第15話

 「お待ちしてました。

・・これを」


ギルドに顔を見せた和也を待ち構えていたように、馴染みの受付嬢が手招きしてくる。


寄って行くと、笑顔の絶えない彼女には珍しく、少し緊張しながらメモを渡される。


『一刻も早く、わたくしの下に顔を見せなさい』


名前は書かれていないが、見覚えのある花押が描かれている。


「どなたかお分りですね?」


受付嬢に確認される。


「ああ」


「オリビア様といい、貴方は随分と凄い人脈をお持ちなのですね。

アリア効果なのでしょうか。

彼女、大事にしてあげて下さいね?」


「勿論だ」


それだけ言うと、和也は直ぐにヴィクトリアの下に向かうのだった。



 「自分に何か用か?」


王宮にある彼女の部屋に行くと、きちんと服を着た彼女が真面目な顔で書類仕事をしている。


ここの所、夜しか訪れていなかったせいか、風呂上がりの彼女ばかりだったので、何だか新鮮に思える。


「貴方、オレア侯爵の孫娘と仲良いの?」


いきなり現れた和也に驚くふうでもなく、書類から目を上げて、そう尋ねてくる。


「顔見知り程度だと思うが」


質問の意図が分らず、とりあえずそう答える。


「先日、侯爵が孫の一人を連れて、父に挨拶に来たの。

どうやら晴れて後継ぎが決まった事を伝えに来たみたいね。

あそこは、ミレニー以外は陸な奴が居なかったけど、慣習や何かで女性が家督を継ぐのが難しかった。

だけど、当主の課した試練を無事果たしたとかで、やっと彼女に継がせる事ができて、侯爵、とても喜んでいたわ。

因みに、残りの三人の孫達は、試練を果たせず戦死ですって。

その父親も、領地の最果ての村で静かに余生を送るそうよ」


自分の眼を見つめ、淡々とそう告げてくるが、何故そんな事を言ってくるのか未だに理解できない。


「わざわざ人を呼び出して、伝えたい事はそれなのか?」


少し呆れてそう言った和也に、ヴィクトリアは溜息を吐く。


そして、徐に椅子から立ち上がると、ゆっくりとこちらに近付いて来て、その両腕を和也の首に巻き付ける。


至近距離から和也の眼を覗き込み、言葉を紡ぐ。


「ミレニーはね、わたくしの友達なの。

父への挨拶の後、彼女と二人で話をしたら、何故か黒服の少年の話が出てきてね、・・色々、お世話になったそうよ。

結婚を迫って断られたと笑ってたわ」


「そんな事もあったな」


楽しそうに微笑むヴィクトリアに、それだけを口にする。


「他にも面白い事を言ってたわよ?

貴方、ヘリ―家に梃入れしてるそうね。

陸に税収もなかった寒村を、金貨が飛び交うような場所にしたって。

よく調べさせたら、その家出身のメイドにご執心らしいとか」


「彼女は有能で、忠義に厚く、信頼に足る人物だ。

だから重用した。

確かに容姿も綺麗だが、それ以上に心が美しいのだ」


「男女の関係ではないと?」


「・・・」


先日、彼女とあんな事があった身としては、『ない』とは言い切れない。


「ねえ、以前約束したわよね?

わたくしのお願いを1つだけ聴いてくれるって。

・・・結婚して」


「ジョアンナとか?」


「フフフッ、面白い冗談。

二度と聴きたくないけどね」


言葉とは裏腹に、物凄い目で睨まれる。


「・・本当は、もう少し経ってから言う積りだったのに。

貴方の周りに群がる女が多過ぎて、先に言質だけでも取っておく事にしたわ。

当然、承諾してくれるわよね?」


「断る」


「!!!」


唇で殴るようにキスされる。


散々貪られ、息苦しくなって離された口から、再度尋ねられる。


「結婚して」


「嫌だ」


「!!!

・・何でよ?

約束したじゃない。

誰にも迷惑かけないでしょう!?」


「自分の妻になるという事は、後々人々に多大な影響力を持つ事に繋がる。

それに、君は自分の事が好きな訳ではないだろう?

自分はな、打算や損得で身を任せる女性を好まない。

前にも言ったはずだが」


「・・貴方、馬鹿なの?

それとも、以前わたくしがやった事の仕返しの積り?」


和也の首に巻き付けた両腕の力を弱め、震えながら下を向いた彼女は、やがて物凄い声で怒鳴った。


「わたくしが、好きでもない男に、身体を見せる訳ないでしょう!?

夫に迎える積りがない男に、キスなんか絶対にしないわよ!」


余程腹に据えかねているのか、全身から魔力が溢れ出しそうになっている。


コンコン。


誰かが部屋のドアを叩く音がする。


「ヴィクトリア、何かあったのか?

