたせいで、白人だけではなく、様々な人種が存在する。


魔法が未熟なせいか、医学や薬学は文明の割にはよく研究され、公衆衛生の面でも、海に面し、湖や河川に恵まれたお陰で、拙い上下水道と、公営の銭湯が整備されている。


全国的な組織としては、商人ギルドと冒険者ギルドが存在し、その他の職種には、必要に応じて組合に似た小規模のものが作られている。


宗教が存在し、国教はないが、幾つかの宗派が信者を分け合っていた。


「先ずは身分証を作らねばならんな」


ここまで転移でやって来た和也は、当然そのような物を持っていないし、この世界のお金もない。


ここに来る前、今の住民の生活をざっと観察して、その暮らしに何が必要かくらいは理解していた。


お金はやはり、貴金属を鋳造したものが主流で、宝石の類は、特別な物を除き、装飾品として用いられる。


国内にある、ルビーとサファイアの鉱脈から、純度の高い2カラット分の塊を十数個抽出し、それを上着のポケットに終ってから、和也は町を透視して、真っ先に衛兵の詰め所まで行く。


そこの門番に声をかけ、異国から流れ着いて直ぐ、身分証入りの財布を掏られたと申し出る。


暫くそこで待たされた後、責任者らしい男性と面会できたが、面倒臭そうに、再発行には銀貨2枚いると告げられ、ルビーを1つ出してみる。


その真贋を迷ったようだが、和也の身なりを見て、異国の元貴族とでも思ったのか、それと引き換えに身分証を発行してくれた。


本物なら、金貨2、3枚分の価値はある。


仮令偽物で損をしても銀貨2枚だから、賭けてみる事にしたようだ(男性は自分の財布から、銀貨2枚を支払った)。


名前と生まれた年、職業若しくは爵位と出身地を聴かれたが、名前以外は適当にごまかす。


18歳で、随分前に滅んだ小国の、男爵家出身だと伝えたら、少し考えてから、この国の一般市民として登録してくれた。


税金(市民は年に銀貨50枚、日本円で15万円程度。商人には、別途に他の税がかかる)が安く済むので、こちらもその方が良い。


毎年4月(暦には、十二進法が使われている)に、身分証持参で、最寄りの役所に納めねばならないらしい。


この国では、何をするにも(日常的な買い物は別)身分証かギルドカードの提示が必要なので、脱税目的で作らないという選択肢は取れない。


男性に礼を述べ、今度は冒険者ギルドに顔を出す。


広い室内に設置された、幾つかの掲示板を眺めた後、ほぼ何でも屋なのを確認すると、受付の1つに並ぶ。


やがて順番が回って来て、笑顔で対応してくれた女性に、登録を願い出る。


和也は本来、他者から評価付けされようとは思わないが、今回の目的には必要な事と理解して、それを受け入れる。


銀貨1枚が必要らしく、今はこれしか持ち合わせがないとサファイアの粒を1つ置くと、その女性は直ぐに1つの依頼をこなす事を条件に、親切にも立て替えてくれた。


渡された依頼書には、『犬を探して』と書かれている。


裕福な商人の子供かららしく、報酬は銀貨5枚。


但し書きに3日以内とあり、その期限が今日であった。


これまで誰も見つけられず、ギルドとしても手数料(2割)が取れない。


だから駄目もとで尋ねてきたらしい。


依頼を完遂させれば、その場で報酬とカードを貰えるというので(失敗した場合は、違約金込みで、後日銀貨2枚を持参するように言われた)、その犬の特徴と名前を確認し、早速探しに出る。


広い町中を透視すると、6㎞(長さや重さ等の単位は、現地のものを和也が慣れたものに変換している)先の路地裏で、他の犬と共に残飯を漁っていた。


そこまで転移し、捕獲した犬に浄化の魔法をかけてギルドまで連れて行くと、先程の受付嬢は酷く驚いて、約束通り、銀貨4枚とギルドカードを渡してくれた。


周囲には自分を小馬鹿にするような視線を寄越す者もいたが、アルミでできたカード(材質で5段階のランクに分かれる。最低のDランクはアルミ)の認証部分に魔力を通し、己の物とする。


そうする事で、次回以降に異なる魔力の者が持てば、認証部分が反応するらしい。


因みに、ランクが上がるごとに別のカードに交換されるが、その度に、材質に応じた費用を取られる(前のカードはギルドが買い取る)。


『失くさないで下さいね』という声に見送られ、建物から出ると、やっと自由にこの国を歩ける。


今回の目的は『ざまあ系』の実践と観察。


エリカとの約束で己を実験対象にできない以上、その候補者を探さねばならない。


道の端に寄って、暫し考える。


最初の一人は誰にしようか?


