第9話

 「あの子達の様子はどうだ?」


自分の隣で横になっているエリカに、進捗状況を尋ねる和也。


「皆良い子ばかりですよ。

勉強熱心で努力家の子ばかりです。

マサオ君とアケミさんは座学が好きで、もう初等の算術と歴史はマスターしてしまいました。

なので今はその分魔法の習得に多めに時間を割いています。

トオル君とタエさんの二人は逆に算術などが苦手ですが、ジョアンナさんが教える料理や裁縫、掃除なんかが上手で、効率よく作業するのが得意です。

給食は、ジョアンナさんを含め、皆で一緒に食べるんですよ?

子供達の食べるスピードは凄く速いです。

わたくしがパンを1つ食べる間に、2回は全部おかわりしてます」


楽しそうにクスクス笑うエリカ。


そんな彼女を、和也は嬉しそうに見つめた後、反対側に横になっているアリアの方を向き、言葉をかける。


「身体は馴染んできたか?」


「前よりは大分ね。

働いてた時間をそのまま訓練に充てられるし、貰った知識が、身体の動かし方や技を出すタイミングなんかを教えてくれるから、日々何かを得てる自信はあるわ。

それにここの食事、毎食良質の肉や魚、豆や海藻など、今まであまり口にできなかった物をふんだんに食べられるから、良い筋肉がついて、その上、身体が軽い。

前より食べているのに、寧ろ身体が締まったわ」


「絵の方はどうだ?

必要なものがあれば、何時でも言ってくれ」


「有難う。

でも、そんなに早くは描けないわよ?

私の場合、人物画には、大体1枚で3か月くらいはかかるから」


「そんなにか?」


「描くモデルにもよるけど、お気に入りの絵には、私、何度も手を入れ直すから。

人物画で妥協はしたくないの。

その人の、その時代の姿を描き切りたいから」


「因みに、ヌードを描いた事はあるのか?」


「・・あるわよ?

1、2回だけど。

でも完成しなかった。

だって何度も襲われそうになって、逃げたから」


「女性にか?」


「そうよ、悪い?」


「いや、別に」


「アリアさん、可愛いですものね」


エリカが再度、クスクス笑う。


「笑い事じゃないですよ、エリカさん。

本当に怖かったんですから。

特に目つきが」


「まあ、フフフッ」


「エリカ、明日は自分も学校に顔を出す。

そろそろ仕事を与えるための訓練もしなければならないからな」


「はい、分りました。

ご一緒に給食も如何ですか?」


「それは遠慮する。

ジョアンナと二人で行く所があるしな」


「まあ、昼間からですか?

彼女はその後お仕事もあるのですから、手加減してあげて下さいね?」


「一体何の話をしている?」


「彼女を可愛がるお積りなのでしょう?」


「・・・」


「冗談です。

・・でも、もし本当にそうなさっても、彼女はきっと、あなたを拒みはしませんけどね」


「何故そんな事が言える?」


「だって、わたくしに、色々とあなたの事を尋ねてこられますよ?」


「雇い主だからだろう」


「フフッ、そういう事にしておきます」


「貴方、時々凄く子供よね」


「む、アリアのくせに生意気な」


「フン、何時までも焦らしてるからよ」


「誰を?」


「自分で考えなさいよ!

お休み」


向こうを向いて、寝に入るアリア。


『今のはあなたが悪いです』


エリカにも念話でそう言われ、向こうを向かれる。


その夜、和也は初めて、ベッド内別居というものを経験するのであった。



 「諸君、勉学は捗っているかね?」


翌日、和也は実習用ダンジョンに赴き、エリカの1時間目の授業を受け終えた子供達に声をかける。


「はい、御剣様、お陰様で楽しく学べております」


「毎日ここへ来るのが楽しみで仕方ないです」


「給食が美味し過ぎて、太ってしまいそうです」


「エリカ先生を見るだけで、その日1日が幸せです」


初めはここに来るのを渋っていたトオルやタエも、今ではすっかりここが大好きなようだ。


「明日から、お前達に新たな訓練を与える。

時間割は自分達で決めても良いが、毎日グラウンドを15周しろ。

白い線に沿って走れば、1周が200ⅿだから、全部で3㎞になる。

これは、お前達に与える仕事で必要になる体力作りだからサボるなよ?

ペース配分は各自で自由にして良い。

最初はゆっくりでも良いから、徐々に体を慣らしていけ。

それと、1週間後に浄化の魔法の試験をやる。

まだできない者がいたら、それまでに何とかしろ」


「「はい」」


「うむ、良い返事だ。

頑張るお前達に、新たな褒美をやろう。

先ずはジョアンナ先生に、毎月髪を整えて貰え。

子供と言えど、身だしなみは大事だ。

それから、今日から、帰るまでにここで風呂に入っていけ。

男湯と女湯を造っておくから、マラソンでかいた汗を流していくがい。

中の備品は好きに使ってい」


「お風呂に入れて貰えるのですか?」


アケミが凄く嬉しそうに言う。


「ああ、村にないのだろう?」


「はい、川まで行って入るか、桶に湯を入れて、身体を拭くくらいです」


「浄化でも、魔力が高ければ汚れは落ちるが、爽快感が今一つだ。

風呂は良いぞ。

心まで奇麗になる」


「有難うございます!

ずっと入ってみたかったんです」


「そうか。

温泉だから、楽しんで帰るが良い」


校舎脇に、男女共5、6人は一度に入れる広さの湯船と、その2倍の広さの洗い場を持つ浴場を造り、更衣室の壁に、風呂の入り方を記した紙を貼ると、和也はジョアンナを探しに校内に戻る。


食堂でお茶を飲んでいた彼女を見つけ、声をかける。


「この後少し時間あるか?」


「御剣様、いらしてたんですか?

はい、大丈夫です。

子供達に教える時間はまだ先ですから」


椅子から立ち上がり、姿勢を正して嬉しそうに微笑んでくる。


「これから毎月、子供達の髪を整えてやってくれ。

少しむさ苦しいからな。

道具はこちらで用意しておく。

それと、今度ここに風呂を造ったから、気に入ったなら自由に使って良いぞ。

ちゃんと女湯もあるし、温泉の源泉かけ流しだから、何時でも奇麗に入れる」


「お風呂まで・・。

ここでの生活は、住むという事を除けば、中級貴族の暮らしより良いかもしれません。

高度な教育と、豪華な食事、広いお風呂での毎日の入浴、それに散髪まで。

そして仕事をすれば、都会でもそうは見つからない高額の報酬すら可能。

御剣様は、余程彼らを気に入られたご様子ですね」


「あいつらは、恵まれた世界に生まれた子達が失いつつあるものを持っている。

それに、何かを得るために、きちんと代償を払える者達だ。

努力という、貴重な代償をな。

自分は、そういう者達を手助けするのが好きなのかもしれん」


「・・もし私も、子供の頃に御剣様に出会えていたら、今とは違う人生を歩めたかもしれませんね。

少し、彼らが羨ましいです」


彼女にしては珍しく、視線を下げ、寂しそうにそう言ってくる。


「君だってまだ十分若いだろう?

有能だし、これからまだ何でもできるじゃないか」


「フフフッ、有難うございます。

でも、もう19ですよ?

私は下級貴族の、しかも後継ぎではない女性でしたので、受けられた教育は初等まで。

その後は家を出て、今のお屋敷でメイドとしての技量を磨きながら、嫁ぎ先となる家を探しています。

私に残された可能性は、それ程多くはありません」


「君が嫁ぐ相手に求めるものは何だ?

家柄や金か?

それとも自身の気持ちか?」


和也がそれとなく、重要な質問を投げかける。


「勿論、私の気持ちです。

お金は使えば何時かは無くなる。

私が大切にしたいのは気持ち、日々心から溢れ出る愛情です。

お金は働けば稼げますが、自分がその人を愛する気持ちは、努力だけではどうにもなりません。

暮らし振りは仮令質素でも、私は、自分の心に嘘を吐かないで済む人を求めます」


和也の眼をじっと見て、彼女はそう告げる。


コツコツコツ。


木造の床を鳴らし、窓際へと移動する和也。


ジョアンナに背を向けて、窓の外を見ながら静かに口を開く。


「君はベイグの家と、何年契約を結んでいるんだ?」


「え?

特に期限は設けておりません。

クビになるか、私が嫁ぐまでのどちらかを念頭に置いておりましたので」


「なら自分の下で働かないか?

手伝いではなく、正式な部下として。

暫くはここで寝泊まりし、子供達の教育をしながら、君自身もまた、学び直すと良い。

そのための部屋は新たに造るし、君用の教材も、専門課程の物まで全て揃えよう。

ここは外より時間の流れが緩やかだ。

失ったと思われる分を、まだ十分に取り戻せる。

そして学び終えたら、自分の事務を手伝って欲しい。

外には自由に出られるから、空き時間には街を散策して、より広い範囲で結婚相手も探せるぞ」


「・・私などで宜しいのですか?

ベイグ家には、他にも良い家柄の、優秀なメイドが居りますよ?」


「君が良い」


「・・有難うございます。

宜しくお願い致します。

精一杯、心から、お仕え致しますから」


満面の笑顔でそう言ってくる。


「給料の額を聴かずに決めても大丈夫なのか?」


「大丈夫です。

貯金は割とございますから」


「・・そういう問題なのか?」


「はい。

お金の問題ではございませんので」


「何時から来れる?」


「そうですね、流石に直ぐにという訳には参りません。

仕事の引継ぎ等もございますから、年度が変わる時からでお願い致します」


「分った。

ではそれまでは、今の生活を続けてくれ。

君の部屋と自習用の教材だけは先に用意しておくから、空き時間などに好きに使うと良い」


「有難うございます」


「では、もう1つの用件に移る。

今からあいつらの親に、顔を見せに行く。

村を治める貴族の一員として、君も一緒に来てくれ」


「はい」


ジョアンナが和也の傍に近付いてくる。


その腰を抱き、和也は瞬時に王都のとある店に転移した。


「え?

ここ何処ですか?」


てっきり村に直行するものとばかり思っていたジョアンナは、いきなり目の前に現れた、洒落た店に驚く。


「領主の代わりとして行くのだから、メイドの格好では可笑しいだろう。

ここで服を買って行く」


「いらっしゃいませ」


店に入ると、品の良い婦人が挨拶してくる。


「彼女に、上から下まで一通りの服を揃えてやってくれ。

下着や靴もだ。

値段は考慮しなくて良い」


「畏まりました」


深くお辞儀して了承の意を伝えた婦人は、恐縮するジョアンナを促して、奥へと消えて行く。


壁に掲げられた、王室御用達の額縁を眺め、暫く待っていると、全身を黒で統一した、シックな衣装に身を包んだ彼女が戻って来る。


それまで身に着けていた服は、傍らの婦人が、袋に入れて持っている。


「良い服だ。

でも、全身真っ黒だな」


「御剣様とお揃いの色に致しました。

如何でしょうか?」


「君の雰囲気に非常に合っている。

自分は気に入った」


「嬉しいです」


「では、これを貰おう。

幾らだ?」


「有難うございます。

全部で金貨3枚でございます」


和也が婦人に支払いを済ませて店を出ると、ジョアンナが申し訳なさそうな顔で礼を告げてくる。


「有難うございます。

でも、宜しいのでしょうか?

私、こんな服を着たのは初めてです」


「良い男を探す際の勝負服としても活用してくれ」


「フフフッ、それならもう探す必要はございません」


「?

では今度こそ村に行こう」


再度彼女の腰に腕を回し、人から見えない場所で転移する。


次に視界に現れた場所は、辺鄙な村の入り口。


家々は粗末で見窄らしく、散在する畑くらいしか目に留まらない。


「ここで一体幾らくらいの税収になるのだ?」


「・・以前は月に銀貨50枚くらいでしたが、今はどうでしょうか?」


「銀貨50枚!?

君の家は幾つの村を治めている?」


「4つです。

全部でも月に金貨3枚になりません」


「使用人は居るのか?」


「・・代々仕えてくれる方が一人だけ居ります」


和也達が村に入って行くと、住人の一人が名主の家まで走り、知らせを聴いた男が慌ててこちらに駆けてくる。


「これはジョアンナ様。

突然のお越しでお出迎えもできませんで、申し訳ありません。

本日はどういったご用件で?」


「今日は。

お久し振りですね。

少し大事なお話があるので、家に入れて貰っても宜しいですか?」


「それはもう。

むさ苦しい所ですが、どうぞお越し下さい。

・・こちらの方は初めてお会いしますが、どなたですか?」


「私の現在の雇い主のお一人で、来年から、正式にお仕えする事になるお方です」


「ベイグ家をお出になるので?

・・それはそれは」


男が和也を興味深い視線でちらっと見るが、流石に凝視したりはしない。


「初めまして。

村の名主をしております、ヨシオと申します。

宜しくお願い致します」


丁寧に腰を折り、礼儀正しく挨拶してくる。


「御剣和也だ。

今日は話があってやって来た」


「畏まりました。

家までご案内致します」


名主に先導され、村で2番目に立派な建物に到着する(1番は客を泊める宿屋)。


「どうぞ、お入り下さい」


中に通され、10畳くらいの居間へと案内される。


質素な作りだが、掃除はきちんとされていて、安物の家具ながらも、中々に味がある。


男は妻に何かを申し付けると、直ぐに戻って来て、和也達の向かいに腰を下ろす。


「お待たせ致しました。

ご用件をお聴き致します」


「先ず、先日から、そちらの娘を含めたこの村の四人の子供に、趣味で教育を施している事を伝えておく」


「は?

・・教育でございますか?

一体どちらで?」


「村の脇にある森に、新しくダンジョンを創った。

そこで教えている」


「私もアケミさん達を教えているんですよ?」


ジョアンナが口を挟んで、名主に、和也の言葉をより信じさせる効果を生む。


「お嬢様がですか!?

・・ですが、娘からは一言も報告を受けておりませんが・・」


「口止めしてあるからな。

非常に高度で、質の高い教育を与えているが、自分は誰にでもそれをする積りはない。

だから、他言無用にしてある。

お前達の子供は、自分に認められたという事だ」


「そういえば最近、娘の身なりがとても奇麗になりましたが、もしかして・・」


「そうだ。

風呂もない上、浄化も使えないというのでな」


「有難うございます。

親として、娘には少しでも良い暮らしをと考えてはおりますが、何分、何もない村で、ご領主様にも陸にお納めする物がないような状態ですから・・」


ジョアンナの方を見て、申し訳なさそうに告げてくる。


「話を戻すが、この事は他の誰にも漏らすな。

もし話した場合は、教育を打ち切る事も有り得るぞ。

良いな?」


「はい、畏まりました」


扉がノックされ、男の妻と思われる女性が茶を運んでくる。


木製のコップに淹れられたお茶と、木の容器に盛られた果物と木の実。


何もないながらも、精一杯のもてなしをしてくれる。


「時に、この村に土地は余っているか?」


「はい、村外れには、まだ広い場所が手つかずで放置されておりますが、岩だらけなので、耕作には向きません」


「宿があるそうだが、その辺りに家一軒分くらいの場所は空いているか?」


「そうですねえ、・・そのくらいなら。

もし足りなければ、無用な物を壊しますが・・何をなさりたいので?」


「岩場には、豚の飼育施設を造る。

地均じならしと、養豚場の建物はこちらで造るから、お前達には豚の飼育を頼みたい。

最初に入れる豚も、こちらで用意する。

世話の代金は払わんが、そこで出た利益は、村の自由にして良い。

ベーコン等の保存食を上手く作れば、それを売る事で、結構な利益が出るはずだ」


「この村に援助して下さるので!?」


名主が驚いて和也を見る。


「ああ。

ジョアンナの親の領地だし、あいつらの村でもあるしな」


「有難うございます!

本当に助かります」


「不衛生な場所では長生きしない品種だから、しっかりと掃除をして、大切に育てる事だ。

それから、宿の近くには風呂を造る。

宿があっても風呂が無ければ、客の喜びは減る。

少し大き目に造るから、客が居ない時は、村人も利用するが良い。

入浴時の作法は、更衣室に貼っておく」


「風呂までお造りいただけるのですか!?」


「ああ。

その代わり、そこで得た利益で、ヘリ―家に納める税を少しでも増やせよ?」


「はい、それはもう。

今まで、とても我慢していただいてきたので、少しでも多く納められるよう努力致します」


和也は頷くと、お茶だけを頂いて席を立つ。


「ではその岩場まで案内してくれ」


喜んで和也を案内する名主の後ろで、ジョアンナは申し訳ない想いで一杯であった。


自分が和也にあんな事を言ったせいで、彼は今、非常に面倒な事ばかりしてくれている。


自分を正式に雇ってくれたばかりか、家が治める寒村にまで、手を差し伸べて下さっている。


彼に仕える事で、恐らく自分は、老後の心配をせずに済むだろう。


自分が嫁ぎ先を探していたのは、老いてベイグ家で働けなくなった時、安心して身を寄せられる場所を得るためである。


勿論相手は選ぶが、もし見つからなかったらと、不安が襲ってくる時もあった。


和也に出会って以来、ジョアンナは嫁ぎ先を探す事を止め、その再会を心待ちにしていたが、思いもかけない幸運に導かれ、憧れの彼の下で、正式に働く機会を得た。


それだけでも十分なのに、実家の心配までして下さる彼に、どうやってご恩返しをするか。


彼女の頭の中は、今はそれで一杯一杯であった。


「こちらでございます」


そうこうする内に、目的の場所まで辿り着く。


その場所を見た和也は、その広さに満足する。


4000坪くらいの広さがある。


貧しい村で、これだけの土地を遊ばせておくのはさぞ歯痒かったであろう。


「十分な広さだ。

ここを借りよう」


「何時頃から建設を始められるご予定でしょうか?」


「ん?

今やる」


和也が魔力を迸らせ、岩々を粉々に砕き、土を2ⅿ程掘り返して、あっという間に更地を造る。


建物を造る場所の土を固め、コンクリートで土台を造って、その上に、鉄筋コンクリートの施設を建てる。


土地と建物を完全に浄化した後、和也は、地球のとある場所から、ある病気の感染を恐れて集団で殺傷処分されそうだった豚の内、菌に感染していない400頭の豚を貰い受け、そこに転移させる。


その分の飼料も貰い受けたが、それには相応の料金を置いておいた。


念のため、それらにも一律に浄化を施してから、豚の遺伝子をこの世界に適合できるように改良し、養豚場で使われていたマニュアルや、肉屋が燻製肉を作る資料などをコピーして、この地の言語に直した数冊のファイルを手元に作る。


一連の作業が終わるまで、時間にして1、2分。


その間、あとの二人は、その様子を有り得ないものでも見るように、ただ呆然と眺めていた。


「次に行くぞ」


豚たちが逃げ出さないように施設の扉を閉め、序でに周囲に柵を設けると、和也は未だ呆然としていた名主を急かし、宿の側まで案内させる。


ちょうど村人達が昼飯にと家へ入った時間で、周囲に人が見当たらないのを良い事に、和也はここでも特急で作業をこなす。


各二十人くらいが入れる、温泉の男湯と女湯を造り、地下の水脈を弄るついでに、井戸も2つ新調してやった。


「これで良い。

後の管理は村に任せるが、折角の施設を無駄にするなよ?」


和也はまたしても呆然としてしまった名主の手に、数冊のファイルを押し付けると、同様の状態のジョアンナを連れて、村の外からさっさと転移した。


実習用ダンジョンの校舎、その食堂に戻って来る。


腰に回された腕を解かれても、ジョアンナはまだ少し目の焦点が合っていない。


「大丈夫か?」


和也が優しく声をかけると、はっとして振り向く。


「・・先程のは何ですか?

夢だったのでしょうか?」


確認するように自身の身なりを見て、メイド服ではない事に、徐々に意識をはっきりさせていく彼女。


「・・御剣様は、人ではないのでしょうか?」


悲しげに、和也を見てくる。


「自分が怖いか?」


「いいえ。

私が恐れているのは私自身。

人ではない貴方様に、一体何処までお仕えできるのか、それが怖い。

何時か、そのお側に居られなくなる日が来てしまうから・・」


「それは君に良い人が見つかれば同じだろう?」


「いいえ。

私はもう見つけましたから。

だから、その日だけはやって来ません」


「・・・」


「ご迷惑ですか?

私などが好意をお寄せしては。

・・エリカさんのような、美しい奥様がいらっしゃる貴方に、分不相応な望みなど抱きません。

ただずっと、お側でお仕えしたい。

それだけです。

できる事なら、この願いだけは叶えられたら・・」


寂しそうに横を向く彼女の姿は、和也の中で、何時か人の暮らしを観察していた頃の、自分の表情と重なって見える。


「・・数年先、ここで様々な事を学んで自身の可能性を広げた後に、未だそう思う気持ちが強ければ、その時には、新たな道を示す事もできる。

今はまだ、強力な力に当てられて、自分を見失っている可能性もあるからな」


「本当ですか!?」


いきなり表情を戻した彼女に、和也は驚きながらも頷く。


「私が老いても、ずっとお側でお仕えしても良いんですか?」


「自分はそんな事で人を拒まない。

君さえ良ければ、好きなだけ傍に居ると良い。

言っただろう。

自分は、『君が良い』と」


「ああっ、・・・」


俯き、それ以上は言葉が出ないジョアンナ。


それから静かにすすり泣きを始めた彼女を、窓からの明るい日差しが、優しく照らし出していた。



 あれから数日が経った。


あの村も、何とか豚の飼育を軌道に乗せつつあり、ジョアンナも、今まで以上に明るい笑顔を見せてくれる。


村の混乱が直ぐに収まったのは、子供達が一役買っている。


戸惑う大人達に、色々説明してくれたらしい。


エリカ曰く、『浄化の魔法は既に皆が習得済みです』という事なので、近々最初の仕事を与える積りでいる。


ジョアンナ専用の部屋は、校舎の職員室があるべき場所に造った。


20畳程度の広さに、大きなベッドとテーブルセット、クローゼットに鏡台や本棚などを揃え、窓には上質のカーテンをつける。


部屋を見た彼女に、『こんな部屋、上級クラスの貴族でないと持てませんよ』と少し呆れられた。


ヴィクトリアに、再度、王立図書館での本の複製許可を貰いに行った時も、結構大変だった。


何しろ今度は、貸出禁止の上級魔法や閲覧禁止の禁呪を含めた本だったから。


いつものように部屋に転移した時、彼女は相変わらず風呂上りではあったが、ちゃんとローブを身に着けていた。


事前に確認し、脱ぎそうもないタイミングで転移したのだから当たり前だ。


なのに、彼女は少しすると和也の前で平然とローブを脱ぎ捨て、下着を付け始めた。


和也が小言を言うと、『貴方にしか見せないし、見られて恥ずかしい身体ではない積りよ』と、一笑に付した。


和也が用件を切り出すと、流石に真顔になったが、誰にどういう理由で使わせるのかを聴いた後、ある条件と引き換えに許可してくれた。


『禁呪本は自分用にも複製して欲しい』


それが、彼女から出された条件である。


王女といえど、扱いを間違えば大事おおごとになる禁呪は、見る機会がないそうだ。


普段は王立図書館の、厳重に封印魔法が施された場所にあるそうで、それを解除しようとしたり、侵入を試みれば、攻撃魔法が飛んでくると共に、魔術師協会でも警報が鳴るそうだ。


『でも、貴方なら訳無いでしょ?』


共犯者の笑みで、事も無げにそう言われた。


複製前に中身を確認した禁呪本は、魔法の術式や解釈が間違っている物がほとんどだった。


大方それで暴走して禁呪になったのだろう。


行使者の意思と思考、その魔力で発動する魔法といえど、化学や物理、生物学的な要素を完全に無視しては、ほぼ実現しない。


それを可能にできるのは、万物の創造主たる和也と、その力を分け与えられた、眷族のみである。


和也はヴィクトリアに、ほとんどの本の内容が不正確である旨を伝え、その中から、内容に間違いのなかった物だけを複製する。


『魔人を生み出す理論とその方法』、『魔物を使役する魔法』、『人工生命体の作り方』の3冊である。


だがどれも、読み物としては面白いが、その実現が相当困難なものばかりで、今では個人で行使できる者は、この世界には居ないだろう。


『魔物を・・』だけは、下級の魔物ならできなくはないだろうが、それに意義があるかは別である(保有する魔力の関係上、できてもせいぜい1体だろうから)。


複製した1冊ずつを受け取ったヴィクトリアも、案の定、和也の説明を聴いて、微妙な顔をしていた。


彼女の部屋に戻り、何気なく机の上の本に目を遣った和也は、その開かれたページの見出しを見て、平静を装い、見なかった振りをする。


だが、目敏くそれに気が付いたヴィクトリアに、『見たわね?』と、妖しい目をして迫られた。


そして、『折角だから、少し練習に付き合って』と、半ば強引に唇を塞がれる。


しかも、前回と異なり、ただ唇を合わせるだけではなく、角度を変えたり、舌を入れてこられたりして、随分長い事そうされた。


その見出しの文字、『夫を妾に奪われないために。実践編』を思い出し、『誰か意中の男ができたのか?』と確認する和也に(もしそうであれば、彼女との付き合い方を、常識的なものに直す必要があるから)、彼女は、『それは自分で考えなさいな』と、ただ笑うだけであった。


ベニスとも、あの後一度、話をした。


和也からの贈り物に、依頼人の女性が凄く感謝していた事を告げられ、当のベニスからも、再度、お礼を言われた。


そして、定期的に自分を鍛えてくれないかとも頼まれる。


和也との模擬戦や、未然に防げたあの襲撃で色々と考えたらしく、パーティー仲間や依頼人を、今後もきちんと守れるだけの力を、身に着けたいそうだ。


少し考えた和也は、ユイとユエの様子を見に行く序でに、マリーに話をつけ、ベニスも鍛えて貰う事にする。


依頼のない日は、訓練用ダンジョンに入る許可と手段を与え、みっちりと修行させる事にした。


あの酒場での夜以来、自分に対して妙にしおらしくなった彼女が、一体どう変わって行くのか、少し楽しみな和也である。



 『はぐれハーピーの捕獲』


ギルドで掲示板を見た和也は、新たな依頼に目を留める。


このところ、○○村の付近で、家畜の子供が襲われる被害が出ているとのこと。


どうやら、群れから逸れた1羽のハーピーのせいらしい。


報酬は銀貨50枚。


生け捕りなら、愛好家が金貨1枚で買うと書いてある。


翼である腕を除けば、上半身は人間の女性とあまり変わらないため、一部の者に人気があるようだ。


和也は、早速現地へと向かう。


広範囲を透視して探すと、10㎞程離れた森の木に、1羽のハーピーを見つける。


だがまだ子供だ。


人間で言えば、10歳くらいか。


とりあえずその場に転移すると、それに驚いて逃げようとするその子を、魔法で動けなくする。


隣の枝に座り、話しかけてみる。


「大丈夫だ。

今は何もしない」


万能言語が働き、その子に言葉が通じる。


逃げようとして踠いていたのを止め、じっとこちらを見てくる。


「親達とは逸れたのか?」


その子が首を横に振る。


「ではどうした?」


言葉が喋れず、黙ったままのその子に、和也はジャッジメントを唱える。


その頭の中に、これまでの光景が映し出され、流れて行く。


遠方の森で暮らしていた群れを、突然複数のグリフォンに襲われ、親は殺され、散り散りになって逃げて来たらしい。


まだ狩りを習い立てであったようで、魔物はおろか、大人の動物でさえも満足に捕らえられずに、腹を空かしているようだ。


他の魔物を恐れ、ここでも十分な睡眠を取れていない。


「食べ物に困らなくて、誰にも襲われない場所があれば、行ってみたいか?」


今度は首を大きく縦に振る。


和也は掌に黒い球体を作り、再度その子に話しかける。


「怖がらなくて良い。

君を安全な世界へ送るだけだ。

そこには友達も居るし、きっと気に入ると思うぞ?」


和也の目をじっと見つめたその子は、やがて自らその球体の中に吸い込まれて行った。



 『また誰か来たようだな』


ガルベイルが食事から首を上げ、歪んだ空間を見つめる。


ラミアや火狐たちと輪になって、和也から差し入れられた、山のような肉を食べていた最中である。


例によって、火狐の子たちがその場まで駆けて行き、新たな住人を出迎える。


空間から現れたハーピーの子に、円らな瞳を向けて、『怖くないよ』と言っているようだ。


そして、皆の所へと案内する。


山と積まれた肉をじっと見つめるその子に、『食べて食べて』と勧めながら、もう1匹が果物を採りに走る。


周囲の視線を気にしながら、恐る恐る食べ始めたハーピーの子を、他の皆が嬉しそうに眺めていた。


別次元からの、柔らかな眼差しもまた・・。



 「おめでとう諸君。

諸君は皆、浄化魔法の試験に合格し、また、体力テストでも最低限の数字はクリアした。

よって約束通り、最初の仕事を与える事にする。

ただ、諸君に与える仕事はどれも極秘任務だ。

自分と、この学校の教員以外には決して知られてはならないし、実際に仕事をしている姿を他人に目撃されてもならない。

仕事には、専用の装備を身に着け、こちらが指示した物以外、現場に証拠となるものを残してもいけない。

具体的には、足跡、指紋、忘れ物等だ。

声も聞かれては不味いから、極力無駄口を叩かずに、静かに作業すること。

仕事場所は異世界で、現場は毎回異なる。

ここまでで何か質問は?」


校庭でのテストを終え、風呂に入ってきた四人に、和也は告げる。


因みに更衣室には洗濯機と乾燥機があり、風呂に入る際に汚れ物を洗濯機に入れて回せば、その後、自動的に洗い終えた物を乾燥機に転移して乾かしてくれるので、風呂から出た時には、奇麗な衣服を身に着けられる(尤も、烏の行水なら話は別だが)。


これらの設備は、ウォシュレット(使い過ぎは皮膚に良くない)のトイレ同様、皆に大好評だった。


「・・あの、御剣様、今何か可笑しな言葉をお聴きした気がするのですが・・」


マサオが遠慮がちに言うと、他の皆も頷いてくる。


「ん?

何の事だ?」


「仕事場所は、異世界と・・」


「何か問題でもあるのか?」


「「無いんですか!?」」


皆が口を揃えて突っ込んでくる。


「いや、だってこの世界よりずっと楽だぞ?

魔物も居ないし、魔法だって存在しない。

浄化を使えるお前達はヒーローだ。

異世界戦士、フォースイーパーズ。

格好良いじゃないか。

まあ、あの世界は時間に不規則な人間が多いから、どの時間でも仕事がし辛い面はあるが」


「・・フォースイーパーズ」


「何か強そうな響きだ。

俺は気に入ったぞ」


「あたしも。

英雄みたい」


トオルとタエが納得してしまったので、残りの二人は渋々口を噤む。


「中々センスの分る奴だ。

仕事前に、少しミーティングを行う。

付いて来い」


和也は四人を連れて、用務員室と書かれた部屋に入る。


子供達を床に座らせ、その壁に現地の映像を映しながら説明していく。


「ここが今回、お前達に働いて貰う場所だ」


日本の、とある田舎町の一軒家が映し出される。


その家は、周囲を大量のごみの山に囲まれ、如何にも臭そうだ。


夏場などは、ハエやゴキブリなどが飛んでいそうで、近くに住む人々はさぞ迷惑だろう。


「何ですかこれ?」


そのごみを見て、マサオが質問してくる。


ビニール傘の壊れた物や、大きな空き缶、ペットボトル、古タイヤ、コンビニの袋に包まれた生ごみ等、ありとあらゆるごみが積んであるので、こちらの世界の人間には、ぱっと見それがごみだと分らないらしい。


「ごみだ」


「これ全部ですか!?」


アケミが驚いて声を上げる。


「そうだ。

あちらの世界は、現時点ではここよりずっと豊かだ。

店で売られる商品は既に過剰に包装され、買う時に更にそれが増えて、ほぼ何をするにもごみが出る。

様々なごみは定期的に業者に回収されるが、それはきちんとその日にごみを指定の場所に出した物だけだ。

ごみの中には、お金を払わないと回収されない物もある。

よって、ごみを出す事すら面倒だと感じる怠け者や、高齢や病気等のためにごみを出しに行けない者、ごみを財産だと言い張って溜め込む者等により、時折こういった悲惨な状況が生み出される。

形式的な事に囚われ過ぎて、身動きできないあの世界の者達に代わり、お前達があのごみを始末するのだ」


「あれを全部ですか!?」


タエが無理ですとでも言いそうな顔で告げてくる。


「大丈夫だ。

お前達に貸し出す専用スーツは特別仕様で、あらゆる菌や臭い、汚れを防ぎ、鋭利な刃物や、高熱、冷気を物ともしない。

痕跡を残さぬよう、地面から常に数㎝足が浮くようにもなっている。

体力と根気次第で、あの程度のごみなら1、2時間で片せるだろう」


「あれを何処に運ぶんですか?」


トオルが尋ねてくる。


「現場の直ぐ近くに、極小さなブラックホールを作る。

そこに全て投げ込め。

お前達が吸い込まれないよう、その引力だけは抑えておく」


「それだけですか?

分別とかはしないで良いんですか?」


給食の際、ごみの分別を教えられたようで、重ねてそれも聴いてきた。


「今回はしなくて良い。

全部同じ場所に投げ込め」


「分りました」


「他に質問がなければ、着替えの後、直ぐ仕事に取り掛からせるが?」


「「大丈夫です」」


「よし、では今から一人ずつ、そこのロッカーの中に入れ」


和也は、部屋の隅にある、用具入れのようなロッカーを指さす。


「はい」


先ずはトオルが扉を開け、空っぽの狭いロッカーに身体を入れ、扉を閉める。


何の意味が有るのか分らない他の子供達の前で、そのロッカーが一瞬輝いて、直ぐに光が収まる。


「出て来い」


和也の声に従い、ロッカーから出てきたトオルは、日本の子供向けの、戦隊ものの番組に出てくるような、全身を青で覆われたボディスーツとヘルメットを身に着けていた。


腕にはデジタル時計、腰の部分はホルダーの付いたベルトが巻かれ、ヘルメットは頭がすっぽり入るタイプで、顔の部分には、目の所にそれと分るフィルターが付いているだけだ。


「うわあぁ、カッコ良い」


タエがうっとりとその姿を眺めている。


『え!?

