第22話

 「美味しい。

ここの給食、何でこんなに美味しいんだろ?

うちの宿も、最近は料理の評判が凄く良いけど、ここの食事の方が上の気がする」


タエが嬉しそうに頬張るおかずをトオルが御代わりし、マサオ達もゆっくり味わってはいるが、どんどん料理を減らしていく。


「美味しい物を作るには、普段から良い物を食べている必要がある。

これは、ある意味真実です。

舌と脳が覚えている味を、頭の中で作る図面に描き、多少の感性を添えて表面化する。

料理とは、そういうものだと聞きました」


エリカが、食欲旺盛な子供達を見ながら、嬉しそうにそう語る。


時々和也が斡旋する仕事を続けながら勉学に励む彼らは、もうあと1、2年もすれば、ここを卒業し、其々の人生を歩み始めるだろう。


人にものを教えるなんて嘗ては考えもしなかった彼女は、この新しい世界で、自分のやりたい事を、少しずつ実現してきている。


和也が全てであり最優先。


その思考に変化はないが、自分が他の存在と関わり、その仕事で以て和也の笑顔が増すというのなら、エリカは今の教師という職業に不満はない。


最初は暇潰しの意味もあったが、やってみると中々楽しいものだ。


瞳を輝かせ、純粋に学ぶ事を楽しんでいる生徒達を見ていると、遠き日の自分を思い出し、懐かしさがこみ上げる。


親の持つ地位や財産を当てにして、子供の内から努力を怠り、己の可能性を自ら狭めてしまう者もいる中で、学ぶ事に真摯な彼らの姿は、『きっと彼に笑顔をくれる』、彼女にそう期待を抱かせるに十分であった。


「今日はジョアンナ先生はいらっしゃらないんですか?」


食後の珈琲を楽しんでいたエリカ(和也が同席していなければ、彼女はかなり小食)に、アケミがそう尋ねてくる。


「ジョアンナ先生は、今日は旦那様と別のお仕事に行かれているの。

だから残念だけど、今日と明日はお休みね」


和也達の迅速な対応により、先の大戦においてもビストー王国に被害は生じず、その国民のほとんどが、周辺緒国が一斉に攻めてきた事すら知らなかった。


この村の子供達も、当然、その事を聞かされてはいない。


あの後、和也とヴィクトリアが二人だけで王宮に行き、その場で詳しい説明と話合いが持たれた。


和也達から伝えられた内容に、国王を初め、国の政を担う重鎮達は皆ひれ伏し、その提案と要求を無条件で受け入れた。


和也が創り出したスクリーン上で、戦の一部始終を見ていた彼らは、その力に一切の疑問を挟まなかったし、一言も不満を口にしなかった。


和也の提案や要求の中に、ビストー王国にとって不利になるものが全くなかったせいもある。


オルレイアを解体し、4つの国に分け、その内の2つを、ヴィクトリアの妹達に継がせる。


しかも、経済の中心である、王城のある都市や町がある部分を彼女らに与え、和也が貰い受けたのは、主に農村地帯と山林。


彼女らに国を与える条件として和也が提示した内容は、国民に課して良い最高税率の順守と、王族の婚姻には、当事者の気持ちを最優先とするという僅か2点だけ。


また、他の周辺緒国に対する罰は、現国王の交代(後任は和也が選任)と、王族及び主要貴族から、その財産の6割を没収するのみとした(ジョアンナの家のような、名ばかりで貧しい貴族からは取らない)。


査定と没収は和也が行うので、どの国や貴族も、一切のごまかしが効かない。


徴収した金額の内から、その1割を、ビストー王国に慰謝料として分け与える事にもなっている。


ヴィクトリアに生じた秘密については、今回の関係者以外は他言無用。


彼女の部屋は、王宮の特別な場所に、国が亡ぶまで代々残しておく事が約束された。


話合いが終わり、国王に急ぎ呼ばれたヴィクトリアの妹達は、初めて会った和也に先ず微笑んで姉との婚姻の祝辞を述べ、その後聞かされた内容に、口元を押さえ、感謝で震えながら跪いた。


「王族だから、民の税で暮らしているからといって、婚姻の相手を自ら選べない道理はない。

愛する者と結ばれなければ、その暮らしも、やがて生まれてくる子も、真の意味で幸せにはなれまい。

お互いに努力して、長い年月をかけて育む愛も確かにあるが、できる事なら、それを努力と感じさせない暮らしの方が、その周囲に多くの笑顔が溢れるからな。

自分は少しでも多くの者に、その夢を追って欲しい」


彼女達にそう告げて、妹達の肩に優しく手を載せるビクトリアに『事後処理をしてくる』と念話を送り、和也は周辺諸国に転移する。


オルレイアを除き、4つの国では先ずはその力を見せて、当事者を黙らせる。


王に退位を迫る和也に、剣を抜いて切りかかる兵や騎士も居るには居たが、それらが一人残らず謎の赤い球体に吸い込まれ、魔術師達が放つ魔法の数々が全て無効化されると、大抵は諦めて従った。


