第10話

 『アリアの連れに告ぐ。お小遣いを貰ったので、至急依頼を受けに来なさい』


その日、ギルドに顔を出した和也を見つけ、笑顔でおいでおいでをしてきた受付嬢の下まで行くと、何とも言えない表情になって、こう書かれた依頼書を渡される。


「何時の間にこんなに親しくなったんですか?」


その文面から何かを感じ取ったのか、珍しく、直接は仕事に関係のない事を尋ねてくる。


「いや、別に親しい訳ではないと思うが。

この間頼み事を聞いて貰ったお礼に、アリアと会う場を設けてやったから、多分そのせいだろう」


「ああ、それで。

オリビア様のアリア贔屓はこの町では有名ですからね。

なるべく早く向かって下さいね」


「分った」


いつもの掲示板には目星い依頼がなかったため、その足で彼女の屋敷に向かう。


例によって門番に睨まれながら、用件を告げる。


「アリアの連れが依頼を受けに来たと伝えてくれ」


返事もせずに確認を取りに行った門番が戻って来て、付いて来いと顎をしゃくられる。


「今日は随分機嫌が悪いな」


「お前のせいだろうが!」


「自分が何かしたか?」


「・・この頃毎日、門から出入りするジョアンナさんの笑顔が凄く素敵なんだ。

それで何気なく理由を尋ねたら、お前のお陰だって・・。

俺達使用人の間では、彼女、ここのメイドで一二を争う人気なんだぞ。

よく気が利くし、優しいし、顔もスタイルも良い。

屋敷にお見えになる貴族のお客様にも、彼女のファンは多いんだ。

わざわざ接客を指名してくる方もいるくらいに。

・・それを、またしてもお前が・・」


「彼女、良いだよな」


「畜生!

・・ううう」


「・・泣く程か?」


「うるせえ!」


屋敷の玄関でメイドに迎えられ、応接室に通される。


ジョアンナは今の時間ダンジョンに居るので、別のメイドがお茶を出してくれる。


暫くして、やっとオリビアが顔を見せると、いきなり文句を言われた。


「何でアリアを連れて来ないのよ?

気が利かないわね」


「受付嬢に、前回一人で行けと言われたが?」


「あの時は、貴方を虐めて、できればアリアから遠ざけようと思ってたんだから当たり前でしょ。

でももうそれが無理だと分ったし、アリアと会う機会も作ってくれたから、今後はそれなりの付き合いをしてあげるわよ。

だから、これからここに来る時は、必ず彼女を連れて来るのよ、良い?」


「分った。

・・で、今回は何をすれば良い?」


「私を地下迷宮に連れて行って。

今回は1泊2日の予定だから、せいぜい2階層までくらいかしらね。

この町を治める貴族の一員として、どんな所かくらいは知っておきたいし。

アリアと二人で護衛をお願いね?

報酬は金貨2枚で良い?」


「よく親が許したな。

そちらから護衛を連れて行くならともかく、自分とアリアの二人だけが護衛なんて、心配じゃないのだろうか?

アリアなんて、強い魔物相手だと、まだ大して戦力にならないぞ?

もしかして、君はあまり親に期待されていないのか?」


「失礼ね!

お父様は私に凄くお優しいわよ。

・・前回の貴方のお陰よ。

あの五人を訳も無く倒した貴方が付くから、お許しが出たの。

だって貴方、あれでかなり手加減していたでしょう?

最後の彼女は相当な使い手よ?

お父様が、一度貴方に会ってみたいと仰っていたわ」


「それは断る」


「断れると思ってるの?

それに、もしお父様に気に入られれば、この町では安泰よ?」


「多分大丈夫だ。

自分にも、この国に友達くらいは居るからな」


「ふ~ん。

やけに自信がありそうね。

まあ良いわ。

それより、何時行けるかしら?

1日も早く、アリアとお泊りしたいの」


「明日でも良いぞ。

ただし、その服装では来るなよ?

できるだけ汚れても良い服で来てくれ」


「分ったわ。

では明日、9時頃に迎えに来て頂戴」


「了解した。

それと、報酬の件だが、金貨1枚で良いから、それを自分にではなく、ここの門番達に回してやってくれ。

金としてだけではなく、食事の際につける、酒なんかにしても良い。

ただ、自分からだという事は、内緒で頼む」


「・・へえ、結構良いとこあるのね。

彼ら、ジョアンナまで貴方に取られて、悄気しょげてたものね。

分った。

適当な理由を付けて、その分労ってあげるわ」


「君こそちゃんと見てるのだな。

少し意外だった」


「当然でしょ。

彼らが屋敷の門を守ってくれるのだから」


和也はその言葉を聴き、僅かに唇を緩める。


そして家に帰ると、鍛錬に勤しんでいたアリアを呼び、明日の予定を告げるのであった。



 (同時刻、ビストー王宮、ヴィクトリアの部屋)


「あら?

