第8話

 「ベニスさん、また今回も宜しくお願いしますね」


おっとりした中年女性が、リーダーである彼女に話しかける。


その際チラッと和也を見て、小声で何かを口にして、ベニスと笑い合っている。


顔見知りと言うだけあって、かなり親しそうだ。


「あの人はうちのお得意さんで、もう5年以上のお付き合いです。

毎月必ずこのルートでの護衛依頼があるから、結構助かってます」


ミーが説明してくれる。


「目的の村に、何か名産品でもあるのか?」


「さあ、取り立てて言う程のものはないと思いますが?」


「だが毎月通っているのだろう?

自分達に払う報酬は銀貨60枚。

ならその倍以上の利益がないと、商売にならないだろう?」


「そうですねえ。

ベニスさんは知っているのかもしれませんが、私達は知らなくても良いですしね。

依頼人の秘密をあまり詮索しないというのは、この業界の暗黙のルールですし・・」


『ジャッジメント』


和也は依頼主の女性を調べる。


もし非合法の取引なら、関与する積りはない。


『・・成る程、そういう事か』


「それより和也さん、今回は宜しくお願いしますね。

凄く楽しみです」


酒場での話し合いで、和也が転移を使える事は、他の者には秘密にする事になっている。


その非常識な能力が広まった場合、国単位の揉め事になるのは、流石に彼女達にも理解できたらしい。


『自分が荷物ごと転移して、直ぐに依頼を終わらせる事もできるが?』


そう言った和也を、『他の冒険者達を失業させる気か?』と、皆で諫めるくらいには。


和也としては、金のために誰彼構わず仕事を引き受ける気などないから、少し心外ではあったが。


なので、これまで通り、皆で歩いての行程になる。


依頼人の乗る馬車を、前後で護衛しながらの旅。


途中で何度か休憩を挟み、2回の野宿を経て村に着く。


そう聴いている。


「あんまり浮かれないでよ、ミー。

下級とはいえ、魔物だって出るし、和也さんにもご迷惑よ」


ケイがミーに釘をさす。


「はいはい。

焼餅焼かないの」


「そろそろ出るぜ」


ベニスがこちらに歩いてくる。


「あんたはあたいと前を歩いてくれ。

ミーとケイはいつも通り後ろを頼む」


この町に来てから、初めて歩いて城壁の門を出る和也。


大きな町らしく、結構な人通りがある。


暫くは、他の商隊とも同じ道を歩んだ。


十人近い人数の護衛を連れた大きな商隊や、兵に守られた馬車なんかを遣り過ごし、のんびりと進む。


時折、擦れ違いざまにこちらを冷やかしてくる者もいて、ベニスと軽口を叩き合っていた。


「もう直ぐ最初の休憩地点だ。

どうだい、偶にはこういうのも悪くないだろ?」


3時間程歩いた頃、ベニスが横を行く和也に話しかける。


天気に恵まれ、爽やかな風が吹く中の散歩(和也には)は、確かに心地良い。


まだそれ程危ない区域に入っていないせいか、皆の雰囲気も柔らかいから、尚更そう感じる。


「そうだな。

偶になら良いかもしれん」


「アリアとは上手くやってんのかい?」


「ああ。

・・良い娘だな、彼女」


「そりゃそうさ。

あんたのせいで、一体どれくらいの奴が泣いたのか、ちゃんと分ってんのかい?」


「君だって、それなりに男を泣かしてきたんじゃないか?」


「おお、あたいが若い時は結構凄かったぜ?

男共が自分達のパーティーに入れようと躍起になってた」


「入った事ないのか?」


「何度かあるが、どれも長くは続かなかった。

どいつもこいつも、パーティーの女は自分のものみたいに考える奴ばかりでよ、慣れてくると、直ぐ自分の寝所に誘いやがるのさ。

まあ、一度も応じた事はねえけどよ。

しかも断ると、露骨に扱いが酷くなる。

つき持ったとこは無かったな。

・・だから、自分で作る事にしたんだ。

女達が、気兼ねなく入れるパーティーを」


「なのに何故、自分に声を?」


「言ったろ?

稼ぎが無さそうで、アリアが困ってんじゃないかと思ってよ。

それに、あんたはあのアリアから声をかけられても平気だった。

その後も、色っぽい黒服の姉ちゃんに誘われても無下にしてた。

こいつなら、女しか居ない中に入れても大丈夫だと思ったのさ」


「君には誰か良い人がいないのか?」


「お、何だ?

あたいを口説いてんのか?」


「違う」


「・・昔はいたんだけどよ。

もう随分前に死んじまったよ」


「済まない。

余計な事を聞いたな」


「良いって。

気にするくらいなら、今度二人で酒でも飲もうぜ?

その後、たっぷり可愛がってやるからよ」


「セクハラは良くないぞ」


「セクハラ?

何だそれ?」


「性的嫌がらせとでも言うかな」


「おいおい、あたいに誘われて、そんなに嫌か?