只でさえ自慢の軍が崩壊寸前まで追い込まれて戻って来たのだ。


殺されるよりはずっと増しだと考えるのは、至極尤もな事である。


王宮及び主要貴族の館や金庫から、その財産の6割を自身の収納スペースに転移させ(動産だけでそこまで達しない場合には、その館や金庫に根抵当の魔法を付け、将来の収入を担保する)、その旨を伝えてからさっさと次へ行くの繰り返し。


後になって、自分達の財産が大方没収された事を知る貴族達を、どう宥めるかも、彼らに課した罰の中に入っている。


因みに、その国々の新しい王には、性別や妾腹とかの生まれに関係なく、最も心清き者を選んだ。


その能力が多少他より劣っていても、彼ら(彼女ら)を慕い集ってくる、優秀な人材の力を借りれば済む事だし、後ろ盾が無くても、その分今回の立役者である和也(ビストー王国)を頼る機会が増え、王国との結び付きが今まで以上に強固となる。


以前よりずっと、柔らかな笑顔が増えた妻(ヴィクトリア)の為に、色々手を打つ和也であった。


オルレイアでの事後処理には、流石に少し時間を要した。


大陸最強との自負が強い国王とその一族は、王宮にいきなり転移してきて、自身に刃や魔法を向けた相手を悉く何処かへと消し去った和也に対してさえ、最初は強気な態度を崩さなかった。


だが、その強気の素である精鋭軍が崩壊し、国に戻った兵達が、各地で続々と退役願を出している事を側近から耳打ちされると激しく動揺し、更に、和也が王宮のみならず有力諸侯の財産を粗方没収した事を伝え、以前の怪盗も自分だと教えるとあからさまに意気消沈し、やがて国王は、姿勢を崩して玉座から転げ落ちた。


和也が以前この国の農民達を助けた際、その事は内緒にと記していたが、空腹と疲労を抱え、明日への希望も描けなかった当時の彼らは、同じような境遇の者同士で秘密裏に意思疎通を図り、受けた恩を、決して忘れなかった。


今回の戦において兵を組んだ際、農民出身の兵のほとんどが、ビストー王国への出兵を強硬に拒んだ。


怪盗黒マント。


その特徴(第1王女が黒い衣装で全身をコーディネートしている事は、周辺諸国にも知られている)と救済を受けた時期から、どうやらビストーの関係者だと当たりをつけた彼らは、大恩あるかの国で、理由なき殺戮を行う事に激しい抵抗を試みた。


親族を人質に、どうにか出兵させたが、その彼らは全員が和也によって、戦が始まる前に、自国の家へと無傷で戻されている。


直前に退役したり、人質が取れなくて出兵させられなかった兵(各地の牢に入れられている)を加えれば、その数は残っている精鋭部隊の数倍に上るのだ。


彼らが皆、目の前の少年に喜んで味方するであろう事は、幾らこの国王でも、察しがついたらしい。


最後までしぶとく抵抗した王族の数人は、苛立った和也によってそのままエスタリアの何処かに飛ばされ、陸な所持金も無く、かの地で惨めに暮らす事になる。


降伏した残りの一族は、全員がその地位と権利をはく奪され、其々が一般人の3か月分に相当する生活費を与えられて、同じくエスタリアの地方都市へと飛ばされた(王冠や、身に着けていた貴金属の装飾品の類は没収)。