・・ふ~ん、本当に便利よね。

今度、わたくしの仕事も手伝って貰えないかしら」


転送されてきたメモを読み、執務用の机から腰を上げた彼女は、王宮の廊下を渡り、各大臣達の部屋がある場所まで歩く。


その1つ、財務大臣と書かれた扉をノックすると、声をかける。


「わたくしだけど、今、少し良いかしら?」


「これはヴィクトリア様、どうぞお入り下さい。

こちらにいらっしゃるとはお珍しい。

何か緊急のご用件でしょうか?」


「ある意味そうね。

ただ、今から話す事は他言無用よ。

まだお父様にも秘密にして頂戴。

良いわね?」


大臣の目をじっと見て、そう念を押す彼女。


その迫力に押され、無言で頷く彼。


「和也さんには手を出さないで。

あの人は、絶対に敵に回してはいけない人。

もし本気で怒らせれば、この国とて直ぐに滅ぶわよ?」


「・・一体どなたの事を仰っているのですか?」


「最近、貴方の娘の所に何度か来ているでしょう?

・・彼よ」


「ではあの少年の事なのですか!?

まだ会った事はございませんが、凄い能力の持ち主だと、家の者から報告を受けておりましたが・・」


「そう、その彼。

彼はね、何れはわたくしの夫にする積りでいるの。

だから、手出しは無用よ」


「!!!」


今まで、どんな縁談にも見向きもしなかった彼女の口から出た言葉に、大臣は絶句する。


それこそ、他国の王の正妃にと、何度乞われたか分らない彼女が、自分の方から夫に欲しいと告げている。


呉呉くれぐれも、まだ誰にも話しては駄目よ。

もし振られでもしたら、恥ずかしいから。

・・尤も、そんな事、許す積りはないけどね」


大臣の態度に満足したヴィクトリアが部屋から出て行くのを、当の彼は未だ呆然として見送る。


これは偉い事になった。


そう思うと同時に、これなら大丈夫だと喜ぶ自分がいる。


彼女がああまで言うからには、きっと相当な人物なのだろう。


そんな少年が娘を側で守ってくれるなら、地下迷宮でも何の心配も要らない。


男は安心して、再び仕事に取り掛かるのであった。



 満月の美しい夜。


深い森の中にある、その家で、窓から差す月の明かりだけを頼りに、同じベットで横になる三人は、話に花を咲かせる。


「あれ以来、あの子達、凄くマラソンを頑張ってますよ?

休み時間も、稼いだお金を何に使うかでとても盛り上がってます。

余程嬉しかったのでしょうね。

子供といえど、ただお金を貰うより、自らの力で得た事で、自信と誇りが生まれたのかもしれません」


「ごみ捨てだっけ?

それで一人銀貨20枚かあ。

私が店で4、5時間店員やって銀貨5枚くらいだから、子供には破格の仕事よね。

そんなに大変なものなの?」


「今回は最初だから少しサービスしたが、それでも15枚くらいの価値はある。

量が半端ではない上に、見た目も臭いも普通なら挫折しても可笑しくない。

幾ら特殊スーツで臭いと汚れを完全に遮断し、目の部分のモニター越しにそれらを見ていたとしても、子供にはきつい事に変わりはない。

地球では、大人だって尻込みしそうな光景だった」


「貴方でも?」


「自分なら、問答無用で焼却し尽くしている。

仮令スーツ越しでも触れたくない」


「貴方って、ちょっと度が過ぎるくらいに奇麗好きだもんね」


「お前はもっと気にした方が良い。

アトリエ代わりに使っている部屋に、時々綿埃が舞ってるぞ」


「たはは。

集中すると、中々他の事に気が回らなくて」


「まあ良い。

エリカの絵の出来映えが良ければ、全てを許そう」


「プレッシャーかけないでよ。

エリカさんは、只でさえ描くのがかなり難しいんだから」


「何故ですか?」


「エリカさん、普通の人はですね、ただ髪をくしけずっただけで光の精霊が戯れないんですよ。

晒した肌は、まるで水の精霊に贔屓されたような瑞々しさと張りに艶。

こうして薄暗い中でただ横になっていても、貴女が纏う闇の質は、他とは少し違って見えます。

風の精霊が途中で変換しているとしか思えない、心地良い声音。

大地の精霊から貰い過ぎた、その包容力。

火の精霊からは、一体何を受け取られたのでしょうね?

言ってしまうと、もしエリカさんがそのまま道を歩いていたら、恐らくほとんどの人には、貴女が人間には見えませんよ?」


「まあ、魔物にでも見えるのでしょうか、フフフッ」


「・・エリカさん、前の国でよく普通に生活できてましたね?」


「そうですね、慣れもあるのでしょうが、あの頃はまだここまでではなかったと思います。

これ程までになったのは、きっと旦那様のせいです」


「?

この人に何か魔法でも使われたんですか?」


「ええ勿論。

恋の魔法です」


「・・エリカ、言ってて恥ずかしくないのか?」


「どうしてですか?

あなたに愛を告げる事に、恥じらう以外の恥ずかしさなどありません」


「・・・」


「御免なさいアリアさん、今のは半分冗談ですが、旦那様から頂いているものがあるのは本当です。

わたくし達妻が旦那様に抱かれる時、本来の子種の代わりに、あるものを得ています。

それは、受けた者の美しさと能力を少しずつ高め続ける、彼の体液です。

わたくし達は愛されても子供ができない代わりに、美と力を貰っているのです」


「・・エッチな事をするだけで、綺麗になって、御負けに強くもなるなんて、世の女性を完全に敵に回しますね。

・・そんなに沢山、この人とエッチしたんですか?」


「さあ、どうでしょう?