ちょっと傷つくぜ。

それにな、こういうのは場を和ませるジョークだ。

陰であたいを誘ってきたあいつらと違って、そこにはぎらついた欲望がない。

男が可愛い娘にお愛想で、『今度デートしようぜ』と言うのと変わらんよ」


「・・成る程。

一理あるな。

自分の知る世界では、そういった事に敏感になり過ぎて、寧ろ人間関係がギスギスしている感がある。

昔からある呼び方までも変えさせて、それを不満のはけ口にしている面もある。

確かに、思慮や配慮の足らない表現は多い。

改善すべきものも多いが、それを何処でどう用いるかは、本来その者の自由であるべきだ。

それによって受ける不利益も含めてな。

例えば、書物の中で、やくざが敵対する組の事務所に押し込んで、啖呵を切る場面を描く時、『てめえら全員、身体障碍者にしてやる』と書いて、果たしてその場の緊迫感が伝わるだろうか?

仕事で部下を叱る時、言葉を選び過ぎるあまり、己の怒りをきちんと相手に伝えられるであろうか?

どうでも良い、使い捨ての部下ならそれでも構わないが、期待して、頑張って欲しいと目をかける相手にまで妙な気遣いを強いられるなら、その内誰も部下の教育などしなくなるであろう。

こういった事は、あくまでその当事者間でのみ問題にする事であって、部外者が、脇から口を挟む事ではない。

先程の君の言葉に、自分が不快感を感じていない以上、確かに余計な一言だったな」


「あんた、その歳で随分と真面目な事言うのな。

まるで説教臭い爺さんみたいだぜ?

そんなんじゃ女に持てない・・いや、不思議と持ててるな」


「ベニスさん、もうこの辺りで良いんじゃないですか?」


ミーが後ろから大きな声で言ってくる。


「ああ悪い。

ここで良いぞ。

休憩しよう」


ベニスが同様に返事をする。


依頼人が馬車を脇の広場に停め、馬に水と餌を与え始める。


ミーとケイがこちらに来て、行く前に和也に頼んでいた荷物を、収納スペースから出して貰う。


「ふーっ。

疲れました。

ご飯、ご飯」


「私はお花を摘みに行ってきます」


ケイの言葉に和也が反応する。


「ちょっと待ってくれ。

良かったらこれを使うとい」


そう言って、収納スペースから、地下迷宮に設置した物と同じトイレを出す。


ただそのドアには、お金を入れる場所はない。


「何ですかこれ?」


ケイはまだ知らないようだ。


「トイレだ」


認知度はまだ低いか。


そう思いながらも彼女に説明してやる。


「ええ!?

持ち運びできるんですか!?

しかも水洗?

・・どういう理屈なんだろう?」


周りに居た皆も同様に驚いている。


早速使って貰うと、大好評だった。


「もうこれなしで旅はできません」


安全かつ清潔に、しかも後始末まで要らないトイレ。


完全防音だから、音さえ気にならない。


高度に魔法が発達したこの世界でも、このトイレはオーパーツと同じ存在である。


地下迷宮にあるものと違い、流されたものは、実は何処ぞの太陽に転移されて、瞬時に蒸発しているのだが、それは言わぬが花である。


和也を除き、依頼人を含めた全員が使用し、大いに喜んだ。


やはり、旅先でのトイレは、切実な問題であるようだ。


休憩を終え、再度出発してから2時間くらいして、到頭最初の魔物が出る。


森の中だから、道幅も狭く、大人数では戦い辛いが、一人でもどうにかなるような相手ばかりなので、皆落ち着いている。


因みに和也は何もしなかった。


ベニス一人で簡単に方が付いたし、和也は逃げる者を理由なく攻撃しない。


日が暮れ、1日目の野宿になる。


いつもこの辺りでやっているのか、皆慣れた手つきで準備している。


本来なら、薪を拾って火を熾し、獲物を狩ったり保存食を食べるだけの味気ない食事だそうだが、今回は、予め日数分の弁当を皆の分まで和也の収納スペースに入れてあるので、熱々の物を美味しく食べられ、皆非常に満足していた。


意外にも、ベニスのパーティーの誰も、アイテムボックスの魔法を使えない。


後でミーに聞いた所によると、魔法が盛んと言っても、皆の魔力がそう強い訳ではなく、アイテムボックスの魔法を使える者は、その規模に関係なく、千人に一人も居ないそうだ。


転移が使える者は、その飛距離に関係なく、五万人に一人も居ないというから、それでもまだ増しな方なのだろう。


食事を終えた皆が、依頼人を除いて交代で眠りに就くと言って、ベニスとケイが地面に横になろうとするので、和也はテントを出してやる。


地球でキャンプ等によく使われる物を、より頑丈な作りにした物で、底板があり、風も通さず、中には毛布も敷いてある。


交替に起きてきたベニスが、『あんたはもう他に何もしなくても良いや』と絶賛するくらい、寝心地が良かったそうだ。


夜の闇の中で、焚火を頼りに、ミーと二人で見張りに就く。


魔物が居る森とはいえ、その星空は奇麗で、虫の音が耳に涼やかだ。


「随分ベニスさんに気に入られてますね」


焚火を眺めながら、ミーが、小さいが嬉しそうな声で言ってくる。


「それ程でもないだろう。

彼女は皆に優しいではないか」


「それは女性にだけですよ。

彼女は男性にあまり良いイメージを持っていませんから」


「?

以前に付き合っていた者がいたと聴いたが・・」


「そんな事まで話したんですか?

普通言いませんよ?

