第6話

 「有難うございます。

美樹に手を差し伸べて下さったのですね」


学校から帰宅する時間が1番早い沙織が、着替えをして早々に、管理人室の戸を叩く(馨は大抵図書室に寄っている)。


これまでは薄く開け放たれたままだったその扉は、今ではきっちりと閉められている。


余程嬉しかったのだろう。


その声が弾んでいる。


「大した事はしていない。

資料や映像は他に頼んだ物だし、マッサージも昔取った杵柄だ」


「でも、ただ練習風景を映しただけのものではなくて、その選手のコメントが入っていると聞いてますよ?

何に気を付け、どれくらい、どういう風にやったら良いか等、他では手に入らない物だったって。

それも、金、銀、銅メダリストの三人分。

一体どうやって入手したのですか?」


この時点で和也を御剣グループの関係者だと確信している沙織が、笑みの入り混じった目で、そう尋ねてくる。


今度は彼がどんな言い逃れをするのか、楽しんでいるようだ。


「頼んだ者との約束で、ぶつの出所や入手経路については明かさない事になっている」


「何処の世界のお話ですか。

その方、トレンチコートの襟を立てて着てます?」


クスクス笑いながら、沙織が突っ込みを入れてくる。


「・・時に、小腹は空いてないかな?

冷蔵庫に、限定品のチョコレートケーキがあるのだが」


「皆の分があるなら是非!」


あからさまに話題を変えた和也の言葉に、それ以上は追求せず、部屋にあるソファーに移動する沙織。


珈琲メーカーのスイッチを入れ、部屋備え付けの冷蔵庫から長方形の箱を取り出し、奇麗に切り分けたケーキの1つを、彼女に出す和也。


ハイローストのガテマラSHBの良い香りを嗅ぎながら、上品にケーキを口にする沙織。


間に練り込まれたハスカップが、生チョコだけで構成されたケーキの味を更に引き立てる。


「・・美味しい」


瞳を閉じ、溜息を漏らすかのようにそう口にする彼女に、和也が穏やかに尋ねる。


「それで、今回の用件は何だ?」


「・・以前お願いした、貴方のゲームを見せていただきたくて」


沙織は、珈琲を口にし、恥ずかしそうに目を伏せながらそう答える。


「本当に好きなんだな」


「・・私の見た目に合わないですか?」


完全に心を開いた和也には、以前のようにぼかしたりせず、素直に自分をぶつけてくる。


「そういう発言が出るからには、君はゲーマーというものに多少の偏見があるようだ」


「え?」


意外な事を言われ、彼女は目を見開いて和也を見る。


「君は彼ら(彼女ら)に、どのようなイメージを持っているんだ?」


「それは・・これはあくまでも一般論ですが、引籠り(イベント前にコンビニに買い出しには行く)、性格が暗め(自分の好きな事を辺り構わずぶつぶつ喋る)、クリアするまで他に何もしないから汚い(お風呂に入る時間さえ惜しむから)、ネット弁慶、そんなところでしょうか」


「・・随分な言われようだ」


自他共に認めるゲーマーの和也は、少し傷ついたように苦笑する。


「貴方の事ではありませんよ!?

それに私だって、ちゃんとお風呂には入りますけど、ゲームが好きです。

ただ、世間の目は、ゲーマーイコールオタクのようなので・・」


「君はオタクにも先入観があるようだ」


「だって、彼らのイメージは、如何にも・・じゃないですか」


「好きな事に夢中になるのは、そんなに変な事だろうか?」


和也の声質が少し変化した事に気が付いて、沙織が口を閉ざし、聴く態勢に入る。


「人は誰しも、夢を見て、それを摑もうと踠き、苦しみながらも楽しんで、己の人生にレールを敷いていく権利を有する。

生まれや環境がそれを許さない不幸もあるが、人が自身に掛ける期待と想いは、それが他者の権利を不当に害さない限り、尊重されて良い。

人の時間と若さは有限だ。

その時にしかできない事のために、寝食を忘れて没頭し、満足いくまで励んだ結果に本人が納得できるなら、自分はそれで良いと思う。

オタクという言葉が負のイメージとして聞こえるのは、その極一部に、やらねばならない事まで放棄して、趣味と快楽に没頭してしまう者がいるからだろう。

何日も風呂に入らないのは自分も肯定しない。

・・新しいゲームを購入する時、参考程度にその攻略サイトを見る事があるが、そのレビューで繰り広げられる彼らの熱い想いは、自分をして、思わず頷いたり、笑みを漏らしたりするほどに楽しいものだ。

彼らには彼らのルールがあり、世界がある。

外国人同様、外から見ただけで判断してしまうのは、勿体ないと思うぞ」


「・・時々貴方が、ずっと年上のように感じる事があります。

二人きりで、そのお顔でこんな事を言われたら、ころっといってしまう女子も多いのでしょうね」


少し顔を赤くした沙織が、小さな声でそう口にする。


「今の話の何処にそんな要素がある?