・・どのくらいになります?」


エリカがクスクス笑いながら尋ねてくる。


「知らん。

容姿の上昇など何時かは止まるし、お前を抱く時、大切にしなければならぬのは、そんな事ではないはずだ。

・・しかし、やはりアリアは性に興味津々・・痛いぞ」


毛布の下で、アリアに足を蹴られる和也。


「フン、容姿が良いと得よね。

今の言葉、その辺の男が口にしたら、笑しか出ないわよ?」


「お前だってかなり恵まれているではないか」


「エリカさんを見てると、それも自信無くなっちゃった」


「大丈夫だ。

お前はお前にしかない美しさがある」


『なら早く手を出してよ!』


「何故怒る?」


いきなり眼を鋭くしたアリアに、和也が驚く。


「知らない!

お休み」


向こうを向いて、寝に入るアリア。


「?」


『・・あなたったら‥』


エリカも逆側を向いて、瞳を閉じる。


大きなベッドの中央で、訳が分らぬという表情をしている和也を、ただ月だけが、まるで苦笑するかのように、細く照らし出していた。



 「アリア、会いたかったわ!」


オリビアが、満面の笑みで彼女に抱き付く。


はたからは、アリアの豊かな胸の膨らみを圧し潰し、まるでその感覚を楽しんでいるようにも見える。


「・・オリビア様、その格好は?」


「ああこれ?

家の庭師から、新品の服を譲って貰ったの。

あまり目立ち過ぎるのも良くないし、これなら汚れても大丈夫だから」


『いえ、逆に目立つと思いますよ?』


麻製の長袖のシャツに地味なベスト、少し長い丈を詰めた、だぶだぶのズボンに革靴。


奇麗な髪を押し込んだ、布製の帽子を被り、背にはリュックを背負しょっている。


まるで何処かの田舎に遠足にでも行くみたいだ。


「メイドさん達は、その格好に何も言わなかったんですか?」


「可愛いと言ってくれたわよ?」


『・・遠慮したのね』


「さあ、早く行きましょうよ。

時間が勿体無いわ」


オリビアがアリアの手を引き、迷宮の入り口への道を共に歩いて行く。


因みにアリアの格好は、和也に貰ったバトルスーツの上から、身体のラインを隠すように、地球のバイク乗りが好むような黒い革ジャン(これも和也が与えた)を羽織っている。


和也はいつもの格好で、楽しげに歩く二人の後ろを歩いていた。


町に多数ある迷宮の出入口には、必ず一人以上の兵が常駐していて、朝の開門と夜の閉門に携わる。


夜中に魔物が出てきても差し支えない野外の出入口には、勿論誰も居ない。


アリアが中に入ろうとすると、兵が嬉しそうに声をかけ、挨拶してくる。


オリビアの事は、本人だと気付かないようだ。


領主の家族が、まさか庭師の格好をしているとは思わないのだろう。


「へえ、意外と奇麗なのね」


1階層に入り、広い通路をきょろきょろしながらゆっくり歩くオリビア。


その少し前をアリアが歩き、1番後ろを和也が進む。


「君は何か武芸を習っているのか?」


暇潰しに和也がオリビアに話しかける。


「そんな訳ないでしょ。

だからちゃんと守るのよ?

怪我でもさせたら、アリアを1日専属メイドにするからね。

一緒にお風呂に入って、身体を洗って貰うんだから、ウフフ」


『え~っ、それはちょっと‥』


アリアが前を向きながら、少し微妙な顔をする。


そうこうする内に、3体のゴブリンが姿を現す。


アリアとオリビアを見て、一瞬襲い掛かろうと身構えるが、後ろの和也が一睨みすると、直ぐに逃げて行く。


「倒さなくて良いの?」


不思議に思って聴いてくるオリビアに、和也は答える。


「他の者の練習相手を、無理に狩る必要はあるまい」


「何だか意外・・でもないか。

冒険者って、もっとがむしゃらに魔物を倒す人達だと思っていたけど、・・貴方だもんね」


事前のテストで和也の力を知っているオリビアは、納得して歩きを再開する。


「迷宮って、結構平和なのね。

もっと危ない場所だと思ってた」


広い通路を歩いていても、時折戦闘中の人物や下級の魔物に出くわすくらいで、これといった刺激も危険もない。


「2階層に行きましょうか。

これじゃあ、私の出番すら無いしね」


入ってまだ1時間もしない内に、アリアまでそんな事を言い出す。


「どうせなら、少し自然のある場所まで行こう」


退屈なのは和也も同じなので、二人にそう提案して、下へ降りる道を探す。


2階層に降りると、流石に魔物や他の冒険者達に出会う率が増えたが、相変わらず和也が睨むだけで魔物は逃げるし、冒険者達も、アリアに見惚れるか、厭らしい視線を投げかけてくるだけなので、その全てを無視して進む。


そして更に2時間後、3階層への階段を下りる。


ここからは、国による監視カメラも存在しない、ある意味無法地帯だ。


出現する魔物もずっと強くなるので、2階層程には、人の姿も見かけなくなる。


「こんな短時間に3階層まで来れるなんてね。

貴方に頼んで正解だったわ。

本当に、地下に緑があるのね」


オリビアは珍しそうに周囲を見回し、和也に告げてくる。


「疲れたし、お腹も空いたから休憩したいわ」


「分った」


和也は透視で林の中に適当な広場を見つけ、二人をそこに案内する。


そして、徐にトイレとテーブルセットを出す。


「え?