自分が同性に興味があるなんて」


ミーが和也の眼を見てくる。


「彼女もそうなのか?」


「ええ。

ベニスさんの昔の恋人は、女性の方ですよ」


「そういった関係は、この国では意外に多いのだろうか?」


「まさか。

ほんの少数ですよ。

それを毛嫌いする宗教もありますから、皆ほとんど表に出しません。

知らせるとすれば、それは本当に心を開いた人だけ」


一旦逸らしていた目を、再び和也のそれに向けてくる。


「私達、変ですか?」


「いいや。

人には其々の人生を謳歌する自由がある。

他者の権利を踏みにじらない限り、己の心に素直になる事は、決して悪い事ではない」


ミーが和也の眼をじっと見つめ、それからフッと微笑んだ。


「これからも、仲良くして下さいね?

ベニスさんとも、そして、・・私達とも」


「ああ、勿論」


「ふーっ、安心して、力が抜けちゃいましたよ。

和也さんなら大丈夫だと信じていましたけど、これを打ち明ける時は、やはり緊張しますから。

ベニスさんが事前に言ってあるとはいえ、自分の口から喋るのは、まだまだ慣れませんね」


いつもの雰囲気に戻ったミーが、少しおどけたように言ってくる。


「でも、ベニスさん、もしかしたら本当に和也さんが好きなのかも。

酒場で迫っていた時も、結構本気だったんじゃないかな」


「昼間は冗談だと言っていたぞ。

・・それより、君はどうして冒険者もやってるんだ?

神官としての給料は低いのか?」


「そうなんですよ!

うちの教団は司祭クラスにならないと、本当に安月給で・・・」


その後は他愛の無い話で過ぎて行く時間。


でもそのお陰で、交替の際、外で寝ようとした和也をミーが同じテントに引っ張り込んで隣で眠るくらいに、彼女と親しくなるのであった。



 2日目も順調に進む。


何度か魔物に出くわしたが、こちらを攻撃してこない限り、敢えて無視する。


何もしてこない魔物を倒したところで、レベルが上がる訳でもないし、珍しい素材が採れなければ、食べられる訳でもないから、死体の処理も面倒になる。


和也は、『こいつらでも、ギルドに首持って行けば銀貨1枚になるぜ』と言ってくるベニスに、苦笑しながら首を横に振る。


あれだけ色々出してくる和也の事を、未だに懐が苦しいとでも思っているようだ。


休憩時の食事の際、他の皆が酒場で作って貰った熱々の弁当を食べている間、和也だけがアンリのパンを齧っているのが良くないのかもしれない。


味は極上なのだが、外見はあまりぱっとしない普通のパン(アンリが作る中では)だけを食べているので、侘しく映るのだろう。


ベニスが憐れんでおかずを分けてくれようとするが、毎回丁重にお断りしている。


「なあ、ちょっと模擬戦をしねえか?」


昼食の後で、ベニスが和也を誘ってきた。


今回はあまりに順調過ぎて、身体が鈍ってしまうらしい。


「別に構わないぞ」


二人で広い場所に移動すると、ミー達も和也の腕前を知りたいらしく、見物に加わってくる。


「あたいはこの剣だから寸止めしてやるけど、あんたの得物は何だい?」


「これだ」


和也は収納スペースから、紙のハリセンを出す。


「・・おいおい、もしかして、あたいを嘗めてんのか?」


ベニスの眼が鋭くなる。


「嘗めてなどいない。

正当な判断だ。

どうせ掠りもしないから、寸止めすらしなくて良いぞ」


「・・ミー」


「はい!」


ベニスの低い声に、ミーが上擦ったような声を出す。


「こいつが大怪我したら、頼むな?」


「ええっ!

和也さん、謝った方が良いですよ!

ベニスさん、かなり強いですよ?」


「大丈夫だ。

これまでに何度か戦いを見たが、無駄な動きが多過ぎる」


「はははは。

もう許さん。

あんたは今日からあたいの夜のおもちゃだ。

・・覚悟しな」


「何時でも良いぞ」


ベニスが鋭い突きを放ちながら、間を詰めてくる。


和也はそれを難なく交わし、彼女の背後に回って、その尻にハリセンを噛ます。


パーン。


「なっ」


ベニスが驚いたように振り返る。


「遅過ぎる。

遅過ぎて、寝てしまいそうだ」


「な・ん・だ・と~っ」


ベニスが自身に身体強化の魔法を掛ける。


今度は先程の倍のスピードで突っ込んで来た。


和也はそれを最小限のステップで交わすと、全く同じ様に、擦れ違いざまに尻に1発お見舞いする。


パーン。


「痛っ」


「お前は牛か?

ただ突っ込んで来るだけでは芸がないぞ」


「フフフフッ、アッハッハ。

ぜってい殺す」


眼の色を変えて、今度は斬撃、突き技、薙ぎ払いといった、様々な攻撃を織り交ぜてくるが、相変わらず和也には掠りもしないどころか、その攻撃が届く頃には既に別の場所に居て、ベニスは頭や銅、腕、尻を連続攻撃されて、パパパパパーンと良い音を奏でる楽器状態である。


「畜生ーっ!

あんた一体何なんだ!?

このあたいが、本当に掠りもしないなんて・・」


「お前のような者を、井の中の蛙と言う。

大怪我する前に悟って良かったではないか」


「あたいはCランクなのに・・何で1つも依頼を達成できない奴に負けるんだ?

