第3話

 (安西美樹の場合)


あたしは、この寮で暮らし始めて2年目の、花の女子高生。


勉強はそれ程好きでも得意でもないけど、身体を動かす事は嫌いじゃないから、今は部活で陸上をやっている。


種目は200m走と、走り幅跳び。


校内や地区大会ではどちらも1位だけど、県大会では2位、1年で出られたインターハイでは、其々5位と6位だった。


こんな田舎で、陸な指導者も得られず、自己流で練習している割には良い結果だと我ながら思う。


学校側も、1年ながら全国大会の決勝まで進んで、ちょっとだけTVに移った自分に、便宜を図ってくれる。


偶に授業で居眠りしてても怒られないし(偶にだよ。好きな漫画を全巻通し読みしてしまった時だけ)、制服を少し着崩しても、大目に見てくれる(だらしなく見えないようにはしてるよ)。


家から学校まで電車で20分(1本乗り過ごすと、次が来るまで30分かかるけどね)のあたしが、こんなボロい寮に入ってるのは、単に実家に自分の部屋がなくなったから。


良い歳をした両親が、未だに熱心に励んだ結果、元から三人もいた兄弟が、更に一人増えた。


女はあたしだけで、他は皆男の兄弟。


あたしも年頃で、着替えとか風呂上りとかに気を配らねばならない中、兄弟とはいえ男と一緒の部屋は息苦しいからと、家を出てきた(12の弟と、同じ部屋にされそうになったから)。


ボロいだけあって寮費は安かったし、寮母さんはもう老齢で、あまり五月蠅い事を言われずに済んだから(一足早く入寮していた沙織が、そう教えてくれた)。


ただ、陸な設備も無いから、夏と冬だけは困った。


今時空調もない寮なんて、信じられない。


寮母さんはエアコンが苦手みたいだったし、沙織はちゃっかり一人だけ扇風機と除湿器を買い込んで、自分の部屋だけで涼をとっていたが、そのどちらもないあたしの部屋は、夏は特にしんどかった。


部活でくたくたになるまで練習して、風呂でどっぷりと汗をかいてからでないと、暑くてとても眠れたもんじゃなかった(勿論窓は全開。2階だったからね。本当はそれでも危ないんだけど)。


それでも無理な日は、沙織に頭を下げて、部屋の隅に布団だけ敷いて寝させて貰った。


地元の資産家の娘で、入学当初から皆に一目置かれていた彼女とは、それまでは世間話程度しかしてこなかったが、これを機に、距離がぐっと近くなる。


彼女は彼女なりに訳ありで、自宅に居れば何不自由なく暮らせるのに、わざわざこんなボロ家で暮らしているのだ。


何かあるとは思っていたが、その理由を知り、そしてそれをあたしが笑わなかった事で、彼女はあたしを認めてくれ、互いに遠慮のない関係を築けた。


あたしが夏に、Tシャツ(ノーブラ)とパンツだけで食事の席に着いた時も、沙織が真冬に、体育のジャージの上に半纏を羽織って食べてた時も(かなり着ぶくれしてた)、お互い苦笑こそすれ、馬鹿にはしなかった。


年が明け、実家に帰っていた沙織が土産にと持ち帰ってくれた、豪華なおせちを貪り、小さな電気ストーブと炬燵で暖を取りながら、『来年は誰か来るかな』なんて話をしていた自分達(あたしらと入れ替わるように3年生だった二人が退寮して、今は二人だけ)。