何これ、一体何処から出したの?」


オリビアが驚いて聴いてくる。


「アイテムボックスに決まっているだろう」


「この大きさの物を・・って、貴方だもんね、当たり前か」


「随分和也さんを評価されてるんですね」


アリアが意外そうに口にする。


「そりゃあね、あの光景を見せられたらねえ・・。

これは何?」


初めて携帯トイレを目にした彼女が尋ねてくる。


「トイレだ。

そろそろ行きたいだろうと思ってな」


「・・助かるわ。

今はこんな物まで売ってるのね」


『いやいや、それはないですって』


アリアが何か言いたげに、顔の前で手を振る。


中に入って、間も無く出てきたオリビアは、きっぱりと言い切った。


「これ、私の家でも購入するわ」


二人が用を足している間に、和也は紅茶の用意をし、3㎝くらいの厚切りで脂の少ないベーコンのソテーと、オムレツ、フルーツトマト、香ばしく焼いたパンを皿に盛る。


「何これ?

何でこんな所でこんな豪華な食事が出てくるの?

せいぜいサンドイッチくらいだとばかり思ってたのに」


紅茶も料理も、きちんと上等なカップや皿で供され、しかも熱々で、紅茶には湯気まで立っている。


ナイフにフォーク、おしぼりまで並んでいる。


「君は一応依頼主だし、購買力のある貴族だからな。

ベーコンはお勧めだ。

気に入ったらジョアンナの家が管理する村で購入してやってくれ」


「あの辺にそんな事してる村なんてあったかしら?」


「つい最近始めたばかりだが、施設も豚の品種も折り紙付きだ。

まあ、食べてみてくれ」


和也がトイレを終うと、アリアとオリビアが並んで席に着き、対面で紅茶を飲む和也の前で食べ始める。


「!!

・・美味しい。

こんなベーコン、食べた事ないわ。

脂が少なくて、しかもしつこくない。

それにこの香辛料、初めて食べるけど何だろう?

凄くお肉に合う」


「胡椒はこの国に無いのか?

・・普段アリアが何も言わずに食べてたから、気付かなかったぞ?」


和也がアリアに視線を送る。


「だって、(神様の)貴方がする事だから、知らない事や物に、一々驚いていられないもの」


二人が醸し出す雰囲気に、オリビアが口を挟む。


「いつも二人で食べてるの?」


「いや、そうとも限らないぞ。

お互い忙しいから、寧ろ最近はあまり機会が無いな」


エリカの事を知らないオリビアは、まだ彼らが二人きりで生活してると思っている。


「じゃあ、・・夜も?」


「何にも無いですよ。

ええ、これっぽっちも・・」


アリアが何故か不機嫌そうに呟く。


「良かった。

じゃあまだ清いままなのね。

・・でも貴方、もしかして不能なの?

アリアと暮らしててこんなに我慢できるなんて、そこだけは素直に褒めてあげる」


「男だからといって、年中盛っている訳ではない」


「ふ~ん、まあ良いわ。

!!!

・・何、このパン。

これ、一体何処のパン!?」


「それは内緒だ。

このパン職人は多忙だから、あまり量産できない」


「家のお抱えにするわよ?」


「そう言ってくる者は多いし、既にとある王宮の御用達になっている」


「・・そっか。

まあ、そうだわね。

でも、これからもこの依頼の時には、このパンをお願いしたいわ。

あと、もし売れ残ったら、家が全部買うから」


「依頼の時くらいは出してやろう」


和也はアンリと初めて出会った時の事を思い出し、嬉しそうに目を細める。


「貴方でもそんな顔するんだ?

毎回、人を小馬鹿にしたような顔しか見た事なかったから、意外ね。

いつもそういう顔してれば、アリア以外にも女に困らないと思うわよ?

だから、アリアは私に頂戴」


「・・君もぶれないな」


「フフ、当然よ」


地下とはいえ、(人工の)良い日差しが当たる中、穏やかな食事が進む。


因みに、和也が張った障壁の外では、何度か虫や魔物が侵入を試みては、その度に弾かれていた。



 「二人共そこで止まれ」


昼食を終えて散策を再開した二人に、和也の声がする。


「どうしたの?」


アリアが振り向いて尋ねてくる。


「30ⅿ先に、蜂の魔物の巣がある。

お前の格好はまっ黒だから、奴らを刺激する。

自分が駆除してくるから、ここで待っていろ」


「ナックルビーね。

何をするのか見てて良い?」


「ならその間、オリビアを抱き締めていろ。

そうすれば、防御障壁が彼女も保護する」


「分った。

オリビア様、こちらに」


「嬉しい。

しっかり抱き締めてね」


巣の10ⅿ手前で、黒い身なりの和也とアリアに反応して、魔物たちが騒ぎ出した。


和也は右の掌に赤い球体を浮かべて、攻撃してくる蜂たちをそこに吸い込んでいく。


数十匹吸い込むと、今度は直径3ⅿ以上ある巣を丸ごと魔力でコーティングし、中に居るであろう女王蜂と幼虫ごと、そこから出られないようにして、収納スペースに放り込む。


「何今の赤い球?