物凄い怒鳴り声が聞こえたが・・」


彼女の身内らしい人物から、ドア越しに声がかかる。


「・・何でもないわ。

ちょっと仕事でいらいらしただけ。

御免なさい」


「それなら良いが・・。

あまり根を詰めるなよ?」


男がドアから離れて行く足音がする。


それで少し気分が落ち着いたのか、声量を通常に戻した彼女が告げてくる。


「・・わたくしは、貴方の事が好きよ。

愛してる。

以前貴方を拒絶したのだって、別に嫌いだったからじゃない。

ただ少し時間が欲しかっただけなの。

その証拠に、ここで会うようになってから、一度たりとも貴方を拒絶した事ないでしょう?

あの本(『貴族女性の婚姻』)だって、貴方の為に読んだのよ?

・・わたくしが、気が強くて意地っ張りなのは、これまでの付き合いからも分るでしょう?

中々素直に好きと言えないのよ。

貴方の言う打算は、確かにあるわ。

全くないと言ったら嘘になる。

でもそれはほんの僅かでしかないの。

貴方と結婚したいのは、他の誰より貴方が好きだから。

・・それだけは、信じてくれると嬉しいわ」


俯いた彼女が流す涙の雫が、分厚い絨毯の上に落ちて跳ね返る。


和也は彼女の告白を、何とも言えない表情で聴いていた。


友達感覚での付き合いだとばかり思っていたが、彼女がそこまで自分を好いていたとは。


『ジャッジメント』


失礼かとも考えたが、彼女の好意が予想外に大きくて、少し確かめたくなった。


自分と出会った時からの、彼女の心の動き、行いを、ざっと見て行く。


『あら、随分と若くて良い男ね。

もっとごつごつした、むさ苦しい奴だとばかり思っていたのに』


『何こいつ。

王族を馬鹿にしてるのかしら。

一体わたくしをどんな女だと思ってるの?』


『どうしよう。

まさかお金や地位より、わたくしの身体を欲しがるなんて・・。

良い人なのは分ったし、容姿も好みではあるけど、まだ会ったばかりだし、もう少し、時間が欲しい。

でも、それでは妹達が・・』


『有難う。

本当に有難う。

早く会ってお礼が言いたい。

・・でも、どんな顔で会えば良いの?

わたくしの事、怒っていないと良いけれど』


『恥ずかしい。

もう、何て時に現れるのよ!

わたくしの身体、何処も変じゃないわよね?

自分でも胸が大き過ぎるとは思うけど、・・気に入ってくれるかしら』


『貧しい子供達に本と教育を・・か。

オルレイアでは奪ったお金を全て市民達に返して・・ね。

本当に利益度外視なのね。

助けてくれた事も、純粋にわたくしの為だと自惚れても良い?』


『え、何これ?

愛し合うって、こんな事までするの?

この本ちょっと過激過ぎない?

浮気されないため?

・・わたくしにできるかしら?』


『今度は孤児院で頑張る夫婦の為・・か。

なのにあんな約束を取り付けたわたくしは、狡い女なのかしら。

だって少し自信が無くなってきたのだもの。

わたくしの事、受け入れてくれるよね?

・・初めてのキスは、夢中だったけど、きっと一生忘れない』


『見られた。

よりによって、あんなページを。

咄嗟にキスで誤魔化したけど、きっと気付いたわよね?

・・そうよ、わたくしは貴方が好きなの。

四人いる奥さんはともかく、他の女に負ける積りはないわ』


ここで、和也は見るのを止めた。


彼女の心を少しでも疑った己を深く恥じる。


「申し訳ない。

自分が愚かだったせいで、君に恥をかかせてしまった」


俯いていたヴィクトリアの顎に手を添え、上向かせる。


その拍子に、彼女の双眸に溜まっていた涙の雫が、頬を伝って流れ落ちる。


色彩の異なる両の眼が、縋るように和也を見る。


和也は彼女の唇に、ゆっくりと己のそれを重ねていった。



 「本当に済まなかった」


暫しの時を経て、落ち着いた彼女に再度詫びを入れる和也。


「・・もう良いわ。

最後はちゃんと応えてくれたし」


「ただ、自分はまだ君に告げていない事がある。

それを抜きにして、君を娶る事はできない。

・・君に、多大な迷惑を被らせるかもしれないから」


真面目な表情でそう告げる和也を、調子を取り戻したヴィクトリアがからかう。


「なあに、何処かに莫大な借金でもあるの?

それとも、奥さんの一人一人に許可を取らないといけないとかかしら?」


「今日はこの後、何か大事な用があるか?」


「え?

・・別にないけど、もしかして、結構真面目なお話?」


「そうだな。

聴き終えた後、君の状態が心配なくらいには」


「・・ちょっと待っていてくれる?

今日は帰らないと、メイドに伝えておくわ」


そう告げて何処かに消えた彼女が戻ると、和也はヴィクトリアを、エリカ達の居る自分の家へと連れて行った。



 「お帰りなさい」


庭で鍛錬をしていたアリアが、転移してきた和也達に声をかける。


「お客さん?」


黒いバトルスーツ姿の自分を興味深げに眺めているヴィクトリアを見て、そう付け足す。


「ああ。

彼女を知らないのか?」


「初めてお会いするわ。

ここへ連れてきたという事は、もしかして、新しい奥さんかな?」


冗談のように笑って言う彼女に、和也は淡々と告げる。


「よく分ったな。

・・尤も、まだ大事な選択をさせていないが・・」


「ええ!?