幾ら魔力が強いとはいえ、身体能力の強化にも限度があるだろう」


「お前相手にそんなものを使う必要などない」


「・・マジか?

もうお家帰る~っ!」


ベニスが膝を落としてべそをかく。


「あ~あ、和也さん、もう少し言い方を考えてあげて下さいよ。

どうするんですか、これ?」


ミー達が非難するように和也を見てくる。


「適当な事を言って、力を過信した彼女がのちに死ぬよりずっと良いと思うぞ。

己の実力を正確に悟らなければ、上達などしないのだからな」


和也は、まだべそをかいているベニスの頭を軽く撫で、言葉を添える。


「自分で良いなら、この旅の間は何度でも訓練に付き合ってやる。

だからもう、機嫌を直せ」


「・・本当だな?

絶対だぞ?」


「ああ。

ただし、夜の訓練はお断りだ」


「ちぇっ。

そんなに若いのに、溜まってないのか?

アリア、結構やるな」


「彼女にはまだ何もしてないぞ」


「「ええ!?」」


ベニスだけでなく、ミーやケイもびっくりしている。


「あんた、もしかして男が好き・・痛い痛い」


「断じて違う」


ベニスの頭をぐりぐりしながら念を押す。


「据え膳状態の彼女を前にして、よく我慢できますね?」


ミーが感心したように言ってくる。


「若いからな」


「それ使い方間違ってますよ!」


ベニスが完全に機嫌を直すまで、和也は他の二人と軽口を叩き合っていた。



 「ふうっ。

あんたのせいで腰が痛いぜ。

若いだけあって、激しいのな」


「お前は外見と違って、中身は本当におやじなんだな」


移動を再開してからも、相変わらず下ネタのジョークを飛ばしてくるベニスに、和也は遠慮なく突っ込む。


最早丁寧語さえ使わない。


歩きながら、和也は森の周囲を透視し、茸や果物など、食べられて、味の良さそうな物を、魔法で採取していく。


その日の晩は、夕食に、それらを魔法で調理したものを添えてやった。


言い過ぎた詫びだと言ってベニスに沢山盛ってやると、彼女は喜んで平らげた。


今晩の見張りはケイと二人。


昨日はミーと何を話したのか、普段はどんな鍛錬をしているのか、そんな事を聴かれながら、夜が更けていく。


トイレの件で、和也に大いに感謝している彼女も、交替の際、やはりテントに和也を招いて、二人で並んで眠るのであった。


翌朝、ベニスが、ばつの悪そうな顔で和也を見てくる。


どうやらミーから、ベニスの性癖を和也に告げたと伝えられたらしい。


それまで和也には、まるで男に興味があるような態度を取っていた彼女だけに、決まりが悪いのかもしれない。


「女が好きなのは事実だが、あんたも決して嫌いじゃないぜ」


和也の耳元でそう囁いた後の彼女は、もうすっかりいつも通りだ。


昨日の敗戦を引き摺る事なく、『今日も稽古しようぜ』と張り切っていた。


そして到頭その日の昼過ぎ、目的の村に到着するのであった。



 「お陰で今回は凄く快適な旅ですね。

これは少ないですが、皆さんで・・」


村に着くと、依頼人がベニスに銀貨を4枚渡してくる。


「済まないな」


受け取ったベニスは礼を言い、名主の家に滞在する依頼人を残して、皆で宿屋に向かう。


取った部屋は2部屋。


ベニスと和也、ミーとケイの組み合わせだ。


部屋で装備を解くと、早速ベットに寝転がるベニスを尻目に、村の中を散歩する事にした和也。


人口千五百人くらいであろうか、小さな村にしては、家々の暮らし振りは悪くない。


和也の眼には、村の入り口とは反対側の最奥に、木々で巧妙に隠された洞窟の入り口が見えるが、敢えて気付かない振りをする。


黒づくめの和也を初めて見る村人達は、一瞬警戒した表情を見せるが、ベニスの仲間だと知ると、直ぐに安心した表情に戻る。


村の規模にしては、鍛冶屋の店構えは中々のものだった。


食堂はあるが、風呂屋はない。


井戸も村全体で5、6個あるくらいで、村を通る川が、足りない分を補っているようだ。


道具屋で、道中に採取した薬草と薪を売り、宿まで戻る。


ベニスがぐっすり眠っていたので、自分も寝る事にした。