蜂なんか吸い込んでどうするの?」


オリビアが興味深げに尋ねる。


「自分のダンジョンで使う」


「子供達に!?」


「いや、それとは別のダンジョンだ」


「複数持ってるの!?」


「まあ、そうだな。

これ以上は秘密だ」


「えーと、オリビア様、歩きたいので離れていただけますか?」


「え~、なら腕組んで良い?」


「・・はい」


「どうする?

この階層をじっくり見ていくか?

それとも、4階層に降りる場所があれば、直ぐに降りるか?」


「そうねえ、天気も良いし、このまま暫くアリアとこうして散歩がしたいわ」


「分った。

なら、ゆっくり進もう」


和也は二人を先に歩かせ、再度、その後ろを付いて行く。


木漏れ日を浴び、時折吹いてくるそよ風に身体と髪を悪戯されて、アリアとオリビアの二人は、楽しそうに話に花を咲かせる。


これまでは、部屋の中という密閉された空間でしかアリアと過ごせなかったオリビアは(ほんの数回、家の庭でお茶した事はあるが)、外の空気に触れながら、気兼ねなく彼女と親しくできる事を、本当に喜んでいた。


アリアも、必要以上に身体に触れられなければ、オリビアを好意的に感じているので、彼女に笑顔が溢れる事を、素直に喜べる。


和也は、そんな二人に口元に笑みを浮かべつつ、周囲に軽く気を配る。


「100ⅿ先で誰かが戦闘している。

迂回するか?」


「助けてやらないの?」


「その価値があれば吝かではないが・・。

それに、助けが必要とも限らないしな」


オリビアの問いにそう返す和也に、彼女は言う。


「とりあえず見に行きましょう」


和也の思考を熟知しているアリアが何も言わないので、彼女を引っ張るように歩いて行く。


アリアと和也は顔を見合わせ、苦笑する。


「赤の他人なのに、随分熱心だな」


「だってここなら、うちの町の住人である可能性が高いでしょう?

ここまで来れる優秀な納税者を、できれば一人でも減らしたくはないわ」


「成る程」


現場に着くと、男が一人で数匹のメタルリザードを相手にしていた。


そこそこ腕が立つようだが、如何せん相手の数が多い。


既に何か所か血を流している。


「助けが必要か?」


男にジャッジメントをかけた和也が、瞳を蒼くしながら尋ねる。


「頼む!」


和也達に気付いた男が、安心したように言ってくる。


和也は、掌に浮かべた赤い球体に魔物たちを吸い込むと、男の傷を癒し、その手に銀貨6枚を握らせる。


「これは?」


礼を述べようとしていた男が、手の中の銀貨を見て、不思議そうに尋ねてくる。


「弱い魔物でも、1体の首で銀貨1枚になると聞いた。

6体居たから6枚。

証明部位を残せなかったからな」


「いや、一人では倒せなかったのだから、私に分け前を受け取る資格はない。

傷まで治して貰ったんだし、尚更だ」


「家で待ってる者の為にも、少しでも必要だろう?

茸狩りも手伝ってやるから、早く家に帰ってやれ」


「何故それを?」


驚く男の問いには答えず、和也はオリビアに声をかける。


「1時間くらい、この辺りで茸狩りをしてみないか?

君はアリアと一緒で良いから」


「良いわね。

宝探しみたいで、何か楽しそう」


和也達の会話が聞こえたのか、珍しく彼女はすんなりと同意する。


少し強引ではあったが、和也達の善意に感謝し、その男は元々の目当てであった、茸狩りを再開する。


だがそれは、本来のものとは随分趣が異なった。


透視を用いて、広範囲を探索する和也のお陰で、男は、探すというより、指示された場所まで取りに行く感じになる。


移動途中で魔物に出会えば、それすら和也が駆除してくれる。


あっという間に、大きな袋一杯に茸が溜まる。


アリア達の方も、和也が敢えて男に取らせなかった数個を無事に見つけたようだ。


「これを持って行け」


和也は男に、小瓶に入った薬を渡す。


「君を待つ人の身体を治してくれる」


「!!」


何だろうと小瓶を眺めていた男が、はっとして和也を見る。


「ではな」


次の瞬間、男の姿が消え、再び和也達だけになる。


「嘘、転移した!?