そしてやって来たその後輩は、身体の線が細い、無口で大人しいだった。


森川馨。


それがその娘の名前。


外見以上に寡黙で、こちらが尋ねないと、一言も口を利かないし、笑いもしない。


でも、決して性格が悪いという訳ではないのだ。


それはその態度や雰囲気にも現れていて、何か、怯えとまではいかなくても、必要以上に人との接触を拒むというか、遠慮している。


人の視界に入るのを恐れている。


そんな気がした。


最初は沙織と共に、何とかコミュニケーションを取ろうとしたのだが、直ぐに自分の部屋に引籠ってしまうので、同じ寮に住みながら、時間が厳格に決められた食事以外では会う事さえ難しく(入浴時間には2時間の幅がある)、また相手もそれを望んでいない気がしてきて、気不味さを抱えながらも、何となく疎遠になりつつあった。


寮母さんが定年を機に辞め(再雇用で70まで働いてたらしいけど)、後任の人が来るまでの3日間は悲惨だった。


予めその日を教えて貰っていたから良かったものの、そうでなかったら、初日はその場しのぎのカップ麺さえ買えなかったかもしれない。


都会の大手チェーン店とは違い、田舎の個人商店(コンビニと呼んでいるけど)は、店を閉めるのが早い。


大体19時頃にはシャッターを閉じてしまう(おじさん曰く、その日の客の入り具合で判断してるんだって)。


おかずが何かで、ご飯を何杯御代わりするかを考えるあたしにとっては、かなりの死活問題だった。


自腹なら、当然買った分だけお金がかかる。


寮でも食材は残ってはいたのだが、三人共、料理がほとんどできなかった。


ご飯なら炊けるだろうって?


炊飯器だったらね。


何とここは、かまどが主流なのだ。


昔は全部屋が埋まっていたらしく、大人数の食事を一度に用意するには、その方が便利だったらしい。


寮母さんも、『その方が美味しく炊けるのよ』と、竈を初めて見て驚いた私達を笑っていたし。


そんなんで走りにも今一つ力強さが出なかったあたしだが、寮母さんの代わりとしてやって来た彼に、救われた。


沙織と何やら話をしていた彼が、新しい管理人だと分った時に感じた事は、ただ、『若いな』だった。


管理人と言えば漫画では大抵女性だし(何故か美人が多いけど)、男性なら、しがないおっさんが多い(あくまで漫画でのお話だよ)。


なのに、目の前の彼は、どこぞの芸能事務所も真っ青な程のイケメンだし、ただハンサムなだけじゃなくて、貫禄と雰囲気をも兼ね備えていた。


親に捨てられたかで、自分の歳も正確には分らないという彼だが、育ちは良さそうだし、その上様々な技能を身に着けてもいる。


先ず、作るご飯が美味しい。


超美味しい。


今まで食べた、どの店のご飯よりも美味い。


最初に出してくれたかつ丼、あれは腹に染みた。


思わず泣きたくなるくらいに美味かったね。


あっという間に平らげたあたしに、『御代わりもあるぞ』と言ってくれた時には、思わず惚れそうになったくらい。


豚汁も、お新香も凄く美味しかった。


お新香なんて、今までは御負け程度にしか考えてなかったけど、何十年もかけて漬けてるぬか床を用いたものは、あんなに美味しいんだと見直した。


何でそんな事を知ってるかって?