それよりも、自分のゲームが見たいのだろう?

お気に入りなら手元にあるから、先ずはそれを見てみるか?」


「ええ、是非!」


本来は、居城の専用棚や異空間の収納スペースにある物の中から、自分のお気に入りの作品を幾つか転移させ、まるで元からそこにあったかのように、机の引き出しから取り出して見せる。


「最初はこれだな。

『シャドウ○-ツ2』

これは本当にお勧めだぞ。

プレ○テ2と、かなり前の作品なのだが、登場人物、ストーリー、音楽と、どれもこれも素晴らしい。

トゥルーエンドをやり終えた後、エンディングテーマを聴いた時には、思わず目をつぶって聴き入ってしまった程だ。

唯一の不満は、バッドエンドの代わりに、ヒロインとのエンディングを作ってやって欲しかったというものだが、これも前作との関係上、仕方がないのかもしれん。

背景なら、月夜のシーンが特に好きだったな」


発売が随分昔の事なので、初めて見る作品だが、彼がこれ程までに勧めてくる以上、是非ともやってみたい。


「次はこれ、『九龍妖魔学○紀』

これは登場人物の個性と、そのやり込み要素が秀逸な作品だ。

自分は一体何時間やったか分らない。

そのくらいに嵌まってしまう作品だ。

背景は、作品全体が少し影のある作りなので、好みが分れるかもしれん」


あれ、私、彼にその事話したかしら?


何で背景に興味があると分ったの?


「そしてこれ、『ファイナル○ァンタジーⅧ』

これは何といっても召喚獣だな。

ストーリー自体も悪くはないが、この召喚獣のデザインや映像が、当時は凄く斬新に感じて、何度も召喚を繰り返していた。

NPCとカードゲームをするというのも、遊び心があって良かったと思う。

Ⅶが少し暗い雰囲気のものだったから(これも300時間はやったな。ティ○ァが好きだった)、とことん明るく作ったと何かの記事で読んだ」


小さなパッケージだが、随分分厚い。


中を開けるとディスクが何枚も入っている。


しかも、ディスクの裏面が真っ黒のものだ。


「後はこれかな、『ペル○ナ4』

5も出ているが、まだ手を出していないのでこちらを勧める。

コミュニティという概念を取り入れ、仲間との絆を育てるのも良かったが、様々なペルソナを作成するのが個人的には楽しかった。

3が後日、衝撃的な結末を迎えている事を知っただけに、爽やかな終わりを迎えた4は好きだった。

まあ、かなりきっちり1年を過ごさねばならない事と、恋仲になった複数のヒロイン達と以後どう付き合っていくのかは疑問だが(彼女達は、主人公の彼女は自分だけだと思っているようだし)。

舞台が今風の世界だから、そういう背景を描く際の参考にはなるだろう」


これは知ってる。


ネットサーフィンしていた時に、よく見かけた。


「背景だけに限って言えば、本当は他にもっと凄い作品があるのだが、それらは皆18禁の作品だから、今は君に見せられない。

セクハラになりかねないしな」


「・・参考までに、メーカー名か作品名を教えていただけますか?」


「・・『PUL○TOP』というメーカーの、空と星をテーマにした2作品は素晴らしい。

これらは音楽にも良い曲があるので、探してみると良いだろう」


やっぱり。


何を隠そう、私が背景に興味を持って、初めて買ったゲームだし。


「ゲームに限らず、日本のアニメは秀逸な作品が多い。

好きこそ物の上手なれ。

己の好きな事に没頭し、夢を載せて世に送り出した作品たちが人々の共感を呼ぶなら、その作り手は最早オタクではなく職人、マイスターだろう。

職人にありがちな、好きな事ができれば収入は拘らなかった事が災いし、最近まで薄給で苦しみ、その道を断念してしまう者もいる状況を憂慮していたが、ネットの発達により、漸く日の目を見てきたようで安堵している」


御剣さん、本当にゲームやアニメがお好きなのですね。


熱く語るその瞳は、まるで子供のようにも見えますよ?


「もし宜しかったら、どれか1つ、お借りできないでしょうか?

