第20話

 「先程、国境を接する5つの国が、ビストー王国に向けて一斉に進軍を開始した」


「「!!!」」


ヴィクトリアとアリアが息を吞む。


ここは和也の居城の謁見の間。


和也が座る玉座に対し、他の六人は、その椅子(位置は固定だが、向きは変えられる)の向きを少し変え、和也と対面できるようにして座っている。


因みに椅子の順番は、向かって和也の左に、エリカ、マリー、アリアの順、右に、紫桜、有紗、ヴィクトリアと、弧を描くように続く。


エレナは、和也から20ⅿ程離れた正面に、椅子を置いて腰かけている。


自分の側に立っていると言う彼女に、誰かと謁見する訳ではないからと、和也が強引に座らせた。


「彼らの目的は、紫水晶の利益と王国の領土の分配。

財政が未だ回復していないオルレイアが、単独では無理だと諦めて、紫水晶を餌に、周辺国を抱き込んだようだな」


和也が淡々と事実を述べていく。


「オルレイア以外とは縁戚関係にあったのでは?」


アリアがヴィクトリアに尋ねる。


「・・婚姻自体はもう随分前の事だし、オルレイアも関係を結んでいるから、その国の子供達の力関係次第では、有り得るわ。

下手に断れば、今度は自分達が彼らの標的になりかねないし、もし拒絶したのが1国だけだったとしたら、その国にとって、それこそ最悪だろうしね」


「でも今までは、何とか均衡を保っていたのでしょう?

何故今なのですか?」


エリカが口を挿む。


「ああ、それは恐らく自分のせいだ。

以前オルレイアの王宮金庫から、ほとんどの金貨と兵糧を徴収したからな」


「どうしてそんな事を?」


「戦争の圧力をかけて、ヴィクトリアの妹の一人を差し出せと脅してきたからだ」


「まあ!

・・それは、旦那様にお仕置きされても仕方ありませんね」


エリカが僅かに顔を顰める。


和也同様、意に添わぬ相手を無理やり自分のものにする行為を、彼女も憎んでいる。


「・・どのように叩き潰しますか?」


マリーが和也に裁定を促す視線を送る。


彼女の中では、既にかの国は亡ぶ事が前提になっている。


「また自分が出て行っても良いが、折角お前達全員がここに揃っているのだ。

今回は、お前達の力をお披露目するのも悪くはないな。

・・エリカだけは自分が守護者になっているから攻撃面からは外すが、数的にもそれでちょうど良いだろう」


「私、戦闘は初めてだけど、大丈夫?」


有紗が、自分でも役に立つのかと聴いてくる。


「何も直接殴り合う訳じゃない。

尤も、仮令そうしたところで、彼らの誰も、お前に勝てはしないがな」


「そう言われると、何だか複雑ね。

自分が自分じゃないみたい」


「普通の人はね、5日も全く眠らずに、仕事なんてできやしないわよ。

増してや、その後直ぐ、ストレス解消と称して旦那様を寝室に連れ込むなんてね。

御負けにそれから2日も出てこないし」


紫桜が有紗に流し目を送る。


「週5でしっかり働いたら、後の2日はゆっくり休むのが、我が社のモットーなの」


有紗が笑顔でそれを往なす。


「進軍を開始したって事は、もう直ぐ国境付近の村や町に被害が出ますよね?

急いだ方が良いのでは?」


アリアがヴィクトリアの気持ちを代弁するかのように、そう意見を述べる。


「それは大丈夫だ。

手出しをすると決めた以上、余計な被害を出さぬよう、あちらの世界の時間を今は止めてある」


和也のその言葉に、信頼と親愛の視線を送るヴィクトリア。


「ビストー王宮にも、事前に根回しをしなくてはならんな。

今回の戦でオルレイアは滅ぼし、自分の直轄地とする予定だ。

序でに、ヴィクトリアを娶った事も伝えておかねばな」


「あなたがご自分でお治めになるのですか?」


エリカが尋ねてくる。


「いや、勿論代理人は立てるぞ。

ジョアンナとオリビア、それからヴィクトリアの妹達二人にも、良ければ手伝って貰おうと考えている」


「妹達にですか?」


ヴィクトリアが意外そうに、目を見張る。


「自分の領地を得て家を興せば、結婚相手も自らの意思で選べるだろう?

