第21話

 「やはり少し緊張しますね」


有紗がそう呟くと、紫桜がその肩に手を載せ、微笑む。


「大丈夫。

全て旦那様にお任せすれば良いだけだから。

わたくし達がする事は、ただ彼に心を開放するだけで良いの」


「貴女も初陣なのですよね?

・・それにしては、何だか慣れてますね」


「それなりに修羅場を見てきたから・・」


「・・そうですか。

私ももっと、しっかりしないと駄目ですね」


「貴女は今のままで良いわ。

その純粋さ、大切になさい」


「・・有難う」


「お二人共、本当に仲が宜しいですね。

何か、そうなるきっかけでもあったのですか?」


エリカが微笑みながら尋ねてくる。


「え!?

・・何度も家にお邪魔していたから、その内にね」


紫桜が、何故か彼女から視線を逸らしてそうごまかす。


「ええ、そうです。

服装や暮らし振りが、私の国ととてもよく似ていましたし・・」


有紗も慌ててそう付け足す。


「フフフッ、あちらの世界は旦那様のお気に入りですからね。

今度また、わたくしもお伺いして宜しいですか?」


「勿論です。

美味しいケーキ、沢山ご用意しておきますね」


「まあ、有難うございます」


和也達が戻って来る間、庭を一望できるバルコニーで、其々がドリンクを持ちながら、立ち話をしている。


エリカ達と少し離れた場所では、マリーがアリアと何やら話込んでいた。


「皆様、そろそろご主人様がお戻りになります。

ご準備を・・」


エレナが恭しく皆にそう声をかけ、各自のグラスを回収して回る。


「では、参りましょう」


エリカの一声で、全員が謁見の間に転移する。


程無く、和也とヴィクトリアが姿を現わした。


「待たせたな。

そろそろ敵の本隊がやって来る頃だ。

自分達も出撃しよう」


居並ぶ妻達にそう言った和也は、彼女らの衣服を瞬時に変える。


其々白と黒一色で統一されたフード付きの生地の、頭と袖の部分には、生地とは対になる色(白の衣装なら黒)のマークが入っている。


アルファベットのMと、1本の剣を組み合わせた御剣のロゴ。


服自体は神官服に似ているが、腰の部分は絞り込まれ、フードによって顔が隠され、口元しか見えない(勿論、着ている彼女達にはちゃんと見えている)。


各自の右胸の部分には、其々を象徴する花が一輪、描かれていた。


因みに、エリカ、マリー、アリアが白の衣装、紫桜、有紗、ヴィクトリアが黒い衣装である。


「お前達が自分(和也)の使いとして、天上で力を振るう際の衣装だ。

・・行くぞ?」


妻六人を連れて、マライカンの上空へと転移する和也。


エレナが丁寧に腰を折り、見送る。


ビストー王国のほぼ中心、上空約3㎞程の所に現れる、巨大な金色こんじきの魔法陣。


その周囲を飾る、6つの小さな魔法陣の上に、姿を現す六人の女性。


何時の間にか、其々の手には、武器らしき物が握られている。


巨大な魔法陣の中央に、白銀の鎧姿で剣を逆手に持った和也が現れると、魔法陣の輝きが一層際立った。


「妻達よ、眺めはどうだ?」


和也の言葉に、先ずアリアとヴィクトリアが言葉を返す。


「こんなに高い場所、初めて。

眷族になった私でも、人の姿がよく見えない」


「そうね。

飛行の魔法が使えたとしても、この高さは人には無理だわ」


「有紗さんは驚かないんですね。

魔法が使えない世界だとお聴きしましたが・・」


アリアが意外そうに口にする。


自らの魔法陣から外には出られないので、お互いに、魔力で以て、その視界を補っている。


「その分、文明が発達しているからね。

向こうでは、お金さえ出せば、誰でも空を飛べるのよ?」


「誰でもですか!?

・・今度、お家に遊びに行っても良いですか?

