番外編、クリスマスは三人で

 ピンポーン。


25日の正午、有紗の住む億ションの部屋に、インターホンの音が鳴り響く。


未だベッドで眠りに就いていた和也は、その音に反応し、玄関の向こう側を透視する。


案の定、皐月が目一杯のお洒落をして、ドアの前に立っている。


『入って来て良いぞ』


彼女に念話でそう告げると、鍵を開ける手間さえ惜しいのか、玄関先に転移して靴を脱ぎ、更に寝室まで直接転移してくる。


「まだ寝てたの?

・・社長は?」


和也の隣に有紗が居ないので、そう尋ねてくる皐月の後ろで、ドアが開く。


「やっぱりお昼きっかりに来たわね。

そんなにおめかしして、まるで初デートに行く初心なみたいよ?」


シャワーを浴びていたらしい有紗が、バスローブ姿のまま、タオルで髪を拭きながら、皐月を茶化す。


「その通りですから。

今の私は18歳の、花も恥じらう乙女です」


「そのくらいに見えるというだけでしょ。

実際は、・・いえ、この話はお互いに不毛なだけね」


この日は特別に、有紗も皐月も眷族化の際固定した本来の姿に、対外的にも戻っている。


以前のクリスマスで、有紗が自分と外見上の釣り合いが取れていない事を悲しんでいると気付いた和也は、それ以降、イブと25日だけは、彼女の姿を本来のものに戻して過ごす事に決めた。


なので、同じ日を共に過ごす皐月も、25日は本来の姿でやって来ている。


「やはりその姿には、今のような服装の方が似合うわね。

仕事用のスーツだと、お互い背伸びしている感じがするもの」


皐月が身に着ける、明るい色のニットに目を遣りながら、何処か懐かしそうに目を細める有紗。


「でも、スカートの丈が少し短過ぎない?

黒いストッキングが、何だかエッチに見えてしまうわ」


「・・やはりそう見えますか?

随分迷ったのですが、今日はあの頃にはしなかった服装で、彼に会いたかったので・・」


「どうして?」


「この姿だった当時の私には、周囲の同世代の男性がしっくりこなくて、周りの華やかな空気に憧れつつも、クリスマスはいつも母と自宅で過ごしてきました。

でも今は、私の方から愛を囁ける人がいる。

一緒に居たいと願う相手がいる。

・・だから、以前とは違う自分を演出してみたかったのです」


「だってさ。

ほら、彼女に何か言う事があるでしょ?」


有紗がベッドから起き上がった和也に向けて、言葉を催促する。


「・・良く似合っている。

クリスマスだからかな」


「?」


「赤と黒。

以前この星を観察していた際、とある国では、クリスマスにはその色を身に着ける者達だけが、特に幸せそうだった。

・・良くも悪くもな」


赤いニットのカシミアセーターに、黒いタイトのミニスカート、そして黒のシーム入りストッキング。


胸の部分の盛り上がりと腰のくびれ、足の美しいラインが、それらをより蠱惑的に見せている。


「・・40点。

赤点かしらね」


溜息を吐きながら、彼に珈琲を差し出す有紗。


「良いじゃありませんか。

この方が彼らしいですよ。

この人が口まで達者になったら、色々と面倒でしょう?」


笑ながら、皐月が和也を弁護する。


「それもそうね。

身持ちが堅くて助かるけど」


苦笑しながら、着替えのために隣室に向かう有紗。


珈琲を飲みながら、和也が皐月に問う。


「今日の事で、何かリクエストはあるか?」


「何でも良いのですか?」


「ああ。

お前の希望に、可能な限り応えよう。

有紗もそれで良いと言っていた」


「じゃあ、・・・最後はベッドの中で過ごしたいです」


恥ずかしいのか、声が小さくなる。


「・・別に構わないが。

有紗からも、今日はお前を優先して欲しいと頼まれている。

だが、それだけか?」


「後はお任せして良いですか?

私、デートというと、ありきたりな事しか浮かばなくて。

何せ、ほとんど経験が無いので」


和也の眷族になってからも、大体は夜の予約がらみで、日中に外で、何かを一緒にやった事はあまりない。


皐月はゲームもしないし、カラオケにも興味はなく、買い物さえ、必要な物しか買おうとはしない。


本は読んでも漫画は読まないし、体形の維持も必要なくなったので、水泳からも遠ざかっている。


「自分だって決して上級者ではないぞ?