半分冗談だったのに・・」


アリアは改めてヴィクトリアを見る。


背が高く、胸も大きい。


そして、自分に欠けていると感じる気品がある。


「初めまして。

私、アリア。

和也さんの5番目の妻になる予定です」


ヴィクトリアの目の前に移動し、にこやかにそう挨拶する。


「初めまして。

ビストー王国第1王女、ヴィクトリアよ。

貴女の噂はよく聞いてるわ。

国1番の美人だって。

因みに、わたくしはその次だそうよ?」


ヴィクトリアも笑顔でそう告げる。


「ああ、そんな事言ってる人、結構多いですね。

でも、どうでも良い人から言われても、正直、あまり嬉しくないです。

そう言って欲しいのは、たった一人だけだから」


「フフッ、そうよね」


「ええ、そうです。

これからは同じ仲間として、仲良くしてくれると嬉しいです」


「こちらこそ、同じ国の出身同士、仲良くやりましょう」


互いに握手する二人。


以前の言動から、ヴィクトリアには、アリアに対して含む所があるのではと心配していた和也だが、どうやらそれは杞憂であったらしい。


「じゃあ、皆でお風呂に入りましょう」


アリアが唐突にそう言ってくる。


「何故そうなる?」


「だって、先ずは汗を流したいし、大事なお話をするなら、お風呂はお勧めですよ?」


「それを着ていれば、汗などかかないだろうが」


「気分の問題なの。

精一杯身体を動かした後は、ゆっくりお湯に浸かる。

貴方だって、お風呂、嫌いじゃないでしょう?」


「・・・」


「あ、もしかして、ヴィクトリアさん、まだなのかな?

だったら恥ずかしいですよね?」


アリアが彼女の方を向いて、そう尋ねる。


「いいえ、もう既に見られているし、何の問題もないわ」


「ふーん、この人、ちょっと煮え切らない所があるけど、変な所でついてるからね。

・・じゃあ、行こうか」


彼女の表情から何かを悟ったアリアは、少しほっとしたように、ヴィクトリアを案内する。


主役の一人であるはずの、和也の意思は、彼女達に全く考慮される事はなかった。


魔力で服を瞬時に剥ぎ、直ぐ湯船へと向かった和也やアリアと異なり、ヴィクトリアは丁寧に服を脱ぎ、畳んでいく。


湯船で身体を伸ばした和也の頭に、エリカからの念話が届く。


『あなた、お風呂ですか?』


『ああ。

ちょうど良い。

大事な客が来ているから、お前も来い』


『あら、珍しいですね。

あなたがここにお連れになるなんて』


『新しく妻になるかもしれん相手だ』


『まあ!

・・直ぐに向かいますね』


ヴィクトリアが、最後の1枚を脱ぎ終えた時、脱衣所にエリカが入って来る。


「え?」


エリカを初めて見て、それしか口にできずに固まる彼女。


その美しさに、まるで有り得ないものでも見たかのように、呆然と立ち尽くす。


「初めまして。

貴方が新しいお仲間の方ですね?

わたくし、エリカと申します」


そう告げると、やはり魔力で瞬時に全裸になった彼女は、ゆったりとした足取りで、浴室へと入って行く。


その扉を閉める音で我に返ったヴィクトリアは、自身も慌てて中に入る。


エリカを真似て、湯桶でかけ湯をし、大きな湯船の、和也と対面になる位置に腰を下ろす。


和也の両隣は、其々エリカとアリアが占めているからだ。


「先程は失礼致しました。

わたくし、ビストー王国第1王女、ヴィクトリアと申します」


エリカに向けて、湯の中で丁寧にお辞儀をする彼女。


一目見て、直ぐに和也の妻の一人だと察したようだ。


「ご丁寧に有難うございます。

ですが、もっと気楽になさって下さいな。

ここはお風呂、一切の柵を脱ぎ捨て、寛ぐ場所なのですから」


たおやかに微笑み、リングから出した手ぬぐいを、何も持っていない彼女に渡す。


「済みません」


受け取った手ぬぐいで、顔に浮かんだ汗を軽く拭いたヴィクトリアは、和也に向け、徐に口を開いた。


「大切な話とやらを聴かせて貰える?」


姿勢を楽にした際、頭上で急いで束ねた長い銀髪から、ほんの一房、髪が零れる。


「自分の妻になりたいと言う者には、予めその素性を伝え、そこで改めて選択して貰っている。

・・自分は人ではない。

全ての世界を創造した神だ」


それだけ言って、ヴィクトリアの反応を見る。


聴いた瞬間、僅かに目を見開いた彼女だが、和也の両隣に侍る二人が平然としているので、そのまま次の言葉を待つ。


「自分の仲間、妻になるという事は、その者も人でなくなる事を意味する。

自分と共に永遠の時を彷徨い、仲良くなった者達と、幾度となく別れを繰り返し、その孤独や悲しみを乗り越えなくてはならない。

仮令その力があっても、無闇に人の世界に干渉しない、強い自制心が必要になる。

・・そんな立場になってでも、君は自分の側に居たいと願うだろうか?」


ヴィクトリアが言うべき言葉を纏めている、その僅かな時間を埋めるように、湯船の底から湧き出し、常時少しずつ溢れ出る温泉が、御影石の床を静かに磨いていく。


「それが、貴方の側に居られる事と、釣り合うとはとても思えないわ。

だってそうでしょう?