そんなに強そうに見えなかったのに・・」


「人は見掛けによらないという事だな。

優秀な納税者を失わずに済んで、良かったではないか」


「それは、まあ、そうなんだけど・・」


未だに信じられないという顔をしているオリビアの隣で、誰の仕業か分っているアリアは、ただ嬉しそうに微笑んでいた。



 気が付くと、男はギルドの直ぐ近くにいた。


どうやら転移で送られてきたらしいと男が理解するまで暫しの時間を要したが、何とか気を落ち着けて、採取した茸をギルドに売りに行く。


1本銀貨1枚で売れる高級品なので、大きな袋に目一杯に入れた茸は、全部で金貨1枚になった。


更に、本来ならそれで妻の為に薬を買う積りであったのに、あの少年がそれまでくれたお陰で、手にしたお金が丸々手元に残る。


男はそれで、妻の好物を買うと、急いで家に帰った。


「ただいま。

体の具合はどうだい?」


ベッドで横になっていた妻に、男は優しく語り掛ける。


「迷惑かけて御免なさい。

薬を飲んだけど、前程には効かなくなった気がするの」


「・・そうか。

じゃあ、これを飲んでみてくれ」


男は、和也に貰った薬を、躊躇ためらいなく妻に飲ませる。


本来なら、あんな場所で初めて会った者に貰った薬を、大事な妻に直ぐ飲ませるような男ではないが、僅かな時間とはいえ共に行動した和也の人柄を信じ、躊躇ちゅうちょなく口にさせる。


飲んでから少しすると、妻の顔色が見る見る良くなった。


「・・どうだ?」


「・・信じられない。

もう何処も痛くないし、身体全体のだるさも消えた。

凄く身体が軽いわ。

それに、久し振りにお腹も空いてきた」


「そうか!

君の好物を買ってきたんだ。

沢山食べてくれ」


嬉しそうに、食べ物をテーブルに並べる彼。


それを美味しそうに食べながら、妻が申し訳なさそうに尋ねてくる。


「でもあの薬、凄く高かったんじゃない?

今までの物とは、何か根本的に違う気がするもの」


「それがさ、地下迷宮の3階層で危うく複数の魔物にやられそうになった時、助けてくれた人がいて、その人が、一緒に茸を探してくれたばかりか、あの薬まで只でくれたんだ。

帰りも直ぐ近くまで送ってくれて・・」


「御免なさい。

言えた義理じゃないけど、一人であまり危ない事しないで。

貴方に何かあったら、私・・」


「謝るのは止めてくれ。

病気になったのは、君のせいじゃない。

君だって、もし僕が病気になれば心配してくれるだろう?

大事な人が、元気で笑ってくれてるだけで、僕は幸せなんだ。

だから・・・ん?」


話中だった男達のテーブルに、何時の間にか、1通の封筒が届いている。


「何だこれ?」


男が中を確認すると、そこには1枚の紙が入っていた。


『大切な人を守りたいと切に願う君へ』


そう書かれ始めた手紙には、とあるダンジョンの場所と、そこでの訓練の内容、直ぐ近くの村での無料滞在特典などが書かれている。


しかも、期間は3か月で、夫婦二人分だった。


手紙の終わりは、『元気になって良かったな』と書かれている。


まるで、誰とは言わなくても、それが分るだろうとでも言っているかのようだ。


最後まで読んだ男は、不思議そうに眺める妻にこう語りかける。


「元気になったなら、久し振りに、旅をしてみないか?

先程話した彼が、僕達二人を招待してくれるそうだ」


「良いわね。

鈍った身体を思い切り動かしてみたい」


女性がそう言うと、男が手にしていた封筒に少し重みが増す。


疑問に思って逆さにすると、金貨が1枚転がり落ちてきた。


「・・旅費の積りかな?

それにしても、凄い魔力だ」


それから2日後、夫婦はとある村へと旅立つのであった。



 男がいきなり消えてから、未だ納得していないオリビアを促して、再び3階層を散策する。


ここの魔物は、倒せば皆それなりの褒賞が出るので、それを目当てにする冒険者のパーティーとも数組出会うが、係わると面倒なので、話しかけられても適当にお茶を濁して直ぐ立ち去る。


どうやら和也には何らかの基準があるようで、それを満たさない者達とは、彼は陸に話もしないのだとオリビアが理解するのに、さして時間はかからなかった。


アリアがこんな階層まで降りてくるのは初めてなので、興奮した男達の中には、和也が居るのに露骨に誘ってくる者もいたが、そんな彼らには、彼女はただ一言、『もう私はこの人の女だから』と、和也の腕を取って笑うのみであった。


男達に混じって、オリビアまでが、納得のいかない顔をしていたのは言うまでもない。


そして中には、やはり常識のない輩もいる。


言葉だけでは理解せず、己の力を過信して、直ぐに行動や暴力に訴える者。


地球のまともな法治国家に住む者ならば、仮令力があっても、取るに足らない者を殴って失う利益と、その場の感情とを秤にかけ、正当防衛でもない限り、割に合わないと手を出さない。


例外は、現実の生活で失うものが何もない、自棄になった人間か、精神が病んだ者くらいだろう。


理性と常識を併せ持つ人達が大人しくしているのを良い事に、そういう輩が好き勝手に振る舞うのはどの世界も同じ。


いや、やはりこちらの世界の方が少し酷いか。


現に今も、和也達は数人の男達に囲まれていた。


「アリア、俺達と一緒に行こうぜ?

