第24話

 「しっかり妹達を手助けしてあげて」


ヴィクトリアの言葉に、居並ぶ役人達が揃って頭を下げる。


大国とはいえ、それに比例して優秀な人材も多く、また其々の任期も長い事から、学校を出て数年の若手には、あまり活躍の場はない。


そういう人材をどう活用していくかが今後の課題となっていたビストーだが、和也によって生み出された新たな国で、奇しくも働く機会を与えられた。


勿論、その国の人材を全て排除してしまっては、政が上手く行えるはずがない。


その国にはその国の、風習なりやり方というものがある。


道義的に認められないものを除き、可能な限りそれを尊重しながら、その上でこの国の良い所を導入していかなくてはならない。


戦勝国としての驕りとか、名家の出身だとの変なプライドは、真に人を動かす上で邪魔になる。


ここに居る者達は、各部署の大臣達が推薦してきた者の中から、和也に頼んで選んで貰った人材。


それだけに、出身や学歴、経験等、多様な人材が混ざっているが、信頼性は十分だ。


女王になるとはいえ、まだ年若い身で、不慣れな土地で、経験のない政を取り仕切らねばならない妹達に、少しでも優秀な人材を付けてやりたかったヴィクトリアとしては、夫が太鼓判を押す彼ら(彼女ら)に向ける期待が大きくなるのは致し方ない。


彼ら(彼女ら)もそれが分っているから、重責に多少の不安を感じながらも、最大の努力を惜しまない積りでここに臨んでいる。


着飾った貴族が多数参列する華やかな壮行会においても、一際その美しさを放つヴィクトリア。


そんな彼女に見惚れる者も多い中、彼女のこの一声を境に、和やかな宴が幕を開けた。



 ジョアンナによる統治魔法から一夜明け、不安を取り除かれた住民達は、その日から普段通りの生活を送り始めた。


魔法の効果は持って数日であったが、そのかんに、和也によって迅速に物事が進められ、戦後の混乱もほとんど無いまま、どうにか大陸全体の秩序が維持された。


オルレイアを4分割した内の2つ、和也が自ら貰い受けた国々では、住民達の間に、混乱どころか動揺さえ見られなかった。


ジョアンナに歌を歌わせた後、手伝ってくれた精霊王達に贈り物を与えて礼を言い、送り出した彼は、その夜、人々が寝静まった後、自分の領地となる国の全世帯に向けて、1枚のメモを転送した。