この国に精通していて、長く働いて貰う以上、なるべく若い者が良い。


考える和也の視界に、粗末な衣服で主に従う、奴隷の姿が映る。


思わず眉を顰めるが、そこで思い付く。


そうだな、奴隷を買おう。


人を売買するのは嫌いだが、自分が購入する事で、少なくともその者は助かる。


そう考えて、町を透視し、奴隷商人の館が集まる場所に転移する。


歓楽街のように、同じ職種の店が集まっていた方が、客は他と比較し易く、無駄足になる事が少ない。


3軒ある館の内、入り口で、宝石で支払えるかを尋ね、可能だった1軒に入る。


和也の身なりを見て、店主は彼を応接室に通すと、予算と好み、要求する能力を尋ねてくる。


とりあえず金貨30枚までで、若くて品性と教養のある人物を頼むと、店主の顔つきが若干変わる。


どんな用途を考えているのかと重ねて尋ねられたので、事務と雑用、できれば多少の戦闘もと答える。


「性的な奉仕は、一切ご希望ではないと?」


和也の眼をじっと見つめ、確認するかのように尋ねてくる。


「自分は、自己に選択する権利や意思を持たない者から、それを受ける気にはならない。

女性を道具のように扱い、その心を無視して欲望のみを満たそうとする者を、自分は嫌悪している」


「お客様、ご相談がございます。

少しお時間を頂けますか?」


「?

別に構わないが」


「実は当店には、長く買われる事のない、一人の若い奴隷が居ります。

若いと言っても、もう18歳ですが、気品、教養は申し分なく、その人間性も保証できます。

・・ただ、その者の購入に際しては、幾つかの条件があり、先ず1つ目は、性的な奉仕をさせない事。

そして2つ目は、貴族には買われない事。

最後に、最低価格は金貨50枚。

・・価格も然る事ながら、性的な奉仕をさせないというのは、若い女性をお求めになるお客様には論外でして、もう2年以上も売れ残っております。

如何でしょう、お支払いは多少ならお待ち致しますので、ご覧になってみませんか?」


「・・分った。

会うだけ会ってみよう」


「有難うございます。

少々お待ち下さい」


何故か、店主がほっとしたような表情を見せる。


彼は礼を述べると直ぐ、別室へと赴いて行く。


数分後、その彼は一人の女性を連れて戻って来た。


「お待たせ致しました。

こちらが、当店随一の女性になります」


和也は、示された相手をよく見る。


美しい。


色白の肌に、均整の取れた長身。


金色の髪と青い瞳が、豊かな胸と細い腰に、色気よりも気品を与えている。


意外にも、身に着けている服は普通で、漫画によくあるような、粗末な物ではない(勿論、靴もちゃんと履いている)。


その相手は、まるで向こうが買い手の如く、和也を品定めするような視線を向けている。


「ミザリーと申します」


和也に対して、たったそれだけを告げると、優雅に頭を下げてくる。


『ジャッジメント』


和也が二人の過去をざっと見る。


・・・成る程。


そういう事か。


それから、購入資金を作るため、この国の金鉱を探し当て、金貨50枚分の砂金を抽出し、それを革袋に詰めて、収納スペースに入れる。


『いつかここの王室には、何らかの弁済をせねばならないな』


そう思いながら、口を開く。


「購入しよう」


「え!?」


女性が驚いて和也を凝視し、店の主が条件を再確認してくる。


「お客様、今一度確認致します。

こちらの女性は、性的奉仕をなさいません。

それから、お支払いですが、金貨50枚以下には御負けできませんが・・」


入り口で身分証を確認しているので、和也が貴族でない事だけは、既に証明されている。


「分っている。

他にも何か、守らねばならない事があるなら教えて欲しい。

自分が直接奴隷を購入するのは、これが初めてになるから(ユイとユエは、お金で購入していない)」


「・・購入した奴隷に対しては、1つだけ、その奴隷が要求した願いを守らねばなりません。

彼女の場合、それが『性的奉仕の拒絶』に該当します。

もしこれを破ると、即座に奴隷紋が消滅し、その奴隷は自由の身になります。

そして、それには奴隷本人の主観が反映されないため、例えば彼女の方から貴方にすり寄り、自主的に性的奉仕を行ったとしても、粘膜接触(キスを含む)を行った途端、奴隷紋が消滅してしまいます。