『食事の時間ですよ』とドアを叩くミーの声に起こされ、ベニスと二人して階下に降りて行く。


食堂では、焼き立てのパンと熱々のシチューが供され、シチューの具は、何かの肉と数種類の野菜で意外と豪華である。


今夜は宿での宿泊という事で、女性陣はアルコールも口にしている。


『あんたもどうだ?』と勧められたが、丁重にお断りする。


食べ終えて部屋に戻る際、ミーが店の者にお湯を頼んでいた。


「風呂の代わりだよ。

あんたも要るか?」


ベニスに聴かれたので、首を横に振る。


田舎の夜は早い。


部屋で少し寛いでいただけで、辺りはすっかり静かになる。


「風呂に行ってくる」


和也はベニスにそう告げると、訝る彼女を残し、一人で部屋を出る。


陸に明かりもない夜道を、川べりまで歩く。


人家から離れ、木々で周囲が隠された場所まで来ると、ちょうど良い川の窪みを見つけて、その周囲を広げ、岩で堰き止める。


川底と中の水を浄化し、風呂に適した温度に温めた後、手ぬぐいを出して、その湯に浸かる和也。


川のせせらぎと、時折雲に隠れる月明りを背景に、一人、静かに湯を楽しむ。


するとそこに、聞き覚えのある、小さな足音がする。


「おいおい、こんな場所があるなら、あたいも誘ってくれよ」


自分の跡をつけて来たらしいベニスが、嬉しそうに寄って来て、和也の傍らで服を脱ぐ。


雲間から差す月明りが、彼女の裸身に陰影を施し、和也の隣に身を沈めるベニスを、妖しく照らし出す。


「混浴を許可した覚えはないが」


「固え事言うなよ。

ここは寧ろ喜ぶとこだろ?」


「何故だ?」


「何故って、・・あたいだってなあ、一応まだ若い女なんだよ。

それも、未だに胸と尻を凝視してくる男が多い、な。

それを堂々と、隠しもん無しに間近で見れるんだ、役得以外の何物でもないだろ?」


「女性の美しさは、その容姿だけでは完成しないと思う。

考え方、仕種、嗜好、表情、そして話し方。

そういったものが一体となって、その女性に固有の美を与える。

逆に、その何れかが容姿に見合わなければ、残念だが、本来よりも劣って見える事もある。

君は、そういった面ではどうなのだろうな?

美しさよりも、寧ろ親しみ易さに大きく貢献している気がしてならないが」


「褒めてんのか遠回しに貶してんのかよく分らんな。

・・あんた、ほんとに変わってるよ。

普通、こういう状況なら、問答無用で襲ってくるぜ?

女が良いと言ってるんだし、歳の差考えたら、後腐れが無くて楽だろ?」


「良いと言ってたのか?」


「そりゃあな。

じゃなきゃ、幾らあたいでも、こんな夜更けに男と二人だけで風呂に入ったりしねえよ」


「それは光栄だが、自分は間に合っている」


「男は減るもんねえんだし、あたい、男は初めてだぜ?

やっといて損はねえと思うぜ?

ミーとケイも、どうせ今頃仲良くしてるしよ」


「・・・そんなにアリアが好きだったのか?」


「!!!」


「君があいつの事をどう思っていたのかは、実は最初から分っていた。

自分にはどうしようもない事だから、ずっと知らない振りをしていただけだ。

だが、仮令間接的にでも、あいつと肌を合わせようとまでする君に、自分はこれ以上、知らない振りはできない。

・・自分は、行きずりの関係は持たない。

だから、君の想いに応えられない。

大変申し訳ないが・・」


「・・だったらあたいは、一体どうすれば良いんだ?

アリアには手が届かない。

かといって、他に好きな女もいない。

アリアと関係を持つあんた以外の男に、身を任せるなんて絶対に嫌だ。

あたいだってまだ若い。

時には身体が火照って眠れない夜もある。

あんたはあたいに、このまま枯れていけと言うのか?

この歳で、女の喜びを捨てろと?」


彼女と顔を合わせてはいないが、隣り合う身体から、その感情が痛い程に伝わってくる。


天上の月は、表向きは静かに湯に浸かっているように見える二人を、ただ黙って照らし出している。


「自分は君を抱く事はできない。

ただ、不満の解消だけならできるかもしれない。

それでも良ければ・・一度、試してみるか?」


「抱かずにか?

言っとくが、触るだけなら女同士の方が多分上手いぜ?