その知識のほとんどは、書物とゲームから得ているのだから。

・・だがまあ、折角だから、無い知恵を絞って何か考えよう」


ベッドから出て、シャワーを浴びに行く和也。


入れ替わりに、身だしなみを整えた、有紗が入って来る。


「もしかしたら、我慢できなくて始まっちゃうかなとも思ったけど、大丈夫だったみたいね」


皐月を見て、意味ありげに笑う有紗。


「そこまで飢えてはいません。

それを言ったら社長だって、時々朝の勤務時間中に、連絡が取れませんよ?」


「それはほら、何日も徹夜で仕事をしてると・・分るでしょう?」


愛想笑いでごまかす有紗。


「狡いです」


「・・前から考えていたのだけれど、いっその事、貴女もここに住まない?

あの人の眷族になった貴女なら、その資格があると思うの。

部屋は沢山あるのだし、どう?」


「でも、ここには他の妻の方々もいらっしゃるのでしょう?

私が居ては、その方達が寛げないでしょうし。

・・それに、社長の夜を邪魔したくはないので」


「フフフッ。

この建物は防音がしっかりしているし、旦那様がプロテクトをかけるから、その点は大丈夫。

お互い、相手の許可なくは入れないわ。

けれど、他の妻の方々に気を遣うというのであれば、・・ああ、この間空きが出た、3階の部屋に住むと良いわ。

あそこなら1部屋分だし、広さもちょうど良いんじゃない?」


「私に買えますか?」


「何言ってるの、そのくらい、特別賞与として会社で買ってあげるわ。

それに、貴女の年収、既に手取りで3億超えているでしょう?

社長秘書と言ったって、実質はグループの№2なのだし。

主要4社の非上場の株だって、眷族になった時、旦那様から沢山貰ったはずよ?

言っておくけど、あれだけでも、もし上場したなら1兆円くらいにはなるからね」


「やっぱりそうですか。

要らないと辞退したのですが、社長の次にグループのトップに据えるから、持ってないと不味いと言われまして・・。

確かに法的には、少しは持たねばならないのですが、庶民の私には、些か管理に困る贈り物でして・・」


「慣れなさい。

旦那様に仕える以上、仕方のない事よ。

この世界では、大っぴらに私達の能力を使えない以上、お金という別の力で、管理していく他ないのだから」


「はい」


「・・今住んでいる所、家賃幾らだったかしら?」


「月13万円です」


「・・うちに入社して以来、一度も引っ越していないわよね?

もしかして私、世間からケチだと認識されてないかしら?

自分だけこんな場所に住んでて、腹心の貴女は普通の賃貸なんて・・」


有紗が微妙な表情をする。


「それはないですよ。

あれだけあちこちで寄付や慈善事業をなさってるのですから。

・・貴女の活動は、お金だけ出して、後は丸投げするようなものではないから、しっかりと、必要な方々に援助の手が行き届きます。

世における御剣グループの評判の半分くらいは、先代の貴女と、今の貴女の人格で得たものですよ」


「そうだと嬉しいけど、そこに貴女も入っている事、忘れちゃ駄目よ?

その実行のほとんどは、貴女が担っていたのだし」


「有難うございます。

・・お互い、随分遠くまで来たものですね。

進路指導室で初めて貴女をお見かけした時は、こんな状況になるなんて、思いもしませんでしたが」


「そうね。

本当に、遠くまで来たわ」


熱い珈琲を飲むその穏やかな眼が、こことは違う、何処か他の場所を眺めていた。



 暫くして、着飾った三人は、欧州のあるアンティークショップ街の近くに転移する。


今の彼女達の姿をあの国で晒すのは、色々と厄介事に繋がる。


二人共、人目を惹き過ぎるし、有紗の顔を知っている者も多い。


和也とて、今はいつものスーツに、黒いマフラーと黒のコート、黒の皮手袋を身に着けている。


今までは真冬でもスーツのみでいたが、以前、アリアに、『寒い時に薄着してると貧相に見えるわよ』と苦笑されて以来、その同伴者に恥をかかせないよう、人並の格好をするようになった。