自分でも是非やってみたくて・・」


「勿論その積りで見せている。

1つと言わず、全部持っていくが良い。

ハードもそこにあるから」


そう言って、テレビの下の扉に視線を移す。


「え、でも、そうしたら御剣さんができなくなるでしょう?」


有難いが、彼の邪魔をする気はないから。


「真のゲーマーなら、予備の1つや2つは常備しているものだ。

やりたい時に故障でもしたら事だからな(和也は、ゲームやアニメ関係の物を自身で創造しない。きちんと対価を払って手に入れている。そのメーカーへの、応援の意味も兼ねて)。

それらのソフトは3本ずつ、ハードは5つ持っている」


「・・そうですか。

オタ、・・マイスターへの道は厳しいのですね。

じゃあ遠慮なくお借りしていきます。

終わったら、感想を言いに来ますから」


両手に機材とソフトを積んで、嬉しそうに自室へと向かう彼女を見ながら、和也は心中で呟く。


『本当は、その倍は持っているがな』



 「珈琲でも飲むか?」


傍らで目を覚ました皐月に向けて、和也がそう声をかける。


今日は皐月の夜の予約日。


寮の仕事を引き受ける前からの約束であったため、地球における時間を止めて、こうして会う機会を作っている。


因みに、その予約に該当する行為とは、和也を1日以上独占して行う事を表し、1、2時間の、所謂抓み食い(和也から大いに反論あり)は含まれない。


なので、妻やその権利を有する眷族達は、互いが所持する予約権(月に1回。繰り越し可)を遣り繰りしながら、彼が暇な時にこっそり行為を楽しむのが常だった。


尤も、御負けと称して時間を止めて、和也が数日付き合ったりもするので、大分形骸化しつつある決まりなのだが、それがないと、妻達の間で和也との時間を作る神経戦が繰り広げられる可能性があり、当面、それで様子を見る事で彼女達は納得したのだ。


和也が自分達の家や星に滞在している間は、そこを管理する者が行う行為はカウントされないという、暗黙の了解まである。


有紗が以前妻達が全員揃った場で、予約管理のシステム作りを提案したのも、大分複雑化したこれらの慣習を一旦整理する意図があった。


「・・頂きます」


手放していた意識を取り戻し、緩慢な動作で己が目を覚ました事を知らせてきた彼女の意向を確認すると、和也はローブを羽織り、珈琲を淹れに行く。


それを視線だけで追った彼女は、弛緩した身体に活を入れ、ゆるゆると半身を起こして同様にローブを羽織り、髪を整える。


ベッドの背に凭れながら、二人で珈琲を飲んでいた時、不意に皐月が口を開いた。


「そういえば、一度聴こうと思っていたの」


和也が神であり、会長でもあると知った彼女は、何時かの有紗同様に、彼に対して敬語を用いようとしたが、和也自身によって否定され、出会った時と同じ口調で話をしている。


「私達のバイト先にあった黒電話(何とダイヤル式)、あれ、一体誰からかかってくるはずのものなの?」


先日弥生に会って、ふとした拍子にその話題が出たので、予てからの疑問を解消する事にしたのだ。


「勿論自分だが」


「でも貴方、7年間一度もかけてこなかったじゃない。

どうして?」


「かける必要がなかったからだ」


「どういう意味?」


「あの電話は、もしお前達があそこで遊び惚けていた場合に、やんわりとそれを注意するために置いたものだ。

『お菓子も良いけど勉強もね』

当時は、そう告げようと考えていた。

だがお前達二人は、自分の期待通りに、いや、それ以上に勉学に励み、寧ろ『もう少し学生生活を楽しめ』と電話したくなる程に頑張っていた。

・・人は弱い生き物でもある。

初めは高い志を抱いていても、暮らしが豊かになるにつれ、初志を忘れる者が出る。

事前に心を覗いた弥生はともかく、お前は全くの初対面で、有紗経由でしか知らなかったから、念のため保険をかけたのだ。

気分を悪くしたのなら、謝ろう」


「気にしてないわ。

一高校生に、あれだけの投資をするのだもの、至極当然の事よ。

でも、今の話の流れからして、時々は私の事、見ていたのよね?

じゃああの島で出会った時、直ぐに私だと分ったのね?」


「・・いや、名前を聴くまでは分らなかった」


「・・どうして?

もしかして、老けて見えたからとか?」


皐月の声が、微妙に低くなる。


「滅相もない。

暫く見ない内に、学生の頃の爽やかなイメージから、大人の色気溢れる知的美人に変貌していたので、直ぐには分らなかっただけだ」


若干表情を強張らせて、和也が弁明する。


「そう、良かった。

なら貴方に一目惚れしてしまった私を、もっと可愛がって。

まだ時間を流してないでしょう?」


サイドテーブルに飲みかけのカップを置き、ゆっくりとローブを脱いでいく皐月。


珈琲の良い香りがする中で、再び二人だけの世界が始まった。

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