どんな世界か興味があります」


「ええ、勿論」


「・・あなた、わたくし達が手にしている物は、一体何でしょう?」


エリカが、自らが握る黄金の柄杓を見つめながら言う。


「お前達の専用武器だな」


「武器?

この柄杓がですか?」


「自分が直接守護するお前には、攻撃に特化した物は必要ないだろう?

お前に故意に害を加えようとすれば、自分が跡形もなく始末するからな。

だからそれは、お前の性格に相応しい代物だ。

どう使うかは、その時になれば分る。

・・そろそろ潮時だな。

始めるぞ?」


和也が逆手の剣を、自身が載る魔法陣に軽く打ち付ける。


巨大な魔法陣全体に魔力が溢れ、妻達の身体に、その力の一部が浸透してくる。


エリカを除き、其々が受け持つ相手国の様子が鮮明に視界に映り、その頭の中には、自分が何をどうすべきかの情報が流れてくる。


各国の本隊に向け、蒼き風が吹き抜ける中、今ここに、和也と妻達による、初めての裁きが始まるのであった。



 『正直、気乗りのしない戦だが、上からの命令だしな。

占領しても、どうせオルレイアがごっそりと利益を持っていくんだろうし、適当な所で切り上げないと、俺達が必要以上に民の恨みを買うからな。

皆殺しにでもしない限りは、数年、数十年経っても、人は恨みを忘れないしよ』


オルレイアに次ぐ、大陸第2の軍事国家の総司令官が、馬上でそんな事を考えていた時、味方の兵が、数百人単位で消失していく珍事に見舞われる。


各連隊長が大慌てで状況を把握しようとする中、7万居た兵の内、実に約1割が減っていた。


「一体何が起きた!?

兵達の動揺を鎮めろ!

敵の攻撃かもしれん!」


総司令官が怒鳴り声をあげて場を収めようとするが、そこに更なる悲劇が加わる。


雲行きの怪しくなってきた空から、1匹の巨大な銀狼が駆け下りて来る。


その獰猛な姿は、目にした者に、恐怖を超える諦観しか生じさせなかった。



 「わたくしは、偉大なる神のつるぎ

恐れ多くも神の御前で、その大切な地を踏み躙る愚行を悔いるが良い」


マリーが、右手に持った神剣に、己が魔力を注ぎ込み、それで空間に円を描く。


瞬時に現れた魔法陣には、白百合の下で蹲る、1匹の銀狼が居た。


彼女がそこに剣を突き刺すと、魔法陣が激しく明滅する。


やがて、片目を開けた銀狼が、巨大な咆哮と共に起き上がる。


「行きなさい。

永劫に忘れ得ぬ恐怖を、かの者達の魂に刻み付けるのです」


再度咆哮を上げた銀狼が、勢い良く地上へと駆けて行く。


そして直ぐ様繰り広げられる殺戮。


噛み砕かれ、踏み潰され、引き裂かれた、赤い光を帯びる兵達の死体が、次々に地面に生じる染みに吸収されていく。


地上に見える赤き光が粗方消滅すると、マリーが再度、言葉を発する。


「我が分身たる氷の乙女、地上に顕現し、かの者達に一時ひとときの安らぎを」


銀狼の傍らに生じた魔法陣から、マリーによく似た氷の乙女が出現すると、銀狼が、彼女に向かって徐に口を開く。


その口の中に見える剣の柄を握った彼女は、まるで鞘から抜くように、思い切り引き抜いた。


強烈な魔力を帯びて、青光りしながら現れた剣を、彼女は敵の軍勢に向け、真一文字に振るう。


攻撃を受けた無色の兵達は、各々の天秤の傾き具合により、腕一本を切り取られたり、傷を負う代わりに相応の武器と所持金を没収されたりしながら、そのままの状態で瞬時に凍りつく。


所持金が足らずに負傷した兵士達も、その国や家族にとって、その人物が価値ある者であるなら、覆われた氷に映し出された金額を、明示された刻限までにそこに投入する事で、傷が治るようにしてある(刻限までに支払われなかったり、支払いを放棄すれば、その氷が解けた後、どんな治癒魔法を使おうと、元に戻る事はない)。