それに、ビストーを守る味方がより増える」


「・・有難うございます」


少し涙ぐんだ彼女が、彼に向かって丁寧に頭を下げる。


「エリカは今回の件で、何か希望はあるか?」


「あなたの事だから、無駄に犠牲は出さないでしょうし、わたくしからは特に何も・・。

皆さんとの折角の時間に横槍を入れられて、少し腹を立てておりましたが、あなたの素敵なお姿をまた見られると思うと、それも収まりました」


「自分は今回、脇役だが・・」


「それでもきっと、凛々しいはずです」


「・・善処しよう。

では一旦、ヴィクトリアを連れて向こうの王宮に行ってくる。

その後直ぐ、行動に移るからその積りでいてくれ。

時間停止を解除するから、その間危なそうな村や町には、こちらで人員を送っておく。

エレナ、済まないが、戻るまで皆の世話を頼む」


「畏まりました」


玉座から立ち上がった和也が、同じく腰を上げたヴィクトリアを伴い、転移する。


それを視線だけで見送った紫桜が、有紗に向けて、言葉を発する。


「貴女はまだ、彼の『あの姿』を見た事ないのよね?」


「『あの姿』って、どんな姿の事ですか?」


「『あの姿』は『あの姿』よ。

フフフッ、とっても素敵なのよ?

ねえ、エリカさん?」


「そうですね。

次はどうやって悪戯しようか迷ってしまうくらいに・・」


極上の笑みを浮かべてそう話す彼女。


「今回は彼、脇役みたいだから、見られないかもね?

残念ね」


得意そうに微笑む紫桜に、有紗が念話を送る。


『どうして意地悪するんですか?』


『だって貴女、折角わたくしが彼に会いに行っているのに、週末になると、彼を寝室に閉じ込めて放さないんですもの。

異界の地で、たった一人で2日もテレビやネット、新聞だけで過ごす身にもなって欲しいわ(紫桜も、和也から地球での行動制限を受けている)』


『それは、偶々忙しい週が終わって、ストレスがかなり溜まっていたからで・・。

休憩中に、時々仕事の話もしてますから・・』


『一度や二度じゃないけれど?』


『うっ、・・済みません。

これからは、貴女さえ良ければ、部屋に入って来て下さい』


『良いのかしら?』


『ええ。

貴女も以前、許してくれましたし』


『わたくしに、その気(け)はないわよ?』


『知ってます!

私だってそうですから!』


「内緒話はお済みですか?

・・でしたら、そろそろ移動致しません?」


エリカが二人に話しかける。


他の皆も、視線を自分達に固定していた。


「御免なさい」


「済みません」


真っ赤になって謝る二人であった。



 「ヴィクトリア、一体何処に行っておったのだ!?

先程、各国に忍ばせている密偵達から、火急の知らせがぞくぞくと入ってきおった。

何と、周辺諸国が一斉に我が国に向かって進軍を開始したそうだ。

今、我らは・・」


「陛下、いえ、お父様、大事なお話があります。

それと、今この場で皆さんにご紹介したい方も・・」


会議室のドアを開けたヴィクトリアに、国王が慌ただしく話しかけるが、彼女はそれを遮り、立ったまま彼にそう告げる。


自分の話が遮られた事と、よく見れば、いつもとは全く雰囲気が違う彼女に驚きながらも、訝しげに声を出す国王。


「話?

国の存亡がかかったこの時に、今の議題より大切な話とは何だ?

それに、幾ら儂に会わせたい者とはいえ、この場に連れて来るのは感心せんぞ」


ここには今、国の政を担う、最重鎮クラスしか同席していない。


半分ほど開けたドアから見え隠れする、少年のような人物に、相応しい場では決してない。


ヴィクトリアは聡明で、愛国心の強い娘だ。


その事を理解しながらも、国王が彼女に向ける視線は、心なしか鋭いものになった。


「取り込み中、失礼する。

自分は御剣和也。

ここに居るヴィクトリアの夫でもある」


共に部屋に足を踏み入れた彼女が、会議室の重厚なドアを閉めた事を確認した和也が、そう切り出した。


「何だと!?

・・ヴィクトリア、説明しろ」


国王は、静かな怒りを湛え、努めて平淡な声で彼女にそう促す。


「彼が仰った事は本当です。

わたくしは、先日正式に彼の妻の一人となりました。

時間が惜しいので、今は要点しか申しませんが、彼は人ではなく、そしてわたくしも、もう人間ではありません。

今日彼がこの場を訪れたのは、妻であるわたくしの国、このビストー王国を救って下さるがため。

因みに彼は、前回のオルレイアの件でも、怪盗を名乗って助けてくれています。

今はまだ信じていただけないかもしれませんが、どうかこれから彼の指示に従って下さい」


淡々と彼女が話す内容に、驚愕で目を見開きはしたが、皆とりあえず黙って聴いてくれた。


それは偏に、彼女に対する信頼故だ。


「この状況の国を救うだと!?