そこには、こう書かれていたという。


『君達は、新たに建国された我が国の住人となった。

その内、新しい国名を公布するので、確と覚えて欲しい。

国名以外の地名、自治体の名、公共施設の名称等はそのまま使用する。

国内の公用語も変更しない。

それから、ビストーに攻め入る事を勇気を持って拒んだ君達に敬意を表し、心ばかりの贈り物をする。

今後この国が在る限り、個人が生産する農作物(相互扶助による共同作業を含む)には課税しない。

その他、商売や依頼等で得た現金収入に関しては、税率を、一律10%に固定する。

富裕層には恩恵が多いが、そこは寄付制度を設け、毎年の寄付額に応じ、その年限りの特典を用意する。

自然と共に、その恵みには限りがある事を理解しつつ、生きる事を楽しんで欲しい。


新国王こと、怪盗黒マントより』


朝起き出した家々から、地鳴りのような歓声が沸き起こった事を、後に歴史家が記している。



 和也は2国の内、主に農村地帯が広がる国の管理を、1年後、アリアを慕って家から出たオリビアに任せる。


国王代理としての権限を与え、収入を得る手段を与えると共に、アリアからの要請で、彼女にべったりにならないように牽制したのだ。


最初は文句を言っていたが、領地経営が向いているのか、数年すると自らそれを楽しむようになり、和也に色々進言しては、国と民を更に豊かにしていった。


ある大貴族の城をそのまま王城に用いたその庭園には、彼女が自ら植えた花々が、季節ごとに様々に咲き誇る。


花を愛でる表情の優しさから、きっと大切な思い出があるのだろうと感じられるが、オリビアはそれを語ろうとはしない。


そして年に数度、1週間程の休みを取っては、供も連れずに何処かに向かう(和也から転移のリングを貸し与えられている)。


アリアがその都度、枕カバーや寝間着など、部屋の小物がなくなると笑っていた(正確には、その物が新品に代わっているのだが)。


アリアの庇護下に入ったオリビアだが、彼女から与えられる愛情は、ハグや頬へのキス、一緒の入浴や睡眠など、あくまで家族や友人の範疇を超える事はなかった。


だが、それでもオリビアは、アリアと共に過ごす時間を、とても嬉しそうに、凄く大切にしていた。


見兼ねた和也が、『もう少しくらい応えてやれないか?』と、こっそり口を出したが、『あなたと一緒なら、考えても良いわ』と返されて、逆に言葉に窮した。


生涯を独身で通したオリビアの最後は、実はほとんど知られてはいない。


その葬儀は極数人だけで簡素に執り行われ、彼女の遺体を見た者もいない。


ただその墓地だけが、国の管理する霊園内にあり、その命日とされる日には、毎年決まって誰かが2束、花を添えにやって来る。


一人はアリアだろう。


だがあとの一人は、誰だか分らない。



 残りの1国、山林の多い地帯を治める国は、ジョアンナに任された。


ダンジョン内の学校における彼女の授業は、例の四人に関してはほぼ終わっているので(その甲斐あって、トオルやマサオも自分の服を自ら縫えるし、専門的な料理以外は大体作れる。礼儀作法に関しても、ミレニーの紹介で次々やって来る上級貴族相手に、そつ無く宿の応対ができるレベルにある。因みに、あまりに客が増えたため、和也によって、宿専用の風呂が新たに造られた)、新しく採る生徒達が決まるまでに、後任を考えれば良い。


彼女に話を持ち掛けた際、『ご主人様のお側で尽くす時間が減るのは・・』と難色を示したジョアンナだが、『100年くらいで交代させるから。それ以降は、我が居城で自分の専属メイドとして仕えて欲しい』との和也の言葉で、あっさり翻意した。


通常の5倍の時間を使えるあの校舎で、日々和也の為に己を高め続けた彼女の能力は、元から有していた才能のお陰もあって、今やたった一人でも国を動かせるまでになっている(軍は不要だから)。


深く険しい森や山ばかりで、人が住む土地の面積は国全体の5分の1もない、人口が30万にも満たない国であるが、その分、多彩な自然と豊富な資源があり、生態系も充実している。


地下迷宮を好まない、地上での繁殖を望む魔獣や魔物のために、和也が敢えて残した地なのである。


国王代理としてのジョアンナの権限で、足りない人員は補充しても良いと伝えると、何かを言いたそうな、でも言い辛そうな顔をしたので、先にこちらから言ってやる。


「君の妹弟がいるなら、勿論歓迎しよう」


「!!」


今や中級貴族と肩を並べる程の収入があるとはいえ、ヘリ―家当主となれるのは唯一人だけ。


残りの子供達は、家でくすぶるか、彼女のように、外で自立するしかない。


大きな町は1つしかない、第1次産業中心の国と雖も、独立して家を持ち、行政官としてある程度の地位に就けるなら、恐らく喜んで移り住むだろう。


和也はこの国で、その力を以って山を掘る事なく鉱山資源を抽出しながら、それを基に役人に給与を支払い、住民からは極力税を取らない積りでいる。


仕事と戦に追われ、己の楽しみを後回しにしてきた彼らに、せめてその生が尽きるまで、生まれてきた喜びを噛みしめて欲しい。


至らぬ神としての、細やかな願いである。


「尤も、収益の少ない国だから、月に銀貨150枚(日本円で約45万)くらいしか、払ってやれないが。

君は国王代理だから、今の月に金貨3枚の額から、10枚に増やす(金貨1枚=銀貨100枚)」


「・・有難うございます。

きっと妹弟達も喜びます。

でも、私の分は、別に今と同じでも良いですよ?」


涙脆い彼女(ジョアンナ曰く、『それはご主人様の前だけです』)は、ここでも細く緩やかに、頬を湿らせながらそう告げる。


「上に立つ者が薄給だと、下の者が貰い辛い。

幸いにも、この世界にはまだそういう価値観が残っている。

まあ、自分が知ってる世界のように、上だけが取って、下にきちんと配分しないのは、流石にどうかと思うがな」


「・・私としては、金貨よりもご主人様との時間をもっと増やして欲しいのですが・・」


「それは給金とは言わない。

それに、今からそんなに一緒に居たら、その内君に飽きられてしまうかもしれん」


「飽きません!

それ、今度言ったら怒りますからね?」


苦笑を浮かべ、逃げるように何処かに転移した和也に向けて、ジョアンナが涙を拭きながら呟く。


「もう私に、そんなごまかしは通じませんよ?

国が落ち着いたら、例の件、お願いに上がりますからね?