そんな三人が街中を自由に歩くには、かの国はスマホ等が普及し過ぎている。


なので、国外の人間には然程興味を示してこない、この国へとやって来た。


目的は、彼女らに何かを贈るためだ。


今の二人には、新品で高価な物を贈っても、あまり意味を成さない。


勿論和也が贈れば、それは大切に扱われ、喜ばれもするが、それだけだ。


却って余計な気を遣わせる事にもなりかねない。


だから、皆で話し合った末、そこに遊び心を取り入れ、骨董市や店で、壊れていてもセンスの良いものや、古過ぎて最早修理ができない物の中から、好みの物を探す事にしたのだ。


和也が居れば、直ぐに新品同様に、若しくは全く問題ないように直せるのだから。


店の前から中を覗き、良さげな物があれば、とりあえずチェックだけをしておく。


そうしてある程度の数を見たら、各自が目を付けた物が置いてある店に入る。


最初は有紗が目を付けた、時計を売っていた店。


中に入ると、老齢の男性が気難しい視線を送って来る。


「この時計を見せて貰える?」


有紗が笑顔で、現地の言葉でそう尋ねると、途端に機嫌が良くなった。


「それは良い品だよ。

ちゃんと動けば、2万ユーロはする。

残念な事に、壊れて動かない上に、もうその時計の部品を、メーカーが持ってないんだ。

機械式の物だから、必要な部品の数も多い。

なので、そんな値しか付かないのさ。

観賞用の置物にしか、ならないからね」


値札には、80ユーロと表示されていた。


手に取って、じっくり眺める。


擦り切れた革のベルトを変えれば、女性の腕にも違和感のない作り。


有紗が和也に向かって頷く。


「・・これを貰おう」


そう言って、和也が男性に、100ユーロ紙札を手渡す。


「釣りは要らない。

夜に美味い酒でも飲んでくれ」


「おお、あんたら日本人かい!?

久々に気前の良い客が来たよ。

最近の外国人は、値切る事しかしなくなったからね」


きっとその者達は、他の観光地で何度もぼられているのだろう。


悲しい事に、美術品や骨董品の類では、先ずはお互いの腹の探り合いから交渉が始まる事が多々ある。


「良かったら、またおいで」


美少女二人を侍らせて、黒のサングラスで顔を隠した和也を、何処かのボンボンが背伸びしてるとでも思ったのか、孫くらい歳の離れた和也が、初対面の自分にため口を利いてきても、老人は微笑んでスルーしてくれた。


因みに和也は、自分が礼儀を逸しているとは感じていない。


宇宙の誕生から万物を見てきた彼には、仮令どんな歳の相手でも、子供と大して変わらない。


その彼が敬語を好んで使うのは、主にご婦人方に対してのみ。


それは、今まで読み、遊んできた、厖大な数の書物(漫画を含む)やゲームによって、無意識の内に、彼の意識下に刷り込まれてしまっている。


次に立ち寄ったのは、皐月が気に入った、ヴェネチアングラスが置かれた店だ。


異国の、学生のような若い三人に対して、やはり訝しげな視線を送られるが、この店も、自国語で挨拶されると、直ぐに笑顔を見せてくれる。


「いらっしゃい」


高齢に差し掛かった女性店主が、有紗と皐月の二人に笑顔を見せる。


「こちらのグラスを見せていただけますか?」


皐月が、細長い形の、透明なグラスを指さす。


「ヴェネチアングラスを買うのは、これが初めてかい?」


店主が真面目な顔をして、尋ねてくる。


「はい」


「・・これとこれ、どっちが良い物だと思う?」


店主が2つのグラスを手に取り、よく見せてくれる。


「・・素人目には、こちらがよく見えます」


皐月が、下部に少し傷のある方を選んで、そう告げる。


「あんた、若いのに中々見る目があるね。

ここに少し、傷のような跡があるだろう?

客の中には、それだけを見て、不良品扱いする奴がいる。

でもね、この傷は、これが手作業で作られた証であり、本物のヴェネチアングラスの証明でもあるのさ。

・・予算は幾らくらいだい?」


「え?」


「本当は売らなくても良いんだが、あんたの目は澄んでいる。

値段が折り合えば、取って置きのやつを出すよ?」


「幾らでも良い」


皐月に振り向かれ、その視線で問われた和也は、店主にそう告げる。


「へえ、随分と気前が良いね。

安心しな、決してぼったりはしないよ」


初めて和也を凝視した店主が、奥の方から1つの箱を持ってくる。


「これはね、価値の分らん奴が、はした金で置いてったのさ。

・・ほら、ここにほんの少しだけ、傷が付いているだろう?