荒野に墓標の如く並んだ無数の氷柱を、和也は彼らの家や、その家族の下へと転移させる。


「お金など徴収して、一体何にお使いになるのです?」


エリカが不思議そうに尋ねる。


「戦後処理の費用の一部に充てる。

彼ら(彼女ら)に今、然程罪は無くとも、ここで罰しなかった際、侵略戦争に従軍した先で、罪なき人々に刃を向ける事になっていた。

負わせた傷の深さや、要求した金額は、その際に彼らが犯した罪に比例している。

彼らの中には、敵であるはずの住民に一切の危害を加えず、逆に保護しようとした者達も居る。

そういう者達には、何の制裁も課さず、逆にその懐に、相応の金貨を忍ばせておいた」


「フフフッ、あなたらしいお裁きですね。

・・でもそれなら、何故その方々は青い光を放つ中に入っていないのですか?」


「戦場で青き光を発する敵は、自らの意思に反し、強制的に参加させられた者達であり、かつ、心清き者達。

自らの意思で大義なき侵略戦争に参加した以上、仮令善人であっても、普通は青くは光らん。

ロッシュなどのように、止むに止まれぬ事情があり、それが我の心に響いた時は、手を差し伸べる事もあるというだけだ」


「成る程。

色々とお考えになっているのですね」


「当たり前だ。

お前は一体、自分(和也)を何だと思っている?」


苦笑しながらそう言った和也に、エリカはしてやったりという顔をして答えた。


「わたくしの最愛の旦那様です」


「・・裁きを続けるぞ」


今の己の顔を皆には見せたくない和也が、兜を被った頭を少し俯かせながら、そう言い含める。


二人の遣り取りを、口を少し尖らせながら見ていた紫桜が、魔法陣から流れ込む魔力に雰囲気を改め、荘厳な言葉を発する。


「わたくしは、神の法を司る審判。

人の持つ天秤の両脇に、その魂と判決を載せる執行者。

神の怒りに触れる時、これまでの行い全てが試される」


紫桜が、手に持つ黒い扇子を広げる。


そこに描かれた絵柄は、満開の桜の下で羽を休める鳳凰。


「お行きなさい。

守るべきものを何1つ持たない、哀れな者達に制裁を。

そして願わくば、彼らに来世が有らん事を」


扇子に描かれた、鳳凰の両目が光る。


突如として、空間に生じた漆黒の闇から、全身に紅蓮の炎を纏った鳳凰が飛び立つ。


国境の川の浅瀬を渡り終え、蒼き風に吹かれたある国の軍隊5万に向け、勢いよく近付いて行く。


青き光を放つ者達が消え失せた大地に、鳳凰の羽から零れ落ちる火の粉が降りかかり、赤き者達は瞬時に燃え尽き、無色の者達は、身代わりとして金品を失うか、身体自体に害は無いものの、まるで神経をじりじり焼かれるような激痛に苛まれる。


「苦しいでしょう?

いっそ死にたくなるでしょう?