前回は戦費と兵糧を奪ったと聴いておるが、今回も同じ方法なのか?

既に各国は進軍を開始しておる。

兵糧も、大方現地調達なのだろう」


国王が、最大の問題点(二人が人間ではない)を飛ばし、半信半疑で和也にそう尋ねてくる。


「今回は武力行使で方を付ける。

だが、お前達は何もしなくて良い。

ここからスクリーン上で戦況を確認していろ」


和也が指を鳴らすと、会議室の至る所に大きなスクリーンが浮かび上がる。


その数、全部で5つ。


画面の左上に、ご丁寧にどの国相手か表示されてもいる。


「この戦では、オルレイアを完全に潰し、その領土全てを自分が貰い受ける。

残りの国々については、各国に相応の罰を与え、補償を求める。

何か言い分はあるか?」


和也が国王に視線を向ける。


少年にしか見えない和也が、壮年の国王にため口を利いているが、彼の放つオーラに気圧されて、皆黙っている。


「・・本当に、何とかできるのか?」


喉の奥から絞り出すようにして、そう尋ねるのが精一杯の国王。


「約束しよう。

この国の人間には、誰一人被害を出さない。

その代わり、自分とヴィクトリアの件については他言無用だ。

全てを片付けたら、また彼女とここに来る。

その時に、詳しい話をしよう」


一方的にそう告げると、和也は時間が惜しいとばかりにヴィクトリアを連れて転移する。


強力な転移防止魔法が掛かっているこの城での行為に、目を丸くする者達の中から、声が上がる。


「何処かの村が攻められようとしています!」


その言葉に、皆が慌ててスクリーンを眺める。


北沿いの国境から1番近い大きな村が、もう直ぐ敵の攻撃に遭う所だった。



 「良いか、無駄に殺すなよ!

素直に金と食料を差し出す者達には、決して危害を加えるな!

占領した暁には、自国の民として税を納めてくれる者達なのだ。

その事を忘れるな!」


部隊の司令官が、そう怒鳴り声で通達するが、中にはそれに従う積りが全くない者達も居る。


『冗談じゃないぜ。

戦の醍醐味は略奪と強姦だろ?

安い給料でこき使われてるんだ。

こういう時くらいは楽しませて貰わねえと、やってらんねえよ』


内心でそう考える者達が、もう少しで村の門へと辿り着こうという所で、彼らの前方に魔法陣が出現し、そこから数名の人物が姿を現す。


「・・結構な数が居るね。

皆気を付けてね」


メイの言葉に、若夫婦が答える。


「防戦だけですから、このくらいなら何とかなるでしょう」


「そうね。

ざっと見て、二百人といった所だしね。

・・先遣隊かな?

こちらには、レム君だって居るし」


「御剣様が優先的に倒す相手を教えて下さるそうだし、それ以外の人は、別に殺さなくても良いみたいだよ?」


メイがそう言った途端、敵に向けて蒼い風が吹き抜ける。


それを受け、赤く光る者達が蠢く。


「・・行くよ?

レム君は魔法使いを先に倒してね。

今回は私達に実戦を強いたからって、御剣様が後で沢山のご褒美をくれるって。

頑張ろうね」


ゴーレムが頷く。



 「今度はあちらでも始まりましたぞ!」


大臣の一人が、別のモニターを注視する。


西側の国境を超えた部隊が、付近の村への入り口の手前で、女性二人と交戦を開始した。



 「ユイ、先にある程度片付けるわ!」


「分った。

援護するね」


ユエが大魔法である氷雨の詠唱に入る。


通常なら1、2分を要するであろう魔法も、マリーによって高速詠唱をみっちり叩き込まれた彼女には、ほんの15秒程度で済む。


その間、ユイは彼女から少し距離を取り、向かって来る魔法を障壁で受け止めながら、飛んで来る矢を切り裂いていく。


空に大きな水色の魔法陣が浮かび上がり、それが輝いた瞬間、短剣ほどもある氷刃が、勢い良く敵の兵達に降り注ぐ。


瞳を青く輝かせたユエが、その全ての軌道を脳内で調整し、赤い光を帯びる者達にだけ当てていく(彼女達の脳は、ダンジョンでの卒業祝いの際、その上達の度合いにより、和也によって強化されている)。