だから、粗悪品だとでも考えたんだろうね。

見る人が見れば、ひと目で分かるのに、馬鹿な奴だよ。

・・あんたが最初に指差したやつの、最高級品だよ?

ムラーノの職人による、ザンフィリコ、フィリグラーナの極上の品。

仕入れ値は100ユーロだったから、特別に300ユーロで良い。

新品で買えば、800ユーロくらいはするからね。

・・どうだい?」


「買う」


品物を見た皐月の瞳が輝いたのを見て、和也が瞬時に返事をする。


上半分が白のレースガラス、ステムは海とイルカをイメージしたブルー。


そのグラスで飲むシャンパンは、嘸や美味しかろう。


「良い判断だ。

若いのに、金の使い方を知ってるね」


人によっては、店主のこれまでの説明を、紛い物を摑ませるための演技だと、疑う者もいるだろう。


実際、中○やルー○ニアなどで生産された品を、ヴェネチアングラスだと偽って売る店もある。


当人が納得して買えば問題ないが、産地の偽装は、詐欺にもなり得るのだ。


だが、有りとあらゆる偽りを許さない和也の眼は、出された最初から、それが本物のヴェネチアングラスだと見抜いている。


序でにその仕入れ当初にまで遡り、店主が支払った金額まで確認したが、彼女の言う通りであった。


「時に、今日はクリスマスだが、この町にサンタが来た事は?」


「?

知らないね。

少なくとも、あたしの所に来た事はないよ」


商品と引き換えに代金を支払い、礼を述べて店を出る三人。


皐月が和也に礼を述べると、有紗がクスクス笑いながら言う。


「面白いお婆さんだったわね」


「ああ。

今時珍しいタイプかもしれない」


「それで、さっきの質問の意図は何なのかしら?」


「正直者には福が来る。

ただそれを教えてやっただけだ。

・・その内、気が付くだろう」


彼女に渡したピン札の100ユーロ紙札3枚。


実はそれに、もう1枚ずつ100ユーロ紙幣が糊付けされていた。


余計な分の紙幣には、鉛筆書きで『サンタより』と落書きされており、和也達が店を出た後、レジの中で解けるようになっている。


少し陽が陰ってきたので、次の目的地へ向けて、さっさと転移する三人であった。



 「ここ何処?」


和也に連れられ、再び転移した先は、奥深い森の中。


背の高い木々に、只でさえ弱い日差しが遮られ、『鬱蒼とした』という言葉が、これ程当てはまる場所は他にないようにも思われる。


もし何の力も道具もない者がここに一人で取り残されたなら、自然の偉大さと、生命の危険を同時に感じるかもしれない。


「南米の、とある森の中だな」


有紗の問いに、サングラスを外しながら、和也は答える。


「今度は何をしに来たの?」


地球ほしの音を聴きに来た。

普段の喧騒から離れて、時には自然の中で、のんびりと呼吸するのも悪くはないぞ」


そう言いながら、和也は直ぐ近くの狭いスペースに、三人掛けの、木製のベンチを創り出す。


「1、2時間くらいだから、リラックスしながら目を閉じてくれ」


和也を中央に、その左右に有紗と皐月が座り、先程手に入れた品々は、其々がリングの収納スペースに、大切に終い込む。


空いた両手で、二人が其々和也の腕を抱え込み、身を寄せてくる。


「準備は良いか?