大切な人達との別れは、何も寿命だけじゃない。

戦や病、他にも様々な理由で突然にやって来る。

その苦しみや悲しみを乗り越え、或いはそれを死ぬまで抱えていく事は、限りある命の人にだってあるのよ?

無闇に力を使わない事だってそう。

大きな力ほど、その行使にはより大きな自制を伴う。

王族として、それは日々痛いほど感じている事よ。

程度の差は勿論あるのでしょうけれど、それくらいで貴方の妻になれるというなら、わたくしは喜んでなる。

だからお願い、お願いします。

わたくしを、貴方の妻に加えて」


淡々と、穏やかにそう告げる彼女からは、何の気負いも感じられない。


己の気持ちに無理をせず、その紡がれる言葉の信憑性を高めている。


「少し体験させてやろう」


和也は、自らの経験の内から、そのほんの1万年分を彼女の脳内に送り込む。


当然、その脳は一時的に保護してある。


「くっ、・・ううっ」


両拳を固く握り、少し身体を震わせながら、懸命に苦痛と闘う彼女。


その瞳から涙が流れた所で、エリカが彼女を抱き締め、和也に向けて言葉を発する。


「もう良いではありませんか。

あなたは少し、心配し過ぎなのです。

こんな事をして試さなくても、あなたの妻達は、誰一人としてあなたから離れてゆきません」


エリカの言葉で力を止めた和也によって、激しい精神的疲労から解放され、大きく息をするヴィクトリア。


「あなたは最近贅沢ですよ?

この世界に降りて来た時の事を考えてみて下さい。

誰かと言葉を交わしたくて、一人で良いから自分を愛して欲しくて、降りてこられたのでしょう?

それを何ですか!

あなたを愛して、ずっと側に居てくれるとまで言ってくれる方に、こんな仕打ちをするなんて」


エリカが口を僅かに尖らせて、不満を訴えてくる。


「いや、だって、後になってから、『やっぱり無理』とか言われて、さよならされたら悲しいだろう?

だから・・」


「そんな事は有り得ないと言っております」


「何故そう言える?」


「わたくしの勘です!」


「・・・」


「何ですか?

何か文句でもお有りなのですか?」


「・・いえ、無いです」


有ると言ったら、暫く口を利いてあげませんとばかりの彼女の態度に、それ以上の反論ができない和也。


自分だって本当は、ヴィクトリアが傍に居るなら嬉しい。


ただ、中々ネガティブな思考が抜け切らないだけなのだ。


「済まなかったな、ヴィクトリア。

これはそのお詫びと約束の印だ」


和也が湯から右手を出し、その掌にリングを生じさせ、そしてそれを、彼女の左の薬指に嵌める。


「今は何の模様もないが、時が来ればリングの素材と模様が変化する。

これからの果てなき時間、宜しくな」


エリカが彼の態度に納得して、その抱擁を解いたヴィクトリアに向け、怖ず怖ずと笑いかける。


「・・有難う」


目から涙を一筋流した彼女は、とても嬉しそうに、それしか言わなかった。


その後、暫くゆったりとした時を過ごして風呂から出る。


女性陣は和也を一人湯船に残し、三人で互いの背を流しながら、お喋りに興じていた。


エリカがアリアに何か耳打ちしていたが、元気を取り戻したヴィクトリアの方を見ていて、和也はそれに気付かない。


この家のキッチン設備に驚くヴィクトリアを囲んで、皆で食事を取りながら、更に談笑する。


会話の9割は女性陣だ。


途中でアリアが少し席を外す。


ヴィクトリアに己の事を聴かれていた最中の和也は、それを気に留めない。


やがて食事が済むと、エリカが今日はヴィクトリアと二人だけで寝たいと言い出した。


そしてアリアが、和也の耳元で囁く。


「エリカさんの絵、完成したの。

貴方にあげるから、願い事を聴いてくれる?」


「そうか!

何が良いんだ?」


「えっと・・」


言い淀む彼女に代わって、エリカが念話で告げてくる。


『あなた、順番はちゃんと守ってあげて下さいね。

いつまでもアリアさんを放っておいては駄目ですよ?』


アリアの顔を見る和也に、彼女は告げる。


「お部屋の掃除はちゃんとしてあるから・・」


自分の袖を抓んでそう告げる彼女に、和也は苦笑して呟いた。


「それは約束した願い事とは別だ。

今まで待たせて悪かった」


下を向いて照れるアリアを連れて、彼女の部屋に行く和也。


それを見送った二人は、連れだってエリカの部屋に入る。


「あの二人、まだだったのですか?」


「ええ。

旦那様は、一旦始めると逞しいのですが、普段は少しヘタレなのです」


「ヘタレ?」


「フフフッ、異世界用語で『軟弱者』くらいの意味でしょうか。

とにかく、可愛らしいくらい、純情なのです」


「・・彼がですか?」


「ええ。

きっと貴女も、彼に抱かれたら分ります。

でも今日は、それはアリアさんにお譲りして、わたくしと沢山お話致しましょうね。

内緒ですけど、この星は、旦那様がわたくしにプレゼントしてくれた星ですから、色々教えて下さい」


「え!?