主のいなくなった玉座に座った和也は、呆然と突っ立ったままの高級官僚の中から、新たな国でも使えそうな者を数人選び、それ以外は全て解任する。


クビになった彼らは、腹いせに、去り際に王宮の財産を少しでも持ち去ろうとしたが、既に目星いものは和也が没収していたので、全くの徒労に終わった。


後に残った数人に、己への忠誠を誓わせ、国の大分割と今後の方針を伝え、その下地となる仕事を任せる。


その際、和也は国の全役人の膨大なリストを生み出し、その人物欄に赤と青の色を付けて彼らに手渡す。


赤は解雇、青は必ず留任、それ以外はお前達の判断に任せるとの付箋付きで。


この場に居ない大貴族や有力諸侯の処分は、後日改めて自分が行うと伝えると、彼らは安心したように、ほっと胸を撫で下ろすのだった。


これらの作業を粛々とこなし、再度その説明のために半日振りにビストー王宮に戻って、やっと妻達が待つ自らの居城に帰った和也を、六人の妻とエレナが最大限に労う。


自分を挟んで語り合う、妻達の心地良い声音を子守歌に、和也は、重くなる瞼に抗う事なく、穏やかな眠りに就いた。


翌日、妻達が其々の居場所に戻り、エレナに今回の礼として、後日エリカと二人だけの特別休暇を約束すると、和也はジョアンナの居る、ダンジョン内の校舎へと飛ぶ。


私用で休んだエリカに代わって、子供達に魔法や座学の授業までしてくれた彼女に、有紗から分けて貰った地球の様々なスイーツを、土産として渡す。


それを大事そうに自室の冷蔵庫へと終った彼女の手を引き、和也は、誰も居なくなった、己の居城へと転移する。


「・・ここはどちらですか?」


初めて訪れた、あまりに荘厳な雰囲気を放つ場所に、少し気後れしたような声で、そう尋ねるジョアンナ。


「自分の城だ」


「ご自分の?

・・以前もお尋ねしましたが、ご主人様は人間ではありませんよね?」


とても人の手では生み出せそうもないような空間の中で、彼女は以前も尋ねて明確な答えを得られなかった問いを、再度口にする。


「・・君には、自分が何に見える?」


「神様に見えます」


質問に質問で返された形だが、ずっと考えていた事なので、すんなりと答えられる。


「自分の何処を見て、そう考えるのだ?

あの時見せた武力か?

それとも、何でも生み出せる魔力だろうか?」


はぐらかされるかもしれないと思った自らの答えに、意外にも、彼は表情も変えずに再度尋ねてくる。


「貴方様の、そのお心の有様ありようです。

力が強いだけなら、私がまだ知らぬ世界に、もしかしたら凄い種族や人種の方々がいるのかもしれない。

魔力の大きさだけで語るなら、最悪、何処かの魔王を疑う事だってできます。

でもご主人様には、私に決定的にそう思わせる、素敵な要素がお有りです。

・・そのお心。

私達只の人間が、苦しい時、辛い時、自らの力ではどうにもならない事象に対して祈る対象。

私達、人の願いを叶えて欲しい御方として、先ず真っ先に心に浮かぶ理想のお姿。

私には、ご主人様がそう見えます。

だから、こう思わずにはいられません。

貴方様は、神様なのだと」


「少し身贔屓が過ぎるのではないか?」


苦笑しながらそういう和也に、ジョアンナは断言する。


「そんな事はありません。

人が、その最後の砦として縋る神は、貴方のような方でいて欲しい。

それは、紛う方無き私の本心です」


「・・なあジョアンナ、自分がもし君が考えるような存在だとしたら、君はどうしたい?

今までと同様に、ずっと仕えてくれるだろうか?

それとも、やはり普通の生活がしたいと、自分の下から離れたいだろうか?

本当は、もう少し後で尋ねる積りだったが、今後君にして貰いたい仕事を考えた時、いつまでも己の素性を隠したまま傍に居させるのは、君に失礼だと思い直した。

君は自分を好いてくれているようだし、もし袂を分かつなら、より早い方が君の為にもなる。

このまま自分に仕えるという事は、君の人生における選択肢を、かなり限定するだろう。

たった一度だけ、契約後に途中で変更する事もできるが、それをすれば二度と自分とは会えず、その記憶も、自分に関するものだけは削除される。

周囲の環境が大して変化していない状況でならそれも良いだろうが、人が持つ時間よりずっと後になってからそれを選べば、以後の君の人生には、恐らく困難が伴ってしまう」


少し不安げな表情でそう尋ねる和也に、ジョアンナは、珍しく怒りを含んだ物言いで返事をした。


「ご主人様、今更何を仰っているのですか?

私が貴方様の側を離れると、本気でお考えなのですか?