・・それと、本当に有難うございます」


その場に居ない和也に深くお辞儀をすると、彼女は、住居として宛がわれた、新たな王城へと入って行くのだった。



 怪盗黒マント。


自国の国王でありながら、極一部の者しか正体を知らない、民の前に顔を出した事もない人物。


その会いたくても会えない謎の国王に、不満を抱く国民は一人もいない。


何らかの不幸で民が真に困窮した折、不作や災害で収穫が大きく落ち込んだ時、決まって深夜の寝静まった時間に、何時の間にかそこに届いている贈り物。


事故や犯罪で親を亡くした子供達には、その命を受けた役人が、いち早く駆け付け、彼らを手厚く保護した。


国家による刑罰としての奴隷以外を決して認めず、それ以外のどんな理由でも、自国で勝手に人を売買した者達には、厳罰を科した。


2国内では貴族制を廃止し、官僚制を敷いて、誰でも受ける事が可能な任官試験を設ける事で、優秀な人材の登用と、長期の独占による腐敗などの弊害をなくしていく。


その姿を知る者がほとんどいないという事が、逆に民達の想像力を刺激し、後に小説や劇などの題材となって、娯楽にまで貢献する。


その中で特に秀でた作品を、ヴィクトリアは愛読書にしていたし(決して彼女との出会いのシーンが美化されていたからではない、と思う)、エリカに至っては、己が教える文学の授業に必ず取り入れていた。


ジョアンナはと言うと、己の給金の中から劇団に援助をし、自国を超えた、その劇の普及に努めた程だ。


日本における時代劇のように、子供達に勧善懲悪を教える良い題材だと考えたようである。



 アリアの生活は、その後約50年は、ほとんど変わらなかった。


和也が最初に建てた家にエリカと共に住みながら(エリカは時々、数週間ほど家を空ける事もあったが)、偶に街に出て気晴らしと買い物をする以外は、ひたすら絵を描いていた。


ディムニーサに渡した絵の事を、彼女が他の精霊王達に自慢したせいで、残りの五人からも依頼が来た。


和也も自己の居城に飾るからと、娘達全員と、妻達全員の肖像画を頼んできたし(個別の絵と集合ものの計13枚。その報酬に、丸3か月分の和也の独占権を要求された時は、エリカを除く妻達の間で、一悶着あった)、エリカや紫桜を通じて絵の事を知った、和也のファンクラブの面々や、リセリー、『花月楼』や『蒼風』等からも、控え目ながら、依頼が送られて来た。


アリアの描く和也の肖像画は、まるで彼が生きているようだとの評判が高い。


和也の妻になり、愛される度にその能力を上げていった彼女は、独自の筆使いと配色で絵を際立たせ、そこに”ある魔力”を込める事で、その作品に強烈な生命感を与える。


それが何かは決して教えてはくれないが、和也の肖像画の仕上げの際には、必ず夜の予約が入るという、妻達の専らの噂である。


勿論、プロとして、他の題材の絵も決して妥協をせず、かかりきりでも1枚に最低数か月はかかる彼女の絵を、持てる人は極少ない。


彼女は今や、お金のためだけには描かないし、その依頼も、信用のおける筋からしか受けない。


ギルドからも脱退してしまったので、中々会えもしないのだ。


彼女に会うには、叔母の店に偶に現れるのを辛抱強く待つか、街中で偶然見かける幸運を祈るしかない。


例外は、今の所オリビアくらいか。


眷族以外で彼女だけは、和也から家に来る事を許されているので、アリアがアトリエに籠っていたり、和也との二人きりの時間を過ごしていない限り、その傍で休暇を満喫できた(和也が居る時は、アリアがいつも彼と一緒に風呂に入るので、その時は、渋々オリビアも共に入り始めた。彼女にしてみれば、やっと一緒に入る事を許されたのに、そんな事を気にして折角の機会を無駄にしたくはないらしい)。