ここからの階層は危険だからよ。

そんなひょろいガキと子供だけじゃ危ないって。

俺達なら、夜もしっかり満足させてやれるからよ?」


こういう輩の共通点は、先ず、自分の事しか考えられない単純で幼稚な思考形態。


そして、自分こそが最高だと妄想する、病んだ頭である。


アリアが軽蔑の眼差しを向け始めた所で、和也が割って入る。


「言いたい事言って気は済んだか?

ならさっさと道を開けろ。

目障りだ」


「なんだとてめえ!

ちょっとくらい金持ってるからって良い気になるなよ?

この階層には監視カメラはねえぞ?

ここでお前が消えても、誰にも分らねえよ。

残りの二人は、俺達がきっちり躾てやるからな、うひゃひゃひゃ」


「・・今のはどういう意味だ?」


突然無表情になった和也が、馬鹿笑いしている男達に静かに尋ねる。


魔力に敏感な者なら、周囲の気配が一変した事に気付いたであろう。


世界に満ちる魔素が、精霊が、まるで息を潜めたように、静かに怯えている。


アリアも、難を避けるように、黙ってオリビアを抱き締め、彼から少し離れた。


「そんな事も分らねえお子様なのか?

犯しまくって・・」


ドギャッ。


話していた男の、首から上が潰れて、身体ごと吹っ飛ぶ。


「「なっ!?」」


和也達を囲んでいた男達から、一様に驚きの声が上がる。


「自分の前で、よくもそんな事が言えたものだ。

選りに選って、自分の大切な者を犯すだと?

・・教えてやる。

自分はな、その類の愚行が一番嫌いだ。

現実に見るのは勿論、本で読むのも、人から間接的に聞くのもな。

だから、少しでも生き延びたかったら、自分の前で、決してそういう話をしない事だ。

もう、遅いがな」


「「ひっ」」


和也が纏う怒りと憎しみのオーラが、晴れていた天候をも闇に変え、底冷えする冷気と共に、男達に死を宣告する。


「ま、待ってくれ。

俺達はまだ何もしていない。

ただそう思って、口に出しただけだ。

だから、殺される程の罪にはならないだろう?

ここで俺達を殺せば、お前の方が罰せられるぞ?」


和也が纏う、どす黒いオーラに怯え、尻餅をついて後退ろうとする男が苦し紛れに口にする言葉に、和也は答える。


「誰に?

・・ゴミにしては多少知恵が回るようだが、そんなへ理屈は、何処ぞの星の、形式ばかり捏ね回す国でしか通じん。

もし自分が弱ければ、お前達は嬉々として実行に移したのだから、結果無価値を採らない自分には、お前の言葉は考慮に値しない。

暇潰しにするような、罪のない空想とは根本的に違うのだからな。

考えてもみろ。

軍を引き連れて、自国の民を皆殺しにしようといきなり攻めて来た敵が、いざ戦おうとした際、どうもこちらの方が強そうなので、何もしないで帰るから許せと言ったなら、何の落ち度もないのに攻められそうになったその国は、只で許すと思うか?

放っておけば、また攻めてくるかもしれないのに?

こちらが油断すれば、掌を返してくる可能性が高いのに?

そんな選択をするのは、被害が己には直接関係がないと考える者だけだ。

自分はそうではない。

だから、さらばだ。

大いなる慈悲を持って、輪廻の環に加わる権利だけは与えてやろう。

尤も、人として生まれ変わるかは分らんがな」


所持金と武器だけを残して、男達が瞬時に燃え尽きる。


その怒りの炎の前に、彼らは悲鳴すら上げる事ができなかった。


和也は、残されたそれらを浄化して収納スペースに放り込むと、気を落ち着けるように、ゆっくりと瞼を閉じる。


それに応じて、夜のように暗かった空が、再度光を取り戻していく。


風が穏やかに吹き始め、周囲の気温が正常に戻る。


和也の発する声以外、無音のように感じられた世界に、様々な音が蘇る。


恐る恐る、魔素や精霊達が、和也の周りに近付いて来ては、やがて安心したように散って行く。


「・・随分怒ってたわね。

貴方のあんな顔、初めて見たわ」


オリビアを抱き締めていた腕を解き、和也の傍に寄って、その手を静かに握るアリア。


「有難う。

私の事、大切だと言ってくれて。

・・とっても嬉しかった」


「自分が怖くはないか?

自分は、それが正しいと思えば、躊躇いなく人を殺すぞ?」


「そんなの、何時の時代でも、何処の世界でも、よくある事じゃない。

自分を殺そうとする相手に、何で手加減する必要があるの?

大事なものを壊そうとする人に配慮して、それを失ってしまう方が、ずっと愚かだと私は思う。

彼らは生かしておけば、きっとまた、他の誰かに同じ事をした。

ここでいなくなって貰う方が良いわ。

オリビア様も、そう思うでしょう?」


「勿論よ。

私が必要なのは、善良な納税者。

悪貨は良貨を駆逐する。

あんなのを生かしといても、害にしかならない。

私のアリアを汚そうとしたあいつらに、この私が、生きる権利を与える訳がないじゃない」


「・・でも貴方、こちらの想像以上に危ない人のようね。

流石の私も、もう貴方と喧嘩しようとは思わないわ。

仲良くしましょうね」


あの状況の和也を見て、さらっとそう言えるオリビアを、アリアは嬉しそうに抱き締める。


「いきなり何?