ですから、主人の方でも変な要求を掲げる奴隷を避ける傾向にあり、現在主に認められているのは、『命の保証』、『転売の禁止』、『子を孕む事への拒絶』の3つです」


「成る程、よくできている。

『命の保証』なら、主人からの虐待を防ぐだけではなく、その者を戦場にも出せない。

『転売の禁止』は意に添わぬ者への売り渡しを防ぐと同時に、主が亡くなるか、その家が滅亡すれば、自由になれる。

『子を孕む事への拒絶』は、可能性の問題だな。

(避妊具の存在しないこの世界で)性行為をしても良いが、その代わりもし孕めば、自由になれる。

行為自体の拒絶ではないから主人も見つけ易い上、相手が子供を欲しがれば、それをネタにして色々と交渉できる(飽く迄孕む事が要件で、産む必要まではないから)」


「仰る通りです。

なので、彼女の『性的奉仕の拒絶』は、寝ている主を自分の方から襲う事もできるという危険性があり、無闇に同衾すらできないため、高額の代金を支払ってまで買おうとする方が居りませんでした。

一般の方に、そうそう買えるお値段でもありませんし・・。

・・本当に、お買い上げ下さるのですか?」


「買う」


「1つだけお聴きしても良いかしら?」


それまで黙っていた彼女が、和也を見つめて尋ねてくる。


「何だ?」


「どうして私を買おうと思ったの?」


「1番の理由は、『ざまあ系』に適していたからだ」


「は?

何それ、どういう意味?」


「その内分る」


和也は、収納スペースから砂金の袋を取り出し、目の前のテーブルに置く。


それから、上着のポケットから、ルビーとサファイアの粒を全部で10個摑んで、同様に並べた。


「この袋には、金貨50枚相当の砂金が入っている。

それからこの宝石、純度が高いから、1つで金貨2枚にはなるはずだ。

換金手数料込みで、これを全部代金として支払う。

それで良いだろうか?」


「こちらと致しましては、金貨55枚以上でなら、お売りしようと考えておりましたが・・」


「自分は、懇意にしたい相手には、その代金を負けさせる事などしないし、きちんと利益も取って貰いたい。

貴方が彼女に立て替えた金額が金貨50枚、そして、これまで面倒を見てきた生活費等で金貨5枚、併せて金貨55枚。

それでは貴方の利益が出ない」


「・・何処まで知っていらっしゃるのですか?」


少し警戒する素振りを見せた店主に、和也は言う。


「彼女が奴隷に落ちた経緯くらいだ。

大丈夫だ、自分はアンザス家との繋がりもない」


「「!!!」」


二人の表情が、更に厳しいものになる。


店主が、奴隷であるミザリーの顔を見る。


「どうしますか?」


和也の口からアンザス家の名が出た事で、最終判断を彼女の意思に任せる積りのようだ。


「・・この方の下に行きます。

知らない顔だし、親子ほど歳の離れた人よりも、ずっと増しだから」


彼女がこちらを見て口を開く。


「本当にそれ全部、彼に払ってくれるのよね?」


「ああ。

あの時君を助け、今まで匿ってくれた恩人だろう?

金貨でなくて申し訳ないが、勿論全部支払う。

中身や純度を確認してくれ」


「・・暫くお時間を頂きます」


店主が和也にそう告げて、砂金の袋と宝石を、トレイに載せて運び出す。


後に残された二人は、互いに見つめ合う。


「何処かでお会いしたかしら?」


彼女の記憶には存在しないが、和也が自分達の事情をある程度把握しているようなので、念のため確認してくる。


「いや、初対面だな」


「ならどうして色々知ってるの?」


「ノーコメントだ」


「何それ?」


「言いたくない、言えない、そのどちらかの意味だ」


「奴隷に落ちた私を、馬鹿にしてるの?」


「滅相もない。

ただ、年頃の男性には、色々と女性に言えない秘密があるのだ」


「可笑しな人。

もしかして、この国の人ではないの?」


和也の服を見ながら、そう聴いてくる。


「そうだ。

提示した身分証は、先程適当に作って貰ったものだ。

自分は今日、この国に初めて来た」


「何で奴隷を買いに来たの?

あちらの処理のためではないのでしょう?

当座の道案内か雑用?

それにしては、随分と高い買い物だけれど」


「正直に言うと、自分の趣味と仕事を手伝って貰う人材を探しに来た。

君は貴族の出だから、教養はあるのだろうが、戦闘の方はどうだ?」


「アンザス家の事を知っているのなら、私の家名もご存知なのでは?」


「確かレグノス家だったな。

それがどういう家かは知らないが」


ジャッジメントでざっと流し見た過去は、彼女達が犯罪を犯していないか、和也の求める事実がどれかをクローズアップさせたので、他の要素は、映像の早送りの如く、ただ流れて行くに過ぎない。


「代々優秀な剣士を輩出してきた家柄よ。

御多分に漏れず、私も幼い頃からある程度の修練を積んではきました。

父に言わせると、それ程才能は無かったようですが」


何かを懐かしむような、そんな表情を見せた彼女に、和也は続けて問う。


「人や魔物を斬る事に、躊躇いはないか?」


「重度の犯罪者や、自分に危害を加えそうな人、害のある魔物ならね」


そこで、鑑定に出ていた店主が戻って来る。


「お待たせ致しました。

鑑定の結果、仰る通り、純金と、高純度の宝石のみでございました。

総額にして、金貨74枚分と評価致します。

失礼ですが、本当にこれを全部宜しいのですか?」


「ああ。

貴方も商売なら、儲かる相手からはきちんと稼ぐべきだろう。

それから、申し訳ないが、これも両替してくれないか?