それ本当ですか?」


国どころか星を丸ごと?


つまりビストー王国も?


「はい。

ですがご安心下さい。

わたくしは、何も干渉する積りはありません。

ただ日々を楽しく、ごろごろして過ごしたいだけなのです。

旦那様の隣で・・」


「・・他の妻の方々も皆そうなのですか?」


「詳しいお話はベッドで。

・・今夜は寝かせませんよ、フフフッ」


次の日、揃って朝寝坊する四人であった。



 「貴女、何だか夕べより綺麗になってない?」


遅い朝食の席で、ヴィクトリアがアリアに訝しげな視線を送る。


当のアリアは、さっぱりした表情で、アンリのパンを齧っている。


「そう感じるのでしたら、それは旦那様のお陰です。

・・あれからずっと、愛してくれましたから」


パンを呑み込むと、恥ずかしそうに下を向いて、ぼそぼそとそう答えるアリア。


その左の薬指に輝くリングは、夕べ見た時とは材質が変わり、複雑な模様が備わっている。


『あれってミスリルよね?』


自分に与えられたリングは、何だかよく分らない金属で、模様もない。


つまり彼に抱かれると、変化するという事?


それに何で、抱かれたからといって、見て直ぐ分るくらいに綺麗になる訳?


ヴィクトリアが色々考えていると、それを察したエリカが説明してくれた。


「眷族になると、人ではなくなります。

その身体能力は飛躍的に上昇し、容姿でさえも、その人が最も美しい状態に固定されます。

盛りを過ぎていればそこまで戻り、未だ到達していないなら、それまでは成長するのです。

アリアさんは、どうやらもう少し成長するようですね。

突然の変化は、正に旦那様に抱かれた影響です。

旦那様から与えられる精には、わたくし達の美しさと能力を、一定程度まで上昇させる働きがあるのです。

また、眷族として旦那様の妻になると、リング自体も変化します。

その材質は9段階ある内のどれかで、刻まれる模様は、その方の性質と、身に宿る力の象徴を表現しています」


「何かの花と、動物の頭にグリフォンの翼を持った魔物のようですわね」


アリアのリングに拡大視の魔法を用いたヴィクトリアが呟く。


動物の頭は、猫や虎に似ているが、少し違う。


「シクラメンのピアスという花だな」


和也が言う。


「魔物の方は?」


「・・それは、本人の希望で自分の口からは言えない」


そろそろ夜明けという頃、満ち足りた表情ながらも疲労の色が濃いアリアを風呂へと連れて行き、部屋に戻ってから、彼女を眷族にした。


その際、リングに現れた魔物の名と、その力についても問われたが、その答えを聴いたアリアは、真っ赤になって、自分に黙っていてくれるよう頼んできた。


それと同時に、何故彼女が同性にも持てるのか、少し納得したようである。


「何か変な魔物なの?」


ヴィクトリアがアリアの方を向く。


「ヴィクトリアさんに同じような模様が出たら、その情報と交換でお教えします」


視線を合わそうとはせず、珈琲を飲みながらそう追及を交わす彼女に、ヴィクトリアもそれ以上は尋ねない。


「それで、わたくしのお相手は何時して下さるの?」


今度は和也に視線を向け、そう尋ねるヴィクトリア。


昨晩はエリカと様々な事を話したが、その最中にもアリアが彼に抱かれているのかと思うと、時々集中力を欠いて、エリカに『気になりますか?』と微笑まれた。


エリカが同じ王女であった事に驚き、和也には今の所、子供を作る意思が無いので、後継ぎを望めませんよと聴かされもしたが、元々王位には然程興味が無い。


王国が安泰なら、それで良いのだ。


「その前に尋ねるが、お前は自分の眷族になった後も、ずっと今の場所で暮らす積りか?

自分は嫁は取るが、婿にはならない。

今の暮らしを続けるのは構わないが、そうすると、少なくとも人が一度その人生を終えるくらいの歳までは、表向きは人間のように老いていきながら、普段は一人暮らしをしていく事になるが」


「貴方が夫だと、公にもできないの?」


「極少人数に知られるのは仕方ないが、色々面倒なので、できるだけ秘密にしたい」


「貴方の居る場所とは、自由に行き来できるのよね?」


「それは勿論。

異世界だろうが我が城だろうが、自分の妻になったお前に、最早入れない場所は無い。

今はまだ限られた機能しかないそのリングも、転移や収納スペース、魔力の泉といった、最低限のものは備わっている」


「城?

