『ざまあ系』への、かくも遠き道
第1話
「最近は、こういうのが流行りなのだな」
先日、ネットショップで大量に購入したライトノベルを読んでいた和也。
ゲームほどではないが、暇な時間の友として、半年に一度くらいの割合で、ある程度の量を纏めて購入している。
その主な基準となるのは、表紙のイラストと、書名、若しくはお気に入りの作者名である。
特にイラストの力は大きい。
購入を迷った時は、ほぼこれが決め手になる。
和也の中では、どんなに良い小説でも、主人公やヒロインのイラストが自分の好みに合わなければ、その価値は半減する。
読んでいる間、頭の中で、ずっとそのキャラのイメージが付きまとうのだから、これはある意味仕方がない。
自分に合わないキャラなら、彼には寧ろ、イラストなど無い方が良い。
人は誰しも、書物を読む時、頭の中にその主人公やヒロインのイメージを形作る。
だから、お気に入りのネット小説が書籍化する際、その表紙を逸早く調べて、喜んだりがっかりした経験は、多くの者にあるのではないか。
特にライトノベルは、アニメ化や漫画化される物がよく出るから、そのイラストの良し悪しが、売れ行きを左右しかねない。
表紙を見れば、発売元の出版社が力を入れている作品かどうかまで、ある程度は判断可能なのだ。
ただ、これだけに頼り過ぎると、一昔前のレコードのジャケ買いのように、大きく外す事もある。
それも含めて楽しいのだろうが、予算が限られる人には、きついかもしれない。
和也の場合、好みに合わない本は、全て焼却処分している。
古本屋に持って行ったりはしない。
そんな時間も手間も惜しいし、古本屋に真新しい本が何冊も並べば、その作者にとっては、本の売れ行きにも係わる。
今のこの業界は、当たればラッキーとでも言うかのように、実に多くの本を出版する代わりに、陸な宣伝費もかけず、出した本が一定数売れなければ、2、3巻で直ぐに出版を打ち切る。
仮令己の好みには合わなかったとしても、その本の代金だけは、(古書店に売って僅かな金額を回収する事なく)しっかりと作者に支払ってあげたい。
そう考える、和也である。
因みに、和也が本の内容と同等にイラストを重視するのは、本を読むという行為が、彼にとっては完全に娯楽、遊びだからである。
人類が誕生してからこれまで、他の星も合わせれば、1億年以上は人の暮らしを見てきた和也。
当然そこには、まだ書物となって語られていないような、様々な事も含まれる。
その時々の人の弱さ、醜さ、狡さを嫌と言う程見てきた彼は、現代の書物を読んで何かを考えさせられるという事がないし、そうする気も起きない。
だから専ら、楽しむため、癒しを求めるため(これはエリカに出会う前まで)だけに読んできた。
本を選ぶ際、自分のお気に入りのイラストを重視する彼の姿勢は、誰も周囲に居なかった以前の彼が、せめて架空のキャラを傍に置いて、その寂しさを紛らわせていた事に由来する。
「何の事ですか?」
和也の独り言を、側で同じように本を読んでいたエリカが耳にし、その中身を尋ねてくる。
「地球では、近頃『ざまあ系』なるジャンルの本が、流行っているらしい」
「ざまあ系?
どういう意味でしょう?」
エリカが可愛らしく、小首を傾げる。
「先日買った数十冊の本の内、約半分がこの系統だったが、その内容を要約すると、いじめに遭った者が、後日その加害者達に復讐するというものだな」
「まあ、何だか殺伐とした内容ですわね」
和也の影響で、物語はハッピーエンドしか読まない彼女が、柳眉を顰める。
「それがそうでもないのだ。
大体は、読み手の気分が晴れるように書かれている。
長年パーティーに尽くしてきたのに、ある日突然、無能や役立たずを理由に解雇されて、その直後に真の力に目覚めて、いじめっ子達を見返すとか。
勤め先で馬鹿にされて、クビにまでなったが、実は凄い能力者で、辞めた途端にあちこちから誘いがくるとか。
上司だった者達だけが、その者の力を把握していなかったという設定だな。
上級者向けには、そこに恋愛まで絡み、恋人を寝取られたとかいう設定まで付加される」
「・・随分と都合の良い設定ですわね。
人を使う立場だったわたくしから言わせて貰えれば、その者に本当に能力があれば、使う側に分らないはずはありません。
嫉妬や嫌悪で、目が曇っていたという事にしてあるのですね。
それに、解雇されたら真の力に目覚めたというのは、停止条件なのでしょうか?