この国に来たばかりで、まだここのお金をほとんど持っていないのだ」


そう言って、上着のポケットから、残りの宝石を5つ出す。


「分りました。

貴方のお陰で、今日は良い夢が見れそうです」


再度席を外した彼を見送り、ミザリーが、先程までより優しい目で和也を見てくる。


「私を高く評価してくれて有難う。

彼には本当にお世話になったから、少しでも恩が返せて嬉しいわ」


「君の父親の友人だったよな?」


「ええ。

学生時代からの親友だったみたい。

あの時、彼があの場で私を買い取ってくれなければ、私は借金の形に、娼館に売られるか、何処かの貴族の妾にでもされていたでしょうね」


「彼からお金を借りるだけでは駄目だったのか?」


「父が亡くなり、屋敷も借金の形で売られて、返せる当てが全くなかったし、奴隷に落ちればその制約である程度身を守れるから、私の方からお願いしたの。

友人の娘だからと、奴隷になっても普通の部屋を与えられ、食事まで同じ物を出して貰えたし、私の制約以外にも、彼の方で条件を付けて、変な客には紹介すらされなかった。

だから、私を売る時は、必ず借りた金額以上で売ってとお願いしていたの」


成る程。


自分は彼の御眼鏡に適ったという訳か。


「お待たせ致しました。

先ずはこちらが、両替分の金貨12枚でございます」


それが載った小さなトレイを和也の前に置く。


「それから、こちらが彼女の所有者であるという証明書。

既にお売りした今日の日付、取扱店である当店の印章が押してあります。

後はそちらに、主人である貴方のお名前を記入し、奴隷の欄に、彼女が承諾のサインをするだけで、形式的な手続きが完了致します」


二人がそれを済ませると、今度は実質的な手続きに入る。


「ではミザリー、壁に向かって立ち、上着をたくし上げて下さい」


彼女がそうすると、腰より少し上の右側に、拳大の奴隷紋が現れる。


店主はそこに己の指を当て、自分の魔力を注ぎ込む。


奴隷紋が一瞬輝いて、少し色が変化する。


「この状態の紋に、10分以内に貴方の魔力を注げば、契約は完了です。

本来なら、その間に逃亡される事を恐れて、奴隷の身体を拘束してから行うべきですが、当店では、商品である彼ら(彼女ら)を信用して、お客様が特にそう望まれない限り、そこまで致しておりません。

さあ、どうぞ」


店主が退き、和也に手続きを促す。


「もしそれをしないとどうなる?」


「今は一時的に契約を解除している状態ですので、10分の経過と共に奴隷紋は消え、貴方がその証明書を持参して、1年以内に国に訴え出ない限り、彼女は以後、完全に自由になります。

裁判には時間も費用もかかる上、当人が国外に出てしまえば、もうそれすら不可能です。

ですから、お早く・・」


「ならそのままで良い」


「は?」


「奴隷紋の存在は不要だ。

自分としては、元々彼女とは、上司と部下の関係を望んでいる。

その美しい身体に、彼女が望まぬ刻印を与えて置く意味がない」


「本当にそれで良いの?」


衣服を降ろしたミザリーが、こちらを向いて、探るようにそう尋ねてくる。


「ああ」


「紋が消え次第、貴方の下から逃げるかもしれないわよ?

そうなっても、払ったお金はもう戻らないのよ?」


「それでも構わん。

もしそうなったとしたら、自分の人を見る目を、より磨けば良いだけだ。

それに、君に後で、『あの時彼の下を去らなければ・・・』と、悔しがらせる事もできる」


「・・・」


彼女が和也の瞳をじっと見る。


「何て呼べば良いの?」


「ん?」


「貴方の事。

ご主人様、旦那様、それとも和也様かしら?

・・私、貴方にずっと付いて行くと決めたわ。

自分の意思で、考えで、それを選択する」


「・・では、『和くん』(和也がゲームで主人公に入力する名前)で」


「それはちょっと響きが嫌」


「親愛度がまだ足りていなかったか」


苦笑する和也。


10分の経過を以って、ミザリーの奴隷紋が消滅する。


店主に何度も礼を述べられ、館を出る和也の隣には、外行きの服に身を包んだ、笑顔のミザリーがいた。

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