・・まあ、ここまで言っちまったんだ。

やってみてくれ」


ベニスが身体ごと、和也の正面に回って来る。


和也は、風呂の周囲に防音障壁を張り、湯から右腕を出して、その人差し指をベニスの額に触れさせる。


「ああっ!」


途端にベニスが全身を震わせ、激しく身悶える。


その身体から湯の飛沫が飛び散り、髪を振り乱す。


「本格的にいくぞ」


和也はベニスの全身の性感に魔力を送り、そこを強めに刺激してやる。


「っ~~っ~~!!」


右手を口に当て、左手で和也の肩を摑んで、懸命に快感に耐えるベニス。


ビクン、ビクンと身体が跳ねる度、湯が波のように揺れる。


時間にしてほんの2、3分。


だが、それが永遠のようにも感じられたベニスは、和也が指を離した瞬間、気を失って身体ごと凭れてきた。


和也はそれを支え、周囲に張った障壁を消して、岩に背を預ける。


そしてそのまま、暫く月を見ていた。



 「・・あたい、気絶しちまったのか」


目覚めたベニスが、目を逸らしながら言ってくる。


「満足できたか?」


「ああ、最っ高に気持ち良かった。

・・アリアを1日で落とすだけある。

あんた、やっぱり可笑しいよ」


身体を離し、和也の眼を見てくるベニスの瞳は、涙で潤んでいた。


「これじゃあ敵わない訳だ。

並外れた魔力だけじゃない。

恵まれた容姿に、ずば抜けた武力、裸の女を前にしても動じない精神力、そしてこの包容力。

勝てねえよ。

何一つ勝てねえ。

諦めるしかねえか。

最初から、あいつはあたいなんか、丸っきり眼中になかったしな」


川を囲った岩に背を凭せ掛け、天を仰ぎながら、静かに涙を流すベニス。


和也はそんな彼女を、ただ黙って見守っていた。


「なあ、これからも、時々さっきのをやってくれと言ったら、受けてくれるか?」


随分経ってから、湯で顔を洗って涙の跡を消した彼女は、和也に顔を向け、控え目にそう聴いてくる。


「ああ、時々なら良いぞ」


「悪りいな、余計な柵こさえちまってよ」


「気にするな。

君との時間は、それ程悪くはない」


「あんた、良い男だな。

アリアにせよ、あの黒い姉ちゃんにせよ、良い女は、やっぱり男を見る目があんのかね」


大分遅くなったので、二人でそそくさと湯から出て、宿まで帰る。


受付の者は既に居ないが、出る前に銀貨を1枚渡しておいたので、入り口に鍵は掛かっていない。


内から鍵を掛け、部屋に戻って改めてベットに入る。


隣のベットで横になったベニスが、穏やかな声で言ってくる。


「朝になったらいつも通りに戻るからよ、今夜の事は、あんたの胸だけに終っておいてくれ」


「ああ」


それ以上はお互い何も口にせず、深い眠りに就いた。



 朝食だと呼びに来たミーに起こされ、食事後に少し休憩した後、キンダルへの帰路に就く。


昨夜宣言した通り、起きてからのベニスは完全にいつも通りだった。


時々、下らないジョークを飛ばしては、和也を苦笑させる所まで。


1日目の野宿でミーに、ベニスと二人だけで夜中に何処に出かけたのかを聴かれたが、逆に何故そんな遅くまで起きていたんだと突っ込むと、顔を赤くして黙った。


2日目の午後、キンダルまであと半日という所で、穏やかな時間は終わりを告げる。


和也がいきなり歩みを止めたので、訝ったベニスが尋ねてくる。


「どうした?」


「敵だ」


「何?

魔物か?」


「いや違う。

人間だな。

それも七人いる」


「!!」


ベニスが依頼人の下へ走り、事情を説明する。


何か心当たりでもあるのか、その女性は顔を青ざめさせ、怯えた。


ミーとケイにも事情を話し、固まって、対策を話し合う。


「ここからどれくらいだ?」


「1㎞先だ。

森の中に隠れている。

弓兵が二人、魔術師が一人、あとの四人が戦士だな」


「そんな事まで分るのか?

相変わらず、出たら目だな、あんた」


倍近い敵にも、こちらには和也が居るという安心感が皆にはある。


怯えているのは、その能力を良く知らない依頼人だけだ。


「多分、彼らは依頼人の荷物を狙っている。

馬車の中にある、紫水晶を」


「!!」


ベニスを除いた二人が、驚いて依頼人の顔を見る。


「・・知ってたのか」


ベニスが和也に苦笑しながら言ってくる。


「ああ」


紫水晶はビストー王国の特産品であり、その取引には、必ず国の許可が要る。


僅かな量でも、質の良い物が取れれば、村の1つや2つ、余裕で養えるだけの利益が出るため、納める税金も高額だ。


依頼人が毎月足繁く通っていたのは、それを秘密裏に買い取る事が目的であった。


当然、許可なくして取引すれば、その扱った量に応じて罰せられる。


荷が何かを知らない護衛まで罰せられる事はないが、どうやらベニスは以前から知っていたらしい。


「それでどうする?

彼女を役人に突き出すか?」


非合法な取引だと勘付いている。


そう確信して聴いてくる。


「いや、それなら最初から引き受けたりしない。

彼女がしている事は、国の法からは外れているが、人の道としては正しい。

自分はそう判断する」


依頼人は、キンダルの町外れにある孤児院を、夫と共同経営していた。


あの村で買い取った紫水晶を売って得た利益の大半を、その孤児院の経営に充てている。


そして、依頼人はあの村の、ベニスはその孤児院の出身であった。


「・・あんたの頭の中は一体どうなってんだ?

全てお見通しって訳か。

・・でも、そう言ってくれて嬉しいぜ」


ベニスが安心したように微笑む。


「君が散々迷惑をかけた場所のためだからな。

おねしょで汚したシーツの数以上の働きはしてやろう」


「何でそんな事まで知ってんだよ!?