これまで育んできた、ご主人様との素敵な思い出を、私が捨て去ると、本当にそうお思いなのですか?」


初めて見る、本気で怒った彼女の顔。


怒りで強く握りしめられたその拳を、彼女は深呼吸しながら、どうにか解いていく。


「・・ご主人様を初めて目にしたあの日、私は普段なら考えもしない、可笑しな行動を取りました。

オリビア様に志願して、いつか訪れるであろう初夜のためにとこっそり買っておいた、例の下着で貴方の前に立ちました。

恥ずかしかった。

凄く恥ずかしかった。

こんな事をして、軽い女に見られはしないかと不安で一杯になりながら、それでも貴方の目に止まる僅かな機会を得るために、頑張りました。

結果は、一瞥も頂けないという散々なものでしたが、貴方の紳士な態度に触れられて嬉しかったし、その後に思わぬ所でお話までできて、とても幸せでした。

思った通りの優しいお心を持ちながら、あれ程までにお強い貴方に、エリカさんのような素敵な奥様がおられるのは当たり前の事。

そう自分に言い聞かせて、使用人としてお側にお仕えできる喜びを噛みしめておりましたのに、その後も身に余るご厚意を受け続けて、到頭我慢できずに、態度に表してしまいました」


下を向いていた顔を上げ、こちらを見ながら言葉を続ける彼女。


「貴方様から嬉しいお言葉を得る度に、己を磨いてそれに応えようとしてきた私に、何故今更、そんな事を仰るのですか?

私が信用できないからですか?」


「それは違う。

前にも言ったが、仮令どんな状況にあろうとも、今の人間としての立場なら、君は最後まで付いてきてくれる。

自分は本当に、そう思っている」


「ならどうして!?」


「真に君を迎え入れるという事は、君が人間ではなくなる事を意味しているからだ。

自分の眷族になって、未来永劫、世の移り変わりを目にしながら、人の生死を直視していかねばならない。

人の時間は約100年ほど。

その程度の期間なら、人の心は、まだ柔軟性を保っていられる。

様々な事に直面しても、何とか乗り越える事も可能だ。

だが、不老不死となるとそうはいかない。

幾ら肉体と精神を強化しても、時という概念に価値を見出せぬ者も生まれるし、長過ぎる生に、飽きる者も出てくるだろう。

君にもし、伴侶なり連れ合いがいたなら、その者と二人でカバーし合えるだろうが、現時点での君には、主人という立場の、自分しかいない。

『器』なら、否応なく自分に付いてくるだろうが、恐らく君は違う。

だから、本当に失礼だとは思っているが、きちんと一度、確かめたいのだ。

自分は臆病だから、後になって己の下から去って行く者を、できれば見たくはない」


「・・神様なら、私の今後の生き様を、もしかしたらご覧になれるのではないですか?

それで判断していただく事はできないのでしょうか?」


「それはなるべくしたくはない。

前に一度それをやって、そのあまりの内容に、己の業の深さを嘆いたからな」


かなりの内容だったのだろう。


どなたかは知らないが、今はきっと、ご主人様とお幸せに暮らしているはずだ。


そんな顔をされている。


「・・ご主人様は、異性として、私の事をどうお思いですか?

抱いても良いと、そう思ってくれますか?

私は、貴方様の妻になろうなんて、そんな大それた考えは持っておりません。

ただ何かの折、そうですね、例えば、仕事を成功させたご褒美とか、偶には違う女性に手を出してみたいとか、そんなものでも構いません、そういう際に時々お相手していただけるだけで、私はずっと頑張れます。

流石に、不老不死となってまで、ずっとお預けされるのは嫌ですよ?

ご主人様が私に覚悟をお尋ねになるなら、私もはっきりとお聴きしたい。

何時かは必ず、私の想いに応えて下さいますか?」


真面目な顔をして、ご主人様にこんな事をお聴きできるのは、これが最後かもしれない。


だって凄く恥ずかしいもの。


でも、永遠にあの方の僕になるなら、決して避けては通れない。


何時か必ず、我慢できなくなる時が来る。


もしその時、彼に拒絶されたなら、私はきっと、それ以降生きてはいけない。


「・・君は相変わらず、謙虚というか、自己評価が低いな。

大図書館での出来事を思い出すまでもなく、世の男共が君を見る目を考えれば、そんな事、一々聴かなくても分るだろうに・・」


「他の方の視線など、私には何の意味もありません。

それに、あれだけ私の求愛の視線を受けながら、未だにその覚悟を尋ねてくるご主人様には、後半のお言葉を、そっくりそのままお返し致します」


徐に、和也が顔を引き締める。


「約束しよう。

自分の眷族として、その配下に加わった暁には、必ず君の想いに応える」


待ち焦がれたお言葉をお聴きして、自然に涙が溢れてくるが、それでも姿勢を正して、精一杯の笑顔を作り、口にする。


「私の魂に誓って、お約束致します。

私は、未来永劫、貴方様のお側を離れません。

いつまでも、ずっと、お仕え致します」


「有難う」


一旦目を閉じ、何かを噛みしめるかのように発せられたご主人様のお声は、私が未だ聞いた事のない程、様々な想いに溢れていた。

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