私に惚れた?」


「ええ、今までの倍くらいには。

それでもまだ、彼の半分にもなりませんけど・・」


「一言余計よ」


オリビアも、嬉しそうにアリアに腕を回す。


和也は完全に心を落ち着け、怯えさせた精霊達を、魔力で撫でている。


三人は、そうして暫し、時を過ごすのであった。



 余談だが、この世界の監視カメラは、地球の物とは異なり、転移の際に目印の場所を確認するための遠視魔法を取り入れ、その映像を記録するという、所謂写真に近いものである。


したがって、連続した画像を供給するものではないが、ある程度の間隔で撮影されるため、一定の抑止効果を持っている。


元々は、魔法の罠を掻い潜って、頻繁に物を盗む同僚に業を煮やした古の魔術師が、自宅用に開発したのが始まりと言われている。



 「もう直ぐ暗くなるな」


地下迷宮でも、3階層以降には、きちんと夜がある。


昼に陽の光を、夜に暗闇と静寂を求めるのは、魔術師といえど人である以上、変わりはない。


「この階層は、まだ人が多い。

4階層まで行って、そこで夜を明かそう」


「足手纏いを含めたこの人数で、初日にそこまで行けるのは、きっと貴方くらいね」


「何だ、珍しく殊勝じゃないか。

落ちている物でも食べたのか?」


和也がからかうと、オリビアは乾いた笑いを漏らす。


「この階層の魔物を、ほとんど睨むだけで追い払えるなんて、ギルドが知ったら大変よ?

そういえば、貴方、ランクが無いのよね?」


あの後、何度も魔物に遭遇したが、知性の無いもの以外は、和也が鋭い視線を向けるだけで逃げて行った。


向かって来たものは、例の赤い球体に吸い込まれている。


「人様に自分を評価付けされようとは思わん」


「お父様に貴方を会わせるのは、止めた方が良さそうね。

私の夫にされそうだもの」


「自分はロリコンではない」


「?

どういう意味?」


「子供には興奮しないという意味だ」


「馬鹿!

私は子供じゃないわよ。

もう15で、あと3年で結婚だってできるんだから」


「したいのか?」


「アリアとならね」


「この国では、女性同士の恋愛は隠れてするものだと認識していたが、君は随分明け透けなのだな」


「別に恥ずかしい事じゃないもの。

それに、上流階級の女性には、結構多いわよ?

そういう趣味の人」


アリアに視線を向けると、苦笑で以って、その発言を肯定していた。


無駄話をしながら歩いている間にも、どんどん暗くなってくる。


和也は透視でさっさと4階層への通路を探すと、そこへ降りて行く。


広い平原の先には深い森があり、丈の長い草に隠れていた数匹の魔物を球体に吸い込みながら、ここからは和也が先導して歩く。


念のため、オリビアにも防御障壁を掛けておき、キャンプに適した場所を探す。


そして、森の入り口に、平らで適度な広さを持つ場所を見つけると、和也は収納スペースからテントとトイレを取り出し、設置する。


テントの中は、ベニス達に用いたのとは異なり、背の低い、大きめのベッドにしてある。


女性陣が休むための準備に入る中、和也は外で大きな石や木の枝を転移させ、即席の囲炉裏を作ると、そこで鶏肉や茸、ソーセージ等を焼いて、湯を沸かす。


かぶりつけるように、汁を受ける皿とおしぼりを用意し、二人に渡してやる。


熱々を頬張る二人を尻目に、食後のレモネードを作ると、一人で先に飲み始めた。


空に星はないが、濃い緑の匂いと、それを運んでくる適度な風が、障壁を通して入って来る。


食べ終えた二人に浄化を掛けると、早々にベッドに潜り込む。


大きいとはいえベッドは1つしかないが、外で良いと告げる和也を、二人が引き込んだ。


入り口から、和也、アリア、オリビアの順に並んで横になる。


オリビアは、初めてアリアと一緒に寝られる事に、とても喜んで、ずっと彼女の腕を抱え込んでいた。


暫くして、興奮が冷め、話疲れたオリビアが眠りに就くと、アリアが空いている方の手で和也の手を握り、小さな声で告げてきた。


「今まで八つ当たりして御免なさい。

貴方が何時までも抱いてくれないから、少し焦れていたの。

・・でも、今日の事で分った。

貴方はちゃんと、私を愛してくれてる。

大事にしてくれてる。

だから、これからは大丈夫。

貴方がそうしてくれる日を、ゆっくり、信じて待てる。

・・おやすみなさい」


アリアのキスを頬に受けながら、和也もまた、眠るまでの一時で考える。


自分を曝け出してもなお、己を信じてくれる人がいる。


それがどれ程、心を満たしてくれるものなのかを。


それがどんなに、気持ちを癒してくれるものなのかを。

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