肉体の衰えから解放されたアリアは、20年を過ぎた辺りから一時期、人前に出なくなっていた時がある。


叔母を含めた親しい者達が、次第に年を取っていく中で、眷族以外では自分だけが若さと美貌を保ち続ける事に、未だ慣れていなかったせいだ。


顔と名前が売れ過ぎて、国の何処へ行っても、年を取らない容姿に不審な目を向けられている気がして、少し疲れた事も理由の1つだった。


眷族になる際、和也から念を押されていた事だが、色恋ではなく人の情に関する面では、己が思っていた以上に、脆かったらしい。


和也に出会う前は、他人の事にあまり関心が無かったアリアだが、『器』の主を得て、その視界が大きく開けた事により、他者を気遣う余裕が生まれた。


それまであまりピンとこなかった叔母との関係も、保護してくれていたオリビアに対する気持ちも、かなり変化したのだ。


そんな訳で、余計に絵に集中していたのだが、ある時、同じような立場にあるヴィクトリアが発した言葉により、目を覚まされる。


「貴女の事が本当に大切な人なら、貴女の今を、共に喜んでくれるわ。

自身の境遇と比較したりはしないわよ。

逆に考えてごらんなさい。

もし貴女が年を取っていって、老齢と呼ばれる立場になったとしたら、貴女は依然として若い姿のままの旦那様の事を、嫌いになれるの?」


「!!!」


「貴女の叔母さんも、そしてオリビアも、きっと今の貴女と同じ気持ちだと思うわよ?

それに、どうでも良い相手なら、それこそ幻影の魔法を使って遣り過ごせば良いじゃない。

無責任な烏合の衆の視線など、一々気にする事ないわ」


この後、久し振りにオリビアと会ったアリアは、壮年になってより落ち着いた彼女の瞳に、出会った頃と同じ色の感情を見つけて、安心して微笑むのだった。


叔母の葬儀を終えた頃には、依頼された絵を描く事にも一段落して、幻影の魔法で姿を変え、駆け出しの冒険者として再度ギルドに登録する。


引き受ける依頼は専ら収集系のものばかりで、仕事の傍ら、そこのスケッチをする彼女をよく見かけたという。


偶に魔物に出くわしても、何故か攻撃される事はなく、魔獣に至っては、絵を描く彼女の側で、大人しく昼寝をした程だ。


そんな理由から、まだ腕に自信のない冒険者達は、幸運にも彼女を見かけると、そこを緊急避難所として覚えておいたという。


誰が、どんなにパーティーに誘っても、彼女は決して頷かなかったから。



 彼女の家には、和也とヴィクトリアの他に、もう一人、今でも定期的に遊びに来る人物がいる。


その右の薬指に、見覚えのあるリングが輝いているから、恐らく和也の眷族なのだろう。


エリカは後に、エスタリア大陸にもう1つ別の小さな家を与えられ、1年の3分の1くらいはそこで過ごすようになった。


和也が彼女との約束(六精合体参照)を果たすべく、深い森にある湖の畔に建てた、小さな洋館だ。


そこで二人は幾つかのイベントを設け、普通の恋人達が過ごすような、平凡だが楽しい生活を経験している。


能力や魔法を極力使わない設定での生活は、不便だが笑いに溢れ、エリカの茶目っ気により磨きがかかっている。



 最後に、幾人かのその後についても簡単に記しておこう。


 ユイとユエは、約9年に及ぶ和也の仕事で、すっかり名の売れた冒険者となった。


ギルドにおいて、まだ新人の女の子達が強引に誰かのパーティーに入れられそうになるのを見かけると、必ず仲裁に入り、時にはその腕がある程度上達するまで、臨時のパーティーを組んで助けていた。


以前、それに反発した男達が徒党を組んで、夜道で彼女達を襲おうとした事があるが、逆に容赦なく叩きのめされ、彼らはそれ以降、二度と女性を抱けない身体になった。


ギルドでも、ヴィクトリアの許可証を持つ彼女達の行為には介入しないという、暗黙の了解があるらしく、恨みを持つ誰かが無実の罪をでっちあげて彼女達を陥れようとしても、一切相手にされなかった。


また、その活動の傍ら、和也から依頼されたもう1つの任務では、その間十二人の者達を救い、奴隷から解放された彼ら(彼女ら)は、ダンジョン内での実習の後、ヴィクトリアの下で様々な仕事に就いて、国の発展に寄与する。


そんな彼女達だが、和也に課された契約期間が終了すると、周囲に別の大陸に行くと言って姿を消す。


未だ海上の安全は確立されてはおらず、最も近いエスタリア大陸でさえ、命懸けの航海となる時代である。


その後の彼女達の行方は、ようとして摑めなかったが、十数年後、かの大陸から来たという一人の女性によって、偶然にその安否が確認できた。


ただ、『自分を魔物から救ってくれた』という彼女達の容姿は、どう見ても二十歳はたちそこそこくらいにしか見えなかったという。


恐らく、その娘達ではないかと考える者もいたが、ユイとユエの詳しい事情を知る者は、首を傾げるばかりであった。



 ベニス達三人は、壮年を過ぎようという頃になって、冒険者から身を引き、孤児院の経営を手伝い出した。


その頃には、かの村の紫水晶の鉱脈はほとんど枯渇し、依頼をくれていた院長婦人も結構な高齢となったため、ちょうど良かった。


ただ、それに代わる収入源を探さねばならず、思案に暮れていた所を、またしても和也に救われる。


彼が地下迷宮に設置したトイレが、この頃にはほとんど知らぬ者がいないまでに認知され、その結果、大陸全土で月に数千枚の金貨を得るまでとなり、和也はその中から、毎月7枚の金貨を、彼女達が死ぬまで送り続けた。