・・では、始めるぞ」


己の肩に頭を載せてくる二人に、そう声をかけて、和也も目を閉じる。


闇の精霊が、まるで開演を告げるかのように、三人の周囲を、その幕で優しく包み込んだ。



 激しい大地の揺れ。


無人の荒野に、何度も地を揺るがす音がする。


火山が噴火し、マグマが溢れ、巨石が大地を転がる音が聞こえる。


まるで地獄の軍勢の如く、地を流れ進む溶岩。


灰に覆われた暗い空を、岩が焼け爛れる赤い光が照らし出す。


時が過ぎ、大地を労るように雨が降り、静寂の世界に、地を跳ね返る、水音だけが聞こえる。


ピチャン、・・・ピチャン。


心の視界がゆっくり下に降りて行き、幾重もの層を伝って、地下に澄んだ水が溜まり出す。


それはやがて、はけ口を求めて小さな流れとなり、小川のような音を醸し出す。


地中から湧き出た清らかな水が、山々を下り、それらが1つに纏まって、川を作る。


より大きく急な流れは底石を洗い、それがせせらぎの音に変化を齎して、耳を楽しませる。


海ができ、そこに生命が誕生し、水中を棲み処とするもの達が、忙しく動き回る。


亀が悠々と泳ぎ、鯨が時に潮を吹き、イルカ達が跳ね回って、海面に幾つもの波紋を創り出す。


雨に洗われた空を、貫く日差し。


苔むした地を、慌ただしく動き回る虫たち。


野に咲いた花々に、引き寄せられる、蜂の羽音。


人の目には見えない、ゆらゆらと羽ばたく蝶に、悪戯をする精霊達。


樹が育ち、枝葉を広げたその先に、求愛の歌を歌って疲れたその身を休めに、小鳥達が集う。


海上をカモメが、上空を鳶が周回し、大きく羽を広げた鷹が、地を見下ろす。


風が、光が、その音や効果で以て、最大限に彼女らの脳内を刺激し、まるで劇場で映画を見ているかの如く、二人に訴えかけてくる。


麗かな陽射しに揺れる、桜の花、そのゆらゆらと散る、春の嵐。


夏の蜃気楼の中を、水辺を求めて群れを成して走る水牛。


紅葉で燃えるような山に、寄り添うように流れ、その葉を船として運ぶ渓流。


降りしきる雪は、水辺でダンスを踊る鶴に華を添え、湖で泳ぐ白鳥達の身を、更に清める。


温泉地で煙る朝靄。


海辺に沈む夕陽。


高原を覆う、満天の星空に、時折流れる星々。


「美しいだろう、この地球ほしは。

様々な存在が、其々の生命いのちを燃やして、互いに支え合いながら、日々を懸命に生きている。

自分がお前達に預けた星は、そういう星だ。

人の夢が織りなす世界だけではない。

小さき物、人にとっては取るに足らぬ存在達にも、その居場所がある星であって欲しい。

・・できる事なら、お前達二人には、かの物達のか細き声を聴き逃す事なく、この星を護って貰いたい」


和也のその言葉が終わると同時に、彼らを覆っていた、闇の幕が上がる。


彼の両腕を抱き締めていた二人は、相変わらず、その拘束を解こうとはしない。


和也の方も、それについては何も言及せず、暫くそのままで、互いの時を過ごすのであった。



 「少し遅くなってしまったな。

馴染みの店が空いていると良いが」


日本に帰って来て、夕食時の店を幾つか透視するも、クリスマスの書き入れ時に、空いている人気店など見つからない。


和也としても、混む事が予想される店にわざわざ予約を入れて、その邪魔をするのは不本意なので(彼らが予約を入れれば、店側が自主的に、その時間帯を貸し切り状態にするから)、空いていればラッキーくらいの気持ちでいる。


昨夜、有紗の為に振る舞った料理の数々が、殊の外好評だったので、皐月さえ同意すれば、今夜も自分が作ろうとも考えている。


「・・申し訳ない。

どうやら空いている店はなさそうだ。

今夜もまた、自分が作るもので良いだろうか?」


和也が、その左右に並ぶ、有紗と皐月の顔を見る。


「私は寧ろ、その方が良いわ。

こういう日は特に人目が多いし、寛げないからね」


有紗がそう返事をすると、皐月も言葉を返してくる。


「私もその方が良い。

あなたの手料理なんて、何よりのご馳走よ。

・・それに今夜は、早く(有紗の)家に帰りたい」


「済まないな。

折角着飾ってくれたのに、披露する場を陸に作ってやれなかった」


「良いの。

その本来の目的は達してるから。

あなた以外に、見せても意味ないし」


先程までの余韻がまだ残っているのか、うっとりしたような表情をして、和也の肩に、その髪を擦り付けてくる。


「こらこら、食事が済むまでは駄目よ?

三人で楽しく飲んで食べたら、その後は、明日の朝まで二人きりにさせてあげるから」


有紗が苦笑しながら皐月に釘を刺す。


「・・社長は、宜しいのですか?」


皐月が遠慮気味に尋ねる。


「私は、昨夜から今朝までずっと可愛がって貰っていたからね。

・・それに、一緒に住んでいる間は、夜の予約権を行使する必要がないから」


それは暗黙に、和也が彼女の家に居る時は、何時でもできると言っているのだ。


「それでは遠慮なく。

その分、明日からまたバリバリ働きますから」


「期待してるわ」


こうして、当事者の一人であるはずの、和也の意思は、結局最後まで聴かれる事はなかった。

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