寝る前に水を飲みに台所に行った時、変な壺が置いてあったから朝それについて尋ねたら、ここに来る前、わざわざ漬物の某有名店で、少し分けて貰ってきたと言っていた。


来た時は鞄1つしか持っていなかったのに、一体何処に隠し持っていたんだろうね。


老舗の名店が、簡単に自慢のぬか床を分けてくれたというのにも驚いたけどさ。


部屋の内鍵を付けてくれたのも、有難かった。


これまでは女性しか住んでなかったし、大して必要ないと思うかもしれないが、あたしは怖がりなんだ。


ホラー系の漫画やテレビを見た後は、ちゃんと内から鍵を掛けないと、夜中に誰かが静かにドアを開けそうな気がして、熟睡できない。


以前同じ部屋で寝て貰った沙織には笑われたが、怖いものは怖い。


今考えると、実家での大人数の生活は、悪い事ばかりではなかったんだなあ。


彼が鍵を取り付けてる間、あたしは敢えてベットで寝転んで漫画を見てた。


それも、結構際どい格好で。


見ようによっては、パンツくらい見えたかもしれない。


沙織は金持ちの娘というだけじゃなく、見た目も良いし、頭も切れる。


当然、学校でも持てるし、彼女が誰の娘なのかを知らない大人も、擦れ違いざまに好色な眼を向けてくる事もある。


だから、あたしは日頃の恩を返す積りで彼を見てた。


ドアとは反対側の、窓ガラスに映った彼の姿を。


少しでもこちらを覗き見るような事があれば、彼女に伝え、自らも気を付けるように。


幾ら見た目が良い男でも、それだけで安心などできない。


漫画の中では、女性に悪さをする奴は大抵ブ男に描かれているが、現実の世界では、そんな事に関係なく事件は起きるのだから。


でも、彼は紳士だった。


作業中は勿論、終わった後も、こちらを振り返る事無く出て行こうとした。


慌ててお礼を言いに駆け寄ったが、失礼な態度を取っていたにも拘らず、あたしのたわい無い質問に、ちゃんと応えてくれた。


その晩、沙織とお風呂の中で話をしたが、彼女もやっぱり彼に好感を持ったようだった。


まあ、あの馨が、直ぐに心を開いたくらいだしね。


翌朝の光景には参ったけどさ。


まさか自分達の下着が、日差しを浴びて、ゆらゆらと風に揺れてるなんて、思いもしなかったし。


あたしも沙織も、3日分の洗濯物をそのままにしてたから、かなりの量があったし、その状態に関しては、正直、考えたくない。


それを手洗いしたなんて言われた日には、もうお嫁に行けないかもと本気で思ってしまった。


いつもは泰然としている沙織が、恥ずかしさで真っ赤になってる姿なんて、そう見られるもんじゃないしね。


登校時、弁当を渡された時も感激したっけ。


母親にさえ、ワンコインで済まされてたのに、まさかほとんど歳の変わらぬ男性から渡されるとは、考えもしなかった。


しかも、ご飯とおかずを別にして量を確保した上で、包んである布を含めて、開けるのや食べるのが楽しみになるようなものだった。


将来結婚して家庭を持つなら、やっぱりあたしは料理の上手な相手が良いなあ、そう思いながらがっついた。


これに慣れちゃうと、卒業してからが大変だけど。



 (石山沙織の場合)


私がこの高校に入ったのは、単に女子寮があったから。


早々に実家から出て、一人暮らしを始めたかった私には、住む場所があるこの高校はうってつけだった。


アパートを借りようにも、親に厳しく金銭管理をされて育った私には、流石にそこまでのお金は無かったし(お小遣いは月に1万円だった)、一人暮らしをする際に、親からも最低限の援助しかしないと申し渡されていたので(仕送りは学費を除き月6万円)、外見はボロくても、寮費さえ安ければ、文句はなかった。


私には夢がある。


将来は、コンピュータグラフィックの世界に進みたい。


アニメ映画やPCゲーム等の背景を描く仕事がしたいのだ。


私をその気にさせたのは、とあるアニメ映画。


その緻密な描写は、当該シーンを際立たせるだけではなく、作品自体を離れて、私を様々な空想へと導いた。


時間の流れと共に移り変わる、光の色やその強弱、雲の流れ、風のそよぎ。


まるで現実の世界にいるような、圧倒的な存在感。


輝く星空、その1つ1つの星が放つ光の違い、海と空のコントラスト、陸を照らす夕日の色。


それは一場面を切り取った絵画とはまた違う、強烈な印象を私に齎した。


子供の頃から本が好きで、沢山の物語を読んできた。


読みながら、主人公が暮らす地、過ごしている場所を想像し、お飯事ままごとの代わりに、よくその真似事なんかをしたものだ。


スマホやPCの普及により、映像を目にする機会が増えて(うちはあまりテレビを見なかったし、映っている時は、大体がニュースだった)、手に入れた機器でネットサーフィンなんかをするようになると、今まで知らなかった世界を数多く目にする。