ベニスに時々頼まれていた例の件は、彼女が50になる前にはなくなったが、それ以降も偶に四人で酒を飲んでは、話に花を咲かせていたという。



 トオル達四人の内、トオルとタエは結婚し、タエの家の宿屋を継いだ。


マサオとアケミはエリカの下で学び終えた後、王都へ出て、ヴィクトリアの計らいで専門学校に入学し、飛び級で卒業後、マサオは国お抱えの貿易商に、アケミは上級官僚になって、そのまま王都で暮らした。


二人共、老いて役職から退いた後は、子供を残して自分達だけで村に帰り、親の仕事を引き継いだという。


規模が大きくなり、より豊かになった村にある、タエの宿の食堂で、1日の仕事が終わると、四人で昔話を楽しんでいたそうだ。



 ルビーは益々美しく妖艶になり、その彼女に一目会うために、ダンジョンAの客がかなり増えた。


例の若夫婦のお陰で人間を見直した彼女は、そんな彼らを蹴散らさず、払った金貨分の時間をかけて相手をしてやり、その技量を少しでも磨かせてやった。


尤も、己に対して露骨に色欲の眼を向けてくる相手には、この限りではなかったが。


暇な時は地下迷宮に転移して、善良な魔物が悪質な冒険者に狩られるのをこっそり邪魔したり、どうしても必要なお金のために、やむなく娼館で働こうとする女性に、自室の宝箱から相応のお金を渡して、未然に防いだりもしていた(和也からそうしろと言われている)。



 メイは相変わらず、色気より食い気の方が勝り、和也から褒美として与えられる様々な食べ物に喜んでいた(1番のお気に入りは、やはりアンリのパン)。


時々あの場所へ立ち寄り、母の魂が宿る樹の側で、昼寝をしている事もあった。


生涯を独り身で通し、レム君と呼んで親しくしていたゴーレムとルビー達に見送られ、その長い生涯を閉じた。


和也はその亡骸を、彼女の母の樹の隣に埋め、その上に、樫の木の苗を植えて育てたという。


彼の妻達によると、偶に立ち寄っては、成長していく幹に懐かしそうに手を添えていたそうだ。



 世界中を渡り歩きながら、和也に命じられた仕事に専念していたエメラルドは、その30年の間に多くの罪人や魔獣をダンジョンCへと送り、世の平和とダンジョンCの拡張に大きく貢献した。


1年ごとに、己の家があるダンジョン内の居住区へと帰って来ては、和也から報酬を貰い、肉体的、精神的に満たされて、また仕事へと戻って行った。


エスタリア大陸では、偶々元オルレイア王家の娘の一人と知り合い、苦労を重ねて心根を入れ替えたその者を、和也に直訴して救い出し、オリビアの下で官僚として仕えさせる。


ゼダにあるエルフの国では、自分達が1番優れていると盲信していた彼女達に、その力を以って、上には上がいる事を教え、彼女達が信仰していた神の中に、最高神として、新たに御剣神を受け入れさせた(これには呆れたように苦笑いした和也である)。


30年の任期が過ぎると、和也にその任を解かれ、暫く自由に暮らす事を許される。


その後は、ルビーと酒や温泉を楽しんだり(酒の席では、どちらが和也の寵愛をより多く受けているかで、頻繁に言い争いをしたらしい)、自らが知り合った人物のその後を見に行ったりしながら、ゆったりと過ごした。



 魔獣界も少し賑やかになった。


和也が不定期に送っていたもの達の他に、エメラルドも協力したからだ。


凶暴な魔獣をダンジョンCへと送る傍ら、何もしていないのに、ただ珍しいとか高く売れるとかいう理由だけで人間達に追い詰められていた彼ら(彼女ら)を、任務の合間に数多く見てきた彼女は、その姿に何となく過去の自分を重ね、和也に相談したのだ。


その結果、魔獣界へと繋がる黒い球体の使用をも許された彼女は、念話で彼ら(彼女ら)の意思を確認しながら、そこに送るに相応しいもの達に、新たな道を提示してきた。


お陰で個体数の増えた種族もおり、彼ら(彼女ら)のそこでの繁殖に、大きく貢献したという。

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