貴方、ご自分の城があるの?」


「当然だ。

この世界に降りてくる前は、ずっとそこに居たのだから」


「それは一度見てみたいわね。

・・話を戻すけど、わたくしは、できれば貴方の眷族になった後でも、王宮で暮らしていきたいわ。

自分の身内を守りながら、あの国を支えていきたい。

エリカさんから、この星は貴方が彼女に与えた物だとお聴きしたけれど、そうであっても、あの国だけは大事にしたいの」


「そんなに大切なのか?」


「ええ。

お母様との思い出もあるし、妹達や他の家族と仲良く暮らしてきた場所ですもの。

・・愛着があるのよ」


「・・その為政のせいで国が亡びる事になっても、手出しはさせないが?」


「それは分ってるわ。

だからわたくしが残って、きちんと見守ってゆくのですもの。

今のわたくしにとって、最優先なのは貴方。

貴方の言う事には、もう二度と逆らったりしない。

貴方のする事は、その全てを受け入れる。

でもちょっとくらいなら、我が儘を言っても良いでしょう?」


昨日の一件が影響しているのか、気が強い彼女には珍しく、少し上目遣いでそう言ってくる。


「駄目ですよヴィクトリアさん、そんなに彼を甘やかしては。

言う時はガツンと言わないと、色々大変ですよ?」


「そうですよ。

妻という立場は、イエスマン(パーソン)ではいけません。

夫が間違っていると感じたら、仮令ひっぱたいてでも、それを諫める立場です。

そこに深い愛情さえあれば、この人は、大抵の事には笑って許してくれますから」


アリアとエリカが揃って口を挟んでくる。


「・・エリカさん、もしかして経験がお有りなのですか?」


「ええ。

まだ最初の頃に、思い切りやってしまいました」


あどけなく笑うエリカに、彼女の外見からはその想像もつかないヴィクトリアは、呆気に取られる。


当の和也は、聴いていない振りをして、窓から庭を眺めていた。


「・・そんなに直ぐに相手をして欲しいのか?

既に妻として迎える事は確定しているのだ。

別に焦らずとも、ゆっくり時間をかけても良いんだぞ?」


「もう十分よ。

この先は、貴方と関係を持って、心身共に妻となってから育んでいく。

皆さんと同じ立場になって、その上で、わたくしにしかできない役割を探していくわ」


「あなた、彼女の気持ちに応えてあげて下さいな。

夕べも、アリアさんとの事を気にして、よくお眠りになれなかったようですし」


「エリカさん!」


「フフフッ、御免なさい。

でも、これからはきちんと自己主張されませんと、妻の数が増える分、中々順番が回ってきませんよ?

旦那様はどちらかというと、草食系ですから」


「草食系?」


「女性の方から食べられる存在、というくらいの意味ですね」


「・・エリカさんもそうなのですか?」


「さあどうでしょう?

ご想像にお任せしますね、フフフッ」


この後、結局今夜もヴィクトリアはここに泊まる事になり、昼間は王宮での仕事があるからと、一旦城へと戻って行った。


授業に向かうエリカ(子供達には、ジョアンナを通し、遅れる事を伝えてある)、今度は和也の肖像画を描き始めるというアリアと別れ、和也は一人、ギルドに顔を出す。


掲示板を見るも、大したものはない。


少し考えて、折角だから、別の大陸にも顔を出してみる事にする。


この星には6つの大陸があるが、完全に人が支配しているのは最大のマライカンと、あと2つ。


残る3つの内、最小の大陸であるゼダはエルフが支配し、2番目に大きなエスタリアは、様々な部族が国を作っている。


そして最後の1つ、3番目に大きな大陸であるアーナは、人が住む事のない、魔獣と動植物の楽園であった。


この星をエリカに与えると決めた時、和也はアーナの周辺に結界を張り、和也の許可なく人が立ち入れないようにした。


地球のアフリカ大陸の2倍程の面積を持つこの大陸を保護する事で、星に緑を残し、生物の多様性を確保したのである。


ギルドを出て、エスタリアをざっと神の瞳で遠視していた時、とある光景がその視界に入る。


結局それが決め手となって、和也はその場に転移するのであった。



 「もう終わりですか?

ならば死んで下さい」


「ひっ、た、助けてくれ」


「駄目です。

最初に手を出してきたのは貴方達でしょう?」


ザシュッ。


男の首が地面に転がる。


数人の男達の死体から流れ出る夥しい血が、辺り一帯を血生臭い臭気で満たしていた。


「ふう、やっと少し収まったかしら。

相変わらず、難儀な身体よね」


女性がそう呟いて現場を立ち去ろうとした時、何処からともなく、一人の少年が転移してくる。


「ちょっと待て。

少し話がある」


自分を見るなり、いきなりそう声をかけてくる少年。


周囲に転がる死体など、まるで目に入っていないかのように、平然と話しかけてくる。


「貴方誰?

この場を見て私に話しかけてくるなんて、怖いもの知らずのお子様?

それとも、・・貴方も私を殺しに来たの?」


女性の眼が、少し鋭くなる。


「君は魔人だよな?」


ビュンッ。


女性がいきなり剣を振るってきた。


もし避けなければ、その剣先は和也の首があった場所を薙いでいる。


「危ないな。

もしかして、只の戦闘狂なのか?