感動的な音楽と、心地良い声音を伴った美しい映像、それは所謂、PCゲームというものだった。


初めは、その映像の美しさに惹かれ、耳障りの良い音楽に誘われて、色々なCGを見てた。


気に入ったものは何の作品なのかを調べ、そこの公式サイトにアクセスする段になってやっと、そのほとんどが18禁のアダルトゲームである事に気が付いた。


正直、『嘘!』と思ったわよ。


だってあんなに奇麗で緻密な描写を要求する作品が、単なる性欲を満たすもの(この時はそう思ってたの)だったなんて信じられないじゃない。


散々迷った挙句、年齢を詐称して入ったサイトでは、幾つかの作品の紹介と、そのサンプルCGを見る事ができたが、そこではあまり満足できなかった。


そのゲームにおける、数枚から十数枚のサンプルCGは、ほとんどがエッチなシーンのものばかりで、私のお目当ての、背景画は少ない。


世界観という項目がある作品紹介で、辛うじて僅かに見る事ができる程度だ。


それまで散々に他の一般サイトでその作品の良さを見たり語られたりした(評価欄やレビューで)私は、その程度では全然我慢できずに、到頭親に内緒で、生まれて初めて、俗にいう、エロゲーなるものに手を出した。


今は便利な時代で、仮令田舎でも、お金さえあればネットでほぼ何でも買える。


カードは親にバレるので、代引きで中古の商品を買い(配送当日は早く帰宅して、家の門の前で待ってた)、部屋に閉じ籠って早速やってみた。


・・面白かった。


とても面白かった。


個人ルートに入ると、ちらほら(やたらと言った方が良い娘もいたけど)出現し出すHシーンは邪魔だったけれど(マウスの連打やスキップでスルー)、期待した通り、背景画は素晴らしいものだった。


しかも、それに音楽が加わると、その効果は何倍にもなった。


音の流れに、刻々とその表情と色彩を変え、キャラの音声や効果音と共に映る背景。


幻想的な夜空、煌めく光の波が戦ぐ海、街中だって、人の衣装と建物が超リアル。


ゲームの内容だって、18禁のもの(これ、そんなに需要あるのかしら)を除けば、良かったと思えるシナリオは多い(ヒロインごとにあるからね)。


ネットサーフィンをしていた際、時々ヒットした『エロゲー』なる単語に、当時は眉を顰めた私だが、実際にやってみると、言われている程酷いものではない(勿論やるジャンルは選んでいるけど)。


当該シーンの際の、執拗な擬音や卑語を取り除けば(局部のアップもかな)、そういうシーンがある他の媒体と、大して変わらないのではないか。


寧ろ奇麗なCGである分、私には抵抗が少なかった(ノーマルなものだけね)。


それで調子に乗ってしまい、中学3年生の身で2作目を購入した所で、私が学校に行っていた際、無断で部屋の掃除をした母親にバレた。


私の父は何期も当選している県会議員で、母は社員二百人の、中小企業の経営者。


地元では資産家として知られ、実際、父は今度国政に出ようとしていた。


その両親は幸運にも人格者であり、私が興味を示したものに対して、よく知りもしないのにあからさまな否定はしなかったが、その分しっかりと説明を求められた。


恥ずかしさで下を向きながらも、どういう経緯でそれを購入したか、その何処に興味があるのかをつぶさに説明し、将来はコンピュータグラフィックで背景を描く職業に就きたいと話をした。


私の話を聴き終えた両親は、一人娘である私に、親のどちらかの職を継いで欲しい事、私の希望する職種は、一概に収入が低い傾向にある事を伝えた上で、もしどうしてもその職を目指すというのなら、私にそこまでの覚悟があるという事を、自分達に示しなさいと言った。