でも、それでもね、生きているだけ増しなのよ。

死んでしまったら、誰かに命を奪われたなら、最早愛しい人を抱き締める事さえできないのだから」


呆然と空を見上げる者、痛みにのたうちまわる者達を、和也が国許へと転移させる。


彼らの痛みは、各々の天秤の傾き具合により、やがて消え去るようになっている。


「私は、慈悲深き神の御心。

その財と力で、世に繁栄を齎す見えざる手。

人を救うべく差し伸べるはずのその手を、裁きのために用いざるを得ない苦しみの一端を、あなた達も味わいなさい」


有紗が、薄くて黒い、スマホの画面を開く。


その画面に映し出された壁紙は、満月の夜空の下で、可憐な鈴蘭に停まる1羽の黒アゲハ。


「行きなさい。

悪しき者には相応の報いを。

そうでない者達には、殺される者の痛みを、その悲しみと憎しみを、何倍にも増して味わせるのです」


画面の中で、まるで風に吹かれたように揺れる鈴蘭。


それに反応するように、蝶が飛び立つ。


スマホの画面から消えた蝶が、空間に生じた闇から姿を現す。


黙々と荒野を進む3万の軍勢に、上空を飛び回る黒アゲハが、星の光のような鱗粉をまき散らしていく。


それを浴びた兵達は、ある者達は首を押さえて絶命し、そうでない者達は、虚ろになった目に何を見ているのか、呻きや叫び声をあげながら、奇行に走る。


金銭の没収で済んだ者達が怪訝な視線を向ける先で、彼らは必死に何かから逃げようともがいている。


和也は、大地にできた染みが死体を吸収した後、彼らを纏めて自国に転移させた。


「私は、勇ましい神の御前にはなを添える描き手。

荒々しくも優美なる神のお側に、あらゆる美を集める招き人。

不幸にも、その水準に届かない者達よ。

せめて一時いっときの夢を見るが良い」


アリアが、手に持つ銀色のパレットに、指を這わせる。


そこに浮かぶ12色の幾つかを用いて、空間上に、ある模様を描く。


その図柄は、ピアスの花の脇に立つ、魔神シトリー。


アリアが模様に魔力を込めると、花を見ていた魔神の瞳に光が灯る。


それと同時に、2万の軍勢で国境を割った敵にも異変が生じた。


赤く光る者同士が、まるで誰かを取り合うように殺し合い、その中で、傷つきながらも生き延びた者達は、今度は無色の兵達に襲い掛かり、満足に戦えぬまま、逆に打ち取られていく。


それが済むと、無色の兵達の間にも動きが起こり、大勢の兵が、自国に残してきた家族や連れ合いの名を叫びながら、走り去っていく。


彼らは、重い鎧を脱ぎ捨て、精魂尽きるまでひた走り、やっと自国の家へと着いた時には、その狂おしいまでの想いを奇麗に忘れている。


もし覚えていれば、夫婦や家族の仲が改善した者もいたであろうに・・。


誰もいなくなった大地に取り残された遺体は、流れ出た血と共に、浮かび上がる染みが吸収していった。


「わたくしは、創造主である神の魔法を担う者。

人を癒し、大地を育み、自然に干渉して、豊かな生態を可能とする管理人。

人々に希望を、生物に楽園を与えるはずのその力を、破壊と殺戮の道具とせねばならない怒りに、己が身を晒すが良い」


ヴィクトリアが、漆黒の杖で足元の魔法陣をトンと叩く。


力を与えられた魔法陣は、その少し下に、ある幻影を映し出していく。


イギリスの、貴族の庭園を思わせる花園。


咲き誇るレディ・ヒリンドンの花びらに顔を寄せていた女性が、ふと地上の兵士達に視線を向ける。


オルレイアが送り出した精鋭部隊10万は、蒼き風を浴びて9万弱までその数を減らしていたが、突然の事態にも拘らず、よく訓練された彼らは、それでもきちんと統制が取れていた。