三百人程居た先遣隊が、3分の1くらいまで数を減らした所で、武器を構えたユエが村の門を守る。


「もう私達は、攻撃されなければ手出しをしない。

死にたくなければ国へ帰りなさい!」


和也によって死体が何処へと転移され、後に残った無色の兵達に向け、ユイが怒鳴る。


村の門の内側から、不安げに戦況を眺めていた村人の一部が、その声に反応した。


「・・もしかして、ユイ?」


今は白銀の兜を被り、目と口元しか見えない二人。


ユエがその声を耳にして、肩越しに僅かに振り向く。


『ユイのお母さん。

・・元気そうね。

あの時は酷い顔で睨まれたけど、今となってはもうどうでも良い。

私達には、お互いと、御剣様さえ側に居て下されば、それで・・』



 残りのスクリーンにも、次々に敵兵の進軍の様子が映し出される。


東側の国境から少しの場所にある町、サリンガでは、2国の先遣隊を相手にしようとしていたミレニー達に、心強い味方が転移してくる。


「ご主人様の命により、助太刀するわ。

あなた方は、投降した兵の確保を宜しくね」


「貴女一人であれ全部を相手にする積り?

ざっと3000は居るわよ?」


懐かしい顔に、ミレニーが呆れてそう声をかける。


「何の問題もないわ。

寧ろ直ぐに終わるわよ」


「・・お礼は何で払えば良いのかしら?」


「さあ?

ご主人様からは、大切な客を守れとしか仰せつかっていないし」


「成る程。

分ったわ」


ミレニーが微笑む。


「じゃあ、片付けてくるわね」


ルビーが空を飛び、空中で姿を消して、赤く輝く兵達の精気を次々に搾り取る。


見えない敵の攻撃に、バタバタと倒れていく兵達の死体は、地面に浮かんでは消える赤い染みが、直ぐに吸収してしまう。


恐怖で混乱して、武器を捨て、自分達の方に走って逃げて来る者達を、素速く確保し、縄を打つミレニー達。


領主としての初の戦は、只の捕縛で済みそうだが、嘗てあの村で鍛えられた事で得た自信と人脈に、誇らしさと頼もしさを感じる彼女であった。



 王国の南側の国境沿いでは、進軍してくる先遣隊2000に、エメラルドがたった一人で対峙していた。


敵の軍隊は、もう少しで町が見えるという所で遭遇した一人の女性に、最初は訝しげな視線を送っていたが、集団で近付いて行くにも拘らず、一向に怯えた様子を示さない彼女に、次第に警戒心を抱くようになる。


オルレイアの先遣隊である彼らは、輜重部隊すら持たずに来ているので、各自が用意した食料以外は現地調達するしか手が無く、皆が空腹を抱えていた。


彼らには、後続の本隊の為に、征服した町での速やかなる食料確保が義務付けられているので、あまり悠長にしている時間はない。


腹が減っていらいらしている事もあり、たった一人の女性に剣を抜いて距離を詰めようとした兵達に、彼女の無慈悲な声がする。


「天嵐」


元々彼女の得意魔法であった『雷炎』を、和也から得た力で改良した究極魔法。


上空でオーロラのように広がる魔力が、様々な色に変化するにつれて、その都度地上に押し寄せる嵐。


赤く変われば炎の渦が、青く変化すれば鋭く固いひょうの粒が、黄色になれば迸る稲妻が、緑に染まると暴風を伴う鎌鼬となって、兵達に襲い掛かる。


仮令その防具や盾が属性付きの代物しろものであっても、1属性や2属性程度では、どうにもならない魔法攻撃。


そもそも、人が造り出す防具の属性効果など、和也の眷族たる彼女の魔法の前には、気休めにもならないのだ。


赤く光っていた9割の兵が一瞬で絶命し、エメラルドがその魔法から敢えて守った残りの無色の1割が、呆然と大地に腰を落とす。


人としての原型を留めていない兵達の肉片は、大地に現れた赤い染みが、1つ残らず吸収していく。


虚ろな目をして何かを呟く者達に、彼女は言葉をかける。


「国に帰りなさい。

貴方方あなたがたがしようとしていた戦争は、ともすれば、こういう結果に繋がるの。

・・次は、貴方達がああなる番よ?」


腰を抜かした兵達が、恐怖に駆られ、這ってでも逃げようとする姿を尻目に、エメラルドもまた、本来の自分の仕事に戻っていく。


「ちょっとやり過ぎたかしらね」


眷族としての力の行使にまだ慣れていない彼女は、そう呟くと、何処ぞへと転移して行くのであった。

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