具体的には、高校から一人暮らしを始めるという事。


学費は出すが、仕送りは最低限にしかしないので、それで3年間やってみて、それでも考えが変わらないようなら認めると。


今のままなら楽しいはずの高校生活を棒に振って、毎日遣り繰りで頭を悩ませながら、3年間過ごしてみろと。


負けず嫌いでもあり、自分の夢を早々に諦めたくなかった私は、厳しいながらも理解のある両親に感謝しながら、その提案を受け入れた。


4万円の寮費で昼食以外はほぼ賄えるから、『お昼に贅沢しなければ楽勝かな』、なんて最初は考えていた。


仕送りから寮費を引いて残る2万円で、1食500円以内でお昼を遣り繰りすれば、毎月1万円弱が手元に残る。


服は家で着ていた物があるし、初めは余裕だった。


でも、初夏になり、その考えが甘かった事に気付く。


実家の自室にはエアコンがあり、喉が渇けば冷蔵庫から好きに飲み物を取れ、アイスやスイーツも食べ放題だった。


汗をかけば何時でもシャワーを使え、欲しい服は了承を得れば親のカードで買え、お小遣いは1万円だったけれど、それをほとんど使う事はなかったのだ(PCゲームや本以外では)。


けれど、ここでの暮らしは違う。


先ず、エアコンがない事がこんなに辛いとは思わなかった。


とてもじゃないが、寝られたものではない。


かといって、それをポンと買えるだけのお金は無く(ここに越してくる時、親に預金を一時取り上げられた)、ネットで必死に探し回り、新品の安い扇風機と除湿器を買った(3か月の間、昼食の内容が落ちたけど)。


水は自由に飲めても、ジュースやアイスは自腹だから、本当に欲しい時以外は、我慢する事を覚えた。


珈琲も朝しか出ないから(夜はお茶)、自分用にインスタントを買った。


間食にもお金がかかるので、朝と夜の寮での食事を、しっかりと食べるようになった。


このような生活を通して、私は今まで如何に恵まれていたのかを実感する。


スマホの料金すら親に頼っていた生活は(今は格安SIM)、知らず知らずに私を贅沢で無思慮にし、世間知らずな子供へと導いていたのだ。


親のいしずえがあったり宝くじにでも当たらない限り、お金は湧いてくるものでも、生えてくるものでもない。


多少の運と、自身の時間や労力等の代償と引き換えに、手に入れるものだ。


資本主義の行き過ぎた世の中は、お金こそが万能で、持たざる者は、物理的な意味において持つ者の半分も人生を楽しめない。


私の両親は、自己の夢と引き換えに、それが甘受できるかを私に問うたのだ。


私に、甘い考えで親の財産を食い潰すだけの存在になるなと、早い内から戒めてくれたのかもしれない。


高校に入学したての頃、私がおんぼろの寮に入っても、周囲の学友達は、社会勉強のためと勝手に解釈してくれた。


昼食がコンビニのパンと飲み物だけでも、ダイエットでもしているのだろうと思ってくれていた。


それは、私の家が現にお金持ちだから。


でももし私が裕福な家の出身でなかったら、きっとそんな風には捉えてくれなかっただろう。


・・貧しい事が、恥ずかしい事だとは、今の私は決して思わない。


その状況に甘んじている人々の中にも、其々に己の夢があり、事情や理由がある。


心身に異常がないのに働かずしてそれに甘んじているならともかく(養う者がいなければ、安易に税金に頼らなければ、それすら自由だ)、本人の言動以外で、他者を判断しはしない。