鎧と武器が擦れる金属音と、何万もの兵士が行軍して醸し出す重厚な足音の響き。


戦う事に慣れた彼らの遥か頭上で、悲しげな表情を帯びたイシスが、空間に6つの光の玉を生み出す。


金、黒、赤、青、緑、茶の6色。


たおやかな指先が、それを1つずつ突いていく。


轟音と共に落ちてくる雷に、身を打たれる重装歩兵。


自身の影に包まれて、重力に圧し潰される歩兵。


障壁を張ろうとした魔力が炎に変り、それに包まれて燃え尽きる魔法師。


無色の兵に害が及ばぬよう、それらの魔法から彼らを護る水の膜。


馬上で指揮を執る士官には、鎌鼬が襲い掛かり、工作や輜重を担う兵達は、大地によって、その足元から精気を吸われる。


約3割ほど居た、赤い光を放つ兵達が死に絶えると、イシスは視線を花に戻し、そこで幻影も消える。


「あなた達は殺しはしない。

でも、わたくしの大事な国を攻めようとした以上、只では帰さないわ」


夥しい死体が、大地に生じた染みに吸い込まれ、後に残った無色の兵達に、彼女は告げる。


ヴィクトリアの瞳、オッドアイの片方が紅く輝き、魔法陣から膨大な魔力を吸った杖が、その力を兵達に放つ。


「もし今度、罪なき人を殺めようとしたら、あなた達は人ではなくなる。

低俗な魔物となって、人から狩られ、上位の魔物の餌となる存在になるわ。

・・くれぐれも、気を付けるのよ?」


含みのある笑みをその口元に浮かべて、彼女は杖を下ろした。


「・・結構な数の人が死にましたね。

あんなにも、心卑しき者達が居たのですね」


エリカが、しんみりとそう口にする。


ここで裁かねば、何の罪もない人達が、大勢彼らの犠牲となる。


和也第1主義の彼女には、彼らを処分した事には少しも心が痛まないし、必要な措置だと理解しながらも、その心は別の意味で晴れない。


あれだけの数の罪人が居たという事は、最低でもその数だけ被害者もいるという事だ。


何故彼らは、自らの環境を楽しむだけでは満足できなかったのか。


生活が苦しいから、努力して少しでも上を目指す。


手に入れたいもののために、身を粉にして懸命に働く。


大切な人を喜ばせようと、日々自己研鑽に励む。


それらは人間の持つ素晴らしい美徳だと思うし、そうしている人々に、彼女は称賛を惜しまない。


だがその一方で、同じ人間の中にも、己の欲しか考えず、他者の心を顧みない、薄汚れた者達も存在する事を、彼女は経験として知っている。


その二者を分けるものは一体何なのか?


生まれ?


育ち?


それとも環境や知己なのか?


その何れにも恵まれた彼女は、目の前で死んでいった者達の考えが今一つ理解できない。


「・・気になるのか?」


愛する妻に向けた、和也の穏やかな声。


まるでそうなる事が、予め分っていたような口振りだ。


「考えても理解できない事があるのは十分承知していますが、あなたがお創りになられたこの世界で、彼らはもっと別の生き方ができなかったのか、そう悔やまれます。

わたくしは、あなたが、彼らの犠牲になって死んでいった者達に、密かに心を痛めている事、ちゃんと知っているんですよ?

時々虚ろな目をして、何かを見ているあなた。

わたくしを抱いている際、まるで何かを振り払うかのように、力強くしがみつく腕。

妻の皆さんと談笑し、楽しいはずのその笑顔に、時として、僅かに差し込む暗い影。

今はチャンネルを閉じ気味にして、エレナに助けて貰っているとはいえ、限定的な能力しかない彼女と異なり、あなたには、その全てが見える。

眷族の方に、確かエメラルドさんでしたかしら、この世界だけでも少し掃除させようとしたのも、ダンジョンのためだけではないのでしょう?