それなら、ある意味仕方がないのでは?
少なくとも、そのパーティーの人間にとって、その者は必要とされる能力が無かったという事ですから、クビになっても一概には酷いと言えません。
生死に係るなら、寧ろ当たり前でしょう。
要求される能力が無い、若しくは出せなかったというのは、その者の責任です。
ここでも、彼らがその者の貢献に気付かないという前提があるのですね?
他の者達との共生では、多少は自分の力をアピールしないと、望む報酬を得るのは難しいです。
その者は、きちんとそれをしたのでしょうか?
それから、女性が他の魅力ある男性に靡くというのは、自然界ではよくある事じゃないですか。
その者だって、能力を得てから、恐らく似たような事をするのでしょう?」
「確かにそういう傾向が多く見られるが、中々に手厳しいな。
こういった話は、仕返し(見返す)までに、如何にやられ役のヘイトを高めておくかが肝になるから、ある程度大袈裟になるのは仕方がないと思うぞ。
自分が過去に学んだ時代劇なるテレビ番組でも、最後に斬り捨てられるまで、悪役の行動は酷かった。
その分、彼ら(女性は、正義の味方が斬る事に視聴者の抵抗があるのか、時代劇ではほとんど悪役にならない)がやられた時に、視聴者が下げる溜飲の量が多いのだろう」
「わたくし、この手の本を読んでいて時々強く感じるのですが、男性が多くの女性に手を出しても、あまりヒロイン達からとやかく言われませんが、女性が同じ事をすると、男性陣は『寝取られた』とか『ビッチ』とか、酷い言葉を使ってその女性を攻撃しますよね。
男性の方が物分かりが悪いという以前に、そこには書き手の強い憎悪があるように見受けられます。
文句を言うくらいなら、女性にそうされないように、自身を磨き続ければ良いだけですし、その女性が愚かで、主人公の価値が分らないと言うのであれば、それこそ、そんな女性を気に掛ける必要などないでしょうに」
和也が自分以外の女性を愛しても良い。
二人がまだ愛し合って間もない頃、和也とエリカは、その事について深く話し合った。
その時エリカは、『行き場のない気持ちを抱え、絶望の涙を流す人の手助けができるなら』と、彼の背中を押した。
その考えの根底には、勿論自身を他者に置き換えた際の、哀れみや同情も大きく存在するが、それを甘受してもなお、彼女にとって、和也の絶対性は不変だという認識も強く在る。
同様に、魅力的で能力の高い女性が、一人でも多く彼の周りに集まれば、その分彼の輝きが増し、その心も癒されるだろうという、打算に近い考えも存在する。
だからエリカは、和也が娶る女性の貞操と、その考え方を和也以上に最重要視するし、妻達や、和也と関係を持った眷族が、他の男性に目を向ける事を許さない(『器』であれば、そもそもそこは問題にならないが)。
それは即ち、和也とその浮気相手を同等の存在として見る事に繋がり、彼女には、決して許せぬ事だからだ。
そして、そういった考えを維持したまま、その男女関係が和也とは無縁に語られる時、彼女はとても公平になる。
男性がしても良い事なら、女性だって問題ないのでは?
男性が次々女性に手を出していくのなら、何故女性がそうしては駄目なのですか?