こう思えるようになっただけでも、この寮に来た甲斐がある。


新たな春を迎え、私を再び『先輩』と呼ぶ存在をこの寮に迎え入れたが、その娘は凄く無口で控え目だった。


自分からは一切話しかけてこないし、目上という理由以外にも、私達を避ける雰囲気がある。


高齢の寮母さんにすら、勧められないと『御代わり』すら言わなかったから、同世代の私達だけが避けられている訳ではないようだった。


線の細い、言い様によっては栄養が足りていないとさえ思える体躯で、いつも人の視線を気にしている感じがしたから、それとなく学校での噂に耳を傾けていたけれど、案の定、彼女に関して良いものはなかった。


施設の出身である。


両親は存在するが、陸な親ではない。


子供時代に虐待されて施設に引き取られた。


そんなものばかり。


だからか、学校に友達と呼べるような存在は居らず、笑った事さえないという。


田舎の能天気な高校でさえ、下手をすればいじめの対象になりそうなものだが、何故か、あからさまではないにしろ、教師達が彼女を護っている、そういう感じがした。


同じ苦難(暑さ寒さ)を乗り越える者同士として気にはなっていたが、同情だけで安易に近寄るのは彼女に失礼、そう考えて躊躇している時に、彼が来た。


御剣和也さん。


黒ずくめのイケメン。


アイドルに群がるミーハー達(彼女の偏見)が好むような、女性受けするハンサムというより、貫禄と包容力、威厳を併せ持つような、逞しさを感じる端正な顔立ち。


きっと男性からも好感を得られるだろう、そんな容姿でいながら、その性格は気さくで、とても穏やかだ。


最初は、あの歳で管理人の仕事をすると聞いたから、エロゲーによくある設定の、内心は邪な人かと邪推してしまった。


女の子をまるで性処理の道具の如く扱う、所謂鬼畜ゲームは、その絵柄を見るのも嫌だし、『こんなゲームを作っているメーカーは即潰すべし』、なんて過激な考えを持ってもいる。


けれど、風俗なんかと同じで、それがあるから現実の犯罪や被害が抑えられている面もある。


そういった犯罪を誘発するという意見にも賛同はするが、その欲望に負けて手を染める人より、そこで満足して踏み止まる人達の方が、ずっと多いと思うから。


そう考える私だが、いざ自身がそういった状況に陥りそうになれば、話はまた別。


必要以上に警戒心をむき出しにした私に、彼は眉を顰めるどころか、こちらの不安要素を直ぐに取り除いてくれた。


幾ら内鍵が掛かっても、外からそれを開ける手段があるというのなら、その意味は半減する。


賃貸住宅でも大家さんはスペアキーを有するが、内側から更にフック式の鍵を掛ける事で、少なくとも自分が部屋にいる間は、薄くしかドアを開けられない。


突然ドアを開けられて、恥ずかしい思いをするかもしれないという恐怖を抱えたままでは、好きなゲームに今一つ没頭できない。


ヘッドホンを付けて、音声や音楽を堪能できない。


彼がしてくれた事は、ある意味簡単で単純な事ではあったが、私にはかなり嬉しい事だったのだ。


ご飯も凄く美味しかった。


正直、あまり期待してはいなかったのだけれど、実家で出された料理よりも美味しかった。


母の腕がどうこうというより、彼の出す料理が可笑しいのだ。


とても素人が作れるものではない。


仮令調理師の免許があっても、あの味はそう出せるものではない。


素材に関しては後に判明するのだが、あの若さで、一体何処で修行したというのだろう?


あんなお弁当を毎日渡されたら、寮から出た時、その味が恋しくて、胃袋が泣かないか心配になる。


来て早々に、あらゆる所を完全に掃除してくれ(業者でも入れたのかな)、必要に応じて補強までしてくれたから、内装に関しては以前と見違えるように奇麗になった。


3日も放置していた下着を手洗いされたと知った時には、今まで感じた事のない、強烈な恥ずかしさを覚えたけれど、それは言わば自業自得。


彼がここに来てくれたお陰で、これまで停滞していた何かが動き出す。


今は、そんな予感さえする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る