話し合いができる程度の知性があると思ったのは、自分の気のせいか?」


『避けた?』


完全に不意を突いた積りで放った攻撃を、少年は然程驚く事もなく、平然と避けた。


「転移して来るくらいだから、それなりに強いだろうとは思ったけど、どうやら当たりみたいね。

ちょうど良いわ。

悪いけど、貴方も私の為に死んで頂戴」


その美しい顔に魅惑的な笑みを添えると、彼女は猛然と切り掛かってきた。


「本当に脳筋の馬鹿のようだな。

仕方がない。

少し相手をしてやる」


鋭い攻撃を連続で仕掛けてくる彼女に、和也は呆れながら、カウンターを繰り出した。


ドゴッ。


「うっ」


彼の蹴りを受けて、女性が2ⅿ程吹っ飛ぶ。


直ぐに起き上がり、態勢を整えるが、その顔には、先程とは少し異なる笑みが浮かんでいる。


「これは久し振りに大当たりね。

容赦なく魔法を使えそう」


大きく後ろに跳んで、ガンガン魔法を連発してくる。


風刃や火球等の下級魔法ばかりだが、1発1発の威力は通常の3倍はある。


だが、それらは全て、和也に届く前に不可視の壁に阻まれ消滅してしまう。


「ふ~ん、子供のくせに、本当に強いのね。

じゃあこれはどう?」


言いながら、今度は鎌鼬や氷柱、業火等の中級魔法を連発してくる。


だがやはり、それらも和也に届く事はない。


「・・貴方、何か特殊な魔法具でも持ってるの?

まさか、お仲間という事はないわよね?

あまり時間をかけ過ぎると厄介だから、本気でいくわね。

これで今度こそさようなら。

・・雷炎!」


上級魔法、しかも通常の倍以上の威力のあるそれを、短時間で放ってくる。


天から自分目掛けて降りてくる魔力の渦を見ながら、和也は呟いた。


「こんなものをこんな場所で使うな」


パチン。


和也が指を鳴らした途端、その魔法がキャンセルされ、跡形もなく消え失せる。


「!!!」


初めて女性が青ざめる。


ゆっくりと口を開く和也を凝視しながら、彼女は恐怖で1歩後ろに下がった。


「さて、何が良い?

物理、魔法、精神操作、お望みの苦痛を欲しいだけくれてやる」


「・・ま、待って。

御免なさい。

もう抵抗しないから、殺すのだけは止めて。

何でも言う事聴くから。

私は死にたくない、死んではいけないの」


淡々と語る和也の表情から何を読み取ったのか、彼女は真っ青な顔色をして、そう懇願してきた。


「命乞いをするくらいなら、どうして攻撃してきた?

お前がした攻撃は、そのどれもが並の人間なら即死するレベルだ。

自分は最初に言ったよな?

話があるって。

それを聴こうとしなかったのは、お前のミスだろう?

ならここで殺されても、文句は言えまい」


和也の右の掌に、見たこともない、青い炎が生まれる。


「ひっ、御免なさい。

本当に御免なさい。

どうか訳を聞いて下さい。

私の攻撃本能には理由があるんです!」


最早泣きそうになりながら、助けを求めてくる彼女を暫く見つめた和也は、徐に掌の炎を消すと、面倒臭そうに言い放った。


「最初からそう言え」


その言葉と表情に、彼女は自分が助かった事を知り、思わず地面にへたり込むのだった。



 騒ぎに気付いた者と会わないよう、女性を連れて転移した深い森の中で、お互いに向かい合って腰を下ろしながら、話をする。


改めてよく観察してみると、深緑の長い髪と色白の肌、引き締まった身体と豊かな胸が、彼女の一見冷たそうに見える瞳と相俟って、とても理知的に見える。


先程までの野蛮な彼女からは、今の彼女を想像するのが難しいくらいだ。


「先にそちらの話を聴こう」


二人の間に漂う気不味げな雰囲気を取り払うかのように、和也がそう口にする。


「・・先ずは助けてくれて有難う。

どうやらギルドの依頼を受けた人じゃないみたいね。

私の名はエメラルド。

お察しの通り、魔人よ。

多分、最後の生き残り。

私が死ねば、この世界から魔人はいなくなるわ」


「・・自分は御剣という。

こことは別の、マライカンという大陸から来た」


「マライカン!?

・・もしかして、貴方は私達を創った、古の魔術師達の生き残りなの?」


「いいや。

この世界に来たのは、そう古い事ではない」


「?