・・あなたはとても強い人。

わたくしにさえ想像できない程の、心の柔軟性を備えてはいるけれど、それと痛みを感じないという事は全く別のもの。

愛するあなたに、何もしてあげられないわたくし自身が、凄く歯がゆいのです」


それこそ自分(和也)の前ではいつも笑顔を絶やさず、優しく包み込んでくれるような彼女が抱えていた悩みに、和也は慈愛と感謝の笑みで以て応える。


「お前が、お前達が居てくれるからこそ、自分は今、前に進める。

己が創り出した世界が、決して無駄ではなかったと実感できる。

人が時折見せる醜く嫌な面を忘れさせてくれる、お前達が与えてくれる温もりと喜びが、自分を自分足らしめている。

自分には、お前達が傍に居てくれるだけでも十分なのだ。

唯それだけで、世界に対する希望を、人に託す夢を、見失わずに済む」


エリカだけではなく、他の五人も、和也のこの言葉を噛みしめた。


ある者は俯いて嬉し涙を堪え、ある者は緩みそうになる口元を抑えている。


エリカの持つ黄金の柄杓が徐に光を帯びる。


「救済の時は来た。

光と闇が管理する、輪廻転生。

そこに行きつく前に、生前の魂を浄化し、無の状態からあらゆる可能性を探る道を与える力。

柄杓から湧き出る魔力を、彼らの血で穢れた大地へと撒くが良い。

この星は、我がお前に与えた星。

被害を受けた者は勿論、許せぬ罪を犯した加害者たる者にも、今回は特別な慈悲を与えよう」


本来なら、魂を載せた天秤の傾き具合で、その者の転生にはある程度の制約がつく。


負に傾き過ぎれば人としての転生は叶わず、動植物や昆虫、或いは魚介へと転生する。


だが、エリカが持つこの柄杓は、その者の生前の行いを洗い流し、一切なかった事にして、全くの無の状態で秤にかけられる事を可能にする。


所謂、大赦や特赦の力を有するのだ。


「あなたを僅かでも苦しめた者達には、些か過大な慈悲だと思いますが、あなたがそう仰るなら・・」


少し不満そうなエリカに、和也は言う。


「自分なら大丈夫だ。

かの者達が人として生まれ変わり、もしお前の教え子となる幸運を得られたなら、その時こそ、我に笑みをくれる存在となるよう育て上げてくれれば良い」


「・・有難うございます。

その時は、精一杯頑張りますね」


和也の気遣いに微笑んだエリカが、柄杓を持つ手を胸元に掲げる。


「わたくしは、万物の父なる神の、愛であり試練。

正しき者には更なる慈しみを、悪しき者には、その魂を正し、磨かせる試練を与える代理人。

今この時、そのお力に与れる栄誉に、己が身を震わせるが良い」


エリカによって撒かれた魔力が、天地に拡散する。


闇の門を潜り、転生への光の扉が開くのを待つ者達(被害者)に、染み渡る力。


若くして殺された者には、人より多少長き寿命と無病息災を。


夢を叶える目前でそれを絶たれた者には、その道への近道となる幸運を。


大切な者を護れず、無念の内に倒れた者達には、生前より、多めの才と力を与える。


その一方で、本来なら人には転生できない悪しき者達には、救済する代わりに、何かしらの試練を与える。


生まれて直ぐに親に捨てられたり、大きな病に苦しんだり、貧困を強いられたり・・。


だがその何れにも、必ずそれを克服する手段が残されていた。


それは心清き里親との出会いであったり、優秀な魔法師との邂逅であったり、手を差し伸べてくれる仲間の存在であったりする。


ただそれらを得られるかどうかは、その者達の、それまでの生き様、選択による(ここで言う里親は、捨て子を拾った者とは別)。


五人の裁きを受け、命を落としたばかりの者達の魂が、無数の光となって空に舞い上がり、やがて消えていく。


六人其々の胸の内に、高揚が収まった後の、ある種の寂寥感が漂うが、和也の言葉がそれを吹き飛ばす。


「帰ろう。

ビストー王宮に説明を施したら、風呂に入って暫くのんびりしたい」


「フフフッ、お背中流しますよ?」


エリカが嬉しそうにそう言うと、紫桜が遠慮がちに呟く。


「わたくしもご一緒したい」


「勿論どうぞ。

皆さん全員で入りましょう。

今日の旦那様には、多くの癒しが必要です。

お風呂と言わず、皆で一緒に眠って、楽しくお喋り致しましょう」


「全員で眠るのは初めてね。

・・旦那様の左右の場所は、じゃんけんで良いわよね?」


紫桜の挑発に、エリカと有紗が笑って答える。


「負けませんよ?」


「望む所です」


それを尻目に魔法陣を解消し、皆を連れて一旦居城に戻ろうとした和也の視界に、地上から自分に向けて手を振る、ルビー達の姿が映るのであった。

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