それにそれはほんの小さい頃の話だ!」


二人の遣り取りに、依頼人を含め、他の者達にも笑みが戻る。


「さて、ここは全て自分が引き受けよう。

自分が先行するから、君達は後からゆっくりと来てくれ」


「おいおい、あたい達も少しは役に立つぜ?」


「いや、七人の者達は、皆が明確な殺意を持っている。

口封じを兼ねて、こちらを皆殺しにする積りだ。

よってこちらも、それなりの対応をしなければならない。

君達は、依頼人をしっかりと守ってくれ。

ここは、今まで遊んでいた自分がやるべきだ」


そう言って、突然フッと姿を消す。


眼を真ん丸にして驚く依頼人に、ベニスは頭を掻きながら、苦笑して言った。


「すんません、今のは、他言無用で」



 「そろそろ来る頃だ。

皆、準備は良いか?」


「おう、何時でも良いぜ」


「待ち草臥くたびれたぜ。

それよりよ、殺す前に、楽しんでも良いんだよな?」


「好きにしろ」


「へへへ。

ベニスの奴、口はあんなだけど、体付きはたまんねえもんな」


「俺はあの大人しい奴が良い。

ああいうの、一度試してみたかったんだ」


口々に下品な言葉を言い合う者達を、魔術師の男は心底軽蔑したような目で見る。


依頼主からは、事が終えたら、こいつらも始末しろと言われている。


口の軽い奴らだから、生かしておいても危険なだけだ。


最後に残った者の止めだけを刺せば良い自分は、少し離れた場所から見物しようとして、いきなり目の前に現れた男に、度肝を抜かれる。


「お前らは本当に愚かだ。

自分の前で、そんな事を考えていなければ、もしかしたらまだ生きていられたかもしれんのに」


両目を紅く輝かせた和也が、ゆっくりと男達にそう告げる。


「そこのお前、お前はもっと度し難い。

忠告してやるだけ無駄だったな」


以前、自分を襲ってきた破落戸の一人に呆れて言い放つ。


「お前、あの時の・・。

こいつはやばい、逃げ・・」


「もう遅い」


男の心臓が、魔力で瞬時に潰される。


「ぐはっ」


口から血を吐いて倒れる男。


「何だこいつ!

皆、一度にかか・・」


他の男も、言葉を言い終える前に、口から血を吐いて倒れる。


ヒュン。


自分目掛けて飛んでくる矢を、2本の指だけで抓み、その鏃を見て、更に顔を顰める和也。


「下らない事だけには、本当によく頭が回るな。

これで痺れさせて、彼女達を動けなくしようとした訳か・・」


矢を放った男に向けて、手首だけでその何倍ものスピードを出して投げ返す。


「ギャッ」


太股に刺さった矢が貫通し、男は痛みで倒れ伏し、ぴくぴく痙攣し始める。


ヒュン。


和也の後ろから、頭目掛けて飛んできた矢も、同様に投げ返し、それを受けた男は、地面に血のシミを作り始める。


「た、助けてくれ!

俺達はあんたには恨みは無いんだ。

見逃してくれたら、この事は誰にも言わない」


戦士の二人が懇願してくる。


「駄目だ。

お前達は以前、そう言って泣きながら助けを求めた者を、笑いながら殺しただろう?」


二人の心臓が、相次いで潰される。


『こいつ人間なのか!?』


急いで和也から距離を取った魔術師は、必死で使う魔法の魔力を溜めながら、そう考えていた。


そして、風の中級魔法、鎌鼬を完成させる。


音もなく忍び寄って来る風の刃。


死神の鎌程もある大きさのそれは、和也の手前でそよ風に変わる。


「なっ!」


「お前は少しは増しだな。

選択を間違えなければ、違う未来があっただろうに・・」


和也は右手を胸の辺りまで持ち上げ、掌を広げて赤い球体を創る。


「お前はここでは殺さん。

我がダンジョンで魔物や罪人と戦い、ダンジョン内の魔力を増幅させる役に立つが良い」


その所持金を没収し、男を球体の中に吸い込む。


その後同様に、所持金と武器を没収した男達の死体や身柄を、赤い球体に吸い込んで、遅れてやって来るベニス達を待つ。


程無く到着した彼女達は、地面に所々残る真新しい血だまりを見て、恐る恐る聴いてきた。


「もう終わったんですか?」


和也が他人を転移できる事を知っているので、死体が無くても、皆不審に思ったりはしない。


「ああ。

ここからの道のりに、最早危険は存在しない。

悪いが自分は少し用事ができたので先に帰る」


「・・そうか」


何かを言いたげなベニスに、和也は耳打ちする。


「明日の夜、いつもの店で、一人で待っていてくれ」


「!!」


和也はそれだけ言うと、さっさと姿を消した。



 ビストー王国王宮内。


今日は早めに仕事を終え、先程入浴を済ませたばかりのヴィクトリアは、相変わらずのバスローブ姿で、入浴後の余熱を冷ましていた。


そのローブを脱ぎ、これから下着を身に着けようとした所で、部屋に男が転移してくる。


「あ・・」


和也は『しまった』という顔をして、出直そうと再び転移しようとするが、やはり怒りの声に阻まれる。


「お待ちなさい!!」


ばつが悪そうに彼女の顔を見る和也を、ヴィクトリアは一睨みし、それから不意に表情を緩めた。


「貴方なら許します。

だから、一々逃げなくても良いわ」


そう言うと、目の前で下着を身に着けながら、ローブを羽織る。


「それで、今回は何?」


ローブに隠れた銀色の髪をフワッとたくし上げながら、そう尋ねてくる。


外に出された長い髪から、シャンプーの良い香りが部屋に満ちる。


「・・君にお願いがある。

紫水晶の取引許可証を書いて欲しい。

それも、特別に無税のやつを・・」


「貴方が取引するの?」


「いや、自分ではない」


「理由を話して」


和也は、相手の名前を伏せて、これまでの経緯を彼女に説明する。


「ふ~ん、相変わらず、慈善活動が好きね。

・・紫水晶は国の重要な財源の1つ。

只では『うん』と言えないわ」


「幾ら欲しい?」


「お金は要らないわ。

ただ、何時かわたくしが貴方に一度だけする心からのお願いに、必ず『うん』と言ってくれさえすれば・・」


「それはまた、随分と大きく出たな。

頼み事が何だか分らない以上、迂闊には約束できないが」


「貴方なら簡単な事よ。

それに、決して非合法でも悪事でもないわ」


「・・人の命や運命を左右する事でないなら、約束しても良い」


「そこにわたくしは入れないでよ?