私を一目見て魔人だと分るくらいだもの、そういった事には詳しいのよね?」


「取り立てて詳しい訳ではない。

お前の身体を流れる魔力を見て、そう感じたに過ぎない」


「そんな事もできるんだ。

若いのに、凄く優秀なのね」


「自分は子供ではないぞ」


「分ってる。

さっきはちょっとカチンときて、そう言っただけよ。

私の魔法が全然効かないんだもの。

・・あんな事、初めてよ?」


彼女の顔に、初めて柔らかい笑みが零れる。


「じゃあ、最初から話した方が良いかな。

少し長いけど、我慢してね」


そう言って、楽な姿勢を取ると、彼女は語り出した。


「私達、魔人と言われる者達は、遠い昔、マライカンの地下迷宮から逃れて、この大陸までやって来た。

魔術師達が、人間達の猛攻から身を護る最後の手段として開発を進めたらしいけど、どうやら間に合わなかったみたいね。

地下深くに追われ、やっと最初の魔人を生み出した頃には、それから100年以上が経っていた。

そして、強い魔力を持つ魔術師達がどんどん死んでいき、最終的に生み出された魔人の数は、僅かに五人。

彼ら(彼女ら)は、弱体化して人の中に隠れ住むようになった魔術師達の支配を脱し、新たな大陸で自由に生きようとした。

・・でも、彼らの身体には、ある欠陥があったの。

その身体が生み出す魔力が多過ぎるという事。

そして、それを常時放出していかないと、精神か身体の何れかが病む。

広大な地下迷宮で、人間や魔物相手に無差別に魔法を使えた頃とは異なり、ここではそうはいかない。

迷宮はあるけど、どれも小さく脆いものばかり。

人目を気にする必要も生まれた。

強いとはいえ、たった五人では、国は作れない。

他の種族相手に好き勝手な振る舞いをすれば、かの魔術師達と同じ運命を辿る。

だから最初は、皆ある程度の苦痛を我慢して、何とか穏やかに暮らしていた。

人里離れた場所で、時々魔物相手に魔力を減らしながら、隠れ住んでいたの。

・・でもね、到頭それで精神を病む者が出てしまった。

その男性は、人としての思考ができなくなり、仲間にまで攻撃し始めた。

それに応戦して、その男性を含めた三人が亡くなり、残ったのは男女一名ずつ。

それが、私の両親。

彼らは以後、慎重に魔力を管理しながら生きてきたけど、古の魔術師達の数を減らした難病に罹り、数年前に呆気なくこの世を去ったわ。

きっと、遺伝子の中にその要素が含まれていたのね」


森の景色に向けられたその視線に、僅かに諦観したような色が混じる。


「私、みっともなく命乞いしたでしょう?

両親が死ぬ間際、私に言ったの。

『お前だけは幸せになれ。誰か好きな人を見つけて、魔人の血を残してくれ。そうでないと、自分達が生み出された意味がない』って。

人の中に混じれず、やりたい事もほとんど我慢して暮らした両親。

その無念の気持ちが、言葉の響きとなって、私の胸に突き刺さった。

両親を弔い、その意思を継いで夫となる人を探しに町へ出た私だけど、当然、上手くいかなかった。

生まれてこの方、親以外の人と暮らした事なんてないし、人間がどれ程柔な存在かも知らない。

まさかお尻に触ろうとした人を殴っただけで、その人が死ぬなんて思いもしない。

慌てて逃げたけど、直ぐに追手が掛かった。

他の町ならと考えてそこを訪れても、ギルドを通して指名手配されてるらしく、見知らぬ人からいきなり攻撃される。

そしてそいつらを相手にしている内、私の中の血が目覚めた。

無慈悲で残忍、そして狡猾。

両親が必死に押さえ込んできた魔人としての血が、人を殺す度に喜びに震える。

・・流石に不味いと感じたわよ?

だから以後は町に入らず、森や、せいぜい村に入って糧を得ていたのに、それでも時々ああして攻撃されるのですもの。

私だって、理由なく人を殺す事は悪い、それくらいは知ってる。

でも、私は自らが生きるためなら、身を護るためなら、躊躇いなく人を殺す。

貴方にとって、それは悪い事?

もしそうなら、私の命以外なら、何でも差し出すから、お願い、私を助けて。

・・お願いよ」


言いたい事を全て吐き出した彼女は、和也の審判を待つべく、項垂れる。


握りしめた両の拳が、僅かに震えていた。


暫くして、和也が口を開く。


「・・自分の眷族になる積りはあるか?」


「え?

眷族?

人ではないと思っていたけど、貴方、高位の魔物か何かなの?」


「自分は、所謂神というやつだな。

世界を創った創造神、それが自分だ。

もしお前が自分の眷族になるなら、お前の命は勿論守ってやるし、その身に宿る、厄介な遺伝子や衝動をも、消し去ってやろう。

ただし、それと引き換えに、自分の支配下に入り、その命に従う事を強制する。

・・どうする?」


「神?

そんな存在が本当にいたの?

・・分りました。

貴方様に従います。

どうか私を、その眷族の一員に加えて下さい」


「自分が神だと信じるのか?」


「はい。

仮令嘘だとしても、私は貴方様についていきます。

・・そう決めたんです」


「自分が悪魔だったらどうする?」


「その時は、一緒に堕ちる所まで堕ちましょう」


何かが吹っ切れたように、彼女が笑う。


その笑みに釣られて苦笑しながらも、掌にリングを生み出す和也。


晴れて眷族として生まれ変わったエメラルドは、身に宿っていた負の要素が完全になくなり、湧き出る余分な魔力は、リングが吸収し、全て力へと変換してくれる。


ルビーと共に、この世界で和也を裏から支える頼もしい存在が、また一人増えた瞬間であった。

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