彼女は、そう言っている。
「・・これは飽く迄も主観だが、それはその作者や読み手、ユーザーの中に、不文律が存在しているからだろう。
彼ら(彼女ら)には、犯してはならない決まりがあって、そこから少しでも逸脱した言動や行為を目にすると、それはルール違反だという、強い反感が生じる。
だからお互い、その好みで棲み分け、作者は無用な攻撃に晒されないよう、その作品がこういうジャンルだと予め明示する義務感を感じる。
お前が読んでいる本は皆、自分(和也)の側、自己の仲間や所有物を大事にする、主に男性視点の作品なのだから、暗黙の了解から外れた行為をした女性ばかりが攻撃されるし、そうでなければ読者のヘイトが溜まらない。
あちら側の本や作品を試せば、お前が述べた事や、もっと極端な事例がどんどん出てくる。
自分は決して試そうとは思わないが」
「成る程。
プロの皆さんは、本当にご苦労なされているのですね。
わたくしは、あなたの蔵書や購入品にしか目を通してはきませんでしたので、全てがそういう物だと誤解致しておりました。
お恥ずかしいです」
「お前にそこまで感情移入させるのだ。
それだけ、作者の書き方が上手いという事だろう。
かの国の、こういった分野における力量は、他国を大きく凌いでいる」
「御免なさい。
わたくしのせいで、あなたのお話の趣旨がずれてしまいましたよね?
本当は、どのような事を仰りたかったのですか?」
エターナルラバー(和也がエリカに与えた星の名)にある、エリカと和也だけの館で、蝋燭の灯りだけが周囲を照らす中、ベッドサイドの小さな木製のテーブルに、読みかけの本を置くエリカ。
ベッドの上で両ひざを抱え、話を聴く態勢に入る。
「・・そんなに大した事ではない。
片手間に聞き流してくれた方が助かるのだが、少し試してみようかと思ったのだ。
・・この、ざまあ系なる中身を」
「・・どのようにですか?」
「自分を知らぬ何処かの星に赴いて、『死なない』という以外には何の能力も持たないという設定を己に施して、そこで様々な人々と接しながら、彼ら(彼女ら)が自分をどう扱うか、その時自分がどう感じるのかを。
真面目に、誠実に生きても、無能というだけで、親や身内、仲間だった者達から、ある日突然馬鹿にされ、虐げられるものなのかを。
ダメージが大きいから、恋愛系の『ざまあ』だけは避けたいが、他で色々実験してみるのも・・・」
「あなたは、その星を消滅させる気なのですか?」
エリカが無表情になって、淡々とそう言い放つ。
「何?」
和也が驚いて聴き返す。
「偶になら未だしも、日常的にあなたを愚弄し、貶める者達が住む世界を、わたくし達妻が許容するとでもお思いなのですか?
仮令わたくしが耐えても、紫桜さんやマリーは、絶対に我慢しませんよ?
それに、そもそもあなたの六人の娘達が、それを見て、大人しく活動を続けるとでも?
わたくしには、その世界から一切の精霊力が消え去る未来しか見えませんわ」
怒りからか、呆れからなのか分らぬ、平淡な視線。
彼女が今まで和也に見せた事の無い、その眼差しを受けて、和也が怯みながらも言い訳を試みる。
「いや、自分としてはだな、人はどんな逆境に陥っても、怒りや憎しみだけではない、別の感情も持ち得ていると信じたいではないか。
仮令、新たな力を得るための原動力が負の感情だったとしても、力を得て困難を克服した後にまで、若しくは運良くそれらを乗り切った後に、執拗に相手を嬲り、貶める必要を感じない者だって多いと思いたい。
己がされた事を、ただ倍にして返すだけなら、その相手は成長しない。
偶々運が悪かったと思うくらいで、他の者に同じ事を繰り返すだろう。
相手が自ら反省し、改善しようと思うように仕向けなければ、単なるループを描くに等しい。
だから自分は、とりあえず誰にも迷惑をかけない方法で・・・」
「各方面に、多大な迷惑がかかると、先程ご理解頂けましたよね?
それに、その役をあなたがしたのでは、何の意味もありませんわ。
あなたは神。
その精神力を、人の範疇で考えても無意味です」
駄々を捏ねる子供をあやすかのように、今度は微笑みながら、そう告げてくる。
「・・そう言われると、確かにその通りだな。
では、『ざまあ系』の別バージョンにしてみよう」
「別バージョン・・ですか?」
「うむ。
他者から酷い仕打ちを受けたり、全く評価されなかった者が、田舎に引籠り、細々と生きて行こうとするのだが、何故か周りが放って置かないというパターンだ」
「・・それもまた、仲間や上司が無能、若しくは見る目が無かったという前提ですのね。
そういったものがそんなに流行るなんて、かの国は大丈夫なんですか?」
エリカが溜息を吐く。
「安心しろ。
有紗がよくやってくれているし、平和だからこそ、そういった発想が数多く生まれる面もある。
恐怖と不安に支配された国では、危なくて、人は上の人間をやたらに批判できない。
自由が保障された国ならではの思想だと、寧ろ喜んでも良いくらいだ」
「でもそのバージョンも、あなたには無意味であり、無駄ですわ」
「何故だ?」
「ご自分の、これまでの人生を振り返ってみて下さい。
あなたがお創りになり、慈しんでこられた世界で、そこから生まれた者達は、あなたをまともに評価してきましたか?
誰からも褒められず、声をかけて貰えず、憎しみや怨嗟の声ばかりが聞こえてきて、その心は乾き切っていたのではないですか?
そしてその心を癒すためだけに、あなたは人の下に降りて来られた。
誰か一人で良い。
たった一人で良いから、ご自分を愛して欲しい。
そうお思いになっていたあなたの周りに、一体今どれ程の方々が、集っていらっしゃるとお考えなのですか?
あなたのこれまでの生き様は、正にその『ざまあ系』なのでは?」
「・・自分はその事で、他者を恨みはしなかった。
誰かを憎いとも、仕返しをしたいと考えた事もなかった。
唯々自分を理解してくれる、そのたった一人を求めて、地に降りて来たのだ。
・・お前の言う通りだ。
自分には、この系統は意味を成さない」
反省したように、俯いて苦笑を漏らす和也。
少し言い過ぎた感のあるエリカは、その彼の表情に、心を締め付けられる。
それには、確かに見覚えがあるから。
出会って間もない頃、まだ自分と愛し合う前に見せていた、当時の彼のものに他ならないから。
「御免なさい。
わたくし、言い過ぎました。
あなたを傷つける積りなんて、全くありませんでしたのに・・」
和也の背後に回り、その両腕で、しっかりと彼を抱き締める。
「謝る必要などない。
軽はずみな事を口にした、自分が悪い」
「・・でもどうしていきなりそんな事を仰ったのですか?
何か理由がお有りなのでしょう?」
「自分がやっているゲームには、この系統は見当たらないのだ。
今の所、書物に特有のものかもしれないので、いっその事、実体験で済ませようかなと・・」
「心配して損しました」
和也の頬に、思い切り口づけると、彼をそのまま押し倒すエリカであった。
数日後、とある星で、和也の姿を見かける。
これまで妻に与えた星ではない、彼にとっても初上陸となる、未だ発展途上の星。
あの後、朝の光を浴びながらの食事の席で、エリカは言った。
『あなたが試してみたいと仰っていたもの、あなたが当事者ではなく、補助的な立場でなら、宜しいのではないでしょうか?』
和也本人が、仮令故意であれ、虐げられるのは見過ごせない。
でもそうされている第三者を助ける立場なら、その方々の為にもなる。
あまりやり過ぎると、時々誰かに手を差し伸べている事(眷族化など)と変わらなくなるから、飽く迄ほどほどに援助する。
そうして、その者達の心の変遷を見守っていくというのなら、彼女も賛成すると。
エリカにそう言われて、よくよく考えて見れば、自分がこれまでしてきた事の多くは、困窮者や弱者という、社会に虐げられてきた者達の補助であり、そういう者達が努力の末に見せてくれた輝きを、自分は既に知っているではないかと気付く。
無意識にしていた事とはいえ、己の迂闊さを笑った和也だが、折角エリカの賛意を得たのだから、新たな場所で、何かを始めてみるのも悪くはない。
元来、人を育てるのが好きな和也は、有紗の手伝いで寂しさを感じていた事もあり、早速行動を開始するのであった。
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