・・あれが?』


マサオとアケミは大いに反論したかったが、大恩ある和也のセンスに表立って異を唱えられない。


「次、あたし入る」


タエが嬉々としてロッカーに入ると、同様な事象を経て、彼女は全身真っ赤なスーツで出てきた。


目のフィルター越しに己の姿を見て、キャッキャと騒いでいる。


渋々、マサオとアケミも続く。


彼らの色は、緑とピンクであった。


「中々似合っているぞ。

では、出発しよう」


壁の映像の中に、黒い空間のひずみが生まれる。


和也が率先してそこに入って行き、子供達が恐る恐るそれに続く。


音もなく出た先は、先程見たごみ屋敷の前。


時間は深夜の2時半。


「腕に巻かれた時計を見ろ。

これからカウントダウンが始まる。

その時計の数字がゼロになるまでに作業を終えなければ、この任務は失敗だ。

その時は報酬は無し。

参加賞のお菓子だけだ。

なので、全力で作業に当たること。

この仕事の報酬は、一人銀貨20枚。

最初だからサービスして、自分が傍に付いててやる。

頑張れよ」


周囲に防音障壁を張った和也が、子供達にそう声をかける。


「「はい」」


「では、ミッションスタート」


腕時計の数字がどんどん減り始める。


彼らは一斉に作業に取り掛かった。


先ずは直ぐに運べる小さなごみから順にブラックホールに投げ入れていき、それから順に、二人でしか運べない物、四人全員で運ぶ物と、きちんと考えながらやっているようだ。


潰れたペットボトルからは何だか分らない液体が飛び散り、コンビニの袋に包まれた物からは、得体の知れない腐敗物が零れ落ちるが、和也の与えた特殊スーツは、それらの汚れや臭いを完全にシャットアウトし、子供達に極力不快感を与える事なく作業をさせる。


放置された廃車等、どう見ても彼らだけでは無理な物は魔法で手助けしながら、和也はそれをじっと見ている。


世の中には、何も子供達にこんな事をさせず、今時感心な奴らだと、素直にお金を与えろと言う者も居るだろう。


だが和也は、自分が目をかける者達ほど、それをしない。


和也が気に入る者達は、己の置かれた境遇を物ともせず、自分ができる範囲で頑張れる者、努力を惜しまない者である。


そんな彼らのやる気を削ぎ、スポイルするような真似を、和也がするはずがない。


数十分が経過し、疲れて動きが鈍くなってきた子供達に回復魔法を掛けながら、静かに見守る。


1時間、1時間半が経過し、あれだけ山と積まれたごみが、ほとんど無くなってくる。


そして到頭2時間後、最後のごみが投げ捨てられる。


積まれたごみのあった地面が、何とも言えない色に濁っていた。


「よし、よくやった!」


和也は比較的汚れの少ない場所に、ある物を置くと、子供達に呼びかける。


「撤収!!」


来た時同様、空間の歪に駆け込んで行く彼ら。


その腕時計のカウントは、残り3分で止まっていた。


ブラックホールを消し、防音障壁を解く和也の目に、2㎞先の、新聞配達のバイクのライトがぼんやりと映る。


それを横目にしながら、彼もまた、静かに闇に消えて行った。



 数時間後、陽が差してきたその場所に、一人の老人の絶叫が響き渡る。


「何じゃこりゃー!!

わしのごみが、十数年かけて溜めたごみがーっ!」


へなへなとその場にへたり込んだ老人の視界に、2段に重ねられた、5つのトイレットペーパーが映る。


「・・儂のごみが、トイレットペーパー5つ分しか価値がないだと?

ふざけるな―っ!

10個分はあっただろうがーっ!」


長年その悪臭に悩まされ、夏に窓も開けられなかった近隣の住民達は、その怒鳴り声を聞きながら、やっと普通に暮らせるかもしれないと、安堵するのであった。



 「改めて、ご苦労であった。

これは約束の報酬だ」


用務員室に帰り、ロッカーで装備を解除した子供達は、再度風呂に入り直し、今は食堂で飲み物を飲んでいる。


その彼らの前に、和也は1つずつ、銀貨20枚の入った小袋を置いていく。


「中を確認するが良い」


言われて、嬉しそうに銀貨を数える子供達。


これまでの彼らには、1枚でも大金であった銀貨が、今は20枚も手元にある。


親の贈り物に使っても、まだ十分に余るそのお金の使い道を、あれこれ楽しそうに相談し合う子供達を見ながら、和也は、次は何処にしようかと考えるのであった。

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