わたくしのお願いなんだから、当然に、わたくしの運命には係わるのだから」


「分った」


「契約成立ね。

ちょっと待ってて。

直ぐに書いてあげる」


自分の執務用の机に向かった彼女は、羊皮紙に、取引許可の文言と、その花押を描き、そこに己の魔力を込める。


「はい。

これで大丈夫よ」


「助かる。

邪魔して済まなかったな」


「待って。

まだ領収証の代わりを貰ってないわよ」


直ぐに転移しようとした和也を、ヴィクトリアがそう言って引き留める。


「領収証?

何て書けば良いんだ?」


「こちらに来て」


和也が一歩踏み出した所を狙って、彼女が抱き付き、素速く唇を重ねてくる。


「わたくしの初めて。

・・良い、この約束からは絶対に逃がさないわよ?

必ずお願いを聴いて貰うからね?」


暫くして、熱い吐息と共に唇を離した彼女が、和也の眼を覗き込むようにして、そう念を押してくる。


「・・分った」


和也はその迫力に押され、良く分らないまま、そう告げるしかできなかった。



 深夜の静寂に包まれた、とある商人の屋敷。


ここは、ベニス達に刺客を放った男の屋敷である。


その売却先の情報を通して、密かにあの村の秘密を探っていたここの当主は、何とか自分が彼女に代わって独占的に取引できないかを模索していたが、秘密裏に村と交渉を持った際にも、良い返事は貰えなかった。


村の名主の親族である今の取引相手に取って代わる事は不可能で、然りとて無許可の取引を役人にばらせば、その後釜を狙っても、今度は自分の儲けがかなり減る。


あの村から産出される紫水晶は中々の高品質で、少量しか採れないとはいえ、諦めるには惜しい。


悩んだ挙句、強硬手段に出る事にした男。


お抱えの魔術師が上手くやれば、証拠も残らない。


明日の朝には戻るだろう彼の報告を待って、当主の男は、愛人との睦事もせず、その日はさっさと眠りに就いていた。


そんな男の屋敷の金庫から、和也はその全て、金貨500枚を持ち去る。


更に、商人ギルドに預けてあった男の預金、同じく金貨500枚も、全部自分の収納スペースに転移させる。


あの破落戸共の会話を聞いた和也は、男を始末しようとも考えたが、結局、無一文にして、その後の人生を惨めに送らせる事を選んだ。


男の経営する店からも、金目の物は既に没収してある。


今後、売掛の代金を請求される男の様子が目に浮かぶ。


自業自得だと切り捨てて、和也は静かに姿を消した。



 「待たせたな」


翌日の夜、女主人の冷ややかな眼差しを遣り過ごし、ベニスの待つ個室へと入る和也。


「それは良いが、あれから何してたんだ?

ミーとケイも寂しがってたぞ?」


「色々やる事があってな。

そちらは大丈夫だったか?」


「ああ。

依頼人もあの後落ち着いていたし、ちゃんとあんたが信用できる奴だと説明しといた。

で、今日の用件は何だ?」


「君の依頼人、育ての親に、これを貰って来た」


和也はそう言って、テーブルの上に、ヴィクトリアに書いて貰った許可証を広げる。


その日付も、ちゃんと依頼人の彼女が村と取引を始めた当初になっている。


「・・あんた、どうやってこれを?

しかも無税になってるぜ?」


「君が黒い姉ちゃんと呼ぶ彼女、その本人に書いて貰った」


「・・マジかよ。

あの姉ちゃんがそうなのか?

あんた、女運良過ぎだろ」


「それからこれを、君達三人に。

こちらはあの依頼人の女性に」


ベニスの前に、大小2つの小袋を置く。


「君達用のは、襲ってきた七人から徴収したものだ。

全部で金貨8枚くらいある。

依頼人から、既に前金を渡されていたらしいな。

それから、君の依頼人に渡す方には、自分が襲撃を依頼した当人からせしめてきた金の一部、金貨200枚が入っている。

命を狙われた慰謝料として、渡してやってくれ。

これだけあれば、少しは孤児院も楽になるだろう?」


「・・あんた、わざわざそっちの方にまで手を出してくれたのか?」


「ああ。

元を絶たねば、また起きるかもしれないからな。

奴にはもう、何もする力は残っていない。

安心して良いぞ」


「有難う。

本当に助かる。

あの人には、苦労かけっぱなしだったから、少しでも恩返しがしたいんだ。

それだけあれば、10年は心配ない。

院の子供達も、腹一杯飯を食える」


「アリアの件では、君にも辛い思いをさせた。

仮令それが、どうしようもない事であってもな。

だからこれは、只の自己満足に過ぎん。

礼を言われる程ではない」


和也はそう言って、徐に席を立つ。


「ではな。

機会があれば、また会おう。

例の件も、我慢できなくなったら、遠慮なく言うが良い」


「ああ、必ず!」


静かに涙を流し続けるベニスを残して、和也は一人、エリカ達の待つ